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五十肩に対する指圧治療:宮下雅俊

宮下雅俊
てのひら指圧治療院 院長

Shiatsu Therapy for Frozen Shoulder

Masatoshi Miyashita

 

Abstract : With a view to relieving pain around the left shoulder joint and improving range of the left shoulder motion, a sixty year old female patient with frozen shoulder was treated by shiatsu. The treatment of twelve sessions resulted in removing the pain and improving the range of the joint motion. As for the range of motion, the difference between the left and right shoulders was eliminated. Increasing muscle flexibility by shiatsu therapy may have potential to ease pain and to improve range of joint motion.


I.はじめに

 五十肩は肩関節周囲炎と呼ばれる疾患の一つである。整形外科での五十肩を含めた肩関節周囲炎の治療のガイドラインによると、急性期と慢性期では治療方針が異なり、急性期では疼痛緩和の為の貼付剤や消炎鎮痛剤、筋弛緩剤などの薬が処方される。慢性期ではマイクロウェーブやホットマグナーといった温熱療法やコッドマン体操などの運動療法が取り入れられている。

 今回、整形外科医による五十肩の診断を受けた患者に対して指圧治療を行い、関節可動域の改善がみられた症例を報告する。

Ⅱ.対象および方法

場 所: 都内患者宅
期 間: 2012年11月16日〜2013年9月13日の合計12回の指圧施術
施術対象:60歳女性
家族歴: 特筆事項無し
既往歴: 卵巣嚢腫
現病歴: 2011年11月頃より左肩周辺に痛みが出はじめるものの、そのうち良くなるとの判断により約1年間放置していた。しかし疼痛が増大し、関節可動域の制限が強くなった。 2012年10月、整形外科にてX線の画像診断による石灰の沈着などが診られない等の理由から五十肩との診断を受ける。薬(ノイロトロピン)の処方と理学療法室での治療を進められたが、事情により毎日の通院が難しいため往診による指圧治療を受けることとなった。

[検査所見]

  • ヤーガーソンテスト陰性
  • スピードテスト陰性
  • ペインフルアークサイン陰性
  • アップレイスクラッチテスト陽性
  • ダウバーン兆候陰性
  • ドロップアームサイン陰性
  • 棘上筋、三角筋後部線維に圧痛有り
  • 左上肢前方挙上に関節可動域制限と運動痛有り

[診察所見]

  •  軽度円背を認める。
  • 伏臥位では左下肢が右下肢に比べ短い。 (内果を基準)
  • 腰椎の前弯が強く現れている。

[治療方針]

 検査所見から棘上筋、三角筋を中心に肩関節の周辺を重点的に行う指圧1)と、全身の指圧施術を行う。

 

III.結果

 左肩関節周囲の疼痛が改善してからは、三角筋後部線維を中心に肩関節の周辺を重点的に行う指圧と、胸椎の可動域を広げる目的で背部脊柱起立筋の両側に対する押圧法による衝圧法2)と全身の指圧施術を行った。

第1回 2012年11月16日

  • 棘上筋、三角筋を中心に肩関節周囲の指圧施術と全身に対する指圧操作を行う。
  • 棘上筋、三角筋、上腕三頭筋に押圧操作を施しながらの、肩関節挙上、外転の他動運動による運動操作を行う。
  • 左上肢前方挙上の関節可動域の改善が見られた。
    (図1と図2の指圧治療の施術前、施術後の比較)

第2回 2012年12月7日 

  • 棘上筋、三角筋を中心に肩関節周囲の指圧施術と全身に対する指圧操作を行う。
  • 棘上筋、三角筋、上腕三頭筋に押圧操作を施しながらの、肩関節挙上、外転の他動運動の運動操作を行う。
  • 自覚症状として前回の施術時に比べ、棘上筋よりも、三角筋後部線維の運動痛と圧痛が強く感じられる。

第3回 2012年12月21日

  • 指圧施術前に、健側の右肩関節の可動域が前回よりも低下していることを画像で確認した。
  • 三角筋後部線維、前鋸筋を中心に肩関節周囲の指圧施術と全身に対する指圧操作を行う。
  • 腹臥位にて、背部脊柱両側に衝圧法を行う。
  • 三角筋後部線維、上腕三頭筋に押圧操作を施しながらの、肩関節挙上、外転の他動運動の運動操作を行う。
  • 左肩関節周囲の疼痛は改善したが、運動痛、圧痛は残っており、初回施術後の様な顕著な他覚的な変化がないため、施術期間を2週間に一度の治療ペースから、ひと月に一度の治療ペースに移行した。

第4回 2013年1月25日

  • 前回と同様の施術内容。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。

第5回 2013年2月15日

  • 前回同様の施術内容。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。 第6回 

2013年3月15日

  • 前回同様の施術内容。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。 第7回 

2013年4月12日

  • 前回同様の施術内容。
  • 三角筋後部線維の圧痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。

第8回 2013年5月10日

  • 前回同様の施術内容。
  • 三角筋後部線維の圧痛、運動痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぎ、上肢前方挙上に左右差の減少。

第9回 2013年6月14日

  • 前回同様の施術内容。
  • 三角筋後部線維の圧痛、運動痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぎ、上肢前方挙上に左右差の減少。

第10回 2013年7月12日

  • 前回同様の施術内容
  • 三角筋後部線維の圧痛、運動痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぎ、上肢前方挙上に左右差が前回に比べ更に減少。

第11回 2013年8月9日

  • 左右肩関節前方挙上の左右差がほとんど見られることはなく、左肩関節の関節可動域が改善した。
  • 左肩関節の疼痛の消失、運動痛の消失、圧痛の減少が確認できた。

第12回 2013年9月13日

  • 前回同様、左右上肢の前方挙上の左右差がほとんど見られることはなく、左肩関節の関節可動域が改善した。
  • 左肩関節の疼痛の消失、運動痛の消失、圧痛の消失が確認できた為、五十肩に対する指圧治療は12回目をもって終了した。

 図1. 左右上肢前方挙上の肩関節可動域図1. 左右上肢前方挙上の肩関節可動域

IV.考察

 五十肩は多様な症状を示すため、腱板断裂などの疾患が五十肩と診断され保存的治療が漫然と行われている場合も少なくない3)。今回は整形外科医による五十肩という診断後に指圧治療を開始したことが、患者が安心して指圧治療を受けることができた一番の要因であった。

 図1と図2の比較により、第1回指圧施術で左肩関節の前方挙上動作の改善が見られ、左肩関節の関節可動域の向上の確認と同時に、健側であるはずの右肩関節の可動域改善も確認できた。

 しかしながら図3の第3回指圧治療前では、改善していたはずの右肩関節の可動域が低下しているのが確認された。

 図4にあるように、第12回指圧施術で左右上肢前方挙上による肩関節可動域の左右差がほとんど見られない程度に改善し、両肩関節とも前方挙上の正常可動域のほぼ180度近くまで拡大していることが確認できた。

 これらの考察は正確なROM測定を行っていないので動きのメカニズムのどこに作用したかは断定できない。他方、肩関節の前方挙上運動は、上腕骨や肩甲骨の運動のみではなく、体幹(特に胸椎の伸展運動)の動きが連動して起こるとされている4)。  本症例における関節可動域改善のメカニズムを今回の結果から断定的に論じることはできないが、指圧刺激が筋の柔軟性を向上させる5)ことから、本症例へ施した肩甲間部、肩甲下部への指圧や背部への衝圧法により周辺の筋緊張が緩和され、上記の肩関節上方挙上運動機構のいずれかあるいは複数を改善させることにより、関節可動域が改善したと推察する。

V.結論

 指圧療法は、五十肩における肩関節の可動域の改善に対して効果が確認できた。

VI.参考文献

1) 浪越徹著:普及版 完全図解指圧療法,p.224-225,日貿出版社,東京,2001
2) 社団法人東洋療法学校協会 教科書執筆小委員会著:あん摩マッサージ指圧理論,p.17,p.27,株式会社医道の日本社,東京,2003
3) 森岡健他:五十肩として治療されていた腱板断裂例の治療成績,p.283-290,日本リウマチ・関節外科学会雑誌vol.12,NO3,1993,
4) 上田泰之他:若年者と高齢者における上肢挙上時の体幹アライメントの違い,体力科學,57(4),p.485-490,2008
5) 浅井宗一他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,p.125-129,東洋療法学校協会学会誌,(25),2001


【要旨】

五十肩に対する指圧治療
宮下雅俊

 60歳女性の五十肩に対して、左肩関節周囲の疼痛の緩和、左肩関節の関節可動域の向上を目的として指圧療法を行った。その結果、全12回の指圧治療により左肩関節の疼痛の消失、関節可動域の改善が見られ、左右の肩関節の可動域に左右差が見られなくなった。指圧療法により、筋の柔軟性を高めることで、五十肩による疼痛改善、関節可動域の改善をみた。

キーワード:五十肩、肩関節周囲炎、関節可動域、指圧


老人性難聴に対する指圧療法:相澤真有美

相澤真有美
日本指圧専門学校 
指導教員:金子泰隆・黒澤一弘・石塚洋之
日本指圧専門学校専任教員

Shiatsu Treatment for Presbycusis

Mayumi Aizawa

 

Abstract : Aiming at circulation improvement of the inner ear and the brain, shiatsu treatment procedures have traditionally been established for patients with headache and / or dizziness. Since it is experimentally known among shiatsu therapists that shiatsu affects the inner ear and the brain, the author has been interested in the influence of shiatsu treatment over audibility. This is a case report of a patient with presbycusis treated by shiatsu. As a result of the observation of blood pressure, pulse, body temperature and VAS (Visual Analog Scale) of hearing loss, a fall in systolic blood pressure and a raise in body temperature were significant, while decrease in value of VAS was not significant. Given that post-treatment VAS exhibited a declining trend and the patient’s response to beep sound of a sphygmomanometer was improved after shiatsu treatment, however, shiatsu treatment could be potentially contribute to the treatment of presbycusis.


I.はじめに

 老人性難聴は、加齢現象によって引き起こされる感音性難聴である。現代医学的治療では治療困難とされ、補聴器を使って聴力を補うという対症療法が主な手段となっている。そのため、超高齢化社会の日本において、今後も増加するであろう老人性難聴に対して、効果的な治療法を見出すことは重要性が高いと考える。

 そのような中、指圧手技において耳鳴りに対する治療法がある。これは、聴力障害を伴うものを適応としてはいないとされている。しかしながら、指圧手技では頭痛やめまいに対する治療法があり、これらは内耳や脳の循環改善や血流の改善を治療方針としている1)。内耳や脳に影響があるというならば、聴力にも何らかの作用があるのではないかと思い、指圧施術がどう影響するのか関心があった。そこで、指圧を行うことで老人性難聴患者の血圧・脈拍数・体温・聞こえのVAS値がどう変化するか見ることを目的に施術を行った。

Ⅱ.対象および方法

施術対象:70歳 男性
場所:患者自宅
期間:2013年8月22日~2013年9月9日
(2日に1回の間隔で定期的に施術。施術回数10回。)

[現病歴]

  • 2010年に受けた人間ドックの聴力検査において、左耳の4000Hzの項目で「所見あり」とされた。耳鼻科を受診したところ、老人性難聴であるとの説明を受けた。

[既往歴]

  • 幼少期に耳鼻科にて、左耳の鼓膜に異常があると診断された。以降、学校や会社などの定期健康診断の聴力検査において、左耳の1000Hzの項目では、常に「所見あり」と記載されている(表1)。

表1. 聴力検査の結果表1. 聴力検査の結果

[自覚所見]

  • 左側からの音や呼びかけに聞こえにくさを感じている。右耳が聞こえるため、日常生活において不自由は感じていない。

[評価]

  • 血圧および脈拍数は、オムロン社製電子血圧計HEM-6000を用いて左手首で測定した。
  • 体温は、オムロン社製 電子体温計 MC-670を用いて左腋窩温を測定した。
  • VAS値…今迄で一番聞こえが悪かったときを100、今迄で一番聞こえが良かったときを0として、聞こえ具合の自己申告の値を記録した。

※ 血圧、脈拍数、体温は、毎回の施術前・施術後に計測を行った。
※ 聞こえ具合を調べるために、音楽を26~38dBの音量で3分間のヒアリングを行った後にVAS値の記入をした。
※ VAS値は、8/22・8/28・9/3・9/9の4回の計測を行った。

 統計処理は、施術前と施術後の各数値について、対応のあるt検定により比較を行った。有意判定は危険率5%未満で行った。

[施術法]

  • 坐位にて浪越式基本指圧の頚部(側頚部、延髄部、後頚部)と頭部(側頭部)操作。
  • 経穴(耳門、聴宮、聴会、翳風、瘈脈、完骨、風池、)への指圧操作。 上記を合わせて、約15分の施術を行う。

III.結果

[経過]

第1回目(2013.8.22,9:00)
施術前:頚部と側頭部に硬さを感じる。
施術後:頚部が軟らかくなった。音の聞こえは極端な変化は感じない。

第4回目(2013.8.28,9:30)
施術前:以前よりも頚部が軟らかい。乳様突起周囲部に硬さを感じる。
施術後:全体的に軽くなったような気がする。しかし、聴覚で変化があるようにあまり感じない。

第6回目(2013.9.1,9:35)
施術前:熱帯夜で眠りが浅く、疲れを感じる。気温が暑すぎて、体がだるい。肌がとても汗ばんでいる。
施術後:疲労感が少し軽減した。

第7回目(2013.9.3,9:30)
施術前:肩部と乳様突起周囲部の硬さが強い。
施術後:少しだけ、音が聞こえ易くなったように感じる。

第9回目(2013.9.7,11:15)
施術前:今日は調子の悪いところはないと感じる。頚部の硬さが強い。
施術後:外出での気疲れが軽減し、落ち着いた。

第10回目(2013.9.9,9:15)
施術前:昨日の庭仕事で疲れが残っている。右頚部が特に硬い。
施術後:以前よりも解れ易くなっている。体温計や血圧計の電子音が以前よりも聞こえ易い気がする。

図1.施術前・施術後の血圧の変化図1.施術前・施術後の血圧の変化

図2.施術前・施術後の脈拍数の変化図2.施術前・施術後の脈拍数の変化

vol3aizawa_fig03c図3.施術前・施術後の体温の変化

vol3aizawa_fig04c図4.施術前・施術後のVAS値の変化

IV.考察

 老人性難聴では、年齢と共に生理的に聴力低下が生ずる。一般に20歳代以降、軽度に高音域の聴力が低下し、特に40歳代よりそれが明瞭になってくる。その低下の程度は個人差があり、長い年月の間の栄養状態・騒音曝露・薬物投与・疾患・その他種々の因子がこれに関与している。治療としては、ビタミンB1やATPや血流改善薬などの投与が試みられるが、改善がほとんど期待できない2)。そのため、対症療法として、補聴器を使って聴力を補うというのが、老人性難聴に対しては有効な方法とされている。

 音は、外耳道を通って鼓膜を振動させる。鼓膜の振動は、これに連なる耳小骨によって内耳に伝えられる。内耳には聴覚受容器のある蝸牛がある。蝸牛の中にある基底膜の上に、コルチ器官があり、コルチ器官の中には有毛細胞が並んでいる。鼓膜に起こった振動は、外リンパや内リンパに伝えられ、有毛細胞を刺激する。その刺激を電気信号に変えてラセン神経節を通り蝸牛神経に伝えている。

 有毛細胞やラセン神経節は、蝸牛内にある血管条で作られる栄養を受けている。蝸牛の栄養を補う動脈は、椎骨動脈→脳底動脈→前下小脳動脈→迷路動脈→内耳動脈→総蝸牛動脈→前庭蝸牛動脈→固有蝸牛動脈と流れ、血管条へと繋がっていく。血管条は栄養を作るために豊富な血流を必要とするので、血管条への血流が阻害されると内耳障害を起こす可能性が高くなると思われる。

 老人性難聴では、蝸牛の有毛細胞、蝸牛ラセン神経節細胞、蝸牛管血管条、蝸牛管基底板に起きた変性が聴力喪失の病理学的理由と考えられている3)。老化とともに有毛細胞などが徐々に変性していき、徐々に聞こえが悪くなっていく。

 今回、患者は老人性難聴を発症してから3年以上経過しており、聴力が回復することを患者本人は全く期待していなかった。しかし、なるべく現在の聴力を維持したいとの希望があった。そこで、残存している有毛細胞と耳の他の機能を維持・活性させるため、首から内耳・蝸牛に向かう動脈の血流を改善することで、血管条の血流を増やし、有毛細胞などへの栄養を補給することを図った。 

 指圧手技において治療する場合、側臥位・伏臥位・仰臥位にて施術を行うことが正しい操作である。しかし、患者が短時間での施術を希望したため、坐位にて浪越式基本指圧の頚部(側頚部、延髄部、後頚部)と頭部(側頭部)を操作する4)こととした。

 また、その施術範囲に存在する経穴「耳門、聴宮、聴会、翳風、瘈脈、完骨、風池」を指圧することとした。これらの経穴は、鍼灸療法において、難聴の治療に用いられるとされる経穴である5)6)7)。これらの経穴の場所には、以下の神経と動脈が通っている8)。

耳門、聴宮、聴会…下顎神経、浅側頭動脈
翳風、瘈脈…大耳介神経、後耳介動脈
完骨…小後頭神経、後頭動脈
風池…頚神経後枝、後頭動脈、椎骨動脈

 血圧・体温・脈拍数で特徴ある箇所を挙げると、第6回で血圧が施術後に上昇、第9回に体温が施術後に下降が見られる。第6回の血圧の上昇については、患者が暑さを訴えたので施術途中に冷房を入れ、急激に冷気にあたったため、血管収縮が起きたと考えられる。第9回目に関しては、外出後に計測・施術をしたことが影響したのではないかと推測される。通常は朝食後1時間ほどの休憩をとった後に計測・施術を行っていた。しかし、第9回目の日は、患者が外出から帰宅してすぐに計測・施術を行ったため、体温が通常と異なる変化を示したのだと考えられる。

 全体として、施術前に比べ施術後は、収縮期血圧(P=0.035)に有意な低下が見られ、体温(P=0.017)に有意な上昇が認められた。 VAS値においては、施術前VAS値に対して施術後VAS値が全て低下傾向を示しているのだが、有意な減少は認められなかった。(P=0.063)

 施術前VAS値が前回に比べて、上昇傾向である。これは、猛暑や作業による疲労が、施術前のVAS値に影響したものと思われる。特に第10回では、前日に庭木の剪定作業を長時間していたため、頚部の筋肉に柔軟性が乏しかった。これにより、斜角筋群や後頭下筋群の筋緊張により、頚部の血流が阻害されたと考えることができる。

 施術前VAS値が上昇している中でも、電子体温計や電子血圧計の測定終了時に発される電子音への反応がよくなっていった。第1~3回目は、施術者から電子音が鳴ったことを指摘しないと計測が終了したことに気付かなかった。これは、左耳の聞こえが悪い患者にとって、左腋窩の電子体温計と左手首に電子血圧計からの音が聞こえにくかったためである。それが、第7回目以降は患者自ら電子音が鳴ったことに気付き、計測終了を告げるようになった。患者本人も「電子音の聞こえがよくなった気がする」と話しており、施術によって聞こえの改善に影響したものと考えられる。

 栗原ら、横田ら、渡辺らが、腹部・前頚部・仙骨部の指圧刺激が瞳孔直径を縮小させること9)10)11)などの報告がある。これらは、指圧刺激が交感神経の抑制、副交感神経の亢進に働くことを示唆するものであると考えられる。そのような点を踏まえると、指圧療法を行うことで、自律神経系活動の調和により血流が改善され、その結果、聞こえの改善に影響したと考えることができる。

 なお、患者は、2013年9月10日に人間ドッグを受診し、1000Hzと4000Hzの聴力検査を行った。しかし、改善は見られなかった。とはいえ、健康診断の聴力検査は、難聴、中耳炎、耳下腺炎などの疾患を早期発見することが目的の検査であり、精密な聴力や難聴の程度を調べるものではない。ゆえに、今後このような症例を検証する場合は、耳鼻科にて標準純音聴力検査を行いオージオグラムの記録をとって、聴力の状態の把握を行ったほうがよいだろう。今後更なる研究を進めていき、老人性難聴に対する指圧療法の可能性を探りたい。

V.結論

 今回の計測において、施術後VAS値に有意な反応はみられなかった。しかし、施術後VAS値が低下傾向を示したことや、電子音への反応の改善を見られたことから、指圧療法が老人性難聴の治療に貢献できる可能性があると考える。

VI.参考文献

1) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,国際医学出版,東京,p.179-184,2008
2) 鈴木純一他:標準耳鼻咽喉科・頭頚部外科学 第3版,医学書院,東京,p.35-36,2008
3) アンダーソン病理学カラーアトラス 第1版,メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,p.457,2001
4) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,国際医学出版,東京,p.71-73,2008
5) 木下晴都:最新 鍼灸治療学 上巻第3版,医道の日本社,神奈川,p.320,1992
6) 日本鍼灸医学 経絡治療・臨床編 第1版,経絡治療学会,p.175,2001
7) 中村辰三:お灸入門,医歯薬出版,東京,p.135,2009
8) 新版経絡経穴概論 第1版,医道の日本社,神奈川,2009
9) 栗原耕二郎他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(34),p.129-132,2010
10) 横田真弥他:前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(35),p.77-80,2011
11) 渡辺貴之他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(36),p.15-19,2012


【要旨】

老人性難聴に対する指圧療法
相澤 真有美

 指圧では頭痛やめまいに対する治療法があり、内耳や脳の循環改善や血流の改善を治療方針としている。内耳や脳に影響があるというならば、聴力にも何らかの作用があるのではないかと思い、指圧施術がどう影響するのか関心があった。そこで、老人性難聴患者に指圧を行い、血圧・脈拍数・体温・聞こえのVAS値がどう変化するかを観察した。その結果、収縮期血圧に有意な低下が見られ、体温に有意な上昇が認められたが、VAS値には有意な減少は認められなかった。しかし、施術後VAS値が低下傾向を示したことや、電子音への反応の改善を見られたことから、指圧療法が老人性難聴の治療に貢献できる可能性があると考える。

キーワード:五十肩、肩関節周囲炎、関節可動域、指圧


足底部への指圧刺激が重心動揺に与える影響について(第1報):星野喬一、日比宗孝

星野 喬一,日比 宗孝
日本指圧専門学校 
石塚 洋之
日本指圧専門学校専任教員

Effects of Plantar Region Shiatsu Treatment on the Variance of Center of Gravity

Koichi Hoshino, Munetaka Hibi / Yosuke Ishizuka

Abstract : There are few studies on the effects of plantar region shiatsu treatment on the motor system. In this study, the effects of plantar region shiatsu treatment on balance in the upright position were verified using a stabilograph. Four healthy subjects underwent plantar region shiatsu treatment with each session lasting for 1 min and 42 s. Our results show no significant differences between the shiatsu group and the control group for total trajectory, outer circumference area, rectangle area, or effective value area. Revision of both the subject population and the methods used are needed for further research on this topic.

Keywords: Shiatsu, plantar region, variance of center of gravity, balance in the upright position


I.はじめに

 足底部は指圧施術に於いても、対処する症状などに応じて多様な解釈のもとにアプローチされ、また、経験的にも施術による効果が実感として様々に語られる部位であると言える。

 しかし、本邦の手技療法の分野に於いて、この部位への施術と運動器系への影響を関連付けた研究はまだ多くは見られない。

 今回われわれは足底部への指圧施術が足底部の筋や構造、また、そこから連動する運動機能へ与える影響を明らかにするための研究の端緒として、重心動揺計による立位バランスの変化の計測、検討をプレ実験の段階まで進めた。そこから得られた結果と、今後の課題のまとめを中間報告する。

Ⅱ.実験方法

1.対象

 対象は本校学生の健常者4名(男性4名、平均年齢30±10.68歳)で、事前に十分な実験内容の説明をして同意を得た上で行った。

2.実験期間・場所

 2015年1月29日から2015年2月5日まで、本校のラウンジスペースで行った。

3.計測方法

 重心動揺計測には重心動揺計(アニマ社製 グラビコーダGS-10タイプC)を用い、足部内側縁を揃えた直立位で胸の前に両腕を組んだ姿勢にて、閉眼でそれぞれ1分間の計測を行った。計測結果として10種類の計測値を取得した(総軌跡長、単位軌跡長、単位面積軌跡長、外周面積、矩形面積、実効値面積、動揺平均中心偏位 X軸、動揺中心偏位 X軸、動揺平均中心偏位 Y軸、動揺中心偏位 Y軸)。

4.刺激方法

(1)刺激部位

 浪越式指圧の基本圧点に従い、伏臥位にて足底部の第2趾と第3趾の付け根を1点目とし、踵の際まで4点を両手母指圧にて刺激した(図1)。

図1.足底部4点図1.足底部4点

(2)刺激時間・方法

 1点圧3秒、4点3通り行い、その後、3点目を1点圧3秒3回行い、左右で約1分42秒行った。圧刺激は通常圧法(漸増、持続、漸減)にて快圧(被験者が心地よいと感じる程度の圧)にて実施した1)。

5.実験手順

 被験者の学習効果を平均化することを目的として、被験者を無作為にAグループ2名、Bグループ2名に分け、Aグループは無刺激群を先、刺激群を後の実験計測日程で行い、Bグループは刺激群を先、無刺激群を後の実験計測日程で行った(図2)。

図2.実験計測日程と学習効果の平均化図2.実験計測日程と学習効果の平均化

(1)刺激群  

以下の手順で行った。
①座位にて3分間安静。
②1回目の重心動揺計測。
③座位にて3分間安静。
④2回目の重心動揺計測。
⑤足底部指圧刺激。
⑥座位にて3分間安静。
⑦3回目の重心動揺計測。

(2)無刺激群

 以下の手順で行った。
①座位にて3分間安静。
②1回目の重心動揺計測。
③座位にて3分間安静。
④2回目の重心動揺計測。
⑤伏臥位1分42秒安静。
⑥座位にて3分間安静。
⑦3回目の重心動揺計測。

vol4_01table1表1. 実験手順

6.統計処理

 重心動揺計測で取得した計測値のうち、総軌跡長、外周面積、矩形面積、実効値面積に関して、2回目の計測値に対する3回目の計測値の変化の割合を、無刺激群と刺激群との間で対応のあるT検定にて比較した。

Ⅲ.結果

1.総軌跡長(図3)

 無刺激群での変化割合85.5±7.2%(mean±SE)に対して、刺激群での変化割合92.9±7.0%となり有意差は見られなかった(p<0.595)。

図3.総軌跡長図3.総軌跡長

2.外周面積(図4)

 無刺激群での変化割合90.6±17.8%に対して、刺激群での変化割合79.6±13.3%となり有意差は見られなかった(p<0.744)。

図4.外周面積図4.外周面積

3.矩形面積(図5)

 無刺激群での変化割合79.3±14.9%に対して、刺激群での変化割合79.4±13.9%となり有意差は見られなかった(p<0.996)。

図5.矩形面積図5.矩形面積

4.実効値面積(図6)

 無刺激群での変化割合92.0±23.8%に対して、刺激群での変化割合90.6±17.6%となり有意差は見られなかった(p<0.975)。

図6.実効値面積図6.実効値面積

Ⅳ.考察

 本研究は足底部への指圧刺激による立位バランスへの影響を検討するものであった。これは立位バランスに対する足底部への感覚刺激の影響を報告する先行研究から2〜6)、指圧刺激によっても同様の影響があることを仮定してのものであった。

 今回、プレ実験の段階としては、足底部への指圧刺激によるバランスへの影響を裏付ける計測、解析結果は得られなかった。しかし、個々のサンプルの観察に於いては指圧刺激の影響が示唆される傾向のものも見られ、サンプル数を増やす段階の実験では違った結果が得られる可能性も考えられる。

 その一方、今回のサンプルから得られた計測値の全てが、健常者と見なされる標準値の範囲7)に収まる結果となっている。そして、その様な範囲に収まる計測値に於いては、被験者の学習効果及び、検査方法の統一では平均化し得ない身体のコンディションによって、容易に計測値が変化することが推測された。そのため重心動揺計で得られる計測値の比較のみでは指圧刺激による立位バランスへの影響の十分な検討が困難であると考えられた。 今後の課題として、実験対象の検討、並びに重心動揺計とは異なる計測事項と手法を追加し、それらから得られる検査結果を複合的に分析するような実験手法の検討が必要であると考える。

Ⅴ.結論

 健常者4名を対象とした足底部への指圧刺激では、重心動揺計での計測値に有意な変化は見られなかった。 現段階の実験方法には限界があり、足底部への指圧刺激による立位バランスへの影響を検討する上では不十分であるため、実験手法の再検討が必要であると考えられる。

VI.参考文献

1) 石塚寛 他:指圧療法学,p.96,国際医学出版株式会社,2008
2) 大久保仁 他:足蹠圧受容器が重心動揺に及ぼす影響について,耳鼻臨床 72,p.1553-1562,1979
3) 伊藤綾乃 他:足底触圧覚が立位姿勢の重心動揺に与える影響,日本理学療法学術大会2004,A1113-A1113,2005
4) 宇都宮裕葵 他:感覚刺激が静的立位に及ぼす影響,日本理学療法学術大会2005,A0853-A0853,2006
5) 亀井省二 他:足底の感覚刺激が重心動揺に与える影響について,藍野学院紀要20,p.27-40,2006
6) 野瀬友裕 他:母趾足底部への触圧刺激が姿勢制御に及ぼす影響,日本理学療法学術大会2009,A4P2047-A4P2047,2010
7) 今村薫 他:重心動揺検査における健常者データの集計,Equilibrium research. Supplement 12,p.15-23,1997


【要旨】

足底部への指圧刺激が重心動揺に与える
影響について(第1報)
星野 喬一*1,日比 宗孝*1/石塚 洋之*2

 指圧では頭痛やめまいに対する治療法があり、内耳や脳の循環改善や血流の改善を治療方針としている。内耳や脳に影響があるというならば、聴力にも何らかの作用があるのではないかと思い、指圧施術がどう影響するのか関心があった。そこで、老人性難聴患者に指圧を行い、血圧・脈拍数・体温・聞こえのVAS値がどう変化するかを観察した。その結果、収縮期血圧に有意な低下が見られ、体温に有意な上昇が認められたが、VAS値には有意な減少は認められなかった。しかし、施術後VAS値が低下傾向を示したことや、電子音への反応の改善を見られたことから、指圧療法が老人性難聴の治療に貢献できる可能性があると考える。

キーワード:指圧、足底部、重心動揺、立位バランス

*1 日本指圧専門学校 指圧科  
*2 指導教員(日本指圧専門学校  教員)


下腿後面への指圧施術によるFFDの変化について:星野喬一、日比宗孝

星野喬一,日比宗孝
日本指圧専門学校 
指導教員:石塚洋之
日本指圧専門学校専任教員

Finger-Floor Distance (FFD) Changes Due to Shiatsu Treatment of the Posterior Crural Region

Kyoichi Hoshino, Munetaka Hibi, Hiroyuki Ishizuka

Abstract : Standing forward flexion changes due to shiatsu stimulation of various regions have been verified and reported. Building on the past results, we researched standing forward flexion changes due to shiatsu stimulation of the posterior crural region. The research was conducted on 21 healthy subjects, and standing forward flexion was significantly improved by shiatsu stimulation of the right and left posterior femoral region for 2’ 24’’ compared to the non-stimulation group. The analysis on marking of caput fibulae also indicated that shiatsu stimulation of the posterior crural region eases tense triceps surae muscle and improves flexibility.


I.はじめに

 指圧刺激による立位体前屈値の変化について、これまで様々な部位への刺激検証及び報告が行われている1) – 6)。田附らの報告3)では、殿部・下肢後側への指圧刺激によって立位体前屈が有意に改善されている。これに対し、廣田らの報告では4)、殿部のみへの刺激によって立位体前屈に有意な変化は見られなかった。

 これらの報告を受け、我々は、前回の実験で大腿後面のみへの刺激の検証を行い、立位体前屈に有意な変化が見られたことを報告した7)

 今回、個別の部位に対しての検証を更に蓄積するために、下腿後面のみへの刺激での変化を測定・検討したので、ここに報告する。

Ⅱ.実験方法

1.対象

 対象は本校学生及び教職員の健常者21名(男性11名、女性10名、平均31.14±10.20歳)で、事前に十分な実験内容の説明をして同意を得た上で行った。

2.実験期間・場所

 2013年12月11日から2014年1月30日まで、本校の第一実習室で行った。実験環境は室温24.16±2.87℃、湿度29.60±7.04%であった。

3.計測方法

(1)FFD(指床間距離)の計測

 FFD(指床間距離、Finger-Floor Distance:以下FFD)計測用のスケール(TTMツツミ社製、1mm刻み)を台座(高38cm、幅44cm、奥行き38cm)に固定して使用した。  台座前端のスケール固定位置に母趾趾尖を揃えて直立した状態から立位体前屈を行い、指尖で押し下げられた計測用目盛りを目視にて計測した。個別に可動する左右の計測用目盛りの平均値を計測値として採取した。

(2)立位体前屈位の撮影(デジタルカメラによる撮影)

 立位体前屈位での姿勢を、デジタルカメラ(パナソニック社製DMC-TZ5)により以下の通り撮影した。腓骨頭にランドマークのシール(円形、直径6mm)を貼りマーキングした。天井から鉛円錐のついた紐(以下、鉛直線)を2本たらし、その間にFFD計測の台座を垂直に設置した。台座の右側方から、前後の鉛直線が重なるアングルにデジタルカメラを三脚にて固定、設置して撮影した。

4.刺激方法

(1)刺激部位

 伏臥位にて、浪越式基本圧点の下腿後面8点を両手母指圧にて刺激した。 下腿後面8点:膝窩横紋中央部(委中穴相当部位)の下部を1点目とし、アキレス腱まで8点取る。下腿三頭筋を指標とする(図1)。

図1. 下腿後側部8点
図1. 下腿後側部8点

(2)刺激時間・方法

 刺激時間は1点圧3秒、8点3通り行い、左右で約2分24秒行った。圧刺激は通常圧法(漸増、持続、漸減)にて快圧(被験者が心地よいと感じる程度の圧)にて実施した8)

5.実験手順

 被験者に対し、事前に実験内容を説明し同意を得た上で、指圧刺激をするもの(以下、刺激群)と、指圧刺激をしないもの(以下、無刺激群)の2種類の実験を、日を変えて行った。

(1)刺激群

 以下の手順で行った。
①伏臥位にて3分間安息。
②FFDを測定。FFD最大位の姿勢を右側面からカメラ撮影。
③指圧刺激。
④伏臥位にて3分間安息。
⑤FFDを測定。FFD最大位の姿勢を右側面からカメラ撮影。

(2)無刺激群

 以下の手順で行った。
①伏臥位にて3分間安息。
②FFDを測定。FFD最大位の姿勢を右側面からカメラ撮影。
③指圧刺激の代わりに伏臥位にて2分24秒間安息。
④伏臥位にて3分間安息。
⑤FFDを測定。FFD最大位の姿勢を右側面からカメラ撮影。

実験手順

6.統計処理

 FFDの改善値(刺激後の計測値から刺激前の計測値を差し引いた数値)について、対応のあるt検定により比較を行った。

7.画像比較処理

 画像データ処理ソフトウェアの GIMPのレイヤー機能を用いて、カメラ撮影した画像の刺激前後での腓骨頭のマーキングの位置の変化を、刺激群、無刺激群のそれぞれで観察した。

 マーキングの位置の変化は以下の3つに分類し、各分類に該当するサンプルが全体に占める割合を算出した。  

  • 分類1.「前方移動」刺激後のマーキング位置が刺激前の位置から前方へ移動しているもの。  
  • 分類2.「後方移動」刺激後のマーキング位置が刺激前の位置から後方へ移動しているもの。  
  • 分類3.「移動無」刺激後と刺激前のマーキングに重なりがあるもの。

III.結果

1.FFDの改善値について(図2)

 無刺激群での改善値0.86±0.33cm(mean±SE)に対して、刺激群での改善値2.16±0.35cmとなり有意差が見られた(p<0.012)。

図2. 無刺激群及び刺激群でのFFD改善値
図2. 無刺激群及び刺激群でのFFD改善値

2.腓骨頭のマーキングの移動について

 FFD改善が見られたサンプルに於いて、無刺激群に比較して、刺激群では前方へのマーキング移動の割合が多いことが観測された。

 また、FFDの改善、改悪にかかわらず、無刺激群に比較して、刺激群ではマーキング移動無しの割合が少ないことが観測された(図3)。

図3. 腓骨頭のマーキングの移動の分類と集計
図3. 腓骨頭のマーキングの移動の分類と集計

 

IV.考察

 本研究は、下腿後面に対する指圧刺激による立位体前屈値の変化を検討するものであった。測定値を分析した結果、刺激群においてFFDの値が無刺激群に比べ有意に改善された。この結果は、先行する諸研究と同等の結果である事から、再現性の高い現象であると言える。

 本研究の刺激対象部位である下腿後面には、腓腹筋内・外側頭とヒラメ筋の3つの筋で構成される下腿三頭筋がある。腓腹筋内側頭は大腿骨内側上顆、外側頭は大腿骨外側上顆を起始部として2つの筋は合してアキレス腱となり踵骨隆起に停止している。ヒラメ筋は腓骨頭を起始部としており、脛骨のヒラメ筋線に停止している。

 下腿三頭筋の作用は膝関節屈曲、足関節底屈であり、立位体前屈では直接的な影響因子ではないが、今回の実験では指圧刺激により下腿三頭筋の柔軟性が改善されたことにより、FFD計測の際に足底接地状態での足関節の背屈動作がし易くなり、そのことが膝関節の伸展の助長や、ハムストリングスの伸長の余剰へと、運動の連動性として影響しFFDの数値が改善したと考えられる。腓骨頭のマーキングの移動の集計結果を見ても、刺激群では、立位体前屈の動作自体によるハムストリングスのストレッチ効果によって刺激後の計測値が変化したことが疑われる「移動無」のサンプルが減少し、足関節の背屈動作がし易くなったことを示すと考えられる「前方移動」が増加している。このことからも指圧刺激による下腿三頭筋の柔軟性改善が示唆されると考えられる。

 今回の研究では画像比較処理を取り入れたことで、指圧刺激の対象局所の運動機能的な変化、また逆に、運動の連動性の中からその局所の変化の証左を示して行く検証など、FFDの計測値の分析のみからでは難しかった研究の取り組みの端緒を見出すことが出来た。

 指圧刺激による立位体前屈値の変化について、身体各所を個別に検証する研究は大枠では下肢前面を残すのみとなっており、個々の研究を集積するレベルの取り組みは収束しつつあると見られる。今後は先行研究の精度向上や批判を目的とした追試の充実や、指圧の運動機能への影響に関して、より発展的な研究への応用が課題であると考える。

V.結語

 健常者21名を対象とした下腿後面への指圧刺激により、FFDの改善値において、無刺激群と比較して、刺激群で有意な変化が見られた。

VI.参考文献

1) 浅井宗一他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25号,p.125-129,2001
2)衞藤友親他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),東洋療法学校協会学会誌27号,p.97-100,2003
3) 田附正光他:指圧刺激による脊柱の可動性及び筋の硬さに対する効果,東洋療法学校協会学会誌28号,p.29-32,2004
4) 廣田哲也他:殿部指圧刺激による骨盤傾斜に及ぼす影響,東洋療法学校協会学会誌33号,p.104-108,2009
5) 宮地愛美他:腹部指圧刺激による脊柱の可動性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌29号,p.60-64,2005
6) 吉成圭他:鼠径部指圧刺激が脊柱可動性に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌32号,p.18-22,2008
7) 星野喬一他:日本指圧学会誌第2号,p.33-36,2013 8) 石塚寛他:指圧療法学,p.94,国際医学出版株式会社,2008


【要旨】

下腿後面への指圧施術によるFFDの変化について
星野喬一,日比宗孝

 指圧刺激による立位体前屈値の変化について、これまで様々な部位への刺激検証及び報告が行われている。今回我々は、下腿後面への指圧刺激が立位体前屈値に及ぼす変化について測定した。健常者21名の被験者に対して左右の下腿後面へ2分24秒の指圧刺激を行った結果、無刺激群に比べ立位体前屈値が有意に改善された。腓骨頭に付けたマーキングの位置の変動の考察からも、下腿後面への指圧刺激は下腿三頭筋の筋緊張を緩和し、柔軟性を向上させることが示唆される。

キーワード:指圧、ハムストリングス、FFD、立位体前屈


全身指圧による心理的影響を測定した一例:大木慎平

大木 慎平
ねこのて指圧 代表

Measurement of the Psychological Influence of Full Body Shiatsu Therapy: a Case Report

Shinpei Oki

Abstract : With the aim of reducing psychological stress, a female patient in her twenties had three sessions of full body shiatsu therapy between 5/24/2015 and 6/7/2015. The psychological influence of the full body shiatsu therapy was measured using the Profile of Mood States (POMS). After the course of the full body shiatsu therapy, all the T-scores of the six factors improved. This suggests that the full body shiatsu therapy has a stress-relief effect, and further studies are required to verify this.

Keywords: shiatsu, stress, POMS


I.はじめに

 現代社会はストレス社会ともいわれるように、多くの人が精神的ストレスにさらされながら生活している1)。我が国においては、ストレスケアを目的として代替医療が用いられるケースも多く、あん摩、マッサージ、指圧などの手技療法もその選択肢に含まれる。

 ストレス緩和を目的とした手技療法の研究は多数行われており2〜5)、有用な効果を得ていることを確認出来る。ストレスに対する指圧治療の研究も行われてはいる6)が、施術者が患者に対して行う一般的な指圧治療の効果に関しては、検討が十分になされているとは言い難い。そこで今回、精神的ストレスを感情・気分尺度の面から評価し、全身指圧がストレス緩和に効果をあらわした症例を得られたので、将来的な調査に先駆け報告する。

Ⅱ.対象および方法

対象

 20代女性、事務職

期間

 2015年5月24日~6月7日 (計3回)

場所

 患者自宅

治療方法

 横臥位に始まる浪越式全身指圧操作法

評価方法

 心理的影響の評価として各治療日の施術開始直前と、施術終了直後に日本語版POMSTM(金子書房)を実施した。POMSはMcNairらにより米国で開発された気分プロフィール検査で、気分の状態に関する65の質問項目に回答することで、緊張-不安(Tension-Anxiety)、抑うつ(Depression)、怒り-敵意(Anger-Hostility)、活気(Vigor)、疲労(Fatigue)、混乱(Confusion)の6つの因子を同時に測定することが可能である7)。今回得られたPOMSの結果は、粗得点をT得点に換算し集計した。POMSは健康成人男女を対象に大規模な集団で実施され、標準化されており、年齢、性別ごとの平均値、標準偏差からT得点が算出される。T得点は50+10×(粗得点-平均点)/ 標準偏差で算出され、粗得点が平均であればT得点は50になる。T得点が低いほど、緊張-不安、抑うつ、怒り-敵意、活気、疲労、混乱の状態が低いことが示される。つまり、活気についてはT得点が高いほど良い状態を示すということになる7)

 患者に対しては、POMSの趣旨と計測方法を十分に説明し、研究への協力に同意を得た。

Ⅲ.結果

[現病歴]

 2015年4月に部署の異動があり、まだ新しい職場や仕事に馴染めず、日々強いストレスを感じている。仕事はほぼVDT(Visual Display Terminals)作業で、1日7時間以上PC入力作業を行っている。

[既往歴]

 鼡径ヘルニア(2013年に手術済み)

[家族歴]

 特記すべき事項なし

[自覚所見]

  • 睡眠障害
    精神をリラックスできずに、寝つきが悪い日がある。寝ようと意識すればするほど眠れなくなる。
  • 頸、肩こり、腰痛
    慢性的に頸、肩はこり固まった感じがする。同じ姿勢をとり続けることが多いためか、腰を反らすとぎしぎしと痛む。

[診察所見]

  • 視診
    顔色は血色悪く、クマも見られる。顎周囲に多数のニキビを確認した。姿勢はforward head postureで腰椎後弯の増強がみられる。
  • 触診
    頸部…前・中斜角筋、頭板状筋、小・大後頭直筋、頭半棘筋に硬結を確認。下位頸椎のアライメント不整もみられる。
    肩背腰部…僧帽筋上部線維、肩甲挙筋、腰方形筋に硬結を確認。
    腹部…下腹部に力がなく、下行結腸部(臍左部)に硬結を確認。

[治療第1回(2015年5月24日)]

  • 背部のこわばりが緩和された。
  • 施術直後は全身の力が抜けた感じがして、少し眠気がある。

[治療第2回(2015年5月30日)]

  • 前回施術後の夜はよく眠れ、翌朝も起床時の身体の重だるさを感じなかった。
  • 普段より頸、肩のこりは軽度な気がする。

[治療第3回(2015年6月7日)]

  • 施術後しばらくはよく眠れる。起床時も比較的すっきりとしている。
  • 頸、肩のこりは感じるが、ひどくはない。腰もややこわばった感じがあるが、痛むほどではない。
  • 自覚としてもストレスの軽減を感じる。

 全3回の治療前後で計測したPOMSのT得点を示す(表1)。5月24日の不安、5月30日の活気の項目を除き、いずれの項目も治療直後は数値の改善を示し、治療回数を重ねるごとに概ね改善の傾向を示した(図1)。

表1.POMS 6項目のT得点表1.POMS 6項目のT得点

図1.POMS 6項目のT得点の変化図1.POMS 6項目のT得点の変化

Ⅳ.考察

 今回の患者に対しては、全3回の治療を経て6項目の全てで改善が確認された。蒲原らは腹部の指圧、浅井らは腰背部の指圧により交感神経活動が抑制される可能性を示している8〜9)。また、横田、渡辺、田高らはそれぞれ前頸部、下腿、仙骨部、頭部の指圧で縮瞳反応が生じることを報告しており、交感神経活動の抑制、もしくは副交感神経活動の亢進が生じる可能性が示されている10〜12)。今回患者に対し行ったのは全身指圧であり、前述の部位に対しては網羅的に指圧刺激が施されているため、同様の作用で交感神経活動の抑制、ならびに副交感神経活動の亢進が生じることにより、リラクゼーション効果が得られた可能性がある。また、加藤は拘束ストレスラットに対する鍼通電刺激により、脳各部位のドーパミンやセロトニンなどのモノアミン分泌が正常化に向かうことを報告しており13)、指圧刺激でも同様の機序が生じる可能性が考えられる。

 今回のような一症例だけでは、ストレスに対する指圧の効果を論じるには不十分である。ストレス緩和の手段としての指圧の有効性を検証するためにも、統計学的手法に基づいた調査が求められるため、今後の研究課題としたい。

Ⅴ.結論

 全3回の全身指圧治療で、POMSの6項目全てで改善がみられた。

参考文献

1) 内閣府HP:平成20年度版国民生活白書,2008
2) Kober, A., Scheck,T.他:Auricular acupressure as a treatment for anxiety in prehospital transport setting,Anesthesiology 98,p.1328-1332,2003
3) 佐藤都也子:健康な成人女性におけるハンドマッサージの自律神経活動および気分への影響,山梨大学看護学会誌 4(2),p.25-32,2006
4) 藤田佳子:背部マッサージによる成人男性の身体的・心理的影響,宇部フロンティア大学看護学ジャーナル 4(1),p.37-43,2011
5) 坂井桂子 他:健康な女性に対するタクティールケアの生理的・心理的効果,日本看護研究学会雑誌 35(1),p.145-152,2012
6) 本田泰弘 他:セルフ経絡指圧が気分に及ぼす急性効果とそのユーザビリティーに関する研究,健康支援 15(1),p.49-54,2013
7) 横山和仁:日本語版POMS手引,1-7,金子書房,東京,1994
8) 蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌 (24),p.51-56,2002
9) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌 (25),p.125-129,2001
10) 横田真弥 他:前頚部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 (35),p.77-80,2011
11) 渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 (36),p.15-19,2012
12) 田高隼 他:頭部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 (37),p.154-158,2013
13) 加藤麦:拘束ストレスラットへの鍼通電刺激の脳内モノアミンに及ぼす影響,明治鍼灸医学 (27),p.27-45,2000


【要旨】

全身指圧による心理的影響を測定した一例
大木 慎平

 本症例では、20代女性に2015年5月24日~6月7日にかけて心理的ストレス改善を目的として計3回の全身指圧を施し、それによる心理的影響をPOMS(Profile of Mood States)を指標として計測した。施術の結果、POMSにおける6項目すべてのT得点に改善がみられた。以上のことから、ストレス緩和に対する全身指圧の有効性を検証するのは意義のあるものと推測する。

キーワード:指圧、ストレス、POMS


頸部外傷性脊髄損傷の診断を受けたが末梢神経障害であったと思われる患者に対する指圧療法:丸山一郎

丸山一郎
日本指圧専門学校 53期卒業生

Shiatsu Therapy for a Patient with Suspected Peripheral Neuropathy
while Diagnosed with Traumatic Cervical Spinal Cord Injury

Ichiro Maruyama

 

Abstract : A patient with traumatic cervical spinal cord injury and suspected peripheral neuropathy (flaccid paralysis of the lower extremities) was treated with shiatsu therapy with the aim of releasing dorsal muscle tension. After a course of 29 sessions of shiatsu therapy, the lower-limb motor function recovered. This suggested the presence of significant muscle hypertonicity alongside the spine was significantly related to the motor dysfunction caused by the peripheral neuropathy. Considering other reports on the improvement of muscle flexibility with shiatsu therapy, we conclude that in our patient, the release of muscle tension by the shiatsu therapy improved blood circulation and the range of motion of the spine, leading to recovery in motor function.

Keywords: flaccid paralysis of the lower extremities, shiatsu therapy, dorsal muscle tension


I.はじめに

 脊髄損傷とは脊柱管の中に保護されている脊髄の損傷である。脊髄損傷レベルにより運動障害・呼吸障害・循環器障害・排尿障害・消化器障害などの症状を呈する。治療は初期治療と慢性期治療に分け、初期治療では薬物療法・局所安静・頭蓋牽引・手術、慢性期治療ではリハビリテーションが中心となる。今回、頸部外傷性脊髄損傷の診断を受けた患者に施術を行い症状がほぼ消失したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所

 患者宅

期間

 平成26年8月25日~12月1日 (治療回数29回)

施術対象

 82歳女性

現病歴

 46年前に頸部外傷性脊髄損傷を発症、リハビリにより上肢の運動機能は回復するが、下肢は麻痺(対麻痺)が残存、それ以来車椅子となる。6年くらい前に右上腕骨骨折、その後、化膿性骨髄炎による右腕切断。2年くらい前に結核と診断され結核病棟に入院、その後寝たきりとなる。退院後、上肢・背部の疼痛があらわれ、疼痛緩和の目的で訪問マッサージを受けることとなった。

既往歴

 脊髄損傷による対麻痺(循環器障害・排尿障害・消化器障害)胆嚢癌・膵臓癌・結核・化膿性骨髄炎による右腕切断

治療法

  • 横臥位における頸部・背部・仙骨部・臀部指圧
  • 仰臥位における左上肢・下肢指圧(両下肢に重点を置く)

評価

  • 10段階のVASを用いて疼痛の評価を行った。
  • 徒手筋力テスト(MMT)

III.結果

8月25日(第1回)
 [術前所見]
 自覚所見

  • 腰部から下の運動麻痺と感覚障害。
  • 膝から下の痺れ感あり。
  • 膀胱直腸障害あり。
  • 上肢・背部の疼痛。
  • 冷えのぼせ(頸部より上の多汗)

 他覚所見

  •  左肩関節可動域制限。
  • 下肢弛緩性麻痺と感覚障害。
  • 背部から臀部にかけての疼痛。

 [術後所見]

  • 血流改善により冷えのぼせ感が軽くなった。
  • 疼痛が軽減された。

9月4日(第4回)
 [術後所見]

  • 背部の筋緊張が和らぐ。(胸腰移行部)
  • 大腿内側の疼痛がとれる。
  • 大腿部の感覚が戻りはじめる。(大腿神経・閉鎖神経)
  • 大腿部の筋収縮がみられる。(内転筋)

9月8日(第5回)
 [術後所見]

  • 足底の疼痛がとれる。
  • 仙骨部の指圧が気持ち良かった。

9月18日(第8回)
 [術後所見]

  • 尿意、便意を感じる。(膀胱直腸障害の改善)
  • 大腿部の感覚が戻る。

10月2日(第12回)
 [術後所見]

  • 大腿部の筋収縮がみられる。(大腿神経・閉鎖神経)

10月30日(第20回)
 [術後所見]

  • 大腿部の筋収縮がみられる。(坐骨神経)

11月6日(第22回)
 [術後所見]

  • 股関節の動きがみられる。(屈曲・伸展・外旋・内旋)
  • 膝関節の動きがみられる。(屈曲・伸展)
  • 左肩関節が安定し疼痛がとれる。
  • 膝下の感覚が変わった。

11月17日(第25回)
 [術後所見]

  • 足関節と足指の動きがみられる。〈屈曲・伸展)横臥位
  • 軽度ブリッジが出来る。(臀部挙上)

12月1日(第29回)
 [術後所見]

 自覚所見

  • 踵骨部の痺れ感がある。
  • 疼痛の発生がなくなった。

 他覚所見

  • 腰から下の運動機能回復。
  • 膀胱直腸障害改善

表1.疼痛に対するVAS値10段階(術後)表1.疼痛に対するVAS値10段階(術後)

表2.下肢の徒手筋力テスト(MMT)表2.下肢の徒手筋力テスト(MMT)

IV.考察

 脊髄損傷の多くは外力によって脊椎の脱臼骨折が起こり、それに伴って脊髄が損傷されるものである。脊髄損傷の発生したレベルと程度(完全麻痺か不完全麻痺)によって特色があるが、損傷発生直後には脊髄ショックに陥り、損傷レベルから下位の脊髄は自律性を失う。すなわち運動、知覚、深部腱反射等すべてが消失した弛緩性麻痺となり、同時に自律神経機能も低下する。回復期を過ぎると損傷脊髄以下の反射機能は回復して痙性麻痺となり、深部腱反射は亢進してくる1)
 本症例は、受傷後から現在に至るまで弛緩性麻痺の状態だったことから脊髄損傷までは考えられず、脊髄圧迫であったと考えることができる。すなわち下位運動ニューロン障害が考えられ、脊髄損傷レベルとADLレベルで照らし合わせると、T1(上肢は正常、自由な車椅子動作可能)は可能、T6(循環系の安定)は安定しないので上位胸髄での異常があると判断した。診察所見として胸椎弯曲がほとんどなくストレートであった。その為に背部筋緊張が亢進し下位運動ニューロン障害を引き起こし、疼痛および運動機能障害が起きている推測することができる。
 上記より脊髄圧迫による末梢神経障害との判断のもと、本症例に対し疼痛の緩和と運動機能回復を目的として、指圧施術を行った。その結果、29回の施術により踵骨部の感覚障害は一部残るものの、疼痛を指標としたVAS値が減少し(表1)、徒手筋力テストにおける筋力の回復がみられた(表2)。仮に本症例が脊髄損傷であった場合、今回のような短期的な機能回復は考えづらい2〜3)。よって本症例については、筋緊張の亢進による神経絞扼が原因でおこった末梢神経障害が指圧療法により回復したと考えるのが妥当である。
 本症例の末梢神経障害による運動機能障害には、脊髄側の筋緊張亢進が少なからず関与していると考えられる。指圧刺激により筋の柔軟性が向上する報告がある4〜6)ことから、筋緊張緩和・血行促進・脊柱可動域の改善がされ、運動機能の回復に至ったと考える。

V.結論

 長年の末梢神経障害(疼痛と運動機能障害)を患っても、指圧療法での回復の可能性がある。

VI.参考文献

1) 奈良信雄 他:(社)東洋療法学校協会臨床医学各論(第2版)脊髄損傷,医歯薬出版株式会社,p.171-173,2010
2) 眞野行生:末梢神経障害のリハビリテーション(社)日本リハビリテーション医学会誌28(6),p.453-458
3) 西脇香織 他:末梢神経損傷後の神経再生とリハビリテーション(社),日本リハビリテーション医学会誌39(5),p.257-266,2002
4) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(社),東洋療法学校協会学会誌(25),p.125-129,2001
5) 菅田直記 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),(社)東洋療法学校協会学会誌(26)p.35-39,2002
6) 衛藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),(社)東洋療法学校協会学会誌(27)p.97-100,2003


【要旨】

頸部外傷性脊髄損傷の診断を受けたが末梢神経障害であったと思われる患者に対する指圧療法
丸山 一郎

  今回、頸部外傷性脊髄損傷との診断を受けたが、末梢神経障害(下肢弛緩性麻痺)であったと思われる患者に指圧療法を行った。背部筋緊張の緩和を目的に施術を行った結果、29回の施術で下肢運動機能の回復に至った。末梢神経障害による運動機能障害には、脊髄側の筋緊張亢進が少なからず関与していると考えられる。指圧刺激による筋の柔軟性が向上する報告などもあることから、指圧によって筋緊張緩和したことにより血行促進・脊柱可動域の改善がされ、運動機能の回復に至ったと考える。

キーワード:下肢弛緩性麻痺、指圧療法、背部の筋緊張


ウマを対象とした前頚部指圧による心拍数の変化:衞藤友親

衞藤友親
明治大学体力トレーナー

Heart Rate Changes of Horses Due to Shiatsu Treatment to the Anterior Cervical Region

Tomochika Etou

 

Abstract : Observing heart rate of horses, we studied whether non-human mammal reacts to the shiatsu treatment in the same way as the human body does. As the result, the significant decrease in heart rate due to the shiatsu treatment to the anterior cervical region was observed. Since the results of past studies regarding shiatsu treatment including case reports are corresponding to the physiological mechanism of animals’ cataleptic freezing reaction, it leads to a hypothesis that the shiatsu treatment to the anterior cervical region aims to secrete glucocorticoid by stimulating HPA axis.


I.諸言

 浪越式基本指圧において前頚部は他の部位に先行して施術される。  系統的な施術順序の成立は、浪越徳治郎の経験を基に他所から始めるより前頚部から始めた方が、より効果的な治療結果が得られた事実の蓄積が根拠であろうことは想像に難くない。他方、科学的根拠が薄弱である事実も否めない。

 科学的根拠を示すべく、これまでの研究により前頚部指圧が全身に影響を及ぼす事象が何例か報告されている1)2)3)4)。そこで、一般的な医学・生理学と同様に動物を用いた前頚部への指圧実験を試みた。

 なお、イヌやネコなどの愛玩動物では頚部が短く、指圧中の対象の固定が難しいことが予測されたため、頚部が長く固定が容易な役畜であるウマを対象とした。

Ⅱ.方法

1.対象

 健康成馬10(セン2頭・メス8頭)
 年齢 3~18歳(ヒトの10~70代相当)

2.実験期間

 2014年5月24日~6月15日

3.場所

 御殿場市:ウエスタンライディングクラブ ロッキー
 山中湖村:ふれあい乗馬楽園 クローバー牧場

4.環境

 いずれの乗馬クラブも屋外にて、気温25.0±3.0℃, 湿度50±5%

5.測定機器

 ウマ用心拍計(POLAR社製AE-300S,図1)及びデジタルビデオカメラ

図1. ウマ用心拍計(POLAR社製AE-300S)
図1. ウマ用心拍計(POLAR社製AE-300S)

6.手順

 装鞍し繋場に繋いだウマに測定器を装着し、20分間安静を保ったのち心拍計に表示された数値を90秒間デジタルビデオカメラにて録画した。

 安静計測後、前頚部5)相当部位(上腕頭筋内側,図2) 6)6点3回を約80秒間(1点約2秒×18×2≒72秒+移動時間)指圧し同様に録画した。 圧の強さはヒトと同様快圧5)とした。 録画された数値を15秒毎に用紙に記録したのち、平均値±標準誤差を集計した。安静計測値を安静群、指圧測定値を指圧群とした。

図2. 上腕頭筋内側(前頚部相当部位)
図2. 上腕頭筋内側(前頚部相当部位)

7.解析

 各群0秒時点のデータと15秒毎のデータ各間で対応あるt検定(Bonferroni補正)を行った。 有意水準は危険率5%未満(P<0.05)とした。

III.結果

 指圧開始30秒後時点から低下傾向が観察され、90秒後時点で有意に低下した 。コントロール群では低下傾向は観察されなかった(図3)。

図3 心拍数の変化 図3 心拍数の変化 

IV.考察

 まずヒトに対する前頚部指圧の効果を考察する。先行研究2)より指圧により一過性の血圧上昇が生じるとその後血圧が下がることが報告されている。これは、頚動脈洞および大動脈の壁などにある圧受容器がそれを感知し、それぞれ舌咽神経と迷走神経を伝導路として求心性インパルスを延髄の心臓抑制中枢(迷走神経背側核)に連絡する7)機序によるものと考える。また、胸部手術の際誤って迷走神経に触れると血圧下降や心拍停止を招く8)ことから、指圧により迷走神経に物理的刺激を与えても負荷減弱反射を誘発する可能性があると考える。

 次に、動物が頚部を刺激されて心拍数を下げなければならない状況を汎動物学9)的視点から考察する。

 外敵に囲まれる、接触される等、恐怖を感じた動物はすくみ行動、威嚇行動、攻撃行動、逃走行動を示す10)と思われる。威嚇・攻撃・逃走行動は心拍数を増加させる必要が生じるが、すくみ行動の場合は隠れる、死んだふりをするために心拍数を減少させる必要が生じる。すくみ行動発動の機序として以下のような経路11)が考えられる。

A-1. 恐怖や不安などの情動的・心理的ストレス刺激により大脳皮質が興奮し、扁桃体へ連絡され評価される。
A-2. 扁桃体から腹外側中脳中心灰白質への連絡ですくみ行動発現。
A-3. 心臓抑制7)。胃運動抑制12)

B-1. 外部接触・深部知覚などの身体的ストレス刺激が視床下部室傍核へ連絡。
B-2. HPA軸が興奮。
B-3. CRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)・ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)・グルココルチコイド分泌。

 グルココルチコイドの作用としてグリコーゲン合成作用、抗炎症作用、利尿作用、胃粘液抑制作用、筋疲労回避作用などが挙げられる。また、カテコルアミンやグルカゴンはグルココルチコイドが存在しなければ血圧上昇作用や血糖上昇作用を発揮せず(許容作用)、さらにアドレナリンや成長ホルモンによる脂肪組織からの脂肪酸動員にも関与13)する。

 これらの作用はすべて潜伏に有利に働くと考えられる。またウマの場合は仙痛などの内部痛覚も、逃れられない不快感14)として上記のような反応を示すことが推察される。深部知覚が迷走神経を求心性に伝導すると考えられる。  さて、内部痛覚はじめ深部知覚の求心性インパルスが視床下部室傍核に達し、HPA軸が興奮するならば、前頚部指圧によるホルモン分泌には次のような機序が考えられる。

 負荷減弱反射により抑制された心臓の知覚は視床下部室傍核にフィードバックされ、後追いもしくは錯覚させるかたちでHPA軸を興奮させると考える。大脳皮質を経由していないので恐怖や不安の情動は伴わない。これを仮に“疑似すくみ反応”と呼ぶことにする。

 前頚部指圧により呼吸商が減少した先行研究4)は、ACTHが副腎以外の脂肪組織に作用し、脂肪分解により脂肪酸を出動せしめ酸化を促進させ、ケトン体産生増加の過程で呼吸商が低下15)した結果である可能性がある。

 “疑似すくみ反応”により胃運動に変化を与えなかった研究報告3)および皮膚炎の改善例16)17)18)の機序も同様に説明し得る。

 グルココルチコイドのひとつにコルチゾールがあるが浪越徳治郎の伝記19)にもその記述がある。但し副腎周囲を押圧したことによりコルチゾールが分泌されたとある。分泌機序の記述としては説明不足感が否めないが、“疑似すくみ反応”の機序であれば説明可能であると考える。

 また、圧迫による心拍低下の例として乳児突然死症候群(SIDS)が挙げられる9)。  警戒による除脈がヒトに於いても発生することを示唆する症例ではあるが、前頚部への指圧を慎重に施術しなければならない理由とも言えよう。

 ウマの場合に戻って考察する。森林と草原をトレッキングした場合に森林の方がコルチゾールの分泌量が多い20)という報告があることから、外敵を発見しにくい森林の方がよりすくみ行動-HPA軸興奮が起こりやすくなっていると解釈すれば、今回の仮説を補強するものであると考える。

 なお、ウマに対する体系的なマッサージ21)ではヒトの後頚部に相当する部位から施術する。ウマに対して必要以上の警戒心や不安を抱かせない配慮であると考えられる。前頚部への指圧が細心の注意を要するのは、本来は不快感を与えてしまうおそれのある部位への施術であるからで、ここに指圧とマッサージの生理機序の本質的相違点の端緒が含まれているように思われる。即ち“疑似すくみ反応”の有無である。

 以上、前頚部指圧によりHPA軸が興奮し得る仮説を展開した。しかしながらこの仮説には多分に推論が含まれるため、ヒトに於いてもウマに於いても実際に指圧時のコルチゾール測定等が今後の課題となる。

 また、ヒト以外の動物に対する指圧療法の効果の研究が深まれば、指圧によるアニマルウェルフェア20)(動物福祉)分野への貢献も可能であると考える。

V.結論

 ウマに対する前頚部指圧により、心拍数が有意に低下した。

VI.参考文献

1) 小谷田作夫他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌(22),p.40-45,1998
2) 井出ゆかり他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果.東洋療法学校協会学会誌(22),p51-56,1999
3) 加藤良他:前頚部指圧が自律神経機能に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(32),p.75-79,2008
4) 衞藤友親他:前頚部指圧による呼吸商の変化,日本指圧学会誌(1),p.11-13,2012
5) 浪越徹:完全図解指圧療法普及版,日貿出版,1992
6) Klaus-Dieter Budras,Sabine Röck,橋本善春:馬の解剖アトラス 第3版,p.52-53,チクサン出版,2005
7) 真島英信:生理学 第18版,p.389-390,文光堂,1990
8) 真島英信:生理学 第18版, p.413-414,文光堂,1990
9) Barbara N.Horowitz, Kathryn Bowers著,土屋晶子訳:人間と動物の病気を一緒にみる,p.185-207,2014
10) 坂井建雄,久光正監修:ぜんぶわかる脳の事典,p.124-127:成美堂出版,2014
11) 坂井建雄,久光正監修:ぜんぶわかる脳の事典,p.130-131:成美堂出版,2014
12) 真島英信:生理学 第18版,p.443:文光堂, 1990
13) 真島英信:生理学 第18版,p.535-536:文光堂,1990
14) 小山なつ:痛みと鎮痛の基礎知識(上),p165-166:技術評論社, 2010
15) 真島英信:生理学 第18版,p.557-559,文光堂,1990
16) 金子泰隆:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療,日本指圧学会誌(1),p.2-5,2012
17) 金子泰隆:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療(第2報),日本指圧学会誌(2),p.13-21,2013
18) 千葉優一他:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療.日本指圧学会誌(2),p.22-25,2013
19) 浪越学園・日本指圧専門学校監修:浪越徳治郎 指圧一代記,p.24-25:テレビ朝日コンテンツ事業部,2005
20) 松浦晶央:日本在来馬の動物介在活動・療法・教育への利活用に関する研究,2011 http://kaken.nii.ac.jp/d/p/23780270/2011/ja.ja.html
21) Patricia Whalen-Shaw著,内田恵子訳,山縣真紀子編:馬のヒーリングマッサージ,p.11-14,日本ウマ科ヒーリング・マッサージ協会,2005


【要旨】

ウマを対象とした前頚部指圧による心拍数の変化
衞藤友親

 ヒト以外の哺乳動物に指圧を施した場合でもヒトと同じ反応が起こり得るか否かについて心拍数を基準として計測した。ウマに於いても前頚部指圧による有意な心拍数の低下が観察された。動物のすくみ反応時の生理機序と、これまでの指圧研究・症例報告の結果が矛盾しないことから、前頚部への指圧はHPA軸を刺激することによるグルココルチコイドの分泌を狙った施術ではないか、との仮説に至った。

キーワード:前頚部指圧、心拍数、ウマ、すくみ反応、グルココルチコイド


顔面部への指圧刺激による調節近点距離の変化:大木慎平

大木慎平
東京医療福祉専門学校 教員養成科、大木指圧治療院 

Changes to Near Point of Accommodation Due to Shiatsu Stimulation of the Facial Region

Shinpei Oki

 

Abstract : Considering value of near point of accommodation as an objective indicator of visual performance, we examined the effectiveness of shiatsu treatment applied to the facial region in improving visual performance. Research was conducted on seven healthy adults, and shiatsu treatment of the facial region was carried out according to the basic Namikoshi shiatsu procedure. The research showed that the post-stimulation average value of near point of accommodation was significantly decreased compared to the pre-stimulation average value in the stimulation group. As for the non-stimulation group, on the other hand, there was not significant difference in average value of near point of accommodation between the pre-stimulation and the post-stimulation. The result indicates that basic Namikoshi shiatsu treatment of the facial region is effective in improving visual performance.


I.はじめに

 近年情報技術は急速な発達を見せ、我々の日常生活の中で PC、スマートフォンなどの端末を凝視する時間が増えたことにより、視力低下、眼疲労が問題となっている。

 眼疲労が視機能に与える影響として、水晶体の厚みの調節に働く毛様体筋の疲労によるピント調節能の低下がある。ピント調節能は眼疲労により一時的に低下し、これを利用した眼の疲労度の測定方法の一つとして調節近点距離(以下近点距離)の測定が提言されている1)。調節近点はピントが合った状態で対象を見ることができる最も近い距離のことで、近点距離の延長は調節能の低下が示唆される2)

 指圧施術後に患者から「視界が明るくなった」「ものがよく見えるようになった」という感想を得ることは少なくない。本研究では、これらの視機能の向上を定量化するため、浪越式基本指圧の顔面部操作において、近点距離に与える影響を調査したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

対象

 屈折機能の異常以外に眼疾患を有しない健常成人7名(男2名、女5名)
 平均年齢 39±12.6 歳

期間

 2013 年 2 月 17 日〜2 月 20 日

場所

 日本指圧専門学校新校舎 7 階教室
 照度は照度計(TASI-8720、TASH 社)を用いて測定し、350~400lx を保った。

実験手順

被験者に対し、事前に実験内容を説明し、同意を得たうえで実験を行った。7 名の被験者に対し、指圧刺激を与えるもの(以下刺激群)と指圧刺激を与えないもの(以下無刺激群)の 2 種類の介入を日をかえて行った。順序はまず刺激群、その後日に無刺激群とした。

(1)刺激部位、時間

 仰臥位にて、浪越式基本指圧の顔面部における操作法3)を約 2 分間行い、圧刺激は快圧(被験者が心地よいと感じる程度の圧)にて行った。

(2)測定方法

 近点距離の測定は、40×40mm に切り出した新聞記事を指標とし、これを台紙に貼り付 けて柄をつけたもの(図1)を座位にて被験者に持たせ、顔面に触れる距離から徐々に遠ざ けていき、新聞記事の文字がはっきり見え始めた距離を申告させ、角膜頂点から指標までの 距離をメジャーにて計測した(図2)。

図1. 40×40mm に切り出した新聞記事
図1. 40×40mm に切り出した新聞記事

図2. 角膜頂点から指標までの距離を計測図2. 角膜頂点から指標までの距離を計測

 

(3)実験手順

 刺激群は刺激前に近点距離を計測し、仰臥位にて2分間指圧刺激を行った。その後1分間開眼安静とし、再び近点距離を計測した。  

 無刺激群は刺激前に近点距離を計測し、仰臥位にて2分間閉眼安静とした。その後1分間開眼安静とし、再び近点距離を計測した。

III.結果

 刺激群、無刺激群それぞれで、刺激前の近点距離と刺激後の近点距離の平均値を対応のある t 検定にて比較した。

 刺激群における刺激前の平均近点距離は 154.86±70.27mm(mean±SD)、刺激後の平均近点距離は138.57±63.57mm で、刺激前の平均近点距離に比べ、刺激後の平均近点距離に有意な短縮 がみられた(P=0.008)(図3)。

図3. 刺激群における平均近点距離の変化
図3. 刺激群における平均近点距離の変化

 無刺激群における刺激前の平均近点距離は 138.29±55.54mm、刺激後の平均近点距離は 137.29±54.59mm で、刺激前の平均近点距離と、刺激後の平均近点距離に有意な差はみら れなかった(P=0.15)(図4)。

図4. 無刺激群における平均近点距離の変化図4. 無刺激群における平均近点距離の変化

IV.考察

 今回の実験では刺激群には有意な変化がみられたが、無刺激群には有意な変化はみられなかった。視覚器の調節には前述の毛様体筋だけでなく、水晶体、瞳孔括約筋、瞳孔散大筋、EW核などの機能も関連しており、今回の実験でみられた刺激群の近点距離の短縮の機序については、単純に論じることはできない。

 木下は近方調節には副交感神経、遠方調節には交感神経が関与している4)と述べており、また、日本指圧専門学校の報告では腹部、前頚部、仙骨部への指圧刺激により瞳孔直径の縮小がみられる5)~7)ことを明らかにしている。今回得られた実験結果も、顔面部への指圧刺激により、視覚器の調節機能を主る副交感神経機能の亢進、または交感神経機能の抑制のどちらかが働いたか、その両方が働いたことにより、両者の拮抗状態に平衡が生じた結果としてみられた可能性がある。

 今回の実験から、顔面部への指圧刺激は調節機能の改善に一定の効果があるものと推察される。また、眼周囲部の温熱療法により調節機能の回復時間が早まることが報告されており8)、眼疲労を訴える患者に対しての眼窩部・こめかみ部への押圧、また、眼球部掌圧という操作の意義は深いものと考える。

V.結論

 顔面部への指圧刺激により、調節近点距離の短縮が生じた。

VI.参考文献

1) 木村達洋他:視覚系疲労の少ないヒューマンインターフェース開発に向けた評価法の提案,情報処理学会論文誌44(11),p.2587-2597,2003
2) 市川正明他:近点距離測定の意義について,産業医学29(7),p.642,1987
3) 石塚寛他:指圧療法学,p.118-119,国際医学出版株式会社,東京,2008
4) 木下茂:IT 眼症の捉えかた,日本の眼科74(8),p.859-861,2003
5) 栗原耕二郎他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34,p.129-132,2010
6) 横田真弥他:前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校 協会学会誌35,p.77-80,2011
7) 渡辺貴之他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法 学校協会学会誌 36,p.15-19,2012
8) 難波哲子他:Visual DisplayTerminal(VDT)作業による自然視調節機能の低下と眼 周囲温熱療法による回復効果,川崎医療福祉学会誌17(2),p.363-371,2008


【要旨】

顔面部への指圧刺激による調節近点距離の変化
大木慎平

 本研究では、眼の調節近点距離を視機能の客観的指標と捉え、7名の健常成人に対する浪越式基本指圧の顔面部操作による調節近点距離の変化を測定し、視機能向上の有効性を検討した。  実験の結果、刺激群において、刺激前の平均調節近点距離に比べ、刺激後の平均調節近点距離に有意な短縮がみられた。無刺激群においては、刺激前と刺激後の平均調節近点距離に有意な変化はみられなかった。以上のことから、浪越式基本指圧の顔面部操作は、視機能の向上に有効性を持つものと推測する。

キーワード:指圧、視機能、近点距離


押圧操作と運動操作の併用により姿勢矯正が認められた一例:新倉玄太

新倉玄太
げんた治療院 院長

A case of posture correction by a combination of pressure application and exercise therapy

Genta Niikura

Abstract : Many people with subjective symptoms such as stiff shoulder or low back pain are encountered in clinical practice. Here we report a case where shiatsu therapy helped the patient achieve symptom relief and better posture. Shiatsu therapy not only released the muscle tension but also adjusted the joints. Shiatsu therapy involves a combination of pressure application and exercise therapy, and it is possible that this combination had effects on both muscles and joints and helped achieve the favorable outcomes in the present case.

Keywords: shiatsu therapy, pressure application, exercise therapy, posture correction


I.はじめに

 指圧治療において、筋、軟部組織への押圧操作だけで筋緊張を緩めることができても、数日後または数週間後に同様の症状に悩まされてしまう患者が臨床現場で多く見られる。そのような症例に対し継続的に姿勢矯正、関節の調整も並行して行うことにより治療効果を向上させることができるのではないかと考えた。

 今回、押圧操作と運動操作を同時にまたは併用して行うことにより、関節の調整をし、姿勢矯正することで高い治療効果を上げることができた症例を報告する。

Ⅱ.対象および方法

施術対象

 30代女性 保育士

場所

 当院

期間

 2014年3月30日~4月12日

主訴

 かがんでの作業が多いため腰痛、猫背で肩こりがひどい、職場の人に姿勢が悪いと言われ気にしている

治療法

 全身指圧1)および肩関節、股関節、仙腸関節の運動操作

  • 円背に対して
    伏臥位にて脊柱掌圧、棘突起調整
  • 肩関節過内旋に対して
    横臥位にて
    肩甲骨上角、鎖骨下、烏口突起に押圧操作
    プラス、肩甲骨の調整操作
  • 腰椎後弯に対して
    仰臥位にて、腹部掌圧・鼠径部掌圧
    腹臥位にて、股関節・仙腸関節調整
  • 骨盤後傾に対して
    仰臥位にて、腹部・鼠径部掌圧
    伏臥位にて、股関節・仙腸関節調整

III.結果

第1回(平成26年3月30日)
[術前所見]

  • 自覚症状:かがんでの作業が多いため腰痛、猫背で肩こりがひどい。
    職場の人に姿勢が悪いと言われ気にしている。
  • 他覚所見:骨盤過後傾、円背、肩関節過内旋がみられる(図1)。

[術後所見]

  • 自覚所見:肩こりや腰痛を感じにくくなった。
    同じ姿勢を続けても、仕事中辛さを感じにくくなった。
  • 他覚所見:骨盤が前傾位になり腰椎が前弯したため腰部の筋の緊張が緩和された。
    肩甲骨の位置が改善されたため肩関節の内旋が改善された(図2)。

vol4_04fig1

第2回(平成26年4月12日)
[術前所見]

  • 自覚所見:周りの方から姿勢が改善されたと言われた。
    腰痛が緩和している。
  • 他覚所見:骨盤の前傾が保たれている。
    肩関節過内旋の所見が見られる(図3)。

[術後所見]

  • 自覚所見:肩こり腰痛の症状が軽減された。
    同じ姿勢を続けても痛みを感じにくくなった。
  • 他覚所見:肩関節過内旋が改善されている(図4)。
    関節の位置の調整を行ったことで筋肉の緊張も緩和されている。

vol4_04fig2

IV.考察

 厚生労働省の国民生活基礎調査2)によれば、日本国民が普段感じている自覚症状の1位、2位が男女とも肩こり腰痛という結果が出ている。その状況は現在でも大きくは変わっておらず、当院に来院する患者の主訴も肩こりや腰痛が比較的多い。

 臨床の現場において、経験上ではあるが肩こりや腰痛を緩和させるためには、筋の過緊張を取り除くと同時に、関節の調整を行うことでより効果が持続する感覚を持っている。
その理由として、二足歩行である人体は常に重力に抗して姿勢を維持しており、姿勢を維持するために抗重力筋である伸筋や体幹の筋肉が常時収縮していなければならないことや、姿勢が崩されるときには姿勢反射が働き姿勢を維持しようとする3)ことなどから円滑な日常生活を行う上での正しい骨格、姿勢が崩れると、より筋肉に負荷がかかることが考えられる。そのため慢性的に崩れてしまった骨格、姿勢を調整することが肩こりや腰痛の改善につながると考えられる。

 本症例は、初診時には重心線の崩れが非常に大きく(図1)、そのため大胸筋をはじめとする肩関節内旋筋の過緊張および抗重力筋の緊張低下が引き起こされていたものと考えられる。また大殿筋およびハムストリングスが過緊張することで骨盤後傾がみられたものと考える。

 初回の治療において、大殿筋およびハムストリングスの過緊張が改善され、また腰方形筋、脊柱起立筋の過伸展が改善されたことにより骨盤後傾及び腰椎の後弯の改善がみとめられたものと考える。また肩関節に関しては、大胸筋、広背筋、肩甲下筋などの上腕を内旋させる筋の過緊張が改善されたことで肩甲骨の位置が変わったと推測する(図2)。

 第2回目の術前では、若干の肩関節内旋の所見は見られるものの第1回の術後から重心線が大きく崩れている様子は見受けられない(図2、図3)。第2回の治療において、さらに過緊張した筋の柔軟性が向上し、過伸展された筋とのバランスがとれたことにより、肩関節および上腕骨の位置に変化が生じたことで僧帽筋、胸鎖乳突筋などの頸部の筋肉の緊張が緩和され頭位の変化まで認められたものと推測する。

 円滑な日常生活を行う上での姿勢の崩れが筋の過緊張や緊張低下に始まり起こるのか、関節の位置の異常にはじまり起こるのかという点に関してはどちらともいえない側面があるが、少なくとも指圧刺激が筋の柔軟性に及ぼす効果についての報告が複数存在する4~6)ことから、本症例においては姿勢を崩す原因となっている筋の過緊張が押圧操作により改善されたこと、また運動操作により関節の位置が改善されたことにより症状の改善が見られたものと考える。

V.結論

 指圧治療において押圧操作と運動操作を併用し、筋の過緊張を取り除き、関節の位置を改善させることにより肩こり腰痛が改善される傾向にあると考えられる。しかし今回は1例のみの報告であるため、さらに症例を重ね検討していきたいと考える。

VI.参考文献

1) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,国際医学出版,2008
2) 厚生労働省:国民生活基礎調査.2013,http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21.html
3) 東洋療法学校協会:生理学,医歯薬出版株式会社,1990
4) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,(社)東洋療法学校協会学会誌(25),p.125-129,2001
5) 菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),(社)東洋療法学校協会学会誌(26),p.35-39,2002
6) 衛藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),(社)東洋療法学校協会学会誌(27),p.97-100,2003


【要旨】

押圧操作と運動操作の併用により姿勢矯正が認められた一例
新倉 玄太

 臨床現場において、多くの方が肩こり・腰痛の自覚症状を持っている。指圧治療において筋の緊張を 取り除くことだけではなく、姿勢や関節の調整を行うことで症状を改善させることができた。指圧治療の押圧操作と運動操作を併用することで筋・関節の両方に影響を与え効果を得られたものと考える。

キーワード:指圧治療、押圧操作、運動操作、姿勢矯正


下肢のしびれに対する指圧療法の効果:金子泰隆

金子 泰隆
MTA指圧治療院
院長
日本指圧専門学校教員

Effectiveness of Shiatsu Treatment Against Numbness of the Lower Extremities

Yasutaka Kaneko

 

Abstract : Patients with a diagnosis of lumbar disc hernia often visit shiatsu clinics, and they experience reduction in symptoms after a several shiatsu sessions in many cases. The lumbar disc hernia diagnosed by imaging findings does not always relate to the symptoms. This is a case report of a patient diagnosed with lumbar spinal canal stenosis and serious lumbar disc hernia became mostly asymptomatic after three shiatsu sessions although the imaging showed little changes. Since muscle tightness and / or blood circulation disorder of the lower extremities may be neurologically causing the symptom, shiatsu treatment is worth trying for even a patient diagnosed with lumber disc hernia to ease the symptom.


I.はじめに

 臨床現場において腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けて来院する患者は少なくない。しかし、数回の施術でその症状が改善するケースも多く、必ずしも画像所見におけるヘルニアが症状の発現に関与しているとは限らない。今回、腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた患者に3回の施術を行い症状がほぼ消失したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:学校法人浪越学園 日本指圧専門学校 臨床実習室
期間:平成25年11月27日~12月11日(治療回数3回)

[症例]

 36歳男性

[現病歴]

 25~26歳頃から慢性的な腰痛を自覚していた。特に大きな症状の悪化もなかったためそのままにしておいたところ、2013年11月20日頃から腰痛と左殿部~足先にかけてのしびれが出現した。今まで経験したことの無い症状の強さであったため、整形外科を受診したところ、腰部脊柱管狭窄症と重度のヘルニアであるとの診断を受け手術も考慮した方が良いとのことであった。できるだけ手術は避けたいとの思いから、保存療法で症状を軽減させるべく指圧療法を受診するに至った。

[既往歴]

 右前腕血管腫の既往あり
 アレルギー(卵・ハウスダスト)あり

[治療法]

  • 横臥位を除く浪越式基本指圧1)(両下肢に重点を置く)
  • 仰臥位における頚部操作 ・左仙腸関節矯正のための中殿筋の押圧回旋操作

[評価]

  • 問診での術前術後の所見の変化の聴取。
  • 10段階のVAS(Visual Analogue Scale )を用いてしびれの評価を行った。

III.結果

11月27日(第1回)

[術前所見]

 自覚所見:

  • 自発痛・夜間痛なし。
  • 左下肢にしびれ感あり。
  • 間欠跛行なし。
  • 足を引きずるように歩く。
  • 咳やくしゃみでの痛みの増強なし。
  • 膀胱直腸障害なし。
  • 排便時に会陰部の激しい痛みがある。

 他覚所見:

  • 大腿動脈及び足背動脈の拍動は正常。
  • 疼痛回避のための側弯がみられる。
  • 左母趾底背屈に減弱がみられ、思うように動かせない。
  • SLRテスト45°で足背、足底、下腿後面にしびれ出現。
  • 右腰部圧痛あり、左腰部圧痛なし。
  • 左上後腸骨棘が下方に変位している。
  • MRI画像にて L4/5間にヘルニアを認める。(図1、図2)

図1.本症例におけるMRI画像所見図1.本症例におけるMRI画像所見

図2 医療機関報告書(一部抜粋)図2 医療機関報告書(一部抜粋)

[術後所見]

  • SLRテスト45°(+)→70°(-)
  • 術前VAS10→術後VAS1
  • 血流が改善してきた感覚があり、知覚鈍麻が改善した。
  • 歩行時の重だるさがなくなった。

12月4日(第2回)

[術前所見]

 自覚所見:

  • 左足背のみしびれを感じる。
  • 左母趾底背屈に減弱がみられ、思うように動かせない。
  • 排便痛が消失した。

 他覚所見:

  • SLR 80°(-)脹痛を感じる。
  • 第1回治療から1週間で体重が108㎏ →104kgに減少

[術後所見]

  • 左母趾の感覚が出てきた。
  • SLR 90°(-)脹痛が消失した。
  • 術前VAS3→術後VAS2

12月11日(第3回)

[術前所見]

 自覚所見:

  • 左母趾の違和感がある。

 他覚所見:

  • 片足立ちのバランスが不安定。
  • 左母趾背屈が可能になった。
  • SLR 90°(-)心地よい脹痛を感じる。

[術後所見]

  • 片足立ちがスムーズにできるようになった。
  • 階段がスムーズに昇れるようになった。
  • 睡眠の質が改善した。
  • 術前VAS2→術後VAS1  

 ほぼ症状が寛解したため、治療を終了した。

IV.考察

 腰椎椎間板ヘルニアは、髄核を取り囲んでいる線維輪の後方部分が断裂し、変性した髄核が断裂部から後方に逸脱することにより神経根、馬尾が圧迫されて発症する病態と考えられている。しかし、椎間板症や腰部脊柱管狭窄症との鑑別が十分になされていない現状が認められたため、腰椎椎間板ヘルニアガイドライン策定委員会により診断基準が提唱されるに至った2)。提唱された診断基準(図3)である。

図3 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会提唱の診断基準図3 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会提唱の診断基準

 上記診断基準に本症例を照らし合わせると、基準1、基準3、基準5で一致がみられるが、基準2および4では一致がみられていない。そのため、医療機関における診断はL4/5椎間板ヘルニアであったが、椎間板ヘルニア以外の要因により諸々の症状が出現しているということも念頭に置き診察、治療にあたった。  本症例は、腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの合併という診断を受けており、画像所見からはその状態が観察される(図1)。しかしながら、自覚所見の聴取では間欠跛行などの所見はみられなかった。そのため、腰部脊柱管狭窄症での症状出現の可能性は低いと判断した。また、SLRやしびれの出現領域、母趾背屈力の低下など腰椎椎間板ヘルニアを疑う所見は充分にあったが、安静時の症状がないことなどから下肢の筋緊張による血流障害により症状が出現している可能性もあると判断した。

 診察所見として、左上後腸骨棘の下方への変位が観察されたため、左仙腸関節の後方下方変位により、左下肢の筋緊張が亢進した症例であると判断し、左仙腸関節の調整と下肢全体の筋緊張緩和を目的として施術を行った。

 第1回の治療後のVAS値の変化、SLR所見の変化がみられたことから第2回、第3回共に同じ内容の施術を行った。結果、3回の治療でほぼ症状が寛解したため治療を終了した。症状はほぼ寛解したが、術前術後の医療機関用報告書では、画像所見に大きな変化はみられなかった(図2)。そのことを考慮すれば、本症例は左仙腸関節変位による下肢の筋緊張が長引いたことで下肢のしびれと筋力低下を起こしたものと推測するのが妥当であると考える。

 臨床現場で腰椎椎間板ヘルニアの診断を受け来院するケースは比較的多いように思われる。しかしながら、症状と画像所見の一致していないケースも存在するものと思われる。ガイドラインにおいても的確な問診を行うことにより、ヘルニアを疑うことやヘルニアの高位の推定を行うことは高い確率で可能であるため、腰椎椎間板ヘルニアの診断に際して問診や病歴を採取することは極めて重要である2)としている。そのため、問診や病歴の採取と画像所見および神経学的所見などを総合的に判断し、診断、治療を行うことが極めて重要であると考える。  また、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも下肢の筋緊張や血流障害が神経学的所見の原因となっていることも考えられる。指圧刺激が筋の柔軟性を向上させることも報告されている3)4)5)ことから、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合においても、保存療法として指圧療法を試みることには充分価値があるものと考える。

V.結論

 腰椎椎間板ヘルニアの診断を受け患者が来院したケースでも、的確な問診や病歴の聴取、神経学的所見から総合的に判断し、治療を行うことが重要である。また、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも、指圧療法を試みる価値は充分にあると考える。

VI.参考文献

1) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版, 国際医学出版, 東京,2008
2) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会, 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン改訂第2版,南山堂,東京,2011
3) 浅井宗一ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,(社)東洋療法学校協会学会誌(25),p.125-129,2001
4) 菅田直記ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),(社)東洋療法学校協会学会誌(26),p.35-39,2002
5) 衞藤友親ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),(社)東洋療法学校協会学会誌(27),p.97-100,2003


【要旨】

下肢のしびれに対する指圧療法の効果
金子泰隆

 臨床現場において腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けて来院する患者は少なくない。しかし、数回の施術でその症状が改善するケースも多く、必ずしも画像所見におけるヘルニアが症状の発現に関与しているとは限らない。今回、医療機関にて腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた症例に指圧療法を行った結果、3回の施術で症状がほとんど消失した。本症例では、症状が消失したにもかかわらず、画像の所見に大きな変化はみられなかった。腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも下肢の筋緊張や血流障害がしびれなどの神経学的所見の原因となっていることも考えられるため、指圧療法を試みることは充分価値のあるものと考える。

キーワード:下肢の筋緊張、しびれ、指圧療法