随筆:花粉症施術の周辺事項:長谷川有基

長谷川有基
MTA指圧治療院

 一つテーマを決めて施術をして纏めるのはこんなにも大変かと思ったが、その分普段考えないようなことを考えることも色々とあった。個人的な考えが多く含まれるので、本文とは別に書いておきたい。

 施術にあたり、頚部と腹部を特に意識した。鼻閉は鼻粘膜の浮腫により鼻腔内が狭まった状態にある。主に血管透過性の亢進によるのだろうが、頚動脈鞘周りを弛めてやれば静脈還流が滞りなく行えて、浮腫は軽減するのではないか。また、腹部施術により細動脈を中心とした内臓の血管が広がって隅々まで血液が行き渡れば、結果的に頭頚部へ分布する血液は減り、さらに軽減するかもしれないと思ったからだ。しかしそう考えて、結果鼻閉が改善したからといって本当にその通りになったのかはわからない。上手くいったと思いたい。

 施術中や後の鼻閉については、首の角度と姿位による頚部の圧迫などの影響が考えられる。あるいは腹臥位での出現が多いことから、施術枕とフェイスタオルで顔の周りが塞がれて呼吸する空気の温湿度が変化したため、ということもありえる。なんにせよ、他の体位で施術すれば回避できるかもしれない。仰臥位での施術時に改善が多いから腹臥位から始めるのもいいかもしれない。今回は手順を統一するため、体位や順序を変えることはしなかった。

 気になったのは、症状の強いときほど首が硬く弛みにくく、仕事が多忙であったり疲労が強いほど症状も強くなるような印象を受けた。人間は全体で一つとして機能している。ある症状に対して、どこここを施術する、というよりも、いかに基礎的な全身状態の改善ができるかがポイントになるのかもしれない。そういった意味で、頚部の施術が自律神経系へ及ぼす影響だとか、首のとくに後ろ側が弛むと全身の抗重力筋などが弛むことは、全身の調整に役立っているのかもしれない。

  花粉症はⅠ型アレルギーに分類される。以前、Ⅰ型アレルギーは衛生仮説とTH1/TH2のバランスで説明されていた。大まかにいうと、乳幼児期の環境が清潔すぎるとエンドトキシンに触れる機会が減り、TH2が多くなりやすい。TH1とTH2のサイトカインはお互い拮抗して働き、TH2サイトカインはIgE産生を誘導するため、TH2優位だとアレルギーになりやすい、というもの。近年ではTH1/TH2に加え、TH17や制御性T細胞などのバランスやその他サイトカインが関連してくることがわかっている。

  指圧施術がこれらのどこかに影響を与えたのか、それとも前述の基礎的な全身状態が影響したのかわからない。もしアレルギー機序に影響したのならこれはなかなか面白くなってくる。

 今回の論文では症例数が少ないことを考えると、施術と全く関係ない理由で改善した、ということもないとはいえない。そういうことがあるためにできれば症例数は多いほうがいいが、現実にはなかなか難しい。仮に五十症例は欲しいとすると、1回1時間として1日8人ペースでも週6日はかかる。累積効果を見るためにある程度継続して全8〜12回、日常生活の個人差・変動に影響されにくいように受けるペースを週1回とすると、それだけで2〜3ヶ月はほぼ付きっ切りになってしまう。その間の生活や体調管理、被験者のスケジュール調整など考えると、個人ではかなり難しく大きな負担となる。論文を切っ掛けに実際に追試として施術を行っていただけるとありがたい。

 ある程度の集団で施術を行い、その結果を共有できる場を作れないかと思う。個人的にはできれば三桁くらいの症例は最低限欲しいし、追試の結果をフィードバックする場は必要だと思っている。しかし、薬の臨床試験とちがい、施術の方法や技量や刺激量の定量化などが難しい(○○kg重の圧で、などと強さを一定にする試みも見たことがあるが、これには少なくとも二つの問題がある。ひとつは刺激を受ける被験者の身体は同じではないので圧力を一定にするとむしろ強さが異なること、もうひとつはそもそも手技療法とはそういうものではないという根源的なものである。もしそういうものであったならば、マッサージ機器や医療用器具は今よりもっと違った形になっていただろう)。対照群を設定するとしても、偽薬のような物を使うわけにもいかないため、同じ時間ただ横になってもらう、という方法への理解も得にくいだろう。

 折角施術をして論文を書いたのだから多くの人に利用して欲しいし、より改善して良い物ものを作りたい気持ちもある。

 多忙や疲労は広い意味でストレスだが、ストレスとアレルギーの関連で言えば、TH1/TH2のアンバランスな状況をもたらす機序のひとつとして、ストレス刺激が挙げられている1)。 またストレスとの関連疾患では、潰瘍性大腸炎、リウマチ性関節炎(RA)などの自己免疫疾患が挙げられているのは興味深い2)。自己免疫疾患はTH17が自己抗原に反応して異常発達・増殖し、免疫システム全体のバランスが取れなくなった状態とも言われており、ストレスはTH17にも影響しているのかも知れない。

  神経系、内分泌系、免疫系は関連して機能している。ストレスはそれらに対しても影響を与える(ハンス=セリエ、ストレス反応)。人体をひとつのシステムと捉えれば、指圧施術が自律神経系に影響を与えたことで、他のサブシステムである内分泌系や免疫系へも影響を及ぼし、システム全体の機能が調整された、と考えることができる。しかし、起きた出来事はひとつだが説明のしかたは無数にあり、その説明が妥当かどうかはまた別の問題だ。裏付けがないという意味では、指圧で宇宙のパワーを注入しただとか、先祖の祟りが、などというのと変わらない(断っておくが、別に呪術を否定しているわけではない。呪術と医療が同一の時代もあったし、呪や念だとかはそれを扱うのが人間の心だということを考慮するとバカにはできない。ただ現代の医療というカテゴリーには適さないというだけである)。気が云々という説明の仕方もあるが、日本人は“気”というと内容が支離滅裂でも何となく判った気になってしまって納得してしまうところがあるので、使用する場面には話し手・聞き手の双方が注意を払う必要がある。

  指圧の研究やその方法が発展し、体内の変化を上手くモニタリングできれば、より事実に寄り添った説明ができる。煎じ詰めれば五十歩百歩だが、怪しげな理屈をこねなくて済むのは精神衛生上大変よろしい。

引用文献

 1)STEP内科1 神経・遺伝・免疫, 第3版, p.303, 海馬書房, 東京, 2010
 2)トートラ 人体の構造と機能 第2版, p.666, 丸善, 東京, 2008

参考文献

アレルギーは何故起こるか ヒトを傷つける過剰な免疫反応の仕組み 斉藤博久 講談社