中盛祐貴子
祐泉指圧治療院 院長
Approach to lower-extremity lymphedema with Shiatsu and Földi method complex physical therapy: a case report
Yukiko Nakamori
Abstract : A patient of lower-extremity lymphedema, caused by extensive hysterectomy for treatment of uterine cervical cancer, was treated with combined application of Shiatsu therapy and Földi method complex physical therapy. Assessment of changes in circumference and volume of both lower-extremities based on seven reference points indicated decreases in all values. The result suggested the potential of treatments combined medical manual lymphatic drainage and Shiatsu therapy to alleviate the symptoms of secondary lymphedema and its concomitant symptoms.
I.目的
リンパ浮腫は、主に原発性リンパ浮腫(原因不明、先天的)と続発性リンパ浮腫(原因明瞭、後天的)の2種類に大きく分類される。1)
近年、日本においても乳がんや子宮がん、前立腺がんの発症率の増加2)と(図1)共に、後者の続発性リンパ浮腫患者の増加が杞憂されている。
このリンパ浮腫に対するアプローチとして、「フェルディ式複合的理学的療法」と「指圧治療」の両者を採用することにより、手術や薬物投与に頼らないで保存療法を軸とするより多くの患者のQOLの向上に寄与できないかと考え、今回の臨床報告を行う。
Ⅱ.対象および方法
【症例】
日時:
2010年9月11日〜2012年7月29日
施術対象:
52歳女性
ある日、不正出血があり、気がかりになり医療機関を受診。子宮頸がんの診断を受ける。 2010年3月9日に、同病の手術を受けた。病期分類はⅠ期。広範子宮全摘出術を採用。左右の鼠径リンパ節を郭清している。放射線療法や化学療法はしていない。術後は、リンパ浮腫予防のため、両下肢のセルフマッサージや、高位保持、ドクターショール製造のハイソックスやストッキングなどを着用し、セルフケアに努めていた。術後2ヶ月を経過した2010年5月頃から、右足関節の外果周辺に限局したリンパ浮腫を自覚。今後、右下肢大腿部や左下肢にも、このリンパ浮腫が広がっていかないか不安になり、当院を受診する。
【現病歴】
右足関節の外果周辺にむくみを感じ、歩行時など下肢の重だるさや少し違和感がある。週末になると症状が重くなる。術後の後遺症として、全身の易疲労、便秘、腰痛などがある。
術後から、エブランチル(排尿障害の改善薬)を服用。排尿は8回/日以上。
【初診時の所見】1)
- シュテンマーサイン※1 …右第1足趾(+)
- 圧痕性テスト …(−)
- 皮膚肥厚チェック …右足背部(+)
- 線維化・硬化 …(−)
- 皮膚の状態 …右外果周辺に浮腫があり、手術の瘢痕は硬い。
- 瘢痕の状態 …臍を囲んで縦型
- 炎症徴候 ……なし
- 反対側の浮腫 …感じたことはない
- その他の所見 …下腿に靴下のくい込み痕
※1 シュテンマーサイン:浮腫が疑われる部分を親指と人差し指で薄くつまんだ場合、健康な皮膚は皮下組織より表面の部分が薄くつまめるが、浮腫がある場合には皮下組織の厚みを触知する。
【評価】1)
左右下肢7点の計測基準点の周囲径計測値(図2)および下肢容積の変化(図3)を評価(治療開始時に計測)
①足背…第2趾爪甲根部より10cm
②外果…腓骨末端よりはじめ、外果より上点7cm
③下腿最大…下腿最大点(膝関節を基点に下方に向けて13cm)
④膝点…膝窩の関節裂隙外側
⑤大腿部12cm…膝関節を基点に上方12cm
⑥大腿部20cm…膝関節を基点に上方20cm
⑦鼠径点…膝関節を基点に上方26cm、鼠径部付近の大腿最上点
【治療】
仰臥位にて、子宮がん術後右下肢リンパ浮腫を目的とした医療徒手リンパドレナージを60分施療。随伴症状に対しては、腰背部、臀部、下肢、肩甲骨および腋窩部、腹部に重点を置き、浪越式基本指圧を30分施療。同時に患者自身によるスキンケア及びマッサージ、弾性着衣による圧迫療法及び運動療法も併せて行う。
ⅰ.医療徒手リンパドレナージの基本手技1)3)
①静止クライス…指若しくは手掌全体で皮膚に密着し、皮膚と皮下部分に円運動を加える。
(身体のあらゆる部位に用いることができる)
②ポンプ手技…母指と示指の間の部分を排液方向に向けて置き、手掌全体で圧を加える。
(四肢や体幹、乳房の処置の際に用いられる)
③シェップ手技…四肢後面を手掌全体で交互にすくうように行う。
(主に四肢末梢側に用いる、前腕や下腿)
④ドレー手技…手掌全体を体表に密着させ、適度に圧をかけながら前方へ柔らかく皮膚を動かす。
(主に身体の面積の広い領域に対して用いる)
ⅱ.子宮がん術後右下肢リンパ浮腫へのアプローチ1)
※浮腫予防目的のため、両下肢を対象
①前処置
《臥位にて》
- 頚部コンタクトと腹部深部のマッサージ、腹式呼吸を行う
- 右腋窩〜右鼠径リンパ連絡路をドレナージ
- 左腋窩〜左鼠径リンパ連絡路をドレナージ
《腹臥位にて》
- 右腋窩〜右鼠径リンパ連絡路をドレナージ
- 左腋窩〜左鼠径リンパ連絡路をドレナージ
②患肢及び健肢の処置
《腹臥位にて》
- 右腰臀部外側〜大腿、膝、下腿、足部、足趾、右腋窩〜右鼠径リンパ連絡路
- 左腰臀部外側〜大腿、膝、下腿、足部、足趾、左腋窩〜左鼠径リンパ連絡路
《臥位にて》
- 腹臥位と同様の手順を下肢前面に行う
③後処置
《臥位にて》
- 右腋窩〜右鼠径リンパ連絡路
- 左腋窩〜左鼠径リンパ連絡路
ⅲ.指圧療法
《横臥位》
腰背部(特にL4〜L5)に重点を置き、肩甲下部を施術する。臀部は、上前腸骨棘と仙骨下部に手掌を当て仙骨を下方に引き下げたり、鼠径靭帯と仙骨上部に手掌を当て上方に引き上げたりしながら、仙腸関節を意識しながら施術する。4)
また浪越圧点や八髎穴は入念に施術する。下肢は大腿筋膜張筋や腸脛靭帯を中心に施術。最後に肩甲骨及び周囲筋を含めて、肩甲上部の施術をする。
《仰臥位》
下肢は鼠径部と膝・足関節部に拍動を確認しながらポイント施術。次いで腹部、腋窩部、上肢、頚部の順番で、やはり同様に拍動を確認しながら施術する。4)
※場合によっては、《横臥位》を《伏臥位》に置き換えて施術することもある。
III.経過
2010年9月11日〜2012年7月29日までの計45回(2週間に1度)の施術により、両下肢の周囲径および容積の減少、および随伴症状(易疲労感、腰痛、便秘など)の改善がみられた。
1.両下肢の最大減少周囲径および容積の比較
計45回の施術前に記録した、左右下肢7点の計測基準点の周囲径計測値を初診から直近の再診時まで各々比較したところ、最大減少値が患肢では大腿20cm部位で-5.3cm、健肢では鼠径点で-4.8cmの改善がみられた。また、下肢容積においては、患肢では1,000ml以上、健肢では700ml以上の容積の減少が確認され、両下肢で鼠径〜腋窩リンパ連絡路への還流が促進され、貯留していたリンパ液の排液が促されたことをうかがわせる。
2.周囲径計測値の経時的変化
計45回の施術前に記録した、計測基準点7点の周囲径計測値を、初診から直近の再診時まで、部位ごとの経時的変化に基づき、折れ線グラフで比較した。
2-1.足関節部(足背〜外果)の比較
健肢と患肢の両者で、足背と外果の両部位にて比例した、なだらかな減少曲線を示した。
2-2.下腿部(下腿最大〜膝点)の比較
健肢に比較して、患肢では2012年6月を最大減少値として、下腿最大と膝点で最良の成績を得られた。また、より患肢の方が、減少曲線が顕著である。
2-3.大腿部(大腿12cm〜大腿20cm〜鼠径点)の比較
患肢の大腿12cmの部位にて、2012年6月に最大減少値を記録。健肢に比較して、減少傾向がより強いことを伺わせた。
3.下肢容積値の経時的変化
周囲径計測値をもとに、両下肢の容積値を図3の表にて計算し、その結果を経時的に比較してみた。健肢に比較して、患肢でより顕著な減少曲線が見られた。特に、2012年6月において最大減少値を示した。
4.初診時と再診時との両下肢の比較
初診時と再診時に撮影した写真の比較では、再診時の方が、足関節の周囲付着筋や靭帯、足根骨や足指骨の様子がくっきりと撮影されていた。特に足背部の比較では、足指間のそれぞれの開き具合が、再診時ではっきりと改善されていることがよくわかる。
IV.考察
続発性リンパ浮腫は、リンパ節の郭清を起因に発症することが多く、蜂窩織炎※2をはじめとする二次感染症の問題をはらんでいる。
実際に乳がんや子宮がんなどを罹患した患者さんにとっては、術後のセルフケアを含め、そうした免疫力の低下に伴う様々なリスクをいかに回避し、感染症から身を守るかは大変に切実な問題である。途中経過で、患者が右下肢にざわざわした感覚が皮膚に走ると言った訴え(最初の訴えは2011年1月初旬〜)には、リンパ管輸送の際に必要な側副路※3が形成されていることを伺わせた。本症例は、こうしたリンパ浮腫に大変有意義な医療徒手リンパドレナージと、自然治癒力を高めてくれる指圧治療を掛け合わせることで、複合的な相乗効果を生み出せる可能性を示唆した。
※2蜂窩織炎…皮下組織に起きる広範囲の急性炎症のこと。発赤、38度を超える発熱、痛みを伴い、浮腫症状が増悪する場合がある1)。リンパ浮腫の合併症としては、最も避けなければならない疾患である。
※3側副路…迂回路、バイパス。手術や外傷などで深部リンパ管が損傷されて、一部の表在リンパ管が障害を起こしても、身体機能は何とかしてリンパ液を心臓へ戻そうとして、脇道を使って戻そうとする。その際に、この側副路の形成の有無が、大変重要な役割を果たす。
V.結語
医療徒手リンパドレナージと指圧治療を複合的に施療することにより、続発性リンパ浮腫の症状および随伴症状を軽減できる可能性がある。
VI.参考文献
1)特定非営利活動法人 日本医療リンパドレナージ協会:【浮腫総論】「代表的なリンパ浮腫の分類」11〜12, 「合併症について」14, 【臨床総論】「主治医との連携 加療経過報告書」3, 「臨床の記録 予診表、所見、周囲径計測表」4〜6, 【医療リンパドレナージの実際(基礎編)】「基本手技」3, 【臨床各論】「続発性下肢リンパ浮腫の処置」13〜14, 17〜18, 医療リンパドレナージセラピスト初級・中級講習会配布資料, 2010
2)独立行政法人国立がん研究センター がん対策情報センター:部位別がん死亡数の推移 男性・女性 ホームページより引用
3)土屋勇夫:触れるを学ぶ, p.6, 第34回鍼灸マッサージ学会「手技療法講習会」配布資料, 2011
4)石塚 寛:指圧療法学, pp.160-166, 178, 182, 国際医学出版株式会社, 東京, 2008
【要旨】
下肢のリンパ浮腫に対するアプローチ
中盛祐貴子
子宮頸がんのため、広範子宮全摘出術を行った患者に対し、「フェルディ式複合的理学的療法」と「指圧治療」の両者を併用し施療を行い、左右下肢7点の計測基準点の周囲径計測値および下肢容積の変化を評価した。その結果、全ての計測値が減少した。よって医療徒手リンパドレナージと指圧治療を複合的に施療することにより、続発性リンパ浮腫の症状および随伴症状を軽減できる可能性がある。
キーワード:リンパ浮腫、子宮がん、下肢、リンパドレナージ、指圧、むくみ