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顔面部への指圧刺激による調節近点距離の変化:大木慎平

大木慎平
東京医療福祉専門学校 教員養成科、大木指圧治療院 

Changes to Near Point of Accommodation Due to Shiatsu Stimulation of the Facial Region

Shinpei Oki

 

Abstract : Considering value of near point of accommodation as an objective indicator of visual performance, we examined the effectiveness of shiatsu treatment applied to the facial region in improving visual performance. Research was conducted on seven healthy adults, and shiatsu treatment of the facial region was carried out according to the basic Namikoshi shiatsu procedure. The research showed that the post-stimulation average value of near point of accommodation was significantly decreased compared to the pre-stimulation average value in the stimulation group. As for the non-stimulation group, on the other hand, there was not significant difference in average value of near point of accommodation between the pre-stimulation and the post-stimulation. The result indicates that basic Namikoshi shiatsu treatment of the facial region is effective in improving visual performance.


I.はじめに

 近年情報技術は急速な発達を見せ、我々の日常生活の中で PC、スマートフォンなどの端末を凝視する時間が増えたことにより、視力低下、眼疲労が問題となっている。

 眼疲労が視機能に与える影響として、水晶体の厚みの調節に働く毛様体筋の疲労によるピント調節能の低下がある。ピント調節能は眼疲労により一時的に低下し、これを利用した眼の疲労度の測定方法の一つとして調節近点距離(以下近点距離)の測定が提言されている1)。調節近点はピントが合った状態で対象を見ることができる最も近い距離のことで、近点距離の延長は調節能の低下が示唆される2)

 指圧施術後に患者から「視界が明るくなった」「ものがよく見えるようになった」という感想を得ることは少なくない。本研究では、これらの視機能の向上を定量化するため、浪越式基本指圧の顔面部操作において、近点距離に与える影響を調査したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

対象

 屈折機能の異常以外に眼疾患を有しない健常成人7名(男2名、女5名)
 平均年齢 39±12.6 歳

期間

 2013 年 2 月 17 日〜2 月 20 日

場所

 日本指圧専門学校新校舎 7 階教室
 照度は照度計(TASI-8720、TASH 社)を用いて測定し、350~400lx を保った。

実験手順

被験者に対し、事前に実験内容を説明し、同意を得たうえで実験を行った。7 名の被験者に対し、指圧刺激を与えるもの(以下刺激群)と指圧刺激を与えないもの(以下無刺激群)の 2 種類の介入を日をかえて行った。順序はまず刺激群、その後日に無刺激群とした。

(1)刺激部位、時間

 仰臥位にて、浪越式基本指圧の顔面部における操作法3)を約 2 分間行い、圧刺激は快圧(被験者が心地よいと感じる程度の圧)にて行った。

(2)測定方法

 近点距離の測定は、40×40mm に切り出した新聞記事を指標とし、これを台紙に貼り付 けて柄をつけたもの(図1)を座位にて被験者に持たせ、顔面に触れる距離から徐々に遠ざ けていき、新聞記事の文字がはっきり見え始めた距離を申告させ、角膜頂点から指標までの 距離をメジャーにて計測した(図2)。

図1. 40×40mm に切り出した新聞記事
図1. 40×40mm に切り出した新聞記事

図2. 角膜頂点から指標までの距離を計測図2. 角膜頂点から指標までの距離を計測

 

(3)実験手順

 刺激群は刺激前に近点距離を計測し、仰臥位にて2分間指圧刺激を行った。その後1分間開眼安静とし、再び近点距離を計測した。  

 無刺激群は刺激前に近点距離を計測し、仰臥位にて2分間閉眼安静とした。その後1分間開眼安静とし、再び近点距離を計測した。

III.結果

 刺激群、無刺激群それぞれで、刺激前の近点距離と刺激後の近点距離の平均値を対応のある t 検定にて比較した。

 刺激群における刺激前の平均近点距離は 154.86±70.27mm(mean±SD)、刺激後の平均近点距離は138.57±63.57mm で、刺激前の平均近点距離に比べ、刺激後の平均近点距離に有意な短縮 がみられた(P=0.008)(図3)。

図3. 刺激群における平均近点距離の変化
図3. 刺激群における平均近点距離の変化

 無刺激群における刺激前の平均近点距離は 138.29±55.54mm、刺激後の平均近点距離は 137.29±54.59mm で、刺激前の平均近点距離と、刺激後の平均近点距離に有意な差はみら れなかった(P=0.15)(図4)。

図4. 無刺激群における平均近点距離の変化図4. 無刺激群における平均近点距離の変化

IV.考察

 今回の実験では刺激群には有意な変化がみられたが、無刺激群には有意な変化はみられなかった。視覚器の調節には前述の毛様体筋だけでなく、水晶体、瞳孔括約筋、瞳孔散大筋、EW核などの機能も関連しており、今回の実験でみられた刺激群の近点距離の短縮の機序については、単純に論じることはできない。

 木下は近方調節には副交感神経、遠方調節には交感神経が関与している4)と述べており、また、日本指圧専門学校の報告では腹部、前頚部、仙骨部への指圧刺激により瞳孔直径の縮小がみられる5)~7)ことを明らかにしている。今回得られた実験結果も、顔面部への指圧刺激により、視覚器の調節機能を主る副交感神経機能の亢進、または交感神経機能の抑制のどちらかが働いたか、その両方が働いたことにより、両者の拮抗状態に平衡が生じた結果としてみられた可能性がある。

 今回の実験から、顔面部への指圧刺激は調節機能の改善に一定の効果があるものと推察される。また、眼周囲部の温熱療法により調節機能の回復時間が早まることが報告されており8)、眼疲労を訴える患者に対しての眼窩部・こめかみ部への押圧、また、眼球部掌圧という操作の意義は深いものと考える。

V.結論

 顔面部への指圧刺激により、調節近点距離の短縮が生じた。

VI.参考文献

1) 木村達洋他:視覚系疲労の少ないヒューマンインターフェース開発に向けた評価法の提案,情報処理学会論文誌44(11),p.2587-2597,2003
2) 市川正明他:近点距離測定の意義について,産業医学29(7),p.642,1987
3) 石塚寛他:指圧療法学,p.118-119,国際医学出版株式会社,東京,2008
4) 木下茂:IT 眼症の捉えかた,日本の眼科74(8),p.859-861,2003
5) 栗原耕二郎他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34,p.129-132,2010
6) 横田真弥他:前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校 協会学会誌35,p.77-80,2011
7) 渡辺貴之他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法 学校協会学会誌 36,p.15-19,2012
8) 難波哲子他:Visual DisplayTerminal(VDT)作業による自然視調節機能の低下と眼 周囲温熱療法による回復効果,川崎医療福祉学会誌17(2),p.363-371,2008


【要旨】

顔面部への指圧刺激による調節近点距離の変化
大木慎平

 本研究では、眼の調節近点距離を視機能の客観的指標と捉え、7名の健常成人に対する浪越式基本指圧の顔面部操作による調節近点距離の変化を測定し、視機能向上の有効性を検討した。  実験の結果、刺激群において、刺激前の平均調節近点距離に比べ、刺激後の平均調節近点距離に有意な短縮がみられた。無刺激群においては、刺激前と刺激後の平均調節近点距離に有意な変化はみられなかった。以上のことから、浪越式基本指圧の顔面部操作は、視機能の向上に有効性を持つものと推測する。

キーワード:指圧、視機能、近点距離