80代女性 開腹手術後の円背矯正:作田 早苗

作田 早苗
りんでんマニピ指圧治療院 院長

Shiatsu Treatment for Kyphosis; A case report of a female patient in her eighties who underwent laparotomy

Sanae Sakuta

 

Abstract :  This report examines the case of a female patient who underwent laparotomy for colorectal cancer in 2017 and received shiatsu treatments for kyphosis and back pain. At the end of a course of 15 shiatsu treatments, posture improved and frequency of complaining of pain decreased. We concluded that shiatsu treatments released muscle tension and helped to ease the patient’s symptoms in this case.Since kyphosis occurs frequently among elderly people and it is associated with various motor function disorders, shiatsu may contribute in its care and prevention.

Keywords:shiatsu, kyphosis, posture, care and prevention


I.はじめに

 近年、我が国の高齢化は急速に進行しており、要介護認定者数も介護保険創立当初は218万人であったものが現在では633 万人もの人数に増加している1)。要介護状態の予防のためにも健康寿命の延伸が非常に重要な取り組みといえるが、介護が必要になった原因を要介護度別にみると、要介護者では第1位が「認知症」、第2位が「脳血管疾患」であるのに対し、要支援者は第1位が「関節疾患」、第2位が「高齢による衰弱」となっている2)。要支援者はいわば要介護予備群であり、要支援となった主な原因が関節疾患や筋力の低下などの廃用症候群であることは、高齢者の運動機能の維持が介護予防の重要な要素であることを物語っている。
 高齢者は骨量減少に伴う変形、筋力低下により脊柱変形を呈すことが多いが、特に脊柱後湾、いわゆる円背は臨床上見かけられることが多い。円背は高齢者のさまざまな機能障害を引き起こすため、その予防が運動機能維持に重要となる。すでに生じた姿勢の変形を正すとなると、「姿勢矯正」ということになるが、姿勢矯正というと一般的には若年者を対象としたもので、高齢者は対象にならないと思われているケースが多い。しかし、高齢者であっても筋の柔軟性を高めたり、運動習慣を身につけることで、年齢に関係なく姿勢の改善は十分可能であると筆者は考える。今回、指圧治療で筋の緊張を緩和することにより、円背が改善され患部の痛みも緩和された症例を得られたので、報告する。

Ⅱ.対象及び方法

施術対象:

 84 歳 女性

場所:

 当院

期間:

  平成29年12月29日~平成30 年2月21日(全15回 治療継続中)

主訴:

 前日から突然右側の首、肩、腕に激痛をおぼえ、首を動かすことも、体を少しでも動かすこともつらくなった。寝ていても痛むため、横にもなれない。痛みのNRS値は10。

他覚所見:

 首が前方に突出、円背、右側弯による右肋骨の突出。歩行時に足が上がらず、すり足になる。

既往歴:

• 大腸癌、平成29 年7 月ステージⅡ開腹手術

• 4 歳の時に背中を手術したが、疾患名は覚えていない

• 現在薬の服用はなし

治療方針:

 患部に触れたり、身体を動かすだけでも強い痛みを訴えるため、ベッドに臥床することが困難である。よって、坐位にて患部から離れた箇所より施術を行う。

 痛みの原因は、円背により頭部が前方に偏位しているため、頭部の重さにより、背部、頸部、腰部の筋の過緊張が誘発されているためと考えられる。まずは、痛みを取ることを第一目的とし、円背の改善を第二目的とする。

 円背の原因は、加齢を素因とするものに加え、大腸がん開腹手術の手術痕の引き攣れにより、上体を伸展することが苦痛であるためと考えられる。また、右肋骨が突出して体幹がねじれているのは、右手で杖をつくことが原因で生じた側弯症と考えられる。

Ⅲ.治療及び結果

1回目(平成29年12月29日)

術前所見

(自覚)右側の頸部、肩、上肢の激痛、首が動かない

(他覚)円背、右側弯気味、O 脚、首の前方突出、頸部の過緊張(特に後頸部)、背腰部の硬結(特に右背部、左腰部)上肢、下肢の過緊張

治療:

 坐位(椅子にて)で上肢、下肢の指圧、背部、頭部の指圧。直接患部に触ることができず、患部より離れた箇所へ施術する。

結果:

 痛みのNRS 値は9.5。痛みは少し改善。首の可動性が向上する。

備考:

 翌日から休みに入ってしまうため、内臓疾患も考慮し痛みが治まらなければ、病院に行くことを勧める。

2回目(平成30年1月4日)

術前所見

(自覚)痛みのNRS 値は9.5。病院に行き薬を服用したが、痛みはあまり変わらない。

(他覚)頸部の可動域は初回術後とほぼ同じ状態。姿勢ほか変化無し。

治療:

 伏臥、仰臥位にはなれず、横臥位で施術。上肢、肩甲骨周辺、大胸筋、背部、下肢、頸部の基本指圧を中心に行う。

結果:

 移動体位変換には時間が必要で、ベッドへの移乗も足が上がらないため時間を要した。痛みは、来院時より楽になり、NRS値は8.5。

備考:

 病院で診てもらったが問題はないと言われた。今回は、最後に患部への施術ができた。

3回目(平成30年1月8日)

術前所見

(自覚)痛みのNRS値は8。痛みは軽くなってきた。

(他覚)円背の改善はされてきたが、O脚のため、下肢外側の緊張が強く、足関節の動きが悪い。歩行時に足が上がっていなくすり足になっている。

治療:

 横臥位=2回目と同じ。

 仰臥位=頸部、大胸筋、腹部、下肢全般

結果:

 左右の諸関節の動きは前回よりは良くなってきたが、首を起こすことがまだむずかしい。後頸部の過緊張が強く、顎が上がっている状態。痛みは少しずつ軽減してきている。術後、付き添いのお子さんに姿勢を見て頂き、改善されてきているのを確認してもらう。

5回目(平成30年1月15日)

術前所見

(自覚)痛みがなくなってきた。痛みのNRS値は7。前回施術後、帰る時は前が見やすくなっていた。

(他覚)前回来院時より目線が少し上がっていた。

治療:

伏臥位=後頸部、肩甲骨周辺、背腰部、臀部、下肢後側指圧

仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 術前より体位移動がスムーズになった。

備考:

 今までは階段を上がるのが辛く、前回までは付き添いのお子さんと階段を上がってきたが、本日は、一人で昇れた。伏臥位も今回初めてとることができた。

6回目(平成30年1月17日)

術前所見

(自覚)首の痛い日と痛くない日がある。いつも施術後に帰る時は前が良く見えるが2~3日すると下を向いてきてしまう。

(他覚)初回の頃から比べると上体が伸展してきた。右肩が下がり、頸が前方に出ている(図1)。後頸部の硬結が特に目立つ。

治療:

伏臥位=頭部、頸部、肩甲骨周辺、脊柱起立筋の指圧

横臥位=5回目と同じ

仰臥位= 上肢、頸部、胸部、指圧、肋骨調整

結果:

 少しではあるが、円背が改善し、目線が上がってきている(図2)。ベッドへの移乗にかかる時間が少し短くなってきた。

図1.1月17日 施術前
図1.1月17日 施術前

図2.1月17日 施術後
図2.1月17日 施術後

7回目(平成30年1月21日)

術前所見

(自覚)痛みはかなり軽くなってきており、痛む頻度も減った。痛みのNRS値は3。

(他覚)頸部が少しずつ緩んできたので、首に触れやすくなってきた。後頸部はまだ硬い。腰はしっかり伸びているが、背部が丸く、首が持ち上げられない。足関節の動きが悪い、歩行時に足が上がっていなくすり足になる。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 上体がより起きてきた。

備考:

 腹圧が弱いので、呼吸による腹筋の運動を紹介した。

10回目(平成30年2月5日)

術前所見

(自覚)痛みはない。痛みのNRS 値は0。

(他覚):頸部、背腰部の筋に柔軟性が出てきた。円背も改善し、O 脚も改善しつつある。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

側臥位= 頸部、大胸筋、下肢内側指圧

仰臥位= 上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 右肩は下がっているが、体幹の安定性が出てきた。

12回目(平成30年2月12日)

術前所見

(自覚)痛みはないが、日数が経つと目線が下を向いてしまう。

(他覚)円背、O脚が改善してきている。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位= 上肢、頸部、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

横臥位= 大胸筋、小円筋、前鋸筋の指圧

座位= 頸部に負荷をかけた筋力トレーニングを開始

14回目(平成30年2月18日)

術前所見

(自覚)痛みはない。

(他覚)会話をしているときなどは背筋が伸びているが、気を抜くと姿勢が悪く、下を見てしまう(図3)。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=12回目と同じ

横臥位=12回目と同じ

座位=12回目と同じ

結果:

 術前より姿勢が改善した(図4)。

図3.2月18日 施術前
図3.2月18日 施術前

図4.2月18日 施術後
図4.2月18日 施術後

15回目(平成30年2月21日)

術前所見

(自覚)痛みはない。術後2 ~ 3 日は顔を正面に上げた姿勢でいられる。

(他覚)痛み、姿勢は改善されてきたが、内転筋と臀部の筋力低下は残っている。依然として来院時には下をみて円背になっている。歩行時のすり足は改善された。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=12回目と同じ

横臥位=12回目と同じ

座位=12回目と同じ

備考:

 常に姿勢を意識すること、自宅で内転筋を鍛えるトレーニングを紹介した。

Ⅳ.考察

 円背に伴う腰椎後湾は骨盤を後傾させ、股関節伸展、膝関節屈曲、足関節背屈という代償動作を生じ、歩行時の筋活動の低下を招くと推測される。本患者においても治療開始当初は歩行時にすり足がみられるほか、ベッドへの移乗に時間がかかるなど歩行能力の低下が生じていた。しかし、治療5回目には一人で階段を登れるようになり、治療6回目にはベッドへの移乗がスムーズになるなど、治療の継続とともに歩行能力に改善がみられた。これは腰背部、下肢への指圧施術により腰椎の前彎が促され、骨盤が前傾することで下肢の代償動作が解消し、歩行時の筋活動が正常化したことで生じたと推測する。

 さらに、円背では胸椎後弯が増大しており、代償的に頸椎の前弯を増強するため3)、後頸部の筋の緊張が常態化すると考えられる。本患者の後頸部の緊張もそういったメカニズムから生じたもので、前述のように指圧施術により腰椎の前彎が促されるとともに、胸椎の後弯が改善し、代償的な頸椎前彎が正常化することで緊張が緩和したものと推測される。施術後の「前が見やすくなった」というコメントも、胸椎後弯、頸椎前彎の改善による頭部ポジションの正常化から生じたものと考えられる。

 また、今回は本人に姿勢の状態を自覚してもらうために施術前後で姿勢を撮影し、変化を確認してもらった。そのため、徐々にではあるものの姿勢の改善がされていることが本人にも伝わったため、治療に対するモチベーション向上に役立ったと思われる。

 高齢化に伴って運動機能低下をきたす運動器疾患により、バランス能力及び移動歩行能力の低下が生じ、閉じこもり、転倒リスクが高まった状態は「運動器不安定症」として定義づけられている4)。この運動器不安定症の診断基準に含まれる、運動機能低下をきたす運動器疾患には、脊椎圧迫骨折及び各種脊柱変形として亀背(円背)が挙げられている4)。高齢者の円背姿勢は頻繁にみられ、古戸らの調査では山間部在住の高齢者291人の20.6%に円背がみられたと報告している5)。円背はバランス低下による転倒リスクの増加や、活動量やADLの低下に加え6)、自己効力感とQOLの低下も生じることが報告されている5)。さらに円背と整形疾患、骨粗鬆症の関連も指摘されており7)、円背の予防改善は健康寿命の延長に重要な位置を占めることが推察される。そういった面から今回、指圧のような手技療法により円背改善に貢献できる可能性が示唆されたことは大変意義深いことであると考える。

Ⅴ.結語

 あんまマッサージ指圧師という立場ゆえ、円背に対して様々なアプローチをすることが出来るため、すでに成立した脊柱変形の治療だけでなく、良好な姿勢を維持することを目的とした施術ということもでき、予防的効果も十分に期待される。今回は1 例のみの報告であるため、さらに症例を重ね施術の方法論を検討したいと考えている。

参考文献

1)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2018/2019,厚生の指標8 月増刊65(9);p.257,2018
2)厚生労働省HP:平成28 年国民生活基礎調査の概況,2017
3)高井逸史 他:加齢による姿勢変化と姿勢制御,日本生理人類学会誌6(2);p.11-16,2001
4)整形外科学会HP:運動器不安定症とは,https://www.joa.or.jp/public/locomo/mads.html
5)古戸順子 他:山間部在住円背高齢者における日常生活活動に対する自己効力感,社会交流活動,及び健康関連QOL,厚生の指標60(4);p.1-7,2013
6)森諭史:骨粗鬆症患者の錐体圧迫骨折、脊柱変形とADL 低下の関連,日本腰痛会誌8(1);p.58-63,2002
7)柳田眞有 他:高齢者の介護予防に有用な簡易姿勢評価法の検討,The KITAKANTO Medical Journal 65;p.141-147,2015


【要旨】

80代女性 開腹手術後の円背矯正
作田 早苗

 今回、平成29 年に大腸癌の開腹手術を受けた女性に対し、全15 回の指圧治療を施し自覚症状の経過を追った。治療開始当初は円背と背部の痛みが目立ったが、治療終盤には姿勢も改善し、痛みを訴える頻度も減少した。これは指圧により筋緊張が緩和したために生じたものと推測される。高齢者の円背は高頻度で発生し、様々な運動機能障害に関連するため、介護予防の場面で指圧が貢献できる可能性が考えられる。

キーワード:指圧、円背、姿勢、介護予防