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乳腺炎に対する指圧治療 :宮下雅俊

宮下 雅俊
てのひら指圧治療院
院長

Shiatsu treatment for mastitis: a case report

Masatoshi Miyashita

Abstract : From June 29 to July 1, 2011, two sessions of Shiatsu treatment were conducted for a patient of stagnation mastitis. Shiatsu was practiced on her papillae, areolae, and outer rims of papillae, and consequently the patency was acquired. This case suggested the effectiveness of Shiatsu treatment for stagnation mastitis.


Ⅰ. はじめに

 乳腺炎とは乳腺の炎症性疾患をいう。急性型と慢性型があり、急性乳腺炎はほとんどが授乳期、ことに産褥期にみられる。

 うっ滞性乳腺炎は産褥期に発症することが多い。これは乳汁の排出障害に原因するもので、必ずしも起炎菌の感染がない。局所の疼痛、腫脹はあるが治療は保存療法でよい。急性化膿性乳腺炎は細菌の感染があって、発熱、悪寒を伴う。乳房の発熱、疼痛、腫脹は、はじめびまん性であるが、次第に限局して膿瘍を形成する。治療は抗生物質の投与と膿瘍に対しては切開排膿が必要である。1)

 2008年、私の娘が先天性食道閉鎖症のC型で産まれてきた。産後、妻は母乳を搾乳して、鼻からまたは、胃ろうからの経管栄養で、娘に母乳を与えていた。妻の乳房からの搾乳の苦労を少しでも和らげようと、私は母乳の排出が向上するように、平島利文氏の乳腺炎に対する指圧の臨床例を参考にして、乳房への指圧施術と搾乳の指導を行った経験があった。その際、正常な乳房からの乳汁の排出の状態を確認していた事と、指圧施術により乳房からの乳汁の排出が向上する効果があった事を確認した。今回、乳汁の排出障害からくる、乳房の腫脹、疼痛を訴える産褥期の女性患者から、乳房への指圧施術の依頼があり、妻のときと同様に指圧を施術する事によって、乳房の腫脹、疼痛が軽減した事を確認できたので、その症例報告を行う。

Ⅱ. 対象及び方法

場所:

 世田谷区在住患者宅

日時:

 2011年6月29日〜2011年7月1日

施術対象:

 41歳(女)
  身長 148cm 体重 48.6kg
  妊娠前の平均体重 43キロ
  出産前日の体重  56.8キロ

初診:

 2011年5月17日

現病歴:

 2011年5月12日陣痛が始まり、普通分娩の出産予定が、胎児が産道を通過できる程、子宮口が広がらず、急きょ帝王切開での緊急手術により2980グラムの男子を出産した。

方法:

 乳房に対しては以下三つの手指操作法を基本的に用いて施術にあたった。

① 二指圧<母指—示指対立圧>:以下二指操作と呼ぶ。母指の指紋部と、同じ手の示指の指紋部を向かい合わせ、挟むようにして両指でおす。2)

※ 普及版 完全図解指圧療法 浪越 徹著の中では二指圧の治療部位は手、足の指先と記述されているが、今回は乳頭、乳輪部、乳輪部外縁の施術を二指操作によって行った。

② 掌圧:手掌全体で押す操作と、母指球、小指球、手根部の各部でおす操作がある。
 片手掌圧:5本の手指を全部そろえてぴたりとつけ、手掌全体で押す、片手だけの掌圧。2)

③ 三指圧:同じ手の示指、中指、薬指をぴたりと合わせて、この三指の指紋部で押す。触診や一部の自己指圧操作に用いる。2)

Ⅲ. 結果

<初 診:下肢浮腫に対する治療依頼>

[日 時]

 2011年5月17日

[既往歴]

 特記すべき事項なし

[家族歴]

 特記すべき事項なし

 帝王切開術後の下肢浮腫抑制のため、弾性ストッキングを着用するが下肢浮腫がひどく、出産した病院内にて2011年5月17日、横臥位にて全身の指圧治療を施した。

 退院後、下肢浮腫に対する治療依頼があり、患者宅にて横臥位による全身指圧を施した。その際、尾骨、仙骨周辺の感覚鈍麻、しびれ感を訴えるので、医療機関での受診を勧める。

 後日、医療機関での診察の結果、座骨神経痛ではない。との診断を受けたが、腰痛、尾骨、仙骨周辺の感覚鈍麻、しびれ感の改善のための指圧による治療の依頼があった。

<第1回乳房への指圧治療 >

[日 時]

 2011年6月29日

[既往歴]

 特記すべき事項なし

[家族歴]

 特記すべき事項なし

[自覚症状]

 全身倦怠感、寝不足、尾骨・仙骨周辺の感覚麻痺、仰臥位で尾骨が床面にあたり痛み有り、帝王切開の術後による下腹部傷口周囲部の痛み、左乳房の腫脹、疼痛あり。

[視診]

  • 患者の正面からの視診:左右乳房の膨らみに大きな差を確認した。(左乳房>右乳房)
  • 患者を横側から視診:脊柱S字湾曲の腰椎の湾曲が強く現れている事を確認した。

[問診]

 視診により乳房の左右差が大きいため、乳房についてと母乳の出方について問診をした。

 左乳房は1週間前から痛みが出始め、母乳の出が悪いせいか乳児も左乳房から哺乳したがらず、右乳房からの哺乳がほとんどである事がわかった。

 次第に、左乳房の腫脹と疼痛が強くなるが、本人が出産した医療機関のおっぱい外来での対応は、出産1ヶ月後までは対応しているが、それ以降の乳房のトラブルには対応していないという事で、乳房のトラブルに対応してくれる医療機関を探していたが見つからず、指圧でも治療が可能でしょうか?と相談を受ける。

 右の母乳は出ているので、左の乳房の指圧治療の依頼を受ける。悪寒、発熱はないとの事で、細菌感染からの乳腺炎ではなくうっ帯性の乳腺炎の可能性があると判断した。

 腰痛、尾骨・仙骨周辺に対する問診をした。横向きに寝ているとき以外は、長時間同じ姿勢をしていると痛みがある。歩行の移動、寝返りなどの移動時には帝王切開術後の傷跡に響くような痛みがある。尾骨は、仰向けに寝ると、床面にあたり痛みがある。仙骨周辺は仙骨の中心部は感覚があまりなく、その周りは痺れている感覚がある。

[診察所見]

  • 患者の正面からの視診:左右乳房の膨らみに大きな差がみられる。(左乳房>右乳房)
  • 腹臥位での両下肢の内果での下肢長差の検査
    – 左下肢に比べ右下肢が短い。
    – 仰臥位での腰椎の前湾部分に軽い握りこぶし一つ分の隙間、腰椎の過前屈がみられる。

 最初の主訴である、腰痛、尾骨・仙骨部の感覚鈍麻、しびれ感に対して横臥位での全身指圧と仰臥位(仰臥位では尾骨が床面にあたり痛みが出るため、立て膝の姿勢でクッションを膝下にいれての施術)での腹部、前頸部に対する指圧治療を行い左乳房への治療を始めた。

<乳房の腫脹、疼痛に対する指圧>

 胸部の下着を外し視診、左乳房全体の腫脹を確認した。片手掌圧、三指圧で左乳房を触診し、熱、肌の状態、固い部分、痛みのある部分、圧痛のある部分の状態を確認した。触診により、左乳房全体の腫脹、鎖骨外方から5cm下方に大きな硬結を確認した。

 次に実際に乳汁が出ている乳口を確認するために、乳輪部、乳輪部外縁の二指操作を行う。指圧施術の振動による痛みの誘発を防ぐため、左手は掌で乳房を支え、右手は母指と示指による二指操作による乳輪部・乳輪部外縁から乳管洞をイメージして水平押圧を行う。乳汁が出てくる乳口が1つ。他に開通している乳口を確認するために、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作を行う。乳汁が出てくる乳口が1箇所であるため、開通している乳口は1箇所であることを確認した。

 二指操作で開通している乳口を確認後、蒸しタオルで軽く乳房を温めてから乳房に対する施術を開始した。乳房の腫脹が強く、腫脹による痛みの開放のため、開通している乳口より搾乳し、乳房の内圧を下げる。手指操作は、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作を繰り返し行う。

 乳房内圧が減圧してきたのを掌圧で確認できたら、他の乳口の再開通のための施術を行う。乳頭部への二指操作による水平押圧操作を縦、横と繰り返し行いながら、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作も合わせて繰り返し行う。

 最初、乳口が開通しているのは1箇所のみだったが、5箇所の乳口から乳汁が出ているのを確認ができたので、乳房内にある古い乳汁の搾乳を行い、乳房の腫脹の軽減を触診で判断し、本人から乳房の疼痛の軽減を確認したのち、授乳後の乳房に余っている乳汁の搾乳の指導を行って治療を完了した。

<第2回乳房への指圧治療 >

[日 時]

2011年7月1日

 前回の治療により左の乳房からの授乳はよくなったが、右乳房の乳汁の出がよくない事に患者本人が気付き、右乳房の乳口再開通の施術依頼を受けた。

 右乳房の触診で右乳房の腫脹を確認した。開通している乳口を確認すると、3箇所であったので、今回は乳房内圧の減圧は行わず、乳口再開通の以下の治療操作をはじめから行う。

 乳頭部への二指操作による水平押圧操作を縦、横と繰り返し行いながら、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作も合わせて繰り返し行う。

 乳汁が出てくる乳口を6箇所確認できたので、乳房内にある古い乳汁の搾乳を行い、乳房の腫脹の軽減を触診で判断し、本人から乳房の疼痛の軽減を確認したのち、再度授乳後の搾乳指導を行い、横臥位での全身指圧を行って治療を完了した。

Ⅳ. 考察

 乳房に対しての指圧施術により、乳汁を排出する開通している乳口の数が増えたことを確認できた。また乳房の腫脹、疼痛が軽減した。

 乳腺炎は乳汁の排出障害を原因とするものである。乳腺は結合組織束の乳房提靭帯により10数個の乳腺葉に分けられる。それぞれの腺葉からは1本の乳管が乳管洞を経て乳頭に開口する3)。今回の症例では、指圧施術前に確認した乳汁が排出できている開通している乳口は、左乳房で1箇所、右乳房で3箇所であった。指圧施術後、乳汁を排出している乳口は、左乳房で5箇所、右乳房で6箇所。開通した乳口から指圧施術により搾乳した事で、乳房の腫脹、疼痛が軽減した事から、開通していない乳口の乳管洞、乳管に乳汁の貯留が多く、乳房内の内圧が高まり乳房の腫脹、疼痛を起こしていたと考えられる。

 乳頭への吸引刺激によって下垂体後葉から血中にオキシトシンが放出される4)事は知られているが、今回とくに乳頭部、乳輪部の指圧を繰り返す事で、乳汁が排出される乳口が開口されたことを確認できた。

 この事から指圧刺激により射乳反射に作用させ、オキシトシンの分泌を促進して、乳腺平滑筋を収縮し、乳汁を排出していた可能性が考えられる。

 しかしながら、射乳反射だけで乳汁の排出障害が改善されるならば、そもそも乳児が哺乳を行うだけで改善されていると考えられるが、実際には産褥期の授乳中の女性患者に、乳汁の排出障害が起きていて、指圧施術において乳汁の排出が促進されているところをみると、指圧による射乳反射のみならず、乳房に対する指圧の圧反射や、二指操作の対立圧による、乳管、乳管洞に貯留している乳汁に対する物理的作用などの、相互作用による効果であると言える。

 また、吉田ら5)が乳児の授乳拒否が乳房のトラブルの予知になると考えられると報告されている通り、今回のケースでも、乳児が2、3日前から左乳房の授乳拒否をしていて、腫脹が強く現れたと患者より報告があった。しかし、1回目の左乳房への指圧施術の翌日からは、乳児が左乳房からの授乳に満足している表情を見せていたと患者より報告をうけた。この事からも、乳房の排出障害は回復したことを証明できると考えられる。

 坪井ら6)の報告によれば、乳腺炎(急性化膿性乳腺炎)の86%は黄色・白色ブドウ球菌であり、極めて容易に短時間に広範囲に炎症が進行し、その原因の因子として、①授乳に際し、細菌感染の入口となるべき外傷が加わり易い。②乳汁が細菌増殖の培地になり得る。③疼痛と乳汁うっ滞の悪循環が容易に形成される事などをあげており、乳汁の鬱滞を防ぐために物理的処置を併用して保存的に炎症を早く消退さすべきである。と述べている。

 常在菌である黄色ブドウ球菌の細菌感染で、乳汁が培地になりえるならば、乳汁の排出障害のうっ滞性乳腺炎から、細菌感染の急性化膿性乳腺炎に移行するのは時間の問題であり、産褥期の女性であるならば誰にでも起こりえる可能性がある症状と言えるだろう。うっ滞性乳腺炎から病状が進行する事で、抗生物質の投与、乳房の切開などの外科的処置により、乳児への授乳の中断や、術後の乳房の瘢痕、心的肉体的苦痛など、母子ともにQOLの低下は避けられない。

 今回の症例のケースは指圧療法を施術する事で、腫脹、疼痛を軽減し、その後症状が悪化する事なく、回復に向かった事からも、早期の指圧療法がうっ滞性乳腺炎に効果があると言える。また、指圧を通して産褥期の女性や乳児のQOLに対しても貢献できる可能性があると考えられる。

Ⅴ. 結論

 今回の症例報告を通じ、指圧療法により、乳汁の排出できる乳口が増えた事で、乳房の腫脹、疼痛が減少した。このことから指圧療法が、うっ帯性乳腺炎に対して効果を上げる事が確認できた。

Ⅵ.参考文献

1) 南山堂医学大辞典 豪華版 第19版, p.1564, 南山堂,東京, 2006
2) 浪越 徹著:普及版 完全図解指圧療法, pp.53-57,日貿出版社,東京, 1992
3) 岸 清・石塚 寛 編:解剖学 第2版, p.264,医歯薬出版株式会社,東京, 2008
4) 佐藤優子・佐藤昭夫:生理学, p110, 医歯薬出版株式会社,東京, 2003
5) 吉田倫子 他:乳児が示す授乳拒否と乳房トラブルとの関係, 秋田大学大学院医学系研究科保健学専攻紀要18(1); pp.33-39, 2010
6) 坪井重雄 他:急性乳腺炎治療の統計的観察, 東京女子医科大学雑誌,35(3); pp.252-256, 1965


【要旨】

乳腺炎に対する指圧治療
宮下 雅俊

 2011年6月29日〜2011年7月1日の期間2回にわたりうっ滞性乳腺炎の患者二指圧による乳頭部、乳輪部、乳輪部外縁の指圧施術を行った。その結果、乳口の開通が認められた。指圧療法がうっ滞性乳腺炎に治療効果を発揮することが示唆される。

キーワード:乳腺炎、乳腺、指圧、産褥期