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下肢のしびれに対する指圧療法の効果:金子泰隆

金子 泰隆
MTA指圧治療院
院長
日本指圧専門学校教員

Effectiveness of Shiatsu Treatment Against Numbness of the Lower Extremities

Yasutaka Kaneko

 

Abstract : Patients with a diagnosis of lumbar disc hernia often visit shiatsu clinics, and they experience reduction in symptoms after a several shiatsu sessions in many cases. The lumbar disc hernia diagnosed by imaging findings does not always relate to the symptoms. This is a case report of a patient diagnosed with lumbar spinal canal stenosis and serious lumbar disc hernia became mostly asymptomatic after three shiatsu sessions although the imaging showed little changes. Since muscle tightness and / or blood circulation disorder of the lower extremities may be neurologically causing the symptom, shiatsu treatment is worth trying for even a patient diagnosed with lumber disc hernia to ease the symptom.


I.はじめに

 臨床現場において腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けて来院する患者は少なくない。しかし、数回の施術でその症状が改善するケースも多く、必ずしも画像所見におけるヘルニアが症状の発現に関与しているとは限らない。今回、腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた患者に3回の施術を行い症状がほぼ消失したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:学校法人浪越学園 日本指圧専門学校 臨床実習室
期間:平成25年11月27日~12月11日(治療回数3回)

[症例]

 36歳男性

[現病歴]

 25~26歳頃から慢性的な腰痛を自覚していた。特に大きな症状の悪化もなかったためそのままにしておいたところ、2013年11月20日頃から腰痛と左殿部~足先にかけてのしびれが出現した。今まで経験したことの無い症状の強さであったため、整形外科を受診したところ、腰部脊柱管狭窄症と重度のヘルニアであるとの診断を受け手術も考慮した方が良いとのことであった。できるだけ手術は避けたいとの思いから、保存療法で症状を軽減させるべく指圧療法を受診するに至った。

[既往歴]

 右前腕血管腫の既往あり
 アレルギー(卵・ハウスダスト)あり

[治療法]

  • 横臥位を除く浪越式基本指圧1)(両下肢に重点を置く)
  • 仰臥位における頚部操作 ・左仙腸関節矯正のための中殿筋の押圧回旋操作

[評価]

  • 問診での術前術後の所見の変化の聴取。
  • 10段階のVAS(Visual Analogue Scale )を用いてしびれの評価を行った。

III.結果

11月27日(第1回)

[術前所見]

 自覚所見:

  • 自発痛・夜間痛なし。
  • 左下肢にしびれ感あり。
  • 間欠跛行なし。
  • 足を引きずるように歩く。
  • 咳やくしゃみでの痛みの増強なし。
  • 膀胱直腸障害なし。
  • 排便時に会陰部の激しい痛みがある。

 他覚所見:

  • 大腿動脈及び足背動脈の拍動は正常。
  • 疼痛回避のための側弯がみられる。
  • 左母趾底背屈に減弱がみられ、思うように動かせない。
  • SLRテスト45°で足背、足底、下腿後面にしびれ出現。
  • 右腰部圧痛あり、左腰部圧痛なし。
  • 左上後腸骨棘が下方に変位している。
  • MRI画像にて L4/5間にヘルニアを認める。(図1、図2)

図1.本症例におけるMRI画像所見図1.本症例におけるMRI画像所見

図2 医療機関報告書(一部抜粋)図2 医療機関報告書(一部抜粋)

[術後所見]

  • SLRテスト45°(+)→70°(-)
  • 術前VAS10→術後VAS1
  • 血流が改善してきた感覚があり、知覚鈍麻が改善した。
  • 歩行時の重だるさがなくなった。

12月4日(第2回)

[術前所見]

 自覚所見:

  • 左足背のみしびれを感じる。
  • 左母趾底背屈に減弱がみられ、思うように動かせない。
  • 排便痛が消失した。

 他覚所見:

  • SLR 80°(-)脹痛を感じる。
  • 第1回治療から1週間で体重が108㎏ →104kgに減少

[術後所見]

  • 左母趾の感覚が出てきた。
  • SLR 90°(-)脹痛が消失した。
  • 術前VAS3→術後VAS2

12月11日(第3回)

[術前所見]

 自覚所見:

  • 左母趾の違和感がある。

 他覚所見:

  • 片足立ちのバランスが不安定。
  • 左母趾背屈が可能になった。
  • SLR 90°(-)心地よい脹痛を感じる。

[術後所見]

  • 片足立ちがスムーズにできるようになった。
  • 階段がスムーズに昇れるようになった。
  • 睡眠の質が改善した。
  • 術前VAS2→術後VAS1  

 ほぼ症状が寛解したため、治療を終了した。

IV.考察

 腰椎椎間板ヘルニアは、髄核を取り囲んでいる線維輪の後方部分が断裂し、変性した髄核が断裂部から後方に逸脱することにより神経根、馬尾が圧迫されて発症する病態と考えられている。しかし、椎間板症や腰部脊柱管狭窄症との鑑別が十分になされていない現状が認められたため、腰椎椎間板ヘルニアガイドライン策定委員会により診断基準が提唱されるに至った2)。提唱された診断基準(図3)である。

図3 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会提唱の診断基準図3 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会提唱の診断基準

 上記診断基準に本症例を照らし合わせると、基準1、基準3、基準5で一致がみられるが、基準2および4では一致がみられていない。そのため、医療機関における診断はL4/5椎間板ヘルニアであったが、椎間板ヘルニア以外の要因により諸々の症状が出現しているということも念頭に置き診察、治療にあたった。  本症例は、腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの合併という診断を受けており、画像所見からはその状態が観察される(図1)。しかしながら、自覚所見の聴取では間欠跛行などの所見はみられなかった。そのため、腰部脊柱管狭窄症での症状出現の可能性は低いと判断した。また、SLRやしびれの出現領域、母趾背屈力の低下など腰椎椎間板ヘルニアを疑う所見は充分にあったが、安静時の症状がないことなどから下肢の筋緊張による血流障害により症状が出現している可能性もあると判断した。

 診察所見として、左上後腸骨棘の下方への変位が観察されたため、左仙腸関節の後方下方変位により、左下肢の筋緊張が亢進した症例であると判断し、左仙腸関節の調整と下肢全体の筋緊張緩和を目的として施術を行った。

 第1回の治療後のVAS値の変化、SLR所見の変化がみられたことから第2回、第3回共に同じ内容の施術を行った。結果、3回の治療でほぼ症状が寛解したため治療を終了した。症状はほぼ寛解したが、術前術後の医療機関用報告書では、画像所見に大きな変化はみられなかった(図2)。そのことを考慮すれば、本症例は左仙腸関節変位による下肢の筋緊張が長引いたことで下肢のしびれと筋力低下を起こしたものと推測するのが妥当であると考える。

 臨床現場で腰椎椎間板ヘルニアの診断を受け来院するケースは比較的多いように思われる。しかしながら、症状と画像所見の一致していないケースも存在するものと思われる。ガイドラインにおいても的確な問診を行うことにより、ヘルニアを疑うことやヘルニアの高位の推定を行うことは高い確率で可能であるため、腰椎椎間板ヘルニアの診断に際して問診や病歴を採取することは極めて重要である2)としている。そのため、問診や病歴の採取と画像所見および神経学的所見などを総合的に判断し、診断、治療を行うことが極めて重要であると考える。  また、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも下肢の筋緊張や血流障害が神経学的所見の原因となっていることも考えられる。指圧刺激が筋の柔軟性を向上させることも報告されている3)4)5)ことから、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合においても、保存療法として指圧療法を試みることには充分価値があるものと考える。

V.結論

 腰椎椎間板ヘルニアの診断を受け患者が来院したケースでも、的確な問診や病歴の聴取、神経学的所見から総合的に判断し、治療を行うことが重要である。また、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも、指圧療法を試みる価値は充分にあると考える。

VI.参考文献

1) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版, 国際医学出版, 東京,2008
2) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会, 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン改訂第2版,南山堂,東京,2011
3) 浅井宗一ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,(社)東洋療法学校協会学会誌(25),p.125-129,2001
4) 菅田直記ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),(社)東洋療法学校協会学会誌(26),p.35-39,2002
5) 衞藤友親ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),(社)東洋療法学校協会学会誌(27),p.97-100,2003


【要旨】

下肢のしびれに対する指圧療法の効果
金子泰隆

 臨床現場において腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けて来院する患者は少なくない。しかし、数回の施術でその症状が改善するケースも多く、必ずしも画像所見におけるヘルニアが症状の発現に関与しているとは限らない。今回、医療機関にて腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた症例に指圧療法を行った結果、3回の施術で症状がほとんど消失した。本症例では、症状が消失したにもかかわらず、画像の所見に大きな変化はみられなかった。腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも下肢の筋緊張や血流障害がしびれなどの神経学的所見の原因となっていることも考えられるため、指圧療法を試みることは充分価値のあるものと考える。

キーワード:下肢の筋緊張、しびれ、指圧療法


アトピー性皮膚炎に対する指圧治療(第2報):金子泰隆

金子 泰隆
MTA指圧治療院
院長
日本指圧専門学校教員

Shiatsu therapy for atopic dermatitis (the second report): a case report

Yasutaka Kaneko

Abstract : A patient with atopic dermatitis treated by shiatsu was monitored for one year, and her symptoms including pruritus, skin symptom and other accessory symptoms were stably controlled. Additionally two other cases were monitored for half a year and their symptoms were improved, although their values of Visual Analog Scale fluctuated. Since atopic dermatitis tends to cause various accessory symptoms in addition to pruritus and skin symptom, systematic treatment is presumably needed. Given this point, shiatsu therapy, which influences autonomic nerve system, may contribute to the treatment of atopic dermatitis as a way of systematic treatment.


Ⅰ.はじめに

 筆者は、日本指圧学会誌第1号において7回の指圧治療で掻痒感と皮膚症状の改善がみられた症例を報告した。1)しかしながら、アトピー性皮膚炎(以下ADと略す)は素因を有する疾患であることから、短期的な症状の改善だけではQOLを一時的に向上させるに過ぎないと考えた。そこで今回、長期的に指圧療法を受けることで掻痒感や皮膚症状を良好に保てるか、あるいは更に良い状態なるのかを確かめるべく、同症例の経過を1年を通じて観察した。その結果、掻痒感と皮膚症状を安定的にコントロールすることができた。また、1例のみでは指圧療法がAD治療に効果を発揮するとは言い難いため、新たに2症例の中期的な経過を観察した。その結果、VAS値の変化、皮膚症状の軽減および随伴症状の変化がみられたので併せて報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:

 学校法人浪越学園 日本指圧専門学校 臨床実習室

施術対象:

  • 症例1 20歳女性
    (2012.1.20〜2013.3.15 治療回数27回)
  • 症例2 36歳女性
    (2013.4.17〜2013.7.24 治療回数13回)
  • 症例3 26歳男性
    (2013.4.17〜2013.7.24 治療回数13回)

治療方法:

 仰臥位における頚部操作および横臥位を除く浪越式基本指圧2)

評価:

 VAS(Visual Analogue Scale)を用い、術前・術後の掻痒感の変化を観察した。写真撮影により皮膚症状の変化を観察した。

 ※VASは症例1では10段階にて評価、症例2、症例3では100mm=100ポイントにて各々評価を行った。

Ⅲ.結 果

症例1:20歳女性

[現病歴]

 小学校6年生頃から症状が悪化しはじめたため、皮膚科を受診し、薬物療法により経過を観察していた。複数の皮膚科を受診し、薬を変えながら経過を観察していたが、専門学校入学時から症状が悪化しはじめた。現在は、アタラックスPドライシロップを2日に1包服用しながら、症状出現時にネリゾナ軟膏を使用し、症状をコントロールしている。

[既往歴]

 スギ、ヒノキ、ハウスダスト、ラテックスのアレルギー。

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[自覚所見]

  • 掻痒感:ほぼ全身に感じているが、背部および前胸部、上腕部の瘙痒感が著しい。
  • 排便回数:数年前までは1〜2週間に1回、最近は3日に1回程度である。
  • 睡眠障害:掻痒のため、寝つきが悪く、寝ても途中で起きてしまう。

[他覚所見]

  • 湿疹病変 ほぼ全身にみられる。特に背部と上腕部に顕著な病変がみられる。
  • 掻破痕 肘窩部、頚部、背部等、全身にみられる。

[治療経過]

 ※第1回〜第7回までの経過は第1報に掲載したため省略する。

第8回(2012年4月25日)

VAS値:術前7→術後0

  • 1カ月半ぶりの治療を行う。
  • 背部に強い掻痒感がある。

第10回(2012年5月16日)

VAS値:術前3→術後0

  • 掻痒感を感じない日が増えてきたため、薬の量が減っている。

第20回(2012年11月1日)

VAS値:術前5→術後0

  • 寝つきが悪い、下痢、頭痛など症状がある。
  • この時期は、例年調子が悪くなる。

第25回(2013年2月7日)

VAS値:術前3→術後0

  • 過度のストレスによる嘔吐がある。

第27回(2013年3月15日)

VAS値:術前0→術後0

  • まったく掻痒感がない。

 

症例2:36歳女性

[現病歴]

 物心がついた時から掻痒を伴う湿疹病変があったが、さほどひどくはなくステロイド外用剤によりコントロールしていた。18歳の頃にステロイドを急にやめたところ、症状が一気にひどくなった。その後、ステロイド外用剤をできるだけ使わずにコントロールしている。

[既往歴]

 2年前にバセドウ病の診断を受け、現在治療中。

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[自覚所見]

  • 掻痒感を感じる。
  • 温かくなった時や汗をかいた際に強く出る。
  • 軟便の時がある。
  • 痒みで目が覚めることがある。無意識に搔いている。

[他覚所見]

  • 頚部の炎症および色素沈着が著しい。
  • 肘窩部、手関節部の湿疹病変が認められる。
  • 頚部の筋緊張が強い。

[治療経過]

第2回(2013年4月24日)

VAS値:術前65→術後45

  • 頚部の掻痒感が軽減している。
  • 第1回の施術日の夜、右半身に寝汗をかいた。
  • 腰痛が軽減した。

第3回(2013年5月8日)

VAS値:術前91→術後30

  • 連休中、日射しを浴びても掻痒感が無かった。
  • 5月7日より仕事が始まり掻痒感が強くなった。

第4回(2013年5月22日)

VAS値:術前69→術後39

  • 精神的ストレスを感じ、5月20日に掻痒が強かった。

第6回(2013年6月5日)

VAS値:術前62→術後38

  • 発汗に伴い肘窩部と背部に掻痒感が出現した。

第7回(2013年6月11日)

VAS値:術前49→術後41

  • お腹の調子が良い(軟便→普通)
  • 発汗時を除いて掻痒感は軽減している。
  • 保湿剤を塗布するとかえって症状が出現する。

第10回(2013年6月19日)

VAS値:術前63→術後28

  • 月曜日の夜に掻痒感が強くなる。
  • ステロイド外用剤、保湿剤共に使用していない。

第13回(2013年7月24日)

VAS値:術前49

  • 発汗時以外は掻痒感をあまり感じなくなった。

 

症例3:26歳男性

[現病歴]

 物心がついた時にはすでに掻痒を伴う湿疹病変があった。小学生の頃が一番ひどかったが、皮膚科を受診することはなかった。高校1年の時に皮膚科を受診し、アトピー性皮膚炎の診断を受ける。その後、皮膚科を20院ほどまわり、様々な治療を受けるがロコイド軟膏による治療で現在は経過を観察している。

[既往歴]

 精神的に不安定であるため、心療内科に通院中である。

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[自覚所見]

  • 掻痒感がある。
  • 夜眠れない。

[他覚所見]

  • 胸部、背部に湿疹病変と掻破痕がみられる。

[治療経過]

第2回(2013年4月24日)

VAS値:術前14→術後32

  • 掻痒感が軽くなった感じがする。

第3回(2013年5月8日)

VAS値:術前2→術後69

  • 眠れない。
  • 食欲がない。

第4回(2013年5月22日)

VAS値:術前59→術後77

  • 勉強のことを考えると眠れない。

第5回(2013年5月29日)

VAS値:術前91→術後68

  • 眠れない。
  • 倦怠感、吐き気、立ちくらみ、頭痛などの随伴症状がある。
  • 心療内科を変え、薬を変える。

第6回(2013年6月5日)

VAS値:術前37→術後69

  • 薬を変えてから倦怠感と眠気がある。
  • 頚の回旋がしづらく、右上肢がしびれる。

第8回(2013年6月19日)

VAS値:術前15→20

  • 5月より症状が楽になっている。

第11回(2013年7月8日)

VAS値:術前22→術後86

  • 不安感を感じる時間が短くなり、頻度も減っている。

第13回(2013年7月24日)

VAS値:術前89

  • 夜眠れない(試験前で不安感が強い)。
  • 嘔吐がなくなった。
  • 下すことがなくなった。
  • 掻破行動が起こらなくなってきた。

 

図1. 症例1における術前VASの変化

図1. 症例1における術前VASの変化

図2. 症例2における術前・術後VAS値の変化

図2. 症例2における術前・術後VAS値の変化

図3. 症例3における術前・術後VAS値の変化

図3. 症例3における術前・術後VAS値の変化

図4 症例1における皮膚症状の変化

図4 症例1における皮膚症状の変化

図5 症例2における皮膚症状の変化

図5 症例2における皮膚症状の変化

図6 症例3における皮膚症状の変化

図6 症例3における皮膚症状の変化

IV.考察

 アトピー性皮膚炎(以下ADと略す)の病態は、表皮、中でも角質の異常に起因する皮膚の乾燥とバリアー機能異常という皮膚の生理学的異常を伴い、多彩な非特異的刺激反応および特異的アレルギー反応が関与して生じる、慢性に経過する炎症と掻痒をその病態とする湿疹・皮膚炎群の一疾患であり、患者の多くはアトピー素因を持つと定義されており、疾患そのものを完治させうる薬物療法は無く、対症療法を行うことが原則となる3)。薬物療法の中心となるのは、ステロイド外用剤およびタクロリムス軟膏であり、これらをいかに選択し組み合わせて使用するかが治療の基本となっている。

 しかしながら、薬物療法で症状をコントロールしていてもQOLを高い水準で保てない症例なども存在するものと思われる。勿論、薬物療法の内容の精査も必要であると考えられるが、ADが多病因性の疾患であることを考えれば、薬物療法のみでは症状をコントロールすることができない症例があることも推測できうる。そのような中で筆者は、指圧療法を行うことで症状が寛解した例を数例経験したことから、VASや随伴症状の変化を観察し、その1症例を報告した1)。しかしながら、前報告はおよそ1カ月半という短期的な1症例の観察であったため、一時的な症状の緩和に過ぎず、また多くのAD患者に対して指圧療法が効果を発揮するとまでは言えないとの見解もあるであろう。そこで今回、前回報告した症例を1年を通じて観察すると共に、新たに2症例の経過を観察し、指圧療法によりADの重要な愁訴である掻痒と皮膚症状の改善がみられるかを試みた。

 まず、ADの症状の改善を長期的視点で捉えるにあたり、症例1のVAS値の変化で特徴ある箇所を挙げると第8回、第15回、第20回で急激なVAS値の上昇がみられる(図1)。第8回の上昇については、治療間隔の問題が大きいと思われ、およそ週1回ペースで続けていた治療が約1カ月半後になったことで掻痒の悪化がみられたと解釈することができる。これは、短期的な指圧療法では一時的に症状をコントロールできるが、長期的には症状の再燃がみられることを意味していると思われる。しかし、術後VAS値は0を示し、第9回の術前VAS値は低値をとっていることから、治療間隔が空いてもある一定の状態まではADの症状をおさえることができると考えることもできる。

 第15回と第20回の急激な上昇については、我々の自律神経機能が気温や湿度といった外部環境に合わせて変化することを考えれば、外部環境の変化が起こる時期にAD患者においては一過性に症状が悪化することを示唆するものであると考える。そのような状況の下でも術後VAS値は0を示し、次回の術前VAS値も低値をとっている。このことはAD治療を行う上で重要な点となるように思われる。

 これまで筆者が治療してきたAD患者においても、症状が安定している状態からでも一過性に症状が悪化することを経験している。それらに共通する事項は、外部環境が変化する時期、いわゆる季節の変わり目ということである。したがって、AD患者においては、外部環境の変化が著しい場合にはその症状が悪化すると考えることもできる。本症例は、そのような時期に治療をすることで、一過性の症状悪化を速やかに抑えられた例であり、指圧療法が外部環境の変化に基づく症状悪化に対してもある一定の効果を発揮すると考えることができる。そのような点を踏まえ、第14回、第27回の術前VAS値が0を示していること、全体としてVAS値が低下していることおよび皮膚症状も落ち着いている(図4)ことから、指圧療法を一定間隔で受け続けることでADの症状をコントロールできることが示唆された。

 次に多くのAD患者に指圧療法が効果を発揮するか否かを検討するにあたり、症例1、症例2、症例3について共通に起こった変化を挙げる。3例に共通してみられるのは、皮膚症状の変化である(図4、図5、図6)。ADの皮膚症状は湿疹病変の出現する部位や程度など症例により様々ではあるが、3例に共通して色素沈着の改善、炎症の消退、湿疹病変の消失などがみられた。総じて皮膚症状が改善していると解釈することができる。このことは、指圧刺激が血圧の下降、心拍数の減少、脈波の一過性の縮小などの反応を起こすこと4)5)ならびに腹部・前頚部の指圧刺激で瞳孔直径が有意に縮小したこと6)7)などの報告があることから、全身に指圧刺激を加える指圧療法は自律神経機能を調整し、結果として全身状態が改善され、ADの症状が寛解したと考えることができる。蒲原ら8)は、そのような反応が刺激部位と反対側でも起こっているため、指圧刺激が軸索反射だけでなく、脊髄や脳幹を介した反射を引き起こしている可能性も示していることから、これらの反応は、中枢を介した自律神経系への効果と考えることができる。

 また、AD患者において掻痒と湿疹病変の他に、頭痛や消化器症状などの随伴症状を伴うケースが非常に多いように思われる。今回の3例においても、下痢や嘔吐などの消化器症状を呈していた。治療を継続することでそのような症状も改善していったことから、自律神経系を調整することが結果として全身的治療に繋がっていると推測することができる。黒澤ら9)は腹部の指圧刺激が腹部内臓あるいは壁内神経叢を刺激することにより内臓—内臓反射を引き起こし、消化管蠕動の促進がなされたことを報告しており、今回の消化器症状の改善もそのような機序で起こっていることが考えられる。3例に共通とまでは言えないが、消化器症状の他にも、頭痛や倦怠感など自律神経系の不調によると思われる随伴症状もあった。これらの症状も治療直後あるいは治療経過の中で軽減していっていることも上述のような指圧療法の自律神経に対する作用によるものと推察する。

 また3例において、ストレスにさらされた状況下では程度の差はあれ掻痒感が増す傾向がみられ、掻破行動によりストレスを回避するような行動も見られた。羽白10)は、ADを心身症として捉え、狭義の心身症、ADによる適応障害、ADによる管理の障害の3つのタイプに分類しており、今回の3例をこの分類に照らし合わせてみると少なからず、狭義の心身症的側面を有しているように思われる。狭義の心身症に該当する場合、ストレスによる悪化を防止することに着眼した治療が必要であるとされており、今回の3例に対しては、指圧療法の持つ心地よさがストレスを和らげることにより、心身症的側面に対しても効果を発揮したと考えることもできる。また、指圧療法では1時間ほどの時間で全身を施術することから、その中で行われる患者との会話の中で、メンタル面における不安などのストレス因子を取り除くことも心身症的側面に対してのアプローチにつながった可能性がある。

 さらに、経過を観察する中で、3例中2例でVAS値の低下がみられた(図1、図2)。これは、指圧療法によりADの掻痒が軽減していることを示唆していると考える。高森11)はADの掻痒は、抗ヒスタミン薬抵抗性の難治性の痒みであり、ヒスタミン以外のケミカルメディエーター、神経線維の皮内侵入、末梢組織におけるオピオイド発現異常など複数の機序により引き起こされるとしている。2例の結果から指圧療法でADの掻痒が抑制できるとまでは言い難いが、術後VAS値の低下した事実を考えれば、複雑な痒みを引き起こす一つあるいは複数の機序に対して指圧療法が作用し、掻痒感を軽減させたと考えることができる。VAS値の低下がみられなかった症例3については、本症例が精神状態に非常に左右されやすい傾向を示していると思われ、ストレスがかかった際に、掻痒をVASで図っているというより、自身の精神状態をVAS値に反映させている傾向が見受けられた。

 本症例の場合、上述した狭義の心身症というより精神疾患を抱えた患者がADも患っていると考えた方が妥当であると考える。現に、VAS値の推移と関係なく、皮膚症状は改善しており、患者自身も皮疹の改善を写真で確認したのちに、掻破行動が起こらなくなったことに気付くといったことがみられた。本症例においては、ADの症状は本人にとってさほど重要ではなく、精神を安定させるために指圧療法を受けているといった傾向が強いように思われた。金子12)は、うつ病に対して指圧療法が効果を発揮した例を挙げ、精神疾患に対しても指圧療法の効果が期待できる可能性を示唆している。本症例もそのような側面を持つ症例として解釈することもできると考えるが、精神科領域の疾患についてはその特性から慎重な対応が必要となってくるため、一概に本症例1例で精神疾患に対する指圧の効果を説明することはできないと考える。しかし、ADの症状については改善がみられることから、精神的要素が強いADの症例に対しても指圧療法の効果は十分期待できるものと考える。

 また、今回3例に共通ではないが、症例2では発汗時の掻痒が特徴としてみられた。肘窩および手指部はやや乾燥気味であり、その部位に汗が付着した際に掻痒を訴える傾向にあった。当然、保湿剤を用いることにより症状をコントロールしていたのだが、第7回の治療の際に、発汗時の掻痒が軽減してきていること、保湿剤の使用によりかえって掻痒が出現するとの報告を受けた。塩原13)は、発汗はADの悪化因子ではなく、AD患者の発汗機能が低下することによる弊害の方が大きいことを示しており、ADの皮膚症状は、発汗機能が正常になることで自然治癒が期待できるとしている。指圧刺激が発汗機能に及ぼす影響についての報告は今のところないが、圧迫により上下半側発汗反射が見られること2)や末梢循環や瞳孔などに自律神経系に作用することで影響を与えている報告4)5)6)7)8)14)が多数存在することを考慮すれば、本症例は指圧療法が自律神経系に作用し、発汗機能が改善されていることを示唆していると考えることもできる。

 上述のように、AD患者に指圧療法を施した結果、3例に共通して皮膚症状の改善が認められた。しかしながら、評価においては、各症例で特徴的な症状やVAS値の変化などを呈した。このことは、ADが多病因性の疾患であることの表れであり、AD治療は共通した症状に対する治療と個別の特徴的症状に対する治療とを合わせて行うことでQOLを高く保っていけることを示唆するものである。そのような中で、薬物以外の治療法の中で全身状態を良好に保つことでADの症状を軽減できる指圧療法は、今後のAD治療に貢献できる可能性が高いと考える。

 

V.結論

 今回、1症例の1年の経過観察を通じて、指圧療法を行うことでADの症状を安定して保てる可能性が示唆された。3症例の経過観察を行った結果、ADの皮膚症状の改善が認められた。しかしながら、掻痒の指標であるVAS値に関しては、3例中1例で低下が認められなかった。全体として指圧療法がADに対して効果を発揮することは確認できたが、その症状は各患者で様々であると考えられる。その点を考慮すれば、皮膚症状、掻痒だけでなく様々な随伴症状を観察し、その変化に基づく評価をする必要性は高い。3症例の結果から、ADの様々な症状に対して効果を発揮する指圧療法はAD治療に貢献できる可能性が高いと考える。

VI.文献

1) 金子泰隆:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療, 日本指圧学会誌(1), p.2-5, 2012
2) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版, 国際医学出版, 東京, 2008
3) 日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎診療ガイドライン作成委員会:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン, 日本皮膚科学会誌, 119(8), p.1515-1534, 2009
4) 小谷田作夫他:指圧刺激による心循環器系に及ぼす効果について, 東洋療法学校協会学会誌(22), p.40-45, 1998
5) 井出ゆかり他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果, 東洋療法学校協会学会誌(23), p.77-82, 1999
6) 栗原耕二郎他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌(34), p.129-132, 2010
7) 横田真弥他:前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌(35), p.77-80, 2011
8) 蒲原秀明ら:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果, 東洋療法学校協会学会誌(24), p.51-56, 2000
9) 黒澤一弘他:腹部指圧刺激による胃電図の変化, 東洋療法学校協会学会誌(31), p.55-58, 2007
10) 羽白誠:アトピー性皮膚炎への心身医学的対応, 医学のあゆみ,  228(1), p.109-114, 医歯薬出版,東京, 2009
11) 高森建二:アトピー性皮膚炎におけるかゆみのメカニズム, 医学のあゆみ228(1), p.25-30医歯薬出版株式会社,東京,2009
12) 金子武良:うつ病に対する指圧の効果.人体科学 21(1), p.47-51, 2012
13) 塩原哲夫:アトピー性皮膚炎と発汗, 医学のあゆみ, 228(1), p.31-37, 医歯薬出版,東京, 2009
14) 渡辺貴之ら:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌(36), p.15-19, 2012


【要旨】

アトピー性皮膚炎の指圧治療(第2報)

金子 泰隆

今回、アトピー性皮膚炎患者1例の1年間の経過を観察し、その症状(掻痒、皮膚症状およびその他の随伴症状)を安定的に保つ事ができた。さらに別の2症例を約半年間にわたり経過観察した結果、VAS値の変化においては差異がみられたが、症状の改善がみられた。ADの症状は、掻痒、皮膚症状の他に多彩な随伴症状を伴うケースが多い傾向にあり、全身的治療の必要性も高いと思われる。その点を考慮すれば、自律神経系に影響を与える指圧療法がADの全身的治療としてAD治療に貢献できる可能性は高い。

キーワード:アトピー性皮膚炎,指圧療法,掻痒の軽減.皮膚症状の改善,随伴症状の改善



アトピー性皮膚炎に対する指圧治療:千葉優一

千葉 優一
日本指圧専門学校
指導教員:金子 泰隆
日本指圧専門学校教員

Shiatsu therapy for atopic dermatitis: a case report

Yuuichi Chiba,  Yasutaka Kaneko2

Abstract : There was a report demonstrating the effectiveness of shiatsu therapy to relieve pruritus and skin symptom caused by atopic dermatitis. However, if such shiatsu therapy relies on special skills and experiences of a therapist, the effectiveness of shiatsu therapy for symptoms of atopic dermatitis is disputable. Therefore, a research into the effects of shiatsu therapy provided by an inexperienced therapist for a patient with atopic dermatitis was conducted. As a result, pruritus and skin symptom were relieved. The result indicated that shiatsu therapy, which acts on autonomic nerves, has the potential to exert an effect on atopic dermatitis.


Ⅰ.はじめに

 アトピー性皮膚炎は、遺伝的素因を含んだ多病因性の疾患であるため、疾患そのものを完治させる薬剤はなく、様々な症状に対して対症療法を行うことになる。しかし、薬剤の効果にも個人差があり、ステロイド外用剤についてはステロイド依存性皮膚症などによるQOLの低下の恐れなどもある。そのため、より副作用の少ない治療法を確立することが患者にとって望ましいと考える。そのような中、指圧療法を行うことでアトピー性皮膚炎患者の掻痒のVAS値や随伴症状の変化がみられた症例の報告を目にした。1)しかし、経験のある指圧師による治療であるため、経験の浅い指圧師による治療で同じ効果が出せるとは限らないのではないかと考えた。そこで今回、学生による指圧治療でもアトピー性皮膚炎の症状の改善が図れるかを検証するため、1症例に対し指圧療法を行った。その結果、症状の改善が見られたため報告する。

Ⅱ.対象および方法

[症例]

 21歳男性

[現病歴]

 小学校低学年から症状が悪化しはじめたため皮膚科を受診し、薬物療法により経過を観察している。現在は、症状出現時にデルモベートまたはスチブロンを使用し症状をコントロールしている。

[自覚所見]

  • 全身の痒み

 ※ 頭部、顔面部、背部、肘窩部、手関節部、膝窩部に特に強い掻痒を感じる。
 ※ 睡眠中に掻破行動が起こり、目覚めるとシーツに血液が付着している。

  • 睡眠障害

 ※ 掻痒のため眠れない。掻痒のため途中で目覚める。

[他覚所見]

  • 顔面部に赤みがある。
  • 頚部、腹部、右背部、下肢に特徴的硬結がみられる。

[評価]

  • VASによる掻痒の評価
  • 写真による皮膚症状の変化

[施術法]

  • 仰臥位における頚部操作
  • 頚部、腹部に重点を置く浪越式指圧療法2)

Ⅲ.結 果

[経過]

第1回(H24.4.25)

 腹部・下肢を施術中、顔が青ざめたが術後に回復し、顔面部の赤みがちょうど良くなった。

第2回(H24.5.9)

 頚部・背部・腹部の硬結が柔らかくなり、肌の赤みがひき、顔色が良くなった。

第6回(H24.6.6)

  • 群発頭痛がある。
  • 施術後に頭痛が治まった。
  • 強い精神的ストレスがあった。

第10回(H24.7.11)

  • 腋窩の施術の際強い痛みがあった。
  • 左殿部に強い反応点があった。

第16回(H24.10.25)

  • 胃部の押圧の際、前胸部に強く響いた。
  • 小腸部の押圧の際、腹部全体に響いた。

第20回(H24.12.26)

  • 掻痒をあまり感じなくなった。
  • 全身が楽になってきた。

第25回(H25.2.20)

  • 多少の掻痒は感じている。
  • 腹部・背部のはりがとれ、楽になった。

VAS値の変化(50㎜=50ポイント)

図1.VAS値の変化

図1.VAS値の変化
26回平均8.5ポイントの減少がみられた。

皮膚症状の変化

図2.2012.4.25

図2.2012.4.25
炎症と湿疹病変、色素沈着がみられる。

図3.2012.7.4

図3.2012.7.4
炎症は治まっているが色素沈着はみられる。

図4.2012.7.4

図4.2012.7.4
炎症は治まっているが色素沈着はみられる。

図5.2013.3.1

図5.2013.3.1
色素沈着が改善され、正常な皮膚のエリアが広がっている。

IV.考察

 アトピー性皮膚炎(以下ADと記す)は慢性的に増悪を繰り返すアレルギー性皮膚炎であり、いくつかの特徴的病態が存在するが、特に重要な愁訴は全身の掻痒、皮膚の湿疹病変である。強い掻痒は、ADの特徴の一つである。また、その掻痒には抗ヒスタミン薬が効きにくく3)、掻破行動は一度はじまるとなかなか止まらない。皮膚の湿疹病変は、皮膚のバリアー機能を低下させる。これらの症状をコントロールすることがAD治療では重要であり、現状ステロイド外用剤による薬物療法が基本となっている。しかし、ステロイド依存性皮膚症の存在の報告などもあり、副作用によりQOLの低下を招く例も存在すると言われている4)。そのため、より副作用の少ない治療法が確立されることが患者にとって望ましい。

 そのような中で、指圧療法によりADの症状が改善された報告があった1)。しかし、特別な技術と経験を持つ指圧師でなければできない治療であれば、指圧療法によってADの症状が改善されるとは言い難い。そこで今回、学生によってAD患者へ指圧治療を施した場合でも治療効果が期待できるかを検証するため、教員の指導の下、AD患者1名に対して指圧療法を行った。

 27回の治療の中で、術前VAS値に上昇がみられる時期があり、第12回、第21回、第27回が顕著である。これは、環境因子によるものと思われる。第12回は、第11回の治療から治療間隔が約1カ月空いていること、夏の最も暑い時期であることが関係していると思われる。本症例は、毎年夏の時期に症状が最も悪化するとのことであったが、それでも術後VAS値が低下し、掻痒感が軽減している。

 第21回では、前日に転倒して痛めた右小趾が外傷によるストレスとなって影響していたことも原因と考えることができる。また、第27回でも術前VAS値が高値を示しているが、国家試験受験を間近に控えたストレスによることが考えられる。しかし、いずれも術後VAS値が低下していることから、環境要因等により症状が悪化した時期においても指圧治療によって症状が改善されたと考えることができる。

 黒澤ら5)は、腹部への指圧刺激が消化管蠕動を亢進させることを報告しており、また横田ら6)は、前頚部への指圧刺激が瞳孔直径を縮小させることを報告している。いずれも、指圧刺激が交感神経の抑制、副交感神経の亢進に働くことを示唆するものであると考えられる。そのような点を踏まえると、指圧療法を行うことで自律神経系の活動が調和され、その結果、ADの症状が改善したと考えることができる。

 今回、学生による指圧治療でもAD患者の掻痒や皮膚症状を改善できたことから、指圧療法がAD患者の症状改善に貢献できる可能性があると考える。

V.まとめ

  1. AD患者に指圧療法を行い、1年間の経過観察をした結果、術後VAS値の改善と皮膚症状の改善がみられた。
  2. 特殊な技術や経験を有する指圧師でなくても指圧療法によりADの症状を改善できたことから、指圧療法がADの症状をコントロールできる可能性がある。

VI.文献

1) 金子泰隆:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療, 日本指圧学会誌(1), p.2-5, 2012
2) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版, 国際医学出版, 東京, 2008
3) 標準皮膚科学 第8版, 医学書院, 2007
4) 佐藤健二ら:アトピー性皮膚炎とステロイド依存性皮膚症, 正しい治療と薬の情報.Vol.9, No.4, 1994
5) 黒澤一弘他:腹部指圧刺激による胃電図の変化, 東洋療法学校協会学会誌(31), p.55-58, 2007
6) 横田真弥他:前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌(35), p.77-80, 2011


【要旨】

アトピー性皮膚炎の指圧治療

千葉優一、金子泰隆

 アトピー性皮膚炎の掻痒と皮膚症状に対して指圧療法が効果を発揮した報告があったが、特別な技術と経験を持つ指圧師でなければできない治療であれば、指圧療法によってADの症状が改善されるとは言えない。そこで今回、キャリアの浅い施術者がAD患者へ指圧治療を施した場合でも治療効果が期待できるかを検証するために、AD患者1症例に対し指圧療法を試みた。その結果、掻痒および皮膚症状の改善がみられた。この結果から、自律神経に働きかけることができる指圧療法がADの症状に対して効果を発揮する可能性が示唆された。

キーワード:アトピー性皮膚炎,指圧療法,自律神経



アトピー性皮膚炎の指圧治療:金子泰隆

金子 泰隆
MTA指圧治療院
院長
日本指圧専門学校教員

Shiatsu therapy for atopic dermatitis: a case report

Yasutaka Kaneko

Abstract : In terms of treatment for atopic dermatitis, symptomatic therapies are mainly provided for the patients. Aiming at relief of symptoms and quality-of-life improvement, Shiatsu therapy was practiced. As a result, improvements in Visual Analog Scale and changes in eczema lesion and accompanying symptoms were observed after seven sessions of Shiatsu therapy. Eczema lesion and pruritus are the most problematic symptoms of atopic dermatitits, and such symptoms tend to be reduced by maintaining general health. Effects of Shiatsu on autonomic nerve system and muscle hardness have also been reported. Therefore, it is suggested that Shiatsu therapy is potentially capable of relieving symptoms of atopic dermatitis.


Ⅰ.はじめに

 アトピー性皮膚炎は、増悪・寛解を繰り返す、瘙痒のある湿疹を主病変とする疾患であり、患者の多くはアトピー素因を持つと定義されている。アトピー性皮膚炎は遺伝的素因も含んだ多病因性の疾患であり、疾患そのものを完治させうる薬物療法はないと言われている。よって対症療法を行うことが原則となるのであるが、薬物療法の効果にも個人差があり、ステロイド外用剤については副作用の報告も存在している。そのため、より副作用等の少ない治療法を確立することが患者のQOLの向上の手助けになると考える。そこで今回、指圧療法を行うことで症状の軽減、あるいは薬物の効きが良くなった症例を報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:

 学校法人浪越学園 日本指圧専門学校 臨床実習室

期間:

 2012年1月20日〜2012年3月9日

施術対象:

 20歳女性

治療方法:

 仰臥位における頚部操作および横臥位を除く浪越式基本指圧

Ⅲ.結 果

[症 例]

 20歳女性

[初 診]

 2012年1月20日

[現病歴]

 小学校6年生頃から症状が悪化しはじめたため、皮膚科を受診し、薬物療法により経過を観察していた。複数の皮膚科を受診し、薬を変えながら経過を観察していたが、専門学校入学時から症状が悪化しはじめた。現在は、アタラックスPドライシロップを2日に1包服用しながら、症状出現時にネリゾナ軟膏を使用し、症状をコントロールしている。

[既往歴]

 スギ、ヒノキ、ハウスダスト、ラテックスのアレルギー。

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[自覚所見]

  • 瘙痒感:ほぼ全身に感じているが、背部および前胸部、上腕部の瘙痒感が著しい。
  • 便秘症:数年前までは1〜2週間に1回、最近は3日に1回程度である。
  • 睡眠障害:掻痒のため、寝つきが悪く、寝ても途中で起きてしまう。

[診察所見]

  • 湿疹病変:ほぼ全身にみられる。特に背部と上腕部に顕著な病変がみられる。
  • 掻破痕:肘窩部、頚部、背部等、全身にみられる。

[治療経過]

第1回(2012年1月20日)

  • 背部および上腕部に掻痒を感じていたが、術後に掻痒を感じなくなった。
  • 正常な皮膚の部分と病変部の境界が明瞭になる。
  • 体の温かさを感じる。

第2回(2012年1月27日)

  • 第1回目の施術日の夜は眠れなかったが、2日目以降ぐっすり眠れる日が数日あった。
  • 自覚として肌がスベスベしているような感じがする。
  • 前日は久しぶりに瘙痒感を感じた。
  • 背部の瘙痒感が強かったが、術後は瘙痒感を感じなくなった。

第3回(2012年2月3日)

  • 抗ヒスタミン薬の効きが良くなっている。以前は朝・夕に服用していたが、最近は服用を忘れるほどである。
  • 瘙痒感が軽くなってきた。
  • 術後は瘙痒感を全く感じない。
  • 皮膚につやが出てきた。

第4回(2012年2月10日)

  • ストレスがかかることがあり、イライラ感のため掻破行動が起こった。掻破行動をとると気持ちが落ち着く。
  • 新しい掻破痕がみられる。
  • 術後の瘙痒感はない。

第5回(2012年2月24日)

  • 瘙痒感は、前回ほどは感じていない。
  • 術後に瘙痒感はなくなった。

第6回(2012年3月2日)

  • 夜に目が覚めることがなくなった。
  • 全体がかゆいことがなくなった。
  • 掻破痕の治りが良くなった。
  • 痂皮ができるのが早くなった。

第7回(2012年3月9日)

  • ぐっすり眠れるようになった。
  • 肌がきれいになってきた。
  • 薬を飲むのを忘れるようになった。
  • 腹痛がなくなった。

7回の治療におけるVAS値の変化

7回の治療におけるVAS値の変化

皮膚症状の変化

図1. 1月20日背部

図1. 1月20日背部
皮膚の色素沈着が著しく正常な皮膚のエリアが狭い。

図2. 3月9日背部

図2. 3月9日背部
色素沈着が改善され肌色のエリアが広がってきている。

Ⅳ.考 察

 アトピー性皮膚炎患者の愁訴において、最も重要なものは掻痒と湿疹病変である。アトピー性皮膚炎の掻痒は、他のアレルギー疾患と違い睡眠障害を伴うことが報告されており1)、患者のQOLを著しく低下させる要因であるのは間違いない。従って、掻痒をコントロールすることがアトピー性皮膚炎治療での最重要課題になると考える。しかしながら、掻痒は患者の自覚症状であるため、その評価を可視化することが困難である。そのため、客観性に乏しい面はあるが、その一つの評価としてVASを用いた。 今回、VASを用い患者の自覚的な掻痒の変化を追いかける中で、術後の掻痒は毎回0を示し、回を追うごとに術前のVAS値も低下していることから、掻痒に対する直後効果と継続効果の両方を期待できる可能性が示唆される。

 また、湿疹病変と掻破行動により、皮膚のバリアー機能が低下することもアトピー性皮膚炎の症状を悪化させる一つの重要な因子である。そのため、皮膚の状態を正常に近づけていくことが、湿疹病変と掻痒→掻破行動→皮膚のバリアー機能の低下→新たな湿疹病変と掻痒といった悪循環を断ち切ることに繋がると考える。今回、皮膚症状の変化を写真にて追いかけた(図1、図2)。色素沈着のエリアの狭小化、湿疹病変部の変化等がみられたため、患者の自覚症状の変化と併せて皮膚の状態が改善していることが示唆される。

 掻痒と湿疹病変の改善に指圧療法が効果を発揮する可能性があることは確認できたが、その作用機序については不明な点も多い。それは、圧刺激が自然刺激であるため、その定量化が困難であることや術者の感覚に相違がある点などが挙げられる。

 しかしながら、蒲原ら2)が、腹部の指圧刺激が交感神経活動抑制に働き筋血液量の増大がなされたこと、ならびに、浅井ら3)が、腰背部の指圧刺激によっても交感神経活動抑制による筋血流増大がおこることを報告していることから、指圧療法が交感神経活動を抑制し、相対的に自律神経活動が調和され、その結果として症状が軽減したと考えることができる。また、横田ら4)は、前頚部の指圧刺激により縮瞳反応がみられたことを報告しており、指圧刺激が副交感神経を亢進させる可能性も示している。 いずれにせよ、指圧刺激が部位ごとにその反応を異にすることは考えられるが、自律神経系に影響を与えていることが考えられる。そのため、指圧刺激を全身に加える指圧療法においても、自律神経系を調整することによりその効果が発揮されていることが考えられる。

Ⅴ.結 語

 指圧療法はアトピー性皮膚炎の重要な愁訴である掻痒と湿疹病変に対して効果を発揮する可能性がある。

Ⅵ.参考文献

1) 江畑俊哉:アトピー性皮膚炎の痒みについて, アレルギー科 , 13(5); pp.405-411, 2002
2) 蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果, 東洋療法学校協会学会誌, (24); pp.51-56, 2002
3) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果, 東洋療法学校協会学会誌, (25); pp.125-129, 2001
4) 横田真弥 他:前頚部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌 , (35); pp.77-80, 2011


【要旨】

アトピー性皮膚炎の指圧治療
金子 泰隆

 対症療法が中心となるアトピー性皮膚炎に対して、症状の軽減およびQOL向上を目的として指圧療法を行った。その結果、7回の施術でVASの改善、湿疹病変の変化、随伴症状の変化等がみられた。アトピー性皮膚炎の症状で最も問題となる湿疹病変と掻痒は全身状態を良好に保つことで軽減される傾向がある。そのため、自律神経系や筋硬度に影響を与える指圧療法を用いることでアトピー性皮膚炎の症状を軽減できる可能性がある。

キーワード:アトピー性皮膚炎、指圧、掻痒、自律神経、バリアー機能、色素沈着