丸山一郎
日本指圧専門学校 53期卒業生
Shiatsu Therapy for a Patient with Suspected Peripheral Neuropathy
while Diagnosed with Traumatic Cervical Spinal Cord Injury
Ichiro Maruyama
Abstract : A patient with traumatic cervical spinal cord injury and suspected peripheral neuropathy (flaccid paralysis of the lower extremities) was treated with shiatsu therapy with the aim of releasing dorsal muscle tension. After a course of 29 sessions of shiatsu therapy, the lower-limb motor function recovered. This suggested the presence of significant muscle hypertonicity alongside the spine was significantly related to the motor dysfunction caused by the peripheral neuropathy. Considering other reports on the improvement of muscle flexibility with shiatsu therapy, we conclude that in our patient, the release of muscle tension by the shiatsu therapy improved blood circulation and the range of motion of the spine, leading to recovery in motor function.
Keywords: flaccid paralysis of the lower extremities, shiatsu therapy, dorsal muscle tension
I.はじめに
脊髄損傷とは脊柱管の中に保護されている脊髄の損傷である。脊髄損傷レベルにより運動障害・呼吸障害・循環器障害・排尿障害・消化器障害などの症状を呈する。治療は初期治療と慢性期治療に分け、初期治療では薬物療法・局所安静・頭蓋牽引・手術、慢性期治療ではリハビリテーションが中心となる。今回、頸部外傷性脊髄損傷の診断を受けた患者に施術を行い症状がほぼ消失したので報告する。
Ⅱ.対象および方法
場所
患者宅
期間
平成26年8月25日~12月1日 (治療回数29回)
施術対象
82歳女性
現病歴
46年前に頸部外傷性脊髄損傷を発症、リハビリにより上肢の運動機能は回復するが、下肢は麻痺(対麻痺)が残存、それ以来車椅子となる。6年くらい前に右上腕骨骨折、その後、化膿性骨髄炎による右腕切断。2年くらい前に結核と診断され結核病棟に入院、その後寝たきりとなる。退院後、上肢・背部の疼痛があらわれ、疼痛緩和の目的で訪問マッサージを受けることとなった。
既往歴
脊髄損傷による対麻痺(循環器障害・排尿障害・消化器障害)胆嚢癌・膵臓癌・結核・化膿性骨髄炎による右腕切断
治療法
- 横臥位における頸部・背部・仙骨部・臀部指圧
- 仰臥位における左上肢・下肢指圧(両下肢に重点を置く)
評価
- 10段階のVASを用いて疼痛の評価を行った。
- 徒手筋力テスト(MMT)
III.結果
8月25日(第1回)
[術前所見]
自覚所見
- 腰部から下の運動麻痺と感覚障害。
- 膝から下の痺れ感あり。
- 膀胱直腸障害あり。
- 上肢・背部の疼痛。
- 冷えのぼせ(頸部より上の多汗)
他覚所見
- 左肩関節可動域制限。
- 下肢弛緩性麻痺と感覚障害。
- 背部から臀部にかけての疼痛。
[術後所見]
- 血流改善により冷えのぼせ感が軽くなった。
- 疼痛が軽減された。
9月4日(第4回)
[術後所見]
- 背部の筋緊張が和らぐ。(胸腰移行部)
- 大腿内側の疼痛がとれる。
- 大腿部の感覚が戻りはじめる。(大腿神経・閉鎖神経)
- 大腿部の筋収縮がみられる。(内転筋)
9月8日(第5回)
[術後所見]
- 足底の疼痛がとれる。
- 仙骨部の指圧が気持ち良かった。
9月18日(第8回)
[術後所見]
- 尿意、便意を感じる。(膀胱直腸障害の改善)
- 大腿部の感覚が戻る。
10月2日(第12回)
[術後所見]
- 大腿部の筋収縮がみられる。(大腿神経・閉鎖神経)
10月30日(第20回)
[術後所見]
- 大腿部の筋収縮がみられる。(坐骨神経)
11月6日(第22回)
[術後所見]
- 股関節の動きがみられる。(屈曲・伸展・外旋・内旋)
- 膝関節の動きがみられる。(屈曲・伸展)
- 左肩関節が安定し疼痛がとれる。
- 膝下の感覚が変わった。
11月17日(第25回)
[術後所見]
- 足関節と足指の動きがみられる。〈屈曲・伸展)横臥位
- 軽度ブリッジが出来る。(臀部挙上)
12月1日(第29回)
[術後所見]
自覚所見
- 踵骨部の痺れ感がある。
- 疼痛の発生がなくなった。
他覚所見
- 腰から下の運動機能回復。
- 膀胱直腸障害改善
IV.考察
脊髄損傷の多くは外力によって脊椎の脱臼骨折が起こり、それに伴って脊髄が損傷されるものである。脊髄損傷の発生したレベルと程度(完全麻痺か不完全麻痺)によって特色があるが、損傷発生直後には脊髄ショックに陥り、損傷レベルから下位の脊髄は自律性を失う。すなわち運動、知覚、深部腱反射等すべてが消失した弛緩性麻痺となり、同時に自律神経機能も低下する。回復期を過ぎると損傷脊髄以下の反射機能は回復して痙性麻痺となり、深部腱反射は亢進してくる1)。
本症例は、受傷後から現在に至るまで弛緩性麻痺の状態だったことから脊髄損傷までは考えられず、脊髄圧迫であったと考えることができる。すなわち下位運動ニューロン障害が考えられ、脊髄損傷レベルとADLレベルで照らし合わせると、T1(上肢は正常、自由な車椅子動作可能)は可能、T6(循環系の安定)は安定しないので上位胸髄での異常があると判断した。診察所見として胸椎弯曲がほとんどなくストレートであった。その為に背部筋緊張が亢進し下位運動ニューロン障害を引き起こし、疼痛および運動機能障害が起きている推測することができる。
上記より脊髄圧迫による末梢神経障害との判断のもと、本症例に対し疼痛の緩和と運動機能回復を目的として、指圧施術を行った。その結果、29回の施術により踵骨部の感覚障害は一部残るものの、疼痛を指標としたVAS値が減少し(表1)、徒手筋力テストにおける筋力の回復がみられた(表2)。仮に本症例が脊髄損傷であった場合、今回のような短期的な機能回復は考えづらい2〜3)。よって本症例については、筋緊張の亢進による神経絞扼が原因でおこった末梢神経障害が指圧療法により回復したと考えるのが妥当である。
本症例の末梢神経障害による運動機能障害には、脊髄側の筋緊張亢進が少なからず関与していると考えられる。指圧刺激により筋の柔軟性が向上する報告がある4〜6)ことから、筋緊張緩和・血行促進・脊柱可動域の改善がされ、運動機能の回復に至ったと考える。
V.結論
長年の末梢神経障害(疼痛と運動機能障害)を患っても、指圧療法での回復の可能性がある。
VI.参考文献
1) 奈良信雄 他:(社)東洋療法学校協会臨床医学各論(第2版)脊髄損傷,医歯薬出版株式会社,p.171-173,2010
2) 眞野行生:末梢神経障害のリハビリテーション(社)日本リハビリテーション医学会誌28(6),p.453-458
3) 西脇香織 他:末梢神経損傷後の神経再生とリハビリテーション(社),日本リハビリテーション医学会誌39(5),p.257-266,2002
4) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(社),東洋療法学校協会学会誌(25),p.125-129,2001
5) 菅田直記 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),(社)東洋療法学校協会学会誌(26)p.35-39,2002
6) 衛藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),(社)東洋療法学校協会学会誌(27)p.97-100,2003
【要旨】
頸部外傷性脊髄損傷の診断を受けたが末梢神経障害であったと思われる患者に対する指圧療法
丸山 一郎
今回、頸部外傷性脊髄損傷との診断を受けたが、末梢神経障害(下肢弛緩性麻痺)であったと思われる患者に指圧療法を行った。背部筋緊張の緩和を目的に施術を行った結果、29回の施術で下肢運動機能の回復に至った。末梢神経障害による運動機能障害には、脊髄側の筋緊張亢進が少なからず関与していると考えられる。指圧刺激による筋の柔軟性が向上する報告などもあることから、指圧によって筋緊張緩和したことにより血行促進・脊柱可動域の改善がされ、運動機能の回復に至ったと考える。
キーワード:下肢弛緩性麻痺、指圧療法、背部の筋緊張