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成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果:菅谷 愛

菅谷 愛
日本指圧専門学校 指圧科

Physiological and Psychological Effects of Abdominal Shiatsu Treatment for Adult Female

Ai Sugaya

 

Abstract : This report studies the physiological and psychological effects of abdominal shiatsu treatment (20 points) on an adult female. Salivary amylase and circulatory dynamics (blood pressure and pulse rate) were used as indices for physiological evaluation. A subjective symptom questionnaire prepared by the Working Group for Occupational Fatigue was used as an index for psychological evaluation. No physiological or psychological changes due to shiatsu were observed in this study. Since the results may have been affected by fluctuations in sex hormones, in future studies a detailed analysis that takes sex hormone fluctuations into account would be desireable.

Keywords: abdominal shiatsu treatment,salivary amylase,heart rate,blood pressure,subjective symptom questionnaire ,adult female


I.はじめに

 近年、女性の生活は、多様な変化を遂げ、家庭環境及び職場環境において多くの女性が様々なストレスに曝されながら生活をしており1)、ストレス因子が与える生理的、心理的な影響による健康被害が懸念されている2)
 このような背景から、ストレスケアを目的として補完代替医療である手技療法への関心が高まっている3)。女性のストレスケアを目的とした手技療法の有効性は、フットマッサージ4)、ハンドマッサージ5)6)を用いた例などで複数報告されている。
 指圧療法においては、全身指圧により心理的指標が改善した例が報告されているが7)、今回は女性の多様な生活スタイルに取り入れやすいように配慮し、時間的制約及びセルフケアの観点などから、短時間で実施でき、自己施術も容易な腹部指圧20点の有効性について検討を行ったので報告する。

Ⅱ.方法

1.対象

 健康成人女性10名

 平均年齢35.6±13.8歳(±SD)

 無作為割り付けを行い、A班5名、B班5名に振り分けた。

2.場所・期間・環境

 場所:日本指圧専門学校指圧研究室

 期間:2017年7月12日~7月31日
 唾液アミラーゼ活性の日内変動を考慮して8)、実験実施時間は13時30分から15時30分の間と設定した。

 環境:平均気温25.00±0.76℃(±SD)

 平均湿度66.86±4.67% (±SD)

3.評価項目

(1)生理的評価
 唾液アミラーゼ活性を唾液アミラーゼモニター(NIPRO CM-3.1)を用いて測定した。
 血圧、脈拍数をデジタル自動血圧計(OMRON HEM-762)を用いて測定した。

(2)心理的評価
 日本産業衛生学会・産業疲労研究会作成の自覚症しらべ9)を用いて測定した。
 自覚症しらべは25の質問項目からなり、「Ⅰ群:ねむけ感」、「Ⅱ群:不安定感」、「Ⅲ群:不快感」、「Ⅳ群:だるさ感」、「Ⅴ群:ぼやけ感」の5因子構造を持つ。25項目それぞれに、1:まったくあてはまらない、2:わずかにあてはまる、3:すこしあてはまる、4:かなりあてはまる、5:非常によくあてはまる、までのいずれか1つに〇をつける5段階評価方式である。合計スコアが高いほど、疲労感が高いことを示す10)

4.実験方法

 被験者にはあらかじめ実験について十分な説明を行い、同意を得て実験を行った。

(1)実験手順
 指圧刺激による介入を行う場合(以下、刺激群)、被験者に水でうがいをさせ、5分間仰臥位閉眼安静後、1回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測1回目)。次に、指圧施術を3分間行った直後、2回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測2回目)。その後、5分間仰臥位閉眼安静後、3回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測3回目)。
 指圧刺激による介入を行わない場合(以下、無刺激群)、被験者に水でうがいをさせ、5分間仰臥位閉眼安静後、1回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測1回目)。次に、3分間仰臥位閉眼安静後、2回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測2回目)。その後、5分間仰臥位閉眼安静後、3回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測3回目)。
 暴露順の影響を除外するために、刺激群と無刺激群の順番を逆にしたクロスオーバー試験とした。A班は刺激群、無刺激群、B班は無刺激群、刺激群の順番で実施した。繰り返し効果を除外するために刺激群と無刺激群の実施においては1週間以上の間隔を設けた。

(2)刺激方法
 仰臥位にて、浪越式基本指圧の腹部20点を両母指圧にて刺激した。刺激時間は腹部20点を1点圧3秒で3分間繰り返し行った。圧刺激は通常圧法(漸増、持続、漸減)にて、快圧で行った11)

5.解析方法

 刺激群、無刺激群それぞれで、計測1回目、計測2回目、計測3回目のデータ各間で対応あるt検定(Bonferroni 補正)を行った。
 有意水準は危険率5%未満(p<0.05)とした。

表1.生理的項目計測値一覧
表1.生理的項目計測値一覧

図1.生理的変化
図1.生理的変化

Ⅲ.結果

1.生理的変化

 生理的変化を表1、図1に示した。
刺激群、無刺激群ともに、唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数に有意な変化は見られなかった。

2.心理的変化

 心理的変化を表2、図2に示した。
 刺激群、無刺激群ともに、有意な変化は見られなかった。

表2.心理的項目計測値一覧
表2.心理的項目計測値一覧

図2.心理的変化
図2.心理的変化

Ⅳ.考察

1.生理的変化

(1) 唾液アミラーゼ
 唾液アミラーゼは、HPA(視床下部―脳下垂体―副腎系)、あるいはSAM(交感神経―副腎髄質系)の活性化に伴って分泌が増加するため、ストレス負荷に対するバイオマーカーとして用いられる12)
 これまでに健常成人を対象とした前頸部指圧によって唾液アミラーゼが指圧5分後に有意に減少することが報告されており13)、この結果から、前頸部指圧は抗ストレス作用を有することが示唆される。
 本調査では、同じ指圧療法による腹部指圧(20点)の有効性について調査を行ったが、同様の結果を示すことができなかった。理由としては、今回、対象者が女性であったため、女性ホルモンが唾液アミラーゼ活性に影響を与えた可能性が推察される。唾液アミラーゼは副交感神経が優位になる卵胞期と比較して、交感神経が優位になる黄体期に活性が高まることが報告されており14)、女性ホルモン分泌は、加齢とともに個体差が大きくなり、全体的に減少傾向を示す15)。本調査においては、対象者の月経周期並びに年齢的要素において、区分けを行わなかったため、これらの因子が影響し、唾液アミラーゼ活性に変化がみられなかった可能性が考えられる。

(2)循環動態
 これまでに健常成人を対象とした腹部指圧によって、血圧及び脈拍数が有意に減少することが報告されている16)17)。この結果から、腹部指圧による全身的な影響として、延髄の心臓中枢を介した上脊髄性の反射による心臓副交感神経亢進作用並びに心臓交感神経抑制作用の両方またはどちらか一方の作用が示唆される。
 しかし、本調査では同様の結果を示すことができなかった。今回、対象者が女性であったため、唾液アミラーゼ活性と同様に、女性ホルモンが循環動態に影響を与えた可能性が推察される。女性ホルモンによる循環動態への影響として、エストロゲンには血管拡張による血圧低下作用、プロゲステロンには心拍数の増加作用並びに血管収縮による血圧上昇作用があることが知られている18)。よって、本調査においては月経周期の影響により、循環動態に変化がみられなかった可能性が考えられる。

2.心理的変化

 女性ホルモンとストレス反応について、女性ホルモンであるエストロゲンには、ストレス負荷によって交感神経系が活性化された際に分泌されるノルアドレナリンの最終産物であるMHPG(3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol)を低下させる作用、並びにHPA(視床下部―下垂体―副腎皮質系)の反応抑制作用を有することが報告されている19)。月経周期別の疲労感は、副交感神経が優位になる卵胞期と比較して、交感神経が優位になる黄体期に感じやすい傾向であることが報告されている20)
 これらのことから女性のストレス反応は、エストロゲンの作用により男性と比較して低い傾向にあること、並びに月経周期により影響を受けることが示唆される。よって、本調査においては対象者の性別特性及び月経周期の影響により、心理的変化がみられなかった可能性が考えられる。
 また、実験手順において、安静閉眼後に行うアンケート調査の介入が、心理的障壁となり、結果に影響を与えた可能性も推察される。
 今後は対象者の性ホルモン動態並びに実験手順を考慮した詳細な検討をする必要があると考える。

Ⅴ.結語

 成人女性を対象とした腹部指圧(20点)の効果について以下のことが明らかになった。

 1.生理的変化はみられなかった。

 2.心理的変化はみられなかった。

 実験結果には性ホルモン動態の影響が推察されるため、今後は対象者の特性に考慮した詳細な検討が望まれる。

Ⅵ.謝辞

 本調査に対してご指導いただいた金子泰隆先生、大木慎平先生をはじめご助言をくださった先生方、実験にご協力いただきました本校学生の皆様に心より感謝いたします。

参考文献

1)厚生労働省HP:平成28年度版 働く女性の実情,http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/16.html
2)女性労働協会HP:働く女性の健康に関する実態調査結果:http://www.jaaww.or.jp/about/pdf/document_pdf/health_research.pdf
3)今西二郎:医療従事者のための補完・代替医療,金芳堂,2009
4)米山美智代 他:生理的、心理的ストレス指標からみた健康な成人女性に対するフットマッサージの効果,日本看護技術学会誌8(3);p.16-24,2009
5)佐藤都也子:健康な成人女性におけるハンドマッサージの自律神経活動および気分への影響,山梨大学看護学会誌4(2);p.25-32,2006
6)大川百合子 他:健康な成人女性に対するハンドマッサージの生理的・心理的反応の検討,南九州看護研究誌9(1);p.31-37,2011
7)大木慎平:全身指圧による心理的影響を測定した一例,日本指圧学会誌4;p.7-10,2015
8)山口昌樹 他:唾液アミラーゼ式交感神経モニタの基礎的性能,生体医工学45(2);p.161-168,2007
9)産業疲労研究会HP:自覚症しらべ
10)瀬尾興彦:新版「自覚症しらべ」調査票の利用にあたって,労働の科学57(5);p.45-46,2002
11)石塚寛著:指圧療法学,国際医学出版,2010
12)井澤修平 他:唾液を用いたストレス評価―採取及び測定手順と各唾液中物質の特徴―,日本補完代替医療学会誌4(3);p.91-101,2007
13)衞藤友親:前頸部指圧による抗ストレス作用―唾液アミラーゼ変化より考察―,日本指圧学会誌5;p.19-23,2016
14)喜多村尚 他:女子大生の月経周期における唾液分泌反応の日内変動,日本栄養・食糧学会誌63(2);p.79-85,2010
15)内田さえ 他:生理学 第3版,医歯薬出版
16)小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌22;p.40-45,1998
17)井出ゆかり 他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌23;p.77-82,1999
18)山本真千子 他:正常性周期における自律神経活動の変化,日本不整脈心電図学会誌22(6);p.626-632,2002
19)山田茂人:ストレス反応の男女差,精神神経学雑誌112(5);p.516-520,2010
20)大平肇子 他:卵胞期・黄体期における疲労感および精神負担感,人間工学52;p.156-157,2016


【要旨】

成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果
菅谷 愛

 本研究では成人女性における腹部指圧(20点)が与える生理的・心理的効果について調査を行った。生理的評価には唾液アミラーゼ及び循環動態(血圧、脈拍数)を指標に用いた。心理的評価には自覚症しらべ(産業疲労研究会作成)を指標に用いた。

 実験の結果、指圧による生理的・心理的変化はみられなかった。結果には性ホルモン動態の影響が推察されるため、今後は、性ホルモン動態を考慮した詳細な検討が望まれる。

キーワード:腹部指圧、唾液アミラーゼ、心拍数、血圧、自覚症しらべ、成人女性


礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報):大木 慎平,本多 剛

大木 慎平,本多 剛
日本指圧専門学校 専任教員

Second Report on Volunteer Shiatsu at Rekisen Marathon: Survey Report

Shinpei Oki, Tsuyoshi Honda

 

Abstract : On November 27th, 2016, volunteer shiatsu therapists treated 40 runners at the Forty-Second Rekisen Marathon. Thirty-eight of the runners answered a post-race survey asking them about the areas where they felt fatigue or pain and how their level of general fatigue changed before and after shiatsu treatment.
The most common areas that people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower legs, the thighs, and the shoulders. Thirty-six out of 38 runners reported a decrease in general fatigue.

Keywords: shiatsu, sports, volunteer, survey, marathon


I.はじめに

 文京区青少年対策礫川地区委員会主催の第42回礫川マラソンが平成28年11月27日に開催された。
 日本指圧専門学校は、地域に根づいた学校としてこの大会に協賛し、レースを終えたランナーに対して本校学生が指圧施術をするボランティアを毎年行っている。
 前年に小松ら1)によりランナーのレース後の不調部位や、指圧によりどの程度改善するかなどのアンケート調査が行われているが、本年も引き続きレース後の礫川マラソン出場者に対し、アンケート調査を実施した。
 本年は新たに日本指圧学会によって作成されたアンケートを用い、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化を調査したので報告する。

Ⅱ.方法

 日時 :平成28年11月27日(日)

 場所 :日本指圧専門学校 第三実技室

 施術者:日本指圧専門学校学生1~3年生
 (すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作2)を習得している)

 対象 :第42回礫川マラソン参加者中、競技終了後にボランティア指圧を受け、かつアンケートに回答した者(40名)
 使用したアンケート用紙は平成28年度日本指圧学会冬季学術講習会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを用いた(図1、2)。指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明し、アンケートの設問1~5までを回答してもらった。その後、ランナーの不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を15~30分の時間内に施術し、その直後にアンケートの設問6~7までを回答してもらった。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。
 なお、今回のアンケート結果の解析は、設問2、4、5、7で有効回答が十分に得られなかったため、設問1、3、6でのみ行った。

図1.アンケート 説明用紙
図1.アンケート 説明用紙

図2.アンケート 記入用紙
図2.アンケート 記入用紙

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した40名のうち、設問1、3、6の有効回答数は38名だった。

・設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労及び痛む部位で最も多い回答は第1位が下腿(15.8%)、第2位が大腿(13.9%)、第3位が肩(12.7%)、第4位が腰・背中(8.9%)、第5位が殿部(7.6%)となった(表1、図3)。また、設問1は複数回答可のため、合計回答数は158箇所だった。

・設問3、6…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのVASは、減少が36名、増加が1名、変化なしが1名だった(図4)。平均は、施術前が62.18±19.88(mean±SD)、施術後が23.21±17.83で(図5)、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図3.疲労・痛みを自覚する部位別件数
図3.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図4.施術前後のVASの変化
図4.施術前後のVASの変化

図5.施術前後のVASの平均
図5.施術前後のVASの平均

Ⅳ.考察

・疲労や痛みを自覚する部位について

 前年の小松らの調査1)では疲労及び痛む部位で多かった回答は大腿・下腿が上位を占めたが、本年においても下腿が1位、大腿が2位と同様の傾向を示した。前住らは市民マラソン中に沿道で救護対象となったランナーの症状は、膝の関節痛、筋肉痛、こむら返りといった下肢痛や下肢痙攣が最も多かったことを報告しており3)4)、長距離走では足部や膝関節に繰り返し掛かる衝撃により下腿・大腿部の筋にストレスが蓄積し、障害へとつながっていくものと推察される。本大会には小中学生から中高年まで様々な年齢層の市民が参加しており、マラソンの練度にも幅があったためこれらの報告と同様の傾向を示したものと考えられる。
 目を引くのは3~4位を肩・腰・背中と体幹部が占めた点だが、2011年と2012年の東京夢舞マラソンで行われた衞藤らの同様の調査5)6)でも、腰痛の有訴率は3位と比較的高い割合を占めており、マラソンと腰痛の関連性を窺わせる結果となっている。マラソンによる腰痛の原因は様々あると思われるが、下肢の筋緊張が先行することで、ハムストリングスや大殿筋などの股関節伸筋群の過緊張により生じる骨盤前傾制限や、大腿四頭筋・腸腰筋・大腿筋膜張筋などの股関節屈筋群の過緊張により生じる骨盤後傾制限なども一つの要因として考えられる。また、厚生労働省は有訴者率の多い症状として、腰痛が男性で1位、女性で2位、肩こりが女性で1位、男性で2位であることを報告している7)。そのため、そもそも我が国においては腰痛や肩こりを有する割合が非常に高く、もともと腰痛・肩こりを日常的に有していたか、長距離のマラソンにより、素因として有していたそれらの症状がより増強され、今回のアンケートの結果に反映されたのではないかと推察される。

・全身の疲労度合いについて

 指圧施術前後の疲労度は、前年の小松らの報告1)とほぼ同様に約95%の被験者で改善がみられた。この結果は、競技直後のマラソンランナーに対する指圧によるケアの有用性を支持するものと考える。ただし、有害事象として1名においてVASの数値の増加がみられた。これはレース直後の疲労した筋に対して指圧が過剰刺激となってしまい、いわゆる「もみ返し」が生じてしまったケースと推察される。有害事象の発現を防ぐためにも、コンディショニングに際しては競技者の反応を十分に観察し、刺激量について細心の注意を払う必要があると考える。

・アンケートの運用について

 今回は、日本指圧学会作成のアンケート用紙を使用した初めての調査となったが、現場での運用から様々な問題点が表出する結果となった。まず、人体図に印をつける設問1、2だが、印を文字につけるのか絵につけるのかわかりづらいとの声が多く聞かれたほか、字が細かすぎて判読できない、設問2があることにそもそも気づかないというケースも多くみられた。これらは設問2の有効回答の少なさに反映されていると推察されるので、一目で判別できるように図の簡略化、フォントサイズの調整などが望まれる。また、一般に想像される治療院などでの臨床現場では、既存のアンケートでも有効な回答が得られると予想されるが、競技終了直後の興奮・疲労状態にある選手に対しては記入方法の説明が十分に理解されなかったり、設問が細かすぎる可能性がある。そのため、ボランティアやスポーツ現場など、慌ただしい環境で使用するアンケートについては別に設ける必要性も考えられる。
 上記の点を改善点とし、より有用なアンケートの作成を次回の課題としたい。

Ⅴ.結論

 第42回礫川マラソン出場ランナーに対して指圧施術とアンケートを行い、40名中38名で有効回答が得られた。38名中、36名で施術前後の疲労及び痛みのVASに改善がみられた。また、疲労及び痛みを感じる部位で最も多い回答は下腿だった。

参考文献

1)小松京介,本多剛,大木慎平 他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌5,p.24-27,2016
2)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,p.78-126,国際医学出版,東京,2016
3)前住智也,田中秀治,徳永尊彦 他:市民マラソンにおける沿道での要救護者の傾向と体制整備の条件,日臨救医誌11,p.224
4)前住智也,田中秀治:マラソンにおける脱水時の経口補水液(OS-1®)の効果に関する検討,国士舘大学体育研究所報28,p.65-69,2009
5)衞藤友親,宮下雅俊,石塚洋之 他:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌1,p.31-34,2012
6)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌2,p.37-40,2013
7)厚生労働省HP:平成25年国民生活基礎調査の概況,2013


【要旨】

礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報)
大木 慎平,本多 剛

 平成28年11月27日開催の第42回礫川マラソンに指圧ボランティアとして参加し、レースを終えたランナーに対し、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化をアンケート用紙を用いて調査した。指圧を受けた40名のうち、アンケートの有効回答数は38名だった。
 その結果、痛みや疲労を感じる部位で最も多かったのは下腿、大腿、肩の順となった。また、全身の疲労度合いは38名中36名で改善がみられた。

キーワード:指圧、スポーツ、ボランティア、アンケート、マラソン


線維筋痛症に対する指圧治療:作田 早苗

作田 早苗
りんでんマニピ指圧治療院

Shiatsu Treatment for Fibromyalgia: a Case Report

Sanae Sakuta

 

Abstract : This report examines the progress of subjective symptoms in the case of a 50-year-old female patient diagnosed with fibromyalgia. Following 163 shiatsu treatments between March 2015 and January 2017, the unbearable pain she had been experiencing throughout her body had been reduced to the extent that she sometimes forgot it was there. This suggests that the full body shiatsu therapy treatment resulted in increased muscle pliability and improved autonomic nervous function.

Keywords: shiatsu, fibromyalgia


I.はじめに

 線維筋痛症は発症年齢の多くが30~50代で、日本における男女比は男性16.8%:女性83.2%であり、いわゆる働き盛りの女性に多いのが特徴である。長期間にわたる激しい痛みの為、生活の質(QOL)が著しく低下し、社会的にも大きな問題を招いているにもかかわらず、進行例が多いことや、臨床像の複雑さもあり、原因がわからずドクターショッピングを繰り返している患者も多い1)。線維筋痛症は米国リウマチ学会(ACR)で1990年に定義が成立した歴史の浅い疾患であり2)、我が国においても厚生労働省により調査研究が開始されたのは2000年代に入ってからのことである3)
 症状としては、原因不明の全身の疼痛を主症状とし、不眠、うつ病などの精神神経症状、過敏性腸症候群、逆流性食道炎、過活動性膀胱などの自律性神経症状を随伴症状とする病気である。また、ドライマウス、ドライアイなどの粘膜等の障害が高頻度に合併することがわかってきている。疼痛は、腱付着部炎や筋肉、関節などに及び、四肢から身体全体に激しい疼痛が拡散する。この疼痛発生機序の一つには下行性疼痛覚制御経路障害があると考えられている1)
 発症要因は、外傷・手術・ウイルス感染などの外的要因や、離婚・死別・別居・解雇・経済的困窮などの生活環境のストレスに伴う内的要因に大別される。これらの要因により慢性ストレスが生じ、神経・内分泌・免疫系の異常が引き起こされることで、疼痛シグナル伝達制御のシステムが著しく撹乱され、さらに多様な精神症状、疼痛異常が招かれると考えられている1)
 今回、線維筋痛症と診断された患者に対する指圧治療を約2年間(計163回)続けたところ、自覚症状の安定と軽快がみられたので報告する。

Ⅱ.対象および方法

 場所  :当治療院

 期間  :平成27年3月~平成29年1月(表1)

 施術対象:50代女性

 現病歴 :線維筋痛症(平成15年に診断)
 平成29年2月の病院での受診では、臨床症状重症度分類1)のステージⅢと判定された(表2)。痛みが強いときには整体院で強い圧の施 術を受けることで、痛みをごまかすような対処をしてきた。

 既往歴 :バセドウ病、慢性膵炎

 自覚症状:身体の内側から痛みが出てくるような感じ。全身の痛みに耐えられない。便秘気味。

 他覚所見:全身の筋硬直。話しながら常に体をさすり、「痛い。痛い。」と言っている。

 服薬  :

  • デパス®(エチゾラム):精神安定薬
  • マグミット®錠(酸化マグネシウム錠):制酸・暖下薬
  • カモスタット®(カモスタットメシル酸塩):膵疾患治療薬
  • リパクレオン®(パンクレリパーゼ):膵疾患治療薬
  • ポラプレジンク:消化性潰瘍治療薬
  • ガスコン®(ジメチコン):腸疾患治療薬
  • ファモチジン:消化性潰瘍治療薬
 (12年前の診断当初、リリカ®[プレガバリン]:鎮痛薬などを処方されたが、効果が十分でなく現在服用していない)

 治療法 :刺激部位、手順は浪越式基本指圧の全身操作に従ったが、頭部・腹部は母指圧、頭部・腹部以外は掌圧にて施術した。日常生活では、調子が良いときは軽いストレッチをし、入浴などで体を温めることを指導した。

表1.各月ごとの施術回数
表1.各月ごとの施術回数

表2.線維筋痛症の重症度分類(厚生労働省特別研究班)
表2.線維筋痛症の重症度分類(厚生労働省特別研究班)

Ⅲ.結果

 治療開始当初は背部を母指で軽く押していたが、頸部の緊張が緩和すると背部の緊張が強まったり、あるいはその逆の経過もみられた。それを受け、背部刺激を掌圧に変えたのちは、それらの変化はみられなくなった。

 また、発作時の痛む部位と硬結部位は一致しておらず、むしろ痛みのある部位は緊張していなくて、刺激を加えるとこわばってくることすらあった。そういったときは頭部・顔面(眼の周囲)を軽く掌圧したり、腹部の施術を行うことで痛みが緩和する傾向にあった。

 VAS(Visual Analog Scale)値は初診のH27年3月が10だったが、H28年12月には調子が良いときで5.5になった(図1)。初回来院時は筋硬直とかなりの痛みが常にあり、発作がひどいときには痛みで二、三日は動けなくなり、寝たきりの状態になることもあった。しかし、治療を開始して2回目から、家に帰った後に身体が楽になっているのを自覚するようになった。

 現在は、調子が良いときには痛みを忘れていることもあり、また、発作時の痛みも、歩いて来院できる程度になっている。治療開始当初は同じ姿勢でいられるのは伏臥位では20分、仰臥位では5分が限度であったが、現在では仰臥位も20分位までなら耐えられるようになった。

 また、以前は湯船で体を温めても症状が緩和するということはなかったが、現在は入浴すると楽になるという。便秘にも改善がみられた。

 患者曰く、症状の強さについては日内変動が激しく、季節の変わり目、気圧の変化によってもかなり大きな影響を受けているが、全体を通しては改善の方向に向かっているという。

図1.施術期間中のVASの経過
図1.施術期間中のVASの経過

Ⅳ.考察

 患者は線維筋痛症の診断を受けて以降、今まで病院や整骨院などに通っていたが症状の改善がみられず、整体などで強い圧により施術される痛みで元々の痛みを誤魔化すようにしてきたため、筋硬直が慢性的に生じることで痛みの常態化を引き起こしていたものと推測される。今回、指圧の軽い圧により全身施術を続けることで、筋の柔軟性が出てきた4)5)6)ことに加え、自律神経機能も改善されて7)8)9)血行が良くなり、痛みが少しずつやわらいでいったと考えられる。

 線維筋痛症は我が国においては人口の1.7%、推定患者数200万人以上と他のリウマチ性疾患と比較しても頻度の高い疾患であるにも関わらず、病態解明ならびに診療体制の整備も遅れている。さらには医師をはじめ、医療従事者にも本疾患に対する正しい情報が著しく欠落しているのが実情である1)。治療については痛みへの対応はもとより、心身両面に現れている不定愁訴への対応が重要である。線維筋痛症の症状も軽症のうちは温熱療法、マッサージなどの理学的治療法が比較的奏効する時期があり10)、指圧により同様の効果を得ることも十分可能であると考えられる。また、慢性化・重症化した例では薬物治療のみでは十分な治療効果が得られず、精神的ストレス緩和やリラクゼーションを目的とした生活指導など、心理社会的要因に対するアプローチが有効となるケースも多い10)。指圧療法においては、坐位指圧により緊張、抑うつ、怒り、疲労、混乱などのネガティブな感情の緩和や、活気などのポジティブな感情が励起されることが報告されており11)、指圧の身体面に対する効果だけでなく、心理的な面からの効果も期待される。

Ⅴ.結語

 線維筋痛症患者に対する約2年間の指圧治療により、症状の緩和がみられた。

参考文献

1)日本線維筋痛症学会:線維筋痛症ガイドライン2013,日本医事新報社,東京,2013
2)Wolfe, F, et al:The American College of Rheumatology 1990 Criteria for the Classification of Fibromyalgia,Arthritis and Rheumatis 33(2); p.160-172,1990
3)松本美富士,前田伸治,玉腰暁子,西岡久寿樹:本邦線維筋痛症の臨床疫学像(全国疫学調査の結果から),臨床リウマチ18(1);p.87-92,2006
4)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
5)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
6)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2003
7)栗原耕二郎 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34;p.129-132,2010
8)横田真弥 他:前頸部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌35;p.77-80,2011
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌36;p.15-19,2012
10)村上正人、武井正美、松川吉博、澤田滋正 他:線維筋痛症に対する心身医学的アプローチ,臨床リウマチ18;p.81-86,2006
11)Shinpei Oki, et al:Physical and Psychological Effects of the Shiatsu Stimulation in the Sitting Position,Health 9(8),2017


【要旨】

線維筋痛症に対する指圧治療
作田 早苗

 今回、平成15年に線維筋痛症の診断を受けた50代女性に対し、平成27年3月から平成29年1月にかけて計163回の指圧治療を施し、自覚症状の経過を追った。結果、全身の痛みに耐えられないほどであった状態が、痛みを忘れている時がある程度にまで軽快した。これは、指圧の全身施術により、筋の柔軟性が向上し、自律神経機能の改善が生じたためであると考えられる。

キーワード:指圧、線維筋痛症


富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告:本多 剛,大木 慎平

本多 剛,大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu in Nanto City, Toyama Prefecture: Survey Report

Tsuyoshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : On Saturday, August 5th, 2017, volunteer shiatsu therapists treated 43 residents of Nanto City, Toyama Prefecture at Gassho Zukuri Cottage, located in the Historic Village of Gokayama. Participants completed a survey in which they described the areas where they felt fatigue or pain and how their level of general fatigue changed following shiatsu treatment. Of the 43 participants, 39 valid responses were obtained. The most common areas that people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower back, the shoulders and the knees. Thirty-eight out of 39 people reported a decrease in general fatigue.

Keywords: shiatsu, volunteer, survey, middle-aged and elderly, National Livelihood Survey


I.はじめに

 平成29年8月5日(土)、富山県南砺市にある五箇山合掌の里「合掌造りコテージ」で指圧ボランティアを行った。本活動は、同市で訪問マッサージ業を営む55期卒業生の計らいで実現した。これまで、衞藤ら1)2)や小松ら3)は対象をマラソン大会出場者に限定した指圧施術効果のアンケート調査結果を報告しているが、今回は日常生活において活発な運動習慣のない一般市民を対象としたアンケート調査である。

Ⅱ.方法

 日時 :平成29年8月5日(土)

 場所 :五箇山合掌の里 「合掌造りコテージ」 羽馬家

 施術者:日本指圧専門学校2~3年生
     (すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作4)を習得している)

 対象 :富山県南砺市在住の一般市民で指圧施術を受け、かつアンケートに回答した者(43名)

 使用したアンケート用紙は平成28年度日本指圧学会冬季学術講習会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを用いた。

 指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明し、アンケートの設問1~5までを回答してもらった。その後、対象が不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を1時間程度行い、その直後にアンケートの設問6~7を回答してもらった。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図1.疲労、痛みを自覚する部位別件数
図1.疲労、痛みを自覚する部位別件数

図2.最も気になっている部位別件数
図2.最も気になっている部位別件数

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した43名のうち、有効回答数は39名だった。

・設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労及び痛む部位で最も多い回答は第1位が腰(20.4%)、第2位が肩(16.7%)、第3位が膝(7.7%)、第4位が背中(6.3%)、第5位が疲れ(5.0%)となった(表1、図1)。また、設問1は複数回答可のため、合計回答数は221箇所だった。

・設問2…設問1で回答したうち、最も気になっている部位

 最も気になっている部位の回答は腰が15名(38.5%)、肩が13名(33.3%)と大半を占め、次いで多かったのは膝の5名(12.8%)だった(図2)。

・設問3、6…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのVAS(Visual Analog Scale)は、減少が38名、変化なしが1名だった(図3)。平均は、施術前が49.05±23.23(mean±SD)、施術後が12.95±12.06で、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)(図4)。

・設問4、7…最も気になる部位の不満度

 最も気になる部位の不満度のVASは、減少が38名、増加が1名だった(図5)。平均は、施術前が56.49±25.86、施術後が11.95±13.10で、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)(図6)。

・設問5…最も気になる部位による日常動作の不自由度

 最も気になる部位による日常動作の不自由度の平均は、51.36±27.34だった。

図3.全身の疲労度合いー施術前後のVASの変化
図3.全身の疲労度合いー施術前後のVASの変化

図4.全身の疲労度合いー施術前後のVASの平均
図4.全身の疲労度合いー施術前後のVASの平均

図5.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの変化
図5.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの変化

図6.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの平均
図6.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの平均

Ⅳ.考察

 疲労及び痛む部位の回答で多かったのは腰と肩だった。この結果は、厚生労働省が行う国民生活基礎調査5)の有訴者率が高いものと一致しており、一般市民の大半が腰や肩に何らかの症状を有していることがうかがえる。今回の対象は中高年者が多く、加齢に伴う脊椎間の弾力性低下、運動不足による筋力低下等が不良姿勢を招き、腰痛や肩こりを助長していると考えられる。全身の疲労度合と最も気になる部位のVASは、対象の97%で改善が見られた。このことから、浪越式基本指圧の全身操作が不良姿勢による筋の緊張を緩和し、症状の改善につなげたものと推察される。白木原らは高齢者の腰背部痛は年齢、膝痛、骨塩量、圧迫骨折椎体数、腰椎前弯角、腰仙角、ADL、QOLと関連があることを報告しており6)、指圧治療での腰痛症状の改善により、高齢者のQOLの向上に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

 しかしながら、最も気になる部位のVASは、対象のうちで1名改善が見られなかった。これを単に有害事象として判断できるかは疑問だが、考えられる理由として、南砺市では指圧施術を受けられる場が少なく、日常生活において指圧を受ける機会がないことから刺激過多となってしまったことがあげられる。今回の施術時間は1時間ということもあり、初めて指圧を受ける者には長めであった。今後は対象の受療経験の有無を踏まえ、施術時間を随時変更することも必要であると考えられる。

 尚、今回は単回施術の報告であり、経過を追跡することが難しい。そのため、設問5についての考察は見送ることにする。

Ⅴ.結語

 富山県南砺市在住の一般市民に対して指圧施術とアンケートを行い、43名中39名で有効回答が得られた。39名中、38名で施術前後の疲労及び痛みのVASに改善が見られた。また、疲労及び痛みを感じる部位で最も多い回答は腰だった。

参考文献

1)衞藤友親,宮下雅俊,石塚洋之 他:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌1;p.31-34,2012
2)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌2;p.37-40,2013
3)小松京介,本多剛,大木慎平 他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌5;p.24-27,2016
4)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,国際医学出版,東京,p.78-126,2016
5)厚生労働省HP:平成25年国民生活基礎調査の概況,2013
6)白木原憲明,岩谷力,飛松好子 他:高齢者の腰背部痛と身体,生活および生活の質との関連,日本腰痛学会雑誌;p.65-72,2001


【要旨】

富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告
本多 剛,大木 慎平

 平成29年8月5日(土)、富山県南砺市の五箇山合掌の里「合掌造りコテージ」にて指圧ボランティアを行い、南砺市在住の一般市民に対し、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化をアンケート用紙を用いて調査した。指圧を受けた43名のうち、アンケートの有効回答数は39名だった。その結果、痛みや疲労を感じる部位で最も多かったのは腰、肩、膝の順となった。また、全身の疲労度合いは39名中38名で改善がみられた。

キーワード:指指圧、ボランティア、アンケート、中高年、国民生活基礎調査


平成29年日本大学陸上競技部沖縄合宿指圧ボランティアアンケート報告:石塚 洋之

石塚 洋之
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu at 2017 Nihon University Track and Field Club
Training Camp in Okinawa: Survey Report

Tsuyoshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : The survey was conducted at Nihon University Track and Field Club Training Camp, held March 15-18, 2017 in Okinawa. Before and after receiving shiatsu, athletes were asked to complete a questionnaire printed on both sides of an A4-sized sheet of paper, in which they circled the areas on a body diagram where they felt fatigue or pain and described their general fatigue level and symptom complaint level on a 100mm (=100 point) Visual Analog Scale (VAS). Data was compiled for each event category. All 15 throwing event athletes showed post-treatment improvement in general fatigue levels as measured on the VAS. Of 32 running event athletes, 29 showed improvement in their general fatigue levels. Of 14 jumping event athletes, 13 showed improvement in their general fatigue levels.All 15 throwing event athletes showed improvement in symptom complaint level, as measured on the VAS. Of 32 running event athletes, 27 showed improvement in symptom complaint level. Of 14 jumping event athletes, 12 showed improvement in symptom complaint level.
Concerning the body area where the athletes felt fatigue or pain, the top reply among throwing event athletes was the lower back (equal left and right), followed by the upper and middle back (equal left and right). For the running event athletes, the top reply was the right posterior thigh, followed by the right posterior lower leg. For the jumping event athletes, the top reply was the left posterior thigh, followed by the posterior lower leg (equal left and right).

Keywords: sport shiatsu, Namikoshi shiatsu, Visual Analog Scale, survey, track and field


I.はじめに

 2017年3月15日から18日に行われた日本大学陸上競技部沖縄合宿において、競技者が練習後、身体のどの部位に痛みを生じるのか、また全身の疲労度と症状の不満度が指圧によってどの程度改善されたのかを調査するためのアンケート調査を行った。その結果を競技別に集計したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

 日  時:2017年3月15日~18日

 場  所:沖縄県沖縄市(奥武山総合運動場、沖縄県総合運動公園陸上競技場)

 対  象: 日本大学陸上競技部沖縄合宿参加者(18~24歳の男女)の練習前、練習後指圧を受けアンケートで有効回答が得られた64名

 評価方法:
 使用したアンケート用紙は、平成28年日本指圧学会冬季学術大会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを一部改変して用いた(図1、図2)。改変した箇所は症状の項目(人体図右)で、この内容をオーバートレーニング症候群の徴候1)に変更した。
 施術前と施術後の全身の疲労度と症状の不満度を100㎜(=100ポイント)の長さのVAS(visual analog scale)にて計測した。また疲労および痛みの部位を、身体イラストに○印で記入するよう指示した。陸上競技には多種多様な種目があるため、これらを3つのカテゴリーに分け、投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)、走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)、跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)とに分けて集計を行った。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%未満(P<0.05)に設定した。

 施術方法:日本指圧専門学校スポーツ指圧トレーナー部課外実習参加者が、競技者の主訴に応じて15~30分の間で浪越式基本指圧2)を行った。

図1. アンケート説明用紙
図1. アンケート説明用紙

図2. アンケート記入用紙
図2. アンケート記入用紙

Ⅲ.結果

 アンケートの回答数は64例のうち、設問1の有効回答数は64例、設問3、6と設問4、7の有効回答数は61例だった。(調査期間の3日間で同一人物による回答もあったため、延べ回答数である)

設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

◆投てき種目(表1)
 腰部(左右同率)、次いで背中(左右同率)であった。

◆走種目(表2)
 右大腿後側、次いで左大腿後側であった。

◆跳躍種目(表3)
 左大腿後側、次いで右大腿後側であった。

設問3、6…全身の疲労度合い変化

◆投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)(図3)
 15例中15例に減少がみられた(100%)。増加した者、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は66.9ポイントで術後平均は31.8ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)

◆走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)(図4)
 32例中29例に減少がみられた(91%)。増加した者は32例中3例(9%)であり、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は72.7ポイントで術後平均は37ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は55.6ポイントで術後平均は73.6ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

◆跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)(図5)
 14例中13例に減少がみられた(93%)。増加した者は14例中1例(7%)、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は70.1ポイントで術後平均は42ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は66ポイントで術後平均は76ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

設問4、7…症状の不満度変化

◆投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)(図6)
 15例中15例に減少がみられた(100%)。増加した者、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は71ポイントで術後平均は34.7ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。

◆走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)(図7)
 32例中27例に減少がみられた(84%)。増加した者は32例中5例(16%)であり、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は71.8ポイントで術後平均は32.4ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は60.2ポイントで術後平均は75.6ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

◆跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)(図8)
 14例中12例に減少がみられた(86%)。増加した者は14例中2例(14%)、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は68.9ポイントで術後平均は36.4ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は42ポイントで術後平均は52.5ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

表1. 左右の疲労や痛み部位(投てき種目)
表1. 左右の疲労や痛み部位(投てき種目)

表2. 左右の疲労や痛み部位(走種目)
表2. 左右の疲労や痛み部位(走種目)

表3. 左右の疲労や痛み部位(跳躍種目)
表3. 左右の疲労や痛み部位(跳躍種目)

図3. 疲労度の施術前後VASの平均(投てき種目)
図3. 疲労度の施術前後VASの平均(投てき種目)

図4. 疲労度の施術前後VASの平均(走種目)
図4. 疲労度の施術前後VASの平均(走種目)

図5. 疲労度の施術前後VASの平均(跳躍種目)
図5. 疲労度の施術前後VASの平均(跳躍種目)

図6. 症状の不満度VASの平均(投てき種目)
図6. 症状の不満度VASの平均(投てき種目)

図7. 症状の不満度VASの平均(走種目)
図7. 症状の不満度VASの平均(走種目)

図8. 症状の不満度VASの平均(跳躍種目)
図8. 症状の不満度VASの平均(跳躍種目)

Ⅳ.考察

設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労や痛み部位の考察は競技動作のバイオメカニクスとも照らし合わせて深い解析が必要であり、ここでは推測の域を出ないため、今後の研究課題とさせていただきたい。しかし、今回の調査では、各種目を3つのカテゴリーに分け、各カテゴリーを比較して考えられることを述べる。また、今回の調査時期は陸上競技においてはシーズンイン直前であり、練習も競技動作を中心に行っており、この疲労や痛み部位の結果は純粋な競技動作によるものと考える。

◆投てき種目(表1)
 走種目、跳躍種目では下肢の症状が多いのに対して、投てき種目では体幹部での症状を訴える者が多いことから、体幹へのストレスが大きいことが言える。また、上肢の痛み疲労を訴える者が投てき種目では8例あった。これは跳躍種目での上肢症状を訴える者(表3)が全て棒高跳競技者であったことから、道具を扱うことが上肢への症状へと結びついているのではないかと推察できる。

◆走種目(表2)
 走種目、跳躍種目はともに走る動作が共通しているため、下肢への症状が多かったと考えられる。また、跳躍には殿部の痛みを訴える者が全くいなかったのに対して走種目には15%いたことが、跳躍との大きな違いである。

◆跳躍種目(表3)
 走速度が跳躍力に影響することが知られており3)、そのため走種目に似る結果になったと考えられる。

設問3、6…全身の疲労度合い変化

 過去のマラソン競技での衞藤ら4)、小松ら5)の報告でも、全身の疲労度合いは施術前後で改善の傾向を示している。浅井らの報告6)では指圧により筋の柔軟性の向上が認められており、15~30分の施術においても同様の効果が得られたと推察される。ただし、有害事象として4例においてVAS値の増加がみられた。これには、様々な理由が考えられるが、15~30分という時間では疲労が取りきれなかった。あるいは術者の刺激量が足りなかった等の術者側の問題と、疲労の回復に用いる手段の選択も視野に入れて考える必要がある。
 疲労回復に用いる手段という点から考えれば、その方法にはアクティブリカバリーとパッシブリカバリーがあり、指圧はパッシブリカバリーに分類される。疲労による筋の緊張には、前述の浅井らの報告でも効果が認められているが、筋肉中に溜まった乳酸に関してはアクティブリカバリーのような、有酸素運動を行う事での疲労回復がより直接的であると考えられ7)、競技者のコンディショニングに際しては施術者も疲労の度合い、練習の内容を十分に考慮したうえで判断することが重要であると考える。

設問4、7…症状の不満度変化

 衞藤ら4)、小松ら5)は、マラソン後のランナーに対する15~30分の指圧施術で疲労度の改善が生じることを報告しており、今回の調査においても同様の効果が得られたと推察される。ただし有害事象として7例においてVAS値の増加がみられた。このうち、2例は疲労度の変化も増加がみられている。残り5例は疲労度の変化は減少している。これらに関しては症状が急性外傷であるのか慢性障害であるのかなどを含めた、問診なども含めて考える必要があり今回の調査では「症状部位」としか聴取をしていなかったため、今後アンケートに施術者が評価し把握し得た情報を明記する必要もあると感じた。アンケートの改善点として次回の課題としたい。

 今回の報告と併せても、マラソンだけでなく陸上競技の疲労回復のケア、症状の緩和の手法としての指圧の有効性を啓発していく価値はあるものと考える。また、これまでの研究は市民マラソンでの報告でありスポーツ愛好家に対しての効果であるが、今回は陸上の専門競技者に行った調査であるため、指圧の上述の効果は専門競技者においても効果があると言える。よって競技レベルによる指圧効果の大きな差はないと推察される。

参考文献

1)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト4 健康管理とスポーツ医学,p.62,財団法人日本体育協会,東京,2011
2)石塚寛:指圧療法学,p.78-126,国際医学出版、東京、2008
3)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト5 検査測定と評価,p.145,財団法人日本体育協会,東京,2011
4)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌(2);p.37-40,2013
5)小松京介,本多剛,大木慎平他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌(5);p.24-27,2016
6)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌(25);p125-129,2001
7)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト6 予防とコンディショニング,p.277,財団法人日本体育協会,東京,2011


【要旨】

平成29年日本大学陸上競技部沖縄合宿指圧
ボランティアアンケート報告
石塚 洋之

 2017年3月15日から18日に行われた、日本大学陸上競技部沖縄合宿にてA4判両面印刷のアンケート用紙を用い指圧施術前と施術後の全身の疲労度と症状の不満度を100㎜(=100ポイント)の長さのVAS(visual analog scale)にて回答いただいた。
 また疲労および痛みの部位をイラストに記入する形式で回答いただいた。集計は競技種目ごとに分けて行った。
 その結果、全身疲労度のVASにて、投てき種目では15例中15例に減少がみられた。走種目では32例中29例に全身の疲労度の減少がみられた。跳躍種目では14例中13例に全身の疲労度の減少がみられた。
 また、症状の不満度のVASにて、投てき種目では15例中15例に減少がみられた。走種目では32例中27例に減少がみられた。跳躍種目では14例中12例に減少がみられた。
 疲労および痛み発生部位で最も多かったのは、投てき種目では腰部(左右同率)、次いで背中(左右同率)であった。走種目では、右大腿後側、次いで右下腿後側であった。跳躍種目では左大腿後側、次いで下腿後側(左右同率)であった。

キーワード:スポーツ指圧・浪越指圧・VAS・アンケート・陸上競技


ウマ指圧余談~腹部指圧に関する汎動物学的考察~:衞藤 友親

衞藤 友親
明治大学体力トレーナー

はじめに

 腹部への指圧は前頸部への指圧と並び、浪越式基本指圧の特徴的施術部位と認識されることがあります。腹部指圧は様々な症状に対して高い治療効果を導く施術部位であることが経験論的に知られ、その生理機序に関する科学的研究も進められていますが、その道のりはまだまだ途上であると思います。

 科学的研究は私たちの目指すべき「根拠に基づいた医療」の軸のひとつでもあります。論文を記すにはまず疑問点に着目し、実験スタイルをデザインし、被検者を募り、計測環境に気を配り、結果を統計処理し考察をまとめなければなりません。それはかなりの労力を要するものでありますが、その困難を乗り越えてこそより精度の高い「根拠に基づいた医療」に近づくものだと考えております。

 しかしながら他方、実験や臨床の事例に分類できない事象であっても指圧の科学的考察の補強に寄与し得る可能性も否定できません。科学的議論のきっかけになることも期待しつつ、腹部指圧が誘発する生理機序について汎動物学的観点から考察したいと思います。この方法は科学的根拠を踏まえた方法とは言い難いので、指圧研究のフィールドワーク的手法も模索しつつ随筆として記述します。

対象観察までの背景

 私は年間約40鞍程度ウエスタンスタイルで騎乗する乗馬愛好者です。以前、ウマを対象として前頚部指圧の研究1)をしました。研究では普段からよく利用する御殿場市と山中湖村にある乗馬クラブのウマたちを対象としました。ウマにもイヌのように様々な種類があり、主に乗用とされるのはアラブ、クォーター、アパルーサ、ミックスなどです。

 他方、それら一般的な乗用馬とは別に、古来より日本国内で農耕や戦闘や運搬等に用いられていた種類もいます。これらいわゆる在来馬は現在よく目にする馬種より小型で、性格も温厚であるとされています。しかし明治期には富国強兵政策の一環である馬匹改良計画の下に、在来馬と大型種の交配が奨励されました。その結果、在来馬は政策の行き渡らなかった半島の先端や離島など全国に8種を残すのみとなりました。更に時代が下り、今や農耕や運搬も機械化され、在来馬の役割も乗用やホースセラピーなどに限定されています。故に頭数の維持が課題となっています。

 沖縄県には島が多いので、前述の理由により宮古馬と与那国馬と言う在来馬が生息しています。特に与那国馬は一般社団法人ヨナグニウマ保護活用協会の活動により積極的な利活用の道が模索されています。

 与那国島では南国の気候を活かして、騎乗したままウマと一緒に海に入っての常歩(なみあし)や速歩(はやあし)を体験できます。また騎乗だけでなく尻尾につかまって泳いだり、海水で馬体を洗ったりマッサージしたり、砂浴びをさせたりすることもプログラムに含まれ、それらを「海馬(うみうま)遊び」と呼んでいます。

図1 地上での与那国馬の腹部
図1 地上での与那国馬の腹部

図2 海中での与那国馬の腹部
図2 海中での与那国馬の腹部

状況

 2015年9月、乗馬愛好者としてかねてより興味のあった海馬遊びを与那国島ナーマ浜にて体験する機会を得ました。ウマとふれあい、馬体を洗い、マッサージをしたその時、馬体の腹部の形状の違いに気付きました。ウマはイヌやネコに比べれば身近な動物ではないので、ウマの腹部に触れる機会は滅多に無いと思いますが、普通に乗馬を楽しむ場合でもブラシをかける時に腹部に触れます。まして筆者の場合、基本的に騎乗後にはウマに指圧とマッサージを施すので、ウマの腹部には日常的に触れ慣れていました。故に海馬遊びの時のウマの腹部の形状には驚きました。ウマが仰臥位で腹部指圧を受けたならば、まさにこの形状になるだろうな、と直感しました。

 与那国馬は体高(地上から肩の一番高いところ、およそ第2~4胸椎棘突起付近までの高さ)が110~120cmと他種に比べて低く、海中に四肢が浸かった状態でも腹部に触れるのは容易でした。常態が四足歩行のウマの内臓は、前肢と後肢の間にぶら下がっている状態で存在し機能しています(図1)。四足歩行の動物が体側(胴体)の下から3分の2くらいまで水に浸かった場合、浮力により内臓全般が脊柱側(上方)に押し上げられることにより、陸上では触知困難な肋骨弓が触知可能となります(図2)。この、腹部に圧力(浮力)が与えられた状態の与那国馬の腰背部脊柱両側に指圧を施したところ鼻孔が水面に浸かるほどに頭を下げる様子が観察されました(図3)。

図3 海中にて指圧中の筆者と与那国馬
図3 海中にて指圧中の筆者と与那国馬

考察

 旅行中の体験だったので、残念ながら心拍計等による計測はできませんでした。しかし、指圧を施された与那国馬が鼻孔を水面に浸けても平気なくらいに頭を垂れていることから、おそらく呼吸数が減少していることが推察されます。指圧をしなかった他の個体にはこの様な姿は見られなかったので、四肢および腹部を海水に浸しただけでは観察されない反応だと考えます。野生動物において腹部の圧迫は溺死の危険もしくは仰臥で被食者としての状況など、生命の危機を意味するものと考えます。

 水圧・水温・刺激部位・種別など相違点は多々あるものの、ヒトにおいても水に顔を浸けると心拍数が減少する潜水反射2)があることが知られています。呼吸数の減少は防衛反応の一種とも考えられます。ヒトの腹部への指圧では心拍数の低下4)、血圧の低下5)、立位体前屈の改善6)、胃の蠕動運動の増大7)、瞳孔直径の縮小8)などが報告されています。呼吸数の直接計測の報告はありませんが、心拍数の低下から呼吸数の低下が類推されます。少々強引ではありますが、ヒトとウマは腹部指圧によって同じような生理反応が起こる可能性があり、ウマの前頚部に指圧を施した研究3)を補強するかもしれません。更に、前頚部に始まり腹部に終わる浪越式基本指圧の施術順序の合理的説明のヒントとなるかもしれません。

 また、ヒトでは胃の蠕動運動に関しては前頚部への指圧では増大せず9)、瞳孔直径は前頚部への指圧中ではなく直後から縮小する10)ことも報告されています。

 ヒトも動物の一種である以上、千変万化する自然環境に適応しながら生活してきたことは想像に難くありません。生命の危機に瀕した場合に、より高確率での生命維持メカニズムを発動した個体たちの末裔が現在のヒトであるとも言えます。そこで培われたメカニズムのひとつ又はいくつかの複合体が現在「自然治癒力」と呼ばれている能力なのではないかと考えます。前頚部の指圧で惹起されない反応が腹部では観察されたり、前頚部のみでも腹部のみでも同様の反応が観察されるものの、発現までに時間差があったりと、何万年もかけて編み出されたであろうメカニズムを理解するには、より多方面からの切り口が必要な気がします。また、なぜ指圧がそれらの自然治癒力発動のスイッチと成り得るのかを解明していくにはまだまだ時間がかかりそうです。

おわりに

 今後も指圧に対する「なぜ?」を日常的に心に抱きながら、多方面の方々の協力に感謝して研究を続けていきたいと思います。

参考文献

1)衞藤友親:ウマを対象とした前頚部指圧による心拍数の変化,日本指圧学会誌(3);p.16-19,2014
2)山本義春:脳と心―水中と陸上でのヒト―.http://www.p.u-tokyo.ac.jp/~yamamoto/jres_12/jres_12.html
3)衞藤友親 他:前頚部指圧による呼吸商の変化,日本指圧学会誌(1);p.11-13,2012
4)小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌22号;p.40-45,1998
5)井出ゆかり 他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌23号;p.77-82,1999
6)宮地愛美 他:腹部指圧刺激による脊柱の可動性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌29号;p.60-64,2005
7)黒澤一弘 他:腹部指圧刺激による胃電図の変化,東洋療法学校協会学会誌31号;p.55-58,2007
8)栗原耕二朗 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34号;p.129-132,2010
9)加藤良 他:前頚部指圧が自律神経機能に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌32号;p.75-79,2008
10)横田真弥 他:前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌35号;p.77-80,2011


ウマ指圧余談
~腹部指圧に関する汎動物学的考察~
衞藤 友親


前頸部指圧による抗ストレス作用―唾液アミラーゼの変化より考察―:衞藤友親

衞藤 友親
明治大学体力トレーナー

Anti-stress effect of Shiatsu to the Anterior Cervical Region ―Study based on changes to salivary amylase secretion―

Tomochika Eto

 

Abstract :  Past research has suggested that shiatsu to the anterior cervical region may stimulate secretion of anti-stress hormones. Building on this past research, this report examined effects of shiatsu to the anterior cervical region on salivary amylase secretion and heart rates of twelve healthy subjects. Contrary to our hypothesis, some subjects showed an increase in salivary amylase secretion while others showed a decrease, and salivary amylase secretion did not correlate with the decrease in heart rate. Five minutes after treatment, however, both salivary amylase secretion and heart rate significantly decreased. These results suggest that shiatsu to the anterior cervical region may decrease stress.

Keywords: shiatsu anterior cervical region, salvary amylase, heart rate, stress


Ⅰ.諸言

 浪越式基本指圧において前頸部は他の部位に先行して施術される。

 これまでの研究により前頸部指圧が全身に影響を及ぼす事象が報告1)2)3)4)されており、前報5)において前頸部指圧が HPA軸(視床下部 -下垂体 -副腎系、hypothalamic-pituitary-adrenalaxis)の亢進に関与している可能性を指摘した。そこで今回は前頸部を指圧すると実際に HPA軸が亢進し、関連する抗ストレスホルモンが分泌されているかを検討した。

 血中コルチゾールを指標としたいところだが、実験の経済性と妥当性を鑑み、また非侵襲性に試料を採取可能なことから唾液アミラーゼを指標とした。また、唾液アミラーゼはストレスの評価6)にも用いられることから、副次的に前頸部指圧とストレスの関係についても調査した。

Ⅱ.方法

1.対象

健康成人 12名(男性 6名・女性 6名)年齢 18~ 44歳(平均 28.1歳)

2.実験期間

2016年7月22日~ 8月8日

 唾液アミラーゼ分泌には日内変動がある6)ため、時間は 15~ 18時の間とした。

3.場所

明治大学和泉総合体育館測定室B

4.環境

室温24.0±1.0℃ ,湿度56±4%

5.測定機器

唾液アミラーゼモニター(NIPRO社製 DM-3.1)

ベッドサイドモニタ(日本光電社製BSM2401)

6.手順

 事前に被験者には実験手順について十分な説明を行い、同意の上で行った。

 被験者に心拍計測用ディスポーサブル電極を装着し、口腔を洗浄するため水でうがいをさせ、肘かけ背もたれ付きの椅子に着席ののち5分間安静を保った。5分間経過後に1回目の唾液の採取と計測を行った(図1)。

 計測後、前頸部7)4点3回を左右ともに約1分間(1点約2秒×4点×3回×左右+移動時間≒ 60秒)快圧にて指圧した。指圧直後に2回目の唾液計測を行った。

 2回目の計測後、更に5分間の安静後に3回目の唾液計測を行った。

7.記録

 唾液アミラーゼの計測値はディスプレイに表示された数値をノートに記録するとともに、写真撮影による記録も並行して行った。

 心拍数は、被検者に装着した電極からの信号をワイヤレスで受信した測定器と連動した PCに自動的に記録され、それぞれの唾液摂取時点の値を全測定終了後に抜き出してノートに記録した。

8.解析

 唾液アミラーゼ、心拍数ともにうがい後5分間安静を保った時点の値を開始時点のデータとし、指圧直後および指圧5分後のデータ各間で対応あるt検定(Bonferroni補正)を行った。 有意水準は危険率5%未満(p<0.05)とした。

 唾液アミラーゼと心拍数の相関についてはピアソンの相関係数を用いて判定した。

9.唾液アミラーゼ測定器について6)

 NIPRO社製唾液アミラーゼ測定器(商品名:唾液アミラーゼモニター)はテストストリップ(商品名:チップ)を用いて採取した唾液を、機器本体に挿入し一定の操作をすることでテストストリップに内蔵された2種類の媒体、即ち唾液採取紙とアミラーゼ試験紙によって反応させたのち、アミラーゼを数値化して表示する仕組みである。交感神経の活動が活発になると分泌が促されるとされ、近年は比較的短時間のストレス指標としても用いられている。

図1 唾液アミラーゼモニター使用方法
図1 唾液アミラーゼモニター使用方法8)

Ⅲ 結果

唾液アミラーゼ

 安静後と指圧直後では12名中7名が低下し、4名が上昇し、1名が変化なしであった。低下した7名中指圧5分後も引き続き低下したのは3名で、3名が上昇し、1名は変化がなかった。安静後と指圧直後で上昇した4名は、指圧5分後には全員が低下し、変化なしの 1名は上昇した(表1)。

 安静後と指圧直後では有意差は認められなかった(p=0.067)が、安静後と指圧5分後では有意差が認められた(p=0.016)(図2)。

表1 唾液アミラーゼの変化
表1 唾液アミラーゼの変化

図2 唾液アミラーゼの変化
図2 唾液アミラーゼの変化

心拍数

 安静後と指圧直後では 12名中 11名が低下し、1名が上昇した。低下 11名中引き続き5分後も減少したのは 4名で、7名は上昇した。最初に上昇した 1名は、指圧 5分後では変化が無かった(表2)。

 安静後と指圧直後で有意差が認められ(p=0.0001)、安静後と指圧5分後でも有意差が認められた(p=0.0008)(図3)。唾液アミラーゼと心拍数の間に相関はみられなかった。

表2 心拍数の変化
表2 心拍数の変化

図3 心拍数の変化
図3 心拍数の変化

Ⅳ 考察

 前頸部指圧により心拍数が有意に低下する事象はこれまでにも報告され、今回も同様の成績を得られたことから再現性の高い現象であることが確認された。その機序については前報5)同様である。前報では心拍数低下に続いて HPA軸の亢進が起こる可能性を仮説として示したが、今回、唾液アミラーゼの値は全例が一様には上昇しなかった。安静5分後の初期値が比較的高い者は低下し、比較的低い者は上昇する傾向が観察された。機序として、指圧により初期値の高い者は延髄の上・下唾液核9)が刺激され副交感神経経由の唾液分泌量が上昇し、初期値の低い者は頸部交感神経9)が刺激されて唾液アミラーゼが上昇したと推察されるが、詳細は不明である。結果的には前頸部指圧により全体として指圧5分後には安静5分後より有意に低下し、ストレスが軽減した状態となった。

 機序は不明であるが、指圧が HPA軸や他の内分泌のバランサーのような機構を亢進させていると仮定する。今回のように対象が健康成人である場合、各個人の初期状態にはばらつきがあると考えられるため、指圧による反応にもばらつきが生じたものと推察する。しかしながら、心拍数に関しては全例ほぼ一様に低下の反応を示し、加えて、前頸部指圧により呼吸商が低下する現象4)も今回とほぼ同率且つ同程度の時間経過で反応していることから、幾つかのシンプルな一次的反射を起点として二次的な反応が体内で引き起こされている可能性が考えられる。これは前頸部指圧により血圧が一過性に上昇したのちに血圧と心拍数が低下する現象2)とも相似すると考えるが、時間差を含めた詳しい機序の解明は今後の課題としたい。

 加えて、唾液アミラーゼ分泌が有意に低下する時点は心拍数が有意に低下する時点よりも遅かったことは、浪越式基本指圧に於いて前頸部への施術が他の部位に先んじて行われなければならない一因であると推察する。

 対象の初期状態に関しては、同一の病名を診断された複数の患者は初期状態が同程度の対象群であるとも換言でき、指圧治療による症状改善の報告がより一層多くなされれば、基礎研究レベルでは観察し得ない現象の考察が可能になるはずである。よって更に多くの症例報告を求め、機序解明の糧としたい。

Ⅴ 結論

 前頸部指圧によって心拍数は指圧直後・指圧5分後ともに有意に減少した。唾液アミラーゼの分泌は指圧直後には有意差が無いが、指圧5分後には有意に減少した。

引用・参考文献

1)小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌(22);p.40-45,1998
2)井出ゆかり 他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌(23);p.51-56,1999
3)加藤良 他:前頚部指圧が自律神経機能に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌(32);p.75-79, 2008
4)衞藤友親 他:前頚部指圧による呼吸商の変化 ,日本指圧学会誌(1);p.11-13,2012
5)衞藤友親 :ウマを対象とした前頚部指圧による心拍数の変化 ,日本指圧学会誌(3);p.16-18,2014
6)山口昌樹 他 :唾液アミラーゼ式交感神経モニタの基礎的性能 ,生体医工学 Vol.45 No.2;p.161-168, 2007
7)石塚寛 :指圧療法学 改訂第 1版,国際医学出版 , p.42,p70,2010
8)NIPRO:医療機器情報 http://med.nipro.co.jp/ index
9)佐藤優子,佐藤昭夫 ,山口雄三 :生理学 第 1版 15刷,医歯薬出版,p.58-59,2001


【要旨】

前頸部指圧による抗ストレス作用―唾液アミラーゼの変化より考察―
衞藤 友親

 先行研究にて前頸部指圧が抗ストレスホルモンの分泌を促している可能性を示したのを受け、健康成人 12名を対象に前頸部指圧による唾液アミラーゼと心拍数を計測した。仮説に反し唾液アミラーゼ分泌量は上昇例も低下例も観察され、心拍数の低下傾向との相関はみられなかったが、両指標とも指圧5分後には有意に低下した。前頸部指圧によりストレスが低下する可能性が示唆される成績が得られたと考える。

キーワード:指圧、前頸部、唾液アミラーゼ、心拍数、ストレス


腰椎椎間板ヘルニアに対する指圧療法の効果:佐々木良

佐々木 良
MTA指圧治療院

Effects of Shiatsu Therapy on Lumbar Disc Herniation

Ryo Sasaki

 

Abstract : With the exception of some cases that may require surgery due to severity of the symptoms, conservative medical treatment is the usual approach used for lumbar disc herniation. However, not many conservative medical treatments are evidence-based.

Here we report on a case of lumbar disc herniation with severe symptoms that was treated with prescription analgesics and shiatsu therapy. Treatment resulted in a major improvement as measured on the Visual Analogue Scale and contributed to improving the patient’s quality of life.

Shiatsu therapy may control factors that amplify the pain of lumbar disc herniation, including reflex muscle tonus, sympathetic nervous system agitation, and psychological stress, which are exacerbated by severe acute-stage pain. This case suggests that shiatsu therapy may be a valuable treatment option among conservative medical treatments.

Keywords: lumbar disc herniation, pain, numbness, shiatsu, acute-stage shiatsu, conservative medical treatment for herniation


I.はじめに

 腰椎椎間板ヘルニアは、女性に比べ男性患者が 2~ 3倍多く、好発年齢は 20~ 40歳代であり、発症直後は腰部、殿部、下肢に疼痛やしびれなどの症状が強く、安静時にもみられることが特徴である1)

 強い症状により手術を検討する場合を除いては、保存治療が基本であるがエビデンスを持つ保存治療は多くない。

 今回、腰椎椎間板ヘルニアの患者に対し、発症から手術までの期間、指圧治療を行い記録したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

期間:2016年5月9日~7月 21日(計 12回)

[症例]

21歳男性 会社員 身長 175cm

[現病歴]

2016年4月、腰部に衝撃が加わり、強い腰痛を自覚するようになる。それ以降、右は殿部から股関節周囲部、大腿部の順にしびれを感じ、左は母趾にしびれを感じるようになり、同年5月6日整形外科を受診し、L3/4、L4/5の中心性(やや右より)の腰椎椎間板ヘルニアと診断を受ける(図1、2)。手術も考えられる状態ではあったが1ヶ月は経過観察するということで鎮痛薬(ロブ錠:ロキソプロフェンナトリウム)を処方される。その期間少しでも状態の改善、痛みの緩和ができればとの思いで受診するに至った。

図1.MRI診断画像
図1.MRI診断画像

図2.MRI診断画像
図2.MRI診断画像

[服用薬]

鎮痛薬:ロブ錠1回 60mgを 1日 3回(1回 60~120mg 1日最大180mg)2)

[既往歴]

 右足関節 三角骨障害の既往あり(17歳)

[治療法]

 全身の指圧を行う中で、その時の状態に合わせて疼痛部位や、関係する神経の走行に沿った指圧療法を取り入れた。疼痛、しびれは主にデルマトームL3,L4領域に出ていたが、中心性ヘルニアのためか L4以下の神経症状もみられた。(部位、筋では大腿筋膜張筋・大腿四頭筋・縫工筋・腸脛靭帯・膝蓋骨周囲部・前脛骨筋、神経では大腿神経・上殿神経・総腓骨神経・脛骨神経などの走行を考慮し指圧治療を行った。また、腰部の押圧方向は患者と相談しながら行った。)

 金子による下肢のしびれに対する指圧療法の効果3)や指圧療法学4)も参考に施術を行った。

[評価]

 問診での術前術後の所見、感覚の変化を聴取した(患者の表現をそのまま記述している)。

 目盛りの無い直線100mmのVisual Analogue Scale(VAS)を術前術後に記入してもらい疼痛、しびれを評価した。

Ⅲ.結果

5月9日(第 1回目)

[術前所見]

自覚所見

  • 自発痛あり
  • 股関節周囲部痛
  • 間欠破行あり(右足を引きずるように歩く)
  • 排便時痛(腹圧上昇時)
  • 排便リズムの乱れ
  • 大腿部前面の感覚異常
  • 左母趾しびれ 鈍い感覚
  • 今は鎮痛薬の効果で痛みは少ない

他覚所見

  • 背部筋群の隆起に差がある
  • 下肢筋過緊張(大腿四頭筋、ハムストリングス)
  • デルマトームL3,L4領域 圧痛あり
  • SLRテスト 左(-)右(-)殿部に違和感
  • ケンプテスト 左(-)右(+)

[術後所見]

  • 脚が軽い感じがする
  • VAS 34mm → 15mm

5月 16日(第2回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬の効果が切れ始めている(服用5時間後)
  • 歩くスピードが早いと右スネに痛みのようなものを感じる
  • 排便リズムは改善した
  • 右 SLRテストでは殿部がつまっているような感じ

他覚所見

  • 腰部、下肢は疼痛による筋緊張が強い
  • 右大腿外側 強い圧痛

[術後所見]

  • 下肢がすっきりした。
  • VAS 61mm → 40mm

5月 23日(第3回)

[術前所見]

自覚所見

  • 症状に波がある
  • 腰を後ろに反るのがつらい
  • 鎮痛薬の効果が弱くなってきた気がする
  • 仕事後両足とも踏み込むと冷たい感覚
  • 右脛骨のしびれ(ここは鎮痛薬が効かない)
  • 5月21日は鎮痛薬が効かないほど不調だった
  • 鎮痛薬を飲まなくても痛みがおさまることがある
  • 右股関節動作時痛

他覚所見

  • ケンプテスト 左(弱+)右(+)
  • 両側殿部 ハムストリングスの過緊張
  • 左大腿外側部 強い圧痛(筋性防御)
  • 疼痛しびれの症状はデルマトームL3、L4領域が主

[術後所見]

  • 股関節周囲部 動きやすくなった
  • VAS 66mm→ 30mm

5月 30日(第4回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右股関節周囲の痛み(動作時のしびれ)
  • 右下肢は全体的に触れられると鈍い感覚
  • 左母趾の鈍い感覚は改善してきている
  • 背中の張り 疲れ

他覚所見

  • 下肢筋の強い張り
  • 腰背部の緊張
  • 左骨盤前方上方回旋

[術後所見]

  • 全身の状態が良い
  • 右股関節周囲の違和感取れた
  • 左母趾の感覚戻ってきた
  • VAS 71mm → 26mm

6月2日(第5回)

[術前所見]

自覚所見

  • 背中の張り
  • 右下肢のしびれ、腰を反ると症状強くなる(L5領域)
  • 右殿部痛
  • 排便リズムが完全に戻った

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(+)
  • 左僧帽筋下部の凝り

[術後所見]

  • 身体がすっきりする
  • 背中の張り弱まった
  • VAS 70mm → 29mm

6月9日(第6回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右大腿部股関節付近の痛み
  • 仕事後は右下肢全体がしびれる
  • 朝起き上がるのがつらい

他覚所見

  • 左殿部の張り
  • 大腿筋膜張筋の押圧で脛骨までしびれが生じる

[術後所見]

  • 痛みしびれはほとんどない
  • VAS 72mm → 24mm

6月 16日(第7回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右すねのしびれ
  • 右母趾 底背屈で痛み
  • 股関節周囲の痛みなし(動作痛もなし)

他覚所見

  • 大腿筋膜張筋の過緊張
  • 下肢筋の張り

[術後所見]

  • 大腿部のしびれ取れる
  • 右すねのしびれは残る
  • 大腿筋膜張筋部ジーンとする
  • VAS 83mm → 37mm

6月 30日(第8回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右大腿部前面のしびれ
  • ひどい時は右下肢全体しびれている
  • 最近、鎮痛薬の効きが悪い
  • うつ伏せになれない

他覚所見

  • 股関節動作時痛あり
  • 大腿四頭筋MMT3(FAIR)→ ×
  • 表情から痛みしびれの症状が強い様子

[術後所見]

  • 大腿部前面のしびれは取れる
  • 膝関節にしびれが残る
  • VAS 92mm → 42mm

7月7日(第9回)

[術前所見]

自覚所見

  • 自己判断で昼食後の鎮痛薬の服用を1錠(60mg)から 2錠(120mg)に増やした(寝る前や休みの日は飲まないこともある)。
  • 前脛骨筋部のしびれ
  • 左足底部の違和感
  • 鎮痛薬の量を増やしたためか いつもより状態良い

他覚所見

  • 右ハムストリングスの張り
  • 右背部の張り

[術後所見]

  • 右前脛骨筋部のしびれ減弱
  • 左足底の違和感消失
  • 背中がすっきりした
  • VAS 46mm→9mm

7月 11日(第 10回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬を飲み忘れた
  • 腰、殿部(右側)の痛み
  • 前脛骨筋のしびれ
  • 体幹側屈に痛みがある

他覚所見

  • ケンプテスト 左(右下肢にしびれ)右(+)

[術後所見]

  • 腰、殿部の痛みは取れた
  • 股関節の弱い痛み
  • 前脛骨筋の違和感残る(術前より和らいだ)
  • VAS 85mm→ 39mm

7月 14日(第 11回)

[術前所見]

自覚所見

  • 昼食後に鎮痛薬2錠(120mg)飲んだ(7時間前)
  • 右前脛骨筋の痛み>しびれ
  • 右股関節周り 少し気になる

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(+)

[術後所見]

  • 全体的に楽になった
  • 右前脛骨筋チクチクした痛み
  • VAS 58mm → 17mm

7月 21日(第 12回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬を飲んでから8時間経過しても以前のような強い痛みはなくなった。この時の服用は 1回1錠(60mg)
  • 状態は良い
  • 前脛骨筋のしびれ

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(弱+)
  • 体幹の前・後屈できる
  • 脊柱の回旋運動できる

[術後所見]

  • 前脛骨筋のしびれ消失
  • VAS 52mm→ 23mm
  • 73kg(2016年3月)→61kg(同年7月)

Ⅳ.考察

 腰椎椎間板ヘルニアを発症した場合、多くは自然軽快するために治療の基本は保存治療である。しかし6週以降も患者にとって強い疼痛や神経症状が継続する場合には、手術治療が選択されるべきである5)。今回の症例では病院で診断を受けた時点で手術が考慮されていたため、指圧療法では手術までの期間、急性期の激しい疼痛を緩和して患者の生活の質(QOL)を向上させることに目標を設定し治療を開始した。

 結果として手術を回避するには至らなかったが、術前・術後の VASの変化(図3)には非常に良い成果をあげることができた。激しい痛みを緩和することは患者にとって非常に有益であり、手術を受けるまでの期間、患者の QOLを向上させることに大きく貢献した。

 急性期に強い痛みを放置することは痛みを長期化させる可能性があり、激しい痛みが持続することによる心理的ストレス、反射性の筋緊張や軸索反射、交感神経反射など、痛みの慢性化メカニズム(図4)を促進することが考えられる6)

 このメカニズムに対し、指圧療法では筋の柔軟性に対する効果7)や交感神経の興奮を抑制し、副交感神経活動を優位にする効果8)9)が発表されている。今回、この指圧の効果によって、患者の反射性筋収縮や交感神経の興奮、心理的ストレスなどの悪循環の要因が緩和され、痛みの増幅を抑制できたと推察される。

 腰椎椎間板ヘルニアは予後を予測することが難しい疾患であり、強い症状により早期の手術を検討される場合を除いて、まずは保存治療から開始することが基本とされている。保存治療の目的には疼痛緩和、活動性維持などがあるが、エビデンスを持つ保存治療は多くない6)。今後、指圧療法による症例が増えることで、根拠に基づく医療(EBM)に基づいた指圧療法が増えていくと考える。

 腰椎椎間板ヘルニアを契機に慢性腰痛に悩まされる可能性10)や遺残疼痛、再発予防など保存治療の領域は広く、患者を快方に導くことで保存治療における指圧療法の立場や可能性が、広がっていくものと確信している。

図3.術前・術後のVAS 変化
図3.術前・術後のVAS 変化

図4:痛みの慢性化メカニズム
図4:痛みの慢性化メカニズム

腰椎椎間板ヘルニアにより1次求心性ニューロン(神経根・馬尾神経)が興奮し、脊髄後角へと痛み情報を伝える。痛み情報が脳に伝わることにより、痛みとして知覚される。痛み刺激により交感神経の興奮、軸索反射、反射性筋収縮などを引き起こし、さらなる痛みの増幅が起こる。また、痛みが継続することによる心理的ストレスが、痛みの抑制系である下行性抑制系を抑制する結果となる。このようなメカニズムにより、患者の痛みが継続していること自体が痛みの増幅・悪循環につながる可能性がある6)

Ⅴ.結論

 腰椎椎間板ヘルニアの患者に対し指圧療法は、疼痛部位、筋、神経を判断し治療にあたることで、痛みを緩和することができた。腰椎椎間板ヘルニアと診断された急性期でも保存治療に指圧療法を加えることによって痛みの増幅を抑え、患者の QOLを上げることができると考える。

VI.参考文献

1) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会,腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン改訂第2版,南江堂,東京,2011
2) 高久史麿 他:治療薬ハンドブック 2016薬剤選択と処方のポイント,株式会社じほう,p.1115-1116
3) 金子泰隆:下肢のしびれに対する指圧療法の効果,日本指圧学会誌 第3号,p.23-27,2014
4) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,国際医学出版,東京,2008
5) 波呂浩孝:腰椎椎間板ヘルニアの診断と今後の治療体系,山梨医科学誌27(4);p.117-124,2013
6) 青木保親 他:保存療法でなおす運動器疾患・腰椎椎間板ヘルニア,Orthopaedics 28(10);p.52-60, 2015
7) 浅井宗一 他:指圧刺激が筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌 25号;p.125-129,2001
8) 加藤良 他:前頸部指圧刺激が自律神経機能に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 32号;p.75-79, 2008
9) 渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 36号;p.15-19,2012
10) 大鳥精司 他:慢性疼痛疾患(神経障害性疼痛):腰椎椎間板ヘルニアの疼痛発生機序,Bone Joint Nerve 2;p.325-331,2012


【要旨】

腰椎椎間板ヘルニアに対する指圧療法の効果
佐々木 良

 腰椎椎間板ヘルニアは強い症状により手術を検討する場合を除いては保存治療が基本とされているが、エビデンスを持つ保存治療は多くない。

 今回、腰椎椎間板ヘルニアと診断され、強い症状を訴える患者に対し、処方された鎮痛薬と併せて指圧治療を行った。VASの評価で大きな改善がみられ、患者の QOLの向上に大きく貢献した。

 指圧療法は腰椎椎間板ヘルニア急性期の激しい痛みによる反射性筋緊張、交感神経の興奮、心理的ストレスを緩和し、痛みの増幅を抑制できると考えられるため、数ある保存治療の中で指圧療法を試みる価値は充分あると考える。

キーワード:腰椎椎間板ヘルニア、痛み、しびれ、指圧、急性期指圧、ヘルニア保存療法

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大後頭神経痛と推測される症例に対する指圧治療:大木慎平

大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Shiatsu Therapy for a Patient with Inferred Greater Occipital Neuralgia

Shinpei Oki

 

Abstract : This report examines the case of a patient who received shiatsu treatments for inferred greater occipital neuralgia, complaining of pain across the left occipital, parietal, and frontal areas of his head. Following 18 shiatsu treatments focusing mainly on the cervical and upper extremity regions, the symptoms were relieved. This result is significant considering the expected increase in patients suffering from greater occipital neuralgia.

Keywords: shiatsu, greater occipital neuralgia


Ⅰ.はじめに

 本症例は左後頭部から前頭部にかけての疼痛を訴えて来院した患者である。頭痛の性質、疼痛発生部位、所見から大後頭神経痛であると推測した。この症例に対し、主に頸部、上肢を対象とした指圧治療を行うことで症状の緩和を認めたのでここに報告する。

Ⅱ.対象および方法

対  象:50代女性、会社員

期  間:2015年 2月 18日~ 2015年 7月

22日(全 18回)

治療方法:

  1. 上腕内側筋間中隔、三角筋を対象に指圧。
  2. 前腕前面と後面、手掌から手指にかけて指圧
  3. 手関節を離開する。
  4. 頸部の筋緊張がみられる箇所に持続圧を施す
  5. 頸椎棘突起の両傍にある硬結に持続圧を施す
  6. 頭半棘筋停止部(風池穴相当部位)の硬結に対し、患者の同側の眼球方向へ向けた持続圧を施す

Ⅲ.結果

[主訴]

 左後頭部から頭頂部、前頭部にかけての疼痛

[現病歴]

 仕事で PC機器を使用することが多いため、以前より頸、肩こりを自覚していた。疲労が蓄積してくると頸、肩の運動に違和感を感じ、それに伴い、ときたま左の後頭部から頭頂部の皮膚表面に痺れるような痛みが出現し、ピリッと電気が走るような瞬間的な痛みも出る。当該の症状に関して受診歴はなし。

 頸椎については主治医からストレートネックと言われており、慢性的につらさを感じる。

[既往歴]

・乳がん…保存療法として放射線治療を継続中。それに伴う痛みのためか、左肩の上げづらさを感じる

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[初診時所見]

  • 血圧:134/67mmHg 脈拍:85回 /分
  • 頭部皮膚感覚異常はなし。頭痛の性状は拍動性でも締め付けるような痛みでもなく、皮膚領域に限局した痛みである
  • 意識は清明で悪心、嘔吐、閃輝暗点はなし。バレー徴候陰性でろれつは正常。日常生活動作や頭部を振ることによる頭痛の増悪はなし
  • ジャクソンテスト、スパーリングテスト共に陰性
  • 頸の運動範囲に疼痛制限あり
     回旋は右 50°左 40°、側屈は右 45°左 30°で左右どちらに運動しても左後頸部に突っ張った痛みがある。 前屈は 50°で痛みはないが、後屈は 25°で後頸部にひっかかるような痛みがある。
  • 第2頸椎左回旋。頸椎前弯の減少がみられる。顎が前方に出る頭部前方位姿勢(Forward Head Posture)で、第7頸椎を通る垂線と外後頭隆起の間におよそ 3cm距離がある
  • 頭板状筋、前中後斜角筋、僧帽筋上部線維の緊張が強い。左の頭半棘筋停止部(風池穴相当部位)に著明な硬結があり、圧迫すると患者の主訴と一致する部位に放散痛が出現する。
  • 利き眼は右である

[病態予測]

 患者の訴えによると頭痛に発作はなく、痛みは片側性だが非拍動性で日常生活に支障をきたすほどではない。これらのことは片頭痛、緊張型頭痛のいずれの診断基準1)も満たすものでないため、両疾患の可能性は低いものと判断した。疼痛は皮膚表層に限局し、左頭半棘筋停止部の圧迫で再現することから筋や結合組織による神経絞扼性のものと判断し、また、後頭部から頭頂部にかけての疼痛発生領域から大後頭神経痛であると推測した。

[治療第 1回(2015年 2月 18日)]

  • 頸部可動域の改善がみられ(左回旋 40°⇒50°、後屈 25° ⇒40°)、左後頸部の突っ張ったような痛みが軽減した

[治療第 2回(2015年 2月 25日)]

  • 治療後一週間は痛みの軽減がみられた
  • 触診では右上腕三頭筋、棘下筋の緊張が高度だった
  • 前述の治療に加え、側臥位にて三角筋、上腕三頭筋、回旋筋腱板に対して指圧を行った

[治療第 5回(2015年 4月 8日)]

  • 治療後、頸の調子は良いが、1週間経つと元に戻るとの訴えあり
  • 昨日、一昨日は左後頭部に刺すような痛みがあった
  • 頸左回旋で僧帽筋上部線維前縁(肩井穴相当部位)に疼痛がある
  • 斜角筋、頸板状筋に硬結を確認。胸鎖乳突筋停止部前縁(翳風穴相当部位)に圧痛
  • 頸部後屈に可動域制限(後屈10°)
  • 前述の治療に加え、僧帽筋前縁、翳風穴に指圧。仰臥位にて四指圧で頸椎前弯を誘導する
  • 治療後、頸部後屈は 35°に改善した

[治療第 8回(2015年 5月 13日)]

  • 本日は頭部の症状はないが、仕事が忙しくなると出てくるとの訴えあり
  • 左右どちらに回旋しても左肩井相当部位が痛む。頸部回旋は右50°、左 40°
  • 前述の治療に加え、天柱~風池~寛骨のラインに入念な持続圧を施す

[治療第 12回(2015年 6月 10日)]

  • 頸部の肩こりはかなり感じるが、頭部の痛みの症状はない
  • 右頭板状筋、斜角筋群の緊張が強く、下項線に著明な硬結がある
  • 頭部前方位姿勢が強調されており、C7棘突起を通る垂線と外後頭隆起間の距離は 3cmほどだった
  • 前述の治療に加え、天柱~風池~寛骨ラインの硬結に対して持続圧を施す
  • 術後、頭部前方位姿勢はほぼ改善した

[治療第 18回(2015年 7月 22日)]

  • 治療後の頸の調子はすこぶる良い。仕事が忙しくなると頸の運動がしづらくなるが、頭部の症状を自覚することは減ってきた
     第18回の治療以降、頭部の疼痛が主訴となることはほぼみられなくなった。

Ⅳ.考察

 大後頭神経は第2頸髄神経後枝から分枝し、後頭下筋群、頭板状筋や僧帽筋、後頭筋膜を貫いて後頭部の皮下に達する2)。本症例においては、大後頭神経貫通部(風池穴相当部位)に著明な硬結が認められ、また、その硬結の押圧により再現する疼痛発生部位がデルマトーム上のC2領域と一致することからも、大後頭神経痛の典型例であると推察される。

 本患者の頸・肩こりの主たる原因は PC操作などの VDT作業によるものであると推察されるが、本患者においてはモニターを見る際、効き目である右眼を前方に偏位させるため、頭部をやや左回旋させた姿勢をとることが考えられる。その際、頸椎と後頭骨に大後頭神経が挟まれることに加え、左の頭半棘筋や後頭下筋群が収縮を続けることで血行不良により硬結が生じ、大後頭神経が絞扼されることで疼痛が発生したと推測される。また、本患者は基本姿勢で頸椎前弯が減少しているストレートネックであり、顎を前方に突き出す頭部前方位姿勢が常態化していたために、頸椎と後頭骨による大後頭神経の圧迫がより強まったものと考えられる。

 大後頭神経痛の症例としては、松本3)が鍼灸による治療例を報告している。松本は後頭下筋群、その他頸部の筋肉、後頭筋膜の緊張緩和を目的に天柱へ直刺、上天柱へ斜刺を行い 10分間の置鍼を加え、症状の緩和を認めたことを報告している。松本の症例は治療目的、施術箇所の点において本症例とほぼ同一であり、今回の治療の妥当性を支持するものであると考えられる。

 また、中川ら4)は眼精疲労を訴える患者のうち、大後頭神経出口部(風池)に圧痛を認めたものを対象に、風池に 15分間の置鍼を加えることで眼精疲労の症状が消失あるいは軽快したことを報告しており、眼精疲労と大後頭神経痛には密接な関係があることを示唆している。現代のデスクワークはほぼ PCを使用することに加え、携帯ゲームやスマートフォンの普及により、液晶モニターを凝視する時間も増加しつつある。そのことにより、眼精疲労を訴える患者も今後ますます増加し、それに随伴して大後頭神経痛の患者の増加が予想される。そのため、指圧のような手技療法により、大後頭神経痛と思われる症例の改善が示唆されたことは、今後予想される治療機会の増加において意義深いものであると考える。

Ⅴ.結論

 大後頭神経痛と思われる患者に対し、主に頸部と上肢を対象とした指圧治療を施すことで、症状の改善がみとめられた。

参考文献

1)日本頭痛学会:慢性頭痛の診療ガイドライン, 79-82,192-193,医学書院,東京,2013
2)坂井建雄 ,河田光博:プロメテウス解剖学アトラス 頭部 /神経解剖 第 1版,94-95,医学書院,東京, 2009
3)松本弘巳:大後頭神経痛及び緊張型頭痛への鍼灸治療,医道の日本68(6);29-33,2009
4)中川成美,竹田眞:大後頭神経痛による眼精疲労に対するハリ治療,臨床眼科42(10);1130-1132, 1988


【要旨】

大後頭神経痛と推測される症例に対する指圧治療
大木 慎平

 本症例では、左後頭部から頭頂部、前頭部にかけての疼痛を主訴とした、大後頭神経痛と推測される患者に対して指圧治療を行った。頸部と上肢を中心とした施術を全 18回行った結果、症状の緩和が認められた。指圧治療により大後頭神経痛と推測される症例の改善が示唆されたことは、今後予想される治療機会の増加においても意義深いものと考える。

キーワード:指圧、大後頭神経痛


2型糖尿病患者に対する基本指圧―全身操作の効果について―:本多剛

本多 剛
日本指圧専門学校専任教員

Shiatsu on a Patient with Type 2 Diabetes―Effect of Namikoshi Standard Full Body―

Tsuyoshi Honda

 

Abstract : Type 2 diabetes is classified as a lifestyle-related disease, and the number of diabetic and pre-diabetic patients has been increasing in recent years. This report examines the case of a patient diagnosed with type 2 diabetes seven years previously, who received ongoing Namikoshistandard full body shiatsu treatments. After 20 treatments, the patient’s hemoglobin A1c level (National Glycohemoglobin Standardization Program) decreased by 0.5 percent compared to the first treatment. Further shiatsu treatment and monitoring is required for this case.

Keywords: Type 2 diabetes, hemoglobin A1c (National Glycohemoglobin Standardization Program), Namikoshi standard full body shiatsu


Ⅰ.はじめに

 糖尿病患者数は、厚生労働省の平成 26年患者調査によると 317万人となり1)、前回(平成 23年)調査の 270万から 47万人増えて、過去最高となっている。また、生活習慣病患者数で比較すると、高血圧性疾患が 1,011万人と圧倒的だが、糖尿病はそれに次ぐ多さである。一方、厚生労働省の平成 26年国民健康・栄養調査によると、糖尿病患者予備群を含めた糖尿病有病率は男性で15.5%、女性で 9.8%であり2)、このデータから 3,000万人以上の国民が糖尿病患者、あるいはその予備群であると推計される。この国民病とも言える糖尿病を指圧治療で改善できれば、国民の健康の保持・増進に大きく貢献できることになる。また、鍼灸治療が糖尿病患者にもたらす効果についての報告はあるが、指圧治療の効果に関するものはない。そこで今回、浪越式基本指圧の全身操作が、糖尿病患者に対しどの様な効果を与えるか、実際の患者の血液検査値を用い、その推移を考察した。

Ⅱ.対象

[症例]

対 象:40歳 男性

初 診:平成28年4月13日

主 訴:頸と肩がこる、頭痛がする

[現病歴]

 7年前に会社の健康診断を受診し、血糖値が高かったことから再検査となる。O病院にて精密検査を受けたところ、2型糖尿病と診断され、3週間の入院治療を受ける。退院後は、O病院より糖尿病の専門外来医療機関のTクリニックを紹介され、月1回の診察を受け、処方された薬を 1日 1回服用し、経過を観察しながら現在に至る。尚、現在の HbA1c(NGSP)は概ね 8以下であり、糖尿病に由来する合併症の出現はない。職業は衛生関連の建設作業管理で、設計図面を作成することが多く、慢性的に頸と肩がこり、頭痛を伴うことがある。仕事柄、竣工前の繁忙期では週に1度も帰宅できないということもあり、そのため食事時間が不規則で、外食中心、接待も多い。また、多忙によるストレスから暴飲暴食に走ることもある。定期的に運動する時間的・精神的余裕はない。

[服用薬]

  • テネリア錠20mg(テネリグリプチン臭化水素酸塩水和物錠・糖尿病治療薬)
  • リバロOD錠 1mg(ピタバスタチンカルシウム水和物・高コレステロール血症治療薬)
  • メトグルコ錠 250mg(メトホルミン塩酸塩錠・糖尿病治療薬)

[既往歴]

 13年前、下腿外傷で入院治療を受ける。

[家族歴]

 実母が胆石症による胆嚢摘出術を受ける(2~3年前)。

[初診時所見]

自覚所見

 頸と肩がこる、頭痛がする。

他覚所見

 右側頸部、右背部、右下腿前面に強い筋緊張がある。全身にむくみ感がある。

Ⅲ.方法

 対象に浪越式基本指圧の全身操作3)を行い、施術前後の自覚症状の変化を VAS(VisualAnalogueScale)で評価した。また、対象が通院しているTクリニックで概ね月1回採取した血液検査の結果のうち、HbA1c(NGSP)の推移を評価した。

Ⅳ.結果

治療期間

平成28年4月13日から同8月30日 (全20回)

主要経過

第2回 平成 28年4月20日

  • 全身のむくみ感が軽減した。
  • 週に1度もないことがあった便通が週 1.5回程度になった。

第3回 平成 28年4月29日

  • 便通が週2回程度になった。
  • 体調も良く、久しぶりにスポーツジムで軽く運動をした。

第5回 平成 28年5月11日

  • 体調の良さに伴い食欲が亢進して体重が増加した。
  • 便通は週2回程度で安定している。

第6回 平成 28年5月18日

  • 体調が良いことから、増加した体重をコントロールしてみようと思うようになる。

第11回 平成 28年6月22日

  • 体調が良く、食欲の亢進をなかなか抑えることができない。

第14回 平成 28年7月20日

  • 胃の痛みを感じ医療機関を受診。ピロリ菌の感染が確認され薬物治療を受ける。

第15回 平成 28年7月 27日

  • 胃の痛みが改善する。

第16回 平成 28年8月4日

  • 花粉症 (ブタクサ)を発症して医療機関を受診。薬物治療を受ける。
  • 第 19回 平成 28年8月24日

    • 仕事による疲労が蓄積しており、頸部に強い筋緊張がみられる。

    ①VAS

     自覚症状で多かったのは頸と肩の筋緊張による頭痛と右足つけ根の痛みである。VASの術前と術後の変化から、浪越式基本指圧の全身操作により自覚症状の改善がみられた。(表1)

    表1.施術前後のVAS 値
    表1.施術前後のVAS 値

    ②HbA1c(NGSP)

     HbA1c(NGSP)は過去1~2ヶ月の血糖の推移を反映したものである4)。対象の初診日が平成 28年4月 13日であることから、基準となる値を平成 28年 5月7日の数値とし、平成28年9月7日までの数値の変化を評価したところ、0.5%の減少がみられた。(図1)

    図1.HbA1c(NGSP)の経過
    図1.HbA1c(NGSP)の経過

    Ⅴ. 考 察

     施術前と比較して、施術後の VASの値が大きく減少していることから、浪越式基本指圧の全身操作が対象の自覚症状と体調の改善に寄与したと考えられる。

     衞藤 他の報告によると5)、浪越式基本指圧の前頸部施術を受けた者に呼吸商の優位な低下がみられており、絹田 他の症例報告によると6)、薬物治療を中止した2型糖尿病患者のHbA1c(NGSP)を鍼灸治療によって安定させたという事例がある。このことから、浪越式基本指圧の全身操作により対象の代謝量が増加し、糖利用が促進されたと考えられる。また、副交感神経の興奮は、膵臓のランゲルハンス島B細胞からのインスリンの分泌を亢進する7)。横田 他は8)前頸部および下腿外側部で、渡辺 他は9)仙骨部で、田高 他は10)頭部での浪越式基本指圧で、それぞれ縮瞳反応が生じることを報告しており、この反応は指圧により被験者に交感神経の抑制、あるいは副交感神経の興奮がみられたために起きたものであると示唆される。前に述べたが、インスリンの分泌亢進は副交感神経の興奮により起こる。このことから、浪越式基本指圧の全身操作により副交感神経の興奮がみられた結果、膵臓からのインスリン分泌が亢進し、糖利用の促進がなされたと考えられる。更に、定期的に指圧治療を行うことで、不規則な対象の生活に一定のリズムが生じ、睡眠時間の確保や運動習慣の意識づけがなされたことも関与していると考えられる。以上のことから、浪越式基本指圧の全身操作が、HbA1c(NGSP)の改善に寄与したと考えられる。

     主要経過で述べたが、平成 28年5月中旬から同6月にかけて対象の食欲が亢進し、体重も増加している。これが平成 28年8月9日のHbA1c(NGSP)の前回値より 0.2%上昇に関与していると考えられる。体重は初診時から増加傾向のままであるが、平成 28年9月7日の検査では HbA1c(NGSP)が前回値より0.6%減少した。この結果については対象の主治医も明確な理由を明らかにできていない。また、対象はインスリンの分泌を促進する薬を服用しており、6月以降、当該薬物の投与量増加もはかられている。このことから、指圧治療単独の効果と言える確証を得るには至っていないが、更に指圧治療を継続し、糖尿病治療薬の投与量とHbA1c(NGSP)の持続的な減少をみることができれば指圧治療の効果の確証につながるものと考えられる。

     日本糖尿病学会の糖尿病診療ガイドライン2016によると11)、合併症予防のための目標としてHbA1c(NGSP)を 7.0%未満と定めている(図2)。対象の健康管理の観点から鑑みると、この目標を達成することが当面の課題である。今後も指圧治療を継続し、経過を観察していきたい。

    図2.日本糖尿病学会の血糖コントロール目標
    図2.日本糖尿病学会の血糖コントロール目標

    Ⅵ. 結 語

     対象に全 20回の浪越式基本指圧の全身操作を行い、以下の結果を得た。

    • 自覚症状が大幅に軽減した。
    • HbA1c(NGSP)が0.5%減少した。

    参考文献

    1)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2016/2017,p.94,厚生労働統計協会,東京,2016
    2)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2016/2017,p.94-95,厚生労働統計協会 ,東京,2016
    3)石塚寛:指圧療法学 -改定第1版 -,p.77-126,国際医学出版 ,東京,2010
    4)奈良信雄 他:臨床医学各論 -第2版 -,p.113,医歯薬出版,東京,2013
    5)衞藤友親,桑森真介:前頚部指圧による呼吸商の変化 ,日本指圧学会誌(1);p.11-13,2012
    6)絹田章,中村弘典 他:糖尿病に対する鍼治療の一症例 ,全日本鍼灸学会雑誌 49巻(2);p.299-304, 1999
    7)本郷利憲 他:標準生理学 -第6版-,p.935,医学書院,東京,2005
    8)横田真弥 他:前頸部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌(35);p.77-80,2011
    9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌 (36);p.15-19,2012
    10)田高隼 他:頭部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌 (37);p.154-158,2013
    11)日本糖尿病学会:糖尿病診療ガイドライン2016,p.27,南江堂,東京,2016


    【要旨】

    2型糖尿病患者に対する基本指圧―全身操作の効果について―
    本多 剛

     生活習慣病に含まれる2型糖尿病の患者は、その予備軍も合わせて近年増加している。今回、2型糖尿病を発症して7年間経過した患者に対して指圧治療を施す機会を得た。指圧治療法は浪越式基本 指圧の全身操作とし、全 20回の治療を行ったところ、患者のHbA1c(NGSP)値が指圧治療開始時と比較して 0.5%の減少をみた。今後も指圧治療を継続し、経過を観察していきたい。

    キーワード:2型糖尿病、HbA1c(NGSP)、浪越式基本指圧全身操作