多嚢胞性卵巣(PCO)への指圧の治療効果:徳元 大輔

徳元 大輔
きりん堂指圧治療院 院長

Effects of Shiatsu Treatment for a Patient with Polycystic Ovary (PCO) : A Case Report

Daisuke Tokumoto

 

Abstract :  This report examines the case of a 31-year-old female patient complaining of constipation and menstrual pain and diagnosed with polycystic ovary (anovulatory menstruation), who received shiatsu treatments. The patient began to have regular bowel movements and the menstrual pain was eased as of the day following the first treatment. Six months later, she recovered from polycystic ovaries. Eight months later, she became pregnant. This case suggests that shiatsu treatment may contribute to the improvement of various gynecological diseases, including polycystic ovaries.

Keywords:shiatsu, polycystic ovary, anovulatory menstruation, infertility, menstrual cramps, constipation, Oriental medicine


I.はじめに

 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS:Polycystic Ovarian Syndrome)とは、排卵障害に伴う月経異常、卵巣の多嚢胞性変化、内分泌学的異常を主徴とする疾患であり、生殖年齢の5~8%に認められ1)、排卵障害の原因の一つといわれている。
 日本産科婦人科学会の診断基準2)によると、月経異常・多嚢胞性卵巣(ネックレスサイン)・内分泌学的異常(血中男性ホルモン高値、またはLH[黄体形成ホルモン]値が高値かつFSH[卵胞刺激ホルモン]値正常)などの診断基準を満たしたものが多嚢胞性卵巣と診断される。
 発症要因は、視床下部のドーパミン活性低下により下垂体からのLH 分泌が亢進することが第1に考えられている。また、近年はインスリン抵抗性もPCOS の病態形成に関与していることが明らかになり、様々な因子により発症すると考えられている1)。また、欧米では男性化兆候を伴うことが多いといわれているが、日本では必ずしもあてはまらない。3)
 本疾患のほとんどは軽度で、排卵が起こったり起こらなかったりする多嚢胞性卵巣症候群もどきといわれる多嚢胞性卵巣(PCO体質)も多い。今回取り上げる症例においても、患者は多嚢胞性卵巣症候群の診断基準を満たしていないため、多嚢胞性卵巣に該当する。この患者の生理痛と便秘の愁訴に対し指圧治療を行ったところ、症状の改善と多嚢胞性卵巣の正常化がみられたので報告する。

Ⅱ.対象及び方法

対象者

 31歳女性 主婦

主訴

 生理痛、便秘

自覚初見

 生理痛が強い、便通は2〜3日に1回ほど、肩こり、冷え性

他覚初見

 内臓と胸郭の下垂(やや扁平胸郭・打診音で胃下垂を認める)、下腹部の張り頚部および肩背部の筋緊張、骨盤の後屈および左短下肢、やや多毛

現病歴

 2017年6月5日、無排卵月経(多嚢胞性卵巣)と診断を受ける。

現病歴

 2017年6月5日、無排卵月経(多嚢胞性卵巣)と診断を受ける。
 漢方薬(温経湯)を処方されたが、初日で吐き気をもよおし服用をやめる。

既往歴

 なし

家族歴

 特記すべき事項なし

治療方針

     ・全身への指圧による筋緊張の緩和と運動操作による姿勢矯正および、胸郭と内臓下垂の改善
     ・普段の姿勢とストレッチの指導
     ・食事の傾向として炭水化物や糖質の摂取が多いため、糖質の摂取を控え、ミネラル(主にマグネシウム)を多く摂取するように食事指導

    治療方法とその手順

     1)腹部へ基本指圧
     2)下肢後面を除く両下肢へ、股関節部周辺から足趾へ以下の経絡に沿って流動圧法
     胃経4)、腎経5)、脾経6)、肝経7)、胆経8)
     3)下肢および足関節の運動操作9)
     4)両上肢へ肩関節周辺部から指先へ、経絡に沿って流動圧法
     肺経10)、心包経11)、心経12)、大腸経13)、三焦経14)、小腸経15)
     5)手関節の基本指圧
     6)臀部から両下肢後面を足趾へ、経絡に沿って流動圧法16)
     7)後頭部から背部を臀部まで、経絡に沿って流動圧法16)
     8)腰部伸展法17)
     9)左側にて、腰椎矯正法18)
     10)左前頚部を指圧
     11)左肩甲骨の挙上法19)
     12)右側にて、腰椎矯正法18)
     13)右前頚部を指圧
     14)右肩甲骨の挙上法19)
     15)頭部顔面への基本指圧
     16)腹部へ基本指圧
     17)上肢牽引法20)
     18)胸郭拡張法21)
     19)上肢反転法22)

    治療期間

     2017年6月〜2018年2月まで、計18回実施。
     2017年6月7日、21日/7月5日、18日/8月8日、25日/9月10日、30日/10月14日、25日/11月8日、22日/12月6日、20日
     2018年1月11日、14日/2月8日、20日

    Ⅲ.結果

    〈2017年6〜11月の治療経過〉

     ・血液検査でのホルモン値の異常は認められなかったが、超音波検査では多嚢胞性卵巣が認められた(図1)

    図1.6月5日の超音波検診結果

    図1.6月5日の超音波検診結果

     ・6月7日の治療後、翌日から毎日便通がある
     ・ストレッチは毎日ではないが実施している
     ・食事には全く気をつけていないとのこと
     ・7月13日の超音波検査では、卵巣の数が若干減って見える(図2)

    図2.7月13日の超音波検診結果

    図2.7月13日の超音波検診結果

     ・9月からは、月経痛が以前に比べてかなり軽減した
     ・12月14日の受診で、超音波検査では多嚢胞性卵巣は認められず、医師からいつでも妊娠できる状態だといわれる
     ・便通も毎日あり、生理痛も以前よりかなり軽減した
     ・2018 年2 月に妊娠検査薬で陽性反応が出たため、産婦人科を受診。妊娠2カ月ほどと診断された(図3)

    図3.2月13日の超音波検診結果

    図3.2月13日の超音波検診結果

     ・2018年9月に無事、男児を出産

    Ⅳ.考察

     多嚢胞性卵巣および、多嚢胞性卵巣症候群は原因がはっきりと分かっていない病気である。そのため、本症例において多嚢胞性卵巣の原因への直接的なアプローチは難しかったため、患者の体質、姿勢改善を主眼に置いた治療を行った。本患者においては、内臓下垂による血流不全と、腹部内臓の圧迫、食事の内容から糖質の摂取過多が疑われた。

     全身指圧は気血の流れを促進する目的で、四肢と背部の経絡に沿って流動圧法を実施した。加えて運動操作を行うことで、骨格矯正効果による内臓下垂の改善、神経伝達の促進がなされ、腹部内臓および骨盤神経に反射作用が生じ、卵子の成長、発育が正常化したものと考えられる。

     また、多嚢胞性卵巣症候群の主な症状に、肥満、ニキビ、糖代謝異常などが挙げられることから、慢性的なミネラル不足と、糖質摂取の量が多いことも可能性として考えられ、インスリン抵抗性もこれらの症状の発現に関与していると推察される。マグネシウムの摂取量低下はインスリン抵抗性や糖尿病と関連することが報告されており23)、多嚢胞性卵巣症候群の改善には糖質の摂取制限とマグネシウムの摂取が有効ではないかと考えられる24)

     しかし、今回は食事指導をしたにも関わらず、患者は全く気をつけていなかったことから、本症例では内臓下垂による代謝異常が主な原因であったと推察される。

    Ⅴ.結語

     施術開始翌日から便秘が改善し、生理痛も徐々に改善、その後約半年で多嚢胞性卵巣が完治した。これらのことから、指圧治療が多嚢胞性卵巣のみならず、様々な婦人科系疾患の改善に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

    参考文献

    1)佐藤幸保:多嚢胞性卵巣症候群(PCOS),日本産科婦人科学会雑誌64(8)p.1841-1844,2012
    2)水沼英樹,苛原稔,久具宏司 他:生殖・内分泌委員会報告 本邦における多嚢胞性卵巣症候群の新しい診断基準の設定に関する小委員会(平成17年度〜平成18 年度)検討結果報告,日本産科婦人科学会雑誌59(3);p.868-886,2007
    3)岡庭豊:病気がみえるvol.9 婦人科・乳腺外科 第2版,p.36-37,図書印刷,東京,2009
    4)井沢正:図解による経絡経穴と指圧療法,p.71,日本指圧協会,東京,1972
    5)井沢正:前掲註4),p.115
    6)井沢正:前掲註4),p.83
    7)井沢正:前掲註4),p.151
    8)井沢正:前掲註4),p.139
    9)栗山三郎,浪越徳次郎:指圧療法全書,p.64,東京書館,東京,1967
    10)井沢正:前掲註4),p.55
    11)井沢正:前掲註4),p.123
    12)井沢正:前掲註4),p.91
    13)井沢正:前掲註4),p.63
    14)井沢正:前掲註4),p.129
    15)井沢正:前掲註4),p.95
    16)井沢正:前掲註4),p.103
    17)芹澤勝助:指圧の理論と実技,p.40,医歯薬出版,東京,1899
    18)栗山三郎,浪越徳次郎:前掲註9),p.64 実技写真64-65
    19)芹澤勝助:前掲註17),p.61-62
    20)栗山三郎,浪越徳次郎:前掲註9),p.71
    21)芹澤勝助:東洋医学の接点に立つ マッサージ・指圧法の実際,p.143-144,創元社,大阪,1970
    22)芹澤勝助:前掲註17),p.65-66
    23)Dong JY, et al.: Magnesium intake and risk of type2 diabetes: meta-analysis of prospective cohort studies,; Diabetes Care34; p.2116-2122, 2011
    24)池田康将,土屋浩一郎,玉置俊晃:見直される糖尿病の食事療法 5. 糖尿病と食事由来金属元素,糖尿病56(12);p.919-921,2013


    【要旨】

    多嚢胞性卵巣(PCO)への指圧の治療効果
    徳元 大輔

     本症例では、便秘、生理痛を訴える、多嚢胞性卵巣(無排卵月経)と診断された31歳の女性に対し、指圧治療を行った。その結果、治療開始翌日から便通があり、生理痛も軽減し、半年後には多嚢胞性卵巣が完治した。また、その8カ月後に当患者が妊娠したので、治療の経過をここに報告する。

     本症例から、指圧治療が多嚢胞性卵巣のみならず、さまざまな婦人科系疾患の改善に寄与できる可能性が考えられる。

    キーワード:指圧、多嚢胞性卵巣、無排卵月経、不妊症、生理痛、便秘、東洋医学