乳がん術後の患者に対する疼痛と肩関節可動域制限への指圧治療:中盛 祐貴子

中盛 祐貴子
祐泉指圧治療院 院長

Shiatsu Treatment for a Patient with Shoulder Joint Pain and Decreased Range of Motion Due to Breast Cancer Surgery

Yukiko Nakamori

 

Abstract :  This report examines the case of a patient undergoing pectoral muscle-preserving mastectomy for cancer of the left breast, who was treated for the alleviation of shoulder joint pain and decreased range of motion using shiatsu therapy. After treatment, pain was alleviated and the range of motion of the shoulder joint was increased, which contributed to improving the patient’s quality of life. This suggests that shiatsu treatment combining finger pressure and joint mobilization was effective in improving the flexibility of the skin, subcutaneous tissue, and shoulder joint.

Keywords:breast cancer, mastectomy, pain, shoulder joint range of motion, strain, post-mastectomy neural pain, shiatsu, massage


I.はじめに

 乳がん手術後の主な後遺症としては、リンパ浮腫や手術後の恒常的な痛みなどがある。手術を受けたことによる胸部から腋窩、上腕にかけての痛み、違和感やしびれなどの知覚異常は、多くの場合、術後数カ月で和らぐとされている1)が、和らぐまでの間は患者が痛みに悩まされることになる。また、乳がん術後の患者においては、患側肩関節可動域が制限されやすく、更衣や整容などの日常生活動作の制限となる2)とされており、日常で不便さを感じる患者が多くいるといえる。
 今回、乳がんに対する左側胸筋温存乳房切除術後の患者に対し、全身指圧を施した。左胸部の疼痛と突っ張り感、左側肩関節を含む左側上肢各関節の可動域の制限を主に訴えており、筋、皮下組織及び皮膚の柔軟性と伸張性を改善することを主目的に施術を行ったところ、疼痛の緩和と肩関節可動域の変化を確認したのでここに報告する。

Ⅱ.対象および方法

施術対象:

 44歳 女性 自営業

施術日:

 令和1年8月27日

主訴:(患者の表現をそのまま記述):

 手術後、左胸あたりの痛み、突っ張り感がある。脇の下あたりも違和感がある。左腕が上がりにくいし、肘もしっかり伸ばせなくて、不便だし不快。左腕が上がりにくくなることは手術前に説明を受けているから理解はしているが、洗髪や髪を乾かす動作が思うように行えないのが苦しい。着替えの動作にも支障が出て、着られる服が制限されてしまい、毎朝の服選びに苦労している。疼痛により動きが阻害されることもストレス。早期の社会復帰に向けて、少しでも痛みが減り、身体が動きやすくなってほしい。

現病歴:

 令和1年7月30日、乳がんにより左側胸筋温存乳房切除術を受けてから、左胸部、腋窩部、上腕部に疼痛が出現。左側肩関節の可動域制限(主に前方挙上、側方挙上)も現れた。

既往歴:

 34 歳 卵巣嚢腫 腹腔鏡下手術

施術方法:

 1.仰臥位にて、腹部への指圧を行う
 2.仰臥位にて左胸部への軽圧での流動圧法や手掌刺激圧法を主に用いた指圧を行う。創傷部周辺(図1)は解離を起こさないように触圧と微圧にて慎重に行う
 3.仰臥位にて左上肢への指圧と運動操作を行う
 その後は全身調整として、
 4.側臥位にて、左側の頚部、背部、腰部および臀部への指圧を行う
 5.伏臥位にて、背部、腰部、臀部、両側下肢への指圧を行う
 宮下3)による乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の疼痛とそれに伴う肩関節可動域の制限に対する指圧療法の一例報告や指圧療法学4)も参考に施術を行った。

評価:

 ・問診での施術前後の所見、感覚の変化を聴取した
 ・目盛りのない直線100mm Visual Analogue Scale(VAS)を施術前後に記入してもらい、疼痛と突っ張り感を評価した
 ・角度計を用いて術前術後の肩関節可動域(前方挙上と側方挙上)を計測した

図1. 患者の乳房切除術後の創傷部

図1. 患者の乳房切除術後の創傷部

Ⅲ.結果

[術前所見]

自覚所見

 ・左胸部の疼痛および動作時痛
 ・左胸部、腋窩部の突っ張り感や違和感
 ・肩関節可動域制限(前方挙上、側方挙上)
 ・肩こりや背中の張りなどがあり、全身に倦怠感や疲労感がある

他覚所見

 ・肩関節の自動運動と他動運動時に左胸部に痛みを訴える
 ・触診により左胸部の皮膚の柔軟性と伸張性の低下を感じる
 ・左側肩関節の挙上動作の可動域制限あり(図2)
 ・両上肢の周囲径に顕著な左右差はみられない

図2.指圧施術前

図2.指圧施術前

図3.指圧施術後

図3.指圧施術後

[術後所見]

VAS 痛みの程度:

50 → 25

突っ張り感の程度:

48 → 22

肩関節の可動域:

前方挙上135°→ 145°、側方挙上:85°→ 95°

上腕周囲径(肘頭より上方10cm):

左28.5cm → 28.0cm、右28.9cm → 27.4cm

自覚所見

 ・左胸部の疼痛及び動作時痛が軽減した
 ・左胸部、腋窩部の突っ張り感や違和感が軽減した
 ・肩関節の可動域(前方挙上、側方挙上)が拡大した
 ・肩こりや背中の張りが軽減した

他覚所見

 ・触診により左胸部の皮膚の柔軟性と伸張性が向上した
 ・左側肩関節の可動域が拡大した(図3)

Ⅳ.考察

 本症例では、左側胸筋温存乳房切除術後4週後に指圧治療を行った。手術後から左胸部の疼痛、突っ張り感があるとのことだった。また、左側上肢を動かすと痛みが増強し、肩関節の可動域制限もみられ、QOL の低下を訴えていた。これらの症状は、『上腕後面、腋窩や前胸壁部などにおける、感覚低下を伴う締め付け感や灼熱感などが多い』『しばしば上肢運動によって痛みが増強するため、有痛性肩拘縮症となる』『術直後~半年までに発症することが多い』などの乳房切除術後疼痛症候群の特徴5)と重なる部分が多い。乳房切除術後疼痛症候群は乳房手術患者における手術操作による肋間上腕神経(第1 ~ 2 胸椎の皮枝)の神経障害が主な原因と考えられており、特徴があるとされている。本患者は乳房切除術後疼痛症候群を発症していたのではないかと考えられる。

 それに加えて今回、本患者は手術後の病理検査の結果待ちの状況にあり、「悪性度の高いがんだったら、と不安だ」などの発言を繰り返している様子からもストレスがかかった状態であったと推察される。そのため、ストレス=心の痛みが身体の痛みを増強させる6)ことから、痛みや不安の軽減を考慮する必要があった。指圧を含むマッサージは、エビデンスは示されていないものの、がん患者の痛みや不安などの苦痛症状を軽減するために主に緩和ケア病棟などで活用されている7)。指圧療法では、交感神経の興奮を抑制し、副交感神経活動を優位にする効果が示されている8)9)。今回、この指圧の効果によって、患者の交感神経の興奮、ストレスなどが緩和され、痛みを軽減できたと推察される。

 施術前と施術後の比較では、痛みの程度のVAS が50 → 25 に、突っ張り感の程度のVASが48 → 22 に変化した。不快な痛みや突っ張り感を緩和することは患者にとって有益であり、患者のQOL を向上させることに貢献できたといえる。

 本患者は、手術後11日間にわたりドレーン留置で過ごした。その期間、左側上肢を肩関節90°以上に挙上しないようにとの説明を受けていた。とはいえ、90°まで上げようとしても痛みや違和感が強く、ドレーン留置期間中は60°程度までしか上げられなかったとのことから、左側上肢の活動量が低下していたといえる。それに伴い、筋力低下、筋柔軟性の低下、筋の動きに関連する皮下組織や皮膚の柔軟性の低下が生じていたと推察される。指圧療法では筋柔軟性に対する効果が示されているほか10)11)12)、宮下3)は指圧療法が皮膚の柔軟性、伸張性を改善できる可能性を示唆する報告をしている。今回、これらの指圧の効果によって、肩関節の可動域に変化が起きたと推察される。

 施術前と施術後の画像(図2、3)を比較したところ、膝関節屈曲や骨盤後傾の改善がみられる。施術前には肩こりや背中の張りの訴えと倦怠感や疲労感の訴えがあり、上肢や胸部だけではなく背腰部や下肢などの筋にも過緊張が引き起こされていたと考えられる。新倉13)や作田14)は指圧療法が筋緊張を緩和させ姿勢を改善できる可能性を示唆する報告をしている。今回の症例においても、指圧の効果によって、姿勢が改善したと推察される。結果として、より上方へ手が届くようになり、日常生活動作の改善につながることが期待できる。

 施術1週間後に本患者から施術後経過の連絡があった。「施術後から動作時の痛みが減り、イライラすることがかなり減った。前屈みにならずに洗髪ができるようになり、着替えも楽になり服の選択肢が増えて快適。動きやすくなったことで運動への意欲が向上し、自主的リハビリテーションをより一層積極的に取り組めるようになった」との報告から、QOLが向上したといえる。

 早期の社会復帰を望む本患者は、乳房切除術後翌日から手指や手関節を動かすなどの自主的リハビリテーションにも取り組んでいた。生活指導および肩関節可動域訓練や上肢筋力増強訓練などの包括的リハビリテーションは、患側肩関節可動域の改善、上肢機能の改善がみられるので、実施が強く勧められている2)。しかしながら、入院期間の短縮化とともに、後遺症や合併症を有したまま退院する症例も多くみられ、術後がん患者の自宅生活におけるQOLを損なう大きな問題となっている15)。退院したあとの外来がんリハビリテーションに関しては、十分に行われていないのが現状である16)ため、指圧師が包括的なリハビリテーションや機能訓練の知識を学び、それに対応できる施術技術を持つことで、医療機関を退院後または外来リハビリテーションの終了後の乳がん術後の患者に対して、その役割を補完できると考えられる。

Ⅴ.結論

 指圧療法により、乳がんに対する胸筋温存乳房切除術後の疼痛を緩和させ、上肢の動作時痛を軽減できる可能性がある。また、指圧の押圧操作と運動操作を併用することで、肩関節可動域制限の改善がはかられ、乳がん手術後の患者のQOLを向上できる可能性があると考えられる。今回は1例のみの報告であるため、今後も症例を重ねて検討していきたい。

参考文献

1)日本乳癌学会:患者さんのための乳がん診療ガイドライン2019年版,p.100,金原出版, 東京,2019
2)日本リハビリテーション医学会:がんのリハビリテーションガイドライン,p.54,金原出版,東京,2013
3)宮下雅俊:乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の疼痛とそれに伴う肩関節可動域の制限に対する指圧療法の一例報告,日本指圧学会誌5;p.32-36,2016
4)石塚寛:指圧療法学 改訂第1 版,国際医学出版,東京,2008
5)日本緩和医療学会:がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2010年版,https://www.jspm.ne.jp/guidelines/pain/2010/chapter02/02_01_03.php
6)仙波惠美子:ストレスにより痛みが増強する脳メカニズム,日本緩和医療薬学雑誌3(3);p.73-84,2010
7)日本緩和医療学会:がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス2016 年版,p.27-33,金原出版,東京,2016
8)栗原耕二朗 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34;p.129-132,2010
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌36;p.15-19,2012
10)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
11)菅田直記 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
12)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3 報),東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2003
13)新倉玄太:押圧操作と運動操作の併用により姿勢矯正が認められた一例,日本指圧学会誌4;p.15-18,2015
14)作田早苗:80 代女性 開腹手術後の円背矯正,日本指圧学会誌7;p.9-14,2018
15)日本医療研究開発機構:外来がんリハビリテーションプログラムの開発に関する研究,目的(2020年2月時点),http://www.jascc-cancer-reha.com/contents/c002.html
16)日本医療研究開発機構:外来がんリハビリテーションプログラムの開発に関する研究,トップページ(2020年2月時点),http://www.jascc-cancerreha.com/index.html


【要旨】

乳がん術後の患者に対する疼痛と肩関節可動域制限への指圧治療
中盛 祐貴子

 本症例では、乳がんに対する左側胸筋温存乳房切除術後の疼痛と肩関節可動域の制限がある患者に対して、指圧治療を行った。その結果、疼痛の緩和と肩関節可動域の拡大が見られ、患者のQOLの向上に貢献することができた。本症例の改善は、指圧により皮膚や皮下組織の柔軟性が向上し、肩関節に対して押圧操作と運動操作を施すことで、効果が得られたものと推察する。

キーワード:乳がん、乳房切除術、疼痛、肩関節可動域、痛み、突っ張り感、乳房切除後神経性疼痛、指圧、マッサージ