本多 剛
日本指圧専門学校専任教員
Shiatsu on a Patient with Type 2 Diabetes―Effect of Namikoshi Standard Full Body―
Tsuyoshi Honda
Abstract : Type 2 diabetes is classified as a lifestyle-related disease, and the number of diabetic and pre-diabetic patients has been increasing in recent years. This report examines the case of a patient diagnosed with type 2 diabetes seven years previously, who received ongoing Namikoshistandard full body shiatsu treatments. After 20 treatments, the patient’s hemoglobin A1c level (National Glycohemoglobin Standardization Program) decreased by 0.5 percent compared to the first treatment. Further shiatsu treatment and monitoring is required for this case.
Keywords: Type 2 diabetes, hemoglobin A1c (National Glycohemoglobin Standardization Program), Namikoshi standard full body shiatsu
Ⅰ.はじめに
糖尿病患者数は、厚生労働省の平成 26年患者調査によると 317万人となり1)、前回(平成 23年)調査の 270万から 47万人増えて、過去最高となっている。また、生活習慣病患者数で比較すると、高血圧性疾患が 1,011万人と圧倒的だが、糖尿病はそれに次ぐ多さである。一方、厚生労働省の平成 26年国民健康・栄養調査によると、糖尿病患者予備群を含めた糖尿病有病率は男性で15.5%、女性で 9.8%であり2)、このデータから 3,000万人以上の国民が糖尿病患者、あるいはその予備群であると推計される。この国民病とも言える糖尿病を指圧治療で改善できれば、国民の健康の保持・増進に大きく貢献できることになる。また、鍼灸治療が糖尿病患者にもたらす効果についての報告はあるが、指圧治療の効果に関するものはない。そこで今回、浪越式基本指圧の全身操作が、糖尿病患者に対しどの様な効果を与えるか、実際の患者の血液検査値を用い、その推移を考察した。
Ⅱ.対象
[症例]
対 象:40歳 男性
初 診:平成28年4月13日
主 訴:頸と肩がこる、頭痛がする
[現病歴]
7年前に会社の健康診断を受診し、血糖値が高かったことから再検査となる。O病院にて精密検査を受けたところ、2型糖尿病と診断され、3週間の入院治療を受ける。退院後は、O病院より糖尿病の専門外来医療機関のTクリニックを紹介され、月1回の診察を受け、処方された薬を 1日 1回服用し、経過を観察しながら現在に至る。尚、現在の HbA1c(NGSP)は概ね 8以下であり、糖尿病に由来する合併症の出現はない。職業は衛生関連の建設作業管理で、設計図面を作成することが多く、慢性的に頸と肩がこり、頭痛を伴うことがある。仕事柄、竣工前の繁忙期では週に1度も帰宅できないということもあり、そのため食事時間が不規則で、外食中心、接待も多い。また、多忙によるストレスから暴飲暴食に走ることもある。定期的に運動する時間的・精神的余裕はない。
[服用薬]
- テネリア錠20mg(テネリグリプチン臭化水素酸塩水和物錠・糖尿病治療薬)
- リバロOD錠 1mg(ピタバスタチンカルシウム水和物・高コレステロール血症治療薬)
- メトグルコ錠 250mg(メトホルミン塩酸塩錠・糖尿病治療薬)
[既往歴]
13年前、下腿外傷で入院治療を受ける。
[家族歴]
実母が胆石症による胆嚢摘出術を受ける(2~3年前)。
[初診時所見]
自覚所見
頸と肩がこる、頭痛がする。
他覚所見
右側頸部、右背部、右下腿前面に強い筋緊張がある。全身にむくみ感がある。
Ⅲ.方法
対象に浪越式基本指圧の全身操作3)を行い、施術前後の自覚症状の変化を VAS(VisualAnalogueScale)で評価した。また、対象が通院しているTクリニックで概ね月1回採取した血液検査の結果のうち、HbA1c(NGSP)の推移を評価した。
Ⅳ.結果
治療期間
平成28年4月13日から同8月30日 (全20回)
主要経過
第2回 平成 28年4月20日
- 全身のむくみ感が軽減した。
- 週に1度もないことがあった便通が週 1.5回程度になった。
第3回 平成 28年4月29日
- 便通が週2回程度になった。
- 体調も良く、久しぶりにスポーツジムで軽く運動をした。
第5回 平成 28年5月11日
- 体調の良さに伴い食欲が亢進して体重が増加した。
- 便通は週2回程度で安定している。
第6回 平成 28年5月18日
- 体調が良いことから、増加した体重をコントロールしてみようと思うようになる。
第11回 平成 28年6月22日
- 体調が良く、食欲の亢進をなかなか抑えることができない。
第14回 平成 28年7月20日
- 胃の痛みを感じ医療機関を受診。ピロリ菌の感染が確認され薬物治療を受ける。
第15回 平成 28年7月 27日
- 胃の痛みが改善する。
第16回 平成 28年8月4日
第 19回 平成 28年8月24日
- 仕事による疲労が蓄積しており、頸部に強い筋緊張がみられる。
①VAS
自覚症状で多かったのは頸と肩の筋緊張による頭痛と右足つけ根の痛みである。VASの術前と術後の変化から、浪越式基本指圧の全身操作により自覚症状の改善がみられた。(表1)
②HbA1c(NGSP)
HbA1c(NGSP)は過去1~2ヶ月の血糖の推移を反映したものである4)。対象の初診日が平成 28年4月 13日であることから、基準となる値を平成 28年 5月7日の数値とし、平成28年9月7日までの数値の変化を評価したところ、0.5%の減少がみられた。(図1)
Ⅴ. 考 察
施術前と比較して、施術後の VASの値が大きく減少していることから、浪越式基本指圧の全身操作が対象の自覚症状と体調の改善に寄与したと考えられる。
衞藤 他の報告によると5)、浪越式基本指圧の前頸部施術を受けた者に呼吸商の優位な低下がみられており、絹田 他の症例報告によると6)、薬物治療を中止した2型糖尿病患者のHbA1c(NGSP)を鍼灸治療によって安定させたという事例がある。このことから、浪越式基本指圧の全身操作により対象の代謝量が増加し、糖利用が促進されたと考えられる。また、副交感神経の興奮は、膵臓のランゲルハンス島B細胞からのインスリンの分泌を亢進する7)。横田 他は8)前頸部および下腿外側部で、渡辺 他は9)仙骨部で、田高 他は10)頭部での浪越式基本指圧で、それぞれ縮瞳反応が生じることを報告しており、この反応は指圧により被験者に交感神経の抑制、あるいは副交感神経の興奮がみられたために起きたものであると示唆される。前に述べたが、インスリンの分泌亢進は副交感神経の興奮により起こる。このことから、浪越式基本指圧の全身操作により副交感神経の興奮がみられた結果、膵臓からのインスリン分泌が亢進し、糖利用の促進がなされたと考えられる。更に、定期的に指圧治療を行うことで、不規則な対象の生活に一定のリズムが生じ、睡眠時間の確保や運動習慣の意識づけがなされたことも関与していると考えられる。以上のことから、浪越式基本指圧の全身操作が、HbA1c(NGSP)の改善に寄与したと考えられる。
主要経過で述べたが、平成 28年5月中旬から同6月にかけて対象の食欲が亢進し、体重も増加している。これが平成 28年8月9日のHbA1c(NGSP)の前回値より 0.2%上昇に関与していると考えられる。体重は初診時から増加傾向のままであるが、平成 28年9月7日の検査では HbA1c(NGSP)が前回値より0.6%減少した。この結果については対象の主治医も明確な理由を明らかにできていない。また、対象はインスリンの分泌を促進する薬を服用しており、6月以降、当該薬物の投与量増加もはかられている。このことから、指圧治療単独の効果と言える確証を得るには至っていないが、更に指圧治療を継続し、糖尿病治療薬の投与量とHbA1c(NGSP)の持続的な減少をみることができれば指圧治療の効果の確証につながるものと考えられる。
日本糖尿病学会の糖尿病診療ガイドライン2016によると11)、合併症予防のための目標としてHbA1c(NGSP)を 7.0%未満と定めている(図2)。対象の健康管理の観点から鑑みると、この目標を達成することが当面の課題である。今後も指圧治療を継続し、経過を観察していきたい。
Ⅵ. 結 語
対象に全 20回の浪越式基本指圧の全身操作を行い、以下の結果を得た。
- 自覚症状が大幅に軽減した。
- HbA1c(NGSP)が0.5%減少した。
参考文献
1)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2016/2017,p.94,厚生労働統計協会,東京,2016
2)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2016/2017,p.94-95,厚生労働統計協会 ,東京,2016
3)石塚寛:指圧療法学 -改定第1版 -,p.77-126,国際医学出版 ,東京,2010
4)奈良信雄 他:臨床医学各論 -第2版 -,p.113,医歯薬出版,東京,2013
5)衞藤友親,桑森真介:前頚部指圧による呼吸商の変化 ,日本指圧学会誌(1);p.11-13,2012
6)絹田章,中村弘典 他:糖尿病に対する鍼治療の一症例 ,全日本鍼灸学会雑誌 49巻(2);p.299-304, 1999
7)本郷利憲 他:標準生理学 -第6版-,p.935,医学書院,東京,2005
8)横田真弥 他:前頸部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌(35);p.77-80,2011
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌 (36);p.15-19,2012
10)田高隼 他:頭部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌 (37);p.154-158,2013
11)日本糖尿病学会:糖尿病診療ガイドライン2016,p.27,南江堂,東京,2016
【要旨】
2型糖尿病患者に対する基本指圧―全身操作の効果について―
本多 剛
生活習慣病に含まれる2型糖尿病の患者は、その予備軍も合わせて近年増加している。今回、2型糖尿病を発症して7年間経過した患者に対して指圧治療を施す機会を得た。指圧治療法は浪越式基本 指圧の全身操作とし、全 20回の治療を行ったところ、患者のHbA1c(NGSP)値が指圧治療開始時と比較して 0.5%の減少をみた。今後も指圧治療を継続し、経過を観察していきたい。
キーワード:2型糖尿病、HbA1c(NGSP)、浪越式基本指圧全身操作