タグ別アーカイブ: 自律神経

アトピー性皮膚炎に対する指圧治療:千葉優一

千葉 優一
日本指圧専門学校
指導教員:金子 泰隆
日本指圧専門学校教員

Shiatsu therapy for atopic dermatitis: a case report

Yuuichi Chiba,  Yasutaka Kaneko2

Abstract : There was a report demonstrating the effectiveness of shiatsu therapy to relieve pruritus and skin symptom caused by atopic dermatitis. However, if such shiatsu therapy relies on special skills and experiences of a therapist, the effectiveness of shiatsu therapy for symptoms of atopic dermatitis is disputable. Therefore, a research into the effects of shiatsu therapy provided by an inexperienced therapist for a patient with atopic dermatitis was conducted. As a result, pruritus and skin symptom were relieved. The result indicated that shiatsu therapy, which acts on autonomic nerves, has the potential to exert an effect on atopic dermatitis.


Ⅰ.はじめに

 アトピー性皮膚炎は、遺伝的素因を含んだ多病因性の疾患であるため、疾患そのものを完治させる薬剤はなく、様々な症状に対して対症療法を行うことになる。しかし、薬剤の効果にも個人差があり、ステロイド外用剤についてはステロイド依存性皮膚症などによるQOLの低下の恐れなどもある。そのため、より副作用の少ない治療法を確立することが患者にとって望ましいと考える。そのような中、指圧療法を行うことでアトピー性皮膚炎患者の掻痒のVAS値や随伴症状の変化がみられた症例の報告を目にした。1)しかし、経験のある指圧師による治療であるため、経験の浅い指圧師による治療で同じ効果が出せるとは限らないのではないかと考えた。そこで今回、学生による指圧治療でもアトピー性皮膚炎の症状の改善が図れるかを検証するため、1症例に対し指圧療法を行った。その結果、症状の改善が見られたため報告する。

Ⅱ.対象および方法

[症例]

 21歳男性

[現病歴]

 小学校低学年から症状が悪化しはじめたため皮膚科を受診し、薬物療法により経過を観察している。現在は、症状出現時にデルモベートまたはスチブロンを使用し症状をコントロールしている。

[自覚所見]

  • 全身の痒み

 ※ 頭部、顔面部、背部、肘窩部、手関節部、膝窩部に特に強い掻痒を感じる。
 ※ 睡眠中に掻破行動が起こり、目覚めるとシーツに血液が付着している。

  • 睡眠障害

 ※ 掻痒のため眠れない。掻痒のため途中で目覚める。

[他覚所見]

  • 顔面部に赤みがある。
  • 頚部、腹部、右背部、下肢に特徴的硬結がみられる。

[評価]

  • VASによる掻痒の評価
  • 写真による皮膚症状の変化

[施術法]

  • 仰臥位における頚部操作
  • 頚部、腹部に重点を置く浪越式指圧療法2)

Ⅲ.結 果

[経過]

第1回(H24.4.25)

 腹部・下肢を施術中、顔が青ざめたが術後に回復し、顔面部の赤みがちょうど良くなった。

第2回(H24.5.9)

 頚部・背部・腹部の硬結が柔らかくなり、肌の赤みがひき、顔色が良くなった。

第6回(H24.6.6)

  • 群発頭痛がある。
  • 施術後に頭痛が治まった。
  • 強い精神的ストレスがあった。

第10回(H24.7.11)

  • 腋窩の施術の際強い痛みがあった。
  • 左殿部に強い反応点があった。

第16回(H24.10.25)

  • 胃部の押圧の際、前胸部に強く響いた。
  • 小腸部の押圧の際、腹部全体に響いた。

第20回(H24.12.26)

  • 掻痒をあまり感じなくなった。
  • 全身が楽になってきた。

第25回(H25.2.20)

  • 多少の掻痒は感じている。
  • 腹部・背部のはりがとれ、楽になった。

VAS値の変化(50㎜=50ポイント)

図1.VAS値の変化

図1.VAS値の変化
26回平均8.5ポイントの減少がみられた。

皮膚症状の変化

図2.2012.4.25

図2.2012.4.25
炎症と湿疹病変、色素沈着がみられる。

図3.2012.7.4

図3.2012.7.4
炎症は治まっているが色素沈着はみられる。

図4.2012.7.4

図4.2012.7.4
炎症は治まっているが色素沈着はみられる。

図5.2013.3.1

図5.2013.3.1
色素沈着が改善され、正常な皮膚のエリアが広がっている。

IV.考察

 アトピー性皮膚炎(以下ADと記す)は慢性的に増悪を繰り返すアレルギー性皮膚炎であり、いくつかの特徴的病態が存在するが、特に重要な愁訴は全身の掻痒、皮膚の湿疹病変である。強い掻痒は、ADの特徴の一つである。また、その掻痒には抗ヒスタミン薬が効きにくく3)、掻破行動は一度はじまるとなかなか止まらない。皮膚の湿疹病変は、皮膚のバリアー機能を低下させる。これらの症状をコントロールすることがAD治療では重要であり、現状ステロイド外用剤による薬物療法が基本となっている。しかし、ステロイド依存性皮膚症の存在の報告などもあり、副作用によりQOLの低下を招く例も存在すると言われている4)。そのため、より副作用の少ない治療法が確立されることが患者にとって望ましい。

 そのような中で、指圧療法によりADの症状が改善された報告があった1)。しかし、特別な技術と経験を持つ指圧師でなければできない治療であれば、指圧療法によってADの症状が改善されるとは言い難い。そこで今回、学生によってAD患者へ指圧治療を施した場合でも治療効果が期待できるかを検証するため、教員の指導の下、AD患者1名に対して指圧療法を行った。

 27回の治療の中で、術前VAS値に上昇がみられる時期があり、第12回、第21回、第27回が顕著である。これは、環境因子によるものと思われる。第12回は、第11回の治療から治療間隔が約1カ月空いていること、夏の最も暑い時期であることが関係していると思われる。本症例は、毎年夏の時期に症状が最も悪化するとのことであったが、それでも術後VAS値が低下し、掻痒感が軽減している。

 第21回では、前日に転倒して痛めた右小趾が外傷によるストレスとなって影響していたことも原因と考えることができる。また、第27回でも術前VAS値が高値を示しているが、国家試験受験を間近に控えたストレスによることが考えられる。しかし、いずれも術後VAS値が低下していることから、環境要因等により症状が悪化した時期においても指圧治療によって症状が改善されたと考えることができる。

 黒澤ら5)は、腹部への指圧刺激が消化管蠕動を亢進させることを報告しており、また横田ら6)は、前頚部への指圧刺激が瞳孔直径を縮小させることを報告している。いずれも、指圧刺激が交感神経の抑制、副交感神経の亢進に働くことを示唆するものであると考えられる。そのような点を踏まえると、指圧療法を行うことで自律神経系の活動が調和され、その結果、ADの症状が改善したと考えることができる。

 今回、学生による指圧治療でもAD患者の掻痒や皮膚症状を改善できたことから、指圧療法がAD患者の症状改善に貢献できる可能性があると考える。

V.まとめ

  1. AD患者に指圧療法を行い、1年間の経過観察をした結果、術後VAS値の改善と皮膚症状の改善がみられた。
  2. 特殊な技術や経験を有する指圧師でなくても指圧療法によりADの症状を改善できたことから、指圧療法がADの症状をコントロールできる可能性がある。

VI.文献

1) 金子泰隆:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療, 日本指圧学会誌(1), p.2-5, 2012
2) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版, 国際医学出版, 東京, 2008
3) 標準皮膚科学 第8版, 医学書院, 2007
4) 佐藤健二ら:アトピー性皮膚炎とステロイド依存性皮膚症, 正しい治療と薬の情報.Vol.9, No.4, 1994
5) 黒澤一弘他:腹部指圧刺激による胃電図の変化, 東洋療法学校協会学会誌(31), p.55-58, 2007
6) 横田真弥他:前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌(35), p.77-80, 2011


【要旨】

アトピー性皮膚炎の指圧治療

千葉優一、金子泰隆

 アトピー性皮膚炎の掻痒と皮膚症状に対して指圧療法が効果を発揮した報告があったが、特別な技術と経験を持つ指圧師でなければできない治療であれば、指圧療法によってADの症状が改善されるとは言えない。そこで今回、キャリアの浅い施術者がAD患者へ指圧治療を施した場合でも治療効果が期待できるかを検証するために、AD患者1症例に対し指圧療法を試みた。その結果、掻痒および皮膚症状の改善がみられた。この結果から、自律神経に働きかけることができる指圧療法がADの症状に対して効果を発揮する可能性が示唆された。

キーワード:アトピー性皮膚炎,指圧療法,自律神経



アトピー性皮膚炎の指圧治療:金子泰隆

金子 泰隆
MTA指圧治療院
院長
日本指圧専門学校教員

Shiatsu therapy for atopic dermatitis: a case report

Yasutaka Kaneko

Abstract : In terms of treatment for atopic dermatitis, symptomatic therapies are mainly provided for the patients. Aiming at relief of symptoms and quality-of-life improvement, Shiatsu therapy was practiced. As a result, improvements in Visual Analog Scale and changes in eczema lesion and accompanying symptoms were observed after seven sessions of Shiatsu therapy. Eczema lesion and pruritus are the most problematic symptoms of atopic dermatitits, and such symptoms tend to be reduced by maintaining general health. Effects of Shiatsu on autonomic nerve system and muscle hardness have also been reported. Therefore, it is suggested that Shiatsu therapy is potentially capable of relieving symptoms of atopic dermatitis.


Ⅰ.はじめに

 アトピー性皮膚炎は、増悪・寛解を繰り返す、瘙痒のある湿疹を主病変とする疾患であり、患者の多くはアトピー素因を持つと定義されている。アトピー性皮膚炎は遺伝的素因も含んだ多病因性の疾患であり、疾患そのものを完治させうる薬物療法はないと言われている。よって対症療法を行うことが原則となるのであるが、薬物療法の効果にも個人差があり、ステロイド外用剤については副作用の報告も存在している。そのため、より副作用等の少ない治療法を確立することが患者のQOLの向上の手助けになると考える。そこで今回、指圧療法を行うことで症状の軽減、あるいは薬物の効きが良くなった症例を報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:

 学校法人浪越学園 日本指圧専門学校 臨床実習室

期間:

 2012年1月20日〜2012年3月9日

施術対象:

 20歳女性

治療方法:

 仰臥位における頚部操作および横臥位を除く浪越式基本指圧

Ⅲ.結 果

[症 例]

 20歳女性

[初 診]

 2012年1月20日

[現病歴]

 小学校6年生頃から症状が悪化しはじめたため、皮膚科を受診し、薬物療法により経過を観察していた。複数の皮膚科を受診し、薬を変えながら経過を観察していたが、専門学校入学時から症状が悪化しはじめた。現在は、アタラックスPドライシロップを2日に1包服用しながら、症状出現時にネリゾナ軟膏を使用し、症状をコントロールしている。

[既往歴]

 スギ、ヒノキ、ハウスダスト、ラテックスのアレルギー。

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[自覚所見]

  • 瘙痒感:ほぼ全身に感じているが、背部および前胸部、上腕部の瘙痒感が著しい。
  • 便秘症:数年前までは1〜2週間に1回、最近は3日に1回程度である。
  • 睡眠障害:掻痒のため、寝つきが悪く、寝ても途中で起きてしまう。

[診察所見]

  • 湿疹病変:ほぼ全身にみられる。特に背部と上腕部に顕著な病変がみられる。
  • 掻破痕:肘窩部、頚部、背部等、全身にみられる。

[治療経過]

第1回(2012年1月20日)

  • 背部および上腕部に掻痒を感じていたが、術後に掻痒を感じなくなった。
  • 正常な皮膚の部分と病変部の境界が明瞭になる。
  • 体の温かさを感じる。

第2回(2012年1月27日)

  • 第1回目の施術日の夜は眠れなかったが、2日目以降ぐっすり眠れる日が数日あった。
  • 自覚として肌がスベスベしているような感じがする。
  • 前日は久しぶりに瘙痒感を感じた。
  • 背部の瘙痒感が強かったが、術後は瘙痒感を感じなくなった。

第3回(2012年2月3日)

  • 抗ヒスタミン薬の効きが良くなっている。以前は朝・夕に服用していたが、最近は服用を忘れるほどである。
  • 瘙痒感が軽くなってきた。
  • 術後は瘙痒感を全く感じない。
  • 皮膚につやが出てきた。

第4回(2012年2月10日)

  • ストレスがかかることがあり、イライラ感のため掻破行動が起こった。掻破行動をとると気持ちが落ち着く。
  • 新しい掻破痕がみられる。
  • 術後の瘙痒感はない。

第5回(2012年2月24日)

  • 瘙痒感は、前回ほどは感じていない。
  • 術後に瘙痒感はなくなった。

第6回(2012年3月2日)

  • 夜に目が覚めることがなくなった。
  • 全体がかゆいことがなくなった。
  • 掻破痕の治りが良くなった。
  • 痂皮ができるのが早くなった。

第7回(2012年3月9日)

  • ぐっすり眠れるようになった。
  • 肌がきれいになってきた。
  • 薬を飲むのを忘れるようになった。
  • 腹痛がなくなった。

7回の治療におけるVAS値の変化

7回の治療におけるVAS値の変化

皮膚症状の変化

図1. 1月20日背部

図1. 1月20日背部
皮膚の色素沈着が著しく正常な皮膚のエリアが狭い。

図2. 3月9日背部

図2. 3月9日背部
色素沈着が改善され肌色のエリアが広がってきている。

Ⅳ.考 察

 アトピー性皮膚炎患者の愁訴において、最も重要なものは掻痒と湿疹病変である。アトピー性皮膚炎の掻痒は、他のアレルギー疾患と違い睡眠障害を伴うことが報告されており1)、患者のQOLを著しく低下させる要因であるのは間違いない。従って、掻痒をコントロールすることがアトピー性皮膚炎治療での最重要課題になると考える。しかしながら、掻痒は患者の自覚症状であるため、その評価を可視化することが困難である。そのため、客観性に乏しい面はあるが、その一つの評価としてVASを用いた。 今回、VASを用い患者の自覚的な掻痒の変化を追いかける中で、術後の掻痒は毎回0を示し、回を追うごとに術前のVAS値も低下していることから、掻痒に対する直後効果と継続効果の両方を期待できる可能性が示唆される。

 また、湿疹病変と掻破行動により、皮膚のバリアー機能が低下することもアトピー性皮膚炎の症状を悪化させる一つの重要な因子である。そのため、皮膚の状態を正常に近づけていくことが、湿疹病変と掻痒→掻破行動→皮膚のバリアー機能の低下→新たな湿疹病変と掻痒といった悪循環を断ち切ることに繋がると考える。今回、皮膚症状の変化を写真にて追いかけた(図1、図2)。色素沈着のエリアの狭小化、湿疹病変部の変化等がみられたため、患者の自覚症状の変化と併せて皮膚の状態が改善していることが示唆される。

 掻痒と湿疹病変の改善に指圧療法が効果を発揮する可能性があることは確認できたが、その作用機序については不明な点も多い。それは、圧刺激が自然刺激であるため、その定量化が困難であることや術者の感覚に相違がある点などが挙げられる。

 しかしながら、蒲原ら2)が、腹部の指圧刺激が交感神経活動抑制に働き筋血液量の増大がなされたこと、ならびに、浅井ら3)が、腰背部の指圧刺激によっても交感神経活動抑制による筋血流増大がおこることを報告していることから、指圧療法が交感神経活動を抑制し、相対的に自律神経活動が調和され、その結果として症状が軽減したと考えることができる。また、横田ら4)は、前頚部の指圧刺激により縮瞳反応がみられたことを報告しており、指圧刺激が副交感神経を亢進させる可能性も示している。 いずれにせよ、指圧刺激が部位ごとにその反応を異にすることは考えられるが、自律神経系に影響を与えていることが考えられる。そのため、指圧刺激を全身に加える指圧療法においても、自律神経系を調整することによりその効果が発揮されていることが考えられる。

Ⅴ.結 語

 指圧療法はアトピー性皮膚炎の重要な愁訴である掻痒と湿疹病変に対して効果を発揮する可能性がある。

Ⅵ.参考文献

1) 江畑俊哉:アトピー性皮膚炎の痒みについて, アレルギー科 , 13(5); pp.405-411, 2002
2) 蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果, 東洋療法学校協会学会誌, (24); pp.51-56, 2002
3) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果, 東洋療法学校協会学会誌, (25); pp.125-129, 2001
4) 横田真弥 他:前頚部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌 , (35); pp.77-80, 2011


【要旨】

アトピー性皮膚炎の指圧治療
金子 泰隆

 対症療法が中心となるアトピー性皮膚炎に対して、症状の軽減およびQOL向上を目的として指圧療法を行った。その結果、7回の施術でVASの改善、湿疹病変の変化、随伴症状の変化等がみられた。アトピー性皮膚炎の症状で最も問題となる湿疹病変と掻痒は全身状態を良好に保つことで軽減される傾向がある。そのため、自律神経系や筋硬度に影響を与える指圧療法を用いることでアトピー性皮膚炎の症状を軽減できる可能性がある。

キーワード:アトピー性皮膚炎、指圧、掻痒、自律神経、バリアー機能、色素沈着