五十肩に対する指圧治療:宮下雅俊

宮下雅俊
てのひら指圧治療院 院長

Shiatsu Therapy for Frozen Shoulder

Masatoshi Miyashita

 

Abstract : With a view to relieving pain around the left shoulder joint and improving range of the left shoulder motion, a sixty year old female patient with frozen shoulder was treated by shiatsu. The treatment of twelve sessions resulted in removing the pain and improving the range of the joint motion. As for the range of motion, the difference between the left and right shoulders was eliminated. Increasing muscle flexibility by shiatsu therapy may have potential to ease pain and to improve range of joint motion.


I.はじめに

 五十肩は肩関節周囲炎と呼ばれる疾患の一つである。整形外科での五十肩を含めた肩関節周囲炎の治療のガイドラインによると、急性期と慢性期では治療方針が異なり、急性期では疼痛緩和の為の貼付剤や消炎鎮痛剤、筋弛緩剤などの薬が処方される。慢性期ではマイクロウェーブやホットマグナーといった温熱療法やコッドマン体操などの運動療法が取り入れられている。

 今回、整形外科医による五十肩の診断を受けた患者に対して指圧治療を行い、関節可動域の改善がみられた症例を報告する。

Ⅱ.対象および方法

場 所: 都内患者宅
期 間: 2012年11月16日〜2013年9月13日の合計12回の指圧施術
施術対象:60歳女性
家族歴: 特筆事項無し
既往歴: 卵巣嚢腫
現病歴: 2011年11月頃より左肩周辺に痛みが出はじめるものの、そのうち良くなるとの判断により約1年間放置していた。しかし疼痛が増大し、関節可動域の制限が強くなった。 2012年10月、整形外科にてX線の画像診断による石灰の沈着などが診られない等の理由から五十肩との診断を受ける。薬(ノイロトロピン)の処方と理学療法室での治療を進められたが、事情により毎日の通院が難しいため往診による指圧治療を受けることとなった。

[検査所見]

  • ヤーガーソンテスト陰性
  • スピードテスト陰性
  • ペインフルアークサイン陰性
  • アップレイスクラッチテスト陽性
  • ダウバーン兆候陰性
  • ドロップアームサイン陰性
  • 棘上筋、三角筋後部線維に圧痛有り
  • 左上肢前方挙上に関節可動域制限と運動痛有り

[診察所見]

  •  軽度円背を認める。
  • 伏臥位では左下肢が右下肢に比べ短い。 (内果を基準)
  • 腰椎の前弯が強く現れている。

[治療方針]

 検査所見から棘上筋、三角筋を中心に肩関節の周辺を重点的に行う指圧1)と、全身の指圧施術を行う。

 

III.結果

 左肩関節周囲の疼痛が改善してからは、三角筋後部線維を中心に肩関節の周辺を重点的に行う指圧と、胸椎の可動域を広げる目的で背部脊柱起立筋の両側に対する押圧法による衝圧法2)と全身の指圧施術を行った。

第1回 2012年11月16日

  • 棘上筋、三角筋を中心に肩関節周囲の指圧施術と全身に対する指圧操作を行う。
  • 棘上筋、三角筋、上腕三頭筋に押圧操作を施しながらの、肩関節挙上、外転の他動運動による運動操作を行う。
  • 左上肢前方挙上の関節可動域の改善が見られた。
    (図1と図2の指圧治療の施術前、施術後の比較)

第2回 2012年12月7日 

  • 棘上筋、三角筋を中心に肩関節周囲の指圧施術と全身に対する指圧操作を行う。
  • 棘上筋、三角筋、上腕三頭筋に押圧操作を施しながらの、肩関節挙上、外転の他動運動の運動操作を行う。
  • 自覚症状として前回の施術時に比べ、棘上筋よりも、三角筋後部線維の運動痛と圧痛が強く感じられる。

第3回 2012年12月21日

  • 指圧施術前に、健側の右肩関節の可動域が前回よりも低下していることを画像で確認した。
  • 三角筋後部線維、前鋸筋を中心に肩関節周囲の指圧施術と全身に対する指圧操作を行う。
  • 腹臥位にて、背部脊柱両側に衝圧法を行う。
  • 三角筋後部線維、上腕三頭筋に押圧操作を施しながらの、肩関節挙上、外転の他動運動の運動操作を行う。
  • 左肩関節周囲の疼痛は改善したが、運動痛、圧痛は残っており、初回施術後の様な顕著な他覚的な変化がないため、施術期間を2週間に一度の治療ペースから、ひと月に一度の治療ペースに移行した。

第4回 2013年1月25日

  • 前回と同様の施術内容。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。

第5回 2013年2月15日

  • 前回同様の施術内容。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。 第6回 

2013年3月15日

  • 前回同様の施術内容。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。 第7回 

2013年4月12日

  • 前回同様の施術内容。
  • 三角筋後部線維の圧痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぐが、上肢前方挙上に左右差が見られる。

第8回 2013年5月10日

  • 前回同様の施術内容。
  • 三角筋後部線維の圧痛、運動痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぎ、上肢前方挙上に左右差の減少。

第9回 2013年6月14日

  • 前回同様の施術内容。
  • 三角筋後部線維の圧痛、運動痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぎ、上肢前方挙上に左右差の減少。

第10回 2013年7月12日

  • 前回同様の施術内容
  • 三角筋後部線維の圧痛、運動痛が和らいできている。
  • 施術後、肩周辺の筋肉の緊張は和らぎ、上肢前方挙上に左右差が前回に比べ更に減少。

第11回 2013年8月9日

  • 左右肩関節前方挙上の左右差がほとんど見られることはなく、左肩関節の関節可動域が改善した。
  • 左肩関節の疼痛の消失、運動痛の消失、圧痛の減少が確認できた。

第12回 2013年9月13日

  • 前回同様、左右上肢の前方挙上の左右差がほとんど見られることはなく、左肩関節の関節可動域が改善した。
  • 左肩関節の疼痛の消失、運動痛の消失、圧痛の消失が確認できた為、五十肩に対する指圧治療は12回目をもって終了した。

 図1. 左右上肢前方挙上の肩関節可動域図1. 左右上肢前方挙上の肩関節可動域

IV.考察

 五十肩は多様な症状を示すため、腱板断裂などの疾患が五十肩と診断され保存的治療が漫然と行われている場合も少なくない3)。今回は整形外科医による五十肩という診断後に指圧治療を開始したことが、患者が安心して指圧治療を受けることができた一番の要因であった。

 図1と図2の比較により、第1回指圧施術で左肩関節の前方挙上動作の改善が見られ、左肩関節の関節可動域の向上の確認と同時に、健側であるはずの右肩関節の可動域改善も確認できた。

 しかしながら図3の第3回指圧治療前では、改善していたはずの右肩関節の可動域が低下しているのが確認された。

 図4にあるように、第12回指圧施術で左右上肢前方挙上による肩関節可動域の左右差がほとんど見られない程度に改善し、両肩関節とも前方挙上の正常可動域のほぼ180度近くまで拡大していることが確認できた。

 これらの考察は正確なROM測定を行っていないので動きのメカニズムのどこに作用したかは断定できない。他方、肩関節の前方挙上運動は、上腕骨や肩甲骨の運動のみではなく、体幹(特に胸椎の伸展運動)の動きが連動して起こるとされている4)。  本症例における関節可動域改善のメカニズムを今回の結果から断定的に論じることはできないが、指圧刺激が筋の柔軟性を向上させる5)ことから、本症例へ施した肩甲間部、肩甲下部への指圧や背部への衝圧法により周辺の筋緊張が緩和され、上記の肩関節上方挙上運動機構のいずれかあるいは複数を改善させることにより、関節可動域が改善したと推察する。

V.結論

 指圧療法は、五十肩における肩関節の可動域の改善に対して効果が確認できた。

VI.参考文献

1) 浪越徹著:普及版 完全図解指圧療法,p.224-225,日貿出版社,東京,2001
2) 社団法人東洋療法学校協会 教科書執筆小委員会著:あん摩マッサージ指圧理論,p.17,p.27,株式会社医道の日本社,東京,2003
3) 森岡健他:五十肩として治療されていた腱板断裂例の治療成績,p.283-290,日本リウマチ・関節外科学会雑誌vol.12,NO3,1993,
4) 上田泰之他:若年者と高齢者における上肢挙上時の体幹アライメントの違い,体力科學,57(4),p.485-490,2008
5) 浅井宗一他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,p.125-129,東洋療法学校協会学会誌,(25),2001


【要旨】

五十肩に対する指圧治療
宮下雅俊

 60歳女性の五十肩に対して、左肩関節周囲の疼痛の緩和、左肩関節の関節可動域の向上を目的として指圧療法を行った。その結果、全12回の指圧治療により左肩関節の疼痛の消失、関節可動域の改善が見られ、左右の肩関節の可動域に左右差が見られなくなった。指圧療法により、筋の柔軟性を高めることで、五十肩による疼痛改善、関節可動域の改善をみた。

キーワード:五十肩、肩関節周囲炎、関節可動域、指圧