7月に予定していました夏季学術講習会・実技研修会は、新型コロナウイルスの感染が拡大している状況を鑑み 中止をすることといたしました。
今後の年間予定につきましても、日程等が決まり次第、改めてご案内申し上げる所存です。
何とぞご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
7月に予定していました夏季学術講習会・実技研修会は、新型コロナウイルスの感染が拡大している状況を鑑み 中止をすることといたしました。
今後の年間予定につきましても、日程等が決まり次第、改めてご案内申し上げる所存です。
何とぞご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
来る令和元年12月15日(日)に、日本指圧学会 冬季学術講習会・実技研修会が開催されます。会員の皆様は勿論、会員外の方々、学生の方々にも当日会員の制度がありますので、是非多数ご参加くださいますよう、ご案内申し上げます。
記
【日時】 令和元年12月15日(日) 10:00〜16:30
9:30〜受付開始
10:00 学術講習
13:00 実技講習
16:30 閉会
・突発性難聴に対する指圧治療
・脊柱管狭窄症に対する指圧療法を中心とした治療効果
・乳がん術後の疼痛と肩関節可動域制限への指圧治療を受けて~患者側の立場として~
・基本指圧の効果を高める方法
・脊柱管狭窄症等に対する指圧療法、運動療法
・スポーツ現場における指圧~施術時間を短縮するために~
【入会資格】
【年会費】
年2回の学術大会並びに、年3回の実技講習会に参加できます。また学会誌が送付されます。
【当日会員】
当日のみの単回参加。
Improvement in Shoulder Joint Range of Motion Following Full-Body Shiatsu Treatment
Kyoko Okamoto
Abstract : This report examines improvement in shoulder joint range of motion in the case of a patient whose chief complaint was hypothyroidism-related symptoms accompanied by restricted range of motion of the shoulder joint. Following two shiatsu treatments, improvement in the range of motion of the shoulder joint was observed.
It is suggested that full-body shiatsu therapy released tension in the neck muscles and improved flexibility of the muscles involved in movement of the shoulder joint. Although the relationship between hypothyroidism and shoulder joint disease is unknown, it is possible that the hypothyroidismrelated symptoms were also eased by relieving the stress caused by restriction in shoulder joint movement.
Keywords:Namikoshi standard shiatsu, hypothyroidism, frozen shoulder, shoulder joint range of motion
器質的な原因が明らかでなく発症する一次性肩関節拘縮を狭義の五十肩(凍結肩)と呼ぶ。
五十肩は明らかなきっかけがなく、肩関節の疼痛に引き続いて関節可動域の制限をきたす疾患であり、夜間痛と関節可動域制限の強い炎症期から、疼痛が軽減し拘縮だけが残る拘縮期を経て、治癒に向かう。1)
日本指圧専門学校では、在学中の3年間、横臥位、伏臥位、仰臥位からなる全身指圧操作法を修得する。この基本指圧である全身指圧操作法を施術したところ、肩関節可動域制限に対し改善を認めたので、報告する。
期間:
平成28年12月7日(1回目)
平成28年12月19日(2回目)
対象:
61歳 主婦
治療方法:
浪越式基本指圧全身操作2)(表1)。
対象者に畳の上の布団に臥床してもらい、90分施術した。
全身指圧操作の順序は表2の通り。
主訴:
1.足のだるさとむくみ
2.肩の挙上困難、挙上時痛
現病歴:
甲状腺機能低下症。5年前に健康診断により頸部の腫れを指摘され専門医を受診。頸部の腫瘍が大きくなれば手術の可能性もあるが現在は、定期検査のみ。服薬無し。
自覚所見:
1.慢性的な足のだるさとむくみがある。食べないのに、体重が増加しやすい。意欲の低下。便秘。
2.2年前から右肩が痛み、腕が上がらなくなった。発症時は、痛みで不眠になった。特に上腕から肘にかけて痛みがあった。冬場の痛みが強かったと思う。日中でも波打つような痛みがあった。患部を上にしての横向きで眠ることはできなかった。現在は、痛みも軽くなり眠れないことはない。腕も以前より上がるようになった。
他覚所見:
1.ソックスのゴムのあとが残る程度の足のむくみ。仰臥位で足首をもち挙上するとずっしりと重たさを感じる。左右の下腿に筋緊張がある。頸部の腫瘍は目立たないが少しシコリを感じる。
2.患者への問診より、いわゆる五十肩の拘縮期と推測。
安静時痛・夜間痛:陰性
結帯動作障害/ 結髪動作障害:陽性
治療第1回目(図1)
自覚所見:
足のだるさとむくみ→足が軽い、むくみ感軽減
他覚所見:
右肩関節外転可動域(自動)
0°〜110°→0°〜170°
結帯動作障害(+)→(-)
結髪動作障害(+)→(-)
頸部の筋緊張→緩和
治療第2回目(図2)
自覚所見:
足のだるさ→足が軽い
他覚所見:
右肩関節外転可動域(自動)
0°〜170°→0°〜175°
結帯動作障害(-)→(-)
結髪動作障害(-)→(-)
頸部の筋緊張→軽減
ヤーガソンテスト(-)→(-)
ストレッチテスト(-)→(-)
ダウバーン徴候(-)→(-)
ドロップアームテスト(-)→(-)
指圧治療後、患者の自動運動による疼痛のない自然な右上肢の挙上が可能となった。このことから浪越式基本指圧が、肩関節の可動域改善および疼痛軽減に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。
本患者は、下肢のむくみ、だるさのため来院した。よって、指圧治療は、関節疾患に狙いを絞ったものでなく、全身指圧による甲状腺機能低下症に伴う諸症状改善を治療方針とした。ところが、肩関節可動域制限に予想外に効果を得られた。それは全身指圧の構成力が大きく関与したと思われる。肩の運動は肩関節と肩甲帯の統合運動である。肩関節のみの運動は限られているが、肩甲帯の運動が加わることにより、広範囲で多方向の運動が可能になる。3)この統合運動にかかわる筋に対する全身指圧操作の対応箇所を表3 にまとめる。
浪越式基本指圧が肩関節に関連する筋を網羅していることが、確認できる。ただし、前鋸筋、大円筋、棘上筋、棘下筋、小円筋は、教科書的には施術の指標となる筋となっていない。臨床的に、筋のイメージ、状態を把握し、適圧を加えるなど指圧師の創意工夫がもとめられる部分であろう。表3より肩甲帯、肩関節の動作に関連する神経根はC2からTh1であり、頸部の指圧も重要なポイントであると考えられる。本患者は頸部に若干のしこりが認められた。手術の有無、悪性腫瘍になる可能性、他人からの視線などでストレスを感じているようであった。このストレスによる頸部の硬さは、腕神経叢に影響を与えると考えられる。全身指圧には、前頸部、側頸部、後頸部、延髄部の押圧操作がある。頸部の緊張緩和が、腕神経叢を通して関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたと推察する。
肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)は、症状により3期(痙縮期、拘縮期、回復期)に分けられ予後はおおむね良好で1年ないし1年半で日常生活に支障がなくなることが多い。腰痛、膝痛の発生頻度と比べると、肩痛は加齢とともに有症状率が横ばい、もしくは減少している。よって、自然に治る傾向が強いといえるかもしれない。6)
本患者によれば、すでに発症から2年が経過しており、夜間、日中の疼痛も消失している。横臥位の姿勢も違和感なくとることができた。このことからすでに回復期に入っていると推察する。押圧が、患者の自然治癒力の促進を助長したのではないかと考える。
甲状腺機能低下症と3年後に発症した肩関節疾患の関連は不明であるが、肩関節可動域の改善は、ストレスを軽減し、本患者のホメオスタシス(神経系、内分泌系、免疫系)によい影響を与え6)、甲状腺機能低下症による諸症状軽減に寄与すると考える。
表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根
全身指圧操作法により肩関節可動域制限の症状を改善した。
1)松岡光明:日常診療に活かす診療ガイドラインUPTO-DATE 2018-2019,メディカルレビュー社,大阪,p.581,2018
2)石塚寛:指圧療法学,東京,p.77-126,2008
3)山口典孝,左明 他:動作でわかる筋肉の基本としくみ,マイナビ,東京,p.28-29,2013
4)石塚寛:前掲書,p.136,137
5)Kendall,McCreary,Provance;筋 機能とテスト―姿勢と痛み—,西村書店,東京,p.394,2006
6)菅谷啓之:実践 肩のこり・痛みの診かた治し方,全日本病院出版会,東京,p.26,2008
本症例では、甲状腺機能低下症の諸症状を主訴とし、肩関節可動域の制限を併発している患者に対し、指圧治療を行った。2回の指圧治療の結果、肩関節可動域制限の改善がみられた。
これは、全身操作法が頸部の緊張緩和、肩関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたためと推察する。甲状腺機能低下症と肩関節疾患の関連は不明であるが、肩の挙上運動ができないというストレスの緩和により、甲状腺機能低下症の諸症状にも変化が及ぼされた可能性がある。
キーワード:浪越式基本指圧全身操作、甲状腺機能低下症、五十肩、肩関節可動域
Shiatsu Treatment for Kyphosis; A case report of a female patient in her eighties who underwent laparotomy
Sanae Sakuta
Abstract : This report examines the case of a female patient who underwent laparotomy for colorectal cancer in 2017 and received shiatsu treatments for kyphosis and back pain. At the end of a course of 15 shiatsu treatments, posture improved and frequency of complaining of pain decreased. We concluded that shiatsu treatments released muscle tension and helped to ease the patient’s symptoms in this case.Since kyphosis occurs frequently among elderly people and it is associated with various motor function disorders, shiatsu may contribute in its care and prevention.
Keywords:shiatsu, kyphosis, posture, care and prevention
近年、我が国の高齢化は急速に進行しており、要介護認定者数も介護保険創立当初は218万人であったものが現在では633 万人もの人数に増加している1)。要介護状態の予防のためにも健康寿命の延伸が非常に重要な取り組みといえるが、介護が必要になった原因を要介護度別にみると、要介護者では第1位が「認知症」、第2位が「脳血管疾患」であるのに対し、要支援者は第1位が「関節疾患」、第2位が「高齢による衰弱」となっている2)。要支援者はいわば要介護予備群であり、要支援となった主な原因が関節疾患や筋力の低下などの廃用症候群であることは、高齢者の運動機能の維持が介護予防の重要な要素であることを物語っている。
高齢者は骨量減少に伴う変形、筋力低下により脊柱変形を呈すことが多いが、特に脊柱後湾、いわゆる円背は臨床上見かけられることが多い。円背は高齢者のさまざまな機能障害を引き起こすため、その予防が運動機能維持に重要となる。すでに生じた姿勢の変形を正すとなると、「姿勢矯正」ということになるが、姿勢矯正というと一般的には若年者を対象としたもので、高齢者は対象にならないと思われているケースが多い。しかし、高齢者であっても筋の柔軟性を高めたり、運動習慣を身につけることで、年齢に関係なく姿勢の改善は十分可能であると筆者は考える。今回、指圧治療で筋の緊張を緩和することにより、円背が改善され患部の痛みも緩和された症例を得られたので、報告する。
施術対象:
84 歳 女性
場所:
当院
期間:
平成29年12月29日~平成30 年2月21日(全15回 治療継続中)
主訴:
前日から突然右側の首、肩、腕に激痛をおぼえ、首を動かすことも、体を少しでも動かすこともつらくなった。寝ていても痛むため、横にもなれない。痛みのNRS値は10。
他覚所見:
首が前方に突出、円背、右側弯による右肋骨の突出。歩行時に足が上がらず、すり足になる。
既往歴:
• 大腸癌、平成29 年7 月ステージⅡ開腹手術
• 4 歳の時に背中を手術したが、疾患名は覚えていない
• 現在薬の服用はなし
治療方針:
患部に触れたり、身体を動かすだけでも強い痛みを訴えるため、ベッドに臥床することが困難である。よって、坐位にて患部から離れた箇所より施術を行う。
痛みの原因は、円背により頭部が前方に偏位しているため、頭部の重さにより、背部、頸部、腰部の筋の過緊張が誘発されているためと考えられる。まずは、痛みを取ることを第一目的とし、円背の改善を第二目的とする。
円背の原因は、加齢を素因とするものに加え、大腸がん開腹手術の手術痕の引き攣れにより、上体を伸展することが苦痛であるためと考えられる。また、右肋骨が突出して体幹がねじれているのは、右手で杖をつくことが原因で生じた側弯症と考えられる。
1回目(平成29年12月29日)
術前所見
(自覚)右側の頸部、肩、上肢の激痛、首が動かない
(他覚)円背、右側弯気味、O 脚、首の前方突出、頸部の過緊張(特に後頸部)、背腰部の硬結(特に右背部、左腰部)上肢、下肢の過緊張
治療:
坐位(椅子にて)で上肢、下肢の指圧、背部、頭部の指圧。直接患部に触ることができず、患部より離れた箇所へ施術する。
結果:
痛みのNRS 値は9.5。痛みは少し改善。首の可動性が向上する。
備考:
翌日から休みに入ってしまうため、内臓疾患も考慮し痛みが治まらなければ、病院に行くことを勧める。
2回目(平成30年1月4日)
術前所見
(自覚)痛みのNRS 値は9.5。病院に行き薬を服用したが、痛みはあまり変わらない。
(他覚)頸部の可動域は初回術後とほぼ同じ状態。姿勢ほか変化無し。
治療:
伏臥、仰臥位にはなれず、横臥位で施術。上肢、肩甲骨周辺、大胸筋、背部、下肢、頸部の基本指圧を中心に行う。
結果:
移動体位変換には時間が必要で、ベッドへの移乗も足が上がらないため時間を要した。痛みは、来院時より楽になり、NRS値は8.5。
備考:
病院で診てもらったが問題はないと言われた。今回は、最後に患部への施術ができた。
3回目(平成30年1月8日)
術前所見
(自覚)痛みのNRS値は8。痛みは軽くなってきた。
(他覚)円背の改善はされてきたが、O脚のため、下肢外側の緊張が強く、足関節の動きが悪い。歩行時に足が上がっていなくすり足になっている。
治療:
横臥位=2回目と同じ。
仰臥位=頸部、大胸筋、腹部、下肢全般
結果:
左右の諸関節の動きは前回よりは良くなってきたが、首を起こすことがまだむずかしい。後頸部の過緊張が強く、顎が上がっている状態。痛みは少しずつ軽減してきている。術後、付き添いのお子さんに姿勢を見て頂き、改善されてきているのを確認してもらう。
5回目(平成30年1月15日)
術前所見
(自覚)痛みがなくなってきた。痛みのNRS値は7。前回施術後、帰る時は前が見やすくなっていた。
(他覚)前回来院時より目線が少し上がっていた。
治療:
伏臥位=後頸部、肩甲骨周辺、背腰部、臀部、下肢後側指圧
仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧
結果:
術前より体位移動がスムーズになった。
備考:
今までは階段を上がるのが辛く、前回までは付き添いのお子さんと階段を上がってきたが、本日は、一人で昇れた。伏臥位も今回初めてとることができた。
6回目(平成30年1月17日)
術前所見
(自覚)首の痛い日と痛くない日がある。いつも施術後に帰る時は前が良く見えるが2~3日すると下を向いてきてしまう。
(他覚)初回の頃から比べると上体が伸展してきた。右肩が下がり、頸が前方に出ている(図1)。後頸部の硬結が特に目立つ。
治療:
伏臥位=頭部、頸部、肩甲骨周辺、脊柱起立筋の指圧
横臥位=5回目と同じ
仰臥位= 上肢、頸部、胸部、指圧、肋骨調整
結果:
少しではあるが、円背が改善し、目線が上がってきている(図2)。ベッドへの移乗にかかる時間が少し短くなってきた。
7回目(平成30年1月21日)
術前所見
(自覚)痛みはかなり軽くなってきており、痛む頻度も減った。痛みのNRS値は3。
(他覚)頸部が少しずつ緩んできたので、首に触れやすくなってきた。後頸部はまだ硬い。腰はしっかり伸びているが、背部が丸く、首が持ち上げられない。足関節の動きが悪い、歩行時に足が上がっていなくすり足になる。
治療:
伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧
仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧
結果:
上体がより起きてきた。
備考:
腹圧が弱いので、呼吸による腹筋の運動を紹介した。
10回目(平成30年2月5日)
術前所見
(自覚)痛みはない。痛みのNRS 値は0。
(他覚):頸部、背腰部の筋に柔軟性が出てきた。円背も改善し、O 脚も改善しつつある。
治療:
伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧
側臥位= 頸部、大胸筋、下肢内側指圧
仰臥位= 上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧
結果:
右肩は下がっているが、体幹の安定性が出てきた。
12回目(平成30年2月12日)
術前所見
(自覚)痛みはないが、日数が経つと目線が下を向いてしまう。
(他覚)円背、O脚が改善してきている。
治療:
伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧
仰臥位= 上肢、頸部、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧
横臥位= 大胸筋、小円筋、前鋸筋の指圧
座位= 頸部に負荷をかけた筋力トレーニングを開始
14回目(平成30年2月18日)
術前所見
(自覚)痛みはない。
(他覚)会話をしているときなどは背筋が伸びているが、気を抜くと姿勢が悪く、下を見てしまう(図3)。
治療:
伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧
仰臥位=12回目と同じ
横臥位=12回目と同じ
座位=12回目と同じ
結果:
術前より姿勢が改善した(図4)。
15回目(平成30年2月21日)
術前所見
(自覚)痛みはない。術後2 ~ 3 日は顔を正面に上げた姿勢でいられる。
(他覚)痛み、姿勢は改善されてきたが、内転筋と臀部の筋力低下は残っている。依然として来院時には下をみて円背になっている。歩行時のすり足は改善された。
治療:
伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧
仰臥位=12回目と同じ
横臥位=12回目と同じ
座位=12回目と同じ
備考:
常に姿勢を意識すること、自宅で内転筋を鍛えるトレーニングを紹介した。
円背に伴う腰椎後湾は骨盤を後傾させ、股関節伸展、膝関節屈曲、足関節背屈という代償動作を生じ、歩行時の筋活動の低下を招くと推測される。本患者においても治療開始当初は歩行時にすり足がみられるほか、ベッドへの移乗に時間がかかるなど歩行能力の低下が生じていた。しかし、治療5回目には一人で階段を登れるようになり、治療6回目にはベッドへの移乗がスムーズになるなど、治療の継続とともに歩行能力に改善がみられた。これは腰背部、下肢への指圧施術により腰椎の前彎が促され、骨盤が前傾することで下肢の代償動作が解消し、歩行時の筋活動が正常化したことで生じたと推測する。
さらに、円背では胸椎後弯が増大しており、代償的に頸椎の前弯を増強するため3)、後頸部の筋の緊張が常態化すると考えられる。本患者の後頸部の緊張もそういったメカニズムから生じたもので、前述のように指圧施術により腰椎の前彎が促されるとともに、胸椎の後弯が改善し、代償的な頸椎前彎が正常化することで緊張が緩和したものと推測される。施術後の「前が見やすくなった」というコメントも、胸椎後弯、頸椎前彎の改善による頭部ポジションの正常化から生じたものと考えられる。
また、今回は本人に姿勢の状態を自覚してもらうために施術前後で姿勢を撮影し、変化を確認してもらった。そのため、徐々にではあるものの姿勢の改善がされていることが本人にも伝わったため、治療に対するモチベーション向上に役立ったと思われる。
高齢化に伴って運動機能低下をきたす運動器疾患により、バランス能力及び移動歩行能力の低下が生じ、閉じこもり、転倒リスクが高まった状態は「運動器不安定症」として定義づけられている4)。この運動器不安定症の診断基準に含まれる、運動機能低下をきたす運動器疾患には、脊椎圧迫骨折及び各種脊柱変形として亀背(円背)が挙げられている4)。高齢者の円背姿勢は頻繁にみられ、古戸らの調査では山間部在住の高齢者291人の20.6%に円背がみられたと報告している5)。円背はバランス低下による転倒リスクの増加や、活動量やADLの低下に加え6)、自己効力感とQOLの低下も生じることが報告されている5)。さらに円背と整形疾患、骨粗鬆症の関連も指摘されており7)、円背の予防改善は健康寿命の延長に重要な位置を占めることが推察される。そういった面から今回、指圧のような手技療法により円背改善に貢献できる可能性が示唆されたことは大変意義深いことであると考える。
あんまマッサージ指圧師という立場ゆえ、円背に対して様々なアプローチをすることが出来るため、すでに成立した脊柱変形の治療だけでなく、良好な姿勢を維持することを目的とした施術ということもでき、予防的効果も十分に期待される。今回は1 例のみの報告であるため、さらに症例を重ね施術の方法論を検討したいと考えている。
1)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2018/2019,厚生の指標8 月増刊65(9);p.257,2018
2)厚生労働省HP:平成28 年国民生活基礎調査の概況,2017
3)高井逸史 他:加齢による姿勢変化と姿勢制御,日本生理人類学会誌6(2);p.11-16,2001
4)整形外科学会HP:運動器不安定症とは,https://www.joa.or.jp/public/locomo/mads.html
5)古戸順子 他:山間部在住円背高齢者における日常生活活動に対する自己効力感,社会交流活動,及び健康関連QOL,厚生の指標60(4);p.1-7,2013
6)森諭史:骨粗鬆症患者の錐体圧迫骨折、脊柱変形とADL 低下の関連,日本腰痛会誌8(1);p.58-63,2002
7)柳田眞有 他:高齢者の介護予防に有用な簡易姿勢評価法の検討,The KITAKANTO Medical Journal 65;p.141-147,2015
今回、平成29 年に大腸癌の開腹手術を受けた女性に対し、全15 回の指圧治療を施し自覚症状の経過を追った。治療開始当初は円背と背部の痛みが目立ったが、治療終盤には姿勢も改善し、痛みを訴える頻度も減少した。これは指圧により筋緊張が緩和したために生じたものと推測される。高齢者の円背は高頻度で発生し、様々な運動機能障害に関連するため、介護予防の場面で指圧が貢献できる可能性が考えられる。
キーワード:指圧、円背、姿勢、介護予防
Volunteer Shiatsu in Nanto City, Toyama Prefecture (2nd Report): Survey Report
Takeshi Honda, Shinpei Oki
Abstract : During the period from December 20, 2017 to December 21, 2017, volunteer shiatsu therapists treated residents of Nanto City, Toyama Prefecture at Taira Gyosei Center. Participants completed a survey in which they described the areas where they felt fatigue or pain and where they were suffering the most, and how their level of general fatigue and regional pain and suffering changed following shiatsu treatment. Of the 43 participants, 27 valid responses were obtained. The most common areas where people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower back, the neck, and the shoulders. Twenty-six out of 27 people reported a decrease in general fatigue, and all of the 27 people reported a decrease in regional pain and suffering.
Keywords:shiatsu, volunteer, survey, Toyama, winter
平成29年12月20日(水)、21日(木)の2日間で、富山県南砺市にあるロッジ峰と平行政センターの二施設内の一室をお借りして指圧ボランティアを行った。
本活動は平成29 年8 月に同市で行われたボランティア指圧を受けた南砺市一般市民の方々からの、冬季も開催して欲しいという声を受けて長期休暇を利用して行われた。平成29年8月の活動は日本指圧学会誌第6号にて報告している1)。今回も指圧ボランティアの活動に合わせ、日本指圧学会が作成したアンケート用紙の運用試験として施術前後にアンケートを行った。その結果を集計したのでここに報告する。
日時:
平成29年12月20日(水)、21日(木)
場所:
ロッジ峰(富山県南砺市梨谷313-6)
南砺市平行政センター(富山県南砺市梨下2240)
施術者:
日本指圧専門学校3年生
(すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作2)を習得している)
対象:
南砺市在住の一般市民で今回の指圧施術を受け、かつアンケートに回答した者(43名)
評価方法:
使用したアンケート用紙は、指圧学会誌第6号で大木3)により報告されたものから、ボランティア活動時に煩雑にならないよう質問項目を削減した改訂版を用いた(図1)。
方法:
指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明しアンケートの設問1~4までを回答してもらった。その後、対象が不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を1時間程度行い、その直後にアンケートの設問5~6を回答してもらった。施術前後の問2〜問5と問4〜問6の結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。
アンケートに回答した43名のうち、有効回答数は27名だった。
問1…疲労や痛みを感じる部位や症状
疲労及び痛む部位・症状で最も多い回答は、第1位が腰(21.4%)、第2位が肩(18.0%)、第3位が首(10.7%)となった。また、問1は複数回答を可能としたため合計回答数は84箇所となった(表1)。
問2、問5…全身の疲労度合い
全身の疲労度合いのNRS(Numerical Rating Scale)は、減少が26名、変化なしが1名だった(図2)。平均は施術前が5.89±1.93、施術後は2.41±1.97(mean±SD)で(図3)、施術前後で優位な低下が認められた(p<0.01)。
問3…現在最も苦痛を感じる部位
最も苦痛を感じる部位として回答されたのは、第1位が腰(18.5%)、第2位が首(14.8%)、第3位が肩(11.1%) となった(表2)。
問4、問6…最も苦痛を感じる部位の苦痛度
最も苦痛を感じる部位の苦痛度では、27名全員のNRS が減少を示した(図4)。平均は施術前7.00±1.89、施術後が2.67±1.81(mean±SD)で(図5)、施術前後で有意な低下が認められた(P<0.01)。
疲労及び痛む部位の回答の多くは腰と肩であった。この結果は大木らの報告1)と同様に、厚生労働省が行う国民生活基礎調査の有訴者率4)で上位を占めるものと一致しており、一般市民の腰背部の有訴率の高さが伺える。
最も苦痛を感じる部位としては前回と同様に腰が最多であった。前回の報告1)では被験者の加齢に伴う不良姿勢により腰痛が助長されていると考察したが、今回は季節性に生じる疲労が加わっているとも考えられる。というのも、今回ボランティアを行った時期は冬季であり、豪雪地帯である南砺市の住民にとっては日常的な雪掻き作業が必須であるため、それに伴う腰背部の疲労が生じているのは想像に難くない。須田の報告5)でも雪掻き作業時の脊柱起立筋の筋活動と、それに伴う腰部への負荷が指摘されている。また、今回は疲労・痛みを自覚する部位と最も苦痛を感じる部位において首の回答が目立った。これは雪かきの作業特性によるもの、冬季で外出頻度が減ったことによる身体活動の低下によるもの、はたまたアンケートの様式により誘導されたものなどさまざまな要因が想像されるものの、いずれも憶測の域を超えないため今回は考察を見送りたい。
施術前後の変化については全身の疲労度、最も苦痛を感じる部位の苦痛度ともに改善がみられた。今回の施術は苦痛を感じる部位に応じた施術であったが、いずれの被験者においても指圧が筋の緊張やアライメント不整を是正することにより、症状の改善につながったものと考えられる。また、自覚症状として目の疲れが回答件数全体の約6%あり、前回の調査1)でも全体の約4%が報告されており、こちらの改善は前述の機序とは多少異なることが予想される。難波ら6)は眼周囲部の温熱刺激により調節機能の回復が早まることを報告しているほか、大木7)は顔面部への指圧刺激により調節近点距離の短縮が生じたことを報告している。これらのことは副交感神経系の働きが優位になったことにより生じたものと推察されるが、瞳孔計を用いた調査8)9)10)で前頸部、下腿部、仙骨部、頭部への指圧刺激で縮瞳が生じたと報告されていることからも、指圧による副交感神経系への働きかけがあり、眼の調節機能の改善に効果がみられたと考える。
次にアンケートの運用について述べる。前回の報告1)では全回答数43名のうち有効回答数が39名であったのに対し、アンケートの様式を変更した今回の調査では全回答数43名のうち有効回答数は27名である。単純に3割ほど有効回答が減少してしまう結果となったが、これは問3の回答方法により生じたものであると考える。本アンケートの問1、問3に関してはイラストにマーキングをするという回答方法であるがゆえに、回答者によっては複数の関節を跨いだ丸をつけたり、背中全体を大きく丸で囲うといった回答になることも多い。そうであっても問1であれば複数回答可なため、丸で囲まれた箇所を全てカウントすれば済む話だが、問3に関しては問題である。問3は「1つだけ」マーキングをするという択一の設問であるため、複数箇所をまたぐマーキングは必然的に集計から除外せざるを得ない。今回の調査の無効回答はこの問3の回答ミスが大半を占めるため、事前の記入方法の説明が十分に理解されなかった可能性は高い。今回の結果が「ブレ」によるものかは定かではないが、回答様式の変更や説明書の作成など検討課題とすべきであろう。
富山県南砺市在住の一般市民に対して、指圧施術とアンケートを行い43名中27名から有効回答が得られた。27名中26名に施術前後の全身の疲労度合いのNRSに改善がみられ、27名全員に苦痛を感じる部位のNRSに改善がみられた。疲労及び痛みを感じる部位では腰が、最も苦痛を感じる部位で腰に次いで首という回答が多くみられた。
本調査に協力していただいたあんま同好会の学生の皆様、集計にあたり多大な尽力をしてくださった藤堂はるか氏に心より感謝します。
1)本多剛,大木慎平:富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌6;p.19-22,2017
2)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,国際医学出版,東京,p.78-126,2016
3)大木慎平,本多剛:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2 報),日本指圧学会誌6;p.9-14,2017
4)厚生労働省HP:平成28 年度国民生活基礎調査の概況,2016
5)須田力:除雪作業と体力,北海道大学教育学部紀要57;p.141-183,1992
6)難波哲子 他:Visual Display Terminal(VDT)作業による自然視調節機能の低下と眼周囲温熱療法による回復効果,川崎医療福祉学会誌17(2);p.363-371,2008
7)大木慎平:顔面部への指圧刺激による調節筋点距離の変化,日本指圧学会誌3;p.20-22,2014
8)横田真弥 他:前頸部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(35);p.77-80,2011
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(36);p.15-19,2012
10)田高隼 他:頭部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(37);p.154-158,2013
平成29年12月20日~21日に富山県南砺市のロッジ峰、南砺市平行政センターにて指圧ボランティアを行い、南砺市在住の一般市民に対し、疲労や痛みを感じる部位と全身の疲労度合い、最も苦痛を感じる部位とその苦痛度といった内容のアンケート調査を指圧施術前後に実施した。アンケートに回答した43名のうち、有効回答は27 名だった。疲労や痛みを感じる部位では腰、肩、首の順に多く、最も苦痛を感じる部位では腰、首、肩の順に多かった。全身の疲労度合いでは27名中26名に、苦痛を感じる部位の苦痛度では27名全員に施術前後で改善が見られた。
キーワード:指圧、ボランティア、アンケート、富山、冬季
Treatment for Breech Presentation Using Shiatsu and Breast-Knee Positioning
Masatoshi Miyashita
Abstract : This report examines a case of a 28-year-old patient presenting with a fetus in the breech position, who was treated with a combination of shiatsu therapy and breast-knee positioning. The patient reported that she felt a change in fetal movement during shiatsu treatment, and it was observed by ultrasound in the week following the shiatsu treatment that the breech presentation was corrected.
Keywords:breech presentation, shiatsu, pregnant woman, breast-knee position, pressing, uterine contraction, Eastern medicine
一般的に、子宮内で胎児の姿勢が逆になっているものを逆子と呼ぶが、医学用語では骨盤位が正式名称である。骨盤位は分娩時に先進する部位に応じて、殿位、膝位、足位に分類される。殿位はさらに、両下肢を上にあげ伸展して殿部だけが先進する単殿位と、殿部と下肢が同時に先進する複殿位にわけることができる。いずれの場合も、児背が母体の左側にあるものを第一骨盤位、右側にあるものを第二骨盤位という。また、児背が母体の前方に偏する場合を第一分類、後方に偏する場合を第二分類という。満期妊婦では5%、妊娠8ヵ月では30%において骨盤位がみとめられる1)。
筆者は、自身の長男、長女の骨盤位(逆子)の調整を指圧施術で行った経験から、臨床の現場でたびたび骨盤位矯正の治療依頼を受けるようになった。
今回、妊娠25 週目と28 週目の妊婦健診時の超音波診断により、逆子と診断された妊婦から逆子治療の依頼を受けた。そして妊娠29週目に指圧治療を行い、翌週の妊婦健診で逆子が改善したと報告があり、超音波診断の画像提供を受けたのでここに報告する。
施術対象:
28歳、経営者、女性、初産婦
主訴:
逆子(骨盤位)
現病歴:
妊娠25週目と28週目の妊婦健診時の超音波診断により逆子と診断を受ける。骨盤位への影響が考えられる前置胎盤、子宮筋腫などの異常は見つかっていない。患者は医師より逆子とだけ伝えられ、骨盤位の分類に関しては確認が取れていない。
既往歴:
なし
家族歴:
特記すべき事項なし
術前所見:
2016年9月1日、超音波診断画像(図1)より逆子と診断を受ける。
(自覚所見)
・お腹に張りを感じる
・立っている時にお腹が重く感じる
・大きな胎動(胎児が子宮を蹴っているような動きであると推察する)を下腹部に感じる
(他覚所見)
・触診により、腹部と背部に緊張を感じる
場所:
世田谷指圧治療院てのひら
期間:
2016年9月10日(計1回)
治療法:
仰臥位、横臥位での基本指圧と胸膝位(膝胸位:knee-chest positioning:KCP)(図2)を併用した。
①仰臥位で両下肢立て膝にして腹部の触診
②仰臥位で両下肢伸展の姿勢で両足小指を交互に押圧
③仰臥位による左上肢の上腕内側部、肘部、前腕内側部、手掌部、手指(指節間関節)部への押圧
④左横臥位による、左前頸部、左側頸部、延髄部、左後頸部、左肩甲上部、左肩甲間部、左肩甲下部、左殿部、仙骨部への押圧
⑤左横臥位による、右下肢下腿後側部、右足底部、右足指部への押圧
⑥胸膝位を3~5分保持
⑦仰臥位で3分安静
⑧仰臥位で両足立て膝にして腹部の触診
⑨仰臥位で両下肢伸展の姿勢で両足小指を交互に押圧
⑩仰臥位による右上肢の上腕内側部、肘部、前腕内側部、手掌部、手指(指節間関節)部への押圧
⑪右横臥位による、右前頸部、右側頸部、延髄部、右後頸部、右肩甲上部、右肩甲間部、右肩甲下部、右殿部、仙骨部への押圧
⑫右横臥位による、左下肢下腿後側部、左足底部、左足指部への押圧
⑬胸膝位を3~5分保持
⑭仰臥位で3分安静
全体の治療時間は安静時間も含め50 分程度とした。
• 手指操作法の種類は、母指圧(片手母指圧、両手母指圧)、掌圧(片手掌圧、両手掌圧)を中心に使用
• 圧法の種類は、通常圧法、緩圧法、持続圧法、吸引圧法、流動圧法、振動圧法、手掌刺激圧法を適宜使用
• 圧操作の強弱は、触診には触圧、治療圧として軽圧を中心に押圧操作を行った
評価:
• 腹部触診時と患者の自覚所見での大きな胎動(胎児が蹴っているような動き)を感じる部位の変化
• 妊婦健診時の超音波画像による診断
図2.指圧治療と併用した胸膝位(膝胸位:kneechest positioning:KCP)の参考画像
術後所見:
(自覚所見)
• 腹部の張り感が消失
• 立っている時にお腹がかるく感じ呼吸が楽に感じる
• 大きな胎動を感じる場所に変化があった
(他覚所見)
• 腹部と背部の緊張が和らいだ
治療経過:
2016年9月15日、超音波診断画像(図3)より正常位と診断を受ける。
帝王切開手術を受ける主な要因は骨盤位である。厚生省の1984〜2014年の医療施設の動向によると、分娩件数は減少傾向である一方、一般病棟における帝王切開手術の割合は増加傾向にあると報告されている2)。
逆子に対する処置として、西洋医学的手法では帝王切開手術を避けるために外回転術、胸膝位による胎位矯正が行われている。東洋医学の鍼灸療法では、昭和25 年に石野信安が、それまでは妊産婦には禁忌穴とされていた三陰交施灸を実施し、異常胎位に対する効果を報告して以降3)、至陰穴、三陰交穴などを用いて骨盤位の矯正を行う鍼灸師の報告が多く寄せられている。特に林田和郎4)が医療の現場で骨盤位治療の実績を残している。東洋医学の手技療法では、江戸時代の医家太田晋斎の「按腹図解」に孕婦按腹図解として妊婦への施術法、また胎児の動きが記載されている5)。
指圧による逆子の治療法は、1965年に発行された、「指圧療法臨床」に、下腹部を掌圧しながら他方の手で足の小指に交互に持続圧を行う治療法が記されている6)。足の小指に対する持続圧であることから、鍼灸の古典に記述されている難産の鍼灸治療法として多用されてきた至陰穴7)、それを指圧療法に応用したものと考えられる。
前述のように、骨盤位は妊娠8ヵ月の妊婦では30%、満期妊婦では5% に認められる1)。この数字からすると、妊娠8ヵ月で認められる骨盤位の大部分は妊娠満期までに自然矯正される計算になる。高橋らの調査8)でも、胎位異常があった妊婦のうち80% が妊娠28〜32週(8ヵ月)までに自然矯正されたことが報告されており、本症例における指圧と胸膝位の併用による胎位矯正の効果を断定的に論じることはできない。しかし、足の小指の指圧、前腕部の指圧、横臥位による頸部、肩甲間部、肩甲下部、殿部の指圧により、自覚、他覚所見ともに腹部の張りが解消したことを確認できた。これは指圧刺激が筋の柔軟性に及ぼす効果についての報告が複数存在9)10)11)することから、腹直筋、内腹斜筋、外腹斜筋などの筋緊張が緩和したことによるものと考えられる。
また今回、指圧施術中、胸膝位の最中に胎動が起き、徐々に大きな胎動(胎児が蹴っているような動き)を感じる部位に変化が生じたことに加え、指圧治療の翌週の画像検診で胎児が正常位に戻っていることがわかった。これは、鍼灸における林田和郎の考察4)と同様の効果を指圧刺激が与えたとするならば、指圧刺激が子宮血流、子宮壁に何らかの影響を与え胎児の自己回転を促したことによるものと考えられる。
指圧療法により、妊産婦の子宮収縮、腹部の張りの緩和に効果が期待される。また、超音波診断により骨盤位が正常位に改善されたことを確認できたことからも、指圧療法が28週以降の骨盤位の矯正に効果を有する可能性が示唆された。
1)藤田勝治:最新医学大辞典 第2 版,医歯薬出版,東京,p.586,2003
2)厚生労働省「平成28 年我が国の保健統計(業務・加工統計)」,p.27
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/130-28_2.pdf
3)石野信安:異常体位に対する三陰交施灸の影響,日本東洋医学会誌3(1);p.7,1950
4)林田和郎:東洋医学的方法による胎位矯正法,東邦医会34(2);p.196-206,1987
5)井沢正:按腹図解と指圧療法,東京書館,口絵,1954
6)山口久吉,加藤普佐次郎:指圧療法臨床,第一出版,東京,p.297,1965
7)形井秀一:逆子の鍼灸治療 第2 版,医歯薬出版,東京,p.22-23,2017
8)髙橋佳代 他:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について, 東女医大誌65(10);p.801-807,1995
9)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
10)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果 第2 報,東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
11)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果 第3 報,東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2001
妊婦健診時の超音波診断により、逆子と診断された28 歳妊娠女性に対して、指圧療法と胸膝位を併用した逆子治療を目的とした施術を行った。指圧治療中に胎動に変化があると訴えがあり、翌週の超音波検診により逆子が改善していたと報告があった。
キーワード:骨盤位、逆子、指圧、妊婦、胸膝位、押圧、子宮収縮、東洋医学
2017年9月10日、株式会社読売巨人軍所属のS投手の当該シーズンにおける不調の原因が、同年2月27日に球団トレーナーによって施術された鍼治療が原因であるとされ、球団がS選手に謝罪したとの記事が報道された。1)
これに対し、公益社団法人 全日本鍼灸学会、公益社団法人 日本鍼灸師会、日本伝統鍼灸学会、公益社団法人 日本あん摩マッサージ指圧師会、公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会、社会福祉法人 日本盲人会連合、公益社団法人 全国病院理学療法協会、日本理療科教員連盟、公益社団法人 東洋療法学校協会は9月21日付で球団に対し連名で「はり治療を原因とした理由(因果関係)と他の原因を除外した理由」等を問う内容の質問状1)を送付。これに対し球団は11 月7日付の文書2)にて“(複数の)いずれの医師も、選手の症状等から長胸神経の不全麻痺であり、それに伴う前鋸筋の機能低下であるとの診断に変わりはないと話されています。また、発症時期や当該選手の問診等から、長胸神経の麻痺は、当球団のトレーナーが行った鍼治療が原因となった可能性が考えられると答えられました。ただし、鍼治療以外にも、強い力がかかる他の外的要因によって長胸神経の麻痺が生じた可能性もあるとの意見も出ました。”と回答した。回答書の後段には“当該選手の長胸神経麻痺はすでに回復しております。また、当該選手を施術したトレーナーは、現在も当球団のトレーナーとして勤務しています。当球団は鍼治療が有効であることを十分認識しており、現在も多くの選手やスタッフに対して鍼治療が行われています。今後も引き続き鍼治療を活用していく方針に変わりはありません。”1)とあり、玉虫色の回答で丸く収めたい意思が透けて見える内容であった。
さらに同球団と鍼治療の関係をさかのぼって調べると、1987年にはE投手が引退会見にて「野球生命が絶たれることを覚悟で打ってはいけない右肩のツボに鍼を打ち続けた」と発言した事例が、1996年にはM投手が肺気胸で入院に至った原因が、球団トレーナーの施術する電気鍼だったとして球団が選手に謝罪した事例3)がある。
指圧治療より科学的研究の進んでいる鍼灸治療であっても、西洋医学の医師(だけに限らないが)からは「不確かな治療」や「怪しい治療」であると認識されている感じが否めない。ましてや指圧をや、である。
日本指圧学会設立以来、筆者は微力ながら指圧の科学的究明に尽力してきたつもりであるが、科学的究明を地道に続けたとしても越えられない壁のような存在も近頃感じ始めた。この壁について、西洋文化と東洋文化の差異について考察および問題提起されたサイードの著作『オリエンタリズム』と、日本におけるオリエンタリズムを参考にして、自然科学系とは異なった観点から考察することとした。尚、論を展開するにあたり既知の事象の透写に過ぎないと感ずる方があるかもしれないが、当たり前のことであっても改めて記録に残すことにより、新しい知見や共通認識が生まれることを期待して論ずることとする。
オリエンタリズムとは用語の用法や文脈によってニュアンスが異なる語である。エドワード・W・サイードが著書『オリエンタリズム』で指摘したのは、東洋の文化、風土、風習、政治などへの西洋人からの視点を批判的に捉えた批評ないし問題提起である。サイードの出自はパレスチナ系アメリカ人である。ひとつの文化圏のど真ん中で生活すると、他の文化圏との差異には気付きにくいものであると考える。例えば、ある島に生まれて一生を島で暮らす者はその地が「島」だとは気づかないはずである。別の島、あるいは大陸と比較して初めて「島」という概念が生まれる。
和訳版巻末の杉田による論評4)でも触れられているが、サイードのように文化圏と文化圏の境界に生きる人物は、相互の文化的差異の中に生きるしかなかったため、意識的にその差異について批評可能であったのだと推察する。彼が採った手法は、西洋人の手によって記された小説などの膨大な文献中に見られる東洋に関する記述を収集し、その表現に於ける傾向を分析する方法であった。西洋諸国は近代以降その進んだ科学力、技術力を背景に植民地を拡大していった。その中で無意識に西洋文化>東洋文化の思想や図式が醸し出されていったのは想像に難くなく、実際に歴史が証明しているものと考える。彼の著述以前に用いられていたオリエンタリズムは、純粋に無批判に無意識に東洋文化を吸収または利用する立場であったと想像するが、サイードの指摘以降は東洋文化を西洋文化の優位的立場から見下そうとする差別的感性への批判的視点から不可避になったように思われる。
よってこれらの前提を踏まえて本稿では広義のオリエンタリズムを、東洋文化への憧れや畏怖、と、東洋文化を言語化する過程で生じる差別や相対化、のどちらも含むものと解釈する立場を採ることとする。サイードの記述に於いても、ナポレオンによる『エジプト史』編纂をめぐる文脈の中で“近代ヨーロッパ科学の中に登場した新しいオリエントは(中略)「ヨーロッパ諸国民の風習との顕著な対比」を示す役割を担い、それによって東洋人の「奇妙な享楽性」が西洋の風習の生まじめさと合理性とをことさらきわ立たせることになる。” 5)などの箇所が見られる。
先述のように、サイードの手法はすでに書き記された文献から西洋から東洋に対する視点を詳らかにするものであるが故に、西洋=書く人、東洋=書かれる人、の図式が固定化されてしまっている。これはもう一歩踏み込んで“ 東洋人は固定化された不動のもの、調査を必要とし、自己に関する知識すら必要とする人間として提示される。” 6)と表現されている。筆者はこの一文に触れ、西洋医学から見た東洋医学に対する見方や発言全般が集約されているように直感した。東洋医学は経験医学として固定化され、その作用機序の知識すら外部(西洋医学)から必要とする医療として提示される宿命である、と。
訳者あとがき7)のなかで今沢は“ 主体=観る側としての西洋と客体=観られる側としての非西洋世界とが対立するオリエンタリズムの構図に対して、近代日本はきわめて特異な関わり方をしている” として評している。また“ 日本は西洋の東洋観をも摂取して、オリエンタリズムの主体=観る側に立ったのである。したがって西洋オリエンタリズムに向けられた批判は実は日本のオリエンタリズムに向けられた批判であると言うべきなのである” とも指摘している。また杉田8)は“「日本のオリエンタリズム」の問題は、日本と東アジア(とくに中国・朝鮮)との歴史的関係を辿るときにも同様に現れてくる” と述べている。また“ 日本と中東のあいだでは、さまざまのレヴェルで日本人の「オリエンタリズム」を問題にすることが可能” であるとし“ 商社マンのあいだでよく問題にされる「アラブのIBM」-イン・シャー・アッラー(神が望み給えば、多分)、ボクラ(明日にしよう)、マーレーシュ(気にするな)-というアラブ社会を揶揄した合言葉” を例に挙げている。
この問題提起に対して、筆者にとって多少経験上の造詣が深い沖縄文化を当てはめて考えてみたい。観る側が非沖縄県在住者「大和人」(やまとんちゅ)若しくは「内地人」(ないちゃ)であり、観られる側が沖縄県在住者「沖縄人」(うちなんちゅ)という図式である。先のアラブのボクラ(明日にしよう)、マーレーシュ(気にするな)はそのまま沖縄人の「島時間」の概念及び「沖縄口」(うちなーぐち、沖縄方言)の「なんくるないさー」に置き換え可能である。我々大和人が沖縄人は時間にルーズであることを指して「島時間だから仕方がない」と発言するときには、軽い侮蔑の感情が入るのと同時に、時間に急かされないおおらかな雰囲気の中で仕事がしたい、という憧れにも似た感情を同時に抱いているのを完全には否定できない。この心的現象はあくまでもイメージであって、実際には多数の沖縄人が時間に正確である。そうでなければゆいレールや航空機の定時運行は不可能なはずである(関東圏の朝の電車の方が定時運行率は低いように思われる)。そもそも浦島太郎の竜宮城のように、大和人は海の向こうに時間の流れを超越したパラダイスがあるとのイメージを共有しているように感じる。沖縄はこのイメージを具現化するのに丁度良い地理的環境を有していると考える。もっともその沖縄においてもニライカナイ信仰という沖縄人共通のイメージが存在し、沖縄本島にとっての久高島や宮古島にとっての大神島は神事を行ういわゆる「神の島」としてそのイメージに近いのかもしれない。
大和人が抱く憧憬が沖縄であり、沖縄が抱く憧憬がニライカナイであるとするならば、オリエンタリズムの持つ差別的視覚をも沖縄は持っていることになる。それが端的に現れているのが人類館事件だと考える。あらましは“1903年(明治36 年)3月、大阪で政府主催の第5回内国勧業博覧会が開かれた。会場周辺には営利目的の見せ物小屋が立ち並んだ。その一角に、「学術人類館」と称する施設がたてられ、アイヌ・台湾の先住民族・琉球人(2人の女性)・朝鮮人・中国人・インド人・ハワイ人などが「陳列」されて見せ物にされた。これに対し、韓国・中国の留学生から抗議の声があがり、『琉球新報』の太田朝敷も「隣国の体面をはずかしめるものである」として中止を求めた。しかし、太田は同時に「琉球人が生蕃(台湾先住民族)やアイヌと同一視され、劣等種族とみなされるのは侮辱」であると述べ、沖縄のゆがんだ日本への同化思想をあらわにした。沖縄からの抗議で、琉球女性の展示は取り止めになったが、他の民族の展覧は最後まで続いた。” 9)とのことである。大日本帝国への同化思想が背景にあったとは言え、沖縄人が台湾先住民やアイヌの人々を下に観ていた事実が浮かび上がってくる。観られる側がその不条理を訴えた事例が、サイードの指摘を待つまでもなく行われていたことになる。逆説的にサイードの問題提起が一般的、普遍的であることも示しているように思える。
さらに狭小な例では、与那国島の民話「イヌガン」10)のなかにも、他の島(文化圏)への憧憬とも侮蔑とも読み取れる表現がある。要約すると、イヌガンとは与那国島内の地名であり、そこに久米島から漂着した女と犬が暮らしていた。そこへ小浜島から新たに漂着した釣り人が現れ、久米女の知らない所で犬を殺害し埋めてしまう。小浜男は小浜島に妻がありながらも久米女との間に子どもを作り与那国島にて暮らすが、ある日犬の埋葬場所を久米女に話すと、翌朝にはその場所で久米女が犬の骨を抱きながら死んでいた。久米女と小浜男の子どもたちが与那国島に村を作った。という話である。原罪の暗喩のようでもありながら、はっきりと久米島と小浜島と言った固有の島名が登場するのが印象的である。島の固有名詞の代わりに「ある島」などを当てても「くにはじめ」の物語としては成立しそうだが、与那国、久米、小浜の固有名詞がでてくるのは各島の間で起こった何らかのやりとりが元ネタになっているだろうということは想像に難くない。
さらに卑近な例では、大阪は東京をライバル視するが東京は大阪をそもそもライバルとすら思っていない、とか、でもお笑いやユーモアのセンスは大阪の方が東京よりも上だ、など、罵り合いと称え合いの紙一重は各地で観られる現象であることが観察される。杉田11)は“ 安易な一般化と「上からの演繹」を戒めることが何より必要とされているのであり、一旦作られたレッテル(言説)がいかに強大な力を揮うようになるかという点にこそ,『オリエンタリズム』が、私たちに強く警告している問題の一つはあったのである。” と述べている。
このようにある文化圏からある文化圏への憧れや侮蔑は、その文化圏の広狭や構成人員の多寡にかかわらず存在する、或いは存在せざるを得ない。これは人間の本能のようなものであると筆者は考える。
西洋医学は文字通り、数値化、言語化、統計と実証の科学的な西洋文化を体現している、日本における非西洋医学はそれこそ沖縄の島々のように様々な療法が存在し、雑多でありながらも西洋側からある種のイメージの固定化を許している。さらに各療法間には憧憬や侮蔑が入り混じったマウンティングにも似た観念や言動が半ば本能的に存在する。資格の有無、エビデンスの有無を問わず、である。
ここまで考察してきたように、西洋医学から東洋医学への眼差しには、実際の厳密な科学的検証とは別系統として、臆見や観念が先行する形での「上からの演繹」が無意識的に含まれてしまう。この感覚こそが東洋医学をいつまでも胡散臭さの檻に閉じ込めている正体のように思われる。西洋医学を修めた医師が、S投手の不調の原因を東洋療法(のせい)に求める図式が世間に違和感なく受け入れられてしまう主因はここにあると考える。対象を数値化、言語化する西洋発祥の科学的作法に従って東洋医学を研究したところで、西洋によって東洋に貼られたレッテルがある限りは胡散臭さがつきまとってしまうのではなかろうか。
またさらに、オリエンタリズムを踏まえても踏まえなくても、東洋人が西洋人を相手に東洋らしさをセールスポイントに掲げる事例が存在することにより、問題を一層複雑化せしめている。青木12)は“ オリエンタリズムは西欧の「偏見」にはちがいないとしても、アジアもまたその形成に協力したといってもよい。フジヤマ、ゲイシャもまた然り、異文化をめぐるイメージの売りと買いとの競合が、常に異国情緒を創り出してきた。” と述べている。これはかなり突き刺さる指摘に感じる。東洋医学はそもそも意識的に「東洋の神秘」「得体の知れなさ」を売り文句にしているのではないのか?と筆者には読み取れてしまうのである。二度目の東京オリンピックに向けた胎動を感じる今般、確かに例えばインバウンド客層対策として東洋の神秘をキャッチコピーに掲げたジャパニーズ・ヒーリングとしての指圧を売り出せばまあまあ人気にはなりそうだが、やはりどこか腑に落ちない気分も残るだろう。指圧の科学的探究の壁は自己の中にも存在し得る、ということである。
結論から申せば「剥がせない」と考える。いままで見てきたように、相対する文化自身の中にも相対する文化があり、箱根細工の入れ子のような構造が観察できる。最終的には文化圏を構成する集団の最小単位である個人の中にもアンビバレントな感情や逆にレッテルを利用してやろうとする計算が働く心理が読み取れる。このことから「上からの演繹」によるレッテル貼りは人間の本能のようなものであり、貼ってしまう思考自体については禁じない方がスマートな態度であるように思える。その思考を隠蔽しない分むしろ自然で欺瞞的な態度に陥らなくて済むような気がしてならないからである。思考実験として人間を原始状況に巻き戻して推察すると、風上、風下や川上、川下などを感覚から読み取る能力を人間は獲得していて、その拡大的応用として文化の優劣をも直感する能力があり、生存上優位に立ち続けるための情報を欲するからこそ常に「観る側= 上位」にいたいのではないだろうかと考える。
しかし、この仮説が正しいとしても、今回のように既存のレッテルを利用するような形で身体の不調、障害の精確な検証をすることなく世間に公表してしまうことは避けなければならない。少なからず風評を含む実害を被る人や傷つく人を生み、異文化間の対立の先鋭化を招いてしまうからである。
では、この難問にどう対処すればよいのか。
サイードの『オリエンタリズム』発表から四十余年、沖縄の本土復帰から四十余年、この間に世界の情報伝達技術は発達、さらにまた広く普及し、異文化間の情報交換の頻度は飛躍的に増大した。この恩恵にあずかり、いまやインターネットに接続した大画面を通して異国の路地や市場の風景および動画を再生し、世界旅行の疑似体験が居室にて可能となっている。また歴史上の各文化圏の資料などが偏見や臆見なしに直接閲覧できるようにもなった。これらにより、西洋による東洋への「気づき」の深化、高度化も起こっているように思われる。東洋医学における好例がキーオンによるファッシア論13)ではないだろうか。東洋医学的には既知であった心包や三焦を結合組織や発生学の観点から検証しているこの論理については、科学的であるがゆえに論理の精確性についてはこれからさらに検証されていく必要性を感じるが、キーオン曰く“ 経絡や「氣」を現代の言葉で通訳したにすぎない” のだそうである。一見すると『オリエンタリズム』の西洋による記名の延長にも思えるが、訳したにすぎないという謙虚な言葉を純粋に信じて論の再検証と強化の経緯を見守りたい。
そして西洋医学側からの批判的でない友和的なアプローチを、我々東洋医学側は黙って待っている訳にはいかない。訳されるべき時に向けて準備することが山のようにあるはずである。西洋の科学の作法に則った研究を深化していくことは、先に挙げた意識的な東洋らしさをセールスポイントにしている者からは理解が得られないかもしれない。しかし情報化社会が高度に深化進行すれば、文化圏間の相対化がさらに加速し、観る側と観られる側、表記する側と表記される側は日々刻々と逆転を繰り返していく可能性が否めない。すでにSNSなどで「言った者勝ち」のような状況が散見される。ある事象に対してある人が「こうだ!」と言い、その言説のみが正義、真理として通用してしまうとその事象に対しては誰も反論ができなくなってしまう。一方、エビデンスに裏付けられた事象は、報告された手順に従いさえすれば誰もが等しく再検証や反証が可能である。例え同一の結果が得られなかったとしても、その検証を次の再々検証に繋げていくことができる。この一連の流れを通じることによって多くの合意の形成や相互理解を生むのである。エビデンスなき放言ではこの流れを生むことはできない。異なる文化圏間または異なる手技療法間で共通認識を醸成する妥当な方法が科学的手法だとすれば、一見国家資格の有無は問われないようにも取れる。しかし、一定の治療実績および科学的証明による知の集積、エビデンスがあるからこその国家資格とも言える。無資格の手技療法はエビデンスを示して国家による承認を得るように活動すべきである。また、有資格の手技であってもエビデンスの集積に努めるべきであると考える。
東西文化圏の分け隔てなく、さらに小さい各文化圏も差別なく、良いところを集積し悪いところを淘汰したようなコスモポリタニズム文化圏のようなものが確立されれば本能的な「上からの演繹」のような差別的記名および思考は、無くならずとも先鋭的意識を持たずに済むところまでは行けるように考える。
壁は乗り越えなくとも自然と消えてくれるのが一番平和なのではなかろうか。
異なる文化間の差異を観察する時、無意識に優劣の偏見で観てしまう。この先も西洋医学側から東洋医学側に対しての偏見に起因するトラブルが想定される。しかし、相手の文化へのリスペクト精神に基づき、異文化同士相互の共通認識の了解方法から確認する丁寧な対処を心がければ、差異をフラットに捉えようとする方法を模索し得る。避けるべきは真正面から反論する方法で、新たなマウンティングを生じさせることである。合意に基づく共通の方法(科学的手法)を用いて検証、再検証に耐える立証を通じながらより広く新たな合意形成を目指していく包括的な動きが合理的で経済的なのではないかと考える。
都合の良い抗弁の隠れ蓑に東洋医学を使われないように、多くの人が検証、立証に参加し平等に議論できる土台づくりを進めなければならない。
1)【緊急報告】読売巨人軍・澤村投手への施術報道の検証,医道の日本 第76 巻 第11 号(通巻890号),p.27-32,2017
2)鍼灸団体, 沢村のはり施術ミス疑いで巨人回答書公開, 日刊スポーツ2017年11月9日
https://www.nikkansports.com/baseball/news/201711090000537.html
3)巨人・澤村の鍼トラブル 被害者なのに同情されない理由, 週刊ポスト2017年9月29日号
https://www.news-postseven.com/archives/20170918_613856.html
4)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:オリエンタリズム(下)第1版18刷,平凡社,東京,p.345,1993
5)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:オリエンタリズム(上)第1版26刷,平凡社,東京,p.203,1993
6)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.244
7)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.393
8)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.364
9)新庄俊昭:教養講座 琉球・沖縄史,東洋企画,沖縄,p.267,2014
10)池間榮三:与那国の歴史 第7 版,琉球新報社,沖縄,p.70,1999
11)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.369
12)青木保:逆光のオリエンタリズム 第1 版2 刷,岩波書店,東京,p.3-4,1998
13)【 巻頭企画】筋膜と発生学の新知識でわかった! 経絡経穴ファッシア論―鍼灸はなぜ効くのか―,医道の日本 第77 巻 第6 号(通巻897 号);p.29-35,2018
令和元年7月21日、明治大学和泉総合体育館の講義室並びにスポーツルームC(柔道場)にて、日本指圧学会総会、日本指圧学会夏季学術大会・実技講習会が開催された。
総会では平成30年度の日本指圧学会決算報告と令和元年度の予算案が提示され、会員からの承認を受けた。また、3年間の任期満了に伴う日本指圧学会理事の改選が併せて行われた。
午前の学術大会では、硴田雅子氏(千指圧治療院 院長)による「月経前症候群(PMS)と月経痛に対する指圧の効果について」、宮下雅俊氏(世田谷指圧治療院てのひら 院長)による「指圧による姿勢矯正の基礎研究」の発表が行われ、活発な議論が成された。
午後の実技講習会では、硴田雅子氏(千指圧治療院 院長)による「VDT症候群に対する頭部・上肢帯の指圧治療」、松本健二氏(指圧まつもと 院長)による「運動操作による関節包内運動の調整方法」が行われ、技術の習得に励んだ。
次回、日本指圧学会冬季学術大会・実技講習会が令和元年12月15日に開催予定である。
来る令和元年7月21日(日)に、日本指圧学会 総会・夏季学術講習会・実技研修会が開催されます。会員の皆様は勿論、会員外の方々、学生の方々にも当日会員の制度がありますので、是非多数ご参加くださいますよう、ご案内申し上げます。
記
【日時】 令和元年7月21日(日) 10:00〜16:30
9:30〜受付開始
10:00 総会・学術講習
13:00 実技講習
16:30 閉会
・月経前症候群(PMS)と月経痛に対する指圧の効果について
・指圧による姿勢矯正の基礎研究
・VDT症候群に対する頭部・上肢帯の指圧治療
・運動操作による関節包内運動の調整方法
【入会資格】
【年会費】
年2回の学術大会並びに、年3回の実技講習会に参加できます。また学会誌が送付されます。
【当日会員】
当日のみの単回参加。
平成31年3月24日、明治大学和泉総合体育館の講義室並びにスポーツルームC(柔道場)にて、日本指圧学会春季学術大会/実技講習会が開催された。午前中に学術講習会、午後に実技講習会の2部構成で行われた。
学術講習会は、宮下雅俊氏(世田谷指圧治療院てのひら 院長)による、「指圧による産後の骨盤調整」、徳元大輔氏(きりん堂指圧治療院 院長)による、「多嚢胞性卵巣の症状に対しての指圧治療の効果」、新田英輔氏(指圧Livin 院長)による、「湿疹に対する指圧治療」の3題が発表された。いずれも参加者の関心が高く、活発な議論が成された。
実技講習会は、宮下雅俊氏(世田谷指圧治療院てのひら 院長)による、「基本指圧の応用 掌圧を応用した各種治療法」と、井上寿男氏(いのうえ指圧 院長)による、「聞き方、伝え方と腹部指圧」の2題が行われた。いずれも臨床に直結する技術であり、参加者揃って習得に励んだ。
次回の日本指圧学会総会・夏季学術大会/実技講習会は、令和元年(平成31年)7月21日に開催予定である。