カテゴリー別アーカイブ: Vol.6 2017

成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果:菅谷 愛

菅谷 愛
日本指圧専門学校 指圧科

Physiological and Psychological Effects of Abdominal Shiatsu Treatment for Adult Female

Ai Sugaya

 

Abstract : This report studies the physiological and psychological effects of abdominal shiatsu treatment (20 points) on an adult female. Salivary amylase and circulatory dynamics (blood pressure and pulse rate) were used as indices for physiological evaluation. A subjective symptom questionnaire prepared by the Working Group for Occupational Fatigue was used as an index for psychological evaluation. No physiological or psychological changes due to shiatsu were observed in this study. Since the results may have been affected by fluctuations in sex hormones, in future studies a detailed analysis that takes sex hormone fluctuations into account would be desireable.

Keywords: abdominal shiatsu treatment,salivary amylase,heart rate,blood pressure,subjective symptom questionnaire ,adult female


I.はじめに

 近年、女性の生活は、多様な変化を遂げ、家庭環境及び職場環境において多くの女性が様々なストレスに曝されながら生活をしており1)、ストレス因子が与える生理的、心理的な影響による健康被害が懸念されている2)
 このような背景から、ストレスケアを目的として補完代替医療である手技療法への関心が高まっている3)。女性のストレスケアを目的とした手技療法の有効性は、フットマッサージ4)、ハンドマッサージ5)6)を用いた例などで複数報告されている。
 指圧療法においては、全身指圧により心理的指標が改善した例が報告されているが7)、今回は女性の多様な生活スタイルに取り入れやすいように配慮し、時間的制約及びセルフケアの観点などから、短時間で実施でき、自己施術も容易な腹部指圧20点の有効性について検討を行ったので報告する。

Ⅱ.方法

1.対象

 健康成人女性10名

 平均年齢35.6±13.8歳(±SD)

 無作為割り付けを行い、A班5名、B班5名に振り分けた。

2.場所・期間・環境

 場所:日本指圧専門学校指圧研究室

 期間:2017年7月12日~7月31日
 唾液アミラーゼ活性の日内変動を考慮して8)、実験実施時間は13時30分から15時30分の間と設定した。

 環境:平均気温25.00±0.76℃(±SD)

 平均湿度66.86±4.67% (±SD)

3.評価項目

(1)生理的評価
 唾液アミラーゼ活性を唾液アミラーゼモニター(NIPRO CM-3.1)を用いて測定した。
 血圧、脈拍数をデジタル自動血圧計(OMRON HEM-762)を用いて測定した。

(2)心理的評価
 日本産業衛生学会・産業疲労研究会作成の自覚症しらべ9)を用いて測定した。
 自覚症しらべは25の質問項目からなり、「Ⅰ群:ねむけ感」、「Ⅱ群:不安定感」、「Ⅲ群:不快感」、「Ⅳ群:だるさ感」、「Ⅴ群:ぼやけ感」の5因子構造を持つ。25項目それぞれに、1:まったくあてはまらない、2:わずかにあてはまる、3:すこしあてはまる、4:かなりあてはまる、5:非常によくあてはまる、までのいずれか1つに〇をつける5段階評価方式である。合計スコアが高いほど、疲労感が高いことを示す10)

4.実験方法

 被験者にはあらかじめ実験について十分な説明を行い、同意を得て実験を行った。

(1)実験手順
 指圧刺激による介入を行う場合(以下、刺激群)、被験者に水でうがいをさせ、5分間仰臥位閉眼安静後、1回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測1回目)。次に、指圧施術を3分間行った直後、2回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測2回目)。その後、5分間仰臥位閉眼安静後、3回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測3回目)。
 指圧刺激による介入を行わない場合(以下、無刺激群)、被験者に水でうがいをさせ、5分間仰臥位閉眼安静後、1回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測1回目)。次に、3分間仰臥位閉眼安静後、2回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測2回目)。その後、5分間仰臥位閉眼安静後、3回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測3回目)。
 暴露順の影響を除外するために、刺激群と無刺激群の順番を逆にしたクロスオーバー試験とした。A班は刺激群、無刺激群、B班は無刺激群、刺激群の順番で実施した。繰り返し効果を除外するために刺激群と無刺激群の実施においては1週間以上の間隔を設けた。

(2)刺激方法
 仰臥位にて、浪越式基本指圧の腹部20点を両母指圧にて刺激した。刺激時間は腹部20点を1点圧3秒で3分間繰り返し行った。圧刺激は通常圧法(漸増、持続、漸減)にて、快圧で行った11)

5.解析方法

 刺激群、無刺激群それぞれで、計測1回目、計測2回目、計測3回目のデータ各間で対応あるt検定(Bonferroni 補正)を行った。
 有意水準は危険率5%未満(p<0.05)とした。

表1.生理的項目計測値一覧
表1.生理的項目計測値一覧

図1.生理的変化
図1.生理的変化

Ⅲ.結果

1.生理的変化

 生理的変化を表1、図1に示した。
刺激群、無刺激群ともに、唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数に有意な変化は見られなかった。

2.心理的変化

 心理的変化を表2、図2に示した。
 刺激群、無刺激群ともに、有意な変化は見られなかった。

表2.心理的項目計測値一覧
表2.心理的項目計測値一覧

図2.心理的変化
図2.心理的変化

Ⅳ.考察

1.生理的変化

(1) 唾液アミラーゼ
 唾液アミラーゼは、HPA(視床下部―脳下垂体―副腎系)、あるいはSAM(交感神経―副腎髄質系)の活性化に伴って分泌が増加するため、ストレス負荷に対するバイオマーカーとして用いられる12)
 これまでに健常成人を対象とした前頸部指圧によって唾液アミラーゼが指圧5分後に有意に減少することが報告されており13)、この結果から、前頸部指圧は抗ストレス作用を有することが示唆される。
 本調査では、同じ指圧療法による腹部指圧(20点)の有効性について調査を行ったが、同様の結果を示すことができなかった。理由としては、今回、対象者が女性であったため、女性ホルモンが唾液アミラーゼ活性に影響を与えた可能性が推察される。唾液アミラーゼは副交感神経が優位になる卵胞期と比較して、交感神経が優位になる黄体期に活性が高まることが報告されており14)、女性ホルモン分泌は、加齢とともに個体差が大きくなり、全体的に減少傾向を示す15)。本調査においては、対象者の月経周期並びに年齢的要素において、区分けを行わなかったため、これらの因子が影響し、唾液アミラーゼ活性に変化がみられなかった可能性が考えられる。

(2)循環動態
 これまでに健常成人を対象とした腹部指圧によって、血圧及び脈拍数が有意に減少することが報告されている16)17)。この結果から、腹部指圧による全身的な影響として、延髄の心臓中枢を介した上脊髄性の反射による心臓副交感神経亢進作用並びに心臓交感神経抑制作用の両方またはどちらか一方の作用が示唆される。
 しかし、本調査では同様の結果を示すことができなかった。今回、対象者が女性であったため、唾液アミラーゼ活性と同様に、女性ホルモンが循環動態に影響を与えた可能性が推察される。女性ホルモンによる循環動態への影響として、エストロゲンには血管拡張による血圧低下作用、プロゲステロンには心拍数の増加作用並びに血管収縮による血圧上昇作用があることが知られている18)。よって、本調査においては月経周期の影響により、循環動態に変化がみられなかった可能性が考えられる。

2.心理的変化

 女性ホルモンとストレス反応について、女性ホルモンであるエストロゲンには、ストレス負荷によって交感神経系が活性化された際に分泌されるノルアドレナリンの最終産物であるMHPG(3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol)を低下させる作用、並びにHPA(視床下部―下垂体―副腎皮質系)の反応抑制作用を有することが報告されている19)。月経周期別の疲労感は、副交感神経が優位になる卵胞期と比較して、交感神経が優位になる黄体期に感じやすい傾向であることが報告されている20)
 これらのことから女性のストレス反応は、エストロゲンの作用により男性と比較して低い傾向にあること、並びに月経周期により影響を受けることが示唆される。よって、本調査においては対象者の性別特性及び月経周期の影響により、心理的変化がみられなかった可能性が考えられる。
 また、実験手順において、安静閉眼後に行うアンケート調査の介入が、心理的障壁となり、結果に影響を与えた可能性も推察される。
 今後は対象者の性ホルモン動態並びに実験手順を考慮した詳細な検討をする必要があると考える。

Ⅴ.結語

 成人女性を対象とした腹部指圧(20点)の効果について以下のことが明らかになった。

 1.生理的変化はみられなかった。

 2.心理的変化はみられなかった。

 実験結果には性ホルモン動態の影響が推察されるため、今後は対象者の特性に考慮した詳細な検討が望まれる。

Ⅵ.謝辞

 本調査に対してご指導いただいた金子泰隆先生、大木慎平先生をはじめご助言をくださった先生方、実験にご協力いただきました本校学生の皆様に心より感謝いたします。

参考文献

1)厚生労働省HP:平成28年度版 働く女性の実情,http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/16.html
2)女性労働協会HP:働く女性の健康に関する実態調査結果:http://www.jaaww.or.jp/about/pdf/document_pdf/health_research.pdf
3)今西二郎:医療従事者のための補完・代替医療,金芳堂,2009
4)米山美智代 他:生理的、心理的ストレス指標からみた健康な成人女性に対するフットマッサージの効果,日本看護技術学会誌8(3);p.16-24,2009
5)佐藤都也子:健康な成人女性におけるハンドマッサージの自律神経活動および気分への影響,山梨大学看護学会誌4(2);p.25-32,2006
6)大川百合子 他:健康な成人女性に対するハンドマッサージの生理的・心理的反応の検討,南九州看護研究誌9(1);p.31-37,2011
7)大木慎平:全身指圧による心理的影響を測定した一例,日本指圧学会誌4;p.7-10,2015
8)山口昌樹 他:唾液アミラーゼ式交感神経モニタの基礎的性能,生体医工学45(2);p.161-168,2007
9)産業疲労研究会HP:自覚症しらべ
10)瀬尾興彦:新版「自覚症しらべ」調査票の利用にあたって,労働の科学57(5);p.45-46,2002
11)石塚寛著:指圧療法学,国際医学出版,2010
12)井澤修平 他:唾液を用いたストレス評価―採取及び測定手順と各唾液中物質の特徴―,日本補完代替医療学会誌4(3);p.91-101,2007
13)衞藤友親:前頸部指圧による抗ストレス作用―唾液アミラーゼ変化より考察―,日本指圧学会誌5;p.19-23,2016
14)喜多村尚 他:女子大生の月経周期における唾液分泌反応の日内変動,日本栄養・食糧学会誌63(2);p.79-85,2010
15)内田さえ 他:生理学 第3版,医歯薬出版
16)小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌22;p.40-45,1998
17)井出ゆかり 他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌23;p.77-82,1999
18)山本真千子 他:正常性周期における自律神経活動の変化,日本不整脈心電図学会誌22(6);p.626-632,2002
19)山田茂人:ストレス反応の男女差,精神神経学雑誌112(5);p.516-520,2010
20)大平肇子 他:卵胞期・黄体期における疲労感および精神負担感,人間工学52;p.156-157,2016


【要旨】

成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果
菅谷 愛

 本研究では成人女性における腹部指圧(20点)が与える生理的・心理的効果について調査を行った。生理的評価には唾液アミラーゼ及び循環動態(血圧、脈拍数)を指標に用いた。心理的評価には自覚症しらべ(産業疲労研究会作成)を指標に用いた。

 実験の結果、指圧による生理的・心理的変化はみられなかった。結果には性ホルモン動態の影響が推察されるため、今後は、性ホルモン動態を考慮した詳細な検討が望まれる。

キーワード:腹部指圧、唾液アミラーゼ、心拍数、血圧、自覚症しらべ、成人女性


礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報):大木 慎平,本多 剛

大木 慎平,本多 剛
日本指圧専門学校 専任教員

Second Report on Volunteer Shiatsu at Rekisen Marathon: Survey Report

Shinpei Oki, Tsuyoshi Honda

 

Abstract : On November 27th, 2016, volunteer shiatsu therapists treated 40 runners at the Forty-Second Rekisen Marathon. Thirty-eight of the runners answered a post-race survey asking them about the areas where they felt fatigue or pain and how their level of general fatigue changed before and after shiatsu treatment.
The most common areas that people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower legs, the thighs, and the shoulders. Thirty-six out of 38 runners reported a decrease in general fatigue.

Keywords: shiatsu, sports, volunteer, survey, marathon


I.はじめに

 文京区青少年対策礫川地区委員会主催の第42回礫川マラソンが平成28年11月27日に開催された。
 日本指圧専門学校は、地域に根づいた学校としてこの大会に協賛し、レースを終えたランナーに対して本校学生が指圧施術をするボランティアを毎年行っている。
 前年に小松ら1)によりランナーのレース後の不調部位や、指圧によりどの程度改善するかなどのアンケート調査が行われているが、本年も引き続きレース後の礫川マラソン出場者に対し、アンケート調査を実施した。
 本年は新たに日本指圧学会によって作成されたアンケートを用い、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化を調査したので報告する。

Ⅱ.方法

 日時 :平成28年11月27日(日)

 場所 :日本指圧専門学校 第三実技室

 施術者:日本指圧専門学校学生1~3年生
 (すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作2)を習得している)

 対象 :第42回礫川マラソン参加者中、競技終了後にボランティア指圧を受け、かつアンケートに回答した者(40名)
 使用したアンケート用紙は平成28年度日本指圧学会冬季学術講習会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを用いた(図1、2)。指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明し、アンケートの設問1~5までを回答してもらった。その後、ランナーの不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を15~30分の時間内に施術し、その直後にアンケートの設問6~7までを回答してもらった。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。
 なお、今回のアンケート結果の解析は、設問2、4、5、7で有効回答が十分に得られなかったため、設問1、3、6でのみ行った。

図1.アンケート 説明用紙
図1.アンケート 説明用紙

図2.アンケート 記入用紙
図2.アンケート 記入用紙

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した40名のうち、設問1、3、6の有効回答数は38名だった。

・設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労及び痛む部位で最も多い回答は第1位が下腿(15.8%)、第2位が大腿(13.9%)、第3位が肩(12.7%)、第4位が腰・背中(8.9%)、第5位が殿部(7.6%)となった(表1、図3)。また、設問1は複数回答可のため、合計回答数は158箇所だった。

・設問3、6…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのVASは、減少が36名、増加が1名、変化なしが1名だった(図4)。平均は、施術前が62.18±19.88(mean±SD)、施術後が23.21±17.83で(図5)、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図3.疲労・痛みを自覚する部位別件数
図3.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図4.施術前後のVASの変化
図4.施術前後のVASの変化

図5.施術前後のVASの平均
図5.施術前後のVASの平均

Ⅳ.考察

・疲労や痛みを自覚する部位について

 前年の小松らの調査1)では疲労及び痛む部位で多かった回答は大腿・下腿が上位を占めたが、本年においても下腿が1位、大腿が2位と同様の傾向を示した。前住らは市民マラソン中に沿道で救護対象となったランナーの症状は、膝の関節痛、筋肉痛、こむら返りといった下肢痛や下肢痙攣が最も多かったことを報告しており3)4)、長距離走では足部や膝関節に繰り返し掛かる衝撃により下腿・大腿部の筋にストレスが蓄積し、障害へとつながっていくものと推察される。本大会には小中学生から中高年まで様々な年齢層の市民が参加しており、マラソンの練度にも幅があったためこれらの報告と同様の傾向を示したものと考えられる。
 目を引くのは3~4位を肩・腰・背中と体幹部が占めた点だが、2011年と2012年の東京夢舞マラソンで行われた衞藤らの同様の調査5)6)でも、腰痛の有訴率は3位と比較的高い割合を占めており、マラソンと腰痛の関連性を窺わせる結果となっている。マラソンによる腰痛の原因は様々あると思われるが、下肢の筋緊張が先行することで、ハムストリングスや大殿筋などの股関節伸筋群の過緊張により生じる骨盤前傾制限や、大腿四頭筋・腸腰筋・大腿筋膜張筋などの股関節屈筋群の過緊張により生じる骨盤後傾制限なども一つの要因として考えられる。また、厚生労働省は有訴者率の多い症状として、腰痛が男性で1位、女性で2位、肩こりが女性で1位、男性で2位であることを報告している7)。そのため、そもそも我が国においては腰痛や肩こりを有する割合が非常に高く、もともと腰痛・肩こりを日常的に有していたか、長距離のマラソンにより、素因として有していたそれらの症状がより増強され、今回のアンケートの結果に反映されたのではないかと推察される。

・全身の疲労度合いについて

 指圧施術前後の疲労度は、前年の小松らの報告1)とほぼ同様に約95%の被験者で改善がみられた。この結果は、競技直後のマラソンランナーに対する指圧によるケアの有用性を支持するものと考える。ただし、有害事象として1名においてVASの数値の増加がみられた。これはレース直後の疲労した筋に対して指圧が過剰刺激となってしまい、いわゆる「もみ返し」が生じてしまったケースと推察される。有害事象の発現を防ぐためにも、コンディショニングに際しては競技者の反応を十分に観察し、刺激量について細心の注意を払う必要があると考える。

・アンケートの運用について

 今回は、日本指圧学会作成のアンケート用紙を使用した初めての調査となったが、現場での運用から様々な問題点が表出する結果となった。まず、人体図に印をつける設問1、2だが、印を文字につけるのか絵につけるのかわかりづらいとの声が多く聞かれたほか、字が細かすぎて判読できない、設問2があることにそもそも気づかないというケースも多くみられた。これらは設問2の有効回答の少なさに反映されていると推察されるので、一目で判別できるように図の簡略化、フォントサイズの調整などが望まれる。また、一般に想像される治療院などでの臨床現場では、既存のアンケートでも有効な回答が得られると予想されるが、競技終了直後の興奮・疲労状態にある選手に対しては記入方法の説明が十分に理解されなかったり、設問が細かすぎる可能性がある。そのため、ボランティアやスポーツ現場など、慌ただしい環境で使用するアンケートについては別に設ける必要性も考えられる。
 上記の点を改善点とし、より有用なアンケートの作成を次回の課題としたい。

Ⅴ.結論

 第42回礫川マラソン出場ランナーに対して指圧施術とアンケートを行い、40名中38名で有効回答が得られた。38名中、36名で施術前後の疲労及び痛みのVASに改善がみられた。また、疲労及び痛みを感じる部位で最も多い回答は下腿だった。

参考文献

1)小松京介,本多剛,大木慎平 他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌5,p.24-27,2016
2)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,p.78-126,国際医学出版,東京,2016
3)前住智也,田中秀治,徳永尊彦 他:市民マラソンにおける沿道での要救護者の傾向と体制整備の条件,日臨救医誌11,p.224
4)前住智也,田中秀治:マラソンにおける脱水時の経口補水液(OS-1®)の効果に関する検討,国士舘大学体育研究所報28,p.65-69,2009
5)衞藤友親,宮下雅俊,石塚洋之 他:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌1,p.31-34,2012
6)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌2,p.37-40,2013
7)厚生労働省HP:平成25年国民生活基礎調査の概況,2013


【要旨】

礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報)
大木 慎平,本多 剛

 平成28年11月27日開催の第42回礫川マラソンに指圧ボランティアとして参加し、レースを終えたランナーに対し、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化をアンケート用紙を用いて調査した。指圧を受けた40名のうち、アンケートの有効回答数は38名だった。
 その結果、痛みや疲労を感じる部位で最も多かったのは下腿、大腿、肩の順となった。また、全身の疲労度合いは38名中36名で改善がみられた。

キーワード:指圧、スポーツ、ボランティア、アンケート、マラソン


線維筋痛症に対する指圧治療:作田 早苗

作田 早苗
りんでんマニピ指圧治療院

Shiatsu Treatment for Fibromyalgia: a Case Report

Sanae Sakuta

 

Abstract : This report examines the progress of subjective symptoms in the case of a 50-year-old female patient diagnosed with fibromyalgia. Following 163 shiatsu treatments between March 2015 and January 2017, the unbearable pain she had been experiencing throughout her body had been reduced to the extent that she sometimes forgot it was there. This suggests that the full body shiatsu therapy treatment resulted in increased muscle pliability and improved autonomic nervous function.

Keywords: shiatsu, fibromyalgia


I.はじめに

 線維筋痛症は発症年齢の多くが30~50代で、日本における男女比は男性16.8%:女性83.2%であり、いわゆる働き盛りの女性に多いのが特徴である。長期間にわたる激しい痛みの為、生活の質(QOL)が著しく低下し、社会的にも大きな問題を招いているにもかかわらず、進行例が多いことや、臨床像の複雑さもあり、原因がわからずドクターショッピングを繰り返している患者も多い1)。線維筋痛症は米国リウマチ学会(ACR)で1990年に定義が成立した歴史の浅い疾患であり2)、我が国においても厚生労働省により調査研究が開始されたのは2000年代に入ってからのことである3)
 症状としては、原因不明の全身の疼痛を主症状とし、不眠、うつ病などの精神神経症状、過敏性腸症候群、逆流性食道炎、過活動性膀胱などの自律性神経症状を随伴症状とする病気である。また、ドライマウス、ドライアイなどの粘膜等の障害が高頻度に合併することがわかってきている。疼痛は、腱付着部炎や筋肉、関節などに及び、四肢から身体全体に激しい疼痛が拡散する。この疼痛発生機序の一つには下行性疼痛覚制御経路障害があると考えられている1)
 発症要因は、外傷・手術・ウイルス感染などの外的要因や、離婚・死別・別居・解雇・経済的困窮などの生活環境のストレスに伴う内的要因に大別される。これらの要因により慢性ストレスが生じ、神経・内分泌・免疫系の異常が引き起こされることで、疼痛シグナル伝達制御のシステムが著しく撹乱され、さらに多様な精神症状、疼痛異常が招かれると考えられている1)
 今回、線維筋痛症と診断された患者に対する指圧治療を約2年間(計163回)続けたところ、自覚症状の安定と軽快がみられたので報告する。

Ⅱ.対象および方法

 場所  :当治療院

 期間  :平成27年3月~平成29年1月(表1)

 施術対象:50代女性

 現病歴 :線維筋痛症(平成15年に診断)
 平成29年2月の病院での受診では、臨床症状重症度分類1)のステージⅢと判定された(表2)。痛みが強いときには整体院で強い圧の施 術を受けることで、痛みをごまかすような対処をしてきた。

 既往歴 :バセドウ病、慢性膵炎

 自覚症状:身体の内側から痛みが出てくるような感じ。全身の痛みに耐えられない。便秘気味。

 他覚所見:全身の筋硬直。話しながら常に体をさすり、「痛い。痛い。」と言っている。

 服薬  :

  • デパス®(エチゾラム):精神安定薬
  • マグミット®錠(酸化マグネシウム錠):制酸・暖下薬
  • カモスタット®(カモスタットメシル酸塩):膵疾患治療薬
  • リパクレオン®(パンクレリパーゼ):膵疾患治療薬
  • ポラプレジンク:消化性潰瘍治療薬
  • ガスコン®(ジメチコン):腸疾患治療薬
  • ファモチジン:消化性潰瘍治療薬
 (12年前の診断当初、リリカ®[プレガバリン]:鎮痛薬などを処方されたが、効果が十分でなく現在服用していない)

 治療法 :刺激部位、手順は浪越式基本指圧の全身操作に従ったが、頭部・腹部は母指圧、頭部・腹部以外は掌圧にて施術した。日常生活では、調子が良いときは軽いストレッチをし、入浴などで体を温めることを指導した。

表1.各月ごとの施術回数
表1.各月ごとの施術回数

表2.線維筋痛症の重症度分類(厚生労働省特別研究班)
表2.線維筋痛症の重症度分類(厚生労働省特別研究班)

Ⅲ.結果

 治療開始当初は背部を母指で軽く押していたが、頸部の緊張が緩和すると背部の緊張が強まったり、あるいはその逆の経過もみられた。それを受け、背部刺激を掌圧に変えたのちは、それらの変化はみられなくなった。

 また、発作時の痛む部位と硬結部位は一致しておらず、むしろ痛みのある部位は緊張していなくて、刺激を加えるとこわばってくることすらあった。そういったときは頭部・顔面(眼の周囲)を軽く掌圧したり、腹部の施術を行うことで痛みが緩和する傾向にあった。

 VAS(Visual Analog Scale)値は初診のH27年3月が10だったが、H28年12月には調子が良いときで5.5になった(図1)。初回来院時は筋硬直とかなりの痛みが常にあり、発作がひどいときには痛みで二、三日は動けなくなり、寝たきりの状態になることもあった。しかし、治療を開始して2回目から、家に帰った後に身体が楽になっているのを自覚するようになった。

 現在は、調子が良いときには痛みを忘れていることもあり、また、発作時の痛みも、歩いて来院できる程度になっている。治療開始当初は同じ姿勢でいられるのは伏臥位では20分、仰臥位では5分が限度であったが、現在では仰臥位も20分位までなら耐えられるようになった。

 また、以前は湯船で体を温めても症状が緩和するということはなかったが、現在は入浴すると楽になるという。便秘にも改善がみられた。

 患者曰く、症状の強さについては日内変動が激しく、季節の変わり目、気圧の変化によってもかなり大きな影響を受けているが、全体を通しては改善の方向に向かっているという。

図1.施術期間中のVASの経過
図1.施術期間中のVASの経過

Ⅳ.考察

 患者は線維筋痛症の診断を受けて以降、今まで病院や整骨院などに通っていたが症状の改善がみられず、整体などで強い圧により施術される痛みで元々の痛みを誤魔化すようにしてきたため、筋硬直が慢性的に生じることで痛みの常態化を引き起こしていたものと推測される。今回、指圧の軽い圧により全身施術を続けることで、筋の柔軟性が出てきた4)5)6)ことに加え、自律神経機能も改善されて7)8)9)血行が良くなり、痛みが少しずつやわらいでいったと考えられる。

 線維筋痛症は我が国においては人口の1.7%、推定患者数200万人以上と他のリウマチ性疾患と比較しても頻度の高い疾患であるにも関わらず、病態解明ならびに診療体制の整備も遅れている。さらには医師をはじめ、医療従事者にも本疾患に対する正しい情報が著しく欠落しているのが実情である1)。治療については痛みへの対応はもとより、心身両面に現れている不定愁訴への対応が重要である。線維筋痛症の症状も軽症のうちは温熱療法、マッサージなどの理学的治療法が比較的奏効する時期があり10)、指圧により同様の効果を得ることも十分可能であると考えられる。また、慢性化・重症化した例では薬物治療のみでは十分な治療効果が得られず、精神的ストレス緩和やリラクゼーションを目的とした生活指導など、心理社会的要因に対するアプローチが有効となるケースも多い10)。指圧療法においては、坐位指圧により緊張、抑うつ、怒り、疲労、混乱などのネガティブな感情の緩和や、活気などのポジティブな感情が励起されることが報告されており11)、指圧の身体面に対する効果だけでなく、心理的な面からの効果も期待される。

Ⅴ.結語

 線維筋痛症患者に対する約2年間の指圧治療により、症状の緩和がみられた。

参考文献

1)日本線維筋痛症学会:線維筋痛症ガイドライン2013,日本医事新報社,東京,2013
2)Wolfe, F, et al:The American College of Rheumatology 1990 Criteria for the Classification of Fibromyalgia,Arthritis and Rheumatis 33(2); p.160-172,1990
3)松本美富士,前田伸治,玉腰暁子,西岡久寿樹:本邦線維筋痛症の臨床疫学像(全国疫学調査の結果から),臨床リウマチ18(1);p.87-92,2006
4)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
5)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
6)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2003
7)栗原耕二郎 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34;p.129-132,2010
8)横田真弥 他:前頸部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌35;p.77-80,2011
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌36;p.15-19,2012
10)村上正人、武井正美、松川吉博、澤田滋正 他:線維筋痛症に対する心身医学的アプローチ,臨床リウマチ18;p.81-86,2006
11)Shinpei Oki, et al:Physical and Psychological Effects of the Shiatsu Stimulation in the Sitting Position,Health 9(8),2017


【要旨】

線維筋痛症に対する指圧治療
作田 早苗

 今回、平成15年に線維筋痛症の診断を受けた50代女性に対し、平成27年3月から平成29年1月にかけて計163回の指圧治療を施し、自覚症状の経過を追った。結果、全身の痛みに耐えられないほどであった状態が、痛みを忘れている時がある程度にまで軽快した。これは、指圧の全身施術により、筋の柔軟性が向上し、自律神経機能の改善が生じたためであると考えられる。

キーワード:指圧、線維筋痛症


富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告:本多 剛,大木 慎平

本多 剛,大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu in Nanto City, Toyama Prefecture: Survey Report

Tsuyoshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : On Saturday, August 5th, 2017, volunteer shiatsu therapists treated 43 residents of Nanto City, Toyama Prefecture at Gassho Zukuri Cottage, located in the Historic Village of Gokayama. Participants completed a survey in which they described the areas where they felt fatigue or pain and how their level of general fatigue changed following shiatsu treatment. Of the 43 participants, 39 valid responses were obtained. The most common areas that people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower back, the shoulders and the knees. Thirty-eight out of 39 people reported a decrease in general fatigue.

Keywords: shiatsu, volunteer, survey, middle-aged and elderly, National Livelihood Survey


I.はじめに

 平成29年8月5日(土)、富山県南砺市にある五箇山合掌の里「合掌造りコテージ」で指圧ボランティアを行った。本活動は、同市で訪問マッサージ業を営む55期卒業生の計らいで実現した。これまで、衞藤ら1)2)や小松ら3)は対象をマラソン大会出場者に限定した指圧施術効果のアンケート調査結果を報告しているが、今回は日常生活において活発な運動習慣のない一般市民を対象としたアンケート調査である。

Ⅱ.方法

 日時 :平成29年8月5日(土)

 場所 :五箇山合掌の里 「合掌造りコテージ」 羽馬家

 施術者:日本指圧専門学校2~3年生
     (すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作4)を習得している)

 対象 :富山県南砺市在住の一般市民で指圧施術を受け、かつアンケートに回答した者(43名)

 使用したアンケート用紙は平成28年度日本指圧学会冬季学術講習会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを用いた。

 指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明し、アンケートの設問1~5までを回答してもらった。その後、対象が不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を1時間程度行い、その直後にアンケートの設問6~7を回答してもらった。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図1.疲労、痛みを自覚する部位別件数
図1.疲労、痛みを自覚する部位別件数

図2.最も気になっている部位別件数
図2.最も気になっている部位別件数

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した43名のうち、有効回答数は39名だった。

・設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労及び痛む部位で最も多い回答は第1位が腰(20.4%)、第2位が肩(16.7%)、第3位が膝(7.7%)、第4位が背中(6.3%)、第5位が疲れ(5.0%)となった(表1、図1)。また、設問1は複数回答可のため、合計回答数は221箇所だった。

・設問2…設問1で回答したうち、最も気になっている部位

 最も気になっている部位の回答は腰が15名(38.5%)、肩が13名(33.3%)と大半を占め、次いで多かったのは膝の5名(12.8%)だった(図2)。

・設問3、6…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのVAS(Visual Analog Scale)は、減少が38名、変化なしが1名だった(図3)。平均は、施術前が49.05±23.23(mean±SD)、施術後が12.95±12.06で、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)(図4)。

・設問4、7…最も気になる部位の不満度

 最も気になる部位の不満度のVASは、減少が38名、増加が1名だった(図5)。平均は、施術前が56.49±25.86、施術後が11.95±13.10で、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)(図6)。

・設問5…最も気になる部位による日常動作の不自由度

 最も気になる部位による日常動作の不自由度の平均は、51.36±27.34だった。

図3.全身の疲労度合いー施術前後のVASの変化
図3.全身の疲労度合いー施術前後のVASの変化

図4.全身の疲労度合いー施術前後のVASの平均
図4.全身の疲労度合いー施術前後のVASの平均

図5.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの変化
図5.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの変化

図6.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの平均
図6.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの平均

Ⅳ.考察

 疲労及び痛む部位の回答で多かったのは腰と肩だった。この結果は、厚生労働省が行う国民生活基礎調査5)の有訴者率が高いものと一致しており、一般市民の大半が腰や肩に何らかの症状を有していることがうかがえる。今回の対象は中高年者が多く、加齢に伴う脊椎間の弾力性低下、運動不足による筋力低下等が不良姿勢を招き、腰痛や肩こりを助長していると考えられる。全身の疲労度合と最も気になる部位のVASは、対象の97%で改善が見られた。このことから、浪越式基本指圧の全身操作が不良姿勢による筋の緊張を緩和し、症状の改善につなげたものと推察される。白木原らは高齢者の腰背部痛は年齢、膝痛、骨塩量、圧迫骨折椎体数、腰椎前弯角、腰仙角、ADL、QOLと関連があることを報告しており6)、指圧治療での腰痛症状の改善により、高齢者のQOLの向上に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

 しかしながら、最も気になる部位のVASは、対象のうちで1名改善が見られなかった。これを単に有害事象として判断できるかは疑問だが、考えられる理由として、南砺市では指圧施術を受けられる場が少なく、日常生活において指圧を受ける機会がないことから刺激過多となってしまったことがあげられる。今回の施術時間は1時間ということもあり、初めて指圧を受ける者には長めであった。今後は対象の受療経験の有無を踏まえ、施術時間を随時変更することも必要であると考えられる。

 尚、今回は単回施術の報告であり、経過を追跡することが難しい。そのため、設問5についての考察は見送ることにする。

Ⅴ.結語

 富山県南砺市在住の一般市民に対して指圧施術とアンケートを行い、43名中39名で有効回答が得られた。39名中、38名で施術前後の疲労及び痛みのVASに改善が見られた。また、疲労及び痛みを感じる部位で最も多い回答は腰だった。

参考文献

1)衞藤友親,宮下雅俊,石塚洋之 他:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌1;p.31-34,2012
2)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌2;p.37-40,2013
3)小松京介,本多剛,大木慎平 他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌5;p.24-27,2016
4)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,国際医学出版,東京,p.78-126,2016
5)厚生労働省HP:平成25年国民生活基礎調査の概況,2013
6)白木原憲明,岩谷力,飛松好子 他:高齢者の腰背部痛と身体,生活および生活の質との関連,日本腰痛学会雑誌;p.65-72,2001


【要旨】

富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告
本多 剛,大木 慎平

 平成29年8月5日(土)、富山県南砺市の五箇山合掌の里「合掌造りコテージ」にて指圧ボランティアを行い、南砺市在住の一般市民に対し、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化をアンケート用紙を用いて調査した。指圧を受けた43名のうち、アンケートの有効回答数は39名だった。その結果、痛みや疲労を感じる部位で最も多かったのは腰、肩、膝の順となった。また、全身の疲労度合いは39名中38名で改善がみられた。

キーワード:指指圧、ボランティア、アンケート、中高年、国民生活基礎調査


平成29年日本大学陸上競技部沖縄合宿指圧ボランティアアンケート報告:石塚 洋之

石塚 洋之
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu at 2017 Nihon University Track and Field Club
Training Camp in Okinawa: Survey Report

Tsuyoshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : The survey was conducted at Nihon University Track and Field Club Training Camp, held March 15-18, 2017 in Okinawa. Before and after receiving shiatsu, athletes were asked to complete a questionnaire printed on both sides of an A4-sized sheet of paper, in which they circled the areas on a body diagram where they felt fatigue or pain and described their general fatigue level and symptom complaint level on a 100mm (=100 point) Visual Analog Scale (VAS). Data was compiled for each event category. All 15 throwing event athletes showed post-treatment improvement in general fatigue levels as measured on the VAS. Of 32 running event athletes, 29 showed improvement in their general fatigue levels. Of 14 jumping event athletes, 13 showed improvement in their general fatigue levels.All 15 throwing event athletes showed improvement in symptom complaint level, as measured on the VAS. Of 32 running event athletes, 27 showed improvement in symptom complaint level. Of 14 jumping event athletes, 12 showed improvement in symptom complaint level.
Concerning the body area where the athletes felt fatigue or pain, the top reply among throwing event athletes was the lower back (equal left and right), followed by the upper and middle back (equal left and right). For the running event athletes, the top reply was the right posterior thigh, followed by the right posterior lower leg. For the jumping event athletes, the top reply was the left posterior thigh, followed by the posterior lower leg (equal left and right).

Keywords: sport shiatsu, Namikoshi shiatsu, Visual Analog Scale, survey, track and field


I.はじめに

 2017年3月15日から18日に行われた日本大学陸上競技部沖縄合宿において、競技者が練習後、身体のどの部位に痛みを生じるのか、また全身の疲労度と症状の不満度が指圧によってどの程度改善されたのかを調査するためのアンケート調査を行った。その結果を競技別に集計したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

 日  時:2017年3月15日~18日

 場  所:沖縄県沖縄市(奥武山総合運動場、沖縄県総合運動公園陸上競技場)

 対  象: 日本大学陸上競技部沖縄合宿参加者(18~24歳の男女)の練習前、練習後指圧を受けアンケートで有効回答が得られた64名

 評価方法:
 使用したアンケート用紙は、平成28年日本指圧学会冬季学術大会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを一部改変して用いた(図1、図2)。改変した箇所は症状の項目(人体図右)で、この内容をオーバートレーニング症候群の徴候1)に変更した。
 施術前と施術後の全身の疲労度と症状の不満度を100㎜(=100ポイント)の長さのVAS(visual analog scale)にて計測した。また疲労および痛みの部位を、身体イラストに○印で記入するよう指示した。陸上競技には多種多様な種目があるため、これらを3つのカテゴリーに分け、投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)、走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)、跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)とに分けて集計を行った。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%未満(P<0.05)に設定した。

 施術方法:日本指圧専門学校スポーツ指圧トレーナー部課外実習参加者が、競技者の主訴に応じて15~30分の間で浪越式基本指圧2)を行った。

図1. アンケート説明用紙
図1. アンケート説明用紙

図2. アンケート記入用紙
図2. アンケート記入用紙

Ⅲ.結果

 アンケートの回答数は64例のうち、設問1の有効回答数は64例、設問3、6と設問4、7の有効回答数は61例だった。(調査期間の3日間で同一人物による回答もあったため、延べ回答数である)

設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

◆投てき種目(表1)
 腰部(左右同率)、次いで背中(左右同率)であった。

◆走種目(表2)
 右大腿後側、次いで左大腿後側であった。

◆跳躍種目(表3)
 左大腿後側、次いで右大腿後側であった。

設問3、6…全身の疲労度合い変化

◆投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)(図3)
 15例中15例に減少がみられた(100%)。増加した者、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は66.9ポイントで術後平均は31.8ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)

◆走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)(図4)
 32例中29例に減少がみられた(91%)。増加した者は32例中3例(9%)であり、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は72.7ポイントで術後平均は37ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は55.6ポイントで術後平均は73.6ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

◆跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)(図5)
 14例中13例に減少がみられた(93%)。増加した者は14例中1例(7%)、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は70.1ポイントで術後平均は42ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は66ポイントで術後平均は76ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

設問4、7…症状の不満度変化

◆投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)(図6)
 15例中15例に減少がみられた(100%)。増加した者、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は71ポイントで術後平均は34.7ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。

◆走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)(図7)
 32例中27例に減少がみられた(84%)。増加した者は32例中5例(16%)であり、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は71.8ポイントで術後平均は32.4ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は60.2ポイントで術後平均は75.6ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

◆跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)(図8)
 14例中12例に減少がみられた(86%)。増加した者は14例中2例(14%)、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は68.9ポイントで術後平均は36.4ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は42ポイントで術後平均は52.5ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

表1. 左右の疲労や痛み部位(投てき種目)
表1. 左右の疲労や痛み部位(投てき種目)

表2. 左右の疲労や痛み部位(走種目)
表2. 左右の疲労や痛み部位(走種目)

表3. 左右の疲労や痛み部位(跳躍種目)
表3. 左右の疲労や痛み部位(跳躍種目)

図3. 疲労度の施術前後VASの平均(投てき種目)
図3. 疲労度の施術前後VASの平均(投てき種目)

図4. 疲労度の施術前後VASの平均(走種目)
図4. 疲労度の施術前後VASの平均(走種目)

図5. 疲労度の施術前後VASの平均(跳躍種目)
図5. 疲労度の施術前後VASの平均(跳躍種目)

図6. 症状の不満度VASの平均(投てき種目)
図6. 症状の不満度VASの平均(投てき種目)

図7. 症状の不満度VASの平均(走種目)
図7. 症状の不満度VASの平均(走種目)

図8. 症状の不満度VASの平均(跳躍種目)
図8. 症状の不満度VASの平均(跳躍種目)

Ⅳ.考察

設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労や痛み部位の考察は競技動作のバイオメカニクスとも照らし合わせて深い解析が必要であり、ここでは推測の域を出ないため、今後の研究課題とさせていただきたい。しかし、今回の調査では、各種目を3つのカテゴリーに分け、各カテゴリーを比較して考えられることを述べる。また、今回の調査時期は陸上競技においてはシーズンイン直前であり、練習も競技動作を中心に行っており、この疲労や痛み部位の結果は純粋な競技動作によるものと考える。

◆投てき種目(表1)
 走種目、跳躍種目では下肢の症状が多いのに対して、投てき種目では体幹部での症状を訴える者が多いことから、体幹へのストレスが大きいことが言える。また、上肢の痛み疲労を訴える者が投てき種目では8例あった。これは跳躍種目での上肢症状を訴える者(表3)が全て棒高跳競技者であったことから、道具を扱うことが上肢への症状へと結びついているのではないかと推察できる。

◆走種目(表2)
 走種目、跳躍種目はともに走る動作が共通しているため、下肢への症状が多かったと考えられる。また、跳躍には殿部の痛みを訴える者が全くいなかったのに対して走種目には15%いたことが、跳躍との大きな違いである。

◆跳躍種目(表3)
 走速度が跳躍力に影響することが知られており3)、そのため走種目に似る結果になったと考えられる。

設問3、6…全身の疲労度合い変化

 過去のマラソン競技での衞藤ら4)、小松ら5)の報告でも、全身の疲労度合いは施術前後で改善の傾向を示している。浅井らの報告6)では指圧により筋の柔軟性の向上が認められており、15~30分の施術においても同様の効果が得られたと推察される。ただし、有害事象として4例においてVAS値の増加がみられた。これには、様々な理由が考えられるが、15~30分という時間では疲労が取りきれなかった。あるいは術者の刺激量が足りなかった等の術者側の問題と、疲労の回復に用いる手段の選択も視野に入れて考える必要がある。
 疲労回復に用いる手段という点から考えれば、その方法にはアクティブリカバリーとパッシブリカバリーがあり、指圧はパッシブリカバリーに分類される。疲労による筋の緊張には、前述の浅井らの報告でも効果が認められているが、筋肉中に溜まった乳酸に関してはアクティブリカバリーのような、有酸素運動を行う事での疲労回復がより直接的であると考えられ7)、競技者のコンディショニングに際しては施術者も疲労の度合い、練習の内容を十分に考慮したうえで判断することが重要であると考える。

設問4、7…症状の不満度変化

 衞藤ら4)、小松ら5)は、マラソン後のランナーに対する15~30分の指圧施術で疲労度の改善が生じることを報告しており、今回の調査においても同様の効果が得られたと推察される。ただし有害事象として7例においてVAS値の増加がみられた。このうち、2例は疲労度の変化も増加がみられている。残り5例は疲労度の変化は減少している。これらに関しては症状が急性外傷であるのか慢性障害であるのかなどを含めた、問診なども含めて考える必要があり今回の調査では「症状部位」としか聴取をしていなかったため、今後アンケートに施術者が評価し把握し得た情報を明記する必要もあると感じた。アンケートの改善点として次回の課題としたい。

 今回の報告と併せても、マラソンだけでなく陸上競技の疲労回復のケア、症状の緩和の手法としての指圧の有効性を啓発していく価値はあるものと考える。また、これまでの研究は市民マラソンでの報告でありスポーツ愛好家に対しての効果であるが、今回は陸上の専門競技者に行った調査であるため、指圧の上述の効果は専門競技者においても効果があると言える。よって競技レベルによる指圧効果の大きな差はないと推察される。

参考文献

1)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト4 健康管理とスポーツ医学,p.62,財団法人日本体育協会,東京,2011
2)石塚寛:指圧療法学,p.78-126,国際医学出版、東京、2008
3)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト5 検査測定と評価,p.145,財団法人日本体育協会,東京,2011
4)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌(2);p.37-40,2013
5)小松京介,本多剛,大木慎平他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌(5);p.24-27,2016
6)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌(25);p125-129,2001
7)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト6 予防とコンディショニング,p.277,財団法人日本体育協会,東京,2011


【要旨】

平成29年日本大学陸上競技部沖縄合宿指圧
ボランティアアンケート報告
石塚 洋之

 2017年3月15日から18日に行われた、日本大学陸上競技部沖縄合宿にてA4判両面印刷のアンケート用紙を用い指圧施術前と施術後の全身の疲労度と症状の不満度を100㎜(=100ポイント)の長さのVAS(visual analog scale)にて回答いただいた。
 また疲労および痛みの部位をイラストに記入する形式で回答いただいた。集計は競技種目ごとに分けて行った。
 その結果、全身疲労度のVASにて、投てき種目では15例中15例に減少がみられた。走種目では32例中29例に全身の疲労度の減少がみられた。跳躍種目では14例中13例に全身の疲労度の減少がみられた。
 また、症状の不満度のVASにて、投てき種目では15例中15例に減少がみられた。走種目では32例中27例に減少がみられた。跳躍種目では14例中12例に減少がみられた。
 疲労および痛み発生部位で最も多かったのは、投てき種目では腰部(左右同率)、次いで背中(左右同率)であった。走種目では、右大腿後側、次いで右下腿後側であった。跳躍種目では左大腿後側、次いで下腿後側(左右同率)であった。

キーワード:スポーツ指圧・浪越指圧・VAS・アンケート・陸上競技


ウマ指圧余談~腹部指圧に関する汎動物学的考察~:衞藤 友親

衞藤 友親
明治大学体力トレーナー

はじめに

 腹部への指圧は前頸部への指圧と並び、浪越式基本指圧の特徴的施術部位と認識されることがあります。腹部指圧は様々な症状に対して高い治療効果を導く施術部位であることが経験論的に知られ、その生理機序に関する科学的研究も進められていますが、その道のりはまだまだ途上であると思います。

 科学的研究は私たちの目指すべき「根拠に基づいた医療」の軸のひとつでもあります。論文を記すにはまず疑問点に着目し、実験スタイルをデザインし、被検者を募り、計測環境に気を配り、結果を統計処理し考察をまとめなければなりません。それはかなりの労力を要するものでありますが、その困難を乗り越えてこそより精度の高い「根拠に基づいた医療」に近づくものだと考えております。

 しかしながら他方、実験や臨床の事例に分類できない事象であっても指圧の科学的考察の補強に寄与し得る可能性も否定できません。科学的議論のきっかけになることも期待しつつ、腹部指圧が誘発する生理機序について汎動物学的観点から考察したいと思います。この方法は科学的根拠を踏まえた方法とは言い難いので、指圧研究のフィールドワーク的手法も模索しつつ随筆として記述します。

対象観察までの背景

 私は年間約40鞍程度ウエスタンスタイルで騎乗する乗馬愛好者です。以前、ウマを対象として前頚部指圧の研究1)をしました。研究では普段からよく利用する御殿場市と山中湖村にある乗馬クラブのウマたちを対象としました。ウマにもイヌのように様々な種類があり、主に乗用とされるのはアラブ、クォーター、アパルーサ、ミックスなどです。

 他方、それら一般的な乗用馬とは別に、古来より日本国内で農耕や戦闘や運搬等に用いられていた種類もいます。これらいわゆる在来馬は現在よく目にする馬種より小型で、性格も温厚であるとされています。しかし明治期には富国強兵政策の一環である馬匹改良計画の下に、在来馬と大型種の交配が奨励されました。その結果、在来馬は政策の行き渡らなかった半島の先端や離島など全国に8種を残すのみとなりました。更に時代が下り、今や農耕や運搬も機械化され、在来馬の役割も乗用やホースセラピーなどに限定されています。故に頭数の維持が課題となっています。

 沖縄県には島が多いので、前述の理由により宮古馬と与那国馬と言う在来馬が生息しています。特に与那国馬は一般社団法人ヨナグニウマ保護活用協会の活動により積極的な利活用の道が模索されています。

 与那国島では南国の気候を活かして、騎乗したままウマと一緒に海に入っての常歩(なみあし)や速歩(はやあし)を体験できます。また騎乗だけでなく尻尾につかまって泳いだり、海水で馬体を洗ったりマッサージしたり、砂浴びをさせたりすることもプログラムに含まれ、それらを「海馬(うみうま)遊び」と呼んでいます。

図1 地上での与那国馬の腹部
図1 地上での与那国馬の腹部

図2 海中での与那国馬の腹部
図2 海中での与那国馬の腹部

状況

 2015年9月、乗馬愛好者としてかねてより興味のあった海馬遊びを与那国島ナーマ浜にて体験する機会を得ました。ウマとふれあい、馬体を洗い、マッサージをしたその時、馬体の腹部の形状の違いに気付きました。ウマはイヌやネコに比べれば身近な動物ではないので、ウマの腹部に触れる機会は滅多に無いと思いますが、普通に乗馬を楽しむ場合でもブラシをかける時に腹部に触れます。まして筆者の場合、基本的に騎乗後にはウマに指圧とマッサージを施すので、ウマの腹部には日常的に触れ慣れていました。故に海馬遊びの時のウマの腹部の形状には驚きました。ウマが仰臥位で腹部指圧を受けたならば、まさにこの形状になるだろうな、と直感しました。

 与那国馬は体高(地上から肩の一番高いところ、およそ第2~4胸椎棘突起付近までの高さ)が110~120cmと他種に比べて低く、海中に四肢が浸かった状態でも腹部に触れるのは容易でした。常態が四足歩行のウマの内臓は、前肢と後肢の間にぶら下がっている状態で存在し機能しています(図1)。四足歩行の動物が体側(胴体)の下から3分の2くらいまで水に浸かった場合、浮力により内臓全般が脊柱側(上方)に押し上げられることにより、陸上では触知困難な肋骨弓が触知可能となります(図2)。この、腹部に圧力(浮力)が与えられた状態の与那国馬の腰背部脊柱両側に指圧を施したところ鼻孔が水面に浸かるほどに頭を下げる様子が観察されました(図3)。

図3 海中にて指圧中の筆者と与那国馬
図3 海中にて指圧中の筆者と与那国馬

考察

 旅行中の体験だったので、残念ながら心拍計等による計測はできませんでした。しかし、指圧を施された与那国馬が鼻孔を水面に浸けても平気なくらいに頭を垂れていることから、おそらく呼吸数が減少していることが推察されます。指圧をしなかった他の個体にはこの様な姿は見られなかったので、四肢および腹部を海水に浸しただけでは観察されない反応だと考えます。野生動物において腹部の圧迫は溺死の危険もしくは仰臥で被食者としての状況など、生命の危機を意味するものと考えます。

 水圧・水温・刺激部位・種別など相違点は多々あるものの、ヒトにおいても水に顔を浸けると心拍数が減少する潜水反射2)があることが知られています。呼吸数の減少は防衛反応の一種とも考えられます。ヒトの腹部への指圧では心拍数の低下4)、血圧の低下5)、立位体前屈の改善6)、胃の蠕動運動の増大7)、瞳孔直径の縮小8)などが報告されています。呼吸数の直接計測の報告はありませんが、心拍数の低下から呼吸数の低下が類推されます。少々強引ではありますが、ヒトとウマは腹部指圧によって同じような生理反応が起こる可能性があり、ウマの前頚部に指圧を施した研究3)を補強するかもしれません。更に、前頚部に始まり腹部に終わる浪越式基本指圧の施術順序の合理的説明のヒントとなるかもしれません。

 また、ヒトでは胃の蠕動運動に関しては前頚部への指圧では増大せず9)、瞳孔直径は前頚部への指圧中ではなく直後から縮小する10)ことも報告されています。

 ヒトも動物の一種である以上、千変万化する自然環境に適応しながら生活してきたことは想像に難くありません。生命の危機に瀕した場合に、より高確率での生命維持メカニズムを発動した個体たちの末裔が現在のヒトであるとも言えます。そこで培われたメカニズムのひとつ又はいくつかの複合体が現在「自然治癒力」と呼ばれている能力なのではないかと考えます。前頚部の指圧で惹起されない反応が腹部では観察されたり、前頚部のみでも腹部のみでも同様の反応が観察されるものの、発現までに時間差があったりと、何万年もかけて編み出されたであろうメカニズムを理解するには、より多方面からの切り口が必要な気がします。また、なぜ指圧がそれらの自然治癒力発動のスイッチと成り得るのかを解明していくにはまだまだ時間がかかりそうです。

おわりに

 今後も指圧に対する「なぜ?」を日常的に心に抱きながら、多方面の方々の協力に感謝して研究を続けていきたいと思います。

参考文献

1)衞藤友親:ウマを対象とした前頚部指圧による心拍数の変化,日本指圧学会誌(3);p.16-19,2014
2)山本義春:脳と心―水中と陸上でのヒト―.http://www.p.u-tokyo.ac.jp/~yamamoto/jres_12/jres_12.html
3)衞藤友親 他:前頚部指圧による呼吸商の変化,日本指圧学会誌(1);p.11-13,2012
4)小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌22号;p.40-45,1998
5)井出ゆかり 他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌23号;p.77-82,1999
6)宮地愛美 他:腹部指圧刺激による脊柱の可動性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌29号;p.60-64,2005
7)黒澤一弘 他:腹部指圧刺激による胃電図の変化,東洋療法学校協会学会誌31号;p.55-58,2007
8)栗原耕二朗 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34号;p.129-132,2010
9)加藤良 他:前頚部指圧が自律神経機能に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌32号;p.75-79,2008
10)横田真弥 他:前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌35号;p.77-80,2011


ウマ指圧余談
~腹部指圧に関する汎動物学的考察~
衞藤 友親