大木 慎平
ねこのて指圧 代表
Measurement of the Psychological Influence of Full Body Shiatsu Therapy: a Case Report
Shinpei Oki
Abstract : With the aim of reducing psychological stress, a female patient in her twenties had three sessions of full body shiatsu therapy between 5/24/2015 and 6/7/2015. The psychological influence of the full body shiatsu therapy was measured using the Profile of Mood States (POMS). After the course of the full body shiatsu therapy, all the T-scores of the six factors improved. This suggests that the full body shiatsu therapy has a stress-relief effect, and further studies are required to verify this.
Keywords: shiatsu, stress, POMS
I.はじめに
現代社会はストレス社会ともいわれるように、多くの人が精神的ストレスにさらされながら生活している1)。我が国においては、ストレスケアを目的として代替医療が用いられるケースも多く、あん摩、マッサージ、指圧などの手技療法もその選択肢に含まれる。
ストレス緩和を目的とした手技療法の研究は多数行われており2〜5)、有用な効果を得ていることを確認出来る。ストレスに対する指圧治療の研究も行われてはいる6)が、施術者が患者に対して行う一般的な指圧治療の効果に関しては、検討が十分になされているとは言い難い。そこで今回、精神的ストレスを感情・気分尺度の面から評価し、全身指圧がストレス緩和に効果をあらわした症例を得られたので、将来的な調査に先駆け報告する。
Ⅱ.対象および方法
対象
20代女性、事務職
期間
2015年5月24日~6月7日 (計3回)
場所
患者自宅
治療方法
横臥位に始まる浪越式全身指圧操作法
評価方法
心理的影響の評価として各治療日の施術開始直前と、施術終了直後に日本語版POMSTM(金子書房)を実施した。POMSはMcNairらにより米国で開発された気分プロフィール検査で、気分の状態に関する65の質問項目に回答することで、緊張-不安(Tension-Anxiety)、抑うつ(Depression)、怒り-敵意(Anger-Hostility)、活気(Vigor)、疲労(Fatigue)、混乱(Confusion)の6つの因子を同時に測定することが可能である7)。今回得られたPOMSの結果は、粗得点をT得点に換算し集計した。POMSは健康成人男女を対象に大規模な集団で実施され、標準化されており、年齢、性別ごとの平均値、標準偏差からT得点が算出される。T得点は50+10×(粗得点-平均点)/ 標準偏差で算出され、粗得点が平均であればT得点は50になる。T得点が低いほど、緊張-不安、抑うつ、怒り-敵意、活気、疲労、混乱の状態が低いことが示される。つまり、活気についてはT得点が高いほど良い状態を示すということになる7)。
患者に対しては、POMSの趣旨と計測方法を十分に説明し、研究への協力に同意を得た。
Ⅲ.結果
[現病歴]
2015年4月に部署の異動があり、まだ新しい職場や仕事に馴染めず、日々強いストレスを感じている。仕事はほぼVDT(Visual Display Terminals)作業で、1日7時間以上PC入力作業を行っている。
[既往歴]
鼡径ヘルニア(2013年に手術済み)
[家族歴]
特記すべき事項なし
[自覚所見]
- 睡眠障害
精神をリラックスできずに、寝つきが悪い日がある。寝ようと意識すればするほど眠れなくなる。 - 頸、肩こり、腰痛
慢性的に頸、肩はこり固まった感じがする。同じ姿勢をとり続けることが多いためか、腰を反らすとぎしぎしと痛む。
[診察所見]
- 視診
顔色は血色悪く、クマも見られる。顎周囲に多数のニキビを確認した。姿勢はforward head postureで腰椎後弯の増強がみられる。 - 触診
頸部…前・中斜角筋、頭板状筋、小・大後頭直筋、頭半棘筋に硬結を確認。下位頸椎のアライメント不整もみられる。
肩背腰部…僧帽筋上部線維、肩甲挙筋、腰方形筋に硬結を確認。
腹部…下腹部に力がなく、下行結腸部(臍左部)に硬結を確認。
[治療第1回(2015年5月24日)]
- 背部のこわばりが緩和された。
- 施術直後は全身の力が抜けた感じがして、少し眠気がある。
[治療第2回(2015年5月30日)]
- 前回施術後の夜はよく眠れ、翌朝も起床時の身体の重だるさを感じなかった。
- 普段より頸、肩のこりは軽度な気がする。
[治療第3回(2015年6月7日)]
- 施術後しばらくはよく眠れる。起床時も比較的すっきりとしている。
- 頸、肩のこりは感じるが、ひどくはない。腰もややこわばった感じがあるが、痛むほどではない。
- 自覚としてもストレスの軽減を感じる。
全3回の治療前後で計測したPOMSのT得点を示す(表1)。5月24日の不安、5月30日の活気の項目を除き、いずれの項目も治療直後は数値の改善を示し、治療回数を重ねるごとに概ね改善の傾向を示した(図1)。
Ⅳ.考察
今回の患者に対しては、全3回の治療を経て6項目の全てで改善が確認された。蒲原らは腹部の指圧、浅井らは腰背部の指圧により交感神経活動が抑制される可能性を示している8〜9)。また、横田、渡辺、田高らはそれぞれ前頸部、下腿、仙骨部、頭部の指圧で縮瞳反応が生じることを報告しており、交感神経活動の抑制、もしくは副交感神経活動の亢進が生じる可能性が示されている10〜12)。今回患者に対し行ったのは全身指圧であり、前述の部位に対しては網羅的に指圧刺激が施されているため、同様の作用で交感神経活動の抑制、ならびに副交感神経活動の亢進が生じることにより、リラクゼーション効果が得られた可能性がある。また、加藤は拘束ストレスラットに対する鍼通電刺激により、脳各部位のドーパミンやセロトニンなどのモノアミン分泌が正常化に向かうことを報告しており13)、指圧刺激でも同様の機序が生じる可能性が考えられる。
今回のような一症例だけでは、ストレスに対する指圧の効果を論じるには不十分である。ストレス緩和の手段としての指圧の有効性を検証するためにも、統計学的手法に基づいた調査が求められるため、今後の研究課題としたい。
Ⅴ.結論
全3回の全身指圧治療で、POMSの6項目全てで改善がみられた。
参考文献
1) 内閣府HP:平成20年度版国民生活白書,2008
2) Kober, A., Scheck,T.他:Auricular acupressure as a treatment for anxiety in prehospital transport setting,Anesthesiology 98,p.1328-1332,2003
3) 佐藤都也子:健康な成人女性におけるハンドマッサージの自律神経活動および気分への影響,山梨大学看護学会誌 4(2),p.25-32,2006
4) 藤田佳子:背部マッサージによる成人男性の身体的・心理的影響,宇部フロンティア大学看護学ジャーナル 4(1),p.37-43,2011
5) 坂井桂子 他:健康な女性に対するタクティールケアの生理的・心理的効果,日本看護研究学会雑誌 35(1),p.145-152,2012
6) 本田泰弘 他:セルフ経絡指圧が気分に及ぼす急性効果とそのユーザビリティーに関する研究,健康支援 15(1),p.49-54,2013
7) 横山和仁:日本語版POMS手引,1-7,金子書房,東京,1994
8) 蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌 (24),p.51-56,2002
9) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌 (25),p.125-129,2001
10) 横田真弥 他:前頚部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 (35),p.77-80,2011
11) 渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 (36),p.15-19,2012
12) 田高隼 他:頭部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 (37),p.154-158,2013
13) 加藤麦:拘束ストレスラットへの鍼通電刺激の脳内モノアミンに及ぼす影響,明治鍼灸医学 (27),p.27-45,2000
【要旨】
全身指圧による心理的影響を測定した一例
大木 慎平
本症例では、20代女性に2015年5月24日~6月7日にかけて心理的ストレス改善を目的として計3回の全身指圧を施し、それによる心理的影響をPOMS(Profile of Mood States)を指標として計測した。施術の結果、POMSにおける6項目すべてのT得点に改善がみられた。以上のことから、ストレス緩和に対する全身指圧の有効性を検証するのは意義のあるものと推測する。
キーワード:指圧、ストレス、POMS