タグ別アーカイブ: 指圧

鼡径部指圧による歩行能力への影響:小泉浩記

小泉浩記
日本指圧専門学校 
指導教員:金子泰隆
日本指圧専門学校専任教員, MTA指圧治療院 院長

Effects of Inguinal Region Shiatsu Treatment on the Ability to Walk

Hiroki Koizumi / Yasutaka Kaneko

 

Abstract : The effects of inguinal region shiatsu treatment on the ability to walk were verified using the timed up and go test (TUG). The post-treatment time was shorter than the pre-treatment time. This result suggests that shiatsu treatment may improve the ability to walk at least temporarily.

Keywords: Timed Up and Go Test, iliopsoas muscle, inguinal region, shiatsu


I.はじめに

 吉成圭らは鼠径部に対する指圧刺激による立位自動的体幹後屈における股関節伸展および腰椎後屈の可動域の拡大の可能性1)を報告しており、その理由として鼠径部への指圧刺激が腸腰筋の緊張を緩和し、それにより腰椎および股関節の可動域が拡大するためと考察している。しかし、ここではその機能的な変化については言及されていない。今回は比較的簡便であり、歩行能力評価法として信頼性が高いとされているTUGを用いて鼠径部指圧おける歩行能力の変化を観察した。TUGとは、1991年にPodsiadloらにより考案された2)、高齢者を対象に広く用いられている歩行能力の評価指標である。

Ⅱ.対象および方法

場所

 学校法人浪越学園 日本指圧専門学校8階教室

対象

 66歳男性(中枢神経疾患、骨折、筋断裂および変形性関節症などの下肢機能に影響があると思われる疾患の既往はない)

期間

 2015年9月4日、12日、19日、 10月3日(計4回、30日間)

刺激内容

 対象は仰臥位にて四肢をまっすぐに伸ばし、リラックスした状態をつくる。術者は上前腸骨棘の内下方より恥骨外方までの鼡径靭帯上に3点をとり、それを刺激部位とした3)。刺激は①掌圧(母指球による押圧)②術者の両手母指による指圧を1点あたりを約5秒とし、左右各5分ずつ連続して行った。押圧の強さは、刺激において術者の手掌および母指が皮膚および皮下組織に沈み込んだ際に、術者が鼡径靭帯と大腿動脈拍動を触知でき、かつ対象にとって心地良い程度とした。

評価

 TUGを用い、術前・術後の所要時間を比較した。肘掛けなしの椅子を用い、目印として前脚前端より正面前方3メートルの地点に赤色コーンの中心部を配置した。対象が掛け声に従い椅子から立ち上がり、目印を回って再び椅子に腰掛けるまでのタイムをストップウォッチを用いて測定した。一連の動作を刺激の直前および直後に①通常の歩行速度、②最大の歩行速度にて1回ずつ行いタイムを計測し、②最大努力の歩行速度でのタイムを計測値として採用した。

III.結果

 4回すべての刺激において、刺激前に対し刺激後のタイムの短縮がみられた。刺激前および刺激後のタイムにおいて、全期間を通してのタイムの短縮はみられなかった(表1、図1)

表1.TUGタイム(秒)表1.TUGタイム(秒)

vol4_05fig1図1.TUGタイムの変化

IV.考察

 腸腰筋は大腰筋と腸骨筋の2つの筋からなり、これらは骨盤腔内で合して腸腰筋となり、鼠径靭帯下の筋裂孔を通過して、大腿骨の小転子に停止する。鼠径部の指圧においては、鼠径靭帯を押圧の指標とし、上前腸骨棘内側から恥骨の外側にかけてを皮膚表面に対しほぼ垂直に押圧する。したがって、その押圧は腸腰筋に達すると考えられる。

 速度の緩やかな歩行においては、立脚終期の伸展した下肢を振り子のように前方に振り出すことで、腸腰筋を使わずとも足を前へと運ぶことができる。しかし、努力的な歩行において、腸腰筋は遊脚前期から中期にかけて強力に作用し、伸展した股関節を屈曲させ、より積極的に下肢を前方に振り出す4)。そしてAnderssonらの筋電計を用いた研究によれば、歩行におけるこれらの筋の影響は歩行の速度が速くなるほど大きくなる5)という。他にも歩行中の腰部の安定や、バランスを失った際の緊急的な姿勢制御などにおいても腸腰筋の能力は影響しうると想像される。

 衛藤は指圧刺激が筋出力調整力を向上する可能性6)を報告しており、その要因として、速動性および持続性NUMへの影響と局所血液量の増大のふたつの可能性をあげている。本研究における指圧後のタイム短縮もこれに似て、鼠径部の指圧刺激による腸腰筋の状態的な変化が努力的歩行におけるその機能性に影響し、結果として歩行速度は増加し、タイムが短縮したと考える。

 研究期間全体を通してのタイムの短縮が見られなかったことについては、腸腰筋単体の指圧刺激では、筋に対して起こした状態的変化を固定的なものにするには至らなかった為と考える。これがより長期的な変化となるには、大腿直筋や大腿筋膜張筋などの腸腰筋以外の股関節屈筋や、大殿筋やハムストリングスなどの拮抗筋の状態的変化と、それによる腰部および股関節の矢状方向のアライメントの変化が必要であると推測する。
今回は対照を設けなかった為、タイムの短縮に関しては被験者の学習効果の影響を除外できていない。指圧刺激単独の影響を検証するためにも対照を設けた実験手法を今後の検討課題としたい。

V.結論

 鼠径部への指圧により、刺激後TUGタイムが刺激前に比し短縮傾向であった。

VI.参考文献

1) 吉成圭 他:鼠径部指圧刺激が脊柱可動性に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌32号,p.18-22,2008
2) D. Podsiadlo,S. Richardson:The timed “Up & Go”: a test of basic functional mobility for frail elderly persons,Journal of the American geriatrics Society, 39.2, p.142-148, 1991
3) 石塚寛 他:指圧療法学,国際医学出版株式会社,東京,p.102,2008
4) D. A. Neumann,嶋田智明,平田総一郎:筋骨格系のキネシオロジー医歯薬出版,東京,p.573-574,2005
5) E. A. ANDERSSON他:Intramusclar EMG from the hip flexor muscles during human locomotion, Acta Physiologica Scandinavica Vol. 161, Issue 3, p.361-370, 1997
6) 衛藤友親:指圧による底背屈力の変化について,日本指圧学会(2),p.10-12,2013


【要旨】

鼡径部指圧による歩行能力への影響
小泉 浩記/金子 泰隆

 鼠径部への指圧が歩行能力にどのような影響を及ぼすかを、Timed Up and Go test(TUG)を用いて調べた。指圧前と比較して、指圧後のタイムが減少傾向であった。この結果より指圧刺激が短期的に歩行能力を向上させる可能性が示唆される。

キーワード:五十肩、肩関節周囲炎、関節可動域、指圧


浪越式基本指圧腹部操作が短距離走の走行タイムに及ぼす影響:大久保圭祐、中野まほ

大久保 圭祐, 中野 まほ
日本指圧専門学校 
指導教員:石塚洋之
日本指圧専門学校専任教員

Effects of Abdominal Region Shiatsu Based on Namikoshi Shiatsu Therapy’s Standard Procedures on Short-Distance Sprint Performance

Keisuke Okubo, Maho Nakano / Hiroyuki Ishizuka

Abstract : Ahead of the 2020 Tokyo Olympic Games, sports is receiving increasing attention in Japan. The aim of this study was to verify the effects of Namikoshi shiatsu therapy’s standard procedures on sport performance.
After adequate warm-up, five 50-meter sprints separated by five-min-intervals were timed, and images were taken with a fixed camera to analyze its influences on posture. Twenty points on the abdomen, which were based on Namikoshi shiatsu therapy’s standard procedures, were treated three times before the first sprint and during each interval between the sprints. On a different day, splinters performed five 50-meter sprints separated by five-min-intervals in the supine position without shiatsu treatment.
On an average, the shiatsu-treated group had shorter sprint times than the control group. When camera images were compared between the shiatsu-treated and control groups, differences were observed in twisting of the trunk, flexion of the knee joint, and stride length. These results suggest that the 20-point abdominal-region shiatsu based on Namikoshi shiatsu therapy’s standard procedures may have positive effects on the sprint performance.

Keywords: Shiatsu, run, sprint, abdominal region, abdominal pressure, trunk, exercise, time, 50m, track and field, manipulative therapy, angular motion, image, rectus abdominis, obliquus externus abdominis muscle, obliquus internus abdominis muscle, Olympic, length of stride, twist, motion, ROM, range of joint motion, joint, load, track, race, performance, massage, start, dash, run, crouch start, running motion, abdominal region shiatsu based on Namikoshi shiatsu therapy’s standard procedures


I.はじめに

 本実験では、50m全力走行時に、事前に走者に対して浪越式基本指圧腹部操作20点圧1)を施すことにより足関節、膝関節、体幹、肩関節のROM、股関節の屈曲スピード、スタートにおける腰部の位置に及ぼす影響と、これらが歩幅と走行時間にもたらす変化を検証した。

 8月15日は被験者に指圧刺激を与えて計測し、対照としては8月2日は被験者に指圧刺激を与えずに計測を行った。指圧刺激は浪越式基本指圧腹部操作20点圧を3セットとし、最初の走行前と各走行前の5分休憩時に実施し、計5回行った。対照は、最初の走行前と各走行前の計5回、仰臥位で5分間の安静をとらせた。走行前には十分なストレッチを行った2)

Ⅱ.方法

日時

 2015年8月2日、15日

場所

 駒沢オリンピック記念公園 陸上競技場 直線トラック

被験者

 1名 27歳 男性 体重52㎏ 身長161㎝ 
 小学生から大学生までサッカー競技者

道具

 CASIO DIGITAL SPORTS STOP WATCH HS-70W

撮影機材

 SONY HANDYCAM HDR-CX420
 iPhone 6plus

編集アプリケーション

 Adobe premiere pro CC 2015
 Adobe photoshop CC 2015

図1.実験プロトコル図1.実験プロトコル

III.結果

vol4_06fig2

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表1.腹部指圧の有無による時間比較(秒)表1.腹部指圧の有無による時間比較(秒)

vol4_06table2表2

 走行時間による計測、撮影画像の比較から、表1、表2のような結果が得られた。腹部指圧により変化したのは、膝関節(屈曲)、腰部の位置、体幹(捻り動作)、肩関節(伸展)、歩幅、走行時間の短縮である。

 

IV.考察

 短距離の走行周期は次の2つに分けられる。①サポート期(足底が路面に接触している期間)と②リカバリー期(足底が路面から離れている期間)である。さらに、①および②は各3つに分類される。①サポート期は①‐1フットストライク(足底の一部が路面に接地する期間)、①‐2ミッドサポート(足底が路面に接地し、体重を支え、踵が地面から離れる直前までの期間)、①‐3テイクオフ(踵部が路面から離れ、足指が路面を離れるまでの期間)②リカバリー期は②‐1フォロースルー(足底部が路面から離れ、下肢の後方の運動が止まるまでの期間)、②‐2フォワードスウィング(下肢が後方から前方に移動する期間)、②‐3フットディセント(足底部が接地する直前の期間)以上の各々の周期には特異的な筋活動がみられ、走行スピードによっても変化している。1㎞を平均時速12km/hで走行した場合と平均時速16km/hで走行した場合、100mを平均時速36km/hで走行した走行した場合の筋活動では、100mを平均時速36km/hで走行した場合のみ腹筋活動が強くみられている。走行周期では①‐2~②‐2までに腹筋活動が強くみられる3)

 短距離走でのみ腹筋活動がみられる理由として、腕振りと骨盤の強い角運動が考えられる。走行時、骨盤には鉛直軸にまわる回転運動が生じ、鉛直軸周りの角運動量が生じる。この運動による体幹のブレを軽減させる為に腕振りが大切であり、事実、腕振りの角運動は骨盤の角運動により体幹に生じるブレを打ち消している。これは、大きなストライドで走る短距離走での走行に特徴的にみられる4)

 走行には理想的な脚の軌跡があり、スプリント・トレーニングマシンを用いた研究によると、足の運動には骨盤や体幹部の柔軟な捻り動作、回転運動を有効に利用し、かつ、身体バランスを巧みにとることが必要であるとされている。また、重要となるのは、この運動の始点がみぞおち辺り、すなわち上部腰椎から胸椎辺りまでということである5)

 腹部指圧による影響を受けると考えられる筋には、腹圧に関わる筋(横隔膜、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋)が含まれている。これらの腹壁筋に骨盤底筋群が加わり、協調的に収縮することで、腹腔内圧は上昇する。腹腔内圧の上昇は上位腰椎・下位腰椎の椎間板にかかる負荷を大幅に軽減することが知られている6)

 以上のことから本実験において、腹部指圧により腹圧に関わる筋の協調的なパフォーマンスの向上、及び、体幹の安定が生じ走行パフォーマンスが向上し、走行タイムが縮んだことが1つの可能性として考えられる。また、スタートダッシュにおける第1歩までの反応時間も、走行タイム短縮の可能性として考えられるが現段階では分析が難しい。

Ⅴ.結論

 腹部指圧は走行において注目される下肢には直接作用していない。しかし、運動の始点となる体幹部に影響を与え、下肢や上肢がより理想的に運動することに寄与していると考えられる。

 しかしながら、本実験では不明な点が多く、また、腹筋の運動があまりみられない、中・長距離の走行の時間には影響を与えない可能性もある。この先、より専門的な実験、分析が必要である。

 

引用文献

1) 石塚寛:指圧療法学 改訂第一版,国際医学出版株式会社,2008 
2) 杉浦晋:ストレッチング&ウォームアップ部位別テクニックと競技別プログラム,株式会社大泉書店,2008
3) 河野一郎,筑波大学 他 監修:公認アスレティックトレーナー専門科目テキスト 第6刷,株式会社文光堂,2011 
4) 鹿倉二郎 他 編集,河野一郎 他 監修:公認アスレティックトレーナー専門科目テキスト 第7巻アスレティックリハビリテーション,株式会社文光堂,2011
5) 小林寛道:ランニングパフォーマンスを高めるスポーツ動作の創造,杏林書院,p.42,2001
6) 坂井建雄 他 監訳:プロメテウス 解剖学アトラス解剖学総論運動器系 第2版,株式会社医学書院,2013 

参考文献

斎藤宏:運動学,医歯薬出版株式会社,2003

撮影協力:Clothing Valley Digital Studio


【要旨】

浪越式基本指圧腹部操作が短距離走の走行タイムに及ぼす影響
大久保 圭祐, 中野 まほ / 石塚 洋之

 2020年東京オリンピック開催に向け国内ではスポーツ事業に大きな関心が集まりつつある。そこで、「浪越式基本指圧」がスポーツパフォーマンスにどのような影響を及ばすのかを検証することは意義があると考え本実験を行った。
 走行前に十分な準備運動を行い、50メートルの全力走行を5分の休憩を挟んで5回行い、それぞれの走行時間を計測。また、走行時の姿勢の検討の為、定点にカメラを設置し撮影した。腹部指圧を行う場合、最初の走行前とそれぞれの5分休憩の間に腹部指圧20点を3回行い、コントロールは同時間仰臥にて休憩をとった。なお、腹部指圧とコントロールはそれぞれ別日に行った。
 走行タイムは平均して、指圧を行った方が短縮した。また画像比較においても、体幹の捻り動作、膝関節の屈曲動作、歩幅の3点に変化がみられた。浪越式基本操作腹部指圧20点圧が、影響を与えた可能性があると考える。

キーワード:指圧、走行、短距離、腹部、腹圧、体幹、運動、時間、50m、陸上、手技、角運動、画像、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、オリンピック、歩幅、ひねり、動作、ROM、関節可動域、関節、負荷、トラック、競技、タイム、マッサージ、スタート、ダッシュ、走る、クラウチング、走動作、浪越式腹部指圧


顔面神経麻痺(Bell麻痺)に対する指圧治療:石原博司、永井努

石原 博司
石原指圧治療所 院長
永井 努
永井指圧治療院 院長

Shiatsu Treatment for Facial Nerve Paralysis (Bell’s Palsy)

Hiroshi Ishihara, Tsutomu Nagai

 

Abstract : Facial nerve paralysis is a disease caused by various factors, and its definite treatment method is not established yet. It is also one of poor prognostic factors that the age of peak incidence of facial nerve paralysis is forties. This is a case report of a 93-year-old male patient treated with shiatsu and his symptoms was eased in three weeks although he had been diagnosed with facial nerve paralysis (Bell’s Palsy) requiring three months for recovery. The efficacy in terms of the improvement rate of the symptom and the patient safety were confirmed, and therefore shiatsu treatment potentially contributes to treat this disease.


I.はじめに

顔面神経麻痺の原因には様々な要因があるとされているが、患者から単純ヘルペスウイルスⅠ型(HSV-Ⅰ)が検出されることが多く。現代医学では、副腎皮質ホルモン療法を選択されることが多いとされている1)。今回指圧療法により、症状の緩和が見られたので、報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:石原指圧治療所
期間:2013年10月23日~11月6日
施術対象:93歳 男性

[現病歴]

 来院の1週間前ぐらいに、顔が急に動かなくなり、医療機関にて左顔面神経麻痺と診断され、治療期間は3ヶ月と診断された。仕事柄、公けの場に出ることが多く、3ヶ月の治療期間は、仕事に支障をきたすので、短期治療を目的に当院に来院する。

[既往歴]

 特記するべき事項なし。

[家族歴]

 特記するべき事項なし。

[自覚所見]

  • 顔の筋肉が思うように動かせない。

[診察所見]

  • 左側頚部の強度なこり
  • 左肩甲上部の強度なこり
  • 左肩甲間部の強度なこり

[その他]

 当治療院には約30年の通院歴があり、日頃から健康維持の為に、指圧療法を受けていた。1年前に尾骨を骨折し、その間通院を休まれていた。今回顔面神経麻痺が発症し、通院を再開した。

[治療方法]

  1. 仰臥位にて、顔面に両手掌圧を1分間行う
  2. 横臥位にて、左側頚部部に中圧を用いて5分間の指圧操作2)
  3. 横臥位にて、左肩甲上部に中圧を用いて2分間の指圧施術2)
  4. 横臥位にて、左肩甲間部に中圧を用いて5分間の指圧施術2)
  5. 全身の施術を40分行う。再度1~4の操作を行う。

III.結果

[治療経過]

第1回2013年10月23日
第2回2013年10月30日
第3回2013年11月6日

  • 第1回の最初の施術で顔面のこわばりが、8割ぐらいとれ症状の改善が見られた。2回目、3回目の治療で、ほぼ正常な状態に戻る、その後公けの場に出ている姿を確認した時には、全く問題は感じられなかった。その後月1回の頻度で通院を続けている。

IV.考察

 顔面神経麻痺(Bell麻痺)は発症数が多いとされているが、原因が様々な要因が考えられているため、まとまった治療の方針が確立されていなのが現状である。患者から単純ヘルペスウイルスⅠ型(HSV-Ⅰ)が検出されることが多いため、副腎皮質ホルモン療法を選択されることが多いとされている。

 病態として、神経浮腫、炎症細胞の浸潤、脱髄、一部軸索変性との混在が見られ、また神経炎により神経の絞扼と虚血が生じた場合二次的に神経損傷が起こる。 感染部位としては、内耳道遠位部、迷路部 膝部に認められている。

 症状として、健側に比べて麻痺側の額のしわが浅く瞼列が大きく、瞬目が弱く、口角が下がる。また生活動作では、閉眼が不十分によって生じる兎眼、麻痺側の口角からの空気漏れによる、しゃべりにくくなり、液体のものが漏れて食べにくくなる症状がでる。また顔面神経経路により、麻痺側の聴覚過敏により、音が大きく聞こえる、耳介あるいは顔面の痛みやしびれを伴うことがある。また遅発性の症状として、隣接する神経に異所性再生や混信伝導を起こすことにより、病的共同運動が起こる。例えばまばたきをすると、口周囲筋を支配する神経にも活動が伝わり、麻痺側の口角が不随意に動く、あるいは、唾液腺を支配していた副交感神経が大錐体神経へ異所性再生すると、食事の際に涙が出る。また障害部位近くの神経に異所性興奮が起こると麻痺側顔面に不随意な筋痙攣が起こる1)

 今回の症例は、症状として、患者自身が思うようにしゃべる事が出来ない事や、表情がうまく作れない等が主とされる。第2咽頭弓由来の表情筋を支配する顔面神経の中の特殊臓性運動線維(SVE)に原因が求められ、味覚を伝える特殊感覚線維(SVA)、涙腺、唾液腺分泌を促す副交感性節前線維、一般臓性体性線維(GVE)、外耳道、耳介後方の感覚を伝える体性感覚線維(GSE)が含まれる中間神経には影響を及ぼしていないと考えられる。また問題の発生部位として、症状から推測されるのは、顔面神経が側頭骨から出る、茎乳突孔周辺からその先の顔面神経の経路に何かしら障害が生じたものと考えられる3)

 診察所見より、左の側頚部、左肩甲上部、左肩甲間部のこりが非常に強く、それら患部のこりがほぐれる事により症状の改善が見られた。特に側頚部1点目周辺への指圧操作は、本症例において治療効果が高い部位と思われる。浅井4)、菅田5)、衞藤6)らの指圧刺激に対して筋の柔軟性が向上したという報告や、蒲原7)らが指圧刺激に対して末梢の循環の改善が見られたとの報告がされているとおり、本症例も指圧刺激により固まっていた筋膜や筋肉がほぐれ、2次的に血流が良くなり、症状の改善が見られたと思われる。側頚部1点目周辺に関しては、解剖学的に顔面神経が出る茎乳突孔に近接している為に、何らかの要因で顔面神経が圧迫されていたものが、指圧刺激により圧迫感が緩和されたものと推測される。  血流については、左鎖骨下動脈から出る、椎骨動脈→脳底動脈の経路をたどり、顔面神経核のある橋への血流改善、甲状頚動脈→下甲状腺動脈、頚横動脈の経路たどり、頚、肩甲上部、間部の筋肉への血流改善が見られたと推測される3)

 しかしながら、表情と言うものを考えた場合、通常我々が認識する、笑顔や悲しみの微妙な表情は表情筋と顔面神経の他に前頭前野皮質が大きく関わっていると言われている。したがって、本症例は単に筋肉のこりをほぐし、血流改善によってもたらされた他にも症状改善を導く要因があったのではないかと思われる。最近、「脳と心」という主題で、その中で重要語句となる「意識」というものを神経学的観点から研究する事が本格的に始められている8)。意識を考える上で、大事な部位として、先程挙げた前頭前野皮質と情動などに関わる大脳基底核群の関連性が注目されていて、この研究では、何らかの外部刺激により、それら部位で情報交換がされ、最終的に意識の変化が得られるという可能性が指摘されている。本症例を考える時、物理的に顔面の筋肉が動かせないという状態の他に、1ヶ月後には公けの場に出て仕事をしなければならないという時に、医者からは全治3ヶ月という診断をくだされた状況の中で、来院されている。このことから、心理的にはかなり不安定な状態に陥っていた事は容易に想像がつく。先程挙げた何らかの外部刺激が最終的に意識の変化に影響を与えるのであれば、指圧療法による外部刺激が前頭前野皮質や大脳基底核群に働きかけ、不安定な状態を取り除き、意識の変化をもたらし、最終的に前頭前野皮質での微妙な表情筋のコントロールが正常な形に戻ったと考えることができると思われる8)。しかしながら、意識というものに対して、明確な定義がなされていないため、推測の域は出ていない。ただし本症例の著者である石原は指圧療法の治療効果の機序として、指圧の刺激が脳に伝達され、脳から改善の要求命令が出されて、体の状態が良くなっていくと予測している。

 次に治療時間の視点から、本症例を見た場合であるが、3週間に3回の治療で症状の改善が見られている。同じ症状に対しての指圧療法の報告例がないために比較が出来ないので、短期治療効果があったかどうかという事は明確に述べられないが、医者から全治3ヶ月と診断された事や、統計的に見ると、顔面神経麻痺の発症年齢は40歳代がピークであり、予後が不良になる一因に高齢が挙げられている1)。したがって、高齢者にとっては稀な病気であり、まとまった治療方法が確立されていない現状と組み合わせると、高齢者にとって難治な病気の1つと言える。しかし、実際には3分の1以下の期間で治療結果を出しているので、この側面からは短期治療効果の可能性はあったと考えられる。これら短期治療効果に至った可能性の1つは、患者が約30年にわたり指圧療法を受けてきた事に要因があるのではないかと思う。指圧療法を長期に受ける事による、身体に与える影響に関しては、論拠立てた報告を確認出来ていないため、推測の域は出ないが、長期間指圧療法を受ける事により、ホメオスタシスが維持されやすい状態を作り出していると思われる。その状態が基本的に強ければ、本症例の急性的な症状に対しても、短期的に治療効果を出せる可能性はあったと予測される。

 最後に、冒頭に述べた様に顔面神経麻痺は原因が様々考えられ、更に自然治癒の確率も高く、全体的に症例報告数が少ないために治療指針が確立していないのが現状である。しかしながら、その中でもウイルス性のものが報告される場合が多いため、副腎皮質ホルモン療法など薬剤治療が第1選択肢となることが多い。その他治療法としては、星状神経節ブロック、鍼灸、高圧酸素療法、外科治療、ボツリヌス毒素療法、マッサージ、リハビリテーション等があげられる。指圧療法も現状ではこの部類の治療法に含まれることになるが、これらの治療法を選択する場合において、薬剤治療と比較して、改善率、安全性(合併症、副作用など)、簡便性などに優れている事が重要視される1)。本症例の治療の結果はそれら条件を十分満たしていると思われる。これら総合的な面から、顔面神経麻痺の治療に対して指圧療法は貢献出来る可能性が高いと考える。

V.結論

 顔面神経麻痺に対して指圧療法が治療に貢献出来る可能性が示唆された。

VI.参考文献

1) 日本神経治療学会:標準的神経治療,BELL麻痺,神経治療Vol.25 No2,p.173-175,p.182-185,2008
2) 石塚寛:指圧療法学,国際医学出版,東京,2008
3) Richard L, Drake, Wayne Vogl, Adam W,MMitchell(著)塩田浩平、瀬口春道,大谷浩,杉本哲夫(訳):グレイ解剖学原1版,p.789,p.804,p806,p.929,エルゼビア・ジャパン株式会社,東京,2007
4) 浅井宗一他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学会誌(25),p.125-129,2001
5) 菅田直紀他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学会誌(26),p.35-39,2002
6) 衞藤友親他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),東洋療法学会誌(27),p.97-100,2003
7) 蒲原秀明他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学会誌(24),p.51-56,2000
8) 小島比呂氏編者,大谷悟,熊本栄一,中村春和,藤田亜美著:脳とニューロンの生理学,p.196-203,丸善出版,東京,2014


【要旨】

顔面神経麻痺(Bell麻痺)に対する指圧治療
石原博司 , 永井 努

 顔面神経麻痺を発症し、全治3ヶ月と診断を受けた本症例(93歳 男性)では、指圧療法で、3週間で症状の改善が見られた。顔面神経麻痺は、原因が様々な要因が考えられ、まとまった治療方針が確立されていない。また統計的に発症年齢は40歳代がピークで、予後不良の要因の一つに高齢が挙げられている。この様に治療に関しては条件が厳しい中、症状に対する改善率、患者に対しての安全性が確認され、顔面神経麻痺の治療に対して、指圧療法が貢献出来る可能性が見られたので、その症例を報告する。

キーワード:指圧、顔面神経麻痺、Bell麻痺


糖尿病、高脂血症、高血圧症に 合併した浮腫に対する指圧の効果:満留伸行

満留 伸行
指圧マッサージ 指愈 -Yubiyu- 院長

Effectiveness of shiatsu against concomitant edema with diabetes,
hyperlipidemia and hypertension: a case report

Nobuyuki Mitudome*

Abstract :The number of elder patients with diabetes, hyperlipidemia and hypertension has been demonstrating an upward trend especially in recent years. This case, a 81 year old female patient, was diagnosed with diabetes, hyperlipidemia and hypertension, and she has been on medication since then. These diseases have been stabilized by medication. Meanwhile, edema of lower extremities was gradually getting prominent. Aiming at ease of the edema, she has been continuously treated by shiatsu since July, 2011. As a result, the treatment has been providing symptomatic relief. This is a case report indicating that continuous shiatsu treatment may contribute to ease and prevent edema.


 

I.はじめに

 浮腫とは、毛細血管内腔から皮下組織内に間質液が過剰に貯留した状態のことをいい、おもに全身性浮腫と局所性浮腫に大別される。

 全身性浮腫は、おもに心臓、腎臓、肝臓などの内臓疾患や甲状腺ホルモンの分泌異常、その他リウマチや膠原病、アレルギー、薬剤などによって生じ、左右対称にむくみが出現する。局所性浮腫は、おもに静脈およびリンパ管の輸送経路に障害が起きるために生じ、左右非対称に出現する。

 現代医学的アプローチとして、全身性疾患(心臓、腎臓、肝臓など)が原因であれば、専門の医師による原因疾患の治療を優先することが必要であり、浮腫が残る場合などに、圧迫療法が用いられている。

 また局所性リンパ浮腫は、圧迫療法や徒手的リンパドレナージを中心とする複合的理学療法(スキンケア、圧迫下での運動療法などが含まれる)が用いられている1)

 今回の女性患者は、糖尿病、脂質異常症(高脂血症)、高血圧の薬剤治療を始めた頃と同時期より、下肢に浮腫が表れはじめた。顔面や腹部など、全身に浮腫がみられるが、特に両下肢に強い浮腫が出ている。

 今回、指圧療法を行ったことで、浮腫症状の軽減が確認できたため、その症例を報告する。

 

II.対象及び方法

場所:指圧マッサージ 指愈 −Yubiyu−

期間:2011年7月25日〜2012年6月29日
(1週間〜10日に1回の間隔で定期的に施術)

2012年7月以降は、月1〜2回の間隔(不定期)で施術。

施術対象:81歳 女性

[現病歴]

 2005年頃より、糖尿病、脂質異常症(高脂血症)、高血圧と診断され、当時より薬物療法を続けている。投薬により各疾患の状態は安定しているが、服用を開始した頃より、徐々に下肢に強い浮腫が出現するようになった。投薬後の浮腫出現について、医師は承知をしているが、これまでに浮腫に対する治療は行っていない。現在は、整形外科通院による週一回程度の運動療法を行っているが、浮腫症状に変化はみられない。

 何年も、サンダルと大きいサイズの靴しか履けていないため、下駄箱に長い期間置いてある靴が、また履けるようになりたいとの理由により、当院にて指圧療法を受けることになった。

[既往歴]

  • 変形性膝関節症との診断を受けており、歩行痛や動作開始痛がある。
  • 心窩部に不快感があり、逆流性食道炎がある。

[使用薬](現在も処方)

  • アマリール錠
    (スルホニルウレア系経口血糖降下剤)
  • アクトス錠
    (インスリン抵抗性改善剤)
  • ジャヌビア錠
    (選択的DPP-4阻害剤, 糖尿病用剤)
  • カデュエット配合錠
    (持続性Ca拮抗薬, HMG-CoA還元酵素阻害剤)
  • ブロプレス錠
    (持続性アンジオテンシンII受容体拮抗剤)
  • リピトール錠
    (HMG-CoA還元酵素阻害剤)
  • パリエット錠
    (プロトンポンプ阻害剤)

[家族歴]

  • 特記すべき事項なし

[自覚所見]

  • 下肢がむくむ。
  • 膝の痛み(変形性膝関節による歩行痛や動作開始痛がある)。
  • 心窩部に不快感あり(逆流性食道炎がある)。
  • 腹部膨満感がある。

[診察所見]

  • 下肢(特に下腿)に強い浮腫がみられる。また顔面や腹部などにも軽度の浮腫がみられる。
  • 下腿皮膚に硬さを強く感じる。
  • 圧痕性テスト(下腿)(+)。
  • 下肢押圧時につねられたような、また皮膚をひっぱられるような痛み(チクチク)が出る。
  • 大腿骨内側顆付近に大腿骨外旋時に膝の痛みが出る。
    (変形性膝関節による膝の痛み(左 < 右))
  • 両鼡径部に硬さがみられる。

[その他]

  • 食習慣(自炊はあまりせず、購入や外食が多い)。
  • 日常的にあまり歩かずに椅子に座っていることが多い。

[治療方法]

 横臥位および仰臥位における浪越式基本指圧点2)(伏臥位での施術は息苦しくなるため行わなかった)。全身の指圧操作を60分。そのうち下肢への指圧操作を約30分程度行う。

 下肢の施術は、押圧操作時に痛みを感じる部位を重点的に、母指圧、対立圧、掌圧を用いて、患者の反応を見ながら、やや軽めの圧によるゆったりとしたリズム(持続圧を含む)にて施術を行った。

 特に鼡径部、大腿内側部、膝関節周囲部、膝窩部、下腿外側部、下腿後側部、下腿内側部、足関節部、足背部、足趾部の押圧操作時に痛みを感じた。

※ 下腿内側部は浪越式指圧の基本圧点ではないが、圧痛が認められたこと、ならびに後脛骨動静脈などの走行を考慮し治療点として加えた。

 

図1.下肢の基本圧点分布図

図1.下肢の基本圧点分布図
(但し下腿内側部は、◎圧痛点 として記載)

III.結果

[治療経過]

■第1回目(2011年7月25日)

■第2回目(2011年8月3日)

 第1回、第2回の施術は、患者の希望により、下肢のみを30分間施術。

  • 自覚症状の変化:効果はほとんどみられず。
  • 他覚症状の変化:下腿の浮腫及び皮膚の硬さの変化はほとんどみられず。

■第3回目(2011年8月12日)【図2】

 今回より全身指圧の有効性を説明の上、全身60分の浪越式基本指圧に切り替える。

  • 自覚症状の変化:効果はほとんどみられず。
  • 他覚症状の変化:下腿の浮腫及び皮膚の硬さの変化はほとんどみられず。
     (第10回頃まで、施術後の変化はあまりみられず)
図2.2011年8月12日(第3回施術後)/(全身指圧に切り替え1回目) 下腿、足関節、足背、足趾部全体に浮腫、足趾部にしわがみられる。

図2.2011年8月12日(第3回施術後)/(全身指圧に切り替え1回目)
下腿、足関節、足背、足趾部全体に浮腫、足趾部にしわがみられる。

■第11回目(2011年10月26日)

  • 自覚症状の変化:効果はほとんどみられず。
  • 他覚症状の変化:これまでより、足関節にわずかながら浮腫及び皮膚の硬さの改善がみられた。

■第16回目(2011年12月12日)【図3】

  • 自覚症状の変化:これまでに比べ浮腫の改善がはっきりみられるようになった。
  • 他覚症状の変化:足関節、足背、足趾部に浮腫の改善(特に右に)がみられる。皮膚表面にすべすべとした感じがある。
     (その後の施術も同様の状況を繰り返すものの、軽減後の浮腫への戻りが早い)

 

図3.2011年12月12日(第16回施術後) 右足関節、足背部、足趾部に 浮腫の軽減がみられ、皮膚表面にすべすべとした感じが出てきた。

図3.2011年12月12日(第16回施術後) 右足関節、足背部、足趾部に
浮腫の軽減がみられ、皮膚表面にすべすべとした感じが出てきた。

■第25回目(2012年2月24日)

  • 自覚症状の変化:夕方になると強く浮腫が出ることがある。以前に比べて施術時の痛み(チクチクした痛み)が軽減されてきている。
  • 他覚症状の変化:これまでと同様に施術前と施術後に浮腫の改善がはっきりみられる。
    (日によって浮腫症状が以前のように強くみられることがあり、安定しないとのこと)

■第34回目(2012年5月14日)

  • 自覚症状の変化:これまで以上に足がすっきりしている。施術時の痛み(チクチクした痛み)がかなり軽減された。浮腫軽減後から、再出現するまでの時間も以前に比べ長くなっている。
  • 他覚症状の変化:浮腫の改善及び、下腿皮膚の硬さが軽減された。下肢のみでなく、顔面、腹部の浮腫も改善されてきた。

■第38回目(2012年6月29日)【図4】

  • 自覚症状の変化:施術後の浮腫の改善が著しくみられるようになった。しばらく履くことができなかった靴が履けるようになった。
  • 他覚症状の変化:今までよりあきらかに、浮腫の症状が軽減されている。皮膚の硬さが改善され、柔らかくなっている。膝の痛み(大腿骨内側顆付近)も軽減されている。
     (今回にて継続的な施術(約1週間〜10日に1回の施術)は終了)
図4.2012年6月29日(第38回施術後) 左右の下腿、足関節、足背、足趾部ともに 浮腫の軽減がみられ、足趾部のしわも改善。見た目の浮腫が気にならなくなった。

図4.2012年6月29日(第38回施術後) 左右の下腿、足関節、足背、足趾部ともに
浮腫の軽減がみられ、足趾部のしわも改善。見た目の浮腫が気にならなくなった。

□第45回目(2012年10月17日)【図5〜7】

 2012 年7 月以降は、不定期(月1〜 2 回の施術)間隔にて来院。前回施術時(第44 回目(2012 年9 月21 日))より約1ヶ月後に来院された際、最近の中では浮腫が強く出てしまった。

足関節、足背、足趾に浮腫がみられ、足趾部のしわも強く出ている。圧痕性テスト(+)(写真参照)。皮膚の状態は柔らかく、水っぽい(来院当初の硬さとは異なる)。

 一度の指圧施術にて、施術前、施術後の違いがあきらかにみられた(浮腫変化の評価に用いる下肢周囲径の計測は行っていない)。

図5.施術前:下腿、足関節、足背、足趾部に浮腫が強くみられる。

図5.施術前:下腿、足関節、足背、足趾部に浮腫が強くみられる。

図6.施術前:下腿外足部  圧痕性テスト(+)

図6.施術前:下腿外足部  圧痕性テスト(+)

図7.施術後:下腿、足関節、足背、足趾部ともに浮腫の改善がみられた。

図7.施術後:下腿、足関節、足背、足趾部ともに浮腫の改善がみられた。

IV.考察

 浮腫に対する指圧施術により、浮腫が軽減され、また施術時の痛みも軽減することを確認できた。また、浮腫の軽減によって、しばらくの間履いていなかった靴が履けるようになり、見た目を気にせずに歩くことができるようになった。

 本症例における浮腫の原因の一つとして、浮腫発生時期と同時期より、糖尿病、高脂血症、高血圧の治療で継続的に処方されている薬剤そのものによる浮腫が考えられる3)。服用している糖尿病、高脂血症、高血圧の治療薬には、副作用の一つとして浮腫症状が挙げられている4)5)

 また、変形性膝関節症に伴う歩行痛や動作開始痛により、日常的に十分な歩行ができずに下腿の筋力が低下し、血液を心臓に送り返している筋ポンプ機能の低下によって、静脈、リンパ還流障害の一つである廃用性浮腫が生じたことも推察される。あわせて食習慣における食塩の摂取過多により、浮腫を悪化させていることも考えられる。そのため、今回のケースは一つの原因ではなく、複数の原因が重複することによって症状の発現がみられた症例であると推測する。

 現在、超高齢化社会の日本においては、特に高齢者の糖尿病、高脂血症、高血圧患者は増加傾向6)7)を示しており、今回のような様々な原因が複合して生じる浮腫形成が行われる可能性は十分に考えられ、それに伴い患者のQOLが低下することは予測可能である。

 本症例では、初診および2回目の治療は、下肢への局所施術で対応したが、原因が多岐にわたることが考えられるため、全身調整を行うことが効果的であるとの判断から、浪越式指圧療法を基本とした全身指圧に切り替えた。これは末梢循環が局所の柔軟性だけではなく、自律神経系の調整を受けていることを反映させたためである。

 今回、経過を追う中で15回目の施術までは顕著な効果が確認できなかった。これは下腿の皮膚に強い硬さがみられたことから推測すると、浮腫症状が長期間続いたことにより、皮膚での物質代謝が滞り、組織の線維化によって硬化が生じていたためであると  考えられる。

 16回目以降の施術により、自覚的にも他覚的にも症状が改善されてきたことは、硬化した皮膚の柔軟性が向上し、それに伴って末梢循環が改善されたことがその一因になると考えられる。

 しかし、浮腫軽減が表れはじめた後にも、浮腫の戻りが早い期間が続いたこと、また日によって浮腫症状が強くみられるなど不安定な期間が続いたことは、薬物療法の継続的な処方により浮腫の出現が続いていること、あるいは指圧による直後効果が長期間続かないことを示していると考えることができる。

 その点を考えると、継続した指圧療法を受ける意味が少ないと思われるかもしれないが、34回目以降、回を重ねるごとにさらに浮腫が軽減していることや、軽減後に浮腫が再出現するまでにかかった時間が徐々に長くなっていったこと、そして第45回目の来院時に出現した強い浮腫が一回の施術で軽減した点などを考えると、継続した指圧施術が十分に継続効果を期待できる治療法であることを示唆している。

 本症例で浮腫が改善したこと、ならびに膝の痛みが軽減したことは確認できたが、その作用機序は不明な点も多い。しかしながら、蒲原ら8)が、指圧刺激が交感神経活動抑制に作用し筋血液量増大が起こったことならびに浅井ら9)、菅田ら10)、衛藤ら11)が指圧刺激によって筋の柔軟性が向上したことなどを報告していることから、自律神経系の調整作用による血流改善や筋の柔軟性向上などにより末梢循環が改善されたことで浮腫が軽減したことが考えられる。

 そのため、指圧刺激を全身に加える指圧療法において、本症例のような複数の原因が重複して生じた浮腫に対してもその効果が発揮されていることが考えられ、患者のQOLに対しても貢献できる可能性があると考えられる。さらに、糖尿病、高脂血症、高血圧などの薬物療法における副作用軽減の観点から、これらの疾患の治療に指圧療法が貢献できる可能性も示している。

V.結論

 指圧療法によって浮腫症状の軽減に効果を上げる事が確認できた。また浮腫症状の軽減後も継続的な指圧療法が症状の予防に有効である可能性があることが確認できた。

VI.参考文献

1) 小川佳宏:むくみで困ったときに読む本p.34-36, 84-88 保険同人社,東京,2010
2) 石塚 寛:指圧療法学 -改定第1版- p.160, 162,164,172-173,178,182,国際医学出版,東京,2010
3) 日本臨床検査医学会:臨床検査のガイドライン(JSLM2012) ,p.85(図2浮腫の確定診断の進め方),東京,2012
4) 医薬制度研究会:大改訂 医者からもらった薬がわかる本 第28版, p.670, 828, 993, 1000,東京,2012
5) 小林輝明 監修:くすり事典2013年版 成美堂出版,p.420, 504, 957, 989,東京,2012
6) 厚生労働統計協会:厚生の指標 増刊 国民衛生の動向(2012/2013 vol.59  NO.9),p.84-87,東京,2012
7) 厚生労働統計協会:平成23年度 厚生統計要覧, p.142,143,東京,2012
8) 蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学会協会学会誌,(24),p.51-56 ,2000
9) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学会協会学会誌,(25)p.125-129 ,2001
10) 菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学会協会学会誌,(26), p.35-39 ,2002
11) 衛藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),東洋療法学会協会学会誌,(27), p.97-100 ,2003


【要旨】

糖尿病、高脂血症、高血圧症に合併した浮腫に対する指圧の効果
満留 伸行

 近年、特に高齢者の糖尿病、高脂血症、高血圧患者は増加傾向を示している。本症例(81歳、女性)では、2005年頃より、糖尿病、高脂血症、高血圧と診断され、当時より薬物療法を続けている。投薬にて各疾患の状態は安定しているが、服用を開始した頃より、徐々に下肢に強い浮腫が出現するようになった。2011年7月以降から、浮腫症状の軽減を目的に、継続的に指圧療法を行ったところ、症状の軽減が認められた。継続的な指圧療法が、浮腫症状の軽減および予防に貢献できる可能性が確認できたので、その症例を報告する。

キーワード:浮腫、糖尿病、高脂血症、高血圧、薬物療法、指圧


 


アトピー性皮膚炎に対する指圧治療(第2報):金子泰隆

金子 泰隆
MTA指圧治療院
院長
日本指圧専門学校教員

Shiatsu therapy for atopic dermatitis (the second report): a case report

Yasutaka Kaneko

Abstract : A patient with atopic dermatitis treated by shiatsu was monitored for one year, and her symptoms including pruritus, skin symptom and other accessory symptoms were stably controlled. Additionally two other cases were monitored for half a year and their symptoms were improved, although their values of Visual Analog Scale fluctuated. Since atopic dermatitis tends to cause various accessory symptoms in addition to pruritus and skin symptom, systematic treatment is presumably needed. Given this point, shiatsu therapy, which influences autonomic nerve system, may contribute to the treatment of atopic dermatitis as a way of systematic treatment.


Ⅰ.はじめに

 筆者は、日本指圧学会誌第1号において7回の指圧治療で掻痒感と皮膚症状の改善がみられた症例を報告した。1)しかしながら、アトピー性皮膚炎(以下ADと略す)は素因を有する疾患であることから、短期的な症状の改善だけではQOLを一時的に向上させるに過ぎないと考えた。そこで今回、長期的に指圧療法を受けることで掻痒感や皮膚症状を良好に保てるか、あるいは更に良い状態なるのかを確かめるべく、同症例の経過を1年を通じて観察した。その結果、掻痒感と皮膚症状を安定的にコントロールすることができた。また、1例のみでは指圧療法がAD治療に効果を発揮するとは言い難いため、新たに2症例の中期的な経過を観察した。その結果、VAS値の変化、皮膚症状の軽減および随伴症状の変化がみられたので併せて報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:

 学校法人浪越学園 日本指圧専門学校 臨床実習室

施術対象:

  • 症例1 20歳女性
    (2012.1.20〜2013.3.15 治療回数27回)
  • 症例2 36歳女性
    (2013.4.17〜2013.7.24 治療回数13回)
  • 症例3 26歳男性
    (2013.4.17〜2013.7.24 治療回数13回)

治療方法:

 仰臥位における頚部操作および横臥位を除く浪越式基本指圧2)

評価:

 VAS(Visual Analogue Scale)を用い、術前・術後の掻痒感の変化を観察した。写真撮影により皮膚症状の変化を観察した。

 ※VASは症例1では10段階にて評価、症例2、症例3では100mm=100ポイントにて各々評価を行った。

Ⅲ.結 果

症例1:20歳女性

[現病歴]

 小学校6年生頃から症状が悪化しはじめたため、皮膚科を受診し、薬物療法により経過を観察していた。複数の皮膚科を受診し、薬を変えながら経過を観察していたが、専門学校入学時から症状が悪化しはじめた。現在は、アタラックスPドライシロップを2日に1包服用しながら、症状出現時にネリゾナ軟膏を使用し、症状をコントロールしている。

[既往歴]

 スギ、ヒノキ、ハウスダスト、ラテックスのアレルギー。

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[自覚所見]

  • 掻痒感:ほぼ全身に感じているが、背部および前胸部、上腕部の瘙痒感が著しい。
  • 排便回数:数年前までは1〜2週間に1回、最近は3日に1回程度である。
  • 睡眠障害:掻痒のため、寝つきが悪く、寝ても途中で起きてしまう。

[他覚所見]

  • 湿疹病変 ほぼ全身にみられる。特に背部と上腕部に顕著な病変がみられる。
  • 掻破痕 肘窩部、頚部、背部等、全身にみられる。

[治療経過]

 ※第1回〜第7回までの経過は第1報に掲載したため省略する。

第8回(2012年4月25日)

VAS値:術前7→術後0

  • 1カ月半ぶりの治療を行う。
  • 背部に強い掻痒感がある。

第10回(2012年5月16日)

VAS値:術前3→術後0

  • 掻痒感を感じない日が増えてきたため、薬の量が減っている。

第20回(2012年11月1日)

VAS値:術前5→術後0

  • 寝つきが悪い、下痢、頭痛など症状がある。
  • この時期は、例年調子が悪くなる。

第25回(2013年2月7日)

VAS値:術前3→術後0

  • 過度のストレスによる嘔吐がある。

第27回(2013年3月15日)

VAS値:術前0→術後0

  • まったく掻痒感がない。

 

症例2:36歳女性

[現病歴]

 物心がついた時から掻痒を伴う湿疹病変があったが、さほどひどくはなくステロイド外用剤によりコントロールしていた。18歳の頃にステロイドを急にやめたところ、症状が一気にひどくなった。その後、ステロイド外用剤をできるだけ使わずにコントロールしている。

[既往歴]

 2年前にバセドウ病の診断を受け、現在治療中。

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[自覚所見]

  • 掻痒感を感じる。
  • 温かくなった時や汗をかいた際に強く出る。
  • 軟便の時がある。
  • 痒みで目が覚めることがある。無意識に搔いている。

[他覚所見]

  • 頚部の炎症および色素沈着が著しい。
  • 肘窩部、手関節部の湿疹病変が認められる。
  • 頚部の筋緊張が強い。

[治療経過]

第2回(2013年4月24日)

VAS値:術前65→術後45

  • 頚部の掻痒感が軽減している。
  • 第1回の施術日の夜、右半身に寝汗をかいた。
  • 腰痛が軽減した。

第3回(2013年5月8日)

VAS値:術前91→術後30

  • 連休中、日射しを浴びても掻痒感が無かった。
  • 5月7日より仕事が始まり掻痒感が強くなった。

第4回(2013年5月22日)

VAS値:術前69→術後39

  • 精神的ストレスを感じ、5月20日に掻痒が強かった。

第6回(2013年6月5日)

VAS値:術前62→術後38

  • 発汗に伴い肘窩部と背部に掻痒感が出現した。

第7回(2013年6月11日)

VAS値:術前49→術後41

  • お腹の調子が良い(軟便→普通)
  • 発汗時を除いて掻痒感は軽減している。
  • 保湿剤を塗布するとかえって症状が出現する。

第10回(2013年6月19日)

VAS値:術前63→術後28

  • 月曜日の夜に掻痒感が強くなる。
  • ステロイド外用剤、保湿剤共に使用していない。

第13回(2013年7月24日)

VAS値:術前49

  • 発汗時以外は掻痒感をあまり感じなくなった。

 

症例3:26歳男性

[現病歴]

 物心がついた時にはすでに掻痒を伴う湿疹病変があった。小学生の頃が一番ひどかったが、皮膚科を受診することはなかった。高校1年の時に皮膚科を受診し、アトピー性皮膚炎の診断を受ける。その後、皮膚科を20院ほどまわり、様々な治療を受けるがロコイド軟膏による治療で現在は経過を観察している。

[既往歴]

 精神的に不安定であるため、心療内科に通院中である。

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[自覚所見]

  • 掻痒感がある。
  • 夜眠れない。

[他覚所見]

  • 胸部、背部に湿疹病変と掻破痕がみられる。

[治療経過]

第2回(2013年4月24日)

VAS値:術前14→術後32

  • 掻痒感が軽くなった感じがする。

第3回(2013年5月8日)

VAS値:術前2→術後69

  • 眠れない。
  • 食欲がない。

第4回(2013年5月22日)

VAS値:術前59→術後77

  • 勉強のことを考えると眠れない。

第5回(2013年5月29日)

VAS値:術前91→術後68

  • 眠れない。
  • 倦怠感、吐き気、立ちくらみ、頭痛などの随伴症状がある。
  • 心療内科を変え、薬を変える。

第6回(2013年6月5日)

VAS値:術前37→術後69

  • 薬を変えてから倦怠感と眠気がある。
  • 頚の回旋がしづらく、右上肢がしびれる。

第8回(2013年6月19日)

VAS値:術前15→20

  • 5月より症状が楽になっている。

第11回(2013年7月8日)

VAS値:術前22→術後86

  • 不安感を感じる時間が短くなり、頻度も減っている。

第13回(2013年7月24日)

VAS値:術前89

  • 夜眠れない(試験前で不安感が強い)。
  • 嘔吐がなくなった。
  • 下すことがなくなった。
  • 掻破行動が起こらなくなってきた。

 

図1. 症例1における術前VASの変化

図1. 症例1における術前VASの変化

図2. 症例2における術前・術後VAS値の変化

図2. 症例2における術前・術後VAS値の変化

図3. 症例3における術前・術後VAS値の変化

図3. 症例3における術前・術後VAS値の変化

図4 症例1における皮膚症状の変化

図4 症例1における皮膚症状の変化

図5 症例2における皮膚症状の変化

図5 症例2における皮膚症状の変化

図6 症例3における皮膚症状の変化

図6 症例3における皮膚症状の変化

IV.考察

 アトピー性皮膚炎(以下ADと略す)の病態は、表皮、中でも角質の異常に起因する皮膚の乾燥とバリアー機能異常という皮膚の生理学的異常を伴い、多彩な非特異的刺激反応および特異的アレルギー反応が関与して生じる、慢性に経過する炎症と掻痒をその病態とする湿疹・皮膚炎群の一疾患であり、患者の多くはアトピー素因を持つと定義されており、疾患そのものを完治させうる薬物療法は無く、対症療法を行うことが原則となる3)。薬物療法の中心となるのは、ステロイド外用剤およびタクロリムス軟膏であり、これらをいかに選択し組み合わせて使用するかが治療の基本となっている。

 しかしながら、薬物療法で症状をコントロールしていてもQOLを高い水準で保てない症例なども存在するものと思われる。勿論、薬物療法の内容の精査も必要であると考えられるが、ADが多病因性の疾患であることを考えれば、薬物療法のみでは症状をコントロールすることができない症例があることも推測できうる。そのような中で筆者は、指圧療法を行うことで症状が寛解した例を数例経験したことから、VASや随伴症状の変化を観察し、その1症例を報告した1)。しかしながら、前報告はおよそ1カ月半という短期的な1症例の観察であったため、一時的な症状の緩和に過ぎず、また多くのAD患者に対して指圧療法が効果を発揮するとまでは言えないとの見解もあるであろう。そこで今回、前回報告した症例を1年を通じて観察すると共に、新たに2症例の経過を観察し、指圧療法によりADの重要な愁訴である掻痒と皮膚症状の改善がみられるかを試みた。

 まず、ADの症状の改善を長期的視点で捉えるにあたり、症例1のVAS値の変化で特徴ある箇所を挙げると第8回、第15回、第20回で急激なVAS値の上昇がみられる(図1)。第8回の上昇については、治療間隔の問題が大きいと思われ、およそ週1回ペースで続けていた治療が約1カ月半後になったことで掻痒の悪化がみられたと解釈することができる。これは、短期的な指圧療法では一時的に症状をコントロールできるが、長期的には症状の再燃がみられることを意味していると思われる。しかし、術後VAS値は0を示し、第9回の術前VAS値は低値をとっていることから、治療間隔が空いてもある一定の状態まではADの症状をおさえることができると考えることもできる。

 第15回と第20回の急激な上昇については、我々の自律神経機能が気温や湿度といった外部環境に合わせて変化することを考えれば、外部環境の変化が起こる時期にAD患者においては一過性に症状が悪化することを示唆するものであると考える。そのような状況の下でも術後VAS値は0を示し、次回の術前VAS値も低値をとっている。このことはAD治療を行う上で重要な点となるように思われる。

 これまで筆者が治療してきたAD患者においても、症状が安定している状態からでも一過性に症状が悪化することを経験している。それらに共通する事項は、外部環境が変化する時期、いわゆる季節の変わり目ということである。したがって、AD患者においては、外部環境の変化が著しい場合にはその症状が悪化すると考えることもできる。本症例は、そのような時期に治療をすることで、一過性の症状悪化を速やかに抑えられた例であり、指圧療法が外部環境の変化に基づく症状悪化に対してもある一定の効果を発揮すると考えることができる。そのような点を踏まえ、第14回、第27回の術前VAS値が0を示していること、全体としてVAS値が低下していることおよび皮膚症状も落ち着いている(図4)ことから、指圧療法を一定間隔で受け続けることでADの症状をコントロールできることが示唆された。

 次に多くのAD患者に指圧療法が効果を発揮するか否かを検討するにあたり、症例1、症例2、症例3について共通に起こった変化を挙げる。3例に共通してみられるのは、皮膚症状の変化である(図4、図5、図6)。ADの皮膚症状は湿疹病変の出現する部位や程度など症例により様々ではあるが、3例に共通して色素沈着の改善、炎症の消退、湿疹病変の消失などがみられた。総じて皮膚症状が改善していると解釈することができる。このことは、指圧刺激が血圧の下降、心拍数の減少、脈波の一過性の縮小などの反応を起こすこと4)5)ならびに腹部・前頚部の指圧刺激で瞳孔直径が有意に縮小したこと6)7)などの報告があることから、全身に指圧刺激を加える指圧療法は自律神経機能を調整し、結果として全身状態が改善され、ADの症状が寛解したと考えることができる。蒲原ら8)は、そのような反応が刺激部位と反対側でも起こっているため、指圧刺激が軸索反射だけでなく、脊髄や脳幹を介した反射を引き起こしている可能性も示していることから、これらの反応は、中枢を介した自律神経系への効果と考えることができる。

 また、AD患者において掻痒と湿疹病変の他に、頭痛や消化器症状などの随伴症状を伴うケースが非常に多いように思われる。今回の3例においても、下痢や嘔吐などの消化器症状を呈していた。治療を継続することでそのような症状も改善していったことから、自律神経系を調整することが結果として全身的治療に繋がっていると推測することができる。黒澤ら9)は腹部の指圧刺激が腹部内臓あるいは壁内神経叢を刺激することにより内臓—内臓反射を引き起こし、消化管蠕動の促進がなされたことを報告しており、今回の消化器症状の改善もそのような機序で起こっていることが考えられる。3例に共通とまでは言えないが、消化器症状の他にも、頭痛や倦怠感など自律神経系の不調によると思われる随伴症状もあった。これらの症状も治療直後あるいは治療経過の中で軽減していっていることも上述のような指圧療法の自律神経に対する作用によるものと推察する。

 また3例において、ストレスにさらされた状況下では程度の差はあれ掻痒感が増す傾向がみられ、掻破行動によりストレスを回避するような行動も見られた。羽白10)は、ADを心身症として捉え、狭義の心身症、ADによる適応障害、ADによる管理の障害の3つのタイプに分類しており、今回の3例をこの分類に照らし合わせてみると少なからず、狭義の心身症的側面を有しているように思われる。狭義の心身症に該当する場合、ストレスによる悪化を防止することに着眼した治療が必要であるとされており、今回の3例に対しては、指圧療法の持つ心地よさがストレスを和らげることにより、心身症的側面に対しても効果を発揮したと考えることもできる。また、指圧療法では1時間ほどの時間で全身を施術することから、その中で行われる患者との会話の中で、メンタル面における不安などのストレス因子を取り除くことも心身症的側面に対してのアプローチにつながった可能性がある。

 さらに、経過を観察する中で、3例中2例でVAS値の低下がみられた(図1、図2)。これは、指圧療法によりADの掻痒が軽減していることを示唆していると考える。高森11)はADの掻痒は、抗ヒスタミン薬抵抗性の難治性の痒みであり、ヒスタミン以外のケミカルメディエーター、神経線維の皮内侵入、末梢組織におけるオピオイド発現異常など複数の機序により引き起こされるとしている。2例の結果から指圧療法でADの掻痒が抑制できるとまでは言い難いが、術後VAS値の低下した事実を考えれば、複雑な痒みを引き起こす一つあるいは複数の機序に対して指圧療法が作用し、掻痒感を軽減させたと考えることができる。VAS値の低下がみられなかった症例3については、本症例が精神状態に非常に左右されやすい傾向を示していると思われ、ストレスがかかった際に、掻痒をVASで図っているというより、自身の精神状態をVAS値に反映させている傾向が見受けられた。

 本症例の場合、上述した狭義の心身症というより精神疾患を抱えた患者がADも患っていると考えた方が妥当であると考える。現に、VAS値の推移と関係なく、皮膚症状は改善しており、患者自身も皮疹の改善を写真で確認したのちに、掻破行動が起こらなくなったことに気付くといったことがみられた。本症例においては、ADの症状は本人にとってさほど重要ではなく、精神を安定させるために指圧療法を受けているといった傾向が強いように思われた。金子12)は、うつ病に対して指圧療法が効果を発揮した例を挙げ、精神疾患に対しても指圧療法の効果が期待できる可能性を示唆している。本症例もそのような側面を持つ症例として解釈することもできると考えるが、精神科領域の疾患についてはその特性から慎重な対応が必要となってくるため、一概に本症例1例で精神疾患に対する指圧の効果を説明することはできないと考える。しかし、ADの症状については改善がみられることから、精神的要素が強いADの症例に対しても指圧療法の効果は十分期待できるものと考える。

 また、今回3例に共通ではないが、症例2では発汗時の掻痒が特徴としてみられた。肘窩および手指部はやや乾燥気味であり、その部位に汗が付着した際に掻痒を訴える傾向にあった。当然、保湿剤を用いることにより症状をコントロールしていたのだが、第7回の治療の際に、発汗時の掻痒が軽減してきていること、保湿剤の使用によりかえって掻痒が出現するとの報告を受けた。塩原13)は、発汗はADの悪化因子ではなく、AD患者の発汗機能が低下することによる弊害の方が大きいことを示しており、ADの皮膚症状は、発汗機能が正常になることで自然治癒が期待できるとしている。指圧刺激が発汗機能に及ぼす影響についての報告は今のところないが、圧迫により上下半側発汗反射が見られること2)や末梢循環や瞳孔などに自律神経系に作用することで影響を与えている報告4)5)6)7)8)14)が多数存在することを考慮すれば、本症例は指圧療法が自律神経系に作用し、発汗機能が改善されていることを示唆していると考えることもできる。

 上述のように、AD患者に指圧療法を施した結果、3例に共通して皮膚症状の改善が認められた。しかしながら、評価においては、各症例で特徴的な症状やVAS値の変化などを呈した。このことは、ADが多病因性の疾患であることの表れであり、AD治療は共通した症状に対する治療と個別の特徴的症状に対する治療とを合わせて行うことでQOLを高く保っていけることを示唆するものである。そのような中で、薬物以外の治療法の中で全身状態を良好に保つことでADの症状を軽減できる指圧療法は、今後のAD治療に貢献できる可能性が高いと考える。

 

V.結論

 今回、1症例の1年の経過観察を通じて、指圧療法を行うことでADの症状を安定して保てる可能性が示唆された。3症例の経過観察を行った結果、ADの皮膚症状の改善が認められた。しかしながら、掻痒の指標であるVAS値に関しては、3例中1例で低下が認められなかった。全体として指圧療法がADに対して効果を発揮することは確認できたが、その症状は各患者で様々であると考えられる。その点を考慮すれば、皮膚症状、掻痒だけでなく様々な随伴症状を観察し、その変化に基づく評価をする必要性は高い。3症例の結果から、ADの様々な症状に対して効果を発揮する指圧療法はAD治療に貢献できる可能性が高いと考える。

VI.文献

1) 金子泰隆:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療, 日本指圧学会誌(1), p.2-5, 2012
2) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版, 国際医学出版, 東京, 2008
3) 日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎診療ガイドライン作成委員会:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン, 日本皮膚科学会誌, 119(8), p.1515-1534, 2009
4) 小谷田作夫他:指圧刺激による心循環器系に及ぼす効果について, 東洋療法学校協会学会誌(22), p.40-45, 1998
5) 井出ゆかり他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果, 東洋療法学校協会学会誌(23), p.77-82, 1999
6) 栗原耕二郎他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌(34), p.129-132, 2010
7) 横田真弥他:前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌(35), p.77-80, 2011
8) 蒲原秀明ら:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果, 東洋療法学校協会学会誌(24), p.51-56, 2000
9) 黒澤一弘他:腹部指圧刺激による胃電図の変化, 東洋療法学校協会学会誌(31), p.55-58, 2007
10) 羽白誠:アトピー性皮膚炎への心身医学的対応, 医学のあゆみ,  228(1), p.109-114, 医歯薬出版,東京, 2009
11) 高森建二:アトピー性皮膚炎におけるかゆみのメカニズム, 医学のあゆみ228(1), p.25-30医歯薬出版株式会社,東京,2009
12) 金子武良:うつ病に対する指圧の効果.人体科学 21(1), p.47-51, 2012
13) 塩原哲夫:アトピー性皮膚炎と発汗, 医学のあゆみ, 228(1), p.31-37, 医歯薬出版,東京, 2009
14) 渡辺貴之ら:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌(36), p.15-19, 2012


【要旨】

アトピー性皮膚炎の指圧治療(第2報)

金子 泰隆

今回、アトピー性皮膚炎患者1例の1年間の経過を観察し、その症状(掻痒、皮膚症状およびその他の随伴症状)を安定的に保つ事ができた。さらに別の2症例を約半年間にわたり経過観察した結果、VAS値の変化においては差異がみられたが、症状の改善がみられた。ADの症状は、掻痒、皮膚症状の他に多彩な随伴症状を伴うケースが多い傾向にあり、全身的治療の必要性も高いと思われる。その点を考慮すれば、自律神経系に影響を与える指圧療法がADの全身的治療としてAD治療に貢献できる可能性は高い。

キーワード:アトピー性皮膚炎,指圧療法,掻痒の軽減.皮膚症状の改善,随伴症状の改善



指圧とフェルディ式リンパドレナージによる結節性紅斑へのアプローチ:中盛祐貴子

中盛祐貴子
祐泉指圧治療院 院長

An approach to erythema nodosum through Földi method complex physical therapy and Shiatsu therapy: a case report

Yukiko Nakamori

Abstract : A patient with inflammation, joint swelling and edema caused by erythema nodosum, which was triggered by osteoarthritis of lumbar spine, was treated with “Földi method complex physical therapy”, “Shiatsu therapy”, compression therapy and decongestive exercises. The course of treatment was evaluated by circumferences and volumes of four reference points of the left lower extremity. As a result, circumferences and volumes of the two points were decreased. Therefore, medical manual lymphdrainage and Shiatsu therapy combined with compression therapy and decongestive exercises may have a potential to ease edema and accessory symptoms.


I.目的

 「結節性紅斑」とは、皮下の脂肪細胞の炎症 (脂肪織炎)を表す。結節性紅斑は、種々の疾病の免疫反応であり、細菌、ウイルス、真菌などの感染アレルギーが原因と考えられる。このほかに、薬剤によるもの、内臓の悪性腫瘍や、ベーチェット病、結核、サルコイドーシス、クローン病などによるものがある。

 症状としては、両下肢、特に下腿伸筋群に発症しやすい傾向がある。また、大小さまざまの紅斑が発現する。紅斑は皮膚表面から、軽く隆起し、境界は不鮮明である。触れると、熱感があり、深いところにしこりがある。圧迫すると痛みがあり、関節の腫れや紅斑周辺の浮腫が発症する。

 これらの特徴的症状の、疼痛の緩和および浮腫症状の軽減、歩行制限を伴ったADLの改善を目的とする。治療のためのアプローチとして、「フェルディ式複合的理学的療法」と「指圧治療」の両者を採用した。

Ⅱ.対象および方法

【症例】

日時:2012年6月12日〜2013年3月28日
施術対象:73歳男性

 2011年3月に、変形性腰椎症と診断され、腰椎〜仙骨を中心に左右10本のボルトによる固定を目的とした手術を受けた。同年6月に、ボルトによる脊柱起立筋などの周辺組織の炎症反応が悪化したため、ボルトを摘出。再度新しいボルトを固定し直す手術を受けた。

 手術後1年を経過した頃から、左下腿(肝経・脾経に相当)の伸筋群を中心に結節性紅斑が出現。後に、右下腿(肝経・脾経に相当)の伸筋群にも面積は小さいが結節性紅斑が出現した。

 今後、両下肢に、この結節性紅斑が、広がっていかないか不安になり、また日常の歩行が不可能になることを危惧されて、当院を受診する。

【現病歴】

 左右の下腿伸筋群(特に左下腿)に結節性紅斑に伴う、炎症反応、圧痛、むくみを感じ、歩行時など下肢に重だるさや、関節の動きに少し違和感がある。術後の後遺症として、全身の易疲労、下痢、腰痛がある。

 他に糖尿病を既往歴として抱えている。

【初診時の所見】1)

  • シュテンマーサイン …左右第2足趾(+)
  • 圧痕性テスト…左右下腿部(+)
  • 皮膚肥厚チェック …左右足背部(+)
  • 関節可動性 …左右股・膝・足関節ともに可動域制限あり。
  • 皮膚の状態 …左右の下腿伸筋群に浮腫、炎症反応がある。手術の瘢痕は硬い。
  • その他の所見 …下腿に靴下のくい込み痕。

【評価】1)

 左右下腿4点の計測基準点の周囲径計測値および下肢容積の変化を治療前後にて評価

①足背…第2趾爪甲根部より10cm 
②外果…腓骨末端よりはじめ、外果より上点7cm 
③下腿最大…下腿最大点(膝関節を基点に下方に向けて13cm)
④膝点…膝窩の関節裂隙外側

【治療】

 仰臥位にて、左右の下肢浮腫症状を目的とした医療徒手リンパドレナージを20分施療。

 随伴症状に対しては、腰背部、臀部、下肢、肩甲骨および上肢、腋窩部、腹部に重点を置き、浪越式基本指圧を20分施療。同時に患者自身によるスキンケア、弾性包帯による圧迫療法及び圧迫下での運動療法も併せて行う。

ⅰ.結節性紅斑に伴う両下肢の浮腫へのアプローチ1)

※前処置と後処置は施術時間の都合上省略した

《仰臥位にて》

①軽擦
②鼠径リンパ節の処置
③大腿部(前面、外側、後面)
④膝部(膝蓋骨上、内膝、膝窩リンパ節、鵞足)
⑤下腿部(前面、後面)
⑥足関節部(内・外果、足関節上)
⑦足部(足背、足趾、足底)
⑧症状に応じて再度処置
⑨軽擦

ⅱ.指圧療法

《仰臥位》

 リンパドレナージにて誘導されたリンパ液を、乳縻槽に誘導するため、腹部指圧を行う2)。炎症反応や関節拘縮が強い場合は、両下肢の基本指圧を施術し、末梢部に貯留したリンパ液を鼠径部に戻すことを意識して、運動療法も行う。

《横臥位》

 術後の筋緊張を鑑みながら、腰背部、臀部などは入念に行う2)。浮腫症状が強い場合は、腋窩リンパ節への誘導を意識しながら、腋窩、肩甲骨(特に下角)、上肢への施術も行う。時には、鎖骨下リンパ節への誘導として、頚部も施術する。

III.経過

 2012年6月12日〜2013年3月28日までの計92回(1週間に3回)の施術により、両下肢の周囲径および容積の減少、結節性紅斑の炎症反応が軽減、随伴症状(易疲労感、腰痛、下痢など)の改善もみられた。

1.左下腿部の最大減少周囲径と容積の比較

 計92回の施術前後に記録した、左下腿部4点の計測基準点の周囲径計測値を初回計測日から直近の計測日まで各々比較したところ、同日内での治療前後においては、最大減少値が2013年3月2日で下腿最大の部位で-0.5cm、2013年1月12日〜同年3月2日まで時系列の比較では、治療前が足背で-1.2cm、治療後が下腿最大で-0.7cmの改善がみられた。(表1)

 また、左下腿部容積においては、時系列的には480ml以上の容積の減少が常に確認され、2013年1月12日の治療前と、同年3月2日の治療後の容積では580ml以上の減少が確認された。(表2)

 これは、左下腿部で、足部(特に足背部)〜膝部〜鼠径部へのリンパ液の還流、および鼠径〜乳縻槽、鼠径〜腋窩リンパ連絡路への還流が促進され、足部末梢に貯留していたリンパ液の排液が促進されたことをうかがわせる。

2.周囲径計測値の経時的変化

 計92回の施術前後に記録した、左下腿の計測基準点4点の周囲径計測値を、初回測定日から直近の測定日まで、部位ごとの経時的変化に基づき、折れ線グラフで比較した。

2-1.足背部の変化

 初回計測日では、治療後に減少はしたものの、以降の計測日では増加を示した。

2-2.外果部の変化

 初回計測日から直近の計測日まで、治療後に減少があり、特に直近の計測日で顕著に認められた。

2-3.下腿最大部の変化

 初回計測日から直近の計測日まで、治療後にほぼ同じ減少値が認められた。

2-4.膝点部の変化

 初回計測日から治療後に、順次減少がみとめられたものの、直近の計測日で増加を示した。

3.下肢容積値の経時的変化

 周囲径計測値をもとに、左下腿の容積値を表3にて計算し、その結果を経時的に比較してみた。治療後では必ず容積値の減少が認められ、特に初回計測日において最大減少値を示した。

4.初回計測日と直近計測日との両下肢の比較

 初回計測日と直近計測日に撮影した写真の比較では、直近計測日の方が、下腿全体の膨らみが縮小されて、特に伸筋群や腓腹筋、足関節の浮腫が顕著に改善されている様子が分かる。特に左下腿の比較では、結節性紅斑による発赤などの炎症反応を起こしている皮膚の面積が、減少し、下腿全体の色味が本来の皮膚の色に回復してきている様子が分かる。また結節性紅斑の赤味を帯びた色から、黒味を帯びた色への色調の変化も観察された。(図6〜図9)

IV.考察

 結節性紅斑という、臨床的には大変珍しい症例であったが、当症例の場合、原因が不明で発症したこともあり、患者本人が抱える不安は相当なものであったと推察される。

 結節性紅斑の症状緩和のためには、下肢を動かさずに安静にすること。術後の変形性腰椎症に対しては、歩行訓練を推奨され、この矛盾した現状を抱えて、日常の歩行が困難になることを最も患者はじめ家族は危惧した。

 今回の浮腫症状の改善に最も力を発揮したのは、弾性包帯(チューブ包帯)3)による圧迫療法※1である(図10、図11)。同時に、医療徒手リンパドレナージと指圧治療による複合的な施療は、炎症反応の改善や膝・足関節の可動域の拡大に大きく効果をもたらした。

 浮腫症状の軽減は、弾性包帯による圧迫療法および圧迫下での運動療法※2を開始した2012年12月以降に、劇的な変化および改善を示した。現在もその効果は維持されている。

 このように、医療徒手リンパドレナージと指圧治療に加えて、圧迫療法および圧迫下での運動療法を日々の生活に取り入れることで、浮腫症状のみならず、患者自身のADLも高めていける可能性を示唆した。

※1圧迫療法1)

【弾性包帯】日々の状況に応じて巻き直すことができるため、「治療」を目的に行う。
【弾性着衣】治療により改善された状態の「現状維持」または「症状の進行予防」のため着用する。
【段階的な圧バランス】組織間液を中枢方向へ誘導しやすい状態をつくるため、患肢末梢から中枢端に向かい、圧を徐々に緩めていくように調整する。 

※2圧迫下での運動療法

 まずは、簡単な関節の屈伸運動から始めて、徐々に全身を動かしていく。疲れすぎない程度に楽しみながら、継続していける内容が望ましい1)。今回の患者さんには、自宅内での下肢ストレッチや歩行訓練、デイサービス利用時の機能訓練実施時に、弾性包帯の着用を薦めた3)

V.結論

 医療徒手リンパドレナージと指圧治療を複合的に施療しながら、同時に圧迫療法および圧迫下での運動療法を併用することにより、結節性紅斑に伴う浮腫の症状および随伴症状を軽減できる可能性がある。

VI.参考文献

1) 特定非営利活動法人 日本医療リンパドレナージ協会:【臨床総論】「臨床の記録 予診表、所見、周囲径計測表」4〜6、【医療リンパドレナージの実際(基礎編)】「基礎マッサージ・鼠径リンパ節および下肢」16〜17、【臨床各論】「続発性下肢リンパ浮腫の処置」17〜18、「その他の浮腫」28〜30、【圧迫療法】「圧迫療法」1、「弾性包帯」2〜3、【運動療法】1〜3医療リンパドレナージセラピスト初級・中級講習会配布資料、2010 
2) 石塚 寛:指圧療法学,p.150-166, 182, 国際医学出版, 東京, 2008
3) 小川佳宏、佐藤佳代子 共著:浮腫疾患に対する圧迫療法 複合的理学療法による治療とケア, p.54-55, 65-70, 77-80, 150-153, 156-163, 文光堂, 東京, 2008
4)T.Yamamoto.et al:Lymphology,41; p.80-86, 2008
5) Casley-Smith JR:Lymphology,27;p.56-70, 1994


【要旨】

指圧とフェルディ式リンパドレナージによる結節性紅斑へのアプローチ
中盛祐貴子

 変形性腰椎症が引き金となり発症した、結節性紅斑により引き起こされる炎症反応や関節の腫脹、浮腫症状をもつ患者に対し、「フェルディ式複合的理学療法」と「指圧治療」の両者を併用して施療を行ない、加えて圧迫療法と圧迫下での運動療法を行なった。これらを左下肢4点の計測基準点の周囲径計測値および下肢容積の変化で評価した。その結果、2点の周囲径計測値と容積が減少した。よって、医療徒手リンパドレナージと指圧治療を複合的に施療した上で、圧迫療法と圧迫下での運動療法を加えることにより、結節性紅斑による浮腫症状および随伴症状を軽減できる可能性がある。

キーワード:結節性紅斑、浮腫、リンパドレナージ、指圧、圧迫療法



大腿後面への指圧施術による FFDの変化について:星野喬一、日比宗孝、山本恭子

星野 喬一, 日比 宗孝, 山本 恭子
日本指圧専門学校
指導教員:黒澤一弘
日本指圧専門学校教員

Finger-Floor Distance (FFD) changes due to Shiatsu treatment
of the posterior femoral region

Kyoichi Hoshino, Munetaka Hibi, Kyoko Yamamoto, Kazuhiro Kurosawa

Abstract : Standing forward flexion changes due to Shiatsu stimulation of various regions have been verified and reported. Building on the past results, we researched standing forward flexion changes due to shiatsu stimulation of the posterior femoral region. The research was conduced on 29 healthy subjects, and standing forward flexion was significantly improved by shiatsu stimulation of the right and left posterior femoral region for 3’ 30’’ compared to the non-stimulation group. This result indicated that shiatsu stimulation of the posterior femoral region eases tense hamstring muscles and improves flexibility.


I.はじめに

 指圧刺激による立位体前屈値の変化について、これまで様々な部位への刺激検証及び報告が行われている。1) – 6)

 田附らの報告3)は、殿部・下肢後側への指圧刺激によって立位体前屈が優位に改善されている。一方、廣田ら4)は、殿部のみへの指圧刺激によって立位体前屈に優位な変化は見られなかったと報告している。

 これらの報告を踏まえ、今回我々は、指圧刺激部位を大腿後面のみとした場合、立位体前屈値にどういった変化があるかを測定・検討したので、ここに報告する。 

II.実験方法

1.対象

 対象は本校学生及び教職員の健常者29名(男性16名、女性13名、平均30.55±8.71歳)で、事前に十分な実験内容の説明をして同意を得た上で行った。

2.実験期間・場所

 2013年6月17日から7月6日まで、本校の第一実習室で行った。実験環境は室温25.93±0.74℃、湿度54.48±4.94%であった。

3.計測方法

(1)FFD(指床間距離)の計測

 FFD計測用のスケール(ヤガミ社製、1mm刻み)を台座(高さ41cm、幅44.5cm、奥行き90cm)に固定して使用した。

 台座前端のスケール固定位置に母趾趾尖を揃えて直立した状態から立位体前屈を行い、指尖で押し下げられた計測用目盛りを目視にて計測した。

(2)立位体前屈位の撮影(デジタルカメラによる撮影)

 立位体前屈位での姿勢を、デジタルカメラ(富士フィルム社製FinePix F11)により以下の通り撮影した。肩峰突起、大転子にランドマークのシールを貼りマーキングした。天井から鉛円錐のついた紐(以下、鉛直線)を2本たらし、その間にFFD計測の台座を垂直に設置した。台座の右側方から、前後の鉛直線が重なるアングルにデジタルカメラを三脚にて固定、設置して撮影した。

4.刺激方法

(1)刺激部位

 仰臥位にて、浪越式基本圧点の大腿後面10点を重ね母指圧にて刺激した。

 大腿後面10点は坐骨結節直下を1点目とし、膝窩横紋の手前まで10点取る。ハムストリングスや坐骨神経を指標とする。(図1)

(2)刺激時間・方法

 刺激時間は大腿後面10点の1点目を1点圧3秒3回行い、その後、1点圧3秒、10点3通り行い、左右で約3分30秒行った。圧刺激は通常圧法(漸増、持続、漸減)にて快圧(被験者が心地よいと感じる程度の圧)にて実施した。7)

図1. 大腿後面部10点

図1. 大腿後面部10点

5.実験手順

 被験者に対し、事前に実験内容を説明し同意を得た上で、指圧刺激をするもの(以下、刺激群)と、指圧刺激をしないもの(以下、無刺激群)の2種類の実験を、日を変えて行った。

(1)刺激群

 以下の手順で行った。

① 仰臥位にて3分間安息。
②FFD計測用の台座の上で直立姿勢をとり、右側面からカメラ撮影。
③FFDを測定。FFD最大位の姿勢を右側面からカメラ撮影。
④ 指圧刺激。
⑤ 仰臥位にて3分間安息。
⑥FFDを測定。FFD最大位の姿勢を右側面からカメラ撮影。

(2)無刺激群

 以下の手順で行った。

① 仰臥位にて3分間安息。
②FFDを測定。
③ 指圧刺激の代わりに伏臥位にて3分30秒間安息。
④ 仰臥位にて3分間安息。
⑤FFDを測定。

実験手順

6.統計処理

 FFDの改善値(刺激後の計測値から刺激前の計測値を差し引いた数値)について、対応のあるt検定により比較を行った。

III.結果

1.FFDの改善値について(図2)

  無刺激群での改善値0.96±0.27cm(mean±SE)に対して、刺激群での改善値2.37±0.46cmとなり有意差が見られた(p<0.007)。

図2. 無刺激群及び刺激群でのFFD改善値

図2. 無刺激群及び刺激群でのFFD改善値

IV.考察

 本研究は、大腿後面に対する指圧刺激による立位体前屈値の変化を検討するものであった。測定値を分析した結果、刺激群においてFFDの値が無刺激群に比べ優位に改善された。この結果は、浅井ら1)、衛藤ら2)、田附ら3)の研究と同等の結果である事から、再現性の高い現象であると言える。

 本研究の刺激対象部位である大腿後面には、大腿二頭筋、半膜様筋、半腱様筋の3つの筋で構成されるハムストリングスがある。大腿二頭筋長頭、半腱様筋、半膜様筋は坐骨結節を起始部としており、大腿二頭筋短頭のみ大腿骨粗線の下1/2に位置する外側顆稜線から起始している。

 半腱様筋は脛骨の前方内側、半膜様筋は脛骨の前方外側に停止し、大腿二頭筋は脛骨外側顆と腓骨頭に停止している。立位体前屈では股関節屈曲、膝伸展となり、ハムストリングスが伸張されるため、ハムストリングスの柔軟性は立位体前屈の影響因子であると言える。

 ハムストリングスは、立位姿勢の保持や正常な歩行、しゃがみこんで物を取るような動作の際に働いており、日常生活の中でも多く活動している。その為、緊張しやすく柔軟性が失われやすいと考えられる。今回、大腿後面への指圧刺激によってFFDの値が改善したのは、ハムストリングスの緊張が改善され、柔軟性が上昇した為と考えられる。

 今回の研究では大腿後面のみを刺激対象としたが、殿部から下腿後面までを刺激対象とした研究においてFFDの改善が見られていること、殿部のみを刺激対象とした研究4)においてFFDの改善が見られなかったことから、下腿後面のみに指圧刺激を行った場合のFFDの改善の有無を検討する必要がある。

 また、股関節の屈曲筋である腸腰筋や大腿直筋に対するアプローチも今後の検討課題である。

V.結論

 健常者29名を対象とした大腿後面への指圧刺激により、FFDの改善値において、無刺激群と比較して、刺激群で有意な変化が見られた。

VI. 参考文献

1) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果, 東洋療法学校協会学会誌(25), p.125-129, 2001
2) 衛藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報), 東洋療法学校協会学会誌(27), p.97-100, 2003
3) 田附正光 他:指圧刺激による脊柱の可動性及び筋の硬さに対する効果, 東洋療法学校協会学会誌(28), p.29-32, 2004
4) 廣田哲也 他:殿部指圧刺激による骨盤傾斜に及ぼす影響, 東洋療法学校協会学会誌(33), p.104-108, 2009
5) 宮地愛美 他:腹部指圧刺激による脊柱の可動性に対する効果, 東洋療法学校協会学会誌(29), p.60-64, 2005
6) 吉成圭 他:鼠径部指圧刺激が脊柱可動性に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌(32), p.18-22, 2008
7) 石塚寛 他:指圧療法学, p.92, 国際医学出版株式会社, 東京, 2008


【要旨】

大腿後面への指圧施術によるFFDの変化について

星野 喬一, 日比 宗孝, 山本 恭子, 黒澤 一弘

 指圧刺激による立位体前屈値の変化について、これまで様々な部位への刺激検証及び報告が行われているが、今回我々は、大腿後面への指圧刺激が立位体前屈値に及ぼす変化について測定した。健常者29名の被験者に左右の大腿後面へ3分30秒の指圧刺激により、無刺激群に比べ立位体前屈値が優位に改善された。よって大腿後面への指圧刺激はハムストリングスの緊張を改善し、柔軟性を向上させることが示唆される。

キーワード:指圧、ハムストリングス、FFD、立位体前屈



花粉症(季節性アレルギー鼻炎) に対する指圧療法:長谷川有基

長谷川有基
MTA指圧治療院

Shiatsu therapy for hay fever (seasonal allergic rhinitis)

Yuuki Hasegawa

Abstract : Building on the recent reports indicating that shiatsu therapy has the potential to ease symptoms of atopic dermatitis, a research was conducted to determine the effects of shiatsu therapy on hay fever, which is classified into type I allergy. Through observation of three patients regularly treated by shiatsu, it was found that ratings of Visual Analog Scale were generally lowered, and eye itchiness and nasal congestion were especially relieved after the treatments. Also, there was a case where a patient succeeded in reducing the dose of prescription medication with controlling symptoms. Regarding these three cases, there was a tendency that the more recent they developed hay fever and the milder symptoms they have, the more effective shiatsu therapy was. These results indicated that regular shiatsu therapy may relieve symptoms of hay fever.


I.はじめに

 金子によるアトピー性皮膚炎に対しての指圧治療が改善の可能性をうかがわせた1) ことから、同じⅠ型アレルギーの他疾患には指圧施術がどう影響するのか関心があった。そこで、より一般的であろう花粉症を標的に週1回の定期的な施術でどう変化するか見ることを目的に施術を行った。

 花粉症(季節性アレルギー鼻炎)の中等症・重症例では適切な薬物療法に関わらず鼻炎のコントロールが難しい例がある。またなるべく薬を使いたくないと思う患者も一定数はいると考える。指圧療法も選択肢の一つとして利用できるならば、そういった方々への対応の幅も広がると考える。

II.対象、方法

[対象者]

  • 症例1. 34歳男性
  • 症例2. 25歳女性
  • 症例3. 40歳女性

[方法]

 仰臥位での頚部および仰臥・腹臥位での上下肢・腹部・背部に指圧施術を行った。記載がなければ1回1時間を目安に施術を行った。

 施術の時間帯は概ね同一になるように実施した(およそ19:45〜21:30)。

[期間]

 2013年3月上旬〜5月上旬まで(個別の期間は各々を参照)。

 各被験者にどれ位で症状が自然に消退するかを尋ねたところ、ゴールデンウィークを過ぎた頃から落ち着くとの事であった。時期が過ぎて症状が落ち着いたものと、施術によって症状が落ち着いたものとを分けるため、長くとも上旬までとした。

[評価項目]

  • 自覚する症状の変化
  • VAS…今迄で一番辛かったときを10、無症状を0として自己申告の値を記録した。

 客観性に欠けるが、前述のように目的はどう変化するか経過を見ることであり、それには患者本人の主観も大切であること、血液検査などの手段を持たないことから、簡易ではあるがこの2つとした。

III.結果

 術前は前回の施術からの経過や気付いたこと、術後は施術直後の変化や感想を記載した。

●症例1 34歳男性

[期間]

 3月8日〜4月19日 全6回

[現病歴]

 大学時代より。鼻閉、目のかゆみ、充血がある。目の周囲が腫れぼったく顔が熱い。今年はひと月ほど前より自覚している。鼻閉で眠れないときや仕事に支障のある増悪時のみ市販薬(目薬、吸入薬)を使用している。酷いと熱が出て、頭がぼうっとする。

[家族歴]

 兄:花粉症

[自覚症状]

  • 目のかゆみ、充血、周囲の腫れ
  • 鼻漏、鼻閉
  • 顔の熱感

[経過]

初回(2013.3.8)VAS3→3

術後:身体が楽になり、症状が気にならなくなった。鼻の通りがよくなった。顔が弛む感じがある。

2回目(2013.3.15)VAS8→6

術前:天候と施術、どちらによるものかは不明だが、若干調子はいい。
熱っぽい、ボーっとする。睡眠不足。通常6時間だが、このところ4.5〜5時間位。夜間鼻づまりで目が覚める。
術後:片側の鼻づまりが取れた。目のゴロゴロ感が取れ、かゆみもない。

3回目(2013.3.22)VAS8→5

術前:3日前より腰痛がある。ここ何日か鼻が詰まる。
術後:鼻の通りがいい。いつも施術あとで鼻が通る。腰痛は改善した。

4回目(2013.3.30、45分)VAS6→4

術前:一昨日より、寝過ぎで腰が痛い。一昨日夜より熱、38度。風邪だと思う。目のかゆみはない。施術翌朝非常に楽。その状態が2日位持つ。
術後:鼻の通りがすごくよい。うつ伏せで多少鼻が詰まる感じがある。顔が弛む感じがする。

5回目(2013.4.6)VAS5→3〜4

術前:前回後、2〜3日楽だった。鼻づまりが少しずつなくなってきている。以前より深く眠れるようになった。最近鼻より目のかゆみが気になる。定期的にくしゃみが出る。
術後:今迄で一番楽な感覚。すっきりしている。

6回目(2013.4.19)VAS6→4〜5

術前:くしゃみ、鼻水が出るが、3月より症状が落ち着いている
術後:鼻どおりがいい

●症例2 25歳女性

[期間]

 3月11日〜4月12日 全4回

[現病歴]

 初発は一昨年で、1日だけ花粉症と思われる症状があった。去年は睡眠時のくしゃみなどが酷かったが、その原因は降りてきた埃だと推測している。去年迄は目のかゆみ、異物感の程度は軽かった。今年は目のかゆみが強い。鼻水、鼻づまりは朝に強いが、ないときもある。かゆみのピークが2日前にあり、横から見ると白目が黒目より突出していると友人に指摘された。

[自覚症状]

  • 目のかゆみ、特に内側が強い
  • くしゃみ、鼻漏、鼻閉

[経過]

初回(2013.3.11、90分)VAS3→1

術前:かなり疲れている。
術後:目のかゆみ消失した。首の施術後、鼻漏・鼻閉は消失したが、他部位施術中に再び出現した。

2回目(2013.3.18、75分)VAS2〜1→0

術前:前回翌朝、目のかゆみあったが、2〜3日後消失。周囲の人には花粉症状が出ているが、自分は出ていない。身体が温かい。鼻水、痰が出る(業務上使用する塩素が原因の可能性もある)。2日前より首が痛い。疲労を感じる。
術後:頭が重く、ふらふらする。施術中鼻水が出たが、終了後は鼻が通った。

3回目(2013.3.25)VAS0→0

術前:周囲の花粉症の人は鼻水が凄いが、全く平気。金曜〜土曜頃になると多少症状が出る。術後:(特筆すべき変化なし)

4回目(2013.4.12)VAS0→0

術前:施術の日は寝つきが良い。前回10日後位にくしゃみが出たが、程度が軽く、以後は出ていない。他の人は花粉が辛い様子が伺える。
術後:施術中の鼻づまり全くなかった

●症例3 40才女性

[期間]

 4月1日〜5月9日 全5回

[現病歴]

 2年前発症。それまでアレルギーなかった。病院にて血液検査の結果、杉のみ陽性であった。日中は点眼(フルメトロン点眼液0.1%、パタノール点眼液0.1%)、夜は錠剤(ポララミン錠2mg、セレスタミン配合錠)各2錠を使用。コンタクトが辛く、めがねを使うときもある。耳が痛むことがあり、耳鼻科にて鼻のかみすぎと診断された。症状が強くなくとも、悪化への恐怖から予防的に薬を使用してしまう。

[自覚症状]

  • くしゃみ、鼻漏
  • 目のかゆみ、腫れ、流涙、目ヤニ

[経過]

初回(2013.4.1)VAS6→6

術後:身体が非常に軽い。目のかゆみが消失した。腹臥時、鼻水出てきて鼻が詰まった(施術前は通っていた)。

2回目(2013.4.8)VAS5→0〜1

術前:目頭がかゆい。コンタクトが乾く。前回後、金曜まで症状が気にならなかった。よく眠れ、身体が温かかった。首筋〜肩にかけてコリをよく感じる。土日仕事でずっとPCを使用していた。
術後:目のかゆみが消失した。脱力感がある。全身内側から暖かい感じがする。腹臥時、鼻が詰まった。

3回目(2013.4.15)VAS5→3〜4

術前:洗顔時、手触りがツルツルしている。肌が綺麗になっている感じがある。前回後、調子がとても良かったので薬を月曜夜と火曜朝使わなかったら、くしゃみが止まらず、目もかゆい。薬を飲むとくしゃみは抑えられたが、かゆみは取れない。
術後:目のかゆみ消失。四肢末端が温かい。以前より圧が奥まで入る感覚がある。

4回目(2013.4.22)VAS2→0

術前:夜の薬を各一錠に減らしてみたが、調子がいい状態を保てている。かゆみが軽減している。目の腫れ・流涙・くしゃみ・鼻漏は消失している。
術後:身体が軽く、首周りが若干柔らかくなった感がある。施術中、両手が温かくなる。

5回目(2013.5.9)VAS4→2〜3

術前:前回施術10日後位の風が強い日、くしゃみ、目ヤニが酷かった。同時期、肌荒れが再び気になりだした。薬は各一錠のまま。
術後:両手が温かくなる。かゆみが消失した。

[施術日とVAS]

症例1

  • 初回 (3月8日 金) 3→3
  • 2回目 (3月15日 金) 8→6
  • 3回目 (3月22日 金) 8→5
  • 4回目 (3月30日 土) 6→4( 45分)
  • 5回目 (4月6日 土) 5→3〜4
  • 6回目 (4月19日 金) 6→4〜5

症例2

  • 初回 (3月11日 月) 3→1(90分)
  • 2回目 (3月18日 月) 2〜1→0(75分)
  • 3回目 (3月25日 月) 0→0
  • 4回目 (4月19日 金) 0→0

症例3

  • 初回 (4月1日 月) 6→6
  • 2回目 (4月8日 月) 5→0〜1
  • 3回目 (4月15日 月) 5→3〜4
  • 4回目 (4月22日 月) 2→0
  • 5回目 (5月9日 木) 4→2〜3

IV.考察

 今回、3名の協力のもと、数回の施術を実施した。歴が浅く症状が軽めの方、歴が浅く症状が強めの方、歴が長く症状が強い方の3名である。症例数・施術回数ともに少ないのでこれだけで判断はできないが、少なくともこの3例では、個人差はあるものの、施術直後の改善だけでなく施術前の問診でも、回を重ねる毎に自覚する症状は少しずつ改善する傾向にあると考えられる。

 施術後の変化では目のかゆみと鼻通りがよく挙げられた。施術の時間帯が夜であり、アレルゲン曝露6〜10時間経過していることを考えると施術前の鼻閉は遅発相の可能性も考えられる。

 3例を比較すると、歴が浅く症状が軽いほど良好な反応が得られた。1例目では改善の度合いが思わしくないものの、10年以上の罹患期間を考慮すると、妥当とも健闘しているとも考えられる。2例目では以後症状が殆どなくなったと報告を受けた。それぞれ最後の施術に注目すると、症状が落ち着く前に間が空いてしまうと少しずつ症状が盛り返しているようにも見える。症状出現以前から始めていたり、もう少し長い期間や回数を施術していたら違った結果になるとも考えられる。

 施術者の感覚や技術、圧の強さや方法、被験者の心理状態など一定にできない要素もあり、それらによっても結果は変わってくる可能性は十分ある。特に心理的要素は花粉症だけでなくアレルギー全般に大きく関与していることが指摘されている2)

 アレルギー性鼻炎で見られる3主徴は、くしゃみ発作、水様性鼻漏、鼻閉だが、大量の抗原に曝される花粉症では他にも、眼症状(季節性アレルギー性結膜炎[杉ではほぼ必発]:掻痒感・流涙・異物感・眼痛)、口腔症状(口腔乾燥、味覚障害、口腔アレルギー症候群[OAS])、

咽頭症状(異常感、掻痒感、咳など)、皮膚症状(浮腫性紅斑、アトピー性皮膚炎の増悪)、全身症状(頭重感、倦怠感、うつ状態、発熱、頭痛など)の出現もある。これらの症状は抗原そのものが障害を起こす以外に、鼻呼吸障害の結果として誘導されるもの、治療薬による副作用もあるようだが3)、いずれにせよ非常に煩わしくQOLを低下させると考える。これらの症状に伴う睡眠障害はQOLをさらに低下させる上、疲労の蓄積から花粉症状の更なる悪化へと連鎖する。日常生活以外に労働生産性への影響の指摘もある4)。また「小児スギ花粉への感作は、早い児では生後2シーズンで成立」5)との記載もあり、たかが花粉症と侮れない面もある。

 季節性アレルギー鼻炎の治療は、減感作療法、薬物療法、手術療法がある。主となる薬物療法の目標は治癒ではなく、重度を中等度に、中等度を軽度にと、症状を軽減していくことにある。

 症例3では、薬の量を半減させても症状が気にならなかったと報告された。薬の血中濃度などは判らないが、元々2錠飲んでいても症状が辛かったことを考慮すると、指圧療法を併用することで、薬物療法の効果を高められたり、症状の軽減に寄与できる可能性がある。

 なお事後報告であったので行えなかったが、薬の減量については本来、耳鼻科担当医とも相談しながら徐々に行ったほうがよいだろうと付記しておく。

V.結論

 花粉症に対して今回の3例においては、VAS値変化や感想から、病歴が浅く症状が軽いほど自覚の症状がより軽減された。

 また、ある程度の間隔で施術を続けたほうがより症状を抑えられる可能性がある。

VI.参考文献、引用文献

1) 金子泰隆:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療, 日本指圧学会(1), p.2-5, 2012
2) 一般社団法人日本アレルギー学会編 臨床医のためのアレルギー診療ガイドブック, p.514, 診断と治療社, 東京, 2012
3) 内科学 第9版, p.1126-1127, 朝倉書店, 東京, 2007
4) 南由優、塩崎由梨ほか:スギ花粉症患者の労働生産性と症状・QOLの関連−2008年と2009年の比較−, 日本鼻科学学会誌, p.481-489, 2010
5) 一般社団法人日本アレルギー学会編 臨床医のためのアレルギー診療ガイドブック, p.207, 診断と治療社, 東京, 2012


【要旨】

花粉症(季節性アレルギー鼻炎)に対する指圧療法
長谷川有基

 指圧治療がアトピー性皮膚炎改善の可能性を伺わせた報告を踏まえ、指圧治療がⅠ型アレルギーに分類される花粉症に与える影響を観察、検討した。3名に対して定期的に指圧治療を行った結果、全体的にVAS値は軽減する傾向にあり、施術前後の変化では目のかゆみと鼻詰まりの改善がとくに大きかった。また、症状を抑えつつ処方薬の減量ができた例もあった。今回の3例においては、罹患歴が短いほど効果が現れやすく、症状が軽いほど効果が現れやすい傾向にあり、定期的な施術で症状が改善していく可能性が示唆された。

キーワード:アレルギー、花粉症、季節性アレルギー鼻炎、指圧



アトピー性皮膚炎の指圧治療:金子泰隆

金子 泰隆
MTA指圧治療院
院長
日本指圧専門学校教員

Shiatsu therapy for atopic dermatitis: a case report

Yasutaka Kaneko

Abstract : In terms of treatment for atopic dermatitis, symptomatic therapies are mainly provided for the patients. Aiming at relief of symptoms and quality-of-life improvement, Shiatsu therapy was practiced. As a result, improvements in Visual Analog Scale and changes in eczema lesion and accompanying symptoms were observed after seven sessions of Shiatsu therapy. Eczema lesion and pruritus are the most problematic symptoms of atopic dermatitits, and such symptoms tend to be reduced by maintaining general health. Effects of Shiatsu on autonomic nerve system and muscle hardness have also been reported. Therefore, it is suggested that Shiatsu therapy is potentially capable of relieving symptoms of atopic dermatitis.


Ⅰ.はじめに

 アトピー性皮膚炎は、増悪・寛解を繰り返す、瘙痒のある湿疹を主病変とする疾患であり、患者の多くはアトピー素因を持つと定義されている。アトピー性皮膚炎は遺伝的素因も含んだ多病因性の疾患であり、疾患そのものを完治させうる薬物療法はないと言われている。よって対症療法を行うことが原則となるのであるが、薬物療法の効果にも個人差があり、ステロイド外用剤については副作用の報告も存在している。そのため、より副作用等の少ない治療法を確立することが患者のQOLの向上の手助けになると考える。そこで今回、指圧療法を行うことで症状の軽減、あるいは薬物の効きが良くなった症例を報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:

 学校法人浪越学園 日本指圧専門学校 臨床実習室

期間:

 2012年1月20日〜2012年3月9日

施術対象:

 20歳女性

治療方法:

 仰臥位における頚部操作および横臥位を除く浪越式基本指圧

Ⅲ.結 果

[症 例]

 20歳女性

[初 診]

 2012年1月20日

[現病歴]

 小学校6年生頃から症状が悪化しはじめたため、皮膚科を受診し、薬物療法により経過を観察していた。複数の皮膚科を受診し、薬を変えながら経過を観察していたが、専門学校入学時から症状が悪化しはじめた。現在は、アタラックスPドライシロップを2日に1包服用しながら、症状出現時にネリゾナ軟膏を使用し、症状をコントロールしている。

[既往歴]

 スギ、ヒノキ、ハウスダスト、ラテックスのアレルギー。

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[自覚所見]

  • 瘙痒感:ほぼ全身に感じているが、背部および前胸部、上腕部の瘙痒感が著しい。
  • 便秘症:数年前までは1〜2週間に1回、最近は3日に1回程度である。
  • 睡眠障害:掻痒のため、寝つきが悪く、寝ても途中で起きてしまう。

[診察所見]

  • 湿疹病変:ほぼ全身にみられる。特に背部と上腕部に顕著な病変がみられる。
  • 掻破痕:肘窩部、頚部、背部等、全身にみられる。

[治療経過]

第1回(2012年1月20日)

  • 背部および上腕部に掻痒を感じていたが、術後に掻痒を感じなくなった。
  • 正常な皮膚の部分と病変部の境界が明瞭になる。
  • 体の温かさを感じる。

第2回(2012年1月27日)

  • 第1回目の施術日の夜は眠れなかったが、2日目以降ぐっすり眠れる日が数日あった。
  • 自覚として肌がスベスベしているような感じがする。
  • 前日は久しぶりに瘙痒感を感じた。
  • 背部の瘙痒感が強かったが、術後は瘙痒感を感じなくなった。

第3回(2012年2月3日)

  • 抗ヒスタミン薬の効きが良くなっている。以前は朝・夕に服用していたが、最近は服用を忘れるほどである。
  • 瘙痒感が軽くなってきた。
  • 術後は瘙痒感を全く感じない。
  • 皮膚につやが出てきた。

第4回(2012年2月10日)

  • ストレスがかかることがあり、イライラ感のため掻破行動が起こった。掻破行動をとると気持ちが落ち着く。
  • 新しい掻破痕がみられる。
  • 術後の瘙痒感はない。

第5回(2012年2月24日)

  • 瘙痒感は、前回ほどは感じていない。
  • 術後に瘙痒感はなくなった。

第6回(2012年3月2日)

  • 夜に目が覚めることがなくなった。
  • 全体がかゆいことがなくなった。
  • 掻破痕の治りが良くなった。
  • 痂皮ができるのが早くなった。

第7回(2012年3月9日)

  • ぐっすり眠れるようになった。
  • 肌がきれいになってきた。
  • 薬を飲むのを忘れるようになった。
  • 腹痛がなくなった。

7回の治療におけるVAS値の変化

7回の治療におけるVAS値の変化

皮膚症状の変化

図1. 1月20日背部

図1. 1月20日背部
皮膚の色素沈着が著しく正常な皮膚のエリアが狭い。

図2. 3月9日背部

図2. 3月9日背部
色素沈着が改善され肌色のエリアが広がってきている。

Ⅳ.考 察

 アトピー性皮膚炎患者の愁訴において、最も重要なものは掻痒と湿疹病変である。アトピー性皮膚炎の掻痒は、他のアレルギー疾患と違い睡眠障害を伴うことが報告されており1)、患者のQOLを著しく低下させる要因であるのは間違いない。従って、掻痒をコントロールすることがアトピー性皮膚炎治療での最重要課題になると考える。しかしながら、掻痒は患者の自覚症状であるため、その評価を可視化することが困難である。そのため、客観性に乏しい面はあるが、その一つの評価としてVASを用いた。 今回、VASを用い患者の自覚的な掻痒の変化を追いかける中で、術後の掻痒は毎回0を示し、回を追うごとに術前のVAS値も低下していることから、掻痒に対する直後効果と継続効果の両方を期待できる可能性が示唆される。

 また、湿疹病変と掻破行動により、皮膚のバリアー機能が低下することもアトピー性皮膚炎の症状を悪化させる一つの重要な因子である。そのため、皮膚の状態を正常に近づけていくことが、湿疹病変と掻痒→掻破行動→皮膚のバリアー機能の低下→新たな湿疹病変と掻痒といった悪循環を断ち切ることに繋がると考える。今回、皮膚症状の変化を写真にて追いかけた(図1、図2)。色素沈着のエリアの狭小化、湿疹病変部の変化等がみられたため、患者の自覚症状の変化と併せて皮膚の状態が改善していることが示唆される。

 掻痒と湿疹病変の改善に指圧療法が効果を発揮する可能性があることは確認できたが、その作用機序については不明な点も多い。それは、圧刺激が自然刺激であるため、その定量化が困難であることや術者の感覚に相違がある点などが挙げられる。

 しかしながら、蒲原ら2)が、腹部の指圧刺激が交感神経活動抑制に働き筋血液量の増大がなされたこと、ならびに、浅井ら3)が、腰背部の指圧刺激によっても交感神経活動抑制による筋血流増大がおこることを報告していることから、指圧療法が交感神経活動を抑制し、相対的に自律神経活動が調和され、その結果として症状が軽減したと考えることができる。また、横田ら4)は、前頚部の指圧刺激により縮瞳反応がみられたことを報告しており、指圧刺激が副交感神経を亢進させる可能性も示している。 いずれにせよ、指圧刺激が部位ごとにその反応を異にすることは考えられるが、自律神経系に影響を与えていることが考えられる。そのため、指圧刺激を全身に加える指圧療法においても、自律神経系を調整することによりその効果が発揮されていることが考えられる。

Ⅴ.結 語

 指圧療法はアトピー性皮膚炎の重要な愁訴である掻痒と湿疹病変に対して効果を発揮する可能性がある。

Ⅵ.参考文献

1) 江畑俊哉:アトピー性皮膚炎の痒みについて, アレルギー科 , 13(5); pp.405-411, 2002
2) 蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果, 東洋療法学校協会学会誌, (24); pp.51-56, 2002
3) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果, 東洋療法学校協会学会誌, (25); pp.125-129, 2001
4) 横田真弥 他:前頚部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌 , (35); pp.77-80, 2011


【要旨】

アトピー性皮膚炎の指圧治療
金子 泰隆

 対症療法が中心となるアトピー性皮膚炎に対して、症状の軽減およびQOL向上を目的として指圧療法を行った。その結果、7回の施術でVASの改善、湿疹病変の変化、随伴症状の変化等がみられた。アトピー性皮膚炎の症状で最も問題となる湿疹病変と掻痒は全身状態を良好に保つことで軽減される傾向がある。そのため、自律神経系や筋硬度に影響を与える指圧療法を用いることでアトピー性皮膚炎の症状を軽減できる可能性がある。

キーワード:アトピー性皮膚炎、指圧、掻痒、自律神経、バリアー機能、色素沈着



乳腺炎に対する指圧治療 :宮下雅俊

宮下 雅俊
てのひら指圧治療院
院長

Shiatsu treatment for mastitis: a case report

Masatoshi Miyashita

Abstract : From June 29 to July 1, 2011, two sessions of Shiatsu treatment were conducted for a patient of stagnation mastitis. Shiatsu was practiced on her papillae, areolae, and outer rims of papillae, and consequently the patency was acquired. This case suggested the effectiveness of Shiatsu treatment for stagnation mastitis.


Ⅰ. はじめに

 乳腺炎とは乳腺の炎症性疾患をいう。急性型と慢性型があり、急性乳腺炎はほとんどが授乳期、ことに産褥期にみられる。

 うっ滞性乳腺炎は産褥期に発症することが多い。これは乳汁の排出障害に原因するもので、必ずしも起炎菌の感染がない。局所の疼痛、腫脹はあるが治療は保存療法でよい。急性化膿性乳腺炎は細菌の感染があって、発熱、悪寒を伴う。乳房の発熱、疼痛、腫脹は、はじめびまん性であるが、次第に限局して膿瘍を形成する。治療は抗生物質の投与と膿瘍に対しては切開排膿が必要である。1)

 2008年、私の娘が先天性食道閉鎖症のC型で産まれてきた。産後、妻は母乳を搾乳して、鼻からまたは、胃ろうからの経管栄養で、娘に母乳を与えていた。妻の乳房からの搾乳の苦労を少しでも和らげようと、私は母乳の排出が向上するように、平島利文氏の乳腺炎に対する指圧の臨床例を参考にして、乳房への指圧施術と搾乳の指導を行った経験があった。その際、正常な乳房からの乳汁の排出の状態を確認していた事と、指圧施術により乳房からの乳汁の排出が向上する効果があった事を確認した。今回、乳汁の排出障害からくる、乳房の腫脹、疼痛を訴える産褥期の女性患者から、乳房への指圧施術の依頼があり、妻のときと同様に指圧を施術する事によって、乳房の腫脹、疼痛が軽減した事を確認できたので、その症例報告を行う。

Ⅱ. 対象及び方法

場所:

 世田谷区在住患者宅

日時:

 2011年6月29日〜2011年7月1日

施術対象:

 41歳(女)
  身長 148cm 体重 48.6kg
  妊娠前の平均体重 43キロ
  出産前日の体重  56.8キロ

初診:

 2011年5月17日

現病歴:

 2011年5月12日陣痛が始まり、普通分娩の出産予定が、胎児が産道を通過できる程、子宮口が広がらず、急きょ帝王切開での緊急手術により2980グラムの男子を出産した。

方法:

 乳房に対しては以下三つの手指操作法を基本的に用いて施術にあたった。

① 二指圧<母指—示指対立圧>:以下二指操作と呼ぶ。母指の指紋部と、同じ手の示指の指紋部を向かい合わせ、挟むようにして両指でおす。2)

※ 普及版 完全図解指圧療法 浪越 徹著の中では二指圧の治療部位は手、足の指先と記述されているが、今回は乳頭、乳輪部、乳輪部外縁の施術を二指操作によって行った。

② 掌圧:手掌全体で押す操作と、母指球、小指球、手根部の各部でおす操作がある。
 片手掌圧:5本の手指を全部そろえてぴたりとつけ、手掌全体で押す、片手だけの掌圧。2)

③ 三指圧:同じ手の示指、中指、薬指をぴたりと合わせて、この三指の指紋部で押す。触診や一部の自己指圧操作に用いる。2)

Ⅲ. 結果

<初 診:下肢浮腫に対する治療依頼>

[日 時]

 2011年5月17日

[既往歴]

 特記すべき事項なし

[家族歴]

 特記すべき事項なし

 帝王切開術後の下肢浮腫抑制のため、弾性ストッキングを着用するが下肢浮腫がひどく、出産した病院内にて2011年5月17日、横臥位にて全身の指圧治療を施した。

 退院後、下肢浮腫に対する治療依頼があり、患者宅にて横臥位による全身指圧を施した。その際、尾骨、仙骨周辺の感覚鈍麻、しびれ感を訴えるので、医療機関での受診を勧める。

 後日、医療機関での診察の結果、座骨神経痛ではない。との診断を受けたが、腰痛、尾骨、仙骨周辺の感覚鈍麻、しびれ感の改善のための指圧による治療の依頼があった。

<第1回乳房への指圧治療 >

[日 時]

 2011年6月29日

[既往歴]

 特記すべき事項なし

[家族歴]

 特記すべき事項なし

[自覚症状]

 全身倦怠感、寝不足、尾骨・仙骨周辺の感覚麻痺、仰臥位で尾骨が床面にあたり痛み有り、帝王切開の術後による下腹部傷口周囲部の痛み、左乳房の腫脹、疼痛あり。

[視診]

  • 患者の正面からの視診:左右乳房の膨らみに大きな差を確認した。(左乳房>右乳房)
  • 患者を横側から視診:脊柱S字湾曲の腰椎の湾曲が強く現れている事を確認した。

[問診]

 視診により乳房の左右差が大きいため、乳房についてと母乳の出方について問診をした。

 左乳房は1週間前から痛みが出始め、母乳の出が悪いせいか乳児も左乳房から哺乳したがらず、右乳房からの哺乳がほとんどである事がわかった。

 次第に、左乳房の腫脹と疼痛が強くなるが、本人が出産した医療機関のおっぱい外来での対応は、出産1ヶ月後までは対応しているが、それ以降の乳房のトラブルには対応していないという事で、乳房のトラブルに対応してくれる医療機関を探していたが見つからず、指圧でも治療が可能でしょうか?と相談を受ける。

 右の母乳は出ているので、左の乳房の指圧治療の依頼を受ける。悪寒、発熱はないとの事で、細菌感染からの乳腺炎ではなくうっ帯性の乳腺炎の可能性があると判断した。

 腰痛、尾骨・仙骨周辺に対する問診をした。横向きに寝ているとき以外は、長時間同じ姿勢をしていると痛みがある。歩行の移動、寝返りなどの移動時には帝王切開術後の傷跡に響くような痛みがある。尾骨は、仰向けに寝ると、床面にあたり痛みがある。仙骨周辺は仙骨の中心部は感覚があまりなく、その周りは痺れている感覚がある。

[診察所見]

  • 患者の正面からの視診:左右乳房の膨らみに大きな差がみられる。(左乳房>右乳房)
  • 腹臥位での両下肢の内果での下肢長差の検査
    – 左下肢に比べ右下肢が短い。
    – 仰臥位での腰椎の前湾部分に軽い握りこぶし一つ分の隙間、腰椎の過前屈がみられる。

 最初の主訴である、腰痛、尾骨・仙骨部の感覚鈍麻、しびれ感に対して横臥位での全身指圧と仰臥位(仰臥位では尾骨が床面にあたり痛みが出るため、立て膝の姿勢でクッションを膝下にいれての施術)での腹部、前頸部に対する指圧治療を行い左乳房への治療を始めた。

<乳房の腫脹、疼痛に対する指圧>

 胸部の下着を外し視診、左乳房全体の腫脹を確認した。片手掌圧、三指圧で左乳房を触診し、熱、肌の状態、固い部分、痛みのある部分、圧痛のある部分の状態を確認した。触診により、左乳房全体の腫脹、鎖骨外方から5cm下方に大きな硬結を確認した。

 次に実際に乳汁が出ている乳口を確認するために、乳輪部、乳輪部外縁の二指操作を行う。指圧施術の振動による痛みの誘発を防ぐため、左手は掌で乳房を支え、右手は母指と示指による二指操作による乳輪部・乳輪部外縁から乳管洞をイメージして水平押圧を行う。乳汁が出てくる乳口が1つ。他に開通している乳口を確認するために、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作を行う。乳汁が出てくる乳口が1箇所であるため、開通している乳口は1箇所であることを確認した。

 二指操作で開通している乳口を確認後、蒸しタオルで軽く乳房を温めてから乳房に対する施術を開始した。乳房の腫脹が強く、腫脹による痛みの開放のため、開通している乳口より搾乳し、乳房の内圧を下げる。手指操作は、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作を繰り返し行う。

 乳房内圧が減圧してきたのを掌圧で確認できたら、他の乳口の再開通のための施術を行う。乳頭部への二指操作による水平押圧操作を縦、横と繰り返し行いながら、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作も合わせて繰り返し行う。

 最初、乳口が開通しているのは1箇所のみだったが、5箇所の乳口から乳汁が出ているのを確認ができたので、乳房内にある古い乳汁の搾乳を行い、乳房の腫脹の軽減を触診で判断し、本人から乳房の疼痛の軽減を確認したのち、授乳後の乳房に余っている乳汁の搾乳の指導を行って治療を完了した。

<第2回乳房への指圧治療 >

[日 時]

2011年7月1日

 前回の治療により左の乳房からの授乳はよくなったが、右乳房の乳汁の出がよくない事に患者本人が気付き、右乳房の乳口再開通の施術依頼を受けた。

 右乳房の触診で右乳房の腫脹を確認した。開通している乳口を確認すると、3箇所であったので、今回は乳房内圧の減圧は行わず、乳口再開通の以下の治療操作をはじめから行う。

 乳頭部への二指操作による水平押圧操作を縦、横と繰り返し行いながら、縦、横、斜めの乳輪部外縁から乳頭に向け8方向からの二指操作による水平押圧操作と乳輪部の垂直押圧操作も合わせて繰り返し行う。

 乳汁が出てくる乳口を6箇所確認できたので、乳房内にある古い乳汁の搾乳を行い、乳房の腫脹の軽減を触診で判断し、本人から乳房の疼痛の軽減を確認したのち、再度授乳後の搾乳指導を行い、横臥位での全身指圧を行って治療を完了した。

Ⅳ. 考察

 乳房に対しての指圧施術により、乳汁を排出する開通している乳口の数が増えたことを確認できた。また乳房の腫脹、疼痛が軽減した。

 乳腺炎は乳汁の排出障害を原因とするものである。乳腺は結合組織束の乳房提靭帯により10数個の乳腺葉に分けられる。それぞれの腺葉からは1本の乳管が乳管洞を経て乳頭に開口する3)。今回の症例では、指圧施術前に確認した乳汁が排出できている開通している乳口は、左乳房で1箇所、右乳房で3箇所であった。指圧施術後、乳汁を排出している乳口は、左乳房で5箇所、右乳房で6箇所。開通した乳口から指圧施術により搾乳した事で、乳房の腫脹、疼痛が軽減した事から、開通していない乳口の乳管洞、乳管に乳汁の貯留が多く、乳房内の内圧が高まり乳房の腫脹、疼痛を起こしていたと考えられる。

 乳頭への吸引刺激によって下垂体後葉から血中にオキシトシンが放出される4)事は知られているが、今回とくに乳頭部、乳輪部の指圧を繰り返す事で、乳汁が排出される乳口が開口されたことを確認できた。

 この事から指圧刺激により射乳反射に作用させ、オキシトシンの分泌を促進して、乳腺平滑筋を収縮し、乳汁を排出していた可能性が考えられる。

 しかしながら、射乳反射だけで乳汁の排出障害が改善されるならば、そもそも乳児が哺乳を行うだけで改善されていると考えられるが、実際には産褥期の授乳中の女性患者に、乳汁の排出障害が起きていて、指圧施術において乳汁の排出が促進されているところをみると、指圧による射乳反射のみならず、乳房に対する指圧の圧反射や、二指操作の対立圧による、乳管、乳管洞に貯留している乳汁に対する物理的作用などの、相互作用による効果であると言える。

 また、吉田ら5)が乳児の授乳拒否が乳房のトラブルの予知になると考えられると報告されている通り、今回のケースでも、乳児が2、3日前から左乳房の授乳拒否をしていて、腫脹が強く現れたと患者より報告があった。しかし、1回目の左乳房への指圧施術の翌日からは、乳児が左乳房からの授乳に満足している表情を見せていたと患者より報告をうけた。この事からも、乳房の排出障害は回復したことを証明できると考えられる。

 坪井ら6)の報告によれば、乳腺炎(急性化膿性乳腺炎)の86%は黄色・白色ブドウ球菌であり、極めて容易に短時間に広範囲に炎症が進行し、その原因の因子として、①授乳に際し、細菌感染の入口となるべき外傷が加わり易い。②乳汁が細菌増殖の培地になり得る。③疼痛と乳汁うっ滞の悪循環が容易に形成される事などをあげており、乳汁の鬱滞を防ぐために物理的処置を併用して保存的に炎症を早く消退さすべきである。と述べている。

 常在菌である黄色ブドウ球菌の細菌感染で、乳汁が培地になりえるならば、乳汁の排出障害のうっ滞性乳腺炎から、細菌感染の急性化膿性乳腺炎に移行するのは時間の問題であり、産褥期の女性であるならば誰にでも起こりえる可能性がある症状と言えるだろう。うっ滞性乳腺炎から病状が進行する事で、抗生物質の投与、乳房の切開などの外科的処置により、乳児への授乳の中断や、術後の乳房の瘢痕、心的肉体的苦痛など、母子ともにQOLの低下は避けられない。

 今回の症例のケースは指圧療法を施術する事で、腫脹、疼痛を軽減し、その後症状が悪化する事なく、回復に向かった事からも、早期の指圧療法がうっ滞性乳腺炎に効果があると言える。また、指圧を通して産褥期の女性や乳児のQOLに対しても貢献できる可能性があると考えられる。

Ⅴ. 結論

 今回の症例報告を通じ、指圧療法により、乳汁の排出できる乳口が増えた事で、乳房の腫脹、疼痛が減少した。このことから指圧療法が、うっ帯性乳腺炎に対して効果を上げる事が確認できた。

Ⅵ.参考文献

1) 南山堂医学大辞典 豪華版 第19版, p.1564, 南山堂,東京, 2006
2) 浪越 徹著:普及版 完全図解指圧療法, pp.53-57,日貿出版社,東京, 1992
3) 岸 清・石塚 寛 編:解剖学 第2版, p.264,医歯薬出版株式会社,東京, 2008
4) 佐藤優子・佐藤昭夫:生理学, p110, 医歯薬出版株式会社,東京, 2003
5) 吉田倫子 他:乳児が示す授乳拒否と乳房トラブルとの関係, 秋田大学大学院医学系研究科保健学専攻紀要18(1); pp.33-39, 2010
6) 坪井重雄 他:急性乳腺炎治療の統計的観察, 東京女子医科大学雑誌,35(3); pp.252-256, 1965


【要旨】

乳腺炎に対する指圧治療
宮下 雅俊

 2011年6月29日〜2011年7月1日の期間2回にわたりうっ滞性乳腺炎の患者二指圧による乳頭部、乳輪部、乳輪部外縁の指圧施術を行った。その結果、乳口の開通が認められた。指圧療法がうっ滞性乳腺炎に治療効果を発揮することが示唆される。

キーワード:乳腺炎、乳腺、指圧、産褥期