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五十肩に対する指圧治療:宮下雅俊

宮下雅俊
てのひら指圧治療院 院長

Shiatsu Therapy for Frozen Shoulder

Masatoshi Miyashita

 

Abstract : With a view to relieving pain around the left shoulder joint and improving range of the left shoulder motion, a sixty year old female patient with frozen shoulder was treated by shiatsu. The treatment of twelve sessions resulted in removing the pain and improving the range of the joint motion. As for the range of motion, the difference between the left and right shoulders was eliminated. Increasing muscle flexibility by shiatsu therapy may have potential to ease pain and to improve range of joint motion.


I.はじめに

 五十肩は肩関節周囲炎と呼ばれる疾患の一つである。整形外科での五十肩を含めた肩関節周囲炎の治療のガイドラインによると、急性期と慢性期では治療方針が異なり、急性期では疼痛緩和の為の貼付剤や消炎鎮痛剤、筋弛緩剤などの薬が処方される。慢性期ではマイクロウェーブやホットマグナーといった温熱療法やコッドマン体操などの運動療法が取り入れられている。

 今回、整形外科医による五十肩の診断を受けた患者に対して指圧治療を行い、関節可動域の改善がみられた症例を報告する。

Ⅱ.対象および方法

場 所: 都内患者宅
期 間: 2012年11月16日〜2013年9月13日の合計12回の指圧施術
施術対象:60歳女性
家族歴: 特筆事項無し
既往歴: 卵巣嚢腫
現病歴: 2011年11月頃より左肩周辺に痛みが出はじめるものの、そのうち良くなるとの判断により約1年間放置していた。しかし疼痛が増大し、関節可動域の制限が強くなった。 2012年10月、整形外科にてX線の画像診断による石灰の沈着などが診られない等の理由から五十肩との診断を受ける。薬(ノイロトロピン)の処方と理学療法室での治療を進められたが、事情により毎日の通院が難しいため往診による指圧治療を受けることとなった。

[検査所見]

  • ヤーガーソンテスト陰性
  • スピードテスト陰性
  • ペインフルアークサイン陰性
  • アップレイスクラッチテスト陽性
  • ダウバーン兆候陰性
  • ドロップアームサイン陰性
  • 棘上筋、三角筋後部線維に圧痛有り
  • 左上肢前方挙上に関節可動域制限と運動痛有り

[診察所見]

  •  軽度円背を認める。
  • 伏臥位では左下肢が右下肢に比べ短い。 (内果を基準)
  • 腰椎の前弯が強く現れている。

[治療方針]

 検査所見から棘上筋、三角筋を中心に肩関節の周辺を重点的に行う指圧1)と、全身の指圧施術を行う。

 

III.結果

 左肩関節周囲の疼痛が改善してからは、三角筋後部線維を中心に肩関節の周辺を重点的に行う指圧と、胸椎の可動域を広げる目的で背部脊柱起立筋の両側に対する押圧法による衝圧法2)と全身の指圧施術を行った。

第1回 2012年11月16日

  • 棘上筋、三角筋を中心に肩関節周囲の指圧施術と全身に対する指圧操作を行う。
  • 棘上筋、三角筋、上腕三頭筋に押圧操作を施しながらの、肩関節挙上、外転の他動運動による運動操作を行う。
  • 左上肢前方挙上の関節可動域の改善が見られた。
    (図1と図2の指圧治療の施術前、施術後の比較)

第2回 2012年12月7日 

  • 棘上筋、三角筋を中心に肩関節周囲の指圧施術と全身に対する指圧操作を行う。
  • 棘上筋、三角筋、上腕三頭筋に押圧操作を施しながらの、肩関節挙上、外転の他動運動の運動操作を行う。
  • 自覚症状として前回の施術時に比べ、棘上筋よりも、三角筋後部線維の運動痛と圧痛が強く感じられる。

第3回 2012年12月21日

  • 指圧施術前に、健側の右肩関節の可動域が前回よりも低下していることを画像で確認した。
  • 三角筋後部線維、前鋸筋を中心に肩関節周囲の指圧施術と全身に対する指圧操作を行う。
  • 腹臥位にて、背部脊柱両側に衝圧法を行う。
  • 三角筋後部線維、上腕三頭筋に押圧操作を施しながらの、肩関節挙上、外転の他動運動の運動操作を行う。
  • 左肩関節周囲の疼痛は改善したが、運動痛、圧痛は残っており、初回施術後の様な顕著な他覚的な変化がないため、施術期間を2週間に一度の治療ペースから、ひと月に一度の治療ペースに移行した。

第4回 2013年1月25日

  • 前回と同様の施術内容。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。

第5回 2013年2月15日

  • 前回同様の施術内容。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。 第6回 

2013年3月15日

  • 前回同様の施術内容。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。 第7回 

2013年4月12日

  • 前回同様の施術内容。
  • 三角筋後部線維の圧痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。

第8回 2013年5月10日

  • 前回同様の施術内容。
  • 三角筋後部線維の圧痛、運動痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぎ、上肢前方挙上に左右差の減少。

第9回 2013年6月14日

  • 前回同様の施術内容。
  • 三角筋後部線維の圧痛、運動痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぎ、上肢前方挙上に左右差の減少。

第10回 2013年7月12日

  • 前回同様の施術内容
  • 三角筋後部線維の圧痛、運動痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぎ、上肢前方挙上に左右差が前回に比べ更に減少。

第11回 2013年8月9日

  • 左右肩関節前方挙上の左右差がほとんど見られることはなく、左肩関節の関節可動域が改善した。
  • 左肩関節の疼痛の消失、運動痛の消失、圧痛の減少が確認できた。

第12回 2013年9月13日

  • 前回同様、左右上肢の前方挙上の左右差がほとんど見られることはなく、左肩関節の関節可動域が改善した。
  • 左肩関節の疼痛の消失、運動痛の消失、圧痛の消失が確認できた為、五十肩に対する指圧治療は12回目をもって終了した。

 図1. 左右上肢前方挙上の肩関節可動域図1. 左右上肢前方挙上の肩関節可動域

IV.考察

 五十肩は多様な症状を示すため、腱板断裂などの疾患が五十肩と診断され保存的治療が漫然と行われている場合も少なくない3)。今回は整形外科医による五十肩という診断後に指圧治療を開始したことが、患者が安心して指圧治療を受けることができた一番の要因であった。

 図1と図2の比較により、第1回指圧施術で左肩関節の前方挙上動作の改善が見られ、左肩関節の関節可動域の向上の確認と同時に、健側であるはずの右肩関節の可動域改善も確認できた。

 しかしながら図3の第3回指圧治療前では、改善していたはずの右肩関節の可動域が低下しているのが確認された。

 図4にあるように、第12回指圧施術で左右上肢前方挙上による肩関節可動域の左右差がほとんど見られない程度に改善し、両肩関節とも前方挙上の正常可動域のほぼ180度近くまで拡大していることが確認できた。

 これらの考察は正確なROM測定を行っていないので動きのメカニズムのどこに作用したかは断定できない。他方、肩関節の前方挙上運動は、上腕骨や肩甲骨の運動のみではなく、体幹(特に胸椎の伸展運動)の動きが連動して起こるとされている4)。  本症例における関節可動域改善のメカニズムを今回の結果から断定的に論じることはできないが、指圧刺激が筋の柔軟性を向上させる5)ことから、本症例へ施した肩甲間部、肩甲下部への指圧や背部への衝圧法により周辺の筋緊張が緩和され、上記の肩関節上方挙上運動機構のいずれかあるいは複数を改善させることにより、関節可動域が改善したと推察する。

V.結論

 指圧療法は、五十肩における肩関節の可動域の改善に対して効果が確認できた。

VI.参考文献

1) 浪越徹著:普及版 完全図解指圧療法,p.224-225,日貿出版社,東京,2001
2) 社団法人東洋療法学校協会 教科書執筆小委員会著:あん摩マッサージ指圧理論,p.17,p.27,株式会社医道の日本社,東京,2003
3) 森岡健他:五十肩として治療されていた腱板断裂例の治療成績,p.283-290,日本リウマチ・関節外科学会雑誌vol.12,NO3,1993,
4) 上田泰之他:若年者と高齢者における上肢挙上時の体幹アライメントの違い,体力科學,57(4),p.485-490,2008
5) 浅井宗一他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,p.125-129,東洋療法学校協会学会誌,(25),2001


【要旨】

五十肩に対する指圧治療
宮下雅俊

 60歳女性の五十肩に対して、左肩関節周囲の疼痛の緩和、左肩関節の関節可動域の向上を目的として指圧療法を行った。その結果、全12回の指圧治療により左肩関節の疼痛の消失、関節可動域の改善が見られ、左右の肩関節の可動域に左右差が見られなくなった。指圧療法により、筋の柔軟性を高めることで、五十肩による疼痛改善、関節可動域の改善をみた。

キーワード:五十肩、肩関節周囲炎、関節可動域、指圧


乳腺炎に対する指圧治療 :宮下雅俊

宮下 雅俊
てのひら指圧治療院
院長

Shiatsu treatment for mastitis: a case report

Masatoshi Miyashita

Abstract : From June 29 to July 1, 2011, two sessions of Shiatsu treatment were conducted for a patient of stagnation mastitis. Shiatsu was practiced on her papillae, areolae, and outer rims of papillae, and consequently the patency was acquired. This case suggested the effectiveness of Shiatsu treatment for stagnation mastitis.


Ⅰ. はじめに

 乳腺炎とは乳腺の炎症性疾患をいう。急性型と慢性型があり、急性乳腺炎はほとんどが授乳期、ことに産褥期にみられる。

 うっ滞性乳腺炎は産褥期に発症することが多い。これは乳汁の排出障害に原因するもので、必ずしも起炎菌の感染がない。局所の疼痛、腫脹はあるが治療は保存療法でよい。急性化膿性乳腺炎は細菌の感染があって、発熱、悪寒を伴う。乳房の発熱、疼痛、腫脹は、はじめびまん性であるが、次第に限局して膿瘍を形成する。治療は抗生物質の投与と膿瘍に対しては切開排膿が必要である。1)

 2008年、私の娘が先天性食道閉鎖症のC型で産まれてきた。産後、妻は母乳を搾乳して、鼻からまたは、胃ろうからの経管栄養で、娘に母乳を与えていた。妻の乳房からの搾乳の苦労を少しでも和らげようと、私は母乳の排出が向上するように、平島利文氏の乳腺炎に対する指圧の臨床例を参考にして、乳房への指圧施術と搾乳の指導を行った経験があった。その際、正常な乳房からの乳汁の排出の状態を確認していた事と、指圧施術により乳房からの乳汁の排出が向上する効果があった事を確認した。今回、乳汁の排出障害からくる、乳房の腫脹、疼痛を訴える産褥期の女性患者から、乳房への指圧施術の依頼があり、妻のときと同様に指圧を施術する事によって、乳房の腫脹、疼痛が軽減した事を確認できたので、その症例報告を行う。

Ⅱ. 対象及び方法

場所:

 世田谷区在住患者宅

日時:

 2011年6月29日〜2011年7月1日

施術対象:

 41歳(女)
  身長 148cm 体重 48.6kg
  妊娠前の平均体重 43キロ
  出産前日の体重  56.8キロ

初診:

 2011年5月17日

現病歴:

 2011年5月12日陣痛が始まり、普通分娩の出産予定が、胎児が産道を通過できる程、子宮口が広がらず、急きょ帝王切開での緊急手術により2980グラムの男子を出産した。

方法:

 乳房に対しては以下三つの手指操作法を基本的に用いて施術にあたった。

① 二指圧<母指—示指対立圧>:以下二指操作と呼ぶ。母指の指紋部と、同じ手の示指の指紋部を向かい合わせ、挟むようにして両指でおす。2)

※ 普及版 完全図解指圧療法 浪越 徹著の中では二指圧の治療部位は手、足の指先と記述されているが、今回は乳頭、乳輪部、乳輪部外縁の施術を二指操作によって行った。

② 掌圧:手掌全体で押す操作と、母指球、小指球、手根部の各部でおす操作がある。
 片手掌圧:5本の手指を全部そろえてぴたりとつけ、手掌全体で押す、片手だけの掌圧。2)

③ 三指圧:同じ手の示指、中指、薬指をぴたりと合わせて、この三指の指紋部で押す。触診や一部の自己指圧操作に用いる。2)

Ⅲ. 結果

<初 診:下肢浮腫に対する治療依頼>

[日 時]

 2011年5月17日

[既往歴]

 特記すべき事項なし

[家族歴]

 特記すべき事項なし

 帝王切開術後の下肢浮腫抑制のため、弾性ストッキングを着用するが下肢浮腫がひどく、出産した病院内にて2011年5月17日、横臥位にて全身の指圧治療を施した。

 退院後、下肢浮腫に対する治療依頼があり、患者宅にて横臥位による全身指圧を施した。その際、尾骨、仙骨周辺の感覚鈍麻、しびれ感を訴えるので、医療機関での受診を勧める。

 後日、医療機関での診察の結果、座骨神経痛ではない。との診断を受けたが、腰痛、尾骨、仙骨周辺の感覚鈍麻、しびれ感の改善のための指圧による治療の依頼があった。

<第1回乳房への指圧治療 >

[日 時]

 2011年6月29日

[既往歴]

 特記すべき事項なし

[家族歴]

 特記すべき事項なし

[自覚症状]

 全身倦怠感、寝不足、尾骨・仙骨周辺の感覚麻痺、仰臥位で尾骨が床面にあたり痛み有り、帝王切開の術後による下腹部傷口周囲部の痛み、左乳房の腫脹、疼痛あり。

[視診]

  • 患者の正面からの視診:左右乳房の膨らみに大きな差を確認した。(左乳房>右乳房)
  • 患者を横側から視診:脊柱S字湾曲の腰椎の湾曲が強く現れている事を確認した。

[問診]

 視診により乳房の左右差が大きいため、乳房についてと母乳の出方について問診をした。

 左乳房は1週間前から痛みが出始め、母乳の出が悪いせいか乳児も左乳房から哺乳したがらず、右乳房からの哺乳がほとんどである事がわかった。

 次第に、左乳房の腫脹と疼痛が強くなるが、本人が出産した医療機関のおっぱい外来での対応は、出産1ヶ月後までは対応しているが、それ以降の乳房のトラブルには対応していないという事で、乳房のトラブルに対応してくれる医療機関を探していたが見つからず、指圧でも治療が可能でしょうか?と相談を受ける。

 右の母乳は出ているので、左の乳房の指圧治療の依頼を受ける。悪寒、発熱はないとの事で、細菌感染からの乳腺炎ではなくうっ帯性の乳腺炎の可能性があると判断した。

 腰痛、尾骨・仙骨周辺に対する問診をした。横向きに寝ているとき以外は、長時間同じ姿勢をしていると痛みがある。歩行の移動、寝返りなどの移動時には帝王切開術後の傷跡に響くような痛みがある。尾骨は、仰向けに寝ると、床面にあたり痛みがある。仙骨周辺は仙骨の中心部は感覚があまりなく、その周りは痺れている感覚がある。

[診察所見]

  • 患者の正面からの視診:左右乳房の膨らみに大きな差がみられる。(左乳房>右乳房)
  • 腹臥位での両下肢の内果での下肢長差の検査
    – 左下肢に比べ右下肢が短い。
    – 仰臥位での腰椎の前湾部分に軽い握りこぶし一つ分の隙間、腰椎の過前屈がみられる。

 最初の主訴である、腰痛、尾骨・仙骨部の感覚鈍麻、しびれ感に対して横臥位での全身指圧と仰臥位(仰臥位では尾骨が床面にあたり痛みが出るため、立て膝の姿勢でクッションを膝下にいれての施術)での腹部、前頸部に対する指圧治療を行い左乳房への治療を始めた。

<乳房の腫脹、疼痛に対する指圧>

 胸部の下着を外し視診、左乳房全体の腫脹を確認した。片手掌圧、三指圧で左乳房を触診し、熱、肌の状態、固い部分、痛みのある部分、圧痛のある部分の状態を確認した。触診により、左乳房全体の腫脹、鎖骨外方から5cm下方に大きな硬結を確認した。

 次に実際に乳汁が出ている乳口を確認するために、乳輪部、乳輪部外縁の二指操作を行う。指圧施術の振動による痛みの誘発を防ぐため、左手は掌で乳房を支え、右手は母指と示指による二指操作による乳輪部・乳輪部外縁から乳管洞をイメージして水平押圧を行う。乳汁が出てくる乳口が1つ。他に開通している乳口を確認するために、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作を行う。乳汁が出てくる乳口が1箇所であるため、開通している乳口は1箇所であることを確認した。

 二指操作で開通している乳口を確認後、蒸しタオルで軽く乳房を温めてから乳房に対する施術を開始した。乳房の腫脹が強く、腫脹による痛みの開放のため、開通している乳口より搾乳し、乳房の内圧を下げる。手指操作は、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作を繰り返し行う。

 乳房内圧が減圧してきたのを掌圧で確認できたら、他の乳口の再開通のための施術を行う。乳頭部への二指操作による水平押圧操作を縦、横と繰り返し行いながら、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作も合わせて繰り返し行う。

 最初、乳口が開通しているのは1箇所のみだったが、5箇所の乳口から乳汁が出ているのを確認ができたので、乳房内にある古い乳汁の搾乳を行い、乳房の腫脹の軽減を触診で判断し、本人から乳房の疼痛の軽減を確認したのち、授乳後の乳房に余っている乳汁の搾乳の指導を行って治療を完了した。

<第2回乳房への指圧治療 >

[日 時]

2011年7月1日

 前回の治療により左の乳房からの授乳はよくなったが、右乳房の乳汁の出がよくない事に患者本人が気付き、右乳房の乳口再開通の施術依頼を受けた。

 右乳房の触診で右乳房の腫脹を確認した。開通している乳口を確認すると、3箇所であったので、今回は乳房内圧の減圧は行わず、乳口再開通の以下の治療操作をはじめから行う。

 乳頭部への二指操作による水平押圧操作を縦、横と繰り返し行いながら、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作も合わせて繰り返し行う。

 乳汁が出てくる乳口を6箇所確認できたので、乳房内にある古い乳汁の搾乳を行い、乳房の腫脹の軽減を触診で判断し、本人から乳房の疼痛の軽減を確認したのち、再度授乳後の搾乳指導を行い、横臥位での全身指圧を行って治療を完了した。

Ⅳ. 考察

 乳房に対しての指圧施術により、乳汁を排出する開通している乳口の数が増えたことを確認できた。また乳房の腫脹、疼痛が軽減した。

 乳腺炎は乳汁の排出障害を原因とするものである。乳腺は結合組織束の乳房提靭帯により10数個の乳腺葉に分けられる。それぞれの腺葉からは1本の乳管が乳管洞を経て乳頭に開口する3)。今回の症例では、指圧施術前に確認した乳汁が排出できている開通している乳口は、左乳房で1箇所、右乳房で3箇所であった。指圧施術後、乳汁を排出している乳口は、左乳房で5箇所、右乳房で6箇所。開通した乳口から指圧施術により搾乳した事で、乳房の腫脹、疼痛が軽減した事から、開通していない乳口の乳管洞、乳管に乳汁の貯留が多く、乳房内の内圧が高まり乳房の腫脹、疼痛を起こしていたと考えられる。

 乳頭への吸引刺激によって下垂体後葉から血中にオキシトシンが放出される4)事は知られているが、今回とくに乳頭部、乳輪部の指圧を繰り返す事で、乳汁が排出される乳口が開口されたことを確認できた。

 この事から指圧刺激により射乳反射に作用させ、オキシトシンの分泌を促進して、乳腺平滑筋を収縮し、乳汁を排出していた可能性が考えられる。

 しかしながら、射乳反射だけで乳汁の排出障害が改善されるならば、そもそも乳児が哺乳を行うだけで改善されていると考えられるが、実際には産褥期の授乳中の女性患者に、乳汁の排出障害が起きていて、指圧施術において乳汁の排出が促進されているところをみると、指圧による射乳反射のみならず、乳房に対する指圧の圧反射や、二指操作の対立圧による、乳管、乳管洞に貯留している乳汁に対する物理的作用などの、相互作用による効果であると言える。

 また、吉田ら5)が乳児の授乳拒否が乳房のトラブルの予知になると考えられると報告されている通り、今回のケースでも、乳児が2、3日前から左乳房の授乳拒否をしていて、腫脹が強く現れたと患者より報告があった。しかし、1回目の左乳房への指圧施術の翌日からは、乳児が左乳房からの授乳に満足している表情を見せていたと患者より報告をうけた。この事からも、乳房の排出障害は回復したことを証明できると考えられる。

 坪井ら6)の報告によれば、乳腺炎(急性化膿性乳腺炎)の86%は黄色・白色ブドウ球菌であり、極めて容易に短時間に広範囲に炎症が進行し、その原因の因子として、①授乳に際し、細菌感染の入口となるべき外傷が加わり易い。②乳汁が細菌増殖の培地になり得る。③疼痛と乳汁うっ滞の悪循環が容易に形成される事などをあげており、乳汁の鬱滞を防ぐために物理的処置を併用して保存的に炎症を早く消退さすべきである。と述べている。

 常在菌である黄色ブドウ球菌の細菌感染で、乳汁が培地になりえるならば、乳汁の排出障害のうっ滞性乳腺炎から、細菌感染の急性化膿性乳腺炎に移行するのは時間の問題であり、産褥期の女性であるならば誰にでも起こりえる可能性がある症状と言えるだろう。うっ滞性乳腺炎から病状が進行する事で、抗生物質の投与、乳房の切開などの外科的処置により、乳児への授乳の中断や、術後の乳房の瘢痕、心的肉体的苦痛など、母子ともにQOLの低下は避けられない。

 今回の症例のケースは指圧療法を施術する事で、腫脹、疼痛を軽減し、その後症状が悪化する事なく、回復に向かった事からも、早期の指圧療法がうっ滞性乳腺炎に効果があると言える。また、指圧を通して産褥期の女性や乳児のQOLに対しても貢献できる可能性があると考えられる。

Ⅴ. 結論

 今回の症例報告を通じ、指圧療法により、乳汁の排出できる乳口が増えた事で、乳房の腫脹、疼痛が減少した。このことから指圧療法が、うっ帯性乳腺炎に対して効果を上げる事が確認できた。

Ⅵ.参考文献

1) 南山堂医学大辞典 豪華版 第19版, p.1564, 南山堂,東京, 2006
2) 浪越 徹著:普及版 完全図解指圧療法, pp.53-57,日貿出版社,東京, 1992
3) 岸 清・石塚 寛 編:解剖学 第2版, p.264,医歯薬出版株式会社,東京, 2008
4) 佐藤優子・佐藤昭夫:生理学, p110, 医歯薬出版株式会社,東京, 2003
5) 吉田倫子 他:乳児が示す授乳拒否と乳房トラブルとの関係, 秋田大学大学院医学系研究科保健学専攻紀要18(1); pp.33-39, 2010
6) 坪井重雄 他:急性乳腺炎治療の統計的観察, 東京女子医科大学雑誌,35(3); pp.252-256, 1965


【要旨】

乳腺炎に対する指圧治療
宮下 雅俊

 2011年6月29日〜2011年7月1日の期間2回にわたりうっ滞性乳腺炎の患者二指圧による乳頭部、乳輪部、乳輪部外縁の指圧施術を行った。その結果、乳口の開通が認められた。指圧療法がうっ滞性乳腺炎に治療効果を発揮することが示唆される。

キーワード:乳腺炎、乳腺、指圧、産褥期



東京夢舞いマラソン 指圧ボランティアアンケート報告:衛藤友親

World Smile Project
衛藤 友親
明治大学体力トレーナー
宮下 雅俊
てのひら指圧治療院院長
石塚 洋之
日本指圧専門学校教員
満留 伸行
指圧マッサージ指愈院長

Survey by questionnaire about volunteer Shiatsu at Tokyo Yumemai Marathon
: a survey report

Tomochika Etou, Masatoshi Miyashita, Hiroyuki Ishizuka, Nobuyuki Mitsudome

Abstract : We conducted a survey in the form of a questionnaire inquiring degree of pain before and after Shiatsu treatment using VAS (Visual Analogue Scale), which was 100 mm (= 100 points) in length. The questionnaire was A4 size, double-sided printing, and answered at the Kagurazaka Station of 12th Tokyo Yumemai Marathon (at the point of 33.892 km). The respondents were also asked to mark up fatigued and/or painful areas on illustrations of the questionnaire. As a result, about the degree of fatigue or pain described in VAS, 133 answered “decreased”, three answered “increased”, and two answered “remain the same” out of the 138 respondents. The average VAS score of the cases “decreased” was 38 points and “increased” was 28 points. Regarding the fatigued and/or painful areas, the top answer was the posterior region of left lower leg, and the second was the posterior region of right lower leg.


I.はじめに

 手軽に実行できるスポーツとして、また近年は観光名所をコースに設定した大会が催されるなど、ジョギング及びマラソンの人気には根強いものがある。競技人口が増加する一方、競技参加に伴う身体ダメージのケア及び市民ランナーの競技力向上のための指圧効果の科学的研究はほとんどなされていない現状がある。

 この事実から我々は、市民マラソン大会における参加ランナーの身体ダメージの状況調査と指圧治療の有効性検証を試みた。以下に結果と考察を記す。

II.対象および方法

1.日時

 2011年10月8日(日)

2.場所及び対象

 第12回東京夢舞いマラソン参加者中、神楽坂エイドステーション(スタートから33.892km地点)にて指圧を受け且つアンケートに回答した一般成人138名(男性75名、女性55名、不明8名)。

3.方法

 A4版両面印刷のアンケート用紙(図1,2)を用い、施術前と施術後の疲労および痛みの度合いを100mm(=100ポイント)の長さのVAS(visual analogue scale)にて、また、疲労を感じる部位並び痛みを感じる部位を、身体イラストに丸印を記入する形で回答していただいた。

アンケート用紙

図1. 施術前アンケート用紙

図1. 施術前アンケート用紙

図2. 施術後アンケート用紙

図2. 施術後アンケート用紙

III.結果

 VASにて疲労および痛みの度合いが減少したのは138名中133名(96%)、増加したのは3名(2%)、変化がなかったのは2名(2%)であった。

 疲労および痛みの度合いが減少した例の平均ポイントは38ポイント、増加した例の平均ポイントは28ポイントであった。

 疲労および痛む部位でもっとも多かった回答は下腿後側左、次いで下腿後側右であった。尚、部位の回答は複数回答可能なため総計571個所あった。

表1. 部位別主訴件数の左右差

表1. 部位別主訴件数の左右差

IV.考察

 今回の結果で特徴的なのは、疲労および痛む部位が左側に多いと言うことであるが、左側主訴が多い部位は右側主訴でも他所と比して多い傾向にあるので、今後の精査課題としたい。

 現段階での因果関係は不明であるが、マラソンに限らず肉体労働等の負荷を一定時間身体にかけ続けた場合に今回の結果と同様に左側に疲労や痛みが多いと仮定した場合、浪越式基本指圧の施術順序と何らかの因果関係が見出されるのではないかと推測される。

 また、東京マラソン参加者のなかで自転車救護チームによって応急処置を受けたランナー約310名の64.7%が足の筋肉・関節の痛みを主訴としている1)ことと今回の結果を合わせて考えた時、スポーツ場面における指圧治療普及の有効性・可能性が示されていると考える。

V.おわりに

 今後も可能な限り調査を継続し治療効果の解明に寄与したい。

 またその結果を元に、マラソンをはじめとするスポーツ愛好家に親しまれる指圧の推進普及に努めたい。

VI.参考文献

1) 伊藤静夫:マラソンにおける水分補給の重要性, 指導者のためのスポーツジャーナル,二〇一二年春号, p.44, 公益財団法人 日本体育協会, 東京, 2012


【要旨】

東京夢舞いマラソン指圧ボランティアアンケート報告
衛藤 友親, 宮下 雅俊, 石塚 洋之, 満留 伸行

 第12回東京夢舞いマラソン神楽坂ステーション(33.892km地点)にてA4版両面印刷のアンケート用紙を用い、施術前と施術後の疲労および痛みの度合いを100mm(=100ポイント)の長さのVAS(visual analogue scale)にて回答いただいた。また疲労および痛みの部位をイラストに記入する形式で回答いただいた。その結果、VASにて疲労および痛みの度合いが減少したのは138名中133名、増加したのは3名、変化がなかったのは2名であった。疲労および痛みの度合いが減少した例の平均ポイントは38ポイント、増加した例の平均ポイントは28であった。疲労および痛む部位でもっとも多かった回答は下腿後側左、次いで下腿後側右であった。

キーワード:疲労軽減、下腿後側、左右差、スポーツ指圧