平成29年日本大学陸上競技部沖縄合宿指圧ボランティアアンケート報告:石塚 洋之

石塚 洋之
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu at 2017 Nihon University Track and Field Club
Training Camp in Okinawa: Survey Report

Tsuyoshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : The survey was conducted at Nihon University Track and Field Club Training Camp, held March 15-18, 2017 in Okinawa. Before and after receiving shiatsu, athletes were asked to complete a questionnaire printed on both sides of an A4-sized sheet of paper, in which they circled the areas on a body diagram where they felt fatigue or pain and described their general fatigue level and symptom complaint level on a 100mm (=100 point) Visual Analog Scale (VAS). Data was compiled for each event category. All 15 throwing event athletes showed post-treatment improvement in general fatigue levels as measured on the VAS. Of 32 running event athletes, 29 showed improvement in their general fatigue levels. Of 14 jumping event athletes, 13 showed improvement in their general fatigue levels.All 15 throwing event athletes showed improvement in symptom complaint level, as measured on the VAS. Of 32 running event athletes, 27 showed improvement in symptom complaint level. Of 14 jumping event athletes, 12 showed improvement in symptom complaint level.
Concerning the body area where the athletes felt fatigue or pain, the top reply among throwing event athletes was the lower back (equal left and right), followed by the upper and middle back (equal left and right). For the running event athletes, the top reply was the right posterior thigh, followed by the right posterior lower leg. For the jumping event athletes, the top reply was the left posterior thigh, followed by the posterior lower leg (equal left and right).

Keywords: sport shiatsu, Namikoshi shiatsu, Visual Analog Scale, survey, track and field


I.はじめに

 2017年3月15日から18日に行われた日本大学陸上競技部沖縄合宿において、競技者が練習後、身体のどの部位に痛みを生じるのか、また全身の疲労度と症状の不満度が指圧によってどの程度改善されたのかを調査するためのアンケート調査を行った。その結果を競技別に集計したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

 日  時:2017年3月15日~18日

 場  所:沖縄県沖縄市(奥武山総合運動場、沖縄県総合運動公園陸上競技場)

 対  象: 日本大学陸上競技部沖縄合宿参加者(18~24歳の男女)の練習前、練習後指圧を受けアンケートで有効回答が得られた64名

 評価方法:
 使用したアンケート用紙は、平成28年日本指圧学会冬季学術大会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを一部改変して用いた(図1、図2)。改変した箇所は症状の項目(人体図右)で、この内容をオーバートレーニング症候群の徴候1)に変更した。
 施術前と施術後の全身の疲労度と症状の不満度を100㎜(=100ポイント)の長さのVAS(visual analog scale)にて計測した。また疲労および痛みの部位を、身体イラストに○印で記入するよう指示した。陸上競技には多種多様な種目があるため、これらを3つのカテゴリーに分け、投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)、走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)、跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)とに分けて集計を行った。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%未満(P<0.05)に設定した。

 施術方法:日本指圧専門学校スポーツ指圧トレーナー部課外実習参加者が、競技者の主訴に応じて15~30分の間で浪越式基本指圧2)を行った。

図1. アンケート説明用紙
図1. アンケート説明用紙

図2. アンケート記入用紙
図2. アンケート記入用紙

Ⅲ.結果

 アンケートの回答数は64例のうち、設問1の有効回答数は64例、設問3、6と設問4、7の有効回答数は61例だった。(調査期間の3日間で同一人物による回答もあったため、延べ回答数である)

設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

◆投てき種目(表1)
 腰部(左右同率)、次いで背中(左右同率)であった。

◆走種目(表2)
 右大腿後側、次いで左大腿後側であった。

◆跳躍種目(表3)
 左大腿後側、次いで右大腿後側であった。

設問3、6…全身の疲労度合い変化

◆投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)(図3)
 15例中15例に減少がみられた(100%)。増加した者、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は66.9ポイントで術後平均は31.8ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)

◆走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)(図4)
 32例中29例に減少がみられた(91%)。増加した者は32例中3例(9%)であり、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は72.7ポイントで術後平均は37ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は55.6ポイントで術後平均は73.6ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

◆跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)(図5)
 14例中13例に減少がみられた(93%)。増加した者は14例中1例(7%)、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は70.1ポイントで術後平均は42ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は66ポイントで術後平均は76ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

設問4、7…症状の不満度変化

◆投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)(図6)
 15例中15例に減少がみられた(100%)。増加した者、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は71ポイントで術後平均は34.7ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。

◆走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)(図7)
 32例中27例に減少がみられた(84%)。増加した者は32例中5例(16%)であり、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は71.8ポイントで術後平均は32.4ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は60.2ポイントで術後平均は75.6ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

◆跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)(図8)
 14例中12例に減少がみられた(86%)。増加した者は14例中2例(14%)、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は68.9ポイントで術後平均は36.4ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は42ポイントで術後平均は52.5ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

表1. 左右の疲労や痛み部位(投てき種目)
表1. 左右の疲労や痛み部位(投てき種目)

表2. 左右の疲労や痛み部位(走種目)
表2. 左右の疲労や痛み部位(走種目)

表3. 左右の疲労や痛み部位(跳躍種目)
表3. 左右の疲労や痛み部位(跳躍種目)

図3. 疲労度の施術前後VASの平均(投てき種目)
図3. 疲労度の施術前後VASの平均(投てき種目)

図4. 疲労度の施術前後VASの平均(走種目)
図4. 疲労度の施術前後VASの平均(走種目)

図5. 疲労度の施術前後VASの平均(跳躍種目)
図5. 疲労度の施術前後VASの平均(跳躍種目)

図6. 症状の不満度VASの平均(投てき種目)
図6. 症状の不満度VASの平均(投てき種目)

図7. 症状の不満度VASの平均(走種目)
図7. 症状の不満度VASの平均(走種目)

図8. 症状の不満度VASの平均(跳躍種目)
図8. 症状の不満度VASの平均(跳躍種目)

Ⅳ.考察

設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労や痛み部位の考察は競技動作のバイオメカニクスとも照らし合わせて深い解析が必要であり、ここでは推測の域を出ないため、今後の研究課題とさせていただきたい。しかし、今回の調査では、各種目を3つのカテゴリーに分け、各カテゴリーを比較して考えられることを述べる。また、今回の調査時期は陸上競技においてはシーズンイン直前であり、練習も競技動作を中心に行っており、この疲労や痛み部位の結果は純粋な競技動作によるものと考える。

◆投てき種目(表1)
 走種目、跳躍種目では下肢の症状が多いのに対して、投てき種目では体幹部での症状を訴える者が多いことから、体幹へのストレスが大きいことが言える。また、上肢の痛み疲労を訴える者が投てき種目では8例あった。これは跳躍種目での上肢症状を訴える者(表3)が全て棒高跳競技者であったことから、道具を扱うことが上肢への症状へと結びついているのではないかと推察できる。

◆走種目(表2)
 走種目、跳躍種目はともに走る動作が共通しているため、下肢への症状が多かったと考えられる。また、跳躍には殿部の痛みを訴える者が全くいなかったのに対して走種目には15%いたことが、跳躍との大きな違いである。

◆跳躍種目(表3)
 走速度が跳躍力に影響することが知られており3)、そのため走種目に似る結果になったと考えられる。

設問3、6…全身の疲労度合い変化

 過去のマラソン競技での衞藤ら4)、小松ら5)の報告でも、全身の疲労度合いは施術前後で改善の傾向を示している。浅井らの報告6)では指圧により筋の柔軟性の向上が認められており、15~30分の施術においても同様の効果が得られたと推察される。ただし、有害事象として4例においてVAS値の増加がみられた。これには、様々な理由が考えられるが、15~30分という時間では疲労が取りきれなかった。あるいは術者の刺激量が足りなかった等の術者側の問題と、疲労の回復に用いる手段の選択も視野に入れて考える必要がある。
 疲労回復に用いる手段という点から考えれば、その方法にはアクティブリカバリーとパッシブリカバリーがあり、指圧はパッシブリカバリーに分類される。疲労による筋の緊張には、前述の浅井らの報告でも効果が認められているが、筋肉中に溜まった乳酸に関してはアクティブリカバリーのような、有酸素運動を行う事での疲労回復がより直接的であると考えられ7)、競技者のコンディショニングに際しては施術者も疲労の度合い、練習の内容を十分に考慮したうえで判断することが重要であると考える。

設問4、7…症状の不満度変化

 衞藤ら4)、小松ら5)は、マラソン後のランナーに対する15~30分の指圧施術で疲労度の改善が生じることを報告しており、今回の調査においても同様の効果が得られたと推察される。ただし有害事象として7例においてVAS値の増加がみられた。このうち、2例は疲労度の変化も増加がみられている。残り5例は疲労度の変化は減少している。これらに関しては症状が急性外傷であるのか慢性障害であるのかなどを含めた、問診なども含めて考える必要があり今回の調査では「症状部位」としか聴取をしていなかったため、今後アンケートに施術者が評価し把握し得た情報を明記する必要もあると感じた。アンケートの改善点として次回の課題としたい。

 今回の報告と併せても、マラソンだけでなく陸上競技の疲労回復のケア、症状の緩和の手法としての指圧の有効性を啓発していく価値はあるものと考える。また、これまでの研究は市民マラソンでの報告でありスポーツ愛好家に対しての効果であるが、今回は陸上の専門競技者に行った調査であるため、指圧の上述の効果は専門競技者においても効果があると言える。よって競技レベルによる指圧効果の大きな差はないと推察される。

参考文献

1)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト4 健康管理とスポーツ医学,p.62,財団法人日本体育協会,東京,2011
2)石塚寛:指圧療法学,p.78-126,国際医学出版、東京、2008
3)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト5 検査測定と評価,p.145,財団法人日本体育協会,東京,2011
4)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌(2);p.37-40,2013
5)小松京介,本多剛,大木慎平他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌(5);p.24-27,2016
6)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌(25);p125-129,2001
7)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト6 予防とコンディショニング,p.277,財団法人日本体育協会,東京,2011


【要旨】

平成29年日本大学陸上競技部沖縄合宿指圧
ボランティアアンケート報告
石塚 洋之

 2017年3月15日から18日に行われた、日本大学陸上競技部沖縄合宿にてA4判両面印刷のアンケート用紙を用い指圧施術前と施術後の全身の疲労度と症状の不満度を100㎜(=100ポイント)の長さのVAS(visual analog scale)にて回答いただいた。
 また疲労および痛みの部位をイラストに記入する形式で回答いただいた。集計は競技種目ごとに分けて行った。
 その結果、全身疲労度のVASにて、投てき種目では15例中15例に減少がみられた。走種目では32例中29例に全身の疲労度の減少がみられた。跳躍種目では14例中13例に全身の疲労度の減少がみられた。
 また、症状の不満度のVASにて、投てき種目では15例中15例に減少がみられた。走種目では32例中27例に減少がみられた。跳躍種目では14例中12例に減少がみられた。
 疲労および痛み発生部位で最も多かったのは、投てき種目では腰部(左右同率)、次いで背中(左右同率)であった。走種目では、右大腿後側、次いで右下腿後側であった。跳躍種目では左大腿後側、次いで下腿後側(左右同率)であった。

キーワード:スポーツ指圧・浪越指圧・VAS・アンケート・陸上競技


ウマ指圧余談~腹部指圧に関する汎動物学的考察~:衞藤 友親

衞藤 友親
明治大学体力トレーナー

はじめに

 腹部への指圧は前頸部への指圧と並び、浪越式基本指圧の特徴的施術部位と認識されることがあります。腹部指圧は様々な症状に対して高い治療効果を導く施術部位であることが経験論的に知られ、その生理機序に関する科学的研究も進められていますが、その道のりはまだまだ途上であると思います。

 科学的研究は私たちの目指すべき「根拠に基づいた医療」の軸のひとつでもあります。論文を記すにはまず疑問点に着目し、実験スタイルをデザインし、被検者を募り、計測環境に気を配り、結果を統計処理し考察をまとめなければなりません。それはかなりの労力を要するものでありますが、その困難を乗り越えてこそより精度の高い「根拠に基づいた医療」に近づくものだと考えております。

 しかしながら他方、実験や臨床の事例に分類できない事象であっても指圧の科学的考察の補強に寄与し得る可能性も否定できません。科学的議論のきっかけになることも期待しつつ、腹部指圧が誘発する生理機序について汎動物学的観点から考察したいと思います。この方法は科学的根拠を踏まえた方法とは言い難いので、指圧研究のフィールドワーク的手法も模索しつつ随筆として記述します。

対象観察までの背景

 私は年間約40鞍程度ウエスタンスタイルで騎乗する乗馬愛好者です。以前、ウマを対象として前頚部指圧の研究1)をしました。研究では普段からよく利用する御殿場市と山中湖村にある乗馬クラブのウマたちを対象としました。ウマにもイヌのように様々な種類があり、主に乗用とされるのはアラブ、クォーター、アパルーサ、ミックスなどです。

 他方、それら一般的な乗用馬とは別に、古来より日本国内で農耕や戦闘や運搬等に用いられていた種類もいます。これらいわゆる在来馬は現在よく目にする馬種より小型で、性格も温厚であるとされています。しかし明治期には富国強兵政策の一環である馬匹改良計画の下に、在来馬と大型種の交配が奨励されました。その結果、在来馬は政策の行き渡らなかった半島の先端や離島など全国に8種を残すのみとなりました。更に時代が下り、今や農耕や運搬も機械化され、在来馬の役割も乗用やホースセラピーなどに限定されています。故に頭数の維持が課題となっています。

 沖縄県には島が多いので、前述の理由により宮古馬と与那国馬と言う在来馬が生息しています。特に与那国馬は一般社団法人ヨナグニウマ保護活用協会の活動により積極的な利活用の道が模索されています。

 与那国島では南国の気候を活かして、騎乗したままウマと一緒に海に入っての常歩(なみあし)や速歩(はやあし)を体験できます。また騎乗だけでなく尻尾につかまって泳いだり、海水で馬体を洗ったりマッサージしたり、砂浴びをさせたりすることもプログラムに含まれ、それらを「海馬(うみうま)遊び」と呼んでいます。

図1 地上での与那国馬の腹部
図1 地上での与那国馬の腹部

図2 海中での与那国馬の腹部
図2 海中での与那国馬の腹部

状況

 2015年9月、乗馬愛好者としてかねてより興味のあった海馬遊びを与那国島ナーマ浜にて体験する機会を得ました。ウマとふれあい、馬体を洗い、マッサージをしたその時、馬体の腹部の形状の違いに気付きました。ウマはイヌやネコに比べれば身近な動物ではないので、ウマの腹部に触れる機会は滅多に無いと思いますが、普通に乗馬を楽しむ場合でもブラシをかける時に腹部に触れます。まして筆者の場合、基本的に騎乗後にはウマに指圧とマッサージを施すので、ウマの腹部には日常的に触れ慣れていました。故に海馬遊びの時のウマの腹部の形状には驚きました。ウマが仰臥位で腹部指圧を受けたならば、まさにこの形状になるだろうな、と直感しました。

 与那国馬は体高(地上から肩の一番高いところ、およそ第2~4胸椎棘突起付近までの高さ)が110~120cmと他種に比べて低く、海中に四肢が浸かった状態でも腹部に触れるのは容易でした。常態が四足歩行のウマの内臓は、前肢と後肢の間にぶら下がっている状態で存在し機能しています(図1)。四足歩行の動物が体側(胴体)の下から3分の2くらいまで水に浸かった場合、浮力により内臓全般が脊柱側(上方)に押し上げられることにより、陸上では触知困難な肋骨弓が触知可能となります(図2)。この、腹部に圧力(浮力)が与えられた状態の与那国馬の腰背部脊柱両側に指圧を施したところ鼻孔が水面に浸かるほどに頭を下げる様子が観察されました(図3)。

図3 海中にて指圧中の筆者と与那国馬
図3 海中にて指圧中の筆者と与那国馬

考察

 旅行中の体験だったので、残念ながら心拍計等による計測はできませんでした。しかし、指圧を施された与那国馬が鼻孔を水面に浸けても平気なくらいに頭を垂れていることから、おそらく呼吸数が減少していることが推察されます。指圧をしなかった他の個体にはこの様な姿は見られなかったので、四肢および腹部を海水に浸しただけでは観察されない反応だと考えます。野生動物において腹部の圧迫は溺死の危険もしくは仰臥で被食者としての状況など、生命の危機を意味するものと考えます。

 水圧・水温・刺激部位・種別など相違点は多々あるものの、ヒトにおいても水に顔を浸けると心拍数が減少する潜水反射2)があることが知られています。呼吸数の減少は防衛反応の一種とも考えられます。ヒトの腹部への指圧では心拍数の低下4)、血圧の低下5)、立位体前屈の改善6)、胃の蠕動運動の増大7)、瞳孔直径の縮小8)などが報告されています。呼吸数の直接計測の報告はありませんが、心拍数の低下から呼吸数の低下が類推されます。少々強引ではありますが、ヒトとウマは腹部指圧によって同じような生理反応が起こる可能性があり、ウマの前頚部に指圧を施した研究3)を補強するかもしれません。更に、前頚部に始まり腹部に終わる浪越式基本指圧の施術順序の合理的説明のヒントとなるかもしれません。

 また、ヒトでは胃の蠕動運動に関しては前頚部への指圧では増大せず9)、瞳孔直径は前頚部への指圧中ではなく直後から縮小する10)ことも報告されています。

 ヒトも動物の一種である以上、千変万化する自然環境に適応しながら生活してきたことは想像に難くありません。生命の危機に瀕した場合に、より高確率での生命維持メカニズムを発動した個体たちの末裔が現在のヒトであるとも言えます。そこで培われたメカニズムのひとつ又はいくつかの複合体が現在「自然治癒力」と呼ばれている能力なのではないかと考えます。前頚部の指圧で惹起されない反応が腹部では観察されたり、前頚部のみでも腹部のみでも同様の反応が観察されるものの、発現までに時間差があったりと、何万年もかけて編み出されたであろうメカニズムを理解するには、より多方面からの切り口が必要な気がします。また、なぜ指圧がそれらの自然治癒力発動のスイッチと成り得るのかを解明していくにはまだまだ時間がかかりそうです。

おわりに

 今後も指圧に対する「なぜ?」を日常的に心に抱きながら、多方面の方々の協力に感謝して研究を続けていきたいと思います。

参考文献

1)衞藤友親:ウマを対象とした前頚部指圧による心拍数の変化,日本指圧学会誌(3);p.16-19,2014
2)山本義春:脳と心―水中と陸上でのヒト―.http://www.p.u-tokyo.ac.jp/~yamamoto/jres_12/jres_12.html
3)衞藤友親 他:前頚部指圧による呼吸商の変化,日本指圧学会誌(1);p.11-13,2012
4)小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌22号;p.40-45,1998
5)井出ゆかり 他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌23号;p.77-82,1999
6)宮地愛美 他:腹部指圧刺激による脊柱の可動性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌29号;p.60-64,2005
7)黒澤一弘 他:腹部指圧刺激による胃電図の変化,東洋療法学校協会学会誌31号;p.55-58,2007
8)栗原耕二朗 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34号;p.129-132,2010
9)加藤良 他:前頚部指圧が自律神経機能に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌32号;p.75-79,2008
10)横田真弥 他:前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌35号;p.77-80,2011


ウマ指圧余談
~腹部指圧に関する汎動物学的考察~
衞藤 友親


平成29年度日本指圧学会 冬季学術講習会 ・ 実技研修会が開催されました

 平成29年12月17日、明治大学和泉総合体育館の講義室並びにスポーツルームC(柔道場)にて、日本指圧学会冬季学術大会/実技講習会が開催された。午前中に学術講習会、午後に実技講習会の2部構成で行われた。

 学術講習会は、菅谷愛氏(日本指圧専門学校 59期生)による「成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果」、本多剛氏(日本指圧専門学校 専任教員)による「富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告」、大木慎平氏(日本指圧専門学校 専任教員)による「坐位指圧が心理面・生理面に与える影響の検証」の3題が発表された。いずれも参加者の関心が高く、活発な議論が成された。

 実技講習会は、徳元大輔氏(きりん堂指圧治療院 院長)による、「臨床で役立つ基本指圧・各種圧法の応用」と、石塚洋之氏(日本指圧専門学校 専任教員)による、「シンスプリントの病態とその評価に応じたアプローチ」の2題が行われた。いずれも臨床に直結する技術であり、参加者揃って習得に励んだ。

 次回は平成30年度日本指圧学会総会/春季学術大会/実技講習会が、平成30年3月25日に開催予定である。

「成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果」

「成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果」

「富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告」

「富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告」

「坐位指圧が心理面・生理面に与える影響の検証」

「坐位指圧が心理面・生理面に与える影響の検証」

「臨床で役立つ基本指圧・各種圧法の応用」

「臨床で役立つ基本指圧・各種圧法の応用」

「シンスプリントの病態とその評価に応じたアプローチ」

「シンスプリントの病態とその評価に応じたアプローチ」


平成29年度日本指圧学会 冬季学術講習会 ・ 実技研修会の開催について

 来る平成29年12月17日(日)に、日本指圧学会 冬季学術講習会 ・ 実技研修会が開催されます。会員の皆様は勿論、会員外の方々、学生の方々にも当日会員の制度がありますので、是非多数ご参加くださいますよう、ご案内申し上げます。

【日時】 平成29年12月17日(日) 10:00〜16:30
   9:30〜受付開始
  10:00 学術発表
  13:00 実技講習
  16:30 閉会

【学術発表会場】
:明治大学和泉総合体育館 講義室
【実技講習会場】
:明治大学和泉総合体育館 スポーツルームC(柔道場)

※会場に更衣室もございます。

 


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【学術講習】

・成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果

日本指圧専門学校 59期 菅谷 愛

・富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告

日本指圧専門学校 専任教員 本多 剛

・坐位指圧が心理面・生理面に与える影響の検証(実験の解説付き)

日本指圧専門学校 専任教員 大木 慎平

【実技研修】

・臨床で役立つ基本指圧・各種圧法の応用

きりん堂指圧治療院 院長 徳元 大輔

・シンスプリントの病態とその評価に応じたアプローチ

日本指圧専門学校 専任教員 石塚 洋之

【入会資格】

  •  正会員 :あん摩マッサージ指圧師、若しくは医療従事者で正会員の推薦があり、役員会にて承認されたもの。
  •  学生会員:あん摩マッサージ指圧師養成施設に学籍を有するもので正会員の推薦があったもの。
  •  賛助会員:この学会の目的に賛同し、事業を援助する個人または団体。

【年会費】
 年2回の学術大会並びに、年3回の実技講習会に参加できます。また学会誌が送付されます。

  •  正会員 :¥10,000
  •  学生会員:¥5,000
  •  賛助会員:一口¥20,000

【当日会員】
 当日のみの単回参加。

  •  学生  :¥2,000
  •  一般  :¥3,000

平成29年度日本指圧学会 夏季学術講習会 ・ 実技研修会が開催されました

 平成29年7月23日、明治大学和泉総合体育館の講義室並びにスポーツルームC(柔道場)にて、日本指圧学会夏季学術講習会・実技研修会が開催された。
 午前中に学術講習、午後に実技研修の2部構成で行われた。

 学術講習は、佐々木良氏(日本指圧専門学校 55期卒業生)による「腰椎椎間板ヘルニアに対する指圧療法の効果」、宮下雅俊氏(日本指圧研究所 世田谷指圧治療院てのひら 院長)による「骨盤位(逆子)治療に対する指圧の一例報告」、作田早苗氏(日本指圧研究所 りんでんマニピ指圧治療院 院長)による「視力回復に及ぼす指圧の効果をランドルト環で計測した中間報告」、石塚洋之氏(日本指圧専門学校 専任教員)による「陸上競技における指圧アンケート報告」が行われた。
 いずれも指圧の臨床効果に関するものであり、質疑応答では参加者との活発な議論が成された。

 実技研修は、新倉玄太氏(げんた治療院 院長)による「姿勢矯正に対する基本指圧を臨床で応用する方法」と、金子和人氏(バーディー指圧治療院 院長)による「嚥下困難者の頚部指圧」が行われた。前者は一般施術、後者は訪問施術で必要となる知識と技術であり、参加者全員が習得に励んでいた。

 次回の日本指圧学会冬季学術講習会は平成29年12月17日に開催予定である。

骨盤位(逆子)治療に対する指圧の一例報告

骨盤位(逆子)治療に対する指圧の一例報告

視力回復に及ぼす指圧の効果をランドルト環で計測した中間報告

視力回復に及ぼす指圧の効果をランドルト環で計測した中間報告

姿勢矯正に対する基本指圧を臨床で応用する方法

姿勢矯正に対する基本指圧を臨床で応用する方法

嚥下困難者の頚部指圧

嚥下困難者の頚部指圧


平成29年度日本指圧学会 夏季学術講習会 ・ 実技研修会の開催について

 来る平成29年7月23日(日)に、日本指圧学会 総会・夏季学術講習会 ・ 実技研修会が開催されます。会員の皆様は勿論、会員外の方々、学生の方々にも当日会員の制度がありますので、是非多数ご参加くださいますよう、ご案内申し上げます。

【日時】 平成29年7月23日(日) 10:00〜16:30
   9:30〜受付開始
  10:00 学術発表
  13:00 実技講習
  16:30 閉会

【学術発表会場】
:明治大学和泉総合体育館 講義室
【実技講習会場】
:明治大学和泉総合体育館 スポーツルームC(柔道場)

 


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【学術発表】

・腰椎椎間板ヘルニアに対する指圧療法の効果

日本指圧専門学校 55期 佐々木 良

・骨盤位(逆子)治療に対する指圧療法の効果

日本指圧研究所
世田谷指圧治療院てのひら 院長 宮下 雅俊

・視力回復に及ぼす指圧の効果をランドルト環で計測した中間報告

日本指圧研究所
りんでんマニピ指圧治療院 院長 作田 早苗

・陸上競技における指圧アンケート報告

日本指圧専門学校 専任教員 石塚 洋之

【実技講習会】

・姿勢矯正に対する基本指圧を臨床で応用する方法

げんた治療院 院長 新倉 玄太

・嚥下困難者の頸部指圧

バーディー指圧治療院 院長 金子 和人

【入会資格】

  •  正会員 :あん摩マッサージ指圧師、若しくは医療従事者で正会員の推薦があり、役員会にて承認されたもの。
  •  学生会員:あん摩マッサージ指圧師養成施設に学籍を有するもので正会員の推薦があったもの。
  •  賛助会員:この学会の目的に賛同し、事業を援助する個人または団体。

【年会費】
 年2回の学術大会並びに、年3回の実技講習会に参加できます。また学会誌が送付されます。

  •  正会員 :¥10,000
  •  学生会員:¥5,000
  •  賛助会員:一口¥20,000

【当日会員】
 当日のみの単回参加。

  •  学生  :¥2,000
  •  一般  :¥3,000
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平成29年度日本指圧学会 総会・春季学術講習会 ・ 実技研修会が開催されました

 平成29年3月26日、明治大学和泉総合体育館の講義室並びにスポーツルームC(柔道場)にて、日本指圧学会総会、日本指圧学会春季学術大会・実技講習会が開催された。

 総会では平成28年度の日本指圧学会決算報告と平成29年度の予算案が提示され、いずれも会員からの承認を受けた。

 春季学術大会・実技講習会は午前と午後の2部構成でおこなわれた。
午前の部では、研究発表として、日本指圧専門学校第59期学生有志による、「平成28年度礫川マラソン指圧ボランティア アンケート調査報告」、作田早苗氏(りんでんマニピ指圧治療院)による、「線維筋痛症に対する指圧治療の症例報告」、宮下雅俊氏(株式会社日本指圧研究所 世田谷指圧治療院てのひら 院長)による、「ビジネスプレゼンを控えたビジネスパーソンへの指圧による姿勢矯正」が行われた。いずれにおいても、発表後の質疑応答において参加者との活発な議論が成された。
午後の部では、実技講習会として、宮下雅俊氏(世田谷指圧治療院てのひら 院長)による、「一瞬で患者の体の軸を整える運動操作と一瞬で自分の体の軸を整える身体操作」、衞藤友親氏(明治大学体力トレーナー)による、「軸・重心の実感の実践 ~バランスボールを用いて~」が行われた。いずれも身体の軸をテーマにしたものであり、患者の治療法のみならず施術者自身の状態を知る機会となり、参加者全員が熱心に取り組んでいた。

 次回の日本指圧学会夏季学術大会・実技講習会は、平成29年7月23日に開催予定である。

「礫川マラソン指圧ボランティア アンケート報告」

「礫川マラソン指圧ボランティア アンケート報告」

「線維筋痛症に対する指圧治療の症例報告」

「線維筋痛症に対する指圧治療の症例報告」

「ビジネスプレゼンを控えたビジネスパーソンへの指圧による姿勢矯正」

「ビジネスプレゼンを控えたビジネスパーソンへの指圧による姿勢矯正」

「軸・重心の実感の実践 ~バランスボールを用いて~」

「軸・重心の実感の実践 ~バランスボールを用いて~」


平成29年度日本指圧学会 総会・春季学術講習会 ・ 実技研修会の開催について

 来る平成29年3月26日(日)に、日本指圧学会 総会・春季学術講習会 ・ 実技研修会が開催されます。会員の皆様は勿論、会員外の方々、学生の方々にも当日会員の制度がありますので、是非多数ご参加くださいますよう、ご案内申し上げます。

【日時】 平成29年3月26日(日) 10:00〜16:30
   9:30〜受付開始
  10:00 総会
  10:30 学術発表
  13:00 実技講習
  16:30 閉会

【学術発表会場】
:明治大学和泉総合体育館 講義室
【実技講習会場】
:明治大学和泉総合体育館 スポーツルームC(柔道場)

 


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【学術発表】

・礫川マラソン指圧ボランティア アンケート報告

日本指圧専門学校 菅谷愛 近江亜希子
日本指圧専門学校専任教員 本多剛 大木慎平

・線維筋痛症に対する指圧治療の症例報告(仮題)

りんでんマニピ指圧治療院 作田 早苗

・3例に対する指圧による姿勢矯正

世田谷指圧治療院てのひら 院長 宮下 雅俊

【実技講習会】

・一瞬で患者の体の軸を整える運動操作と 一瞬で自分の体の軸を整える身体操作

世田谷指圧治療院てのひら 院長 宮下 雅俊

・軸・重心の実感の実践 ~バランスボールを用いて~

明治大学体力トレーナー 衞藤 友親

【入会資格】

  •  正会員 :あん摩マッサージ指圧師、若しくは医療従事者で正会員の推薦があり、役員会にて承認されたもの。
  •  学生会員:あん摩マッサージ指圧師養成施設に学籍を有するもので正会員の推薦があったもの。
  •  賛助会員:この学会の目的に賛同し、事業を援助する個人または団体。

【年会費】
 年2回の学術大会並びに、年3回の実技講習会に参加できます。また学会誌が送付されます。

  •  正会員 :¥10,000
  •  学生会員:¥5,000
  •  賛助会員:一口¥20,000

【当日会員】
 当日のみの単回参加。

  •  学生  :¥2,000
  •  一般  :¥3,000
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前頸部指圧による抗ストレス作用―唾液アミラーゼの変化より考察―:衞藤友親

衞藤 友親
明治大学体力トレーナー

Anti-stress effect of Shiatsu to the Anterior Cervical Region ―Study based on changes to salivary amylase secretion―

Tomochika Eto

 

Abstract :  Past research has suggested that shiatsu to the anterior cervical region may stimulate secretion of anti-stress hormones. Building on this past research, this report examined effects of shiatsu to the anterior cervical region on salivary amylase secretion and heart rates of twelve healthy subjects. Contrary to our hypothesis, some subjects showed an increase in salivary amylase secretion while others showed a decrease, and salivary amylase secretion did not correlate with the decrease in heart rate. Five minutes after treatment, however, both salivary amylase secretion and heart rate significantly decreased. These results suggest that shiatsu to the anterior cervical region may decrease stress.

Keywords: shiatsu anterior cervical region, salvary amylase, heart rate, stress


Ⅰ.諸言

 浪越式基本指圧において前頸部は他の部位に先行して施術される。

 これまでの研究により前頸部指圧が全身に影響を及ぼす事象が報告1)2)3)4)されており、前報5)において前頸部指圧が HPA軸(視床下部 -下垂体 -副腎系、hypothalamic-pituitary-adrenalaxis)の亢進に関与している可能性を指摘した。そこで今回は前頸部を指圧すると実際に HPA軸が亢進し、関連する抗ストレスホルモンが分泌されているかを検討した。

 血中コルチゾールを指標としたいところだが、実験の経済性と妥当性を鑑み、また非侵襲性に試料を採取可能なことから唾液アミラーゼを指標とした。また、唾液アミラーゼはストレスの評価6)にも用いられることから、副次的に前頸部指圧とストレスの関係についても調査した。

Ⅱ.方法

1.対象

健康成人 12名(男性 6名・女性 6名)年齢 18~ 44歳(平均 28.1歳)

2.実験期間

2016年7月22日~ 8月8日

 唾液アミラーゼ分泌には日内変動がある6)ため、時間は 15~ 18時の間とした。

3.場所

明治大学和泉総合体育館測定室B

4.環境

室温24.0±1.0℃ ,湿度56±4%

5.測定機器

唾液アミラーゼモニター(NIPRO社製 DM-3.1)

ベッドサイドモニタ(日本光電社製BSM2401)

6.手順

 事前に被験者には実験手順について十分な説明を行い、同意の上で行った。

 被験者に心拍計測用ディスポーサブル電極を装着し、口腔を洗浄するため水でうがいをさせ、肘かけ背もたれ付きの椅子に着席ののち5分間安静を保った。5分間経過後に1回目の唾液の採取と計測を行った(図1)。

 計測後、前頸部7)4点3回を左右ともに約1分間(1点約2秒×4点×3回×左右+移動時間≒ 60秒)快圧にて指圧した。指圧直後に2回目の唾液計測を行った。

 2回目の計測後、更に5分間の安静後に3回目の唾液計測を行った。

7.記録

 唾液アミラーゼの計測値はディスプレイに表示された数値をノートに記録するとともに、写真撮影による記録も並行して行った。

 心拍数は、被検者に装着した電極からの信号をワイヤレスで受信した測定器と連動した PCに自動的に記録され、それぞれの唾液摂取時点の値を全測定終了後に抜き出してノートに記録した。

8.解析

 唾液アミラーゼ、心拍数ともにうがい後5分間安静を保った時点の値を開始時点のデータとし、指圧直後および指圧5分後のデータ各間で対応あるt検定(Bonferroni補正)を行った。 有意水準は危険率5%未満(p<0.05)とした。

 唾液アミラーゼと心拍数の相関についてはピアソンの相関係数を用いて判定した。

9.唾液アミラーゼ測定器について6)

 NIPRO社製唾液アミラーゼ測定器(商品名:唾液アミラーゼモニター)はテストストリップ(商品名:チップ)を用いて採取した唾液を、機器本体に挿入し一定の操作をすることでテストストリップに内蔵された2種類の媒体、即ち唾液採取紙とアミラーゼ試験紙によって反応させたのち、アミラーゼを数値化して表示する仕組みである。交感神経の活動が活発になると分泌が促されるとされ、近年は比較的短時間のストレス指標としても用いられている。

図1 唾液アミラーゼモニター使用方法
図1 唾液アミラーゼモニター使用方法8)

Ⅲ 結果

唾液アミラーゼ

 安静後と指圧直後では12名中7名が低下し、4名が上昇し、1名が変化なしであった。低下した7名中指圧5分後も引き続き低下したのは3名で、3名が上昇し、1名は変化がなかった。安静後と指圧直後で上昇した4名は、指圧5分後には全員が低下し、変化なしの 1名は上昇した(表1)。

 安静後と指圧直後では有意差は認められなかった(p=0.067)が、安静後と指圧5分後では有意差が認められた(p=0.016)(図2)。

表1 唾液アミラーゼの変化
表1 唾液アミラーゼの変化

図2 唾液アミラーゼの変化
図2 唾液アミラーゼの変化

心拍数

 安静後と指圧直後では 12名中 11名が低下し、1名が上昇した。低下 11名中引き続き5分後も減少したのは 4名で、7名は上昇した。最初に上昇した 1名は、指圧 5分後では変化が無かった(表2)。

 安静後と指圧直後で有意差が認められ(p=0.0001)、安静後と指圧5分後でも有意差が認められた(p=0.0008)(図3)。唾液アミラーゼと心拍数の間に相関はみられなかった。

表2 心拍数の変化
表2 心拍数の変化

図3 心拍数の変化
図3 心拍数の変化

Ⅳ 考察

 前頸部指圧により心拍数が有意に低下する事象はこれまでにも報告され、今回も同様の成績を得られたことから再現性の高い現象であることが確認された。その機序については前報5)同様である。前報では心拍数低下に続いて HPA軸の亢進が起こる可能性を仮説として示したが、今回、唾液アミラーゼの値は全例が一様には上昇しなかった。安静5分後の初期値が比較的高い者は低下し、比較的低い者は上昇する傾向が観察された。機序として、指圧により初期値の高い者は延髄の上・下唾液核9)が刺激され副交感神経経由の唾液分泌量が上昇し、初期値の低い者は頸部交感神経9)が刺激されて唾液アミラーゼが上昇したと推察されるが、詳細は不明である。結果的には前頸部指圧により全体として指圧5分後には安静5分後より有意に低下し、ストレスが軽減した状態となった。

 機序は不明であるが、指圧が HPA軸や他の内分泌のバランサーのような機構を亢進させていると仮定する。今回のように対象が健康成人である場合、各個人の初期状態にはばらつきがあると考えられるため、指圧による反応にもばらつきが生じたものと推察する。しかしながら、心拍数に関しては全例ほぼ一様に低下の反応を示し、加えて、前頸部指圧により呼吸商が低下する現象4)も今回とほぼ同率且つ同程度の時間経過で反応していることから、幾つかのシンプルな一次的反射を起点として二次的な反応が体内で引き起こされている可能性が考えられる。これは前頸部指圧により血圧が一過性に上昇したのちに血圧と心拍数が低下する現象2)とも相似すると考えるが、時間差を含めた詳しい機序の解明は今後の課題としたい。

 加えて、唾液アミラーゼ分泌が有意に低下する時点は心拍数が有意に低下する時点よりも遅かったことは、浪越式基本指圧に於いて前頸部への施術が他の部位に先んじて行われなければならない一因であると推察する。

 対象の初期状態に関しては、同一の病名を診断された複数の患者は初期状態が同程度の対象群であるとも換言でき、指圧治療による症状改善の報告がより一層多くなされれば、基礎研究レベルでは観察し得ない現象の考察が可能になるはずである。よって更に多くの症例報告を求め、機序解明の糧としたい。

Ⅴ 結論

 前頸部指圧によって心拍数は指圧直後・指圧5分後ともに有意に減少した。唾液アミラーゼの分泌は指圧直後には有意差が無いが、指圧5分後には有意に減少した。

引用・参考文献

1)小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌(22);p.40-45,1998
2)井出ゆかり 他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌(23);p.51-56,1999
3)加藤良 他:前頚部指圧が自律神経機能に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌(32);p.75-79, 2008
4)衞藤友親 他:前頚部指圧による呼吸商の変化 ,日本指圧学会誌(1);p.11-13,2012
5)衞藤友親 :ウマを対象とした前頚部指圧による心拍数の変化 ,日本指圧学会誌(3);p.16-18,2014
6)山口昌樹 他 :唾液アミラーゼ式交感神経モニタの基礎的性能 ,生体医工学 Vol.45 No.2;p.161-168, 2007
7)石塚寛 :指圧療法学 改訂第 1版,国際医学出版 , p.42,p70,2010
8)NIPRO:医療機器情報 http://med.nipro.co.jp/ index
9)佐藤優子,佐藤昭夫 ,山口雄三 :生理学 第 1版 15刷,医歯薬出版,p.58-59,2001


【要旨】

前頸部指圧による抗ストレス作用―唾液アミラーゼの変化より考察―
衞藤 友親

 先行研究にて前頸部指圧が抗ストレスホルモンの分泌を促している可能性を示したのを受け、健康成人 12名を対象に前頸部指圧による唾液アミラーゼと心拍数を計測した。仮説に反し唾液アミラーゼ分泌量は上昇例も低下例も観察され、心拍数の低下傾向との相関はみられなかったが、両指標とも指圧5分後には有意に低下した。前頸部指圧によりストレスが低下する可能性が示唆される成績が得られたと考える。

キーワード:指圧、前頸部、唾液アミラーゼ、心拍数、ストレス


腰椎椎間板ヘルニアに対する指圧療法の効果:佐々木良

佐々木 良
MTA指圧治療院

Effects of Shiatsu Therapy on Lumbar Disc Herniation

Ryo Sasaki

 

Abstract : With the exception of some cases that may require surgery due to severity of the symptoms, conservative medical treatment is the usual approach used for lumbar disc herniation. However, not many conservative medical treatments are evidence-based.

Here we report on a case of lumbar disc herniation with severe symptoms that was treated with prescription analgesics and shiatsu therapy. Treatment resulted in a major improvement as measured on the Visual Analogue Scale and contributed to improving the patient’s quality of life.

Shiatsu therapy may control factors that amplify the pain of lumbar disc herniation, including reflex muscle tonus, sympathetic nervous system agitation, and psychological stress, which are exacerbated by severe acute-stage pain. This case suggests that shiatsu therapy may be a valuable treatment option among conservative medical treatments.

Keywords: lumbar disc herniation, pain, numbness, shiatsu, acute-stage shiatsu, conservative medical treatment for herniation


I.はじめに

 腰椎椎間板ヘルニアは、女性に比べ男性患者が 2~ 3倍多く、好発年齢は 20~ 40歳代であり、発症直後は腰部、殿部、下肢に疼痛やしびれなどの症状が強く、安静時にもみられることが特徴である1)

 強い症状により手術を検討する場合を除いては、保存治療が基本であるがエビデンスを持つ保存治療は多くない。

 今回、腰椎椎間板ヘルニアの患者に対し、発症から手術までの期間、指圧治療を行い記録したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

期間:2016年5月9日~7月 21日(計 12回)

[症例]

21歳男性 会社員 身長 175cm

[現病歴]

2016年4月、腰部に衝撃が加わり、強い腰痛を自覚するようになる。それ以降、右は殿部から股関節周囲部、大腿部の順にしびれを感じ、左は母趾にしびれを感じるようになり、同年5月6日整形外科を受診し、L3/4、L4/5の中心性(やや右より)の腰椎椎間板ヘルニアと診断を受ける(図1、2)。手術も考えられる状態ではあったが1ヶ月は経過観察するということで鎮痛薬(ロブ錠:ロキソプロフェンナトリウム)を処方される。その期間少しでも状態の改善、痛みの緩和ができればとの思いで受診するに至った。

図1.MRI診断画像
図1.MRI診断画像

図2.MRI診断画像
図2.MRI診断画像

[服用薬]

鎮痛薬:ロブ錠1回 60mgを 1日 3回(1回 60~120mg 1日最大180mg)2)

[既往歴]

 右足関節 三角骨障害の既往あり(17歳)

[治療法]

 全身の指圧を行う中で、その時の状態に合わせて疼痛部位や、関係する神経の走行に沿った指圧療法を取り入れた。疼痛、しびれは主にデルマトームL3,L4領域に出ていたが、中心性ヘルニアのためか L4以下の神経症状もみられた。(部位、筋では大腿筋膜張筋・大腿四頭筋・縫工筋・腸脛靭帯・膝蓋骨周囲部・前脛骨筋、神経では大腿神経・上殿神経・総腓骨神経・脛骨神経などの走行を考慮し指圧治療を行った。また、腰部の押圧方向は患者と相談しながら行った。)

 金子による下肢のしびれに対する指圧療法の効果3)や指圧療法学4)も参考に施術を行った。

[評価]

 問診での術前術後の所見、感覚の変化を聴取した(患者の表現をそのまま記述している)。

 目盛りの無い直線100mmのVisual Analogue Scale(VAS)を術前術後に記入してもらい疼痛、しびれを評価した。

Ⅲ.結果

5月9日(第 1回目)

[術前所見]

自覚所見

  • 自発痛あり
  • 股関節周囲部痛
  • 間欠破行あり(右足を引きずるように歩く)
  • 排便時痛(腹圧上昇時)
  • 排便リズムの乱れ
  • 大腿部前面の感覚異常
  • 左母趾しびれ 鈍い感覚
  • 今は鎮痛薬の効果で痛みは少ない

他覚所見

  • 背部筋群の隆起に差がある
  • 下肢筋過緊張(大腿四頭筋、ハムストリングス)
  • デルマトームL3,L4領域 圧痛あり
  • SLRテスト 左(-)右(-)殿部に違和感
  • ケンプテスト 左(-)右(+)

[術後所見]

  • 脚が軽い感じがする
  • VAS 34mm → 15mm

5月 16日(第2回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬の効果が切れ始めている(服用5時間後)
  • 歩くスピードが早いと右スネに痛みのようなものを感じる
  • 排便リズムは改善した
  • 右 SLRテストでは殿部がつまっているような感じ

他覚所見

  • 腰部、下肢は疼痛による筋緊張が強い
  • 右大腿外側 強い圧痛

[術後所見]

  • 下肢がすっきりした。
  • VAS 61mm → 40mm

5月 23日(第3回)

[術前所見]

自覚所見

  • 症状に波がある
  • 腰を後ろに反るのがつらい
  • 鎮痛薬の効果が弱くなってきた気がする
  • 仕事後両足とも踏み込むと冷たい感覚
  • 右脛骨のしびれ(ここは鎮痛薬が効かない)
  • 5月21日は鎮痛薬が効かないほど不調だった
  • 鎮痛薬を飲まなくても痛みがおさまることがある
  • 右股関節動作時痛

他覚所見

  • ケンプテスト 左(弱+)右(+)
  • 両側殿部 ハムストリングスの過緊張
  • 左大腿外側部 強い圧痛(筋性防御)
  • 疼痛しびれの症状はデルマトームL3、L4領域が主

[術後所見]

  • 股関節周囲部 動きやすくなった
  • VAS 66mm→ 30mm

5月 30日(第4回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右股関節周囲の痛み(動作時のしびれ)
  • 右下肢は全体的に触れられると鈍い感覚
  • 左母趾の鈍い感覚は改善してきている
  • 背中の張り 疲れ

他覚所見

  • 下肢筋の強い張り
  • 腰背部の緊張
  • 左骨盤前方上方回旋

[術後所見]

  • 全身の状態が良い
  • 右股関節周囲の違和感取れた
  • 左母趾の感覚戻ってきた
  • VAS 71mm → 26mm

6月2日(第5回)

[術前所見]

自覚所見

  • 背中の張り
  • 右下肢のしびれ、腰を反ると症状強くなる(L5領域)
  • 右殿部痛
  • 排便リズムが完全に戻った

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(+)
  • 左僧帽筋下部の凝り

[術後所見]

  • 身体がすっきりする
  • 背中の張り弱まった
  • VAS 70mm → 29mm

6月9日(第6回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右大腿部股関節付近の痛み
  • 仕事後は右下肢全体がしびれる
  • 朝起き上がるのがつらい

他覚所見

  • 左殿部の張り
  • 大腿筋膜張筋の押圧で脛骨までしびれが生じる

[術後所見]

  • 痛みしびれはほとんどない
  • VAS 72mm → 24mm

6月 16日(第7回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右すねのしびれ
  • 右母趾 底背屈で痛み
  • 股関節周囲の痛みなし(動作痛もなし)

他覚所見

  • 大腿筋膜張筋の過緊張
  • 下肢筋の張り

[術後所見]

  • 大腿部のしびれ取れる
  • 右すねのしびれは残る
  • 大腿筋膜張筋部ジーンとする
  • VAS 83mm → 37mm

6月 30日(第8回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右大腿部前面のしびれ
  • ひどい時は右下肢全体しびれている
  • 最近、鎮痛薬の効きが悪い
  • うつ伏せになれない

他覚所見

  • 股関節動作時痛あり
  • 大腿四頭筋MMT3(FAIR)→ ×
  • 表情から痛みしびれの症状が強い様子

[術後所見]

  • 大腿部前面のしびれは取れる
  • 膝関節にしびれが残る
  • VAS 92mm → 42mm

7月7日(第9回)

[術前所見]

自覚所見

  • 自己判断で昼食後の鎮痛薬の服用を1錠(60mg)から 2錠(120mg)に増やした(寝る前や休みの日は飲まないこともある)。
  • 前脛骨筋部のしびれ
  • 左足底部の違和感
  • 鎮痛薬の量を増やしたためか いつもより状態良い

他覚所見

  • 右ハムストリングスの張り
  • 右背部の張り

[術後所見]

  • 右前脛骨筋部のしびれ減弱
  • 左足底の違和感消失
  • 背中がすっきりした
  • VAS 46mm→9mm

7月 11日(第 10回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬を飲み忘れた
  • 腰、殿部(右側)の痛み
  • 前脛骨筋のしびれ
  • 体幹側屈に痛みがある

他覚所見

  • ケンプテスト 左(右下肢にしびれ)右(+)

[術後所見]

  • 腰、殿部の痛みは取れた
  • 股関節の弱い痛み
  • 前脛骨筋の違和感残る(術前より和らいだ)
  • VAS 85mm→ 39mm

7月 14日(第 11回)

[術前所見]

自覚所見

  • 昼食後に鎮痛薬2錠(120mg)飲んだ(7時間前)
  • 右前脛骨筋の痛み>しびれ
  • 右股関節周り 少し気になる

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(+)

[術後所見]

  • 全体的に楽になった
  • 右前脛骨筋チクチクした痛み
  • VAS 58mm → 17mm

7月 21日(第 12回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬を飲んでから8時間経過しても以前のような強い痛みはなくなった。この時の服用は 1回1錠(60mg)
  • 状態は良い
  • 前脛骨筋のしびれ

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(弱+)
  • 体幹の前・後屈できる
  • 脊柱の回旋運動できる

[術後所見]

  • 前脛骨筋のしびれ消失
  • VAS 52mm→ 23mm
  • 73kg(2016年3月)→61kg(同年7月)

Ⅳ.考察

 腰椎椎間板ヘルニアを発症した場合、多くは自然軽快するために治療の基本は保存治療である。しかし6週以降も患者にとって強い疼痛や神経症状が継続する場合には、手術治療が選択されるべきである5)。今回の症例では病院で診断を受けた時点で手術が考慮されていたため、指圧療法では手術までの期間、急性期の激しい疼痛を緩和して患者の生活の質(QOL)を向上させることに目標を設定し治療を開始した。

 結果として手術を回避するには至らなかったが、術前・術後の VASの変化(図3)には非常に良い成果をあげることができた。激しい痛みを緩和することは患者にとって非常に有益であり、手術を受けるまでの期間、患者の QOLを向上させることに大きく貢献した。

 急性期に強い痛みを放置することは痛みを長期化させる可能性があり、激しい痛みが持続することによる心理的ストレス、反射性の筋緊張や軸索反射、交感神経反射など、痛みの慢性化メカニズム(図4)を促進することが考えられる6)

 このメカニズムに対し、指圧療法では筋の柔軟性に対する効果7)や交感神経の興奮を抑制し、副交感神経活動を優位にする効果8)9)が発表されている。今回、この指圧の効果によって、患者の反射性筋収縮や交感神経の興奮、心理的ストレスなどの悪循環の要因が緩和され、痛みの増幅を抑制できたと推察される。

 腰椎椎間板ヘルニアは予後を予測することが難しい疾患であり、強い症状により早期の手術を検討される場合を除いて、まずは保存治療から開始することが基本とされている。保存治療の目的には疼痛緩和、活動性維持などがあるが、エビデンスを持つ保存治療は多くない6)。今後、指圧療法による症例が増えることで、根拠に基づく医療(EBM)に基づいた指圧療法が増えていくと考える。

 腰椎椎間板ヘルニアを契機に慢性腰痛に悩まされる可能性10)や遺残疼痛、再発予防など保存治療の領域は広く、患者を快方に導くことで保存治療における指圧療法の立場や可能性が、広がっていくものと確信している。

図3.術前・術後のVAS 変化
図3.術前・術後のVAS 変化

図4:痛みの慢性化メカニズム
図4:痛みの慢性化メカニズム

腰椎椎間板ヘルニアにより1次求心性ニューロン(神経根・馬尾神経)が興奮し、脊髄後角へと痛み情報を伝える。痛み情報が脳に伝わることにより、痛みとして知覚される。痛み刺激により交感神経の興奮、軸索反射、反射性筋収縮などを引き起こし、さらなる痛みの増幅が起こる。また、痛みが継続することによる心理的ストレスが、痛みの抑制系である下行性抑制系を抑制する結果となる。このようなメカニズムにより、患者の痛みが継続していること自体が痛みの増幅・悪循環につながる可能性がある6)

Ⅴ.結論

 腰椎椎間板ヘルニアの患者に対し指圧療法は、疼痛部位、筋、神経を判断し治療にあたることで、痛みを緩和することができた。腰椎椎間板ヘルニアと診断された急性期でも保存治療に指圧療法を加えることによって痛みの増幅を抑え、患者の QOLを上げることができると考える。

VI.参考文献

1) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会,腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン改訂第2版,南江堂,東京,2011
2) 高久史麿 他:治療薬ハンドブック 2016薬剤選択と処方のポイント,株式会社じほう,p.1115-1116
3) 金子泰隆:下肢のしびれに対する指圧療法の効果,日本指圧学会誌 第3号,p.23-27,2014
4) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,国際医学出版,東京,2008
5) 波呂浩孝:腰椎椎間板ヘルニアの診断と今後の治療体系,山梨医科学誌27(4);p.117-124,2013
6) 青木保親 他:保存療法でなおす運動器疾患・腰椎椎間板ヘルニア,Orthopaedics 28(10);p.52-60, 2015
7) 浅井宗一 他:指圧刺激が筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌 25号;p.125-129,2001
8) 加藤良 他:前頸部指圧刺激が自律神経機能に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 32号;p.75-79, 2008
9) 渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 36号;p.15-19,2012
10) 大鳥精司 他:慢性疼痛疾患(神経障害性疼痛):腰椎椎間板ヘルニアの疼痛発生機序,Bone Joint Nerve 2;p.325-331,2012


【要旨】

腰椎椎間板ヘルニアに対する指圧療法の効果
佐々木 良

 腰椎椎間板ヘルニアは強い症状により手術を検討する場合を除いては保存治療が基本とされているが、エビデンスを持つ保存治療は多くない。

 今回、腰椎椎間板ヘルニアと診断され、強い症状を訴える患者に対し、処方された鎮痛薬と併せて指圧治療を行った。VASの評価で大きな改善がみられ、患者の QOLの向上に大きく貢献した。

 指圧療法は腰椎椎間板ヘルニア急性期の激しい痛みによる反射性筋緊張、交感神経の興奮、心理的ストレスを緩和し、痛みの増幅を抑制できると考えられるため、数ある保存治療の中で指圧療法を試みる価値は充分あると考える。

キーワード:腰椎椎間板ヘルニア、痛み、しびれ、指圧、急性期指圧、ヘルニア保存療法

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