全身指圧操作法による肩関節可動域改善の1症例:岡本 京子

岡本 京子
柿の木のある指圧治療院

Improvement in Shoulder Joint Range of Motion Following Full-Body Shiatsu Treatment

Kyoko Okamoto

 

Abstract :  This report examines improvement in shoulder joint range of motion in the case of a patient whose chief complaint was hypothyroidism-related symptoms accompanied by restricted range of motion of the shoulder joint. Following two shiatsu treatments, improvement in the range of motion of the shoulder joint was observed.
 It is suggested that full-body shiatsu therapy released tension in the neck muscles and improved flexibility of the muscles involved in movement of the shoulder joint. Although the relationship between hypothyroidism and shoulder joint disease is unknown, it is possible that the hypothyroidismrelated symptoms were also eased by relieving the stress caused by restriction in shoulder joint movement.

Keywords:Namikoshi standard shiatsu, hypothyroidism, frozen shoulder, shoulder joint range of motion


I.はじめに

 器質的な原因が明らかでなく発症する一次性肩関節拘縮を狭義の五十肩(凍結肩)と呼ぶ。
 五十肩は明らかなきっかけがなく、肩関節の疼痛に引き続いて関節可動域の制限をきたす疾患であり、夜間痛と関節可動域制限の強い炎症期から、疼痛が軽減し拘縮だけが残る拘縮期を経て、治癒に向かう。1)
 日本指圧専門学校では、在学中の3年間、横臥位、伏臥位、仰臥位からなる全身指圧操作法を修得する。この基本指圧である全身指圧操作法を施術したところ、肩関節可動域制限に対し改善を認めたので、報告する。

Ⅱ.対象及び方法

期間:

 平成28年12月7日(1回目)

 平成28年12月19日(2回目)

対象:

 61歳 主婦

治療方法:

 浪越式基本指圧全身操作2)(表1)。

 対象者に畳の上の布団に臥床してもらい、90分施術した。

 全身指圧操作の順序は表2の通り。

主訴:

 1.足のだるさとむくみ

 2.肩の挙上困難、挙上時痛

現病歴:

 甲状腺機能低下症。5年前に健康診断により頸部の腫れを指摘され専門医を受診。頸部の腫瘍が大きくなれば手術の可能性もあるが現在は、定期検査のみ。服薬無し。

自覚所見:

 1.慢性的な足のだるさとむくみがある。食べないのに、体重が増加しやすい。意欲の低下。便秘。

 2.2年前から右肩が痛み、腕が上がらなくなった。発症時は、痛みで不眠になった。特に上腕から肘にかけて痛みがあった。冬場の痛みが強かったと思う。日中でも波打つような痛みがあった。患部を上にしての横向きで眠ることはできなかった。現在は、痛みも軽くなり眠れないことはない。腕も以前より上がるようになった。

他覚所見:

 1.ソックスのゴムのあとが残る程度の足のむくみ。仰臥位で足首をもち挙上するとずっしりと重たさを感じる。左右の下腿に筋緊張がある。頸部の腫瘍は目立たないが少しシコリを感じる。

 2.患者への問診より、いわゆる五十肩の拘縮期と推測。

 安静時痛・夜間痛:陰性

 結帯動作障害/ 結髪動作障害:陽性

表1.全身指圧操作の内容
表1.全身指圧操作の内容

表2.施術部位及び順序
表2.施術部位及び順序

Ⅲ.結果

治療第1回目(図1)

自覚所見:

足のだるさとむくみ→足が軽い、むくみ感軽減

他覚所見:

右肩関節外転可動域(自動)
0°〜110°→0°〜170°

結帯動作障害(+)→(-)

結髪動作障害(+)→(-)

頸部の筋緊張→緩和

治療第2回目(図2)

自覚所見:

足のだるさ→足が軽い

他覚所見:

右肩関節外転可動域(自動)
0°〜170°→0°〜175°

結帯動作障害(-)→(-)

結髪動作障害(-)→(-)

頸部の筋緊張→軽減

ヤーガソンテスト(-)→(-)

ストレッチテスト(-)→(-)

ダウバーン徴候(-)→(-)

ドロップアームテスト(-)→(-)

図1.治療第1回目の所見
図1.治療第1回目の所見

図2.治療第2回目の所見
図2.治療第2回目の所見

Ⅳ.考察

 指圧治療後、患者の自動運動による疼痛のない自然な右上肢の挙上が可能となった。このことから浪越式基本指圧が、肩関節の可動域改善および疼痛軽減に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

 本患者は、下肢のむくみ、だるさのため来院した。よって、指圧治療は、関節疾患に狙いを絞ったものでなく、全身指圧による甲状腺機能低下症に伴う諸症状改善を治療方針とした。ところが、肩関節可動域制限に予想外に効果を得られた。それは全身指圧の構成力が大きく関与したと思われる。肩の運動は肩関節と肩甲帯の統合運動である。肩関節のみの運動は限られているが、肩甲帯の運動が加わることにより、広範囲で多方向の運動が可能になる。3)この統合運動にかかわる筋に対する全身指圧操作の対応箇所を表3 にまとめる。

 浪越式基本指圧が肩関節に関連する筋を網羅していることが、確認できる。ただし、前鋸筋、大円筋、棘上筋、棘下筋、小円筋は、教科書的には施術の指標となる筋となっていない。臨床的に、筋のイメージ、状態を把握し、適圧を加えるなど指圧師の創意工夫がもとめられる部分であろう。表3より肩甲帯、肩関節の動作に関連する神経根はC2からTh1であり、頸部の指圧も重要なポイントであると考えられる。本患者は頸部に若干のしこりが認められた。手術の有無、悪性腫瘍になる可能性、他人からの視線などでストレスを感じているようであった。このストレスによる頸部の硬さは、腕神経叢に影響を与えると考えられる。全身指圧には、前頸部、側頸部、後頸部、延髄部の押圧操作がある。頸部の緊張緩和が、腕神経叢を通して関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたと推察する。

 肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)は、症状により3期(痙縮期、拘縮期、回復期)に分けられ予後はおおむね良好で1年ないし1年半で日常生活に支障がなくなることが多い。腰痛、膝痛の発生頻度と比べると、肩痛は加齢とともに有症状率が横ばい、もしくは減少している。よって、自然に治る傾向が強いといえるかもしれない。6)

 本患者によれば、すでに発症から2年が経過しており、夜間、日中の疼痛も消失している。横臥位の姿勢も違和感なくとることができた。このことからすでに回復期に入っていると推察する。押圧が、患者の自然治癒力の促進を助長したのではないかと考える。

 甲状腺機能低下症と3年後に発症した肩関節疾患の関連は不明であるが、肩関節可動域の改善は、ストレスを軽減し、本患者のホメオスタシス(神経系、内分泌系、免疫系)によい影響を与え6)、甲状腺機能低下症による諸症状軽減に寄与すると考える。

表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根
表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根

Ⅴ.結語

 全身指圧操作法により肩関節可動域制限の症状を改善した。

参考文献

1)松岡光明:日常診療に活かす診療ガイドラインUPTO-DATE 2018-2019,メディカルレビュー社,大阪,p.581,2018
2)石塚寛:指圧療法学,東京,p.77-126,2008
3)山口典孝,左明 他:動作でわかる筋肉の基本としくみ,マイナビ,東京,p.28-29,2013
4)石塚寛:前掲書,p.136,137
5)Kendall,McCreary,Provance;筋 機能とテスト―姿勢と痛み—,西村書店,東京,p.394,2006
6)菅谷啓之:実践 肩のこり・痛みの診かた治し方,全日本病院出版会,東京,p.26,2008


【要旨】

全身指圧操作法による肩関節可動域改善の1症例
岡本 京子

 本症例では、甲状腺機能低下症の諸症状を主訴とし、肩関節可動域の制限を併発している患者に対し、指圧治療を行った。2回の指圧治療の結果、肩関節可動域制限の改善がみられた。

 これは、全身操作法が頸部の緊張緩和、肩関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたためと推察する。甲状腺機能低下症と肩関節疾患の関連は不明であるが、肩の挙上運動ができないというストレスの緩和により、甲状腺機能低下症の諸症状にも変化が及ぼされた可能性がある。

キーワード:浪越式基本指圧全身操作、甲状腺機能低下症、五十肩、肩関節可動域