カテゴリー別アーカイブ: Vol.1 2012

アトピー性皮膚炎の指圧治療:金子泰隆

金子 泰隆
MTA指圧治療院
院長
日本指圧専門学校教員

Shiatsu therapy for atopic dermatitis: a case report

Yasutaka Kaneko

Abstract : In terms of treatment for atopic dermatitis, symptomatic therapies are mainly provided for the patients. Aiming at relief of symptoms and quality-of-life improvement, Shiatsu therapy was practiced. As a result, improvements in Visual Analog Scale and changes in eczema lesion and accompanying symptoms were observed after seven sessions of Shiatsu therapy. Eczema lesion and pruritus are the most problematic symptoms of atopic dermatitits, and such symptoms tend to be reduced by maintaining general health. Effects of Shiatsu on autonomic nerve system and muscle hardness have also been reported. Therefore, it is suggested that Shiatsu therapy is potentially capable of relieving symptoms of atopic dermatitis.


Ⅰ.はじめに

 アトピー性皮膚炎は、増悪・寛解を繰り返す、瘙痒のある湿疹を主病変とする疾患であり、患者の多くはアトピー素因を持つと定義されている。アトピー性皮膚炎は遺伝的素因も含んだ多病因性の疾患であり、疾患そのものを完治させうる薬物療法はないと言われている。よって対症療法を行うことが原則となるのであるが、薬物療法の効果にも個人差があり、ステロイド外用剤については副作用の報告も存在している。そのため、より副作用等の少ない治療法を確立することが患者のQOLの向上の手助けになると考える。そこで今回、指圧療法を行うことで症状の軽減、あるいは薬物の効きが良くなった症例を報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:

 学校法人浪越学園 日本指圧専門学校 臨床実習室

期間:

 2012年1月20日〜2012年3月9日

施術対象:

 20歳女性

治療方法:

 仰臥位における頚部操作および横臥位を除く浪越式基本指圧

Ⅲ.結 果

[症 例]

 20歳女性

[初 診]

 2012年1月20日

[現病歴]

 小学校6年生頃から症状が悪化しはじめたため、皮膚科を受診し、薬物療法により経過を観察していた。複数の皮膚科を受診し、薬を変えながら経過を観察していたが、専門学校入学時から症状が悪化しはじめた。現在は、アタラックスPドライシロップを2日に1包服用しながら、症状出現時にネリゾナ軟膏を使用し、症状をコントロールしている。

[既往歴]

 スギ、ヒノキ、ハウスダスト、ラテックスのアレルギー。

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[自覚所見]

  • 瘙痒感:ほぼ全身に感じているが、背部および前胸部、上腕部の瘙痒感が著しい。
  • 便秘症:数年前までは1〜2週間に1回、最近は3日に1回程度である。
  • 睡眠障害:掻痒のため、寝つきが悪く、寝ても途中で起きてしまう。

[診察所見]

  • 湿疹病変:ほぼ全身にみられる。特に背部と上腕部に顕著な病変がみられる。
  • 掻破痕:肘窩部、頚部、背部等、全身にみられる。

[治療経過]

第1回(2012年1月20日)

  • 背部および上腕部に掻痒を感じていたが、術後に掻痒を感じなくなった。
  • 正常な皮膚の部分と病変部の境界が明瞭になる。
  • 体の温かさを感じる。

第2回(2012年1月27日)

  • 第1回目の施術日の夜は眠れなかったが、2日目以降ぐっすり眠れる日が数日あった。
  • 自覚として肌がスベスベしているような感じがする。
  • 前日は久しぶりに瘙痒感を感じた。
  • 背部の瘙痒感が強かったが、術後は瘙痒感を感じなくなった。

第3回(2012年2月3日)

  • 抗ヒスタミン薬の効きが良くなっている。以前は朝・夕に服用していたが、最近は服用を忘れるほどである。
  • 瘙痒感が軽くなってきた。
  • 術後は瘙痒感を全く感じない。
  • 皮膚につやが出てきた。

第4回(2012年2月10日)

  • ストレスがかかることがあり、イライラ感のため掻破行動が起こった。掻破行動をとると気持ちが落ち着く。
  • 新しい掻破痕がみられる。
  • 術後の瘙痒感はない。

第5回(2012年2月24日)

  • 瘙痒感は、前回ほどは感じていない。
  • 術後に瘙痒感はなくなった。

第6回(2012年3月2日)

  • 夜に目が覚めることがなくなった。
  • 全体がかゆいことがなくなった。
  • 掻破痕の治りが良くなった。
  • 痂皮ができるのが早くなった。

第7回(2012年3月9日)

  • ぐっすり眠れるようになった。
  • 肌がきれいになってきた。
  • 薬を飲むのを忘れるようになった。
  • 腹痛がなくなった。

7回の治療におけるVAS値の変化

7回の治療におけるVAS値の変化

皮膚症状の変化

図1. 1月20日背部

図1. 1月20日背部
皮膚の色素沈着が著しく正常な皮膚のエリアが狭い。

図2. 3月9日背部

図2. 3月9日背部
色素沈着が改善され肌色のエリアが広がってきている。

Ⅳ.考 察

 アトピー性皮膚炎患者の愁訴において、最も重要なものは掻痒と湿疹病変である。アトピー性皮膚炎の掻痒は、他のアレルギー疾患と違い睡眠障害を伴うことが報告されており1)、患者のQOLを著しく低下させる要因であるのは間違いない。従って、掻痒をコントロールすることがアトピー性皮膚炎治療での最重要課題になると考える。しかしながら、掻痒は患者の自覚症状であるため、その評価を可視化することが困難である。そのため、客観性に乏しい面はあるが、その一つの評価としてVASを用いた。 今回、VASを用い患者の自覚的な掻痒の変化を追いかける中で、術後の掻痒は毎回0を示し、回を追うごとに術前のVAS値も低下していることから、掻痒に対する直後効果と継続効果の両方を期待できる可能性が示唆される。

 また、湿疹病変と掻破行動により、皮膚のバリアー機能が低下することもアトピー性皮膚炎の症状を悪化させる一つの重要な因子である。そのため、皮膚の状態を正常に近づけていくことが、湿疹病変と掻痒→掻破行動→皮膚のバリアー機能の低下→新たな湿疹病変と掻痒といった悪循環を断ち切ることに繋がると考える。今回、皮膚症状の変化を写真にて追いかけた(図1、図2)。色素沈着のエリアの狭小化、湿疹病変部の変化等がみられたため、患者の自覚症状の変化と併せて皮膚の状態が改善していることが示唆される。

 掻痒と湿疹病変の改善に指圧療法が効果を発揮する可能性があることは確認できたが、その作用機序については不明な点も多い。それは、圧刺激が自然刺激であるため、その定量化が困難であることや術者の感覚に相違がある点などが挙げられる。

 しかしながら、蒲原ら2)が、腹部の指圧刺激が交感神経活動抑制に働き筋血液量の増大がなされたこと、ならびに、浅井ら3)が、腰背部の指圧刺激によっても交感神経活動抑制による筋血流増大がおこることを報告していることから、指圧療法が交感神経活動を抑制し、相対的に自律神経活動が調和され、その結果として症状が軽減したと考えることができる。また、横田ら4)は、前頚部の指圧刺激により縮瞳反応がみられたことを報告しており、指圧刺激が副交感神経を亢進させる可能性も示している。 いずれにせよ、指圧刺激が部位ごとにその反応を異にすることは考えられるが、自律神経系に影響を与えていることが考えられる。そのため、指圧刺激を全身に加える指圧療法においても、自律神経系を調整することによりその効果が発揮されていることが考えられる。

Ⅴ.結 語

 指圧療法はアトピー性皮膚炎の重要な愁訴である掻痒と湿疹病変に対して効果を発揮する可能性がある。

Ⅵ.参考文献

1) 江畑俊哉:アトピー性皮膚炎の痒みについて, アレルギー科 , 13(5); pp.405-411, 2002
2) 蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果, 東洋療法学校協会学会誌, (24); pp.51-56, 2002
3) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果, 東洋療法学校協会学会誌, (25); pp.125-129, 2001
4) 横田真弥 他:前頚部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌 , (35); pp.77-80, 2011


【要旨】

アトピー性皮膚炎の指圧治療
金子 泰隆

 対症療法が中心となるアトピー性皮膚炎に対して、症状の軽減およびQOL向上を目的として指圧療法を行った。その結果、7回の施術でVASの改善、湿疹病変の変化、随伴症状の変化等がみられた。アトピー性皮膚炎の症状で最も問題となる湿疹病変と掻痒は全身状態を良好に保つことで軽減される傾向がある。そのため、自律神経系や筋硬度に影響を与える指圧療法を用いることでアトピー性皮膚炎の症状を軽減できる可能性がある。

キーワード:アトピー性皮膚炎、指圧、掻痒、自律神経、バリアー機能、色素沈着



乳腺炎に対する指圧治療 :宮下雅俊

宮下 雅俊
てのひら指圧治療院
院長

Shiatsu treatment for mastitis: a case report

Masatoshi Miyashita

Abstract : From June 29 to July 1, 2011, two sessions of Shiatsu treatment were conducted for a patient of stagnation mastitis. Shiatsu was practiced on her papillae, areolae, and outer rims of papillae, and consequently the patency was acquired. This case suggested the effectiveness of Shiatsu treatment for stagnation mastitis.


Ⅰ. はじめに

 乳腺炎とは乳腺の炎症性疾患をいう。急性型と慢性型があり、急性乳腺炎はほとんどが授乳期、ことに産褥期にみられる。

 うっ滞性乳腺炎は産褥期に発症することが多い。これは乳汁の排出障害に原因するもので、必ずしも起炎菌の感染がない。局所の疼痛、腫脹はあるが治療は保存療法でよい。急性化膿性乳腺炎は細菌の感染があって、発熱、悪寒を伴う。乳房の発熱、疼痛、腫脹は、はじめびまん性であるが、次第に限局して膿瘍を形成する。治療は抗生物質の投与と膿瘍に対しては切開排膿が必要である。1)

 2008年、私の娘が先天性食道閉鎖症のC型で産まれてきた。産後、妻は母乳を搾乳して、鼻からまたは、胃ろうからの経管栄養で、娘に母乳を与えていた。妻の乳房からの搾乳の苦労を少しでも和らげようと、私は母乳の排出が向上するように、平島利文氏の乳腺炎に対する指圧の臨床例を参考にして、乳房への指圧施術と搾乳の指導を行った経験があった。その際、正常な乳房からの乳汁の排出の状態を確認していた事と、指圧施術により乳房からの乳汁の排出が向上する効果があった事を確認した。今回、乳汁の排出障害からくる、乳房の腫脹、疼痛を訴える産褥期の女性患者から、乳房への指圧施術の依頼があり、妻のときと同様に指圧を施術する事によって、乳房の腫脹、疼痛が軽減した事を確認できたので、その症例報告を行う。

Ⅱ. 対象及び方法

場所:

 世田谷区在住患者宅

日時:

 2011年6月29日〜2011年7月1日

施術対象:

 41歳(女)
  身長 148cm 体重 48.6kg
  妊娠前の平均体重 43キロ
  出産前日の体重  56.8キロ

初診:

 2011年5月17日

現病歴:

 2011年5月12日陣痛が始まり、普通分娩の出産予定が、胎児が産道を通過できる程、子宮口が広がらず、急きょ帝王切開での緊急手術により2980グラムの男子を出産した。

方法:

 乳房に対しては以下三つの手指操作法を基本的に用いて施術にあたった。

① 二指圧<母指—示指対立圧>:以下二指操作と呼ぶ。母指の指紋部と、同じ手の示指の指紋部を向かい合わせ、挟むようにして両指でおす。2)

※ 普及版 完全図解指圧療法 浪越 徹著の中では二指圧の治療部位は手、足の指先と記述されているが、今回は乳頭、乳輪部、乳輪部外縁の施術を二指操作によって行った。

② 掌圧:手掌全体で押す操作と、母指球、小指球、手根部の各部でおす操作がある。
 片手掌圧:5本の手指を全部そろえてぴたりとつけ、手掌全体で押す、片手だけの掌圧。2)

③ 三指圧:同じ手の示指、中指、薬指をぴたりと合わせて、この三指の指紋部で押す。触診や一部の自己指圧操作に用いる。2)

Ⅲ. 結果

<初 診:下肢浮腫に対する治療依頼>

[日 時]

 2011年5月17日

[既往歴]

 特記すべき事項なし

[家族歴]

 特記すべき事項なし

 帝王切開術後の下肢浮腫抑制のため、弾性ストッキングを着用するが下肢浮腫がひどく、出産した病院内にて2011年5月17日、横臥位にて全身の指圧治療を施した。

 退院後、下肢浮腫に対する治療依頼があり、患者宅にて横臥位による全身指圧を施した。その際、尾骨、仙骨周辺の感覚鈍麻、しびれ感を訴えるので、医療機関での受診を勧める。

 後日、医療機関での診察の結果、座骨神経痛ではない。との診断を受けたが、腰痛、尾骨、仙骨周辺の感覚鈍麻、しびれ感の改善のための指圧による治療の依頼があった。

<第1回乳房への指圧治療 >

[日 時]

 2011年6月29日

[既往歴]

 特記すべき事項なし

[家族歴]

 特記すべき事項なし

[自覚症状]

 全身倦怠感、寝不足、尾骨・仙骨周辺の感覚麻痺、仰臥位で尾骨が床面にあたり痛み有り、帝王切開の術後による下腹部傷口周囲部の痛み、左乳房の腫脹、疼痛あり。

[視診]

  • 患者の正面からの視診:左右乳房の膨らみに大きな差を確認した。(左乳房>右乳房)
  • 患者を横側から視診:脊柱S字湾曲の腰椎の湾曲が強く現れている事を確認した。

[問診]

 視診により乳房の左右差が大きいため、乳房についてと母乳の出方について問診をした。

 左乳房は1週間前から痛みが出始め、母乳の出が悪いせいか乳児も左乳房から哺乳したがらず、右乳房からの哺乳がほとんどである事がわかった。

 次第に、左乳房の腫脹と疼痛が強くなるが、本人が出産した医療機関のおっぱい外来での対応は、出産1ヶ月後までは対応しているが、それ以降の乳房のトラブルには対応していないという事で、乳房のトラブルに対応してくれる医療機関を探していたが見つからず、指圧でも治療が可能でしょうか?と相談を受ける。

 右の母乳は出ているので、左の乳房の指圧治療の依頼を受ける。悪寒、発熱はないとの事で、細菌感染からの乳腺炎ではなくうっ帯性の乳腺炎の可能性があると判断した。

 腰痛、尾骨・仙骨周辺に対する問診をした。横向きに寝ているとき以外は、長時間同じ姿勢をしていると痛みがある。歩行の移動、寝返りなどの移動時には帝王切開術後の傷跡に響くような痛みがある。尾骨は、仰向けに寝ると、床面にあたり痛みがある。仙骨周辺は仙骨の中心部は感覚があまりなく、その周りは痺れている感覚がある。

[診察所見]

  • 患者の正面からの視診:左右乳房の膨らみに大きな差がみられる。(左乳房>右乳房)
  • 腹臥位での両下肢の内果での下肢長差の検査
    – 左下肢に比べ右下肢が短い。
    – 仰臥位での腰椎の前湾部分に軽い握りこぶし一つ分の隙間、腰椎の過前屈がみられる。

 最初の主訴である、腰痛、尾骨・仙骨部の感覚鈍麻、しびれ感に対して横臥位での全身指圧と仰臥位(仰臥位では尾骨が床面にあたり痛みが出るため、立て膝の姿勢でクッションを膝下にいれての施術)での腹部、前頸部に対する指圧治療を行い左乳房への治療を始めた。

<乳房の腫脹、疼痛に対する指圧>

 胸部の下着を外し視診、左乳房全体の腫脹を確認した。片手掌圧、三指圧で左乳房を触診し、熱、肌の状態、固い部分、痛みのある部分、圧痛のある部分の状態を確認した。触診により、左乳房全体の腫脹、鎖骨外方から5cm下方に大きな硬結を確認した。

 次に実際に乳汁が出ている乳口を確認するために、乳輪部、乳輪部外縁の二指操作を行う。指圧施術の振動による痛みの誘発を防ぐため、左手は掌で乳房を支え、右手は母指と示指による二指操作による乳輪部・乳輪部外縁から乳管洞をイメージして水平押圧を行う。乳汁が出てくる乳口が1つ。他に開通している乳口を確認するために、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作を行う。乳汁が出てくる乳口が1箇所であるため、開通している乳口は1箇所であることを確認した。

 二指操作で開通している乳口を確認後、蒸しタオルで軽く乳房を温めてから乳房に対する施術を開始した。乳房の腫脹が強く、腫脹による痛みの開放のため、開通している乳口より搾乳し、乳房の内圧を下げる。手指操作は、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作を繰り返し行う。

 乳房内圧が減圧してきたのを掌圧で確認できたら、他の乳口の再開通のための施術を行う。乳頭部への二指操作による水平押圧操作を縦、横と繰り返し行いながら、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作も合わせて繰り返し行う。

 最初、乳口が開通しているのは1箇所のみだったが、5箇所の乳口から乳汁が出ているのを確認ができたので、乳房内にある古い乳汁の搾乳を行い、乳房の腫脹の軽減を触診で判断し、本人から乳房の疼痛の軽減を確認したのち、授乳後の乳房に余っている乳汁の搾乳の指導を行って治療を完了した。

<第2回乳房への指圧治療 >

[日 時]

2011年7月1日

 前回の治療により左の乳房からの授乳はよくなったが、右乳房の乳汁の出がよくない事に患者本人が気付き、右乳房の乳口再開通の施術依頼を受けた。

 右乳房の触診で右乳房の腫脹を確認した。開通している乳口を確認すると、3箇所であったので、今回は乳房内圧の減圧は行わず、乳口再開通の以下の治療操作をはじめから行う。

 乳頭部への二指操作による水平押圧操作を縦、横と繰り返し行いながら、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作も合わせて繰り返し行う。

 乳汁が出てくる乳口を6箇所確認できたので、乳房内にある古い乳汁の搾乳を行い、乳房の腫脹の軽減を触診で判断し、本人から乳房の疼痛の軽減を確認したのち、再度授乳後の搾乳指導を行い、横臥位での全身指圧を行って治療を完了した。

Ⅳ. 考察

 乳房に対しての指圧施術により、乳汁を排出する開通している乳口の数が増えたことを確認できた。また乳房の腫脹、疼痛が軽減した。

 乳腺炎は乳汁の排出障害を原因とするものである。乳腺は結合組織束の乳房提靭帯により10数個の乳腺葉に分けられる。それぞれの腺葉からは1本の乳管が乳管洞を経て乳頭に開口する3)。今回の症例では、指圧施術前に確認した乳汁が排出できている開通している乳口は、左乳房で1箇所、右乳房で3箇所であった。指圧施術後、乳汁を排出している乳口は、左乳房で5箇所、右乳房で6箇所。開通した乳口から指圧施術により搾乳した事で、乳房の腫脹、疼痛が軽減した事から、開通していない乳口の乳管洞、乳管に乳汁の貯留が多く、乳房内の内圧が高まり乳房の腫脹、疼痛を起こしていたと考えられる。

 乳頭への吸引刺激によって下垂体後葉から血中にオキシトシンが放出される4)事は知られているが、今回とくに乳頭部、乳輪部の指圧を繰り返す事で、乳汁が排出される乳口が開口されたことを確認できた。

 この事から指圧刺激により射乳反射に作用させ、オキシトシンの分泌を促進して、乳腺平滑筋を収縮し、乳汁を排出していた可能性が考えられる。

 しかしながら、射乳反射だけで乳汁の排出障害が改善されるならば、そもそも乳児が哺乳を行うだけで改善されていると考えられるが、実際には産褥期の授乳中の女性患者に、乳汁の排出障害が起きていて、指圧施術において乳汁の排出が促進されているところをみると、指圧による射乳反射のみならず、乳房に対する指圧の圧反射や、二指操作の対立圧による、乳管、乳管洞に貯留している乳汁に対する物理的作用などの、相互作用による効果であると言える。

 また、吉田ら5)が乳児の授乳拒否が乳房のトラブルの予知になると考えられると報告されている通り、今回のケースでも、乳児が2、3日前から左乳房の授乳拒否をしていて、腫脹が強く現れたと患者より報告があった。しかし、1回目の左乳房への指圧施術の翌日からは、乳児が左乳房からの授乳に満足している表情を見せていたと患者より報告をうけた。この事からも、乳房の排出障害は回復したことを証明できると考えられる。

 坪井ら6)の報告によれば、乳腺炎(急性化膿性乳腺炎)の86%は黄色・白色ブドウ球菌であり、極めて容易に短時間に広範囲に炎症が進行し、その原因の因子として、①授乳に際し、細菌感染の入口となるべき外傷が加わり易い。②乳汁が細菌増殖の培地になり得る。③疼痛と乳汁うっ滞の悪循環が容易に形成される事などをあげており、乳汁の鬱滞を防ぐために物理的処置を併用して保存的に炎症を早く消退さすべきである。と述べている。

 常在菌である黄色ブドウ球菌の細菌感染で、乳汁が培地になりえるならば、乳汁の排出障害のうっ滞性乳腺炎から、細菌感染の急性化膿性乳腺炎に移行するのは時間の問題であり、産褥期の女性であるならば誰にでも起こりえる可能性がある症状と言えるだろう。うっ滞性乳腺炎から病状が進行する事で、抗生物質の投与、乳房の切開などの外科的処置により、乳児への授乳の中断や、術後の乳房の瘢痕、心的肉体的苦痛など、母子ともにQOLの低下は避けられない。

 今回の症例のケースは指圧療法を施術する事で、腫脹、疼痛を軽減し、その後症状が悪化する事なく、回復に向かった事からも、早期の指圧療法がうっ滞性乳腺炎に効果があると言える。また、指圧を通して産褥期の女性や乳児のQOLに対しても貢献できる可能性があると考えられる。

Ⅴ. 結論

 今回の症例報告を通じ、指圧療法により、乳汁の排出できる乳口が増えた事で、乳房の腫脹、疼痛が減少した。このことから指圧療法が、うっ帯性乳腺炎に対して効果を上げる事が確認できた。

Ⅵ.参考文献

1) 南山堂医学大辞典 豪華版 第19版, p.1564, 南山堂,東京, 2006
2) 浪越 徹著:普及版 完全図解指圧療法, pp.53-57,日貿出版社,東京, 1992
3) 岸 清・石塚 寛 編:解剖学 第2版, p.264,医歯薬出版株式会社,東京, 2008
4) 佐藤優子・佐藤昭夫:生理学, p110, 医歯薬出版株式会社,東京, 2003
5) 吉田倫子 他:乳児が示す授乳拒否と乳房トラブルとの関係, 秋田大学大学院医学系研究科保健学専攻紀要18(1); pp.33-39, 2010
6) 坪井重雄 他:急性乳腺炎治療の統計的観察, 東京女子医科大学雑誌,35(3); pp.252-256, 1965


【要旨】

乳腺炎に対する指圧治療
宮下 雅俊

 2011年6月29日〜2011年7月1日の期間2回にわたりうっ滞性乳腺炎の患者二指圧による乳頭部、乳輪部、乳輪部外縁の指圧施術を行った。その結果、乳口の開通が認められた。指圧療法がうっ滞性乳腺炎に治療効果を発揮することが示唆される。

キーワード:乳腺炎、乳腺、指圧、産褥期



前頚部指圧による呼吸商の変化:衞藤友親

衞藤 友親
明治大学体力トレーナー
桑森 真介
明治大学商学部教授

Variation in respiratory quotient by Shiatsu on anterior cervical region

Tomochika Etou, Masasuke Kuwamori

Abstract :To study the effect of Shiatsu therapy on the metabolism, we conducted a trial about variation in respiratory quotient comparing Shiatsu stimulus group versus non-stimulus group using an analysis system of expired gas. The analysis of variance resulted that variation over time was significant in Shiatsu stimulus group. Meanwhile, significant variation was not observed in the control group. The multiple comparison of the experimental group also indicated that the respiratory quotient was significantly decreased at the points of 45 seconds and 60 seconds after Shiatsu, comparing at the point of zero second (before Shiatsu stimulus). As a result, it was observed that the respiratory quotient was significantly decreased by Shiatsu on the anterior cervical region.


I.緒言

 浪越式基本指圧において前頚部指圧(胸鎖乳突筋内縁の総頸動脈の頸動脈洞を1点目、鎖骨の1点上を4点目とし、ほぼ等間隔に4点を1回ずつ全3回押圧する動作1))は他の身体部位に先んじて施術される。

 なぜ前頚部からの押圧操作が被施術者の身体に触れる一点目に定まったのか。これは、基本指圧成立の過程において、他所から始めた場合に比して高い治療効果が得られた、という施術者の経験や感覚に依拠していると推察される。

 他方、これまでの指圧の科学的研究により前頚部指圧が全身に影響を及ぼす事象が報告されている2)3)。しかしその手順・方法は基本指圧ではない。

 そこで今回、基本指圧同様の操作による全身に及ぶ影響をこれまでに試みられていない方法で観測することを目的とし、呼吸商(呼吸交換比=RER)を測定することとした。

II.方法

1.対象

健康成人12名(男性6名・女性6名)

年齢19から58歳(平均29.3歳)

2.実験期間

2012年1月21日から2月18日

3.場所

明治大学和泉総合体育館測定室B

4.環境

室温24±2.0℃,湿度50±5%

5.測定機器

呼気ガス分析装置

(ミナト医科学社製AE−300S)

6.手順

 被検者に測定用マスクを装着させた状態で肘かけ背もたれ付きの椅子にて安静を保った。5分間経過後、前頚部4点3回を左右ともに約1分間(1点約2秒×4点×3回×左右+移動時間≒60秒)指圧した。

 指圧中1分間とその前後1分間の計3分間計測し、15秒毎の呼気ガス解析結果を記録した。 対照群も同様に5分間の安静ののち、指圧をしない安静のまま3分間記録した。

7.解析

 各データを平均値±標準偏差で示した。指圧群と対照群のそれぞれにおいて、繰り返しのある分散分析法(ANOVA)を施した。その結果、時間経過に伴う変化に有意性が確認された場合には,刺激前に比べ刺激何分後に有意な変化が現れたのかを調べる(多重比較)ために、対応のあるt検定(Bonferroni補正)を行った。有意水準は危険率5%未満(P < 0.05)とした。

 

III.結果

 ANOVAの結果、指圧群では時間経過に伴う変化に有意性(F = 4.115,P < 0.01)が認められた。なお、対照群では有意な変化が確認されなかった。そこで、実験群について、多重比較を施したところ、指圧前に比べ指圧45秒後および60秒後では有意(それぞれ、t = 3.934、P < 0.05およびt = 4.412、P < 0.01)に低下していた。

呼吸商の変化

図1. 呼吸商の変化 指圧群

図1. 呼吸商の変化 指圧群

図2. 呼吸商の変化 コントロール群

図2. 呼吸商の変化 コントロール群

IV.考察

 Holm法を採用したとしても、75秒後(指圧終了後15秒)にまだ効果が残っているということでなく、指圧終了後から15秒の間に数値が低かったということである。これは、呼吸組織での酸素摂取と二酸化炭素排泄の結果が、口から外に出てRERとなり反映されるまでに時間的に遅延することも十分に考えられるので、指圧終了後も効果が残存していたということを示すものではない。そのような意味では指圧30秒後(15-30秒)に有意な変化が見られなかったとしても、実際には効果がすでにあらわれており、それがその後の45秒後(30-45秒)の結果として表れた可能性もある。すなわち、刺激後15秒を過ぎてから効果が表れ始め、指圧終了後にはその効果はほとんど消失すると考えるのが妥当ではないかと判断できる。

 あえてこのメカニズムを探るとするならば、ミオグロビンはきわめて酸素結合力がつよく4)比較的深部に存在する筋に多く含まれる5)ので、深部筋の活動が活発になった結果とも考えられる。しかし、その他のメカニズムが関与している可能性も十分あり得るので、今後の検討課題としたい。

V. 結論

 前頸部指圧により呼吸商の低下が認められた。

VI.引用文献

1) 浪越 徹:完全図解指圧療法普及版,日貿出版社,東京,1992
2) 小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌(22); pp.40-45, 1998
3) 加藤 良 他:前頚部指圧刺激が自律神経機能に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(32); pp.75-79, 2008
4) 真島英信:生理学 第18版, p.341,文光堂,東京, 1990
5)真島英信:生理学 第18版, p.274 表9-1, 文光堂,東京,1990


【要旨】

前頚部指圧による呼吸商の変化
衞藤 友親, 桑森 真介

 指圧療法が代謝に及ぼす影響を検討するため、呼気ガス分析装置を用いて指圧刺激群および指圧無刺激群における呼吸商の変化を比較検討した。ANOVAの結果、指圧群では時間経過に伴う変化に有意性が認められた。なお、対照群では有意な変化が確認されなかった。そこで,実験群について多重比較を施したところ、指圧開始0時点(指圧前)に比べ指圧45秒後および60秒後では有意に低下していた。結果として前頚部指圧により呼吸商は有意に低下することが認められた。

キーワード:指圧、前頚部、呼吸商



フリーウェアを用いた姿勢分析並びに関節可動域測定:黒澤一弘

黒澤 一弘
日本指圧専門学校教員

Discussion about postural analysis and measurement of joint motion utilizing free software

Kazuhiro Kurosawa

Abstract : For the development of Shiatsu in medicine, accumulation of evidences is crucial. Assessing the clinical condition of a patient objectively and accurately as much as possible, keeping track of its progress, and recording it are important. Solely the patient’s satisfaction and the fact of a cure are incomplete. Among the needs for Shiatsu treatment, locomotory problems make up relatively large number of complaints. Maintaining poor posture adds extra stress and strain to joints and muscles, and it may result in pain or discomfort. Accurate analysis of the patient’s posture allows a therapist to presume his/her muscle balance – which muscles are stretched/shortened. Taking this opportunity, I would like to discuss postural analysis utilizing digital camera and GIMP (GNU Image Manipulation Program).


I.はじめに

 医療における指圧が発展していくには、エビデンスの蓄積が必要である。それは単に患者の満足や治ったという事実で終わらせるのではなく、患者の病態を可能な限り客観的かつ正確に評価し、それを記録し経過を追っていくことが重要である。

 今日コンピュータやデジタルカメラ、スマートフォンなどの機器が普及し、多くの人がそれらを活用している。ここでは、それらの機器を用い、フリーウェア※1 ,※2 を活用して姿勢分析や関節可動域測定を行い、それを記録していくための方法を紹介する。

※1 フリーウェア:オンラインソフトの中で、無料で提供されるソフトウェア。

※2 ソフトウェアの選定基準として、Mac、Windows双方で同じソフトウェアが提供されていることを条件とした。

II.デジタルカメラとGIMPを用いた姿勢分析

II-1. GIMPについて

 指圧療法への要求のなかでも、運動器系の愁訴は多い。不良な姿勢がつづくことにより、関節や筋に持続的な緊張が加わり痛みや不快感の原因となりうるが、姿勢を正確に分析することにより、どの筋が伸長し、どの筋が短縮しているかという筋バランスを推測することができる。

 GIMP※3はMac、Windows、Linuxで使える汎用の画像加工・編集ツールである。無料でありながら他の有料画像編集ソフトウェアと比べても遜色のない機能を備えている。GIMPの機能は非常に多岐にわたるが、ここでは姿勢分析のための鉛直線に沿うように画像を回転させ水平をとり、グリッド(マス目)を被せることにより姿勢分析に応用する方法を述べる。

※3 GIMPのライセンスはGPL(General Public License)に属し、GIMP本体のプログラムを改変し販売することは認められないが、使用に関しては誰もが無料で使用できる。

II-2 GIMPのインストール

 ソフトウェア「GIMP」をダウンロードするために http://www.gimp.org/ にアクセスする。表示された画面の「Download」をクリックする。

図1. GIMPホームページ

図1. GIMPホームページ
downloadをクリックする

 ダウンロードしたファイルを実行し、GIMPをインストールする。尚、インストール画面までは英語表記であるが、プログラム本体は多言語対応で、インストール後に日本語表記となる。

II-3 GIMPを使い写真の水平垂直を合わせる

 写真から姿勢分析を行うのに重要なことは、水平垂直が正確にとれていることである。そこで、天井などから錘を垂らし、鉛直線を1本つくる。

※ 鉛直線は釣具店などで鉛の重石を購入し、丈夫な紐に括り付ければ安価に作成できる。

 下の写真は三脚を用いず、カメラを手持ちで撮影した。見た目にやや前傾姿勢に見えるが、この写真は正確な水平がとれていない。そこで、この写真をサンプルとして鉛直線を基準に画像を回転させ、水平垂直を合わせる。

図2. サンプル画像

図2. サンプル画像
水平がとれていない

① 水平をとるための仮想グリッド[表示]-[グリッドを表示]を選択する。

図3.  [表示]-[グリッドを表示]

図3. [表示]-[グリッドを表示]

② 画面上にグリッドが引かれるが、マス目が細かすぎるので、グリッド幅を調節する。
[画像]-[グリッドの設定]を選択する。
間隔の数値をそれぞれ100※4 に変更する。

図4. [画像]-[グリッドの設定]

図4. [画像]-[グリッドの設定]

※4 幅と高さを100としたのは、後の画像を回転させ、水平垂直を合わせるために、見やすくするためであり、100以外でも可能である。デジタルカメラの画素数やPC環境により、最適な数値は異なる。

※5 鎖のマークは幅と高さの比率を固定とするか否かである。

③ グリッドの間隔が広がる。拡大して画像の傾きを確認する。
ツールボックスより【ズーム】を選択 する。

図5. ツールボックスより[ズーム]を選択

図5. ツールボックスより[ズーム]を選択

水平・垂直がずれているのが確認できる。

図6. 鉛直線とグリッドのずれ

図6. 鉛直線とグリッドのずれ

画像を回転させ、グリッドと鉛直線を平行にする。ツールボックスより【回転】を選択。

図7. ツールボックスより[ズーム]を選択

図7. ツールボックスより[ズーム]を選択

[回転]ツールを使い、鉛直線と縦グリッドを平行にあわせる

図8. 鉛直線と縦グリッドを平行にあわせる

図8. 鉛直線と縦グリッドを平行にあわせる

④ 水平垂直が正確となったが、表示されていたグリッドは画像編集のための仮想グリッドなので、保存してもグリッドは残らない。

図9. 元画像と水平をあわせて保存した画像

図9. 元画像と水平をあわせて保存した画像

II-4 GIMPを使い写真にグリッドをひく

⑤ 水平がとれたならば、次は姿勢分析のために画像に上書きするグリッド線をひく。まずは再び[表示]-[グリッドを表示]を選択し、仮想グリッドを非表示にする。

図10. 仮想グリッドを非表示

図10. 仮想グリッドを非表示にする
(チェックボックスの選択を解除する)

⑥ [フィルタ]-[下塗り] -[パターン] -[グリッド]   を選択し、グリッドを画像に被せる。

図11. [フィルタ]-[下塗り] -[パターン] -[グリッド]

図11. [フィルタ]-[下塗り] -[パターン] -[グリッド]を選択

グリッドの間隔が細かすぎるので変更する。間隔の値を適切な値に設定する。ここでは水平、垂直を16から100に変更する。

図12. グリッドの設定画面

図12. グリッドの設定画面
間隔の値を適切な値に設定

画像に直接グリッドが描画される。この状態で保存すれば、グリッド有りで保存される。

図13. グリッドが描画された写真

図13. グリッドが描画された写真

⑦ 周囲の不要な部分を除き、トリミングする。ツールボックスより[切り抜き]を選び、残したい部分を囲む。

図14. [切り抜き]設定画面

図14. [切り抜き]設定画面

範囲選択後、クリックまたはエンターキーで画像がトリミングされる。

図15. トリミングされた写真(完成)

図15. トリミングされた写真(完成)

 以上の手順を行うことにより、鉛直線を基準として、写真の水平・垂直を合わせ、姿勢分析に必要なグリッドを描画し、写真の大きさを調節することができる。この作業を前後左右で行うことにより、三次元的な姿勢のアンバランスを見分けることが容易となる。

※ 水平器のある三脚を用いて撮影すれば、画像の水平・垂直を合わせる処理は省略できるので、簡便となる。

III.ImageJを用いた関節可動域・角度測定

III-1. ImageJについて

 ImageJはアメリカ国立衛生研究所(NIH)で開発された画像処理ソフトウェアで、MacOS X、Windows、Linuxで動作する。パブリックドメインとして誰もが自由に無料で使用できる。ImageJの機能は多岐にわたる1)が、ここでは関節可動域の測定について述べる。

III-2. ImageJのインストール

  ソフトウェア「ImageJ」をダウンロードするために http://rsb.info.nih.gov/ij/ にアクセスし、ダウンロードしインストールする。

図16. ImageJ ホームページ

図16. ImageJ ホームページ

※Windowsを使用している場合は、Javaが付属した32ビットバージョンで良いと思われる。(使用しているWindowsが64ビットの場合でも動作する)Macの場合は、32ビット版と64ビット版が同梱されている。

 III-3. ImageJを用いた関節可動域・角度測定

① 術前・術後などで関節の可動範囲をデジタルカメラなどで写真にとっておく。

図17. サンプル写真(術前・術後)

図17. サンプル写真(術前・術後)

② 角度測定はアングルツールを用いるが、事前に計測したい関節周囲を虫眼鏡ツールで拡大する。ズームインしたいときは、このツールで画像をクリックする。ズームアウトの時は、Alt +クリック、または右クリック。(Macの場合、option + クリック、または右クリック)

図18. ImageJ 操作パレット

図18. ImageJ 操作パレット
ここではアングルツールと虫眼鏡ツールを用いる

③ アングルツールを用いて、角度測定を行う関節の基本軸と移動軸に合わせて線を引く。

図19. 肩関節の移動軸と基本軸

図19. アングルツールを用いて、角度測定を行う
肩関節の移動軸と基本軸に線を引く

④ メニューより[Analyze]-[Measure]を選択すると角度測定結果が表示される。

図20. [Analyze]-[Measure]を選択

図20. [Analyze]-[Measure]を選択

図21. 角度測定結果

図21. 角度測定結果が表示される
施術経過票に記録する

 以上の手順により、術前・術後などで関節可動域の変化を数値で表せる。

IV.姿勢分析の一例

図22. 姿勢分析の一例(前面・後面)

図22. 姿勢分析の一例(前面・後面)

図23. 姿勢分析の一例(左側面・右側面)

図23. 姿勢分析の一例(左側面・右側面)

  • 眉間-オトガイのラインと指示基底面中心を通るラインがずれている。

  • 右肩上がり、左上肢が下がっている。

  • 側面図より、左上肢のほうが右上肢に比べ前にでていることから、体幹軸が左回旋していると考えられる。

  • 体幹の重心が左寄りになっている。

  • 右下肢軽度外旋位

  • 上肢が前にきていることにより、大胸筋, 小胸筋の過緊張が考えられる。※その結果として円背が引き起こされている可能性がある。

  • 胸椎後弯が目立つが、腰椎前弯はさほど強くないように思える。

  • 膝関節軽度屈曲
    ※股関節屈筋の緊張により、立位では膝屈曲が生じる。腰椎前弯を軽減させる目的で膝関節屈曲している可能性がある。2)

V.結語

 GIMPやImageJを用いることにより、汎用のデジタルカメラを姿勢分析や関節可動域測定に利用できる。臨床の場では、角度計を用いた関節可動域測定は手間がかかることもあり、行われないことも多いと思われるが、デジタルカメラで術前、術後の写真を残しておけば、後から角度を測定し、記録していくことができる。

 また、グリッド線を引くことにより、短時間での肉眼観察では気がつきにくい、筋骨格のアンバランスを知ることができる。

 治療において、他覚的な所見を集め、その変化を記録し、観察していくことが重要だと思われる。クライエントに術前、術後の客観的変化を明示することにより、指圧の効果を具体的に示すことができ、それは施術者への信頼へとつながる。また、施術後に画像を解析することにより、考察を加え、次回の施術に活かしていくこともできる。そのプロセスの積み重ねが施術者の知識と技術の向上に大きく寄与すると考える。

 理学療法の分野では、ImageJを用いた症例報告や研究論文が多数発表され、エビデンスの蓄積が行われている。今回、日本指圧学会の創立にあたり、指圧療法のエビデンス蓄積並びに、指圧界全体の発展に寄与できればと思い、本稿を執筆した。

VI.参考文献

1) 小島清嗣 他:画像解析テキスト—NIH Image, Scion Image, ImageJ実践講座,羊土社, 東京, 2006
2) ケンダル 他:筋 機能とテスト—姿勢と痛み,p.95, 西村書店, 東京, 2006


【要旨】

フリーウェアを用いた姿勢分析並びに関節可動域測定
黒澤 一弘

 医療における指圧が発展していくには、エビデンスの蓄積が必要である。それは単に患者の満足や治ったという事実で終わらせるのではなく、患者の病態を可能な限り客観的かつ正確に評価し、それを記録し経過を追っていくことが重要である。指圧療法への要求のなかでも、運動器系の愁訴は比較的多いと思われる。不良な姿勢がつづくことにより、関節や筋にストレスや緊張が加わり痛みや不快感の原因となりうるが、姿勢を正確に分析することにより、どの筋が伸長し、どの筋が短縮しているかという筋バランスを推測することができる。今回は、デジタルカメラとGIMPを用いた姿勢分析について紹介する。

キーワード:姿勢分析、関節可動域、フリーウェア、GIMP、ImageJ、指圧



避難所での指圧救護と主訴:月足弘法

日本指圧協会 東京指圧救護赤十字奉仕団
月足 弘法
五本木指圧研究所所長
中盛祐貴子
祐泉指圧治療院院長
菅原 伸人
日本指圧協会文京支部
瀧本 光代
瀧本指圧治療院 院長

Shiatsu treatments and chief complaints at the evacuation center

Hironori Tsukiashi, Yukiko Nakamori, Nobuto Sugawara, Mitsuyo Takimoto

Abstract :After the Tohoku Earthquake, we supported evacuees with Shiatsu treatment at a primary evacuation center of Azuma Sports Park, Fukushima City, Fukushima Prefecture (the number of evacuees of the day; 633) for two days from May 11 to May 12, 2011. We conducted hearing survey of chief complaints from 181 evacuees and treated them with a twenty-minute session of Shiatsu therapy. Chief complaints of the 181 evacuees living there consisted of problems of shoulders; 78, lower back; 35, legs; 23, neck; 20, arms; 13, back; 6; and other problems including eyestrain, gastritis, and fatigue; 6. Contrary to our expectation that mainly their chief complaints would be about lower back and legs, the number of evacuees complaining about strains and stiffness of shoulders was actually more than double that of lower back. We also questioned them about the chief complaints after the Shiatsu treatments and confirmed that they were abated.


I.はじめに

 2011年(平成23年)3月11日(金)14時46分18秒(日本時間)東日本大震災により被災された皆様に心から御見舞い申し上げます。

 日本指圧協会所属である東京指圧救護赤十字奉仕団(日本赤十字社東京都支部 特殊奉仕団)は、東日本大震災の一次避難所にて指圧救護を行った。

 医療活動として、避難所での指圧救護に対する検討および避難所における被災者の主訴を報告する。

II.方 法

1.対象

 1次避難所にて寝泊まりおよび食事をする避難者(当日の避難者数633人)の中で、指圧救護を受けた男性66人、女性115人の合計181人を対象とした。

 なお、指圧治療と主訴の記録使用について、十分に説明し同意を得た上で行った。

2.期間

 平成23年5月11日(水)〜12日(木)の2日間(東日本大震災発生から2か月後)

3.場所

 福島県あづま総合運動公園(福島市)一次避難所内、あづま総合体育館の救護施設および県営あづま球場の会議室。

4.指圧方法

 パイプ椅子による座位指圧(図1)および組み立て式ベッドによる伏臥、仰臥、横臥(図2)による浪越式指圧1)にて1人当たり約20分の施術を行った。

図1. パイプ椅子による座位指圧

図1. パイプ椅子による座位指圧

図2.組み立て式ベッドによる 伏臥、仰臥、横臥位での指圧

図2.組み立て式ベッドによる伏臥、仰臥、横臥位での指圧

5.問診方法

 主訴および症状をあん摩マッサージ指圧師21人(男性14人、女性7人)が、患者から直接問診し用紙に記録した。

6.記録管理

 あん摩マッサージ指圧師の担当者2人が、記録した問診用紙を集計し確認した。

III.結 果

1.指圧救護

 東京指圧救護赤十字奉仕団は、新潟県中越地震の被災地や大島噴火災害、三宅島噴火災害の避難所などでの指圧救護活動の経験に基づき、東日本大震災および福島原子力発電所事故による被災者の長引く避難所生活での心身疲労を考慮し医療従事者として指圧治療した。

 また、避難所生活での健康に対するアドバイスや運動法を指導すると共に、エコノミークラス症候群対策の自己指圧プリントを避難者へ配布および避難所に掲示した。

2.主 訴

 避難所に寝泊まりする被災者181人の主訴(図3)は、肩部78人、腰部35人、下肢23人、頸部20人、上肢13人、背部6人、その他6人(眼精疲労、胃炎、倦怠感など)であった。

 避難所生活ではエコノミークラス症候群2)の注意が必要であり下肢や腰部の主訴が多いと思われたが、肩の張りや凝りを訴える方が腰部の倍以上であった。

 また、指圧診療後の問診により手足や体が温まり3)凝りが取れたと、主訴の改善が確認できた。

図3.避難所に寝泊まりする被災者181人の主訴

図3.避難所に寝泊まりする被災者181人の主訴

IV.結論

 避難所生活の初期段階では、エコノミークラス症候群を意識した指圧と共に指圧救護によるコミュニケーションが大切である。また、長期化するほど精神的な影響が身体へ影響してくる為、継続的な指圧療法が必要である。

 指圧救護の効果としては、特にプライバシーの少ない避難所生活における不眠症に対して有効であったと指圧を受けた被災者から多くの報告を頂いた。

 避難所での指圧治療と主訴について分析した情報を共有し、避難所と同様に仮設住宅においても長期的な医療活動が必要であるといえる。

V.参考文献

1) 石塚 寛:指圧療法学, 国際医学出版, 東京, 2008
2) 榛沢和彦 他:新潟中越地震災害医療報告-下肢静脈エコー診療結果,新潟医学会雑誌, 120; pp.14-20, 2006
3) 蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌(24); p.51-56, 2000


【要旨】

避難所での指圧救護と主訴
月足 弘法, 中盛祐貴子, 菅原 伸人, 瀧本 光代

 東日本大震災後の平成23年5月11日(水)〜12日(木)の2日間を福島県あづま総合運動公園(福島市)の一次避難所(当日の避難者数633人)にて指圧救護を行い、合計181人に対し主訴の聴取および20分の指圧施術を行った。避難所に寝泊まりする181人の主訴は、肩78人、腰35人、下肢23人、首20人、上肢13人、背部6人、その他(眼精疲労、胃炎、倦怠感など)6人であった。避難所生活では腰や下肢の主訴が多いと思われたが、肩の張りや凝りを訴える方が腰の倍以上であった。また、指圧診療後の問診により、主訴が改善されたことを確認できた。

キーワード:指圧、ボランティア、東日本大震災、エコノミー症候群



ビーチフットボール競技における指圧認知度調査報告:石塚洋之

石塚 洋之
日本指圧専門学校教員

Recognition of Shiatsu in the field of beach football: a survey report

Hiroyuki Ishizuka

Abstract : Anma (Japanese traditional massage), massage, and Shiatsu are becoming widespread also in the field of sports these days. Such therapies are getting familiarized among not only top athletes but also general sports-loving people, and it indicates the growing demands in this field for Anma, massage, and Shiatsu. Through my experiences as practicing Shiatsu in the field of sports, I had become to wonder if few athletes recognized advantageous effects of Shiatsu such as pre-exercise conditioning and performance improvement. Therefore, we conducted a survey regarding the recognition about effects of pre-exercise Shiatsu over two years (in 2008 and 2009) taking opportunities of extracurricular volunteering activities of Japan Shiatsu College in the field of sports, specifically beach football, over the last four years. As a result, the recognition about effects of pre-exercise Shiatsu was low, and most of athletes had no experiences of Shiatsu before exercises. The results suggested that the wide range of effects from Anma, massage, and Shiatsu treatments were not well known in the field of sports, and it is necessary for licensed practitioners of Anma, massage, and Shiatsu to widen their appeal in this field and to spread the awareness of such effects. The more active they are, the more needs for Anma, massage, and Shiatsu are expected in the field of sports.


I.はじめに

 現在、スポーツの分野でも幅広くあん摩マッサージ指圧が浸透しつつある。またそれはトップアスリートだけでなくスポーツ愛好家と呼ばれる、スポーツを楽しむ人々にとっても同じであると言える。しかし、私がスポーツの領域で指圧活動を行う中で感じたことは運動後の疲労回復としての効果のみが広く認識されているが、運動前のコンディショニングやパフォーマンス向上の効果を認識している競技者は少ないのではないか?という疑問を抱いたことである。私たちあん摩マッサージ指圧師は施術による疼痛の緩和・関節可動域の増大などの効果を経験的に知ってはいるが、その効果を競技者たちは知らないために、あん摩マッサージ指圧は運動後に受けるものと認識しているのではないかと考えられる。競技者によっては施術を運動前に受けると動けなくなると認識していて施術を受けようとしない者もいる。これにはスポーツ領域でのマッサージ行為に有資格者だけでない者の存在も多い。などの様々な課題があるが、先ずは競技者たちに対する正しいあん摩マッサージ指圧の効果の認識を広めていくというのも我々有資格者に求められる課題ではないかと強く感じる。

 そこで私は今回、日本指圧専門学校のスポーツ領域における課外ボランティア活動でビーチフットボール競技での過去4年間のうち平成20年と平成21年時の2年に渡り運動前の指圧効果認識調査を行ってきたのでその調査結果の報告を行う。

II.方法

1. 対象:

 IBFA(国際ビーチフットボール協会)主催。ビーチフットボールJAPAN TOUR全国大会出場選手のうち過去に指圧・マッサージを受けた経験のある者を対象とした。

2. アンケート調査日:

 平成20年7月21日、平成21年7月25日 2年分計2回

3. 調査方法:

 会場でボランティア指圧を行い、指圧を受けてもらった選手にアンケートを記入していただいた。

4. アンケート調査の目的:

 「運動前の指圧・マッサージ効果」の認識度を把握する目的で行った。

5.アンケート内容

図1. アンケート内容(平成20年、平成21年)

図1. アンケート内容(平成20年、平成21年)

 平成21年の活動では平成20年の成果があり、平成20年の活動時の指圧を受けた者の数値と混じることを防ぐため、平成20年度指圧を受けたものを除外したなかで運動前の指圧・マッサージ経験の有無を調査できるようにアンケート内容を改良した。

III.結果

1. 平成20年の結果は指圧経験者の内88%の者が「運動前の指圧・マッサージ効果」の認識がなかった。

2. 平成21年の本大会以外での指圧経験者の内76%の者が「運動前の指圧・マッサージ効果」の認識がなかった。

図2. アンケート集計表

図2. アンケート集計表

IV.現状分析

 このアンケートからスポーツ領域(ビーチフットボール競技)において、今までに指圧を受けた経験はあるが運動前に指圧を受けた経験はないという者が多いという結果がでた。私たち指圧師自身は指圧が関節可動域の増大や筋柔軟性向上に効果があることを経験的に認識している。そのためスポーツ分野にも有効であるということを認識してはいるが、競技者たちにはその認識がないということである。

V.結論

 アンケート集計結果から疲労回復としての効果以外の運動前の指圧・マッサージ効果を競技者に認識させることは需要の増大とともに競技による障害予防やパフォーマンス向上にもつながると考えられる。ひいては競技者の安全と健康を守り、競技人生の延長、生涯スポーツの援助にもつながると考えられる。


【要旨】

ビーチフットボール競技における指圧認知度調査報告
石塚 洋之

 現在、スポーツの分野でも幅広くあん摩マッサージ指圧が浸透しつつある。またそれはトップアスリートだけでなくスポーツ愛好家と呼ばれる、スポーツを楽しむ人々にとっても同じであり、このことはスポーツ界においても、あん摩マッサージ指圧の需要が高まっていると言える。しかし、私がスポーツの領域で指圧活動を行う中で感じたことは運動後の疲労回復としての効果のみが広く認識されているが、運動前のコンディショニングやパフォーマンス向上の効果を認識している競技者は少ないのではないか?という疑問を抱いた。

 そこで今回、日本指圧専門学校のスポーツ領域における課外ボランティア活動でビーチフットボール競技での過去4年間のうち平成20年と平成21年時の2年に渡り運動前の指圧効果認識調査を行った。結果、運動前の指圧効果の認識は低く、多くの競技者が運動前に指圧を受けた経験が無いという結果がでた。このことは、スポーツ界にあん摩マッサージ指圧の幅広い効果の認識がまだ不足していることが示唆され、今後もスポーツ界に資格を有したあん摩マッサージ指圧師が活躍し、その効果を広めていく必要性がある。これにより今後ますますスポーツ界における、あん摩マッサージ指圧の需要増大も期待される。

キーワード:ビーチフットボール、ビーチラグビー、指圧トレーナー、運動前指圧、スポーツ指圧、コンディショニング指圧、パフォーマンス向上指圧



オスグッド・シュラッター病に対する指圧治療:月足弘法

月足 弘法
五本木指圧研究所 所長

Shiatsu treatment for Osgood-Schlatter disease: a case report

Hironori Tsukiashi

Abstract :This is a case report regarding a patient of Osgood-Schlatter disease treated with Shiatsu therapy. By releasing tensed periarticular muscles of the hip and knee joints, Shiatsu treatment in this case resulted in pain relief.


 I.はじめに

 オスグッド・シュラッター病(症候群)1)は、小学生高学年から中学生、高校生など10代前半の成長期に好発し、スポーツ活動などにより膝に痛みや腫れ等を伴う骨の病変。特に膝蓋靭帯でつながる、膝蓋骨から脛骨粗面にかけて痛みを訴えることが多い。これらの事により、指圧にて腹部から鼠径部、大腿四頭筋、関節および膝蓋靭帯、脛骨粗面など緩めてから、関節可動域を高める治療を行った。

II.指圧治療対象

1.対象

 男性 11歳(小学5年生) サッカー選手

2.現病歴

 整形外科よりオスグッド・シュラッター病と診断され、五本木指圧研究所にて指圧治療を受ける。

 主訴:サッカーのプレイ中に両膝が痛む。股関節の痛み。

3.指圧治療期間

 平成23年8月18日(木)〜3ヶ月に1度位の治療

4.指圧治療場所

 五本木指圧研究所

5.問診方法

 患者から直接、主訴および症状を問診して用紙に記録した。

6.記録管理

 記録した問診用紙は、治療カルテにて管理した。なお、指圧治療と主訴の記録使用について、十分に説明し同意を得た上で指圧治療を行った。

III.指圧治療方法

 五本木指圧研究所治療室の畳に施術用布団をしき、浪越式指圧2)の横臥位、伏臥位、仰臥位にて1治療当たり約45分から60分の指圧治療を施術した。患部および患部周辺には、仰臥位による腹部指圧から下肢への指圧および運動法、その後に伏臥位による臀部から下肢の応用指圧を行った。

1.腹部

 の字型掌圧の後、下腹部と肋間部を入念に指圧し、腹部の硬さをほぐす。(図1)

図1. の字掌圧9点、腹部20点

図1. の字掌圧9点、腹部20点

2.鼠径部

 大腿直筋の起始である下前腸骨棘の周囲を指圧する。

3.大腿部(前部、前側、内側、外側)

 大腿四頭筋(大腿直筋・中間広筋・外側広筋・内側広筋)を指圧する。前部では股関節の屈曲を荷う大腿直筋、前側では中間広筋・外側広筋・内側広筋、外側では大腿四頭筋の起始である大腿骨を入念に指圧する。この時、膝蓋骨から膝蓋靭帯および大腿四頭筋の停止である脛骨粗面まで、膝の伸展を意識しながら指圧をする。内側では恥骨際から長内転筋など内転筋群を中心に指圧して、股関節の内転がスムーズに出来るように緩めていく。(図2)

図2. 鼠径部3点、大腿前側10点

図2. 鼠径部3点、大腿前側10点

4.膝蓋骨

 膝蓋骨周囲部および外側、内側を指圧する。

5.下腿部

 脛骨粗面の外方の陥凹部(足三里穴相当部位)を繰り返し、足関節手前まで指圧する。

6.足関節

 膝の痛みを訴える患者は足関節が固いことが多いので、柔らかくなるまで指圧や内転と外転の運動法を繰り返す。

7.膝の運動法

 膝を立てて膝窩部(委中相当部位および内側、外側)をおさえて、前方引き出テストや後方引き出しテストの要領で運動法を行う。(図3)

図3. 膝の運動法

図3. 膝の運動法

8.股関節の運動法

 股関節を屈曲させ、内転および外転の運動法を行い股関節の可動域を上げる。

9.仙骨部および臀部

 膝に痛みがある時は、膝に負担のかからない様に歩く為に臀部が緊張していることが多いので、仙骨および大殿筋から大転子まで指圧する。

10.大腿後側

 大腿四頭筋の拮抗筋であるハムストリング筋(大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋)を指圧する。大腿後側部は、外側、中央、内側の3列を指圧する。腰仙骨神経叢から始まり脛骨神経と総腓骨神経に分かれて終わる坐骨神経を指圧する。(図4)

図4. 仙骨部、殿部並びに大腿後側部

図4. 仙骨部、殿部並びに大腿後側部

11.膝窩部

 膝の痛みや膝窩部に張りがある場合、膝を屈曲させ指圧する。

12.下腿後側部および踵骨、足底

 膝窩部の下からアキレス腱まで、下腿三頭筋を中心に指圧する。膝が痛む患者は、踵骨および足底が固い事が多いので入念に指圧をする。

IV.結 果

1.腹部から下肢の指圧により、股関節および周囲の筋の緊張を取ることが出来た。これらの事により、股関節の可動域が高まった。

2.指圧治療により膝および股関節の痛みがなくなり、再びサッカーの試合にて活躍が出来るようになった。また、指圧診療後の問診により、主訴が改善されたことが確認できた。

V.考 察

 指圧治療によりオスグッド・シュラッター病における膝の痛みおよび股関節の痛みが軽減し、再び運動が出来るまで回復した。これらにより、オスグッド・シュラッター病に対して、指圧は効果的な治療法といえる。

 腹部指圧にて股関節の可動域が上がった事から、内臓および骨盤内臓が弛緩したものと推測される。内臓および骨盤内臓の弛緩により腰背部へも影響を与え、下腿部の皮膚温の変化3)もしくは血液循環の変化があったと思われる。また、関節可動域に変化を及ぼし膝の痛みが改善した事から、股関節および膝関節、足関節の下肢3つの関節は関連があると考えられる。これらにより指圧は、膝の治療に有効であると考察される。

VI.結論

 オスグッド・シュラッター病は、10代前半の成長期に好発する為、継続的な指圧治療が必要である。加えて、自己指圧やストレッチなどにより、自己管理を意識しなければならない。また、10代前半の成長期は、学校や勉強、友人関係などにより、精神的な影響を受けやすくストレスを感じる事も多い。成長痛の好発する下肢の患部に加え、頭部および頸部、上肢、腰背部などを含めた全身指圧が効果的であるといえる。

Ⅶ.参考文献

1) 平野 篤:オスグッド病の発生原因とその予防, 日本整形外科学会雑誌, 85(9); pp.546-550, 2011
2) 石塚 寛:指圧療法学, 国際医学出版, 東京, 2008
3) 月足弘法 他:腰背部の指圧刺激による下腿部・足部皮膚温の変化, 東洋療法学校協会学会誌(31); pp.55-58, 2007


【要旨】

オスグッド・シュラッター病に対する指圧治療
月足 弘法

 オスグッド・シュラッター病の患者に対し指圧療法を行い、股関節および膝関節周辺の筋緊張を緩和させることにより疼痛の緩和がなされたので報告する。

キーワード:オスグッド・シュラッター病、指圧



東京夢舞いマラソン 指圧ボランティアアンケート報告:衛藤友親

World Smile Project
衛藤 友親
明治大学体力トレーナー
宮下 雅俊
てのひら指圧治療院院長
石塚 洋之
日本指圧専門学校教員
満留 伸行
指圧マッサージ指愈院長

Survey by questionnaire about volunteer Shiatsu at Tokyo Yumemai Marathon
: a survey report

Tomochika Etou, Masatoshi Miyashita, Hiroyuki Ishizuka, Nobuyuki Mitsudome

Abstract : We conducted a survey in the form of a questionnaire inquiring degree of pain before and after Shiatsu treatment using VAS (Visual Analogue Scale), which was 100 mm (= 100 points) in length. The questionnaire was A4 size, double-sided printing, and answered at the Kagurazaka Station of 12th Tokyo Yumemai Marathon (at the point of 33.892 km). The respondents were also asked to mark up fatigued and/or painful areas on illustrations of the questionnaire. As a result, about the degree of fatigue or pain described in VAS, 133 answered “decreased”, three answered “increased”, and two answered “remain the same” out of the 138 respondents. The average VAS score of the cases “decreased” was 38 points and “increased” was 28 points. Regarding the fatigued and/or painful areas, the top answer was the posterior region of left lower leg, and the second was the posterior region of right lower leg.


I.はじめに

 手軽に実行できるスポーツとして、また近年は観光名所をコースに設定した大会が催されるなど、ジョギング及びマラソンの人気には根強いものがある。競技人口が増加する一方、競技参加に伴う身体ダメージのケア及び市民ランナーの競技力向上のための指圧効果の科学的研究はほとんどなされていない現状がある。

 この事実から我々は、市民マラソン大会における参加ランナーの身体ダメージの状況調査と指圧治療の有効性検証を試みた。以下に結果と考察を記す。

II.対象および方法

1.日時

 2011年10月8日(日)

2.場所及び対象

 第12回東京夢舞いマラソン参加者中、神楽坂エイドステーション(スタートから33.892km地点)にて指圧を受け且つアンケートに回答した一般成人138名(男性75名、女性55名、不明8名)。

3.方法

 A4版両面印刷のアンケート用紙(図1,2)を用い、施術前と施術後の疲労および痛みの度合いを100mm(=100ポイント)の長さのVAS(visual analogue scale)にて、また、疲労を感じる部位並び痛みを感じる部位を、身体イラストに丸印を記入する形で回答していただいた。

アンケート用紙

図1. 施術前アンケート用紙

図1. 施術前アンケート用紙

図2. 施術後アンケート用紙

図2. 施術後アンケート用紙

III.結果

 VASにて疲労および痛みの度合いが減少したのは138名中133名(96%)、増加したのは3名(2%)、変化がなかったのは2名(2%)であった。

 疲労および痛みの度合いが減少した例の平均ポイントは38ポイント、増加した例の平均ポイントは28ポイントであった。

 疲労および痛む部位でもっとも多かった回答は下腿後側左、次いで下腿後側右であった。尚、部位の回答は複数回答可能なため総計571個所あった。

表1. 部位別主訴件数の左右差

表1. 部位別主訴件数の左右差

IV.考察

 今回の結果で特徴的なのは、疲労および痛む部位が左側に多いと言うことであるが、左側主訴が多い部位は右側主訴でも他所と比して多い傾向にあるので、今後の精査課題としたい。

 現段階での因果関係は不明であるが、マラソンに限らず肉体労働等の負荷を一定時間身体にかけ続けた場合に今回の結果と同様に左側に疲労や痛みが多いと仮定した場合、浪越式基本指圧の施術順序と何らかの因果関係が見出されるのではないかと推測される。

 また、東京マラソン参加者のなかで自転車救護チームによって応急処置を受けたランナー約310名の64.7%が足の筋肉・関節の痛みを主訴としている1)ことと今回の結果を合わせて考えた時、スポーツ場面における指圧治療普及の有効性・可能性が示されていると考える。

V.おわりに

 今後も可能な限り調査を継続し治療効果の解明に寄与したい。

 またその結果を元に、マラソンをはじめとするスポーツ愛好家に親しまれる指圧の推進普及に努めたい。

VI.参考文献

1) 伊藤静夫:マラソンにおける水分補給の重要性, 指導者のためのスポーツジャーナル,二〇一二年春号, p.44, 公益財団法人 日本体育協会, 東京, 2012


【要旨】

東京夢舞いマラソン指圧ボランティアアンケート報告
衛藤 友親, 宮下 雅俊, 石塚 洋之, 満留 伸行

 第12回東京夢舞いマラソン神楽坂ステーション(33.892km地点)にてA4版両面印刷のアンケート用紙を用い、施術前と施術後の疲労および痛みの度合いを100mm(=100ポイント)の長さのVAS(visual analogue scale)にて回答いただいた。また疲労および痛みの部位をイラストに記入する形式で回答いただいた。その結果、VASにて疲労および痛みの度合いが減少したのは138名中133名、増加したのは3名、変化がなかったのは2名であった。疲労および痛みの度合いが減少した例の平均ポイントは38ポイント、増加した例の平均ポイントは28であった。疲労および痛む部位でもっとも多かった回答は下腿後側左、次いで下腿後側右であった。

キーワード:疲労軽減、下腿後側、左右差、スポーツ指圧



肩関節周囲炎の指圧治療:金子和人

金子 和人
バーディー指圧治療院 院長

Shiatsu treatment for scapulohumeral periarthritis: a case report

Kazuto Kaneko

Abstract :Aiming at releasing tension of muscles consisting rotator cuff and periarticular muscles in order to alleviate the pain and improve the range of joint motion, Shiatsu treatment was provided for a patient of scapulohumeral periarthritis. After seven sessions of Shiatsu treatment, the range of joint motion was consequently improved. This case suggested the potential of Shiatsu treatment to improve flexibility and the decreased range of joint motion caused by scapulohumeral periarthritis.


I.はじめに

 肩関節周囲炎(五十肩)は40代以降によく発生し肩関節の痛みと運動障害を引き起こす疾患であり、画像診断にてはっきり分かる腱板断裂、石灰沈着性腱板炎を除く原因不明の疾患である。現代医学的には消炎鎮痛剤の内服、ステロイド局麻酔等の関節内注入が行われ、理学療法も併用される。

 指圧により疼痛の緩和、筋緊張の除去によるQOL早期改善を目的に行った。

II.対象および方法

[症例]

 60代男性 建築士

[現病歴]

 半年前からゴルフプレー中に左肩があがらなくなった。

 接骨院を受診し低周波電気治療、極超短波温熱治療、運動療法など治療を受けるが改善しなかった。

 ゴルフプレーに支障がない様な状況にするため、当院を受診する。

[既往歴]

 腰椎椎間板ヘルニア

[家族歴]

 特になし

[検査所見]

 外転、外旋、内旋、伸展、障害有り。
 ジャクソンテスト陰性
 アドソンテスト陽性
 斜角筋隙 圧痛有り
 (すべて左側)

[治療方針]

 検査所見により可動域制限と疼痛が主たる症状であることから、医師の診断はないが、肩関節周囲炎が考えられる。またアドソンテストも陽性を示すことから胸郭出口部での腕神経叢および鎖骨下動脈の圧迫も併発していると考える。

 上記により腱板を構成する諸筋及び肩関節周囲の筋緊張を除去し、疼痛と関節可動域の拡大を図る。

III.結 果(治療経過)

治療1回目(6月2日)

[患側上の横臥位]

 菱形筋、前鋸筋、斜角筋に重点を置く浪越式基本指圧。

[伏臥位]

 棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋に重点を置く浪越式基本指圧。

[仰臥位]

 大円筋、肩甲下筋に圧を加えながらの運動操作。斜角筋、胸鎖乳突筋の指圧。

 菱形筋の硬結が顕著であり、前鋸筋、肩甲下筋に圧痛点が認められた。(前鋸筋は指を置く程度でも圧痛有り)腋窩部は圧痛のため上腕を動かしながらの施術。

[術後の変化]

 外転挙上はほとんど変化が見られない、肩甲骨可動が多少向上した。

治療2回目(6月9日)

 治療内容は一回目と同じであるが肩甲骨可動域拡大により指が入りやすくなった。

 前鋸筋の圧痛が少なくなってきているが外転時に左鎖骨上部(腕神経叢)にしびれが出る。

治療3回目(6月16日)

 治療内容は同じ

 仰臥位の施術中に大胸筋に硬結を見つける、腋窩前壁の部分を重点部位に加え施術する。

 水平近くまで外転可能になる。

治療4回目(7月1日)

 治療内容は同じ

 二週開いてしまったためか前回と変化は見られない。

治療5回目(7月8日)

 治療内容は同じ

 以前圧痛のあった前鋸筋 肩甲下筋の圧痛が少なくなっている

 腋窩の硬結もゴリゴリした感じが減り、施術の痛みも和らいでいる。外転時水平まで挙上可能になる。

治療6回目(7月15日)

 治療内容は同じ

 前鋸筋、肩甲下筋の圧痛がほぼなくなる、三角筋中部に圧痛点がある。外転挙上は先週と変わらず。ゴルフプレーのためか?

治療7回目(7月29日)

 治療内容は同じ。

 腋窩部の硬結が消失するが、外転角度の改善はみられなかった。

関節可動域の変化

図1. 初回(6月2日)

図1. 初回(6月2日)

図2. 6回目(7月15日)

図2. 6回目(7月15日)

IV.考 察

 本症例は肩関節周囲炎と胸郭出口症候群が複合した症例と考えられる。よって腱板を構成する筋、関節周囲、頚部、胸郭出口部の筋緊張の除去を目的に施術を行った。

 7回の施術により肩甲骨の可動性が改善し、外転挙上が水平位まで改善がみられた。

 今回の結果により、肩関節周囲炎における疼痛と可動域制限には、肩周辺、頸周辺の筋緊張が少なからず関与していると考えられる。

 指圧刺激が筋の柔軟性を向上させることが発表されていることから1)2)3)、それらの筋の緊張を緩和させる指圧療法が肩関節周囲炎の治療に貢献できる可能性がある。

V.参考文献

1) 指圧刺激による筋の柔軟性に及ぼす効果.(社)東洋療法学校協会学会誌(25)125−129.2001
2) 指圧刺激による筋の柔軟性に及ぼす効果(第2報).(社)東洋療法学校協会学会誌(26)35−39.2002
3) 指圧刺激による筋の柔軟性の及ぼす効果(第3報).(社)東洋療法学校協会学会誌(27)97−100.2003


【要旨】

肩関節周囲炎に対する指圧治療
金子 和人

 肩関節周囲炎の患者1名に対し、腱板を構成する諸筋及び肩関節周囲の筋緊張を除去し、疼痛と関節可動域の拡大を図る目的で指圧療法を行った。その結果、7回の治療で関節可動域の改善がみられた。指圧療法により、筋の柔軟性を高めることで肩関節周囲炎による関節可動域制限が改善する可能性がある。

キーワード:肩関節周囲炎、指圧、関節可動域、筋緊張



下肢のリンパ浮腫に対するアプローチ :中盛祐貴子

中盛祐貴子
祐泉指圧治療院 院長

Approach to lower-extremity lymphedema with Shiatsu and Földi method complex physical therapy: a case report

Yukiko Nakamori

Abstract : A patient of lower-extremity lymphedema, caused by extensive hysterectomy for treatment of uterine cervical cancer, was treated with combined application of Shiatsu therapy and Földi method complex physical therapy. Assessment of changes in circumference and volume of both lower-extremities based on seven reference points indicated decreases in all values. The result suggested the potential of treatments combined medical manual lymphatic drainage and Shiatsu therapy to alleviate the symptoms of secondary lymphedema and its concomitant symptoms.


I.目的

 リンパ浮腫は、主に原発性リンパ浮腫(原因不明、先天的)と続発性リンパ浮腫(原因明瞭、後天的)の2種類に大きく分類される。1)

 近年、日本においても乳がんや子宮がん、前立腺がんの発症率の増加2)と(図1)共に、後者の続発性リンパ浮腫患者の増加が杞憂されている。

図1. 部位別がん罹患数の推移[全年齢 複数年]

図1. 部位別がん罹患数の推移[全年齢 複数年]

 このリンパ浮腫に対するアプローチとして、「フェルディ式複合的理学的療法」と「指圧治療」の両者を採用することにより、手術や薬物投与に頼らないで保存療法を軸とするより多くの患者のQOLの向上に寄与できないかと考え、今回の臨床報告を行う。

Ⅱ.対象および方法

【症例】

日時:

 2010年9月11日〜2012年7月29日

施術対象:

 52歳女性
 ある日、不正出血があり、気がかりになり医療機関を受診。子宮頸がんの診断を受ける。  2010年3月9日に、同病の手術を受けた。病期分類はⅠ期。広範子宮全摘出術を採用。左右の鼠径リンパ節を郭清している。放射線療法や化学療法はしていない。術後は、リンパ浮腫予防のため、両下肢のセルフマッサージや、高位保持、ドクターショール製造のハイソックスやストッキングなどを着用し、セルフケアに努めていた。術後2ヶ月を経過した2010年5月頃から、右足関節の外果周辺に限局したリンパ浮腫を自覚。今後、右下肢大腿部や左下肢にも、このリンパ浮腫が広がっていかないか不安になり、当院を受診する。

【現病歴】

 右足関節の外果周辺にむくみを感じ、歩行時など下肢の重だるさや少し違和感がある。週末になると症状が重くなる。術後の後遺症として、全身の易疲労、便秘、腰痛などがある。

 術後から、エブランチル(排尿障害の改善薬)を服用。排尿は8回/日以上。

【初診時の所見】1)

  • シュテンマーサイン※1 …右第1足趾(+)
  • 圧痕性テスト …(−)
  • 皮膚肥厚チェック …右足背部(+)
  • 線維化・硬化 …(−)
  • 皮膚の状態 …右外果周辺に浮腫があり、手術の瘢痕は硬い。
  • 瘢痕の状態 …臍を囲んで縦型
  • 炎症徴候 ……なし
  • 反対側の浮腫 …感じたことはない
  • その他の所見 …下腿に靴下のくい込み痕

※1 シュテンマーサイン:浮腫が疑われる部分を親指と人差し指で薄くつまんだ場合、健康な皮膚は皮下組織より表面の部分が薄くつまめるが、浮腫がある場合には皮下組織の厚みを触知する。

【評価】1)

 左右下肢7点の計測基準点の周囲径計測値(図2)および下肢容積の変化(図3)を評価(治療開始時に計測)
 ①足背…第2趾爪甲根部より10cm
 ②外果…腓骨末端よりはじめ、外果より上点7cm
 ③下腿最大…下腿最大点(膝関節を基点に下方に向けて13cm)
 ④膝点…膝窩の関節裂隙外側 
 ⑤大腿部12cm…膝関節を基点に上方12cm 
 ⑥大腿部20cm…膝関節を基点に上方20cm 
 ⑦鼠径点…膝関節を基点に上方26cm、鼠径部付近の大腿最上点

図2. 下肢周囲径 計測表

図2. 下肢周囲径 計測表

図 3.下肢容積 計測表

図 3.下肢容積 計測表

 【治療】

 仰臥位にて、子宮がん術後右下肢リンパ浮腫を目的とした医療徒手リンパドレナージを60分施療。随伴症状に対しては、腰背部、臀部、下肢、肩甲骨および腋窩部、腹部に重点を置き、浪越式基本指圧を30分施療。同時に患者自身によるスキンケア及びマッサージ、弾性着衣による圧迫療法及び運動療法も併せて行う。

ⅰ.医療徒手リンパドレナージの基本手技1)3)

①静止クライス…指若しくは手掌全体で皮膚に密着し、皮膚と皮下部分に円運動を加える。

 (身体のあらゆる部位に用いることができる)

②ポンプ手技…母指と示指の間の部分を排液方向に向けて置き、手掌全体で圧を加える。

 (四肢や体幹、乳房の処置の際に用いられる)

③シェップ手技…四肢後面を手掌全体で交互にすくうように行う。

 (主に四肢末梢側に用いる、前腕や下腿)

④ドレー手技…手掌全体を体表に密着させ、適度に圧をかけながら前方へ柔らかく皮膚を動かす。

 (主に身体の面積の広い領域に対して用いる)

ⅱ.子宮がん術後右下肢リンパ浮腫へのアプローチ1)

※浮腫予防目的のため、両下肢を対象

①前処置

《臥位にて》

  • 頚部コンタクトと腹部深部のマッサージ、腹式呼吸を行う
  • 右腋窩〜右鼠径リンパ連絡路をドレナージ
  • 左腋窩〜左鼠径リンパ連絡路をドレナージ

《腹臥位にて》

  • 右腋窩〜右鼠径リンパ連絡路をドレナージ
  • 左腋窩〜左鼠径リンパ連絡路をドレナージ

②患肢及び健肢の処置

《腹臥位にて》

  • 右腰臀部外側〜大腿、膝、下腿、足部、足趾、右腋窩〜右鼠径リンパ連絡路
  • 左腰臀部外側〜大腿、膝、下腿、足部、足趾、左腋窩〜左鼠径リンパ連絡路

《臥位にて》

  • 腹臥位と同様の手順を下肢前面に行う

③後処置

《臥位にて》

  • 右腋窩〜右鼠径リンパ連絡路
  • 左腋窩〜左鼠径リンパ連絡路

ⅲ.指圧療法

《横臥位》

 腰背部(特にL4〜L5)に重点を置き、肩甲下部を施術する。臀部は、上前腸骨棘と仙骨下部に手掌を当て仙骨を下方に引き下げたり、鼠径靭帯と仙骨上部に手掌を当て上方に引き上げたりしながら、仙腸関節を意識しながら施術する。4)

 また浪越圧点や八髎穴は入念に施術する。下肢は大腿筋膜張筋や腸脛靭帯を中心に施術。最後に肩甲骨及び周囲筋を含めて、肩甲上部の施術をする。

《仰臥位》

 下肢は鼠径部と膝・足関節部に拍動を確認しながらポイント施術。次いで腹部、腋窩部、上肢、頚部の順番で、やはり同様に拍動を確認しながら施術する。4)

※場合によっては、《横臥位》を《伏臥位》に置き換えて施術することもある。

III.経過

 2010年9月11日〜2012年7月29日までの計45回(2週間に1度)の施術により、両下肢の周囲径および容積の減少、および随伴症状(易疲労感、腰痛、便秘など)の改善がみられた。

1.両下肢の最大減少周囲径および容積の比較

 計45回の施術前に記録した、左右下肢7点の計測基準点の周囲径計測値を初診から直近の再診時まで各々比較したところ、最大減少値が患肢では大腿20cm部位で-5.3cm、健肢では鼠径点で-4.8cmの改善がみられた。また、下肢容積においては、患肢では1,000ml以上、健肢では700ml以上の容積の減少が確認され、両下肢で鼠径〜腋窩リンパ連絡路への還流が促進され、貯留していたリンパ液の排液が促されたことをうかがわせる。

図4. 両下肢の最大減少周囲径および容積の比較

図4. 両下肢の最大減少周囲径および容積の比較

2.周囲径計測値の経時的変化

 計45回の施術前に記録した、計測基準点7点の周囲径計測値を、初診から直近の再診時まで、部位ごとの経時的変化に基づき、折れ線グラフで比較した。

2-1.足関節部(足背〜外果)の比較

 健肢と患肢の両者で、足背と外果の両部位にて比例した、なだらかな減少曲線を示した。

図5 健肢・左下肢・足関節部

図5 健肢 / 左下肢・足関節部

図 6. 患肢/右下肢・足関節部

図 6. 患肢 / 右下肢・足関節部

2-2.下腿部(下腿最大〜膝点)の比較

 健肢に比較して、患肢では2012年6月を最大減少値として、下腿最大と膝点で最良の成績を得られた。また、より患肢の方が、減少曲線が顕著である。

図 7. 健肢/左下肢・下腿部

図 7. 健肢 / 左下肢・下腿部

図 8. 患肢/右下肢・下腿部

図 8. 患肢 / 右下肢・下腿部

2-3.大腿部(大腿12cm〜大腿20cm〜鼠径点)の比較

 患肢の大腿12cmの部位にて、2012年6月に最大減少値を記録。健肢に比較して、減少傾向がより強いことを伺わせた。

図9. 健肢・左下肢・大腿部

図9. 健肢 / 左下肢・大腿部

図 10. 患肢/右下肢・大腿部

図 10. 患肢 / 右下肢・大腿部

3.下肢容積値の経時的変化

 周囲径計測値をもとに、両下肢の容積値を図3の表にて計算し、その結果を経時的に比較してみた。健肢に比較して、患肢でより顕著な減少曲線が見られた。特に、2012年6月において最大減少値を示した。

図 11. 健肢 / 左下肢・容積

図 11. 健肢 / 左下肢・容積

図 12. 患肢 / 右下肢・容積

図 12. 患肢 / 右下肢・容積

4.初診時と再診時との両下肢の比較

 初診時と再診時に撮影した写真の比較では、再診時の方が、足関節の周囲付着筋や靭帯、足根骨や足指骨の様子がくっきりと撮影されていた。特に足背部の比較では、足指間のそれぞれの開き具合が、再診時ではっきりと改善されていることがよくわかる。

図 13. 初診時(2010/9/11撮影)

図 13. 初診時(2010/9/11撮影)

図 14. 再診時(2012/7/29撮影)

図 14. 再診時(2012/7/29撮影)

図 15. 初診時(2010/9/11撮影)

図 15. 初診時(2010/9/11撮影)

図 16. 再診時(2012/7/29撮影)

図 16. 再診時(2012/7/29撮影)

 IV.考察

 続発性リンパ浮腫は、リンパ節の郭清を起因に発症することが多く、蜂窩織炎※2をはじめとする二次感染症の問題をはらんでいる。

 実際に乳がんや子宮がんなどを罹患した患者さんにとっては、術後のセルフケアを含め、そうした免疫力の低下に伴う様々なリスクをいかに回避し、感染症から身を守るかは大変に切実な問題である。途中経過で、患者が右下肢にざわざわした感覚が皮膚に走ると言った訴え(最初の訴えは2011年1月初旬〜)には、リンパ管輸送の際に必要な側副路※3が形成されていることを伺わせた。本症例は、こうしたリンパ浮腫に大変有意義な医療徒手リンパドレナージと、自然治癒力を高めてくれる指圧治療を掛け合わせることで、複合的な相乗効果を生み出せる可能性を示唆した。

※2蜂窩織炎…皮下組織に起きる広範囲の急性炎症のこと。発赤、38度を超える発熱、痛みを伴い、浮腫症状が増悪する場合がある1)。リンパ浮腫の合併症としては、最も避けなければならない疾患である。

※3側副路…迂回路、バイパス。手術や外傷などで深部リンパ管が損傷されて、一部の表在リンパ管が障害を起こしても、身体機能は何とかしてリンパ液を心臓へ戻そうとして、脇道を使って戻そうとする。その際に、この側副路の形成の有無が、大変重要な役割を果たす。

V.結語

 医療徒手リンパドレナージと指圧治療を複合的に施療することにより、続発性リンパ浮腫の症状および随伴症状を軽減できる可能性がある。

VI.参考文献

1)特定非営利活動法人 日本医療リンパドレナージ協会:【浮腫総論】「代表的なリンパ浮腫の分類」11〜12, 「合併症について」14, 【臨床総論】「主治医との連携 加療経過報告書」3, 「臨床の記録 予診表、所見、周囲径計測表」4〜6, 【医療リンパドレナージの実際(基礎編)】「基本手技」3, 【臨床各論】「続発性下肢リンパ浮腫の処置」13〜14, 17〜18, 医療リンパドレナージセラピスト初級・中級講習会配布資料, 2010
2)独立行政法人国立がん研究センター がん対策情報センター:部位別がん死亡数の推移 男性・女性  ホームページより引用
3)土屋勇夫:触れるを学ぶ, p.6, 第34回鍼灸マッサージ学会「手技療法講習会」配布資料, 2011
4)石塚 寛:指圧療法学, pp.160-166, 178, 182, 国際医学出版株式会社, 東京, 2008


【要旨】

下肢のリンパ浮腫に対するアプローチ
中盛祐貴子

 子宮頸がんのため、広範子宮全摘出術を行った患者に対し、「フェルディ式複合的理学的療法」と「指圧治療」の両者を併用し施療を行い、左右下肢7点の計測基準点の周囲径計測値および下肢容積の変化を評価した。その結果、全ての計測値が減少した。よって医療徒手リンパドレナージと指圧治療を複合的に施療することにより、続発性リンパ浮腫の症状および随伴症状を軽減できる可能性がある。

キーワード:リンパ浮腫、子宮がん、下肢、リンパドレナージ、指圧、むくみ