成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果:菅谷 愛

菅谷 愛
日本指圧専門学校 指圧科

Physiological and Psychological Effects of Abdominal Shiatsu Treatment for Adult Female

Ai Sugaya

 

Abstract : This report studies the physiological and psychological effects of abdominal shiatsu treatment (20 points) on an adult female. Salivary amylase and circulatory dynamics (blood pressure and pulse rate) were used as indices for physiological evaluation. A subjective symptom questionnaire prepared by the Working Group for Occupational Fatigue was used as an index for psychological evaluation. No physiological or psychological changes due to shiatsu were observed in this study. Since the results may have been affected by fluctuations in sex hormones, in future studies a detailed analysis that takes sex hormone fluctuations into account would be desireable.

Keywords: abdominal shiatsu treatment,salivary amylase,heart rate,blood pressure,subjective symptom questionnaire ,adult female


I.はじめに

 近年、女性の生活は、多様な変化を遂げ、家庭環境及び職場環境において多くの女性が様々なストレスに曝されながら生活をしており1)、ストレス因子が与える生理的、心理的な影響による健康被害が懸念されている2)
 このような背景から、ストレスケアを目的として補完代替医療である手技療法への関心が高まっている3)。女性のストレスケアを目的とした手技療法の有効性は、フットマッサージ4)、ハンドマッサージ5)6)を用いた例などで複数報告されている。
 指圧療法においては、全身指圧により心理的指標が改善した例が報告されているが7)、今回は女性の多様な生活スタイルに取り入れやすいように配慮し、時間的制約及びセルフケアの観点などから、短時間で実施でき、自己施術も容易な腹部指圧20点の有効性について検討を行ったので報告する。

Ⅱ.方法

1.対象

 健康成人女性10名

 平均年齢35.6±13.8歳(±SD)

 無作為割り付けを行い、A班5名、B班5名に振り分けた。

2.場所・期間・環境

 場所:日本指圧専門学校指圧研究室

 期間:2017年7月12日~7月31日
 唾液アミラーゼ活性の日内変動を考慮して8)、実験実施時間は13時30分から15時30分の間と設定した。

 環境:平均気温25.00±0.76℃(±SD)

 平均湿度66.86±4.67% (±SD)

3.評価項目

(1)生理的評価
 唾液アミラーゼ活性を唾液アミラーゼモニター(NIPRO CM-3.1)を用いて測定した。
 血圧、脈拍数をデジタル自動血圧計(OMRON HEM-762)を用いて測定した。

(2)心理的評価
 日本産業衛生学会・産業疲労研究会作成の自覚症しらべ9)を用いて測定した。
 自覚症しらべは25の質問項目からなり、「Ⅰ群:ねむけ感」、「Ⅱ群:不安定感」、「Ⅲ群:不快感」、「Ⅳ群:だるさ感」、「Ⅴ群:ぼやけ感」の5因子構造を持つ。25項目それぞれに、1:まったくあてはまらない、2:わずかにあてはまる、3:すこしあてはまる、4:かなりあてはまる、5:非常によくあてはまる、までのいずれか1つに〇をつける5段階評価方式である。合計スコアが高いほど、疲労感が高いことを示す10)

4.実験方法

 被験者にはあらかじめ実験について十分な説明を行い、同意を得て実験を行った。

(1)実験手順
 指圧刺激による介入を行う場合(以下、刺激群)、被験者に水でうがいをさせ、5分間仰臥位閉眼安静後、1回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測1回目)。次に、指圧施術を3分間行った直後、2回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測2回目)。その後、5分間仰臥位閉眼安静後、3回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測3回目)。
 指圧刺激による介入を行わない場合(以下、無刺激群)、被験者に水でうがいをさせ、5分間仰臥位閉眼安静後、1回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測1回目)。次に、3分間仰臥位閉眼安静後、2回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測2回目)。その後、5分間仰臥位閉眼安静後、3回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測3回目)。
 暴露順の影響を除外するために、刺激群と無刺激群の順番を逆にしたクロスオーバー試験とした。A班は刺激群、無刺激群、B班は無刺激群、刺激群の順番で実施した。繰り返し効果を除外するために刺激群と無刺激群の実施においては1週間以上の間隔を設けた。

(2)刺激方法
 仰臥位にて、浪越式基本指圧の腹部20点を両母指圧にて刺激した。刺激時間は腹部20点を1点圧3秒で3分間繰り返し行った。圧刺激は通常圧法(漸増、持続、漸減)にて、快圧で行った11)

5.解析方法

 刺激群、無刺激群それぞれで、計測1回目、計測2回目、計測3回目のデータ各間で対応あるt検定(Bonferroni 補正)を行った。
 有意水準は危険率5%未満(p<0.05)とした。

表1.生理的項目計測値一覧
表1.生理的項目計測値一覧

図1.生理的変化
図1.生理的変化

Ⅲ.結果

1.生理的変化

 生理的変化を表1、図1に示した。
刺激群、無刺激群ともに、唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数に有意な変化は見られなかった。

2.心理的変化

 心理的変化を表2、図2に示した。
 刺激群、無刺激群ともに、有意な変化は見られなかった。

表2.心理的項目計測値一覧
表2.心理的項目計測値一覧

図2.心理的変化
図2.心理的変化

Ⅳ.考察

1.生理的変化

(1) 唾液アミラーゼ
 唾液アミラーゼは、HPA(視床下部―脳下垂体―副腎系)、あるいはSAM(交感神経―副腎髄質系)の活性化に伴って分泌が増加するため、ストレス負荷に対するバイオマーカーとして用いられる12)
 これまでに健常成人を対象とした前頸部指圧によって唾液アミラーゼが指圧5分後に有意に減少することが報告されており13)、この結果から、前頸部指圧は抗ストレス作用を有することが示唆される。
 本調査では、同じ指圧療法による腹部指圧(20点)の有効性について調査を行ったが、同様の結果を示すことができなかった。理由としては、今回、対象者が女性であったため、女性ホルモンが唾液アミラーゼ活性に影響を与えた可能性が推察される。唾液アミラーゼは副交感神経が優位になる卵胞期と比較して、交感神経が優位になる黄体期に活性が高まることが報告されており14)、女性ホルモン分泌は、加齢とともに個体差が大きくなり、全体的に減少傾向を示す15)。本調査においては、対象者の月経周期並びに年齢的要素において、区分けを行わなかったため、これらの因子が影響し、唾液アミラーゼ活性に変化がみられなかった可能性が考えられる。

(2)循環動態
 これまでに健常成人を対象とした腹部指圧によって、血圧及び脈拍数が有意に減少することが報告されている16)17)。この結果から、腹部指圧による全身的な影響として、延髄の心臓中枢を介した上脊髄性の反射による心臓副交感神経亢進作用並びに心臓交感神経抑制作用の両方またはどちらか一方の作用が示唆される。
 しかし、本調査では同様の結果を示すことができなかった。今回、対象者が女性であったため、唾液アミラーゼ活性と同様に、女性ホルモンが循環動態に影響を与えた可能性が推察される。女性ホルモンによる循環動態への影響として、エストロゲンには血管拡張による血圧低下作用、プロゲステロンには心拍数の増加作用並びに血管収縮による血圧上昇作用があることが知られている18)。よって、本調査においては月経周期の影響により、循環動態に変化がみられなかった可能性が考えられる。

2.心理的変化

 女性ホルモンとストレス反応について、女性ホルモンであるエストロゲンには、ストレス負荷によって交感神経系が活性化された際に分泌されるノルアドレナリンの最終産物であるMHPG(3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol)を低下させる作用、並びにHPA(視床下部―下垂体―副腎皮質系)の反応抑制作用を有することが報告されている19)。月経周期別の疲労感は、副交感神経が優位になる卵胞期と比較して、交感神経が優位になる黄体期に感じやすい傾向であることが報告されている20)
 これらのことから女性のストレス反応は、エストロゲンの作用により男性と比較して低い傾向にあること、並びに月経周期により影響を受けることが示唆される。よって、本調査においては対象者の性別特性及び月経周期の影響により、心理的変化がみられなかった可能性が考えられる。
 また、実験手順において、安静閉眼後に行うアンケート調査の介入が、心理的障壁となり、結果に影響を与えた可能性も推察される。
 今後は対象者の性ホルモン動態並びに実験手順を考慮した詳細な検討をする必要があると考える。

Ⅴ.結語

 成人女性を対象とした腹部指圧(20点)の効果について以下のことが明らかになった。

 1.生理的変化はみられなかった。

 2.心理的変化はみられなかった。

 実験結果には性ホルモン動態の影響が推察されるため、今後は対象者の特性に考慮した詳細な検討が望まれる。

Ⅵ.謝辞

 本調査に対してご指導いただいた金子泰隆先生、大木慎平先生をはじめご助言をくださった先生方、実験にご協力いただきました本校学生の皆様に心より感謝いたします。

参考文献

1)厚生労働省HP:平成28年度版 働く女性の実情,http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/16.html
2)女性労働協会HP:働く女性の健康に関する実態調査結果:http://www.jaaww.or.jp/about/pdf/document_pdf/health_research.pdf
3)今西二郎:医療従事者のための補完・代替医療,金芳堂,2009
4)米山美智代 他:生理的、心理的ストレス指標からみた健康な成人女性に対するフットマッサージの効果,日本看護技術学会誌8(3);p.16-24,2009
5)佐藤都也子:健康な成人女性におけるハンドマッサージの自律神経活動および気分への影響,山梨大学看護学会誌4(2);p.25-32,2006
6)大川百合子 他:健康な成人女性に対するハンドマッサージの生理的・心理的反応の検討,南九州看護研究誌9(1);p.31-37,2011
7)大木慎平:全身指圧による心理的影響を測定した一例,日本指圧学会誌4;p.7-10,2015
8)山口昌樹 他:唾液アミラーゼ式交感神経モニタの基礎的性能,生体医工学45(2);p.161-168,2007
9)産業疲労研究会HP:自覚症しらべ
10)瀬尾興彦:新版「自覚症しらべ」調査票の利用にあたって,労働の科学57(5);p.45-46,2002
11)石塚寛著:指圧療法学,国際医学出版,2010
12)井澤修平 他:唾液を用いたストレス評価―採取及び測定手順と各唾液中物質の特徴―,日本補完代替医療学会誌4(3);p.91-101,2007
13)衞藤友親:前頸部指圧による抗ストレス作用―唾液アミラーゼ変化より考察―,日本指圧学会誌5;p.19-23,2016
14)喜多村尚 他:女子大生の月経周期における唾液分泌反応の日内変動,日本栄養・食糧学会誌63(2);p.79-85,2010
15)内田さえ 他:生理学 第3版,医歯薬出版
16)小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌22;p.40-45,1998
17)井出ゆかり 他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌23;p.77-82,1999
18)山本真千子 他:正常性周期における自律神経活動の変化,日本不整脈心電図学会誌22(6);p.626-632,2002
19)山田茂人:ストレス反応の男女差,精神神経学雑誌112(5);p.516-520,2010
20)大平肇子 他:卵胞期・黄体期における疲労感および精神負担感,人間工学52;p.156-157,2016


【要旨】

成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果
菅谷 愛

 本研究では成人女性における腹部指圧(20点)が与える生理的・心理的効果について調査を行った。生理的評価には唾液アミラーゼ及び循環動態(血圧、脈拍数)を指標に用いた。心理的評価には自覚症しらべ(産業疲労研究会作成)を指標に用いた。

 実験の結果、指圧による生理的・心理的変化はみられなかった。結果には性ホルモン動態の影響が推察されるため、今後は、性ホルモン動態を考慮した詳細な検討が望まれる。

キーワード:腹部指圧、唾液アミラーゼ、心拍数、血圧、自覚症しらべ、成人女性