金子 泰隆
MTA指圧治療院院長
日本指圧専門学校教員
Effectiveness of Shiatsu Treatment Against Numbness of the Lower Extremities
Yasutaka Kaneko
Abstract : Patients with a diagnosis of lumbar disc hernia often visit shiatsu clinics, and they experience reduction in symptoms after a several shiatsu sessions in many cases. The lumbar disc hernia diagnosed by imaging findings does not always relate to the symptoms. This is a case report of a patient diagnosed with lumbar spinal canal stenosis and serious lumbar disc hernia became mostly asymptomatic after three shiatsu sessions although the imaging showed little changes. Since muscle tightness and / or blood circulation disorder of the lower extremities may be neurologically causing the symptom, shiatsu treatment is worth trying for even a patient diagnosed with lumber disc hernia to ease the symptom.
I.はじめに
臨床現場において腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けて来院する患者は少なくない。しかし、数回の施術でその症状が改善するケースも多く、必ずしも画像所見におけるヘルニアが症状の発現に関与しているとは限らない。今回、腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた患者に3回の施術を行い症状がほぼ消失したので報告する。
Ⅱ.対象および方法
場所:学校法人浪越学園 日本指圧専門学校 臨床実習室
期間:平成25年11月27日~12月11日(治療回数3回)
[症例]
36歳男性
[現病歴]
25~26歳頃から慢性的な腰痛を自覚していた。特に大きな症状の悪化もなかったためそのままにしておいたところ、2013年11月20日頃から腰痛と左殿部~足先にかけてのしびれが出現した。今まで経験したことの無い症状の強さであったため、整形外科を受診したところ、腰部脊柱管狭窄症と重度のヘルニアであるとの診断を受け手術も考慮した方が良いとのことであった。できるだけ手術は避けたいとの思いから、保存療法で症状を軽減させるべく指圧療法を受診するに至った。
[既往歴]
右前腕血管腫の既往あり
アレルギー(卵・ハウスダスト)あり
[治療法]
- 横臥位を除く浪越式基本指圧1)(両下肢に重点を置く)
- 仰臥位における頚部操作 ・左仙腸関節矯正のための中殿筋の押圧回旋操作
[評価]
- 問診での術前術後の所見の変化の聴取。
- 10段階のVAS(Visual Analogue Scale )を用いてしびれの評価を行った。
III.結果
11月27日(第1回)
[術前所見]
自覚所見:
- 自発痛・夜間痛なし。
- 左下肢にしびれ感あり。
- 間欠跛行なし。
- 足を引きずるように歩く。
- 咳やくしゃみでの痛みの増強なし。
- 膀胱直腸障害なし。
- 排便時に会陰部の激しい痛みがある。
他覚所見:
- 大腿動脈及び足背動脈の拍動は正常。
- 疼痛回避のための側弯がみられる。
- 左母趾底背屈に減弱がみられ、思うように動かせない。
- SLRテスト45°で足背、足底、下腿後面にしびれ出現。
- 右腰部圧痛あり、左腰部圧痛なし。
- 左上後腸骨棘が下方に変位している。
- MRI画像にて L4/5間にヘルニアを認める。(図1、図2)
[術後所見]
- SLRテスト45°(+)→70°(-)
- 術前VAS10→術後VAS1
- 血流が改善してきた感覚があり、知覚鈍麻が改善した。
- 歩行時の重だるさがなくなった。
12月4日(第2回)
[術前所見]
自覚所見:
- 左足背のみしびれを感じる。
- 左母趾底背屈に減弱がみられ、思うように動かせない。
- 排便痛が消失した。
他覚所見:
- SLR 80°(-)脹痛を感じる。
- 第1回治療から1週間で体重が108㎏ →104kgに減少
[術後所見]
- 左母趾の感覚が出てきた。
- SLR 90°(-)脹痛が消失した。
- 術前VAS3→術後VAS2
12月11日(第3回)
[術前所見]
自覚所見:
- 左母趾の違和感がある。
他覚所見:
- 片足立ちのバランスが不安定。
- 左母趾背屈が可能になった。
- SLR 90°(-)心地よい脹痛を感じる。
[術後所見]
- 片足立ちがスムーズにできるようになった。
- 階段がスムーズに昇れるようになった。
- 睡眠の質が改善した。
- 術前VAS2→術後VAS1
ほぼ症状が寛解したため、治療を終了した。
IV.考察
腰椎椎間板ヘルニアは、髄核を取り囲んでいる線維輪の後方部分が断裂し、変性した髄核が断裂部から後方に逸脱することにより神経根、馬尾が圧迫されて発症する病態と考えられている。しかし、椎間板症や腰部脊柱管狭窄症との鑑別が十分になされていない現状が認められたため、腰椎椎間板ヘルニアガイドライン策定委員会により診断基準が提唱されるに至った2)。提唱された診断基準(図3)である。
図3 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会提唱の診断基準
上記診断基準に本症例を照らし合わせると、基準1、基準3、基準5で一致がみられるが、基準2および4では一致がみられていない。そのため、医療機関における診断はL4/5椎間板ヘルニアであったが、椎間板ヘルニア以外の要因により諸々の症状が出現しているということも念頭に置き診察、治療にあたった。 本症例は、腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの合併という診断を受けており、画像所見からはその状態が観察される(図1)。しかしながら、自覚所見の聴取では間欠跛行などの所見はみられなかった。そのため、腰部脊柱管狭窄症での症状出現の可能性は低いと判断した。また、SLRやしびれの出現領域、母趾背屈力の低下など腰椎椎間板ヘルニアを疑う所見は充分にあったが、安静時の症状がないことなどから下肢の筋緊張による血流障害により症状が出現している可能性もあると判断した。
診察所見として、左上後腸骨棘の下方への変位が観察されたため、左仙腸関節の後方下方変位により、左下肢の筋緊張が亢進した症例であると判断し、左仙腸関節の調整と下肢全体の筋緊張緩和を目的として施術を行った。
第1回の治療後のVAS値の変化、SLR所見の変化がみられたことから第2回、第3回共に同じ内容の施術を行った。結果、3回の治療でほぼ症状が寛解したため治療を終了した。症状はほぼ寛解したが、術前術後の医療機関用報告書では、画像所見に大きな変化はみられなかった(図2)。そのことを考慮すれば、本症例は左仙腸関節変位による下肢の筋緊張が長引いたことで下肢のしびれと筋力低下を起こしたものと推測するのが妥当であると考える。
臨床現場で腰椎椎間板ヘルニアの診断を受け来院するケースは比較的多いように思われる。しかしながら、症状と画像所見の一致していないケースも存在するものと思われる。ガイドラインにおいても的確な問診を行うことにより、ヘルニアを疑うことやヘルニアの高位の推定を行うことは高い確率で可能であるため、腰椎椎間板ヘルニアの診断に際して問診や病歴を採取することは極めて重要である2)としている。そのため、問診や病歴の採取と画像所見および神経学的所見などを総合的に判断し、診断、治療を行うことが極めて重要であると考える。 また、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも下肢の筋緊張や血流障害が神経学的所見の原因となっていることも考えられる。指圧刺激が筋の柔軟性を向上させることも報告されている3)4)5)ことから、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合においても、保存療法として指圧療法を試みることには充分価値があるものと考える。
V.結論
腰椎椎間板ヘルニアの診断を受け患者が来院したケースでも、的確な問診や病歴の聴取、神経学的所見から総合的に判断し、治療を行うことが重要である。また、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも、指圧療法を試みる価値は充分にあると考える。
VI.参考文献
1) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版, 国際医学出版, 東京,2008
2) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会, 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン改訂第2版,南山堂,東京,2011
3) 浅井宗一ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,(社)東洋療法学校協会学会誌(25),p.125-129,2001
4) 菅田直記ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),(社)東洋療法学校協会学会誌(26),p.35-39,2002
5) 衞藤友親ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),(社)東洋療法学校協会学会誌(27),p.97-100,2003
【要旨】
下肢のしびれに対する指圧療法の効果
金子泰隆
臨床現場において腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けて来院する患者は少なくない。しかし、数回の施術でその症状が改善するケースも多く、必ずしも画像所見におけるヘルニアが症状の発現に関与しているとは限らない。今回、医療機関にて腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた症例に指圧療法を行った結果、3回の施術で症状がほとんど消失した。本症例では、症状が消失したにもかかわらず、画像の所見に大きな変化はみられなかった。腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも下肢の筋緊張や血流障害がしびれなどの神経学的所見の原因となっていることも考えられるため、指圧療法を試みることは充分価値のあるものと考える。
キーワード:下肢の筋緊張、しびれ、指圧療法