カテゴリー別アーカイブ: 学術情報

湿疹に対する指圧治療:新田 英輔

新田 英輔
指圧Livin 院長

Shiatsu Therapy for Eczema

Eisuke Nitta

 

Abstract :  This report examines the case of a patient with eczema who was treated with full-body shiatsu therapy focusing on the cervical and abdominal regions. After 5 treatments, redness and pruritus were eased. This suggests that shiatsu therapy could be effective for eczema.

Keywords:rash, eczema, shiatsu therapy, pruritus, improvement of skin condition


I.はじめに

 アトピー性皮膚炎に対する指圧療法では、金子1)、千葉ら2)が症状の改善を報告している。筆者は、アトピー性皮膚炎に指圧が効果を発揮するのであれば、突発性の発疹や湿疹に対しても同様の効果がみられるのではないかと考えていた。
 そのような中、アトピー性皮膚炎でない患者に突然の発疹、湿疹症状が出現している症例と遭遇し、指圧療法を試みたところ、症状の改善がみられたため報告する。

Ⅱ.症例

期間:

 2017年11月11日~ 2018年1月11日(計5回)

対象:

 43歳女性 既婚 3歳児の母親

社会歴:

 外資系メーカー勤務

現病歴:

 10月の初めごろに、突然背中、腕、足に発疹が発症した。皮膚科を受診したところ、ストレスによる発疹と診断され、湿疹症状に対し保湿剤兼ステロイド塗り薬、抗アレルギー薬のアレグラを処方されるも、2週間経過後も身体の痒み、赤みが全く変化しない状況が続いていた。
 6月に新居を購入し、引っ越し、育児、仕事の不満等、ストレスが続いていたことが原因ではないかと本人は分析している。

自覚所見:

 ・背中、腕、足に痒みがある
 ・とくに背中、腕に強い痒みを感じる
 ・9月、11月と仕事中に突然の動悸が起こるようになった

他覚所見:

 ・背部の赤みが強い
 ・頚部から肩甲間部に硬結
 ・健康な人の腹部は豆腐のような柔らかさだが、腹部が鉄のように硬くなっている
 ・2010年7月28日から通院している患者だが、運動療法で肩を牽引した際の肩関節の可動域が以前よりも硬くなっている

評価:

 写真による皮膚症状の変化

施術法:

 1.仰臥位で頚部、腹部に重点を置く浪越指圧療法を30分
 2.伏臥位または横臥位での全身指圧35〜40分
 3.横臥位での肩の運動療法0〜5分
 ※金子1)のアトピー性皮膚炎のポイントとなっている指圧療法を行った

Ⅲ.結果(経過)

第1回(2017年11月11日、図1)

他覚所見:

 ・腹部が全体的に硬い
 ・施術後の痒み、赤みに変化なし
 ・全身の施術により身体の爽快感、疲労が取れた感じはする

図1.第1回(2017年11月11日)治療後の所見

図1.第1回(2017年11月11日)治療後の所見

第2回(同年11月23日、図2)

自覚所見:

 ・痒みはまだあるが背中の赤みは軽減した

他覚所見:

 ・前回よりも頚部、肩背部、腹部の硬結が軽減したが、腹部中央部分から上の硬さが強い

図2.第2回(2017年11月23日)治療後の所見

図2.第2回(2017年11月23日)治療後の所見

第3回(同年12月9日、図3)

自覚所見:

 ・痒み、赤み、発疹の跡は前回より減っている

他覚所見:

 ・頚部の硬さは戻りやすいが、腹部の柔らかさは毎回柔らかくなってきている

図3.第3回(2017年12月9日)治療後の所見

図3.第3回(2017年12月9日)治療後の所見

第4回(同年12月22日、図4)

自覚所見:

 ・風邪を引いていたため咳がひどい
 ・引き続き痒みも改善し、ほとんど気にならない状態

他覚所見:

 ・頚部、腹部の筋肉の柔軟性が定着してきた

図4.第4回(2017年12月22日)治療後の所見

図4.第4回(2017年12月22日)治療後の所見

第5回(2018年1月11日、図5)

自覚所見:

 ・痒みは完全に取れて、背中の色素沈着も毎回改善してきている
 ・心臓の動悸に悩まされてきたが、それも治った

他覚所見:

 ・毎回来院するごとに筋肉の硬結は減っている
 ・肌の状態は完全ではないが、本人の悩みは解消したため、2週間に1度のペースは終了し、身体が辛くなったらまた来てもらうことにした

図5.第5回(2018年1月11日)治療後の所見

図5.第5回(2018年1月11日)治療後の所見

Ⅳ.考察

 湿疹は皮膚に痒みが出て、皮膚が赤くなったり(紅斑)、皮がむけたり、水疱ができたりする皮膚の炎症である。

 今回の患者はアレルギー検査の結果、アトピー性皮膚炎ではなく発疹と診断を受けている。身体にストレスが溜まると、自律神経が乱れ、肥満細胞からヒスタミンが分泌されることで痒みが起きることがあり3)、今回の患者では湿疹症状が出る1カ月前の新居への引っ越し、仕事、育児などの度重なるストレスが発症に関与していたと推測される。

 2008年に治療院を開業して以来、当院に来院する患者の大半は、頚や肩のこり、腰痛などを主訴としている。そのため、治療法として腹部以外の全身の指圧療法を行っていた。その中には主訴ではないものの発疹症状を持つ患者もいたが、症状の改善はみられなかった。

 しかし、今回の症例に対して、腹部指圧を入れた全身指圧を施したところ、症状の改善がみられた。腹部指圧により、消化管蠕動が亢進されること4)、瞳孔直径が変化すること5)が報告されていることから、今回の症例では腹部指圧により自律神経が調節され、結果として、ホルモン分泌等の免疫機能が改善され、発疹症状の治癒を早めたと推察される。

Ⅴ.結語

 腹部、頚部に重点を置いた全身指圧療法を行うことによって、心臓の動悸、湿疹症状の赤み、痒みに改善がみられた。

参考文献

1)金子泰隆:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療,日本指圧学会誌1,p.2-5,2012
2)千葉優一:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療,日本指圧学会誌2,p.22-25,2013
3)戸倉新樹,藤本学,椛島健治:臨床力がアップする! 皮膚免疫アレルギーハンドブック,南江堂,東京,p.110,2018
4)黒澤一弘 他:腹部指圧刺激による胃電図の変化,東洋療法学校協会学会誌31,p.55-58,2007
5)栗原耕二朗 他:腹部指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34,p.129-132,2010


【要旨】

湿疹に対する指圧治療
新田 英輔

 発疹による湿疹症状を訴える患者に対して、頚部、腹部に重点を置いた全身指圧療法を全5回行った。その結果、湿疹症状の赤み、痒みの改善が認められた。このことから、指圧療法が発疹に対して有効であることが推察される。

キーワード:発疹、湿疹、指圧療法、掻痒の軽減、皮膚症状の改善


脊柱管狭窄症に対する指圧療法を中心とした治療効果:新田 英輔

新田 英輔
指圧Livin 院長

Effects of Shiatsu Treatment for a Patient with Spinal Stenosis: A Case Report

Eisuke Nitta

 

Abstract :  The cause of spinal stenosis has not yet been ascertained, and there is no generally accepted definition for the disease. This report examines the case of a 70-year-old male patient diagnosed with spinal canal stenosis by three orthopedic surgeons, who received full-body shiatsu therapy. Following treatment, the pain disappeared and walking stability was improved. Following the second treatment, the patient could walk for about twice as long as before, and a maximum of over 14 times longer over the course of treatments. This suggests that full-body shiatsu therapy may be effective to ease symptoms of spinal stenosis.

Keywords:Spinal canal stenosis, back pain, pain, numbness, muscle weakness, intermittent claudication


I.はじめに

 脊柱管狭窄症は腰椎の椎間板と椎間関節の変性を基盤として神経の通路である脊柱管や椎間孔が狭小化することで、臀部から下肢への疼痛やしびれ、下肢筋力の低下、間欠跛行等の症状を呈する症候群である。
 現在のところ明確な原因は不明であり、定義に関しても統一された見解は存在しない。1)
 本症例の患者は2015年の春ごろ、3つの整形外科で脊柱管狭窄症と診断され、整形外科でリハビリを2年行ったが、症状に何の変化もない状況が続いていた。
 そのような中、全身指圧療法を中心とした施術を試みたところ、症状の改善がみられたため報告する。

Ⅱ.対象及び方法

場所:

 指圧Livin

期間:

 2017年7月6日~2019年6月12日
 以降もメンテナンスとして徐々に治療間隔をあけながら定期的に来院。

施術対象:

 70代男性(身長168.5cm、体重約72kg)

既往歴:

 18〜65歳に材木の卸会社で勤務しており、材木を担いで運ぶ等の力仕事で身体に負担が掛かることがあり、腰痛などを起こしていた。

現病歴:

 65〜68歳、材木を運ぶ運送の手伝いをしていたころから、歩行すると段々と左下肢に痺れ、痛みが発症し、長くは歩けず一度座って休まないと歩けない状態に悪化した(間欠跛行)。
 歩行可能時間は日によって違いがあり、5〜10分の歩行が限界であった。
 68歳のとき2016年11月~2017年3月にかけて3カ所の整形外科を受診し、いずれの病院でも脊柱菅狭窄症と診断された。その後、2年間で計2カ所の整形外科に通院し、機器を使用した10分ほどの腰痛のリハビリを受け、指導された自宅でのストレッチを行ったにもかかわらず、症状に変化はなかった。
 脊柱管狭窄症の症状が出たころから、左下肢筋力の低下、歩行時に強く意識しないと身体が左に段々とよれてしまうようになった。

自覚所見:

 ・左下肢筋力低下
 ・左大腿が右大腿より細い
 ・10分以上歩行ができず、左下肢に痛みと痺れが出る
 ・歩行時、身体にふらつきがあり意識しないと身体が左に行ってしまう

他覚所見:

 ・全体的に筋肉の硬結が強い
 ・頚の回旋可動域に制限がある
 ・左肩甲骨が脊柱に寄っている
 ・左下肢ショートレグ
 ・うつ伏せ時、左腰が浮いている姿勢
 ・うつ伏せ時、左下肢がひらいている
 ・左大腿が右よりも細い
 ・歩行時にふらつきがある
 ・図1のストレッチをした時、手が床から30~40cm浮いている

施術方法:

 施術時間90分、全身指圧療法、腰部伸展法2)、下肢牽引、腰部ストレッチ、大腿屈曲、伸展、股関節外転、内転、伸展の抵抗運動、肩の運動療法。

評価:

問診での施術後の歩行時の痛み、歩行時間の変化。

図1.初回治療時(2017年7月6日)の所見

図1.初回治療時(2017年7月6日)の所見

Ⅲ.結果(経過)

第1回(2017年7月6日)

自覚所見:

 指圧後、全身スッキリとした。

他覚所見:

 ・全体的に筋肉の硬結が強い。特に左腰から臀部にかけてが一番硬い
 ・頚の回旋可動域に制限がある
 ・左肩甲骨が脊柱に寄っている
 ・左下肢ショートレグ
 ・うつ伏せ時、左腰が浮いている姿勢
 ・図1のストレッチをしたとき、手が床から30~40cm浮いている
 ・左大腿が右よりも細い
 ・歩行時にふらつきがある

第3回(同年7月20日)

自覚所見:

 左腰から臀部が辛い。2回目の施術後、1日最大10分の歩行時間だったのが18分歩行できた。

他覚所見:

 左腰から臀部が硬い。左肩、頚の動きが硬い。

第5回(同年8月2日)

自覚所見:

 4回目の施術後、1日あたり20分歩いて出かけられたが、帰り道は15 分の歩行が限界。

他覚所見:

 うつ伏せでの下肢のひらきが治ってきた。

第6回(同年8月9日)

自覚所見:

 5回目の施術後は1日あたり、痛みに耐えて無理をすれば30 分歩いて出かけられたが、帰り道は10~15分の歩行が限界だった。

他覚所見:

 身体のゆがみが取れてきたが、腰の筋の緊張と臀部が硬い。

第12回(同年9月20日)

自覚所見:

 11回目施術後、1日に25分まで痛みなく歩くことができた。

他覚所見:

 歩く際の身体のふらつきが強かったが、改善してきた。左大腿筋膜張筋、左腰も段々ゆるみが出てきた。左腰から臀部を指圧すると、左肩もゆるむ。

第14回(同年10月2日)

自覚所見:

 13回目の施術後、1日35~40分歩けるようになった。

他覚所見:

 ・うつ伏せ時、左ショートレグ約7mm。指圧後は下肢の長さがそろう
 ・腰の硬さは以前よりも大分改善した。右腰と比べると4割ほど左腰が硬い
 ・右大胸筋が硬くなりやすい。今回は右大腿筋膜張筋がよく効いた
 ・うつ伏せから横向きにする段階で腰のゆるみが出るようになった

第17回(同年10月26日)

自覚所見:

 16回目の施術後、1日に40分余裕を持って歩けた。45分まで歩けそうだったが、悪天候のため試せていない。

他覚所見:

 ・うつ伏せ時、ヤコビー線の左右差がなくなった
 ・指圧後、下肢の長さが整う
 ・大腿筋膜張筋の硬さ、臀部の硬さが出なくなってきた
 ・指圧後に抵抗運動を入れることで大腿前面の筋の硬さが正常になってきた

第19回(同年11月22日)

自覚所見:

 18回目の施術後、1日に45分歩けた。50分も歩けそうだったが、トイレに行きたくなり、試せていない。

他覚所見:

 18回目のときは仰向けで両膝を胸に近づけると左右でずれがあったが、前回よりも改善した。

第20回(同年12月6日)

自覚所見:

 19回目の施術後、1日に53分歩けた。もっと歩けたが、TVが見たくてやめた。その翌日から調子が落ちて、35分までしか歩けなくなった。

他覚所見:

 仰向けで胸に膝を近づける動きをすると右が硬く、臀部のストレッチも右が硬い。

第22回(2018年1月10日)

自覚所見:

 指導された大腿内転、外転トレーニングもするようになり、身体のふらつきは指摘されるまで気づいていなかった。

他覚所見:

 前回から約3週間あき、左臀部から左大腿外側、前面が硬い。仰向けで膝を胸に近づける動きも左右バラバラになってしまった。

第26回(同年2月7日)

自覚所見:

 20回目以降あまり調子が上がらず、30分までしか歩けない状態が続いた。

第27回(同年2月14日)

自覚所見:

 26回目の施術後、1日40分歩けた。

他覚所見:

 仰向けで膝を胸に近づける動きが左右同じように動くようになった。

第33回(同年3月28日)

自覚所見:

 32回目の施術後、1日50分以降は痛みに耐えながら72 分まで歩けた。
 日が経つと40 分までに低下してしまった。

他覚所見:

 前回よりもゆるみが出ていたが脊柱起立筋の腰椎5番がまだ少し硬い。

第50回(同年10月22日)

自覚所見:

 42回目よりゴムチューブを使って1日10回肩のストレッチを追加したところ、体がつりやすいのが治った。良い状態がキープできているので、46回目以降、約3週間に一度のペースにしたが、歩ける時間は30~40分程度で安定していた。
 だが、10月20日に四男の引っ越しを手伝った日から腰を痛め、あまり歩けなくなった。

他覚所見:

 圧痛はないが傾いて歩いている。アイシングをして指圧。

第51回(同年11月5日)

自覚所見:

 50回目の翌日には腰の痛みが取れて、今まで時間が経つにつれて徐々に出ていた痛みが一切出なくなり、40分歩いても痛みはなかった。1時間でも痛みなく歩けそうな気がする。

第54回(2019年3月4日)

自覚所見:

 前回施術から47日。50回目以降徐々に期間をあけているが、その間一度も痛みが出ることなく、30分歩きストレッチをしてまた30分歩けている。痺れが少しあるだけで、痛みを感じることがなくなり日常生活に一切問題がなくなった。

第56回(同年6月12日)

自覚所見:

 前回施術から50日後、50分歩いたが、痛みなく歩けた。痺れが少しあるだけで何の問題もない。

 最初の頃よりも痺れの強さも減った。

他覚所見:

 触診によるゆがみはない。抵抗運動での左下肢筋力の右下肢との差がなくなってきた。

Ⅳ.考察

 腰痛症の85%は原因不明の非特異性腰痛である。3)

 腰部脊柱管狭窄症においても画像だけでは症状の有無を判別できず、しかも狭窄の程度と臨床症状の重症度とは必ずしも相関しない。4)

 本症例においても整形外科での2017年3月15日(指圧治療前)と2019年3月25日(指圧治療開始後)X線所見にて、画像における変化はないと医師に診断を受けている。しかし、歩行時間は最短5 分であったものが、指圧治療開始後は最長72分と、14倍以上の歩行が可能になった。画像所見による変化は認められないにも関わらず、歩行時間が延びるにつれて、疼痛は消失し、他覚所見にて観察された全体的な筋硬結にも改善がみられた。治療期間終了後は左下肢に痺れが少し残るのみとなり、日常生活に一切問題がなくなるまでになった。

 筋の収縮は、活動電位により筋小胞体の終末槽からCa2 +が細胞質中に放出され、筋漿膜内のCa2 +濃度が上昇しアクチンフィラメントがミオシンフィラメントに滑り込むことで出現する。しかし、筋小胞体損傷でCa2 +が損傷部から放出し、また筋細胞膜損傷で細胞外のCa2 +が細胞内へ流入すると、筋漿膜内のCa2 +濃度上昇に伴う、局所的なアクチンとミオシンの膠着が出現する。

 膠着解除のためATP が必要となり代謝は亢進するが、アクチンとミオシンの膠着による局所循環障害は、酸素欠乏と栄養低下によるエネルギー欠乏を招き5)、過敏性物質(内因性発痛物質)が筋細胞外に放出され、Ⅳ群神経終末や自律神経終末を刺激して痛みを引き起こす。さらに筋からの痛覚線維のインパルスが交感神経の反射活動を高めて局所的な虚血をもたらす。また、筋内の局所に交感神経節後線維から反射活動によって放出されるノルアドレナリンが、痛覚受容器の過敏化にも寄与する。6)これらのことにより、さらに膠着が持続し筋硬結が形成される。

 筋硬結を改善するためには、アクチンとミオシンの膠着を解除する必要がある。解除方法として、①物理的な伸張、②血流改善によるATP産生促進、③代謝低下による発痛物質の産生抑制、④痛覚線維の興奮性抑制などがあげられる。5)

 指圧療法では母指、手根による筋の圧迫をするので、①の方法に該当する。

 また指圧による血流改善7)の報告がされており②の方法も該当する。

 また、骨自体に関節を動かす力はなく、人が身体を動かすときには必ず筋肉を使う。

 ひとつの動作を行うとき、主動筋が働くときには、それに対する拮抗筋が自動的に弛緩することで、動作をスムーズに行うことができる(相反神経支配)ことから、筋硬結により主動筋と拮抗筋のバランス、筋肉の収縮と弛緩のバランスが崩れれば、動作をスムーズには行えないということになる。

 シェリントンの相反神経支配によると,短縮や緊張した筋は,その拮抗筋を抑制することから、筋の不均衡を改善するためには筋力低下を起こした筋より、緊張・短縮した筋にアプローチをすることが臨床的には適切であることが指摘されている。8)

 厚生労働省は、“ 人の身体には、地球の重力から姿勢を保つために働く抗重力筋があり、本来抗重力筋が正しい状態にあると、抗重力筋全体がバランスを取り合い身体の歪みが修正される。日常生活で身体に癖がつくと、抗重力筋は癖のある悪い姿勢を記憶して身体の歪みを作り、慢性の肩こりや腰痛を引き起こす。9)” としており、これらのことから、X 線所見において変化がみられないにも関わらず、明らかな症状の改善がみられるのは、X 線には映らない指圧治療による筋肉の状態の変化が大きく影響したと推測される。

 その機序として、指圧療法では血流の改善7)筋の硬さの改善10)11)関節可動域の拡大12)13)14)が報告されており、全身指圧療法を行ったことにより抗重力筋のバランスが整い、疼痛、脊柱管狭窄症状の改善に寄与したものと推測される。

 実際に、当院ではX 線では何の異常も認められないと診断された患者が複数名来院したが、指圧により疼痛の改善がみられている。

 今回、脊柱管狭窄症の疼痛の消失、歩行時間の改善、身体のふらつきが改善したことから、保存療法として指圧療法を取り入れていくことは十分価値あることだと思われる。

Ⅴ.結語

 脊柱管狭窄症に対して全身指圧療法を中心とした施術を試みたところ、疼痛の消失、歩行時間の改善、身体のふらつきの改善が認められた。日常生活において何の支障もきたさない状態に至った。

 指圧治療開始前と後の脊柱管狭窄症改善後でのX 線所見における画像変化は認められず、脊柱管の狭窄と臨床症状との相関性は認められなかった。

 脊柱管狭窄症に対して全身の指圧療法を中心とした施術が有効であることが示唆された。

参考文献

1)日本整形外科学会,日本脊椎脊髄病学会編:腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2011,南江堂,東京,p.1-2,2011
2)厚生省医務局医事課編:指圧の理論と実技,医歯薬出版,東京,1957
3)大川淳 編:しびれ・痛みに対する整形外科診療の進歩,別冊整形外科No.74;p.47,2018
4)日本整形外科学会,日本脊柱脊髄病学会編:前掲註1),p.27
5)黒田幸雄,篠原英記 他編;理学療法MOOK5 物理療法,三輪書店,東京,2000
6)竹井仁:姿勢の教科書,ナツメ社,東京,p.88-89,2017
7)蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.13-17,2013
8)葛原憲治:筋の不均衡を改善するためのパートナーストレッチング,日本保健医療行動科学会雑誌28(2);p.44,2014
9)厚生労働省ウェブサイト
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-093.html
10)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.19-22,2013
11)菅田直記 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),指圧研究会論文集Ⅱ;p.23-26,2013
12)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),指圧研究会論文集Ⅱ;p.27-30,2013
13)田附正光 他:指圧刺激による脊柱の可動性及び筋の硬さに対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.31-34,2013
14)宮地愛美 他:腹部指圧刺激による脊柱の可動性に対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.35-38,2013


【要旨】

脊柱管狭窄症に対する指圧療法を中心とした治療効果
新田 英輔

 脊柱管狭窄症は現在のところ明確な原因は不明であり、定義に関しても統一された見解は存在しない。

 整形外科3 カ所で脊柱管狭窄症と診断され、2年間リハビリを行ったが効果が全くなかった70代の男性患者に対して、全身指圧療法を中心とする施術を試みたところ、疼痛の消失、歩行時間が指圧治療開始後2回目で約2倍に、最大14倍以上に延長し、歩行時の身体のふらつきの改善が認められた。

 脊柱管狭窄症に対して全身の指圧療法を中心とした施術が有効であることが示唆されたため、その症例を報告する。

キーワード:脊柱管狭窄症、腰痛、疼痛、痺れ、筋力低下、間欠跛行


乳がん術後の患者に対する疼痛と肩関節可動域制限への指圧治療:中盛 祐貴子

中盛 祐貴子
祐泉指圧治療院 院長

Shiatsu Treatment for a Patient with Shoulder Joint Pain and Decreased Range of Motion Due to Breast Cancer Surgery

Yukiko Nakamori

 

Abstract :  This report examines the case of a patient undergoing pectoral muscle-preserving mastectomy for cancer of the left breast, who was treated for the alleviation of shoulder joint pain and decreased range of motion using shiatsu therapy. After treatment, pain was alleviated and the range of motion of the shoulder joint was increased, which contributed to improving the patient’s quality of life. This suggests that shiatsu treatment combining finger pressure and joint mobilization was effective in improving the flexibility of the skin, subcutaneous tissue, and shoulder joint.

Keywords:breast cancer, mastectomy, pain, shoulder joint range of motion, strain, post-mastectomy neural pain, shiatsu, massage


I.はじめに

 乳がん手術後の主な後遺症としては、リンパ浮腫や手術後の恒常的な痛みなどがある。手術を受けたことによる胸部から腋窩、上腕にかけての痛み、違和感やしびれなどの知覚異常は、多くの場合、術後数カ月で和らぐとされている1)が、和らぐまでの間は患者が痛みに悩まされることになる。また、乳がん術後の患者においては、患側肩関節可動域が制限されやすく、更衣や整容などの日常生活動作の制限となる2)とされており、日常で不便さを感じる患者が多くいるといえる。
 今回、乳がんに対する左側胸筋温存乳房切除術後の患者に対し、全身指圧を施した。左胸部の疼痛と突っ張り感、左側肩関節を含む左側上肢各関節の可動域の制限を主に訴えており、筋、皮下組織及び皮膚の柔軟性と伸張性を改善することを主目的に施術を行ったところ、疼痛の緩和と肩関節可動域の変化を確認したのでここに報告する。

Ⅱ.対象および方法

施術対象:

 44歳 女性 自営業

施術日:

 令和1年8月27日

主訴:(患者の表現をそのまま記述):

 手術後、左胸あたりの痛み、突っ張り感がある。脇の下あたりも違和感がある。左腕が上がりにくいし、肘もしっかり伸ばせなくて、不便だし不快。左腕が上がりにくくなることは手術前に説明を受けているから理解はしているが、洗髪や髪を乾かす動作が思うように行えないのが苦しい。着替えの動作にも支障が出て、着られる服が制限されてしまい、毎朝の服選びに苦労している。疼痛により動きが阻害されることもストレス。早期の社会復帰に向けて、少しでも痛みが減り、身体が動きやすくなってほしい。

現病歴:

 令和1年7月30日、乳がんにより左側胸筋温存乳房切除術を受けてから、左胸部、腋窩部、上腕部に疼痛が出現。左側肩関節の可動域制限(主に前方挙上、側方挙上)も現れた。

既往歴:

 34 歳 卵巣嚢腫 腹腔鏡下手術

施術方法:

 1.仰臥位にて、腹部への指圧を行う
 2.仰臥位にて左胸部への軽圧での流動圧法や手掌刺激圧法を主に用いた指圧を行う。創傷部周辺(図1)は解離を起こさないように触圧と微圧にて慎重に行う
 3.仰臥位にて左上肢への指圧と運動操作を行う
 その後は全身調整として、
 4.側臥位にて、左側の頚部、背部、腰部および臀部への指圧を行う
 5.伏臥位にて、背部、腰部、臀部、両側下肢への指圧を行う
 宮下3)による乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の疼痛とそれに伴う肩関節可動域の制限に対する指圧療法の一例報告や指圧療法学4)も参考に施術を行った。

評価:

 ・問診での施術前後の所見、感覚の変化を聴取した
 ・目盛りのない直線100mm Visual Analogue Scale(VAS)を施術前後に記入してもらい、疼痛と突っ張り感を評価した
 ・角度計を用いて術前術後の肩関節可動域(前方挙上と側方挙上)を計測した

図1. 患者の乳房切除術後の創傷部

図1. 患者の乳房切除術後の創傷部

Ⅲ.結果

[術前所見]

自覚所見

 ・左胸部の疼痛および動作時痛
 ・左胸部、腋窩部の突っ張り感や違和感
 ・肩関節可動域制限(前方挙上、側方挙上)
 ・肩こりや背中の張りなどがあり、全身に倦怠感や疲労感がある

他覚所見

 ・肩関節の自動運動と他動運動時に左胸部に痛みを訴える
 ・触診により左胸部の皮膚の柔軟性と伸張性の低下を感じる
 ・左側肩関節の挙上動作の可動域制限あり(図2)
 ・両上肢の周囲径に顕著な左右差はみられない

図2.指圧施術前

図2.指圧施術前

図3.指圧施術後

図3.指圧施術後

[術後所見]

VAS 痛みの程度:

50 → 25

突っ張り感の程度:

48 → 22

肩関節の可動域:

前方挙上135°→ 145°、側方挙上:85°→ 95°

上腕周囲径(肘頭より上方10cm):

左28.5cm → 28.0cm、右28.9cm → 27.4cm

自覚所見

 ・左胸部の疼痛及び動作時痛が軽減した
 ・左胸部、腋窩部の突っ張り感や違和感が軽減した
 ・肩関節の可動域(前方挙上、側方挙上)が拡大した
 ・肩こりや背中の張りが軽減した

他覚所見

 ・触診により左胸部の皮膚の柔軟性と伸張性が向上した
 ・左側肩関節の可動域が拡大した(図3)

Ⅳ.考察

 本症例では、左側胸筋温存乳房切除術後4週後に指圧治療を行った。手術後から左胸部の疼痛、突っ張り感があるとのことだった。また、左側上肢を動かすと痛みが増強し、肩関節の可動域制限もみられ、QOL の低下を訴えていた。これらの症状は、『上腕後面、腋窩や前胸壁部などにおける、感覚低下を伴う締め付け感や灼熱感などが多い』『しばしば上肢運動によって痛みが増強するため、有痛性肩拘縮症となる』『術直後~半年までに発症することが多い』などの乳房切除術後疼痛症候群の特徴5)と重なる部分が多い。乳房切除術後疼痛症候群は乳房手術患者における手術操作による肋間上腕神経(第1 ~ 2 胸椎の皮枝)の神経障害が主な原因と考えられており、特徴があるとされている。本患者は乳房切除術後疼痛症候群を発症していたのではないかと考えられる。

 それに加えて今回、本患者は手術後の病理検査の結果待ちの状況にあり、「悪性度の高いがんだったら、と不安だ」などの発言を繰り返している様子からもストレスがかかった状態であったと推察される。そのため、ストレス=心の痛みが身体の痛みを増強させる6)ことから、痛みや不安の軽減を考慮する必要があった。指圧を含むマッサージは、エビデンスは示されていないものの、がん患者の痛みや不安などの苦痛症状を軽減するために主に緩和ケア病棟などで活用されている7)。指圧療法では、交感神経の興奮を抑制し、副交感神経活動を優位にする効果が示されている8)9)。今回、この指圧の効果によって、患者の交感神経の興奮、ストレスなどが緩和され、痛みを軽減できたと推察される。

 施術前と施術後の比較では、痛みの程度のVAS が50 → 25 に、突っ張り感の程度のVASが48 → 22 に変化した。不快な痛みや突っ張り感を緩和することは患者にとって有益であり、患者のQOL を向上させることに貢献できたといえる。

 本患者は、手術後11日間にわたりドレーン留置で過ごした。その期間、左側上肢を肩関節90°以上に挙上しないようにとの説明を受けていた。とはいえ、90°まで上げようとしても痛みや違和感が強く、ドレーン留置期間中は60°程度までしか上げられなかったとのことから、左側上肢の活動量が低下していたといえる。それに伴い、筋力低下、筋柔軟性の低下、筋の動きに関連する皮下組織や皮膚の柔軟性の低下が生じていたと推察される。指圧療法では筋柔軟性に対する効果が示されているほか10)11)12)、宮下3)は指圧療法が皮膚の柔軟性、伸張性を改善できる可能性を示唆する報告をしている。今回、これらの指圧の効果によって、肩関節の可動域に変化が起きたと推察される。

 施術前と施術後の画像(図2、3)を比較したところ、膝関節屈曲や骨盤後傾の改善がみられる。施術前には肩こりや背中の張りの訴えと倦怠感や疲労感の訴えがあり、上肢や胸部だけではなく背腰部や下肢などの筋にも過緊張が引き起こされていたと考えられる。新倉13)や作田14)は指圧療法が筋緊張を緩和させ姿勢を改善できる可能性を示唆する報告をしている。今回の症例においても、指圧の効果によって、姿勢が改善したと推察される。結果として、より上方へ手が届くようになり、日常生活動作の改善につながることが期待できる。

 施術1週間後に本患者から施術後経過の連絡があった。「施術後から動作時の痛みが減り、イライラすることがかなり減った。前屈みにならずに洗髪ができるようになり、着替えも楽になり服の選択肢が増えて快適。動きやすくなったことで運動への意欲が向上し、自主的リハビリテーションをより一層積極的に取り組めるようになった」との報告から、QOLが向上したといえる。

 早期の社会復帰を望む本患者は、乳房切除術後翌日から手指や手関節を動かすなどの自主的リハビリテーションにも取り組んでいた。生活指導および肩関節可動域訓練や上肢筋力増強訓練などの包括的リハビリテーションは、患側肩関節可動域の改善、上肢機能の改善がみられるので、実施が強く勧められている2)。しかしながら、入院期間の短縮化とともに、後遺症や合併症を有したまま退院する症例も多くみられ、術後がん患者の自宅生活におけるQOLを損なう大きな問題となっている15)。退院したあとの外来がんリハビリテーションに関しては、十分に行われていないのが現状である16)ため、指圧師が包括的なリハビリテーションや機能訓練の知識を学び、それに対応できる施術技術を持つことで、医療機関を退院後または外来リハビリテーションの終了後の乳がん術後の患者に対して、その役割を補完できると考えられる。

Ⅴ.結論

 指圧療法により、乳がんに対する胸筋温存乳房切除術後の疼痛を緩和させ、上肢の動作時痛を軽減できる可能性がある。また、指圧の押圧操作と運動操作を併用することで、肩関節可動域制限の改善がはかられ、乳がん手術後の患者のQOLを向上できる可能性があると考えられる。今回は1例のみの報告であるため、今後も症例を重ねて検討していきたい。

参考文献

1)日本乳癌学会:患者さんのための乳がん診療ガイドライン2019年版,p.100,金原出版, 東京,2019
2)日本リハビリテーション医学会:がんのリハビリテーションガイドライン,p.54,金原出版,東京,2013
3)宮下雅俊:乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の疼痛とそれに伴う肩関節可動域の制限に対する指圧療法の一例報告,日本指圧学会誌5;p.32-36,2016
4)石塚寛:指圧療法学 改訂第1 版,国際医学出版,東京,2008
5)日本緩和医療学会:がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2010年版,https://www.jspm.ne.jp/guidelines/pain/2010/chapter02/02_01_03.php
6)仙波惠美子:ストレスにより痛みが増強する脳メカニズム,日本緩和医療薬学雑誌3(3);p.73-84,2010
7)日本緩和医療学会:がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス2016 年版,p.27-33,金原出版,東京,2016
8)栗原耕二朗 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34;p.129-132,2010
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌36;p.15-19,2012
10)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
11)菅田直記 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
12)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3 報),東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2003
13)新倉玄太:押圧操作と運動操作の併用により姿勢矯正が認められた一例,日本指圧学会誌4;p.15-18,2015
14)作田早苗:80 代女性 開腹手術後の円背矯正,日本指圧学会誌7;p.9-14,2018
15)日本医療研究開発機構:外来がんリハビリテーションプログラムの開発に関する研究,目的(2020年2月時点),http://www.jascc-cancer-reha.com/contents/c002.html
16)日本医療研究開発機構:外来がんリハビリテーションプログラムの開発に関する研究,トップページ(2020年2月時点),http://www.jascc-cancerreha.com/index.html


【要旨】

乳がん術後の患者に対する疼痛と肩関節可動域制限への指圧治療
中盛 祐貴子

 本症例では、乳がんに対する左側胸筋温存乳房切除術後の疼痛と肩関節可動域の制限がある患者に対して、指圧治療を行った。その結果、疼痛の緩和と肩関節可動域の拡大が見られ、患者のQOLの向上に貢献することができた。本症例の改善は、指圧により皮膚や皮下組織の柔軟性が向上し、肩関節に対して押圧操作と運動操作を施すことで、効果が得られたものと推察する。

キーワード:乳がん、乳房切除術、疼痛、肩関節可動域、痛み、突っ張り感、乳房切除後神経性疼痛、指圧、マッサージ


多嚢胞性卵巣(PCO)への指圧の治療効果:徳元 大輔

徳元 大輔
きりん堂指圧治療院 院長

Effects of Shiatsu Treatment for a Patient with Polycystic Ovary (PCO) : A Case Report

Daisuke Tokumoto

 

Abstract :  This report examines the case of a 31-year-old female patient complaining of constipation and menstrual pain and diagnosed with polycystic ovary (anovulatory menstruation), who received shiatsu treatments. The patient began to have regular bowel movements and the menstrual pain was eased as of the day following the first treatment. Six months later, she recovered from polycystic ovaries. Eight months later, she became pregnant. This case suggests that shiatsu treatment may contribute to the improvement of various gynecological diseases, including polycystic ovaries.

Keywords:shiatsu, polycystic ovary, anovulatory menstruation, infertility, menstrual cramps, constipation, Oriental medicine


I.はじめに

 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS:Polycystic Ovarian Syndrome)とは、排卵障害に伴う月経異常、卵巣の多嚢胞性変化、内分泌学的異常を主徴とする疾患であり、生殖年齢の5~8%に認められ1)、排卵障害の原因の一つといわれている。
 日本産科婦人科学会の診断基準2)によると、月経異常・多嚢胞性卵巣(ネックレスサイン)・内分泌学的異常(血中男性ホルモン高値、またはLH[黄体形成ホルモン]値が高値かつFSH[卵胞刺激ホルモン]値正常)などの診断基準を満たしたものが多嚢胞性卵巣と診断される。
 発症要因は、視床下部のドーパミン活性低下により下垂体からのLH 分泌が亢進することが第1に考えられている。また、近年はインスリン抵抗性もPCOS の病態形成に関与していることが明らかになり、様々な因子により発症すると考えられている1)。また、欧米では男性化兆候を伴うことが多いといわれているが、日本では必ずしもあてはまらない。3)
 本疾患のほとんどは軽度で、排卵が起こったり起こらなかったりする多嚢胞性卵巣症候群もどきといわれる多嚢胞性卵巣(PCO体質)も多い。今回取り上げる症例においても、患者は多嚢胞性卵巣症候群の診断基準を満たしていないため、多嚢胞性卵巣に該当する。この患者の生理痛と便秘の愁訴に対し指圧治療を行ったところ、症状の改善と多嚢胞性卵巣の正常化がみられたので報告する。

Ⅱ.対象及び方法

対象者

 31歳女性 主婦

主訴

 生理痛、便秘

自覚初見

 生理痛が強い、便通は2〜3日に1回ほど、肩こり、冷え性

他覚初見

 内臓と胸郭の下垂(やや扁平胸郭・打診音で胃下垂を認める)、下腹部の張り頚部および肩背部の筋緊張、骨盤の後屈および左短下肢、やや多毛

現病歴

 2017年6月5日、無排卵月経(多嚢胞性卵巣)と診断を受ける。

現病歴

 2017年6月5日、無排卵月経(多嚢胞性卵巣)と診断を受ける。
 漢方薬(温経湯)を処方されたが、初日で吐き気をもよおし服用をやめる。

既往歴

 なし

家族歴

 特記すべき事項なし

治療方針

     ・全身への指圧による筋緊張の緩和と運動操作による姿勢矯正および、胸郭と内臓下垂の改善
     ・普段の姿勢とストレッチの指導
     ・食事の傾向として炭水化物や糖質の摂取が多いため、糖質の摂取を控え、ミネラル(主にマグネシウム)を多く摂取するように食事指導

    治療方法とその手順

     1)腹部へ基本指圧
     2)下肢後面を除く両下肢へ、股関節部周辺から足趾へ以下の経絡に沿って流動圧法
     胃経4)、腎経5)、脾経6)、肝経7)、胆経8)
     3)下肢および足関節の運動操作9)
     4)両上肢へ肩関節周辺部から指先へ、経絡に沿って流動圧法
     肺経10)、心包経11)、心経12)、大腸経13)、三焦経14)、小腸経15)
     5)手関節の基本指圧
     6)臀部から両下肢後面を足趾へ、経絡に沿って流動圧法16)
     7)後頭部から背部を臀部まで、経絡に沿って流動圧法16)
     8)腰部伸展法17)
     9)左側にて、腰椎矯正法18)
     10)左前頚部を指圧
     11)左肩甲骨の挙上法19)
     12)右側にて、腰椎矯正法18)
     13)右前頚部を指圧
     14)右肩甲骨の挙上法19)
     15)頭部顔面への基本指圧
     16)腹部へ基本指圧
     17)上肢牽引法20)
     18)胸郭拡張法21)
     19)上肢反転法22)

    治療期間

     2017年6月〜2018年2月まで、計18回実施。
     2017年6月7日、21日/7月5日、18日/8月8日、25日/9月10日、30日/10月14日、25日/11月8日、22日/12月6日、20日
     2018年1月11日、14日/2月8日、20日

    Ⅲ.結果

    〈2017年6〜11月の治療経過〉

     ・血液検査でのホルモン値の異常は認められなかったが、超音波検査では多嚢胞性卵巣が認められた(図1)

    図1.6月5日の超音波検診結果

    図1.6月5日の超音波検診結果

     ・6月7日の治療後、翌日から毎日便通がある
     ・ストレッチは毎日ではないが実施している
     ・食事には全く気をつけていないとのこと
     ・7月13日の超音波検査では、卵巣の数が若干減って見える(図2)

    図2.7月13日の超音波検診結果

    図2.7月13日の超音波検診結果

     ・9月からは、月経痛が以前に比べてかなり軽減した
     ・12月14日の受診で、超音波検査では多嚢胞性卵巣は認められず、医師からいつでも妊娠できる状態だといわれる
     ・便通も毎日あり、生理痛も以前よりかなり軽減した
     ・2018 年2 月に妊娠検査薬で陽性反応が出たため、産婦人科を受診。妊娠2カ月ほどと診断された(図3)

    図3.2月13日の超音波検診結果

    図3.2月13日の超音波検診結果

     ・2018年9月に無事、男児を出産

    Ⅳ.考察

     多嚢胞性卵巣および、多嚢胞性卵巣症候群は原因がはっきりと分かっていない病気である。そのため、本症例において多嚢胞性卵巣の原因への直接的なアプローチは難しかったため、患者の体質、姿勢改善を主眼に置いた治療を行った。本患者においては、内臓下垂による血流不全と、腹部内臓の圧迫、食事の内容から糖質の摂取過多が疑われた。

     全身指圧は気血の流れを促進する目的で、四肢と背部の経絡に沿って流動圧法を実施した。加えて運動操作を行うことで、骨格矯正効果による内臓下垂の改善、神経伝達の促進がなされ、腹部内臓および骨盤神経に反射作用が生じ、卵子の成長、発育が正常化したものと考えられる。

     また、多嚢胞性卵巣症候群の主な症状に、肥満、ニキビ、糖代謝異常などが挙げられることから、慢性的なミネラル不足と、糖質摂取の量が多いことも可能性として考えられ、インスリン抵抗性もこれらの症状の発現に関与していると推察される。マグネシウムの摂取量低下はインスリン抵抗性や糖尿病と関連することが報告されており23)、多嚢胞性卵巣症候群の改善には糖質の摂取制限とマグネシウムの摂取が有効ではないかと考えられる24)

     しかし、今回は食事指導をしたにも関わらず、患者は全く気をつけていなかったことから、本症例では内臓下垂による代謝異常が主な原因であったと推察される。

    Ⅴ.結語

     施術開始翌日から便秘が改善し、生理痛も徐々に改善、その後約半年で多嚢胞性卵巣が完治した。これらのことから、指圧治療が多嚢胞性卵巣のみならず、様々な婦人科系疾患の改善に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

    参考文献

    1)佐藤幸保:多嚢胞性卵巣症候群(PCOS),日本産科婦人科学会雑誌64(8)p.1841-1844,2012
    2)水沼英樹,苛原稔,久具宏司 他:生殖・内分泌委員会報告 本邦における多嚢胞性卵巣症候群の新しい診断基準の設定に関する小委員会(平成17年度〜平成18 年度)検討結果報告,日本産科婦人科学会雑誌59(3);p.868-886,2007
    3)岡庭豊:病気がみえるvol.9 婦人科・乳腺外科 第2版,p.36-37,図書印刷,東京,2009
    4)井沢正:図解による経絡経穴と指圧療法,p.71,日本指圧協会,東京,1972
    5)井沢正:前掲註4),p.115
    6)井沢正:前掲註4),p.83
    7)井沢正:前掲註4),p.151
    8)井沢正:前掲註4),p.139
    9)栗山三郎,浪越徳次郎:指圧療法全書,p.64,東京書館,東京,1967
    10)井沢正:前掲註4),p.55
    11)井沢正:前掲註4),p.123
    12)井沢正:前掲註4),p.91
    13)井沢正:前掲註4),p.63
    14)井沢正:前掲註4),p.129
    15)井沢正:前掲註4),p.95
    16)井沢正:前掲註4),p.103
    17)芹澤勝助:指圧の理論と実技,p.40,医歯薬出版,東京,1899
    18)栗山三郎,浪越徳次郎:前掲註9),p.64 実技写真64-65
    19)芹澤勝助:前掲註17),p.61-62
    20)栗山三郎,浪越徳次郎:前掲註9),p.71
    21)芹澤勝助:東洋医学の接点に立つ マッサージ・指圧法の実際,p.143-144,創元社,大阪,1970
    22)芹澤勝助:前掲註17),p.65-66
    23)Dong JY, et al.: Magnesium intake and risk of type2 diabetes: meta-analysis of prospective cohort studies,; Diabetes Care34; p.2116-2122, 2011
    24)池田康将,土屋浩一郎,玉置俊晃:見直される糖尿病の食事療法 5. 糖尿病と食事由来金属元素,糖尿病56(12);p.919-921,2013


    【要旨】

    多嚢胞性卵巣(PCO)への指圧の治療効果
    徳元 大輔

     本症例では、便秘、生理痛を訴える、多嚢胞性卵巣(無排卵月経)と診断された31歳の女性に対し、指圧治療を行った。その結果、治療開始翌日から便通があり、生理痛も軽減し、半年後には多嚢胞性卵巣が完治した。また、その8カ月後に当患者が妊娠したので、治療の経過をここに報告する。

     本症例から、指圧治療が多嚢胞性卵巣のみならず、さまざまな婦人科系疾患の改善に寄与できる可能性が考えられる。

    キーワード:指圧、多嚢胞性卵巣、無排卵月経、不妊症、生理痛、便秘、東洋医学


月経前症候群(PMS)と月経痛に対する指圧の効果について 第1報:PMS と月経痛に対するアンケート調査:硴田 雅子

硴田 雅子
千指圧治療院 院長

Effects of Shiatsu Therapy on Premenstrual Syndrome (PMS) and Menstrual Pain
1st Report: Survey by questionnaire on premenstrual syndrome (PMS) and menstrual pain

Masako Kakita

 

Abstract :  A survey was conducted in the form of a questionnaire on premenstrual syndrome (PMS) and menstrual pain, a general malaise specific to women, then shiatsu was performed on female subjects complaining of PMS and menstrual pain to examine the effects. This first report examines the results of the survey on PMS and menstrual pain conducted at a Japanese Shiatsu College and a medical and welfare school prior to the shiatsu treatments.

Keywords:Premenstrual Syndrome(PMS), Anma, Massage, Shiatsu, Questionnaire


I.はじめに

 近年、社会進出している女性の数が増えている中で、女性特有の不定愁訴を訴える数も増加傾向にあり、医療分野では女性外来の増設も数多くみられる。月経前症候群(Premenstrual Syndrome、以下PMS)も女性特有の症状であるが、PMSとは「月経前3~10日の間に続く身体的あるいは精神的症状で、月経が始まるとともに減退または消失するものをいう」と定義されている1)。PMSの身体的症状は、乳房痛、下腹部痛、過剰な睡眠欲、にきび、頭痛などがあり、精神的症状は、怒りやすい(イライラする)、憂うつ、疲れやすい、集中力低下、判断力の低下など広範囲にわたっている2)
 月経痛は激しい痛みと月経時随伴症状を引き起こし、重度な場合、寝込むなど日常生活に支障をきたすことがある。本研究では第1報としてアンケート調査の結果、第2報では指圧施術の効果について検討した。

Ⅱ.方法

1.対象

 日本指圧専門学校指圧科(以下、指圧学校)の女子学生91 名と、某医療福祉系学校(以下、福祉系学校)の女子学生81名に対し、PMSと月経痛についてアンケート調査を行った。なお、福祉系学校では鍼灸あん摩マッサージ指圧科(以下、本科)と介護福祉科の学生を対象とした。

 

2.アンケート期間

 令和元年6月6日~7月1日

3.アンケート内容

  PMSのアンケートは身体的症状と精神的症状について、月経痛および随伴症状のアンケートは鎮痛剤服用の有無や月経時の内容についてを表1、2の用紙を用いて聴取した。

4.集計方法

 PMSのアンケートは症状に3項目以上および5項目以上該当する人数の割合、月経痛および随伴症状のアンケートは自覚症状のある人数の割合を集計した。

表1.PMSアンケート

表1.PMSアンケート

表2.月経痛および随伴症状アンケート

表2.月経痛および随伴症状アンケート

Ⅲ.結果(経過)

1.アンケート回答率

 指圧学校は66 名(回答率72.5%)、福祉系学校は本科23 名、介護福祉科39 名の計62名(回答率76.5%)から回答を得られた。

2.年齢分布

 指圧学校では40歳以上は49%、24 歳以下は17%、35歳~39歳は15%であった。福祉系学校では24歳以下は82%、40歳以上は13%であった(図1)。

図1.年齢分布

図1.年齢分布

3.PMSアンケートについて

 PMSの身体的症状について3項目以上該当するのは指圧学校70%、福祉系学校71%であった。5項目以上該当するのは指圧学校39%、福祉系学校で44%であった。PMSの精神的症状について3項目以上該当するのは指圧学校36%、福祉系学校53%であった。5項目以上該当するのは指圧学校17%、福祉系学校で38%であった(図2、図3)。
 回答数の多い身体的症状の上位5項目は、指圧学校では、乳房痛51.5%、食欲亢進43.9%、過剰な睡眠欲39.3%、頭痛36.3%、下痢あるいは便秘34.8%であった。福祉系学校では、腰痛56.1%、乳房痛51.6%、下痢あるいは便秘40.9%、むくみ38.7%、頭痛33.8%であった(表3)。
 精神的症状の5項目以上の該当率については、指圧学校と福祉系学校で倍以上の差があったため、福祉系学校をさらに本科と介護福祉科に分類して結果を分析することにした。その結果、精神的症状の5項目以上に該当するのは本科30%、介護福祉科46%であった(図4)。
 回答数の多い精神的症状の上位5項目は、指圧学校では憂うつ46.9%、怒りやすい42.4%、疲れやすい42.4%、集中力低下31.8%、無気力24.2%であった。福祉系学校本科では怒りやすい47.8%、憂うつ34.7%、疲れやすい30.1%、無気力26.1%、涙もろくなる26.0%であった。福祉系学校介護福祉科では疲れやすい58.9%、怒りやすい53.8%、無気力53.8%、憂うつ51.2%、集中力低下33.3%であった(表4)。

図2.PMSの症状に3項目以上該当する人の割合

図2.PMSの症状に3項目以上該当する人の割合

図3.PMSの症状に5項目以上該当する人の割合

図3.PMSの症状に5項目以上該当する人の割合

表3.PMSの身体的症状 上位5項目

図4.PMS の症状に5項目以上該当する人の割合(本科と介護福祉科を分類)

図4.PMS の症状に5項目以上該当する人の割合(本科と介護福祉科を分類)

表4.PMSの精神的症状 上位5項目

表4.PMSの精神的症状 上位5項目

4.月経痛および随伴症状アンケートについて

 月経痛ありと回答したのは指圧学校68%、福祉系学校77%であった。月経痛があると回答した者のうち、鎮痛剤の服薬ありと回答したのは指圧学校58%、福祉系学校53%であった(図5)。

図5.月経痛の有無と服薬状況の回答結果

図5.月経痛の有無と服薬状況の回答結果

5.月経時随伴症状について

 月経時随伴症状については、問診票15項目中、特に多く該当した症状は下肢や全身のだるさ、眠気、イライラ、冷えであった(表5)。

表5.月経時随伴症状のうち該当率の高かった項目

表5.月経時随伴症状のうち該当率の高かった項目

Ⅳ.考察

 年齢分布については、指圧学校では40 歳以上が49%と約半数を占めており、24歳以下は17%だったのに対し、福祉系学校では40歳以上が13%、24歳以下は82%という、年齢分布に異なる特徴がみられた。

 PMSの身体的症状について指圧学校、福祉系学校とも約7割が症状を感じていることが分かった。症状の項目については指圧学校、福祉系学校では腰痛以外あまり差はみられなかった。

 PMSの精神的症状については憂うつ、怒りやすい、疲れやすい、無気力、集中力低下などが高い回答率を得ていることが分かった。5項目以上該当する率では、指圧学校、福祉系学校本科、福祉系学校介護福祉科で17%、30%、46%の順に多くなるという結果がみられた。これは、授業内で学生相互が手技の施術を行っているかどうかが影響を及ぼしていると推測される。指圧学校ではあん摩マッサージ指圧師の資格取得に向け、授業のカリキュラムの中で相互のあん摩マッサージ指圧施術を行っている。また、福祉系学校本科ではそれに鍼灸施術も加わる。それに対し、福祉系学校介護福祉科は、介護福祉士の資格取得を目指したカリキュラムのため、手技に類する施術は行われていない。つまり、指圧学校、福祉系学校本科では、日常的に授業の中で学生同士の施術が行われており、それが精神的ケアにつながり、精神的症状の該当率に差があらわれた可能性がある。しかし、身体的症状では両校で大きな差はなかった点や、学生相互の年齢分布に大きな差がある点などはこの考察ではカバーしきれていないため、今後の研究に繋げていく必要があると考える。

 月経痛については、指圧学校の68%、福祉系学校の77%で月経痛があるとの回答があった。また、月経痛がある者の半数以上が鎮痛剤を服用していると回答していた。月経時随伴症状については約7割に下肢や全身など、身体のいずれかの部位にだるさがあり、約6割に眠気、イライラ等の症状があるとの回答があった。

 今回のアンケート調査の対象では、半数以上に女性特有の不定愁訴であるPMSおよび月経痛、月経時随伴症状が現れていることがわかった。

 女性は思春期から閉経までに約400個排卵し3)、ほぼ毎月、月経を迎える。この期間は女性が社会と関わり、活躍を担う時期であることから、毎月起きる体調の変調は社会生活上、負担になっていると考えられる。月経に伴う体調の変化に対する治療法は様々であるが、PMSでは低用量ピル4)、月経痛では鎮痛剤が一般的な対処法とされている。しかしながら、瞬発力を要するアスリートや繊細な集中力を要する職業等、女性の活躍する場面は多岐にわたり、必ずしもすべての場面で薬剤処方がベストな選択になるとは限らない。そこで、薬剤以外の処方として、患者(重篤な基礎疾患のない)に対して手技である指圧施術を行い、その経過を観察した症例を得たため、第2報にて報告する予定である。

Ⅴ.結語

 今回のアンケート調査の結果において下記の知見を得た。

 1. PMSの身体的症状について、指圧学校、福祉系学校ともに3つ以上の症状に該当する回答者、5つ以上の症状に該当する回答者に大きな差はみられなかった

 2. PMSの精神的症状について、3つ以上の症状に該当する回答者の割合は福祉系学校より指圧学校の方が低かった。特に、指圧学校では5つ以上の症状に該当する回答者の割合は低かった

 3. 指圧学校の約7割、福祉系学校の約8割に月経痛の症状があり、月経痛のある者の約半数は服薬していることが分かった

Ⅵ.謝意

 本研究に協力いただいた教務の先生方とアンケートに協力いただいた皆様に心より感謝いたします。

参考文献

1)日本産科婦人科学会編:産科婦人科用語集第2版,p.34 金原出版,東京,1997
2)鈴木由紀子 他:PMS・PMDD と鍼灸治療,医道の日本66(7);27-51,2007
3)佐藤優子 他:生理学第二版,医歯薬出版,東京,150-152,2003
4)楠原浩二:低用量ピルの応用・子宮内膜症・PMS,臨床と薬物療法21;764-768,2002

その他 参考資料

1)武谷雄二:月経異常,日本医師会雑誌130(5);733-737,2003
2)光田大輔:別冊「ノーナプキンへの道」月経痛・PMS・PMDD 編—至福の月経を目指して—,木の香治療院,横浜,5-16,2009
3)石渡尚子 他:月経前症候群におよぼす大豆イソフラボンの影響(第2報),大豆たんぱく質研究7:157-160,2004


【要旨】

月経前症候群(PMS)と月経痛に対する指圧の効果について
第1報:PMS と月経痛に対するアンケート調査
硴田 雅子

 今回の研究では女性特有の不定愁訴である月経前症候群(PMS)と月経痛についてアンケート調査を行い、さらにPMSと月経痛を訴えている女性被験者に指圧施術を行い、その効果について検討した。本報告は第1報として、施術に先立ち日本指圧専門学校および某医療福祉系学校の女子学生を対象に、PMSと月経痛に関するアンケート調査を行った結果を報告する。

キーワード:月経前症候群(PMS)、あん摩マッサージ指圧、アンケート


全身指圧操作法による肩関節可動域改善の1症例:岡本 京子

岡本 京子
柿の木のある指圧治療院

Improvement in Shoulder Joint Range of Motion Following Full-Body Shiatsu Treatment

Kyoko Okamoto

 

Abstract :  This report examines improvement in shoulder joint range of motion in the case of a patient whose chief complaint was hypothyroidism-related symptoms accompanied by restricted range of motion of the shoulder joint. Following two shiatsu treatments, improvement in the range of motion of the shoulder joint was observed.
 It is suggested that full-body shiatsu therapy released tension in the neck muscles and improved flexibility of the muscles involved in movement of the shoulder joint. Although the relationship between hypothyroidism and shoulder joint disease is unknown, it is possible that the hypothyroidismrelated symptoms were also eased by relieving the stress caused by restriction in shoulder joint movement.

Keywords:Namikoshi standard shiatsu, hypothyroidism, frozen shoulder, shoulder joint range of motion


I.はじめに

 器質的な原因が明らかでなく発症する一次性肩関節拘縮を狭義の五十肩(凍結肩)と呼ぶ。
 五十肩は明らかなきっかけがなく、肩関節の疼痛に引き続いて関節可動域の制限をきたす疾患であり、夜間痛と関節可動域制限の強い炎症期から、疼痛が軽減し拘縮だけが残る拘縮期を経て、治癒に向かう。1)
 日本指圧専門学校では、在学中の3年間、横臥位、伏臥位、仰臥位からなる全身指圧操作法を修得する。この基本指圧である全身指圧操作法を施術したところ、肩関節可動域制限に対し改善を認めたので、報告する。

Ⅱ.対象及び方法

期間:

 平成28年12月7日(1回目)

 平成28年12月19日(2回目)

対象:

 61歳 主婦

治療方法:

 浪越式基本指圧全身操作2)(表1)。

 対象者に畳の上の布団に臥床してもらい、90分施術した。

 全身指圧操作の順序は表2の通り。

主訴:

 1.足のだるさとむくみ

 2.肩の挙上困難、挙上時痛

現病歴:

 甲状腺機能低下症。5年前に健康診断により頸部の腫れを指摘され専門医を受診。頸部の腫瘍が大きくなれば手術の可能性もあるが現在は、定期検査のみ。服薬無し。

自覚所見:

 1.慢性的な足のだるさとむくみがある。食べないのに、体重が増加しやすい。意欲の低下。便秘。

 2.2年前から右肩が痛み、腕が上がらなくなった。発症時は、痛みで不眠になった。特に上腕から肘にかけて痛みがあった。冬場の痛みが強かったと思う。日中でも波打つような痛みがあった。患部を上にしての横向きで眠ることはできなかった。現在は、痛みも軽くなり眠れないことはない。腕も以前より上がるようになった。

他覚所見:

 1.ソックスのゴムのあとが残る程度の足のむくみ。仰臥位で足首をもち挙上するとずっしりと重たさを感じる。左右の下腿に筋緊張がある。頸部の腫瘍は目立たないが少しシコリを感じる。

 2.患者への問診より、いわゆる五十肩の拘縮期と推測。

 安静時痛・夜間痛:陰性

 結帯動作障害/ 結髪動作障害:陽性

表1.全身指圧操作の内容
表1.全身指圧操作の内容

表2.施術部位及び順序
表2.施術部位及び順序

Ⅲ.結果

治療第1回目(図1)

自覚所見:

足のだるさとむくみ→足が軽い、むくみ感軽減

他覚所見:

右肩関節外転可動域(自動)
0°〜110°→0°〜170°

結帯動作障害(+)→(-)

結髪動作障害(+)→(-)

頸部の筋緊張→緩和

治療第2回目(図2)

自覚所見:

足のだるさ→足が軽い

他覚所見:

右肩関節外転可動域(自動)
0°〜170°→0°〜175°

結帯動作障害(-)→(-)

結髪動作障害(-)→(-)

頸部の筋緊張→軽減

ヤーガソンテスト(-)→(-)

ストレッチテスト(-)→(-)

ダウバーン徴候(-)→(-)

ドロップアームテスト(-)→(-)

図1.治療第1回目の所見
図1.治療第1回目の所見

図2.治療第2回目の所見
図2.治療第2回目の所見

Ⅳ.考察

 指圧治療後、患者の自動運動による疼痛のない自然な右上肢の挙上が可能となった。このことから浪越式基本指圧が、肩関節の可動域改善および疼痛軽減に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

 本患者は、下肢のむくみ、だるさのため来院した。よって、指圧治療は、関節疾患に狙いを絞ったものでなく、全身指圧による甲状腺機能低下症に伴う諸症状改善を治療方針とした。ところが、肩関節可動域制限に予想外に効果を得られた。それは全身指圧の構成力が大きく関与したと思われる。肩の運動は肩関節と肩甲帯の統合運動である。肩関節のみの運動は限られているが、肩甲帯の運動が加わることにより、広範囲で多方向の運動が可能になる。3)この統合運動にかかわる筋に対する全身指圧操作の対応箇所を表3 にまとめる。

 浪越式基本指圧が肩関節に関連する筋を網羅していることが、確認できる。ただし、前鋸筋、大円筋、棘上筋、棘下筋、小円筋は、教科書的には施術の指標となる筋となっていない。臨床的に、筋のイメージ、状態を把握し、適圧を加えるなど指圧師の創意工夫がもとめられる部分であろう。表3より肩甲帯、肩関節の動作に関連する神経根はC2からTh1であり、頸部の指圧も重要なポイントであると考えられる。本患者は頸部に若干のしこりが認められた。手術の有無、悪性腫瘍になる可能性、他人からの視線などでストレスを感じているようであった。このストレスによる頸部の硬さは、腕神経叢に影響を与えると考えられる。全身指圧には、前頸部、側頸部、後頸部、延髄部の押圧操作がある。頸部の緊張緩和が、腕神経叢を通して関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたと推察する。

 肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)は、症状により3期(痙縮期、拘縮期、回復期)に分けられ予後はおおむね良好で1年ないし1年半で日常生活に支障がなくなることが多い。腰痛、膝痛の発生頻度と比べると、肩痛は加齢とともに有症状率が横ばい、もしくは減少している。よって、自然に治る傾向が強いといえるかもしれない。6)

 本患者によれば、すでに発症から2年が経過しており、夜間、日中の疼痛も消失している。横臥位の姿勢も違和感なくとることができた。このことからすでに回復期に入っていると推察する。押圧が、患者の自然治癒力の促進を助長したのではないかと考える。

 甲状腺機能低下症と3年後に発症した肩関節疾患の関連は不明であるが、肩関節可動域の改善は、ストレスを軽減し、本患者のホメオスタシス(神経系、内分泌系、免疫系)によい影響を与え6)、甲状腺機能低下症による諸症状軽減に寄与すると考える。

表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根
表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根

Ⅴ.結語

 全身指圧操作法により肩関節可動域制限の症状を改善した。

参考文献

1)松岡光明:日常診療に活かす診療ガイドラインUPTO-DATE 2018-2019,メディカルレビュー社,大阪,p.581,2018
2)石塚寛:指圧療法学,東京,p.77-126,2008
3)山口典孝,左明 他:動作でわかる筋肉の基本としくみ,マイナビ,東京,p.28-29,2013
4)石塚寛:前掲書,p.136,137
5)Kendall,McCreary,Provance;筋 機能とテスト―姿勢と痛み—,西村書店,東京,p.394,2006
6)菅谷啓之:実践 肩のこり・痛みの診かた治し方,全日本病院出版会,東京,p.26,2008


【要旨】

全身指圧操作法による肩関節可動域改善の1症例
岡本 京子

 本症例では、甲状腺機能低下症の諸症状を主訴とし、肩関節可動域の制限を併発している患者に対し、指圧治療を行った。2回の指圧治療の結果、肩関節可動域制限の改善がみられた。

 これは、全身操作法が頸部の緊張緩和、肩関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたためと推察する。甲状腺機能低下症と肩関節疾患の関連は不明であるが、肩の挙上運動ができないというストレスの緩和により、甲状腺機能低下症の諸症状にも変化が及ぼされた可能性がある。

キーワード:浪越式基本指圧全身操作、甲状腺機能低下症、五十肩、肩関節可動域


80代女性 開腹手術後の円背矯正:作田 早苗

作田 早苗
りんでんマニピ指圧治療院 院長

Shiatsu Treatment for Kyphosis; A case report of a female patient in her eighties who underwent laparotomy

Sanae Sakuta

 

Abstract :  This report examines the case of a female patient who underwent laparotomy for colorectal cancer in 2017 and received shiatsu treatments for kyphosis and back pain. At the end of a course of 15 shiatsu treatments, posture improved and frequency of complaining of pain decreased. We concluded that shiatsu treatments released muscle tension and helped to ease the patient’s symptoms in this case.Since kyphosis occurs frequently among elderly people and it is associated with various motor function disorders, shiatsu may contribute in its care and prevention.

Keywords:shiatsu, kyphosis, posture, care and prevention


I.はじめに

 近年、我が国の高齢化は急速に進行しており、要介護認定者数も介護保険創立当初は218万人であったものが現在では633 万人もの人数に増加している1)。要介護状態の予防のためにも健康寿命の延伸が非常に重要な取り組みといえるが、介護が必要になった原因を要介護度別にみると、要介護者では第1位が「認知症」、第2位が「脳血管疾患」であるのに対し、要支援者は第1位が「関節疾患」、第2位が「高齢による衰弱」となっている2)。要支援者はいわば要介護予備群であり、要支援となった主な原因が関節疾患や筋力の低下などの廃用症候群であることは、高齢者の運動機能の維持が介護予防の重要な要素であることを物語っている。
 高齢者は骨量減少に伴う変形、筋力低下により脊柱変形を呈すことが多いが、特に脊柱後湾、いわゆる円背は臨床上見かけられることが多い。円背は高齢者のさまざまな機能障害を引き起こすため、その予防が運動機能維持に重要となる。すでに生じた姿勢の変形を正すとなると、「姿勢矯正」ということになるが、姿勢矯正というと一般的には若年者を対象としたもので、高齢者は対象にならないと思われているケースが多い。しかし、高齢者であっても筋の柔軟性を高めたり、運動習慣を身につけることで、年齢に関係なく姿勢の改善は十分可能であると筆者は考える。今回、指圧治療で筋の緊張を緩和することにより、円背が改善され患部の痛みも緩和された症例を得られたので、報告する。

Ⅱ.対象及び方法

施術対象:

 84 歳 女性

場所:

 当院

期間:

  平成29年12月29日~平成30 年2月21日(全15回 治療継続中)

主訴:

 前日から突然右側の首、肩、腕に激痛をおぼえ、首を動かすことも、体を少しでも動かすこともつらくなった。寝ていても痛むため、横にもなれない。痛みのNRS値は10。

他覚所見:

 首が前方に突出、円背、右側弯による右肋骨の突出。歩行時に足が上がらず、すり足になる。

既往歴:

• 大腸癌、平成29 年7 月ステージⅡ開腹手術

• 4 歳の時に背中を手術したが、疾患名は覚えていない

• 現在薬の服用はなし

治療方針:

 患部に触れたり、身体を動かすだけでも強い痛みを訴えるため、ベッドに臥床することが困難である。よって、坐位にて患部から離れた箇所より施術を行う。

 痛みの原因は、円背により頭部が前方に偏位しているため、頭部の重さにより、背部、頸部、腰部の筋の過緊張が誘発されているためと考えられる。まずは、痛みを取ることを第一目的とし、円背の改善を第二目的とする。

 円背の原因は、加齢を素因とするものに加え、大腸がん開腹手術の手術痕の引き攣れにより、上体を伸展することが苦痛であるためと考えられる。また、右肋骨が突出して体幹がねじれているのは、右手で杖をつくことが原因で生じた側弯症と考えられる。

Ⅲ.治療及び結果

1回目(平成29年12月29日)

術前所見

(自覚)右側の頸部、肩、上肢の激痛、首が動かない

(他覚)円背、右側弯気味、O 脚、首の前方突出、頸部の過緊張(特に後頸部)、背腰部の硬結(特に右背部、左腰部)上肢、下肢の過緊張

治療:

 坐位(椅子にて)で上肢、下肢の指圧、背部、頭部の指圧。直接患部に触ることができず、患部より離れた箇所へ施術する。

結果:

 痛みのNRS 値は9.5。痛みは少し改善。首の可動性が向上する。

備考:

 翌日から休みに入ってしまうため、内臓疾患も考慮し痛みが治まらなければ、病院に行くことを勧める。

2回目(平成30年1月4日)

術前所見

(自覚)痛みのNRS 値は9.5。病院に行き薬を服用したが、痛みはあまり変わらない。

(他覚)頸部の可動域は初回術後とほぼ同じ状態。姿勢ほか変化無し。

治療:

 伏臥、仰臥位にはなれず、横臥位で施術。上肢、肩甲骨周辺、大胸筋、背部、下肢、頸部の基本指圧を中心に行う。

結果:

 移動体位変換には時間が必要で、ベッドへの移乗も足が上がらないため時間を要した。痛みは、来院時より楽になり、NRS値は8.5。

備考:

 病院で診てもらったが問題はないと言われた。今回は、最後に患部への施術ができた。

3回目(平成30年1月8日)

術前所見

(自覚)痛みのNRS値は8。痛みは軽くなってきた。

(他覚)円背の改善はされてきたが、O脚のため、下肢外側の緊張が強く、足関節の動きが悪い。歩行時に足が上がっていなくすり足になっている。

治療:

 横臥位=2回目と同じ。

 仰臥位=頸部、大胸筋、腹部、下肢全般

結果:

 左右の諸関節の動きは前回よりは良くなってきたが、首を起こすことがまだむずかしい。後頸部の過緊張が強く、顎が上がっている状態。痛みは少しずつ軽減してきている。術後、付き添いのお子さんに姿勢を見て頂き、改善されてきているのを確認してもらう。

5回目(平成30年1月15日)

術前所見

(自覚)痛みがなくなってきた。痛みのNRS値は7。前回施術後、帰る時は前が見やすくなっていた。

(他覚)前回来院時より目線が少し上がっていた。

治療:

伏臥位=後頸部、肩甲骨周辺、背腰部、臀部、下肢後側指圧

仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 術前より体位移動がスムーズになった。

備考:

 今までは階段を上がるのが辛く、前回までは付き添いのお子さんと階段を上がってきたが、本日は、一人で昇れた。伏臥位も今回初めてとることができた。

6回目(平成30年1月17日)

術前所見

(自覚)首の痛い日と痛くない日がある。いつも施術後に帰る時は前が良く見えるが2~3日すると下を向いてきてしまう。

(他覚)初回の頃から比べると上体が伸展してきた。右肩が下がり、頸が前方に出ている(図1)。後頸部の硬結が特に目立つ。

治療:

伏臥位=頭部、頸部、肩甲骨周辺、脊柱起立筋の指圧

横臥位=5回目と同じ

仰臥位= 上肢、頸部、胸部、指圧、肋骨調整

結果:

 少しではあるが、円背が改善し、目線が上がってきている(図2)。ベッドへの移乗にかかる時間が少し短くなってきた。

図1.1月17日 施術前
図1.1月17日 施術前

図2.1月17日 施術後
図2.1月17日 施術後

7回目(平成30年1月21日)

術前所見

(自覚)痛みはかなり軽くなってきており、痛む頻度も減った。痛みのNRS値は3。

(他覚)頸部が少しずつ緩んできたので、首に触れやすくなってきた。後頸部はまだ硬い。腰はしっかり伸びているが、背部が丸く、首が持ち上げられない。足関節の動きが悪い、歩行時に足が上がっていなくすり足になる。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 上体がより起きてきた。

備考:

 腹圧が弱いので、呼吸による腹筋の運動を紹介した。

10回目(平成30年2月5日)

術前所見

(自覚)痛みはない。痛みのNRS 値は0。

(他覚):頸部、背腰部の筋に柔軟性が出てきた。円背も改善し、O 脚も改善しつつある。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

側臥位= 頸部、大胸筋、下肢内側指圧

仰臥位= 上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 右肩は下がっているが、体幹の安定性が出てきた。

12回目(平成30年2月12日)

術前所見

(自覚)痛みはないが、日数が経つと目線が下を向いてしまう。

(他覚)円背、O脚が改善してきている。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位= 上肢、頸部、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

横臥位= 大胸筋、小円筋、前鋸筋の指圧

座位= 頸部に負荷をかけた筋力トレーニングを開始

14回目(平成30年2月18日)

術前所見

(自覚)痛みはない。

(他覚)会話をしているときなどは背筋が伸びているが、気を抜くと姿勢が悪く、下を見てしまう(図3)。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=12回目と同じ

横臥位=12回目と同じ

座位=12回目と同じ

結果:

 術前より姿勢が改善した(図4)。

図3.2月18日 施術前
図3.2月18日 施術前

図4.2月18日 施術後
図4.2月18日 施術後

15回目(平成30年2月21日)

術前所見

(自覚)痛みはない。術後2 ~ 3 日は顔を正面に上げた姿勢でいられる。

(他覚)痛み、姿勢は改善されてきたが、内転筋と臀部の筋力低下は残っている。依然として来院時には下をみて円背になっている。歩行時のすり足は改善された。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=12回目と同じ

横臥位=12回目と同じ

座位=12回目と同じ

備考:

 常に姿勢を意識すること、自宅で内転筋を鍛えるトレーニングを紹介した。

Ⅳ.考察

 円背に伴う腰椎後湾は骨盤を後傾させ、股関節伸展、膝関節屈曲、足関節背屈という代償動作を生じ、歩行時の筋活動の低下を招くと推測される。本患者においても治療開始当初は歩行時にすり足がみられるほか、ベッドへの移乗に時間がかかるなど歩行能力の低下が生じていた。しかし、治療5回目には一人で階段を登れるようになり、治療6回目にはベッドへの移乗がスムーズになるなど、治療の継続とともに歩行能力に改善がみられた。これは腰背部、下肢への指圧施術により腰椎の前彎が促され、骨盤が前傾することで下肢の代償動作が解消し、歩行時の筋活動が正常化したことで生じたと推測する。

 さらに、円背では胸椎後弯が増大しており、代償的に頸椎の前弯を増強するため3)、後頸部の筋の緊張が常態化すると考えられる。本患者の後頸部の緊張もそういったメカニズムから生じたもので、前述のように指圧施術により腰椎の前彎が促されるとともに、胸椎の後弯が改善し、代償的な頸椎前彎が正常化することで緊張が緩和したものと推測される。施術後の「前が見やすくなった」というコメントも、胸椎後弯、頸椎前彎の改善による頭部ポジションの正常化から生じたものと考えられる。

 また、今回は本人に姿勢の状態を自覚してもらうために施術前後で姿勢を撮影し、変化を確認してもらった。そのため、徐々にではあるものの姿勢の改善がされていることが本人にも伝わったため、治療に対するモチベーション向上に役立ったと思われる。

 高齢化に伴って運動機能低下をきたす運動器疾患により、バランス能力及び移動歩行能力の低下が生じ、閉じこもり、転倒リスクが高まった状態は「運動器不安定症」として定義づけられている4)。この運動器不安定症の診断基準に含まれる、運動機能低下をきたす運動器疾患には、脊椎圧迫骨折及び各種脊柱変形として亀背(円背)が挙げられている4)。高齢者の円背姿勢は頻繁にみられ、古戸らの調査では山間部在住の高齢者291人の20.6%に円背がみられたと報告している5)。円背はバランス低下による転倒リスクの増加や、活動量やADLの低下に加え6)、自己効力感とQOLの低下も生じることが報告されている5)。さらに円背と整形疾患、骨粗鬆症の関連も指摘されており7)、円背の予防改善は健康寿命の延長に重要な位置を占めることが推察される。そういった面から今回、指圧のような手技療法により円背改善に貢献できる可能性が示唆されたことは大変意義深いことであると考える。

Ⅴ.結語

 あんまマッサージ指圧師という立場ゆえ、円背に対して様々なアプローチをすることが出来るため、すでに成立した脊柱変形の治療だけでなく、良好な姿勢を維持することを目的とした施術ということもでき、予防的効果も十分に期待される。今回は1 例のみの報告であるため、さらに症例を重ね施術の方法論を検討したいと考えている。

参考文献

1)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2018/2019,厚生の指標8 月増刊65(9);p.257,2018
2)厚生労働省HP:平成28 年国民生活基礎調査の概況,2017
3)高井逸史 他:加齢による姿勢変化と姿勢制御,日本生理人類学会誌6(2);p.11-16,2001
4)整形外科学会HP:運動器不安定症とは,https://www.joa.or.jp/public/locomo/mads.html
5)古戸順子 他:山間部在住円背高齢者における日常生活活動に対する自己効力感,社会交流活動,及び健康関連QOL,厚生の指標60(4);p.1-7,2013
6)森諭史:骨粗鬆症患者の錐体圧迫骨折、脊柱変形とADL 低下の関連,日本腰痛会誌8(1);p.58-63,2002
7)柳田眞有 他:高齢者の介護予防に有用な簡易姿勢評価法の検討,The KITAKANTO Medical Journal 65;p.141-147,2015


【要旨】

80代女性 開腹手術後の円背矯正
作田 早苗

 今回、平成29 年に大腸癌の開腹手術を受けた女性に対し、全15 回の指圧治療を施し自覚症状の経過を追った。治療開始当初は円背と背部の痛みが目立ったが、治療終盤には姿勢も改善し、痛みを訴える頻度も減少した。これは指圧により筋緊張が緩和したために生じたものと推測される。高齢者の円背は高頻度で発生し、様々な運動機能障害に関連するため、介護予防の場面で指圧が貢献できる可能性が考えられる。

キーワード:指圧、円背、姿勢、介護予防


富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告 第2報:本多 剛,大木 慎平

本多 剛,大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu in Nanto City, Toyama Prefecture (2nd Report): Survey Report

Takeshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : During the period from December 20, 2017 to December 21, 2017, volunteer shiatsu therapists treated residents of Nanto City, Toyama Prefecture at Taira Gyosei Center. Participants completed a survey in which they described the areas where they felt fatigue or pain and where they were suffering the most, and how their level of general fatigue and regional pain and suffering changed following shiatsu treatment. Of the 43 participants, 27 valid responses were obtained. The most common areas where people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower back, the neck, and the shoulders. Twenty-six out of 27 people reported a decrease in general fatigue, and all of the 27 people reported a decrease in regional pain and suffering.

Keywords:shiatsu, volunteer, survey, Toyama, winter


I.はじめに

 平成29年12月20日(水)、21日(木)の2日間で、富山県南砺市にあるロッジ峰と平行政センターの二施設内の一室をお借りして指圧ボランティアを行った。
 本活動は平成29 年8 月に同市で行われたボランティア指圧を受けた南砺市一般市民の方々からの、冬季も開催して欲しいという声を受けて長期休暇を利用して行われた。平成29年8月の活動は日本指圧学会誌第6号にて報告している1)。今回も指圧ボランティアの活動に合わせ、日本指圧学会が作成したアンケート用紙の運用試験として施術前後にアンケートを行った。その結果を集計したのでここに報告する。

Ⅱ.対象及び方法

日時:

 平成29年12月20日(水)、21日(木)

場所:

 ロッジ峰(富山県南砺市梨谷313-6)
 南砺市平行政センター(富山県南砺市梨下2240)

施術者:

 日本指圧専門学校3年生
(すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作2)を習得している)

対象:

 南砺市在住の一般市民で今回の指圧施術を受け、かつアンケートに回答した者(43名)

評価方法:

 使用したアンケート用紙は、指圧学会誌第6号で大木3)により報告されたものから、ボランティア活動時に煩雑にならないよう質問項目を削減した改訂版を用いた(図1)。

方法:

 指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明しアンケートの設問1~4までを回答してもらった。その後、対象が不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を1時間程度行い、その直後にアンケートの設問5~6を回答してもらった。施術前後の問2〜問5と問4〜問6の結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。

図1. 今回使用したアンケート用紙
図1. 今回使用したアンケート用紙

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した43名のうち、有効回答数は27名だった。

問1…疲労や痛みを感じる部位や症状

 疲労及び痛む部位・症状で最も多い回答は、第1位が腰(21.4%)、第2位が肩(18.0%)、第3位が首(10.7%)となった。また、問1は複数回答を可能としたため合計回答数は84箇所となった(表1)。

問2、問5…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのNRS(Numerical Rating Scale)は、減少が26名、変化なしが1名だった(図2)。平均は施術前が5.89±1.93、施術後は2.41±1.97(mean±SD)で(図3)、施術前後で優位な低下が認められた(p<0.01)。

問3…現在最も苦痛を感じる部位

 最も苦痛を感じる部位として回答されたのは、第1位が腰(18.5%)、第2位が首(14.8%)、第3位が肩(11.1%) となった(表2)。

問4、問6…最も苦痛を感じる部位の苦痛度

 最も苦痛を感じる部位の苦痛度では、27名全員のNRS が減少を示した(図4)。平均は施術前7.00±1.89、施術後が2.67±1.81(mean±SD)で(図5)、施術前後で有意な低下が認められた(P<0.01)。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図2.全身の疲労度合いー施術前後のNRSの変化
図2.全身の疲労度合いー施術前後のNRSの変化

図3.全身の疲労度合い―施術前後のNRSの平均
図3.全身の疲労度合い―施術前後のNRSの平均

表2.最も苦痛を感じる部位別件数
表2.最も苦痛を感じる部位別件数

図4.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの変化
図4.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの変化

図5.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの平均
図5.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの平均

Ⅳ.考察

 疲労及び痛む部位の回答の多くは腰と肩であった。この結果は大木らの報告1)と同様に、厚生労働省が行う国民生活基礎調査の有訴者率4)で上位を占めるものと一致しており、一般市民の腰背部の有訴率の高さが伺える。

 最も苦痛を感じる部位としては前回と同様に腰が最多であった。前回の報告1)では被験者の加齢に伴う不良姿勢により腰痛が助長されていると考察したが、今回は季節性に生じる疲労が加わっているとも考えられる。というのも、今回ボランティアを行った時期は冬季であり、豪雪地帯である南砺市の住民にとっては日常的な雪掻き作業が必須であるため、それに伴う腰背部の疲労が生じているのは想像に難くない。須田の報告5)でも雪掻き作業時の脊柱起立筋の筋活動と、それに伴う腰部への負荷が指摘されている。また、今回は疲労・痛みを自覚する部位と最も苦痛を感じる部位において首の回答が目立った。これは雪かきの作業特性によるもの、冬季で外出頻度が減ったことによる身体活動の低下によるもの、はたまたアンケートの様式により誘導されたものなどさまざまな要因が想像されるものの、いずれも憶測の域を超えないため今回は考察を見送りたい。

 施術前後の変化については全身の疲労度、最も苦痛を感じる部位の苦痛度ともに改善がみられた。今回の施術は苦痛を感じる部位に応じた施術であったが、いずれの被験者においても指圧が筋の緊張やアライメント不整を是正することにより、症状の改善につながったものと考えられる。また、自覚症状として目の疲れが回答件数全体の約6%あり、前回の調査1)でも全体の約4%が報告されており、こちらの改善は前述の機序とは多少異なることが予想される。難波ら6)は眼周囲部の温熱刺激により調節機能の回復が早まることを報告しているほか、大木7)は顔面部への指圧刺激により調節近点距離の短縮が生じたことを報告している。これらのことは副交感神経系の働きが優位になったことにより生じたものと推察されるが、瞳孔計を用いた調査8)9)10)で前頸部、下腿部、仙骨部、頭部への指圧刺激で縮瞳が生じたと報告されていることからも、指圧による副交感神経系への働きかけがあり、眼の調節機能の改善に効果がみられたと考える。

 次にアンケートの運用について述べる。前回の報告1)では全回答数43名のうち有効回答数が39名であったのに対し、アンケートの様式を変更した今回の調査では全回答数43名のうち有効回答数は27名である。単純に3割ほど有効回答が減少してしまう結果となったが、これは問3の回答方法により生じたものであると考える。本アンケートの問1、問3に関してはイラストにマーキングをするという回答方法であるがゆえに、回答者によっては複数の関節を跨いだ丸をつけたり、背中全体を大きく丸で囲うといった回答になることも多い。そうであっても問1であれば複数回答可なため、丸で囲まれた箇所を全てカウントすれば済む話だが、問3に関しては問題である。問3は「1つだけ」マーキングをするという択一の設問であるため、複数箇所をまたぐマーキングは必然的に集計から除外せざるを得ない。今回の調査の無効回答はこの問3の回答ミスが大半を占めるため、事前の記入方法の説明が十分に理解されなかった可能性は高い。今回の結果が「ブレ」によるものかは定かではないが、回答様式の変更や説明書の作成など検討課題とすべきであろう。

Ⅴ.結語

 富山県南砺市在住の一般市民に対して、指圧施術とアンケートを行い43名中27名から有効回答が得られた。27名中26名に施術前後の全身の疲労度合いのNRSに改善がみられ、27名全員に苦痛を感じる部位のNRSに改善がみられた。疲労及び痛みを感じる部位では腰が、最も苦痛を感じる部位で腰に次いで首という回答が多くみられた。

Ⅵ.謝意

 本調査に協力していただいたあんま同好会の学生の皆様、集計にあたり多大な尽力をしてくださった藤堂はるか氏に心より感謝します。

参考文献

1)本多剛,大木慎平:富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌6;p.19-22,2017
2)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,国際医学出版,東京,p.78-126,2016
3)大木慎平,本多剛:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2 報),日本指圧学会誌6;p.9-14,2017
4)厚生労働省HP:平成28 年度国民生活基礎調査の概況,2016
5)須田力:除雪作業と体力,北海道大学教育学部紀要57;p.141-183,1992
6)難波哲子 他:Visual Display Terminal(VDT)作業による自然視調節機能の低下と眼周囲温熱療法による回復効果,川崎医療福祉学会誌17(2);p.363-371,2008
7)大木慎平:顔面部への指圧刺激による調節筋点距離の変化,日本指圧学会誌3;p.20-22,2014
8)横田真弥 他:前頸部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(35);p.77-80,2011
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(36);p.15-19,2012
10)田高隼 他:頭部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(37);p.154-158,2013


【要旨】

富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告 第2報
本多 剛,大木 慎平

 平成29年12月20日~21日に富山県南砺市のロッジ峰、南砺市平行政センターにて指圧ボランティアを行い、南砺市在住の一般市民に対し、疲労や痛みを感じる部位と全身の疲労度合い、最も苦痛を感じる部位とその苦痛度といった内容のアンケート調査を指圧施術前後に実施した。アンケートに回答した43名のうち、有効回答は27 名だった。疲労や痛みを感じる部位では腰、肩、首の順に多く、最も苦痛を感じる部位では腰、首、肩の順に多かった。全身の疲労度合いでは27名中26名に、苦痛を感じる部位の苦痛度では27名全員に施術前後で改善が見られた。

キーワード:指圧、ボランティア、アンケート、富山、冬季


骨盤位(逆子)に対する指圧と胸膝位を併用した治療:宮下 雅俊

宮下 雅俊
株式会社日本指圧研究所、世田谷指圧治療院てのひら 院長

Treatment for Breech Presentation Using Shiatsu and Breast-Knee Positioning

Masatoshi Miyashita

 

Abstract : This report examines a case of a 28-year-old patient presenting with a fetus in the breech position, who was treated with a combination of shiatsu therapy and breast-knee positioning. The patient reported that she felt a change in fetal movement during shiatsu treatment, and it was observed by ultrasound in the week following the shiatsu treatment that the breech presentation was corrected.

Keywords:breech presentation, shiatsu, pregnant woman, breast-knee position, pressing, uterine contraction, Eastern medicine


I.はじめに

 一般的に、子宮内で胎児の姿勢が逆になっているものを逆子と呼ぶが、医学用語では骨盤位が正式名称である。骨盤位は分娩時に先進する部位に応じて、殿位、膝位、足位に分類される。殿位はさらに、両下肢を上にあげ伸展して殿部だけが先進する単殿位と、殿部と下肢が同時に先進する複殿位にわけることができる。いずれの場合も、児背が母体の左側にあるものを第一骨盤位、右側にあるものを第二骨盤位という。また、児背が母体の前方に偏する場合を第一分類、後方に偏する場合を第二分類という。満期妊婦では5%、妊娠8ヵ月では30%において骨盤位がみとめられる1)
 筆者は、自身の長男、長女の骨盤位(逆子)の調整を指圧施術で行った経験から、臨床の現場でたびたび骨盤位矯正の治療依頼を受けるようになった。
 今回、妊娠25 週目と28 週目の妊婦健診時の超音波診断により、逆子と診断された妊婦から逆子治療の依頼を受けた。そして妊娠29週目に指圧治療を行い、翌週の妊婦健診で逆子が改善したと報告があり、超音波診断の画像提供を受けたのでここに報告する。

Ⅱ.対象及び方法

施術対象:

 28歳、経営者、女性、初産婦

主訴:

 逆子(骨盤位)

現病歴:

 妊娠25週目と28週目の妊婦健診時の超音波診断により逆子と診断を受ける。骨盤位への影響が考えられる前置胎盤、子宮筋腫などの異常は見つかっていない。患者は医師より逆子とだけ伝えられ、骨盤位の分類に関しては確認が取れていない。

既往歴:

 なし

家族歴:

 特記すべき事項なし

術前所見:

 2016年9月1日、超音波診断画像(図1)より逆子と診断を受ける。

(自覚所見)
・お腹に張りを感じる
・立っている時にお腹が重く感じる
・大きな胎動(胎児が子宮を蹴っているような動きであると推察する)を下腹部に感じる

(他覚所見)
・触診により、腹部と背部に緊張を感じる

場所:

 世田谷指圧治療院てのひら

期間:

 2016年9月10日(計1回)

治療法:

 仰臥位、横臥位での基本指圧と胸膝位(膝胸位:knee-chest positioning:KCP)(図2)を併用した。
①仰臥位で両下肢立て膝にして腹部の触診
②仰臥位で両下肢伸展の姿勢で両足小指を交互に押圧
③仰臥位による左上肢の上腕内側部、肘部、前腕内側部、手掌部、手指(指節間関節)部への押圧
④左横臥位による、左前頸部、左側頸部、延髄部、左後頸部、左肩甲上部、左肩甲間部、左肩甲下部、左殿部、仙骨部への押圧
⑤左横臥位による、右下肢下腿後側部、右足底部、右足指部への押圧
⑥胸膝位を3~5分保持
⑦仰臥位で3分安静
⑧仰臥位で両足立て膝にして腹部の触診
⑨仰臥位で両下肢伸展の姿勢で両足小指を交互に押圧
⑩仰臥位による右上肢の上腕内側部、肘部、前腕内側部、手掌部、手指(指節間関節)部への押圧
⑪右横臥位による、右前頸部、右側頸部、延髄部、右後頸部、右肩甲上部、右肩甲間部、右肩甲下部、右殿部、仙骨部への押圧
⑫右横臥位による、左下肢下腿後側部、左足底部、左足指部への押圧
⑬胸膝位を3~5分保持
⑭仰臥位で3分安静

 全体の治療時間は安静時間も含め50 分程度とした。

• 手指操作法の種類は、母指圧(片手母指圧、両手母指圧)、掌圧(片手掌圧、両手掌圧)を中心に使用

• 圧法の種類は、通常圧法、緩圧法、持続圧法、吸引圧法、流動圧法、振動圧法、手掌刺激圧法を適宜使用

• 圧操作の強弱は、触診には触圧、治療圧として軽圧を中心に押圧操作を行った

評価:

• 腹部触診時と患者の自覚所見での大きな胎動(胎児が蹴っているような動き)を感じる部位の変化

• 妊婦健診時の超音波画像による診断

図1.2016年9月1日 超音波診断画像
図1.2016年9月1日 超音波診断画像

図2.指圧治療と併用した胸膝位(膝胸位:kneechest positioning:KCP)の参考画像
図2.指圧治療と併用した胸膝位(膝胸位:kneechest positioning:KCP)の参考画像

Ⅲ.結果

術後所見:

(自覚所見)
• 腹部の張り感が消失
• 立っている時にお腹がかるく感じ呼吸が楽に感じる
• 大きな胎動を感じる場所に変化があった

(他覚所見)
• 腹部と背部の緊張が和らいだ

治療経過:

 2016年9月15日、超音波診断画像(図3)より正常位と診断を受ける。

図3.2016年9月15日 超音波診断画像
図3.2016年9月15日 超音波診断画像

Ⅳ.考察

 帝王切開手術を受ける主な要因は骨盤位である。厚生省の1984〜2014年の医療施設の動向によると、分娩件数は減少傾向である一方、一般病棟における帝王切開手術の割合は増加傾向にあると報告されている2)

 逆子に対する処置として、西洋医学的手法では帝王切開手術を避けるために外回転術、胸膝位による胎位矯正が行われている。東洋医学の鍼灸療法では、昭和25 年に石野信安が、それまでは妊産婦には禁忌穴とされていた三陰交施灸を実施し、異常胎位に対する効果を報告して以降3)、至陰穴、三陰交穴などを用いて骨盤位の矯正を行う鍼灸師の報告が多く寄せられている。特に林田和郎4)が医療の現場で骨盤位治療の実績を残している。東洋医学の手技療法では、江戸時代の医家太田晋斎の「按腹図解」に孕婦按腹図解として妊婦への施術法、また胎児の動きが記載されている5)

 指圧による逆子の治療法は、1965年に発行された、「指圧療法臨床」に、下腹部を掌圧しながら他方の手で足の小指に交互に持続圧を行う治療法が記されている6)。足の小指に対する持続圧であることから、鍼灸の古典に記述されている難産の鍼灸治療法として多用されてきた至陰穴7)、それを指圧療法に応用したものと考えられる。

 前述のように、骨盤位は妊娠8ヵ月の妊婦では30%、満期妊婦では5% に認められる1)。この数字からすると、妊娠8ヵ月で認められる骨盤位の大部分は妊娠満期までに自然矯正される計算になる。高橋らの調査8)でも、胎位異常があった妊婦のうち80% が妊娠28〜32週(8ヵ月)までに自然矯正されたことが報告されており、本症例における指圧と胸膝位の併用による胎位矯正の効果を断定的に論じることはできない。しかし、足の小指の指圧、前腕部の指圧、横臥位による頸部、肩甲間部、肩甲下部、殿部の指圧により、自覚、他覚所見ともに腹部の張りが解消したことを確認できた。これは指圧刺激が筋の柔軟性に及ぼす効果についての報告が複数存在9)10)11)することから、腹直筋、内腹斜筋、外腹斜筋などの筋緊張が緩和したことによるものと考えられる。

 また今回、指圧施術中、胸膝位の最中に胎動が起き、徐々に大きな胎動(胎児が蹴っているような動き)を感じる部位に変化が生じたことに加え、指圧治療の翌週の画像検診で胎児が正常位に戻っていることがわかった。これは、鍼灸における林田和郎の考察4)と同様の効果を指圧刺激が与えたとするならば、指圧刺激が子宮血流、子宮壁に何らかの影響を与え胎児の自己回転を促したことによるものと考えられる。

Ⅴ.結語

 指圧療法により、妊産婦の子宮収縮、腹部の張りの緩和に効果が期待される。また、超音波診断により骨盤位が正常位に改善されたことを確認できたことからも、指圧療法が28週以降の骨盤位の矯正に効果を有する可能性が示唆された。

参考文献

1)藤田勝治:最新医学大辞典 第2 版,医歯薬出版,東京,p.586,2003
2)厚生労働省「平成28 年我が国の保健統計(業務・加工統計)」,p.27
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/130-28_2.pdf
3)石野信安:異常体位に対する三陰交施灸の影響,日本東洋医学会誌3(1);p.7,1950
4)林田和郎:東洋医学的方法による胎位矯正法,東邦医会34(2);p.196-206,1987
5)井沢正:按腹図解と指圧療法,東京書館,口絵,1954
6)山口久吉,加藤普佐次郎:指圧療法臨床,第一出版,東京,p.297,1965
7)形井秀一:逆子の鍼灸治療 第2 版,医歯薬出版,東京,p.22-23,2017
8)髙橋佳代 他:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について, 東女医大誌65(10);p.801-807,1995
9)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
10)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果 第2 報,東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
11)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果 第3 報,東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2001


【要旨】

骨盤位(逆子)に対する指圧と胸膝位を併用した治療
宮下 雅俊

 妊婦健診時の超音波診断により、逆子と診断された28 歳妊娠女性に対して、指圧療法と胸膝位を併用した逆子治療を目的とした施術を行った。指圧治療中に胎動に変化があると訴えがあり、翌週の超音波検診により逆子が改善していたと報告があった。

キーワード:骨盤位、逆子、指圧、妊婦、胸膝位、押圧、子宮収縮、東洋医学


オリエンタリズムから読む指圧研究の壁:衞藤 友親

衞藤 友親
明治大学体力トレーナー

本稿執筆のきっかけ

 2017年9月10日、株式会社読売巨人軍所属のS投手の当該シーズンにおける不調の原因が、同年2月27日に球団トレーナーによって施術された鍼治療が原因であるとされ、球団がS選手に謝罪したとの記事が報道された。1)

 これに対し、公益社団法人 全日本鍼灸学会、公益社団法人 日本鍼灸師会、日本伝統鍼灸学会、公益社団法人 日本あん摩マッサージ指圧師会、公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会、社会福祉法人 日本盲人会連合、公益社団法人 全国病院理学療法協会、日本理療科教員連盟、公益社団法人 東洋療法学校協会は9月21日付で球団に対し連名で「はり治療を原因とした理由(因果関係)と他の原因を除外した理由」等を問う内容の質問状1)を送付。これに対し球団は11 月7日付の文書2)にて“(複数の)いずれの医師も、選手の症状等から長胸神経の不全麻痺であり、それに伴う前鋸筋の機能低下であるとの診断に変わりはないと話されています。また、発症時期や当該選手の問診等から、長胸神経の麻痺は、当球団のトレーナーが行った鍼治療が原因となった可能性が考えられると答えられました。ただし、鍼治療以外にも、強い力がかかる他の外的要因によって長胸神経の麻痺が生じた可能性もあるとの意見も出ました。”と回答した。回答書の後段には“当該選手の長胸神経麻痺はすでに回復しております。また、当該選手を施術したトレーナーは、現在も当球団のトレーナーとして勤務しています。当球団は鍼治療が有効であることを十分認識しており、現在も多くの選手やスタッフに対して鍼治療が行われています。今後も引き続き鍼治療を活用していく方針に変わりはありません。”1)とあり、玉虫色の回答で丸く収めたい意思が透けて見える内容であった。

 さらに同球団と鍼治療の関係をさかのぼって調べると、1987年にはE投手が引退会見にて「野球生命が絶たれることを覚悟で打ってはいけない右肩のツボに鍼を打ち続けた」と発言した事例が、1996年にはM投手が肺気胸で入院に至った原因が、球団トレーナーの施術する電気鍼だったとして球団が選手に謝罪した事例3)がある。

 指圧治療より科学的研究の進んでいる鍼灸治療であっても、西洋医学の医師(だけに限らないが)からは「不確かな治療」や「怪しい治療」であると認識されている感じが否めない。ましてや指圧をや、である。

 日本指圧学会設立以来、筆者は微力ながら指圧の科学的究明に尽力してきたつもりであるが、科学的究明を地道に続けたとしても越えられない壁のような存在も近頃感じ始めた。この壁について、西洋文化と東洋文化の差異について考察および問題提起されたサイードの著作『オリエンタリズム』と、日本におけるオリエンタリズムを参考にして、自然科学系とは異なった観点から考察することとした。尚、論を展開するにあたり既知の事象の透写に過ぎないと感ずる方があるかもしれないが、当たり前のことであっても改めて記録に残すことにより、新しい知見や共通認識が生まれることを期待して論ずることとする。

オリエンタリズム

 オリエンタリズムとは用語の用法や文脈によってニュアンスが異なる語である。エドワード・W・サイードが著書『オリエンタリズム』で指摘したのは、東洋の文化、風土、風習、政治などへの西洋人からの視点を批判的に捉えた批評ないし問題提起である。サイードの出自はパレスチナ系アメリカ人である。ひとつの文化圏のど真ん中で生活すると、他の文化圏との差異には気付きにくいものであると考える。例えば、ある島に生まれて一生を島で暮らす者はその地が「島」だとは気づかないはずである。別の島、あるいは大陸と比較して初めて「島」という概念が生まれる。

 和訳版巻末の杉田による論評4)でも触れられているが、サイードのように文化圏と文化圏の境界に生きる人物は、相互の文化的差異の中に生きるしかなかったため、意識的にその差異について批評可能であったのだと推察する。彼が採った手法は、西洋人の手によって記された小説などの膨大な文献中に見られる東洋に関する記述を収集し、その表現に於ける傾向を分析する方法であった。西洋諸国は近代以降その進んだ科学力、技術力を背景に植民地を拡大していった。その中で無意識に西洋文化>東洋文化の思想や図式が醸し出されていったのは想像に難くなく、実際に歴史が証明しているものと考える。彼の著述以前に用いられていたオリエンタリズムは、純粋に無批判に無意識に東洋文化を吸収または利用する立場であったと想像するが、サイードの指摘以降は東洋文化を西洋文化の優位的立場から見下そうとする差別的感性への批判的視点から不可避になったように思われる。

 よってこれらの前提を踏まえて本稿では広義のオリエンタリズムを、東洋文化への憧れや畏怖、と、東洋文化を言語化する過程で生じる差別や相対化、のどちらも含むものと解釈する立場を採ることとする。サイードの記述に於いても、ナポレオンによる『エジプト史』編纂をめぐる文脈の中で“近代ヨーロッパ科学の中に登場した新しいオリエントは(中略)「ヨーロッパ諸国民の風習との顕著な対比」を示す役割を担い、それによって東洋人の「奇妙な享楽性」が西洋の風習の生まじめさと合理性とをことさらきわ立たせることになる。” 5)などの箇所が見られる。

 先述のように、サイードの手法はすでに書き記された文献から西洋から東洋に対する視点を詳らかにするものであるが故に、西洋=書く人、東洋=書かれる人、の図式が固定化されてしまっている。これはもう一歩踏み込んで“ 東洋人は固定化された不動のもの、調査を必要とし、自己に関する知識すら必要とする人間として提示される。” 6)と表現されている。筆者はこの一文に触れ、西洋医学から見た東洋医学に対する見方や発言全般が集約されているように直感した。東洋医学は経験医学として固定化され、その作用機序の知識すら外部(西洋医学)から必要とする医療として提示される宿命である、と。

日本におけるオリエンタリズム

 訳者あとがき7)のなかで今沢は“ 主体=観る側としての西洋と客体=観られる側としての非西洋世界とが対立するオリエンタリズムの構図に対して、近代日本はきわめて特異な関わり方をしている” として評している。また“ 日本は西洋の東洋観をも摂取して、オリエンタリズムの主体=観る側に立ったのである。したがって西洋オリエンタリズムに向けられた批判は実は日本のオリエンタリズムに向けられた批判であると言うべきなのである” とも指摘している。また杉田8)は“「日本のオリエンタリズム」の問題は、日本と東アジア(とくに中国・朝鮮)との歴史的関係を辿るときにも同様に現れてくる” と述べている。また“ 日本と中東のあいだでは、さまざまのレヴェルで日本人の「オリエンタリズム」を問題にすることが可能” であるとし“ 商社マンのあいだでよく問題にされる「アラブのIBM」-イン・シャー・アッラー(神が望み給えば、多分)、ボクラ(明日にしよう)、マーレーシュ(気にするな)-というアラブ社会を揶揄した合言葉” を例に挙げている。

 この問題提起に対して、筆者にとって多少経験上の造詣が深い沖縄文化を当てはめて考えてみたい。観る側が非沖縄県在住者「大和人」(やまとんちゅ)若しくは「内地人」(ないちゃ)であり、観られる側が沖縄県在住者「沖縄人」(うちなんちゅ)という図式である。先のアラブのボクラ(明日にしよう)、マーレーシュ(気にするな)はそのまま沖縄人の「島時間」の概念及び「沖縄口」(うちなーぐち、沖縄方言)の「なんくるないさー」に置き換え可能である。我々大和人が沖縄人は時間にルーズであることを指して「島時間だから仕方がない」と発言するときには、軽い侮蔑の感情が入るのと同時に、時間に急かされないおおらかな雰囲気の中で仕事がしたい、という憧れにも似た感情を同時に抱いているのを完全には否定できない。この心的現象はあくまでもイメージであって、実際には多数の沖縄人が時間に正確である。そうでなければゆいレールや航空機の定時運行は不可能なはずである(関東圏の朝の電車の方が定時運行率は低いように思われる)。そもそも浦島太郎の竜宮城のように、大和人は海の向こうに時間の流れを超越したパラダイスがあるとのイメージを共有しているように感じる。沖縄はこのイメージを具現化するのに丁度良い地理的環境を有していると考える。もっともその沖縄においてもニライカナイ信仰という沖縄人共通のイメージが存在し、沖縄本島にとっての久高島や宮古島にとっての大神島は神事を行ういわゆる「神の島」としてそのイメージに近いのかもしれない。

 大和人が抱く憧憬が沖縄であり、沖縄が抱く憧憬がニライカナイであるとするならば、オリエンタリズムの持つ差別的視覚をも沖縄は持っていることになる。それが端的に現れているのが人類館事件だと考える。あらましは“1903年(明治36 年)3月、大阪で政府主催の第5回内国勧業博覧会が開かれた。会場周辺には営利目的の見せ物小屋が立ち並んだ。その一角に、「学術人類館」と称する施設がたてられ、アイヌ・台湾の先住民族・琉球人(2人の女性)・朝鮮人・中国人・インド人・ハワイ人などが「陳列」されて見せ物にされた。これに対し、韓国・中国の留学生から抗議の声があがり、『琉球新報』の太田朝敷も「隣国の体面をはずかしめるものである」として中止を求めた。しかし、太田は同時に「琉球人が生蕃(台湾先住民族)やアイヌと同一視され、劣等種族とみなされるのは侮辱」であると述べ、沖縄のゆがんだ日本への同化思想をあらわにした。沖縄からの抗議で、琉球女性の展示は取り止めになったが、他の民族の展覧は最後まで続いた。” 9)とのことである。大日本帝国への同化思想が背景にあったとは言え、沖縄人が台湾先住民やアイヌの人々を下に観ていた事実が浮かび上がってくる。観られる側がその不条理を訴えた事例が、サイードの指摘を待つまでもなく行われていたことになる。逆説的にサイードの問題提起が一般的、普遍的であることも示しているように思える。

 さらに狭小な例では、与那国島の民話「イヌガン」10)のなかにも、他の島(文化圏)への憧憬とも侮蔑とも読み取れる表現がある。要約すると、イヌガンとは与那国島内の地名であり、そこに久米島から漂着した女と犬が暮らしていた。そこへ小浜島から新たに漂着した釣り人が現れ、久米女の知らない所で犬を殺害し埋めてしまう。小浜男は小浜島に妻がありながらも久米女との間に子どもを作り与那国島にて暮らすが、ある日犬の埋葬場所を久米女に話すと、翌朝にはその場所で久米女が犬の骨を抱きながら死んでいた。久米女と小浜男の子どもたちが与那国島に村を作った。という話である。原罪の暗喩のようでもありながら、はっきりと久米島と小浜島と言った固有の島名が登場するのが印象的である。島の固有名詞の代わりに「ある島」などを当てても「くにはじめ」の物語としては成立しそうだが、与那国、久米、小浜の固有名詞がでてくるのは各島の間で起こった何らかのやりとりが元ネタになっているだろうということは想像に難くない。

 さらに卑近な例では、大阪は東京をライバル視するが東京は大阪をそもそもライバルとすら思っていない、とか、でもお笑いやユーモアのセンスは大阪の方が東京よりも上だ、など、罵り合いと称え合いの紙一重は各地で観られる現象であることが観察される。杉田11)は“ 安易な一般化と「上からの演繹」を戒めることが何より必要とされているのであり、一旦作られたレッテル(言説)がいかに強大な力を揮うようになるかという点にこそ,『オリエンタリズム』が、私たちに強く警告している問題の一つはあったのである。” と述べている。

 このようにある文化圏からある文化圏への憧れや侮蔑は、その文化圏の広狭や構成人員の多寡にかかわらず存在する、或いは存在せざるを得ない。これは人間の本能のようなものであると筆者は考える。

東洋医学を取り巻くオリエンタリズム

 西洋医学は文字通り、数値化、言語化、統計と実証の科学的な西洋文化を体現している、日本における非西洋医学はそれこそ沖縄の島々のように様々な療法が存在し、雑多でありながらも西洋側からある種のイメージの固定化を許している。さらに各療法間には憧憬や侮蔑が入り混じったマウンティングにも似た観念や言動が半ば本能的に存在する。資格の有無、エビデンスの有無を問わず、である。

 ここまで考察してきたように、西洋医学から東洋医学への眼差しには、実際の厳密な科学的検証とは別系統として、臆見や観念が先行する形での「上からの演繹」が無意識的に含まれてしまう。この感覚こそが東洋医学をいつまでも胡散臭さの檻に閉じ込めている正体のように思われる。西洋医学を修めた医師が、S投手の不調の原因を東洋療法(のせい)に求める図式が世間に違和感なく受け入れられてしまう主因はここにあると考える。対象を数値化、言語化する西洋発祥の科学的作法に従って東洋医学を研究したところで、西洋によって東洋に貼られたレッテルがある限りは胡散臭さがつきまとってしまうのではなかろうか。

 またさらに、オリエンタリズムを踏まえても踏まえなくても、東洋人が西洋人を相手に東洋らしさをセールスポイントに掲げる事例が存在することにより、問題を一層複雑化せしめている。青木12)は“ オリエンタリズムは西欧の「偏見」にはちがいないとしても、アジアもまたその形成に協力したといってもよい。フジヤマ、ゲイシャもまた然り、異文化をめぐるイメージの売りと買いとの競合が、常に異国情緒を創り出してきた。” と述べている。これはかなり突き刺さる指摘に感じる。東洋医学はそもそも意識的に「東洋の神秘」「得体の知れなさ」を売り文句にしているのではないのか?と筆者には読み取れてしまうのである。二度目の東京オリンピックに向けた胎動を感じる今般、確かに例えばインバウンド客層対策として東洋の神秘をキャッチコピーに掲げたジャパニーズ・ヒーリングとしての指圧を売り出せばまあまあ人気にはなりそうだが、やはりどこか腑に落ちない気分も残るだろう。指圧の科学的探究の壁は自己の中にも存在し得る、ということである。

レッテルは剥がせるのか?

 結論から申せば「剥がせない」と考える。いままで見てきたように、相対する文化自身の中にも相対する文化があり、箱根細工の入れ子のような構造が観察できる。最終的には文化圏を構成する集団の最小単位である個人の中にもアンビバレントな感情や逆にレッテルを利用してやろうとする計算が働く心理が読み取れる。このことから「上からの演繹」によるレッテル貼りは人間の本能のようなものであり、貼ってしまう思考自体については禁じない方がスマートな態度であるように思える。その思考を隠蔽しない分むしろ自然で欺瞞的な態度に陥らなくて済むような気がしてならないからである。思考実験として人間を原始状況に巻き戻して推察すると、風上、風下や川上、川下などを感覚から読み取る能力を人間は獲得していて、その拡大的応用として文化の優劣をも直感する能力があり、生存上優位に立ち続けるための情報を欲するからこそ常に「観る側= 上位」にいたいのではないだろうかと考える。

 しかし、この仮説が正しいとしても、今回のように既存のレッテルを利用するような形で身体の不調、障害の精確な検証をすることなく世間に公表してしまうことは避けなければならない。少なからず風評を含む実害を被る人や傷つく人を生み、異文化間の対立の先鋭化を招いてしまうからである。

 では、この難問にどう対処すればよいのか。

 サイードの『オリエンタリズム』発表から四十余年、沖縄の本土復帰から四十余年、この間に世界の情報伝達技術は発達、さらにまた広く普及し、異文化間の情報交換の頻度は飛躍的に増大した。この恩恵にあずかり、いまやインターネットに接続した大画面を通して異国の路地や市場の風景および動画を再生し、世界旅行の疑似体験が居室にて可能となっている。また歴史上の各文化圏の資料などが偏見や臆見なしに直接閲覧できるようにもなった。これらにより、西洋による東洋への「気づき」の深化、高度化も起こっているように思われる。東洋医学における好例がキーオンによるファッシア論13)ではないだろうか。東洋医学的には既知であった心包や三焦を結合組織や発生学の観点から検証しているこの論理については、科学的であるがゆえに論理の精確性についてはこれからさらに検証されていく必要性を感じるが、キーオン曰く“ 経絡や「氣」を現代の言葉で通訳したにすぎない” のだそうである。一見すると『オリエンタリズム』の西洋による記名の延長にも思えるが、訳したにすぎないという謙虚な言葉を純粋に信じて論の再検証と強化の経緯を見守りたい。

 そして西洋医学側からの批判的でない友和的なアプローチを、我々東洋医学側は黙って待っている訳にはいかない。訳されるべき時に向けて準備することが山のようにあるはずである。西洋の科学の作法に則った研究を深化していくことは、先に挙げた意識的な東洋らしさをセールスポイントにしている者からは理解が得られないかもしれない。しかし情報化社会が高度に深化進行すれば、文化圏間の相対化がさらに加速し、観る側と観られる側、表記する側と表記される側は日々刻々と逆転を繰り返していく可能性が否めない。すでにSNSなどで「言った者勝ち」のような状況が散見される。ある事象に対してある人が「こうだ!」と言い、その言説のみが正義、真理として通用してしまうとその事象に対しては誰も反論ができなくなってしまう。一方、エビデンスに裏付けられた事象は、報告された手順に従いさえすれば誰もが等しく再検証や反証が可能である。例え同一の結果が得られなかったとしても、その検証を次の再々検証に繋げていくことができる。この一連の流れを通じることによって多くの合意の形成や相互理解を生むのである。エビデンスなき放言ではこの流れを生むことはできない。異なる文化圏間または異なる手技療法間で共通認識を醸成する妥当な方法が科学的手法だとすれば、一見国家資格の有無は問われないようにも取れる。しかし、一定の治療実績および科学的証明による知の集積、エビデンスがあるからこその国家資格とも言える。無資格の手技療法はエビデンスを示して国家による承認を得るように活動すべきである。また、有資格の手技であってもエビデンスの集積に努めるべきであると考える。

 東西文化圏の分け隔てなく、さらに小さい各文化圏も差別なく、良いところを集積し悪いところを淘汰したようなコスモポリタニズム文化圏のようなものが確立されれば本能的な「上からの演繹」のような差別的記名および思考は、無くならずとも先鋭的意識を持たずに済むところまでは行けるように考える。

 壁は乗り越えなくとも自然と消えてくれるのが一番平和なのではなかろうか。

おわりに

 異なる文化間の差異を観察する時、無意識に優劣の偏見で観てしまう。この先も西洋医学側から東洋医学側に対しての偏見に起因するトラブルが想定される。しかし、相手の文化へのリスペクト精神に基づき、異文化同士相互の共通認識の了解方法から確認する丁寧な対処を心がければ、差異をフラットに捉えようとする方法を模索し得る。避けるべきは真正面から反論する方法で、新たなマウンティングを生じさせることである。合意に基づく共通の方法(科学的手法)を用いて検証、再検証に耐える立証を通じながらより広く新たな合意形成を目指していく包括的な動きが合理的で経済的なのではないかと考える。

 都合の良い抗弁の隠れ蓑に東洋医学を使われないように、多くの人が検証、立証に参加し平等に議論できる土台づくりを進めなければならない。

参考文献

1)【緊急報告】読売巨人軍・澤村投手への施術報道の検証,医道の日本 第76 巻 第11 号(通巻890号),p.27-32,2017
2)鍼灸団体, 沢村のはり施術ミス疑いで巨人回答書公開, 日刊スポーツ2017年11月9日
https://www.nikkansports.com/baseball/news/201711090000537.html
3)巨人・澤村の鍼トラブル 被害者なのに同情されない理由, 週刊ポスト2017年9月29日号
https://www.news-postseven.com/archives/20170918_613856.html
4)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:オリエンタリズム(下)第1版18刷,平凡社,東京,p.345,1993
5)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:オリエンタリズム(上)第1版26刷,平凡社,東京,p.203,1993
6)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.244
7)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.393
8)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.364
9)新庄俊昭:教養講座 琉球・沖縄史,東洋企画,沖縄,p.267,2014
10)池間榮三:与那国の歴史 第7 版,琉球新報社,沖縄,p.70,1999
11)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.369
12)青木保:逆光のオリエンタリズム 第1 版2 刷,岩波書店,東京,p.3-4,1998
13)【 巻頭企画】筋膜と発生学の新知識でわかった! 経絡経穴ファッシア論―鍼灸はなぜ効くのか―,医道の日本 第77 巻 第6 号(通巻897 号);p.29-35,2018