金子 和人
バーディー指圧治療院 院長
Shiatsu treatment for scapulohumeral periarthritis: a case report
Kazuto Kaneko
Abstract :Aiming at releasing tension of muscles consisting rotator cuff and periarticular muscles in order to alleviate the pain and improve the range of joint motion, Shiatsu treatment was provided for a patient of scapulohumeral periarthritis. After seven sessions of Shiatsu treatment, the range of joint motion was consequently improved. This case suggested the potential of Shiatsu treatment to improve flexibility and the decreased range of joint motion caused by scapulohumeral periarthritis.
I.はじめに
筆者は、肩関節周囲炎の患者1例の経過観察し、疼痛と関節可動域が改善した例を報告した1)。しかし、継続して経過を観察していく中で、疼痛および関節可動域の改善がある一定の段階からみられなかったことから、同症例に整形外科の受診を勧めた。
整形外科での画像診断の結果、同症例は、石灰沈着性腱板炎であるとの診断を受けた。その際、医師より投薬による疼痛管理と共に、更なる疼痛の軽減および関節可動域拡大を目的として指圧療法を併用する助言を頂き、引き続き継続して経過観察を行った。その結果、関節可動域の改善がみられたので報告する。
II.対象及び方法
[症例]
60代男性 建築士
[現病歴]
一年前からゴルフプレー中に左肩があがらなくなった。接骨院を受診し低周波電気治療、極超短波温熱治療、運動療法など治療を受けるが改善しなかった。ゴルフプレーに支障がないような状況にするため、2012年6月から当院を受診する。指圧療法を継続し、外転角度が約90°までは改善したが、それ以上の改善が思うようにいかなかったため、2013年1月24日に整形外科を受診した。
その結果、石灰沈着性腱板炎と診断されたが、医師に指圧療法との併用を勧められ、継続して治療を行うことになった。
[既往歴]
腰椎椎間板ヘルニア
[家族歴]
特になし
[検査所見]
- レントゲン検査所見:異所性骨化、上腕骨大結節 棘上筋腱に石灰沈着がみられた。
- 血液検査所見:炎症反応を認めた。
- MRI所見:肩関節包の委縮による滑液不足、棘上筋腱の石灰沈着が見られる(腱断裂は見られない)。肩関節包の委縮が見られる。
[理学検査所見]
- 外転、外旋、内旋、伸展、障害有り(外転90度 屈曲100度)。
[治療方針]
腱板を構成する諸筋及び肩関節周囲の筋緊張を除去し、疼痛と関節可動域の拡大を図る。
※ ただし棘上筋腱に石灰沈着があり正常な状態より腱が痩せているために過度の刺激を行うと腱の断裂につながるために細心の注意が必要である。
III.結果
2013-2-3
- 2013.1.24、2013.2.14に整形外科にて関節包内ヒアルロン酸注射を受ける。
- 2013.2.2に内服薬セレコックス ミオナール ガスロンNの処方を受ける。
- 指圧治療:ローテーターカフ部分に重点を置く局所治療。
※ 棘上筋、棘下筋、小円筋、特に肩甲下筋は入念に施術する。 - 術後所見:外転90度 屈曲100度
2013-2-11
- 指圧治療:ローテーターカフ部分に重点を置く局所治療。
- 術後所見:外転95度 屈曲120度
2013-2-16
- 指圧治療:ローテーターカフ部分に重点を置く局所治療
- 術後所見:外転80度 屈曲110度
2013-2-18
- 整形外科を受診し、関節包内ヒアルロン酸注射を受ける。
- 指圧治療:胸鎖関節から肩鎖関節の周辺および肩甲骨外側縁周辺に重点を置く全身施術を行う。
※ 整形外科受診後の来院で注射直後のため関節包付近には触れなかった。 - 術後所見:外転100度 屈曲120度に改善
2013-3-8
- 2013.3.5に整形外科を受診し関節包内ヒアルロン酸カルボカイン注射を受ける。
- 頸部、胸部、腰背部に重点を置く全身施術を行う。
- 術後所見:外転100度 屈曲120度
IV.考察
本症例は、筆者が肩関節周囲炎と判断し指圧療法を行った症例である。しかしながら、経過観察を続ける中である一定以上の症状の改善が認められなかったため、整形外科にて画像診断を行った結果、石灰沈着性腱板炎との診断を受けた。
整形外科の領域において、肩関節周囲炎や五十肩、凍結肩、癒着性関節包炎などは微妙なニュアンスの違いはあるものの、ほぼ同義で使われているのが現状であるが、五十肩と鑑別すべき疾患として石灰沈着性腱板炎が挙げられている2)。石灰沈着性腱板炎に対しては、急性期には石灰穿刺による局麻剤や水溶性ステロイドの注入、慢性期には局麻剤やステロイドの肩峰下腔内注射などを用い、鎮痛処置を行い、それでも奏功しない症例に対しては、関節鏡視下石灰除去術などの手術療法が行われている3)。
今回の症例は、X線検査およびMRI検査の所見で石灰の沈着がみられたため(図1、図2)、肩関節周囲炎や五十肩の病態とは一線を画すものであったと考えられる。そのため、経過において疼痛や関節可動域のスムーズな改善がみられなかったと推測することができる。
しかしながら、来院当初の肩関節の外転可動域(図3)が指圧療法を継続する中で約90°程度に改善され、整形外科受診後に関節包内ヒアルロン酸注射や消炎鎮痛剤と指圧療法の併用で治療を進めるようになってからは、さらに外転可動域が広がっている(図4)。腱板を構成する筋や肩関節周囲の筋の柔軟性の向上を目的として指圧療法を行ったことを考えると、本症例は石灰沈着性腱板炎に肩周辺の筋緊張が加わり、関節可動域の低下をもたらした症例であると考えることができる。
整形外科受診後の可動域改善に関しては、整形外科における治療効果もあると考えられるため、一概に指圧療法の効果であるとは言い難い側面もある。しかし、少なくとも整形外科受診前までの関節可動域改善が、指圧療法の効果である可能性は否定できないと考える。今回収集した情報から可動域改善に関与した関節や筋の要素を断定して論じることはできないが、筋の柔軟性が指圧刺激により改善することが菅田ら4)により報告されていることから、今回の関節可動域の改善は筋の柔軟性の改善が関与しているものと考えられる。しいて言えば。行った指圧療法の内容から、腱板を構成する筋や肩関節周辺の筋の柔軟性が向上したことにより、肩甲骨の可動性が広がったことが一要因になっていると推測する。
V.結論
石灰沈着性腱板炎は肩関節周囲炎からは除外して考えるべき疾患である。しかしながら、画像診断を行う前に来院するケースも多く、その識別は困難である。そのため、理学検査および経過観察を詳細に行い、必要であれば医療機関の受診を勧め、画像所見を得ることも大切であると考える。
今回の症例は、石灰沈着性腱板炎と腱板および肩関節周辺の筋の筋緊張により肩関節可動域が狭小化した例であり、指圧療法により筋緊張の緩和がなされ、肩甲上腕リズムを改善することで肩関節可動域の拡大および疼痛の軽減ができたと考えられる
VI.参考文献
1) 金子和人:肩関節周囲炎に対する指圧治療,日本指圧学会誌(1), p.35-37, 2012
2) 玉井和哉:特集五十肩を理解する 基礎的情報病態・診断, 関節外科11(30),p.14-19, 2011
3) 名越充:肩石灰性腱炎の診断と治療, MB orthop 25(11), p.67-72, 2012
4) 菅田直記 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果, 東洋療法学校協会学会誌(26), p.35-39, 2002
【要旨】
指圧療法にて肩関節可動域が改善した石灰沈着性腱板炎の1症例
金子 和人
前報で報告した肩関節周囲炎の患者は、医療機関におけるX線およびMRIの所見から石灰沈着性腱板炎であると判明した。整形外科領域において肩関節周囲炎から除外する疾患として、石灰沈着性腱板炎が挙げられている。本症例においてある一定以上の効果があがらなかったのは石灰沈着性腱板であったことが一要因である考えられる。しかし、石灰沈着性腱板炎と判明する以前の肩関節の関節可動域制限は、指圧療法を行うことで改善がみられた。そのため、本症例は石灰沈着性腱板炎に腱板や肩関節周辺の筋の筋緊張が加わり、関節可動域制限を起こしていたと考えられる。このようなケースでは、十分な評価に基づき指圧療法を行うことが重要であると考える。
キーワード:石灰沈着性腱板炎,指圧療法,関節可動域の改善