カテゴリー別アーカイブ: 原著論文

指圧による膝動的アライメントテストへの影響:佐々木良

佐々木 良
MTA指圧治療院 
指導教員:石塚洋之
日本指圧専門学校専任教員

Effect of Shiatsu on Dynamic Knee Joint Alignment Test

Ryo Sasaki, Hiroyuki Ishizuka

 

Abstract : According to some studies, many athletes have the impression that pregame shiatsu may cause undesirable muscle relaxation. We therefore studied the effects of shiatsu on muscle function by analyzing dynamic knee joint alignment. For this study, we defined the difference between the two extreme values of the dynamic knee joint alignment test as motion stability.Compared to the non-stimulus group, the stimulus group showed a significant difference in motion stability. This indicates that shiatsu produced effects not only on muscle function but also on the nervous system controlling muscle power output.This study showed just one aspect of the various potential effects that shiatsu possesses, including performance improvement and athletic rehabilitation, and will help to change athletes’ perspectives of shiatsu. 


I.はじめに

 これまでの研究に於いて、指圧による静的アライメントに対する報告は多数散見される。しかし指圧による動的アライメントに対する変化を観察した報告はなされていない。そこで、本研究では指圧により動的アライメントの変化がどのように起こるかを観察した。

Ⅱ.対象および方法

1. 対象

 健康成人男性7名 (膝内側顆間距離が2横指以上の内反膝の者)
 年齢19歳から40歳(平均30歳)

2. 期間

 2014年3月12日から6月14日

3. 場所

 日本指圧専門学校第3実技室

4. 環境

 室温21±5.0℃,湿度41±8%

5. 測定空間

 日本指圧学会2013年冬季学術大会学術講習にて金子らが発表した「症例報告を書くための基礎知識」に基づき測定環境を設定した。壁に垂直線を引き、被験者の前には鉛直線を垂らした。床には壁の垂直線と鉛直線とを結ぶ直線を被験者の立ち位置までテープで引いた。正面には膝の高さにデジタルカメラを三脚でセットした(図1)。

図1. 測定空間図1. 測定空間

6. 測定方法・刺激方法

 藤井ら1)が用いた動的アライメントテスト(図2)の測定方法に基づき実施した。動的アライメントテスト前に、被験者の上前腸骨棘と膝蓋骨中央、母趾爪中央部にシールを貼り、両脚立位の姿勢から測定脚を1歩前に踏み出し、膝を30°屈曲した肢位を約5秒間保持させる。この状態を正面からデジタルカメラにて撮影した(各測定、左右5回)。指圧部位と方法は、浪越式基本指圧で浪越圧点2)中殿筋(図3)を指標とし5秒の押圧で1分間繰り返し行った(左右計2分)。

 指圧をしないもの(以下、無刺激群)と指圧をするもの(以下、刺激群)は測定日を分け、動作学習の影響も考慮し5日から3週間の間隔をあけて測定した。また、研究プロトコルの段階でも動作学習の影響を配慮し、本研究でどのような動きを観察するかは伏せて行った。さらに足の着く位置などは決めずに自然な動作がなされるように配慮した。

図2. 動的アライメントテスト図2. 動的アライメントテスト

図3. 浪越圧点図3. 浪越圧点

7. 測定手順(図4)

(1)無刺激群
 ① 左脚測定(カメラ撮影)
 ② 右脚測定(カメラ撮影)
 ③ 伏臥位安静(2分間)
 ④ 左脚測定(カメラ撮影)
 ⑤ 右脚測定(カメラ撮影)
 ⑥ 伏臥位安静(5分間)
 ⑦ 左脚測定(カメラ撮影)
 ⑧ 右脚測定(カメラ撮影)

(2)刺激群
 ① 左脚測定(カメラ撮影)
 ② 右脚測定(カメラ撮影)
 ③ 浪越圧点部(中殿筋部)指圧(2分間)
 ④ 左脚測定(カメラ撮影)
 ⑤ 右脚測定(カメラ撮影)
 ⑥ 伏臥位安静(5分間)
 ⑦ 左脚測定(カメラ撮影)
 ⑧ 右脚測定(カメラ撮影)

図4. 測定手順図4. 測定手順

8. 解析

 解析は黒澤が発表した方法3)を参考に、測定時と同じ環境で踏み出す足(趾先)の位置にスケールを置いて撮影し、GIMPのグリット線で1メモリ10mmとなるように調節を行った。 測定写真はGIMPにて撮影時に生じたカメラのずれを修正した後、上前腸骨棘と膝蓋骨中央を結んだ延長線から母趾爪中央部との距離を計測し数値化した。

 上前腸骨棘と膝蓋骨中央を結んだ延長線から母趾爪中央部が外にきていればknee in(+)、内にきていればknee out(-)と評価し(図5、図6)、各測定数値の最大値と最小値の差を算出した。これが「動作の安定性」となる。数値が大きければ大きいほど膝動作が不安定であり、数値が小さければ小さいほど膝動作が安定性していると言える。

図5. knee-in(+)図5. knee-in(+)

図6 knee-out(-)図6 knee-out(-)

9. 統計処理

 動的アライメントテストの動作安定性(5回の測定数値の最大値と最小値の差)を安静前と安静後、指圧前と指圧後の左右の変化量について対応あるt検定を行った。有意水準は危険率5%未満とした。

III.結果

 右脚の無刺激群の刺激後5分と刺激群の刺激後5分の変化量に有意差がみられた(P<0.02)(図7)。左脚の無刺激群の刺激後5分と刺激群の刺激後5分の変化量に有意差がみられた(P<0.03)。刺激直後の変化量は両群に有意差はみられなかった。またknee-inに対しての変化にも両群ともに有意差はみられなかった。

 本研究では動作学習による影響を受けることが考えられたが、結果を観察すると動作学習が入った場合、測定回数が増せば増すほど、その動作安定精度は増すはずである。しかし、今回そのような結果は観察されなかった。つまり、本研究期間内での動作学習は影響していないと言える。

図7. 動作安定の変化図7. 動作安定の変化

IV.考察

 今回の研究では被験者7名に対し、膝動的アライメントテストでの膝動作の安定性を観察したところ、安定性の変化に有意差が認められた。

 この研究は当初、中殿筋への指圧が動的アライメントテストでのknee-inにどのような影響を及ぼすかを観察していたが、knee-in改善に対する有意な変化は見られなかった。よって、この結果は膝の安定によるものではなく、中殿筋の作用である股関節外転機能、または下肢を固定した場合の骨盤を水平に保とうとする骨盤安定機能による膝の動作安定が起こったと考えられる。

 この動作安定はバランス能力、または協調性とも言い換えられ、今回の研究では中殿筋への指圧でバランス能力の向上が起こったと考えられる。したがって、指圧刺激には、筋の柔軟性に対する効果4)だけでなく、筋力発揮する際に筋出力の微調整が可能となることが示唆された。

 機序としては、衞藤の研究5)と似るが

①圧刺激が速動性NMUと持続性NMUに何らかの効果を及ぼし筋力発揮の微調整が可能となった可能性6)
②指圧刺激により筋の局所血液量が増大4)した結果、中殿筋内のミオグロビンの酸素含有量が増大し安定した筋力発揮に寄与した可能性。
③前記述の両方。 が挙げられる。

しかし、これは推察の域を出ないので今後の研究課題としたい。

 また、本研究で行った膝動的アライメントテストでは、骨盤の安定性を評価観察することはできないため、骨盤安定による結果とは断定できない。そのため、今後は骨盤安定性によるものであるかを解明するために動的T(Trendelenburg)テストも併用して研究する必要がある。さらに今回の研究方法では左右の中殿筋を指圧したため、どちら側の指圧刺激がどちら側の脚に安定性をもたらしたのかを証明する事が出来ない。今後は左右を分けて研究を行う必要もあると考える。

 これからの研究では動作の安定性に加え、運動前の指圧が競技パフォーマンスを向上させる可能性7)とも併せてスポーツ分野やアスレチックリハビリテーション分野への可能性も探りたい。

V.結論

 O脚を有する成人男性7名を対象とした浪越圧点(中殿筋)への指圧により動的アライメントテストにおける動作安定に有意差が認められた。

VI.参考文献

1) 岡崎昌典他:足関節捻挫後の主観的足部不安感と下肢動的アライメントとの関係:高校生バレーボール選手を対象として,順天堂スポーツ健康科学研究 第2巻 第2号,p55-64,2010
2) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,p92,国際医学出版,東京, 2010
3) 黒澤一弘:フリーウェアを用いた姿勢分析並びに関節可動域測定,日本指圧学会誌,p14-20,2013
4) 浅井宗一他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ,p19-22,2013
5) 衞藤友親:指圧による底背屈力の変化について,日本指圧学会誌,p10-12,2013
6) 真島英信:生理学 第18版,p271-272,文光堂,東京,1990
7) 石塚洋之:ビーチフットボール競技における指圧認知度調査報告,日本指圧学会誌,p24-26,2012


【要旨】

佐々木 良:指圧による膝動的アライメントテストへの影響
佐々木 良

 スポーツ分野では競技前に指圧を受けると筋が弛緩するという印象から拒む者も多いという調査結果がある。そこで筋機能への指圧効果を調査するため、膝動的アライメントへの影響を観察し解析した。膝動的アライメントテストでの膝動作幅を「動作の安定性」と定めて評価した。刺激群は無刺激群に比べて動作安定に有意差が認められた。この安定性は筋出力の微調整であり、神経筋協調性の結果発揮される。したがって指圧には筋機能に及ぼす効果があり、筋出力を微調整する神経系にも及ぶことが示唆された。指圧にはスポーツ分野での競技力向上、またアスレチックリハビリテーションなど様々な可能性があり、競技者が持つ印象にも大きな変化が期待できる。

キーワード:膝動的アライメント、膝安定性、knee in、アスレチックリハビリテーション


指圧による底背屈力の変化について:衞藤友親

衞藤 友親
明治大学体力トレーナー

Plantar and dorsal flexion strength changes caused by Shiatsu

Tomochika Etou

Abstract :Effects of the lower extremity shiatsu on muscle strength of plantar and dorsal flexion were investigated using an isokinetic strength measuring equipment. Compared to a group without shiatsu treatment, muscle strength change of a group with shiatsu was decreased at the points of immediately after exercise and five minutes later when plantarflexing 180 degree / sec. This result indicates that shiatsu may have improved output controllability of muscles.


I.緒言

 マラソン大会参加者を対象に行ったアンケート調査1)の結果、下腿部の疲労・痛みを自覚する人の割合が多い傾向にあった。

 そこで本研究では、運動後の下腿部へ指圧を施すことにより足底背屈力にどのような変化が表れるのかを観察した。

II.方 法

1.対象

 健康成人7名(男性2名・女性5名)

 年齢22歳から40歳(平均29歳)

2.実験期間

 2013年1月21日から2月1日

3.場所

 明治大学和泉総合体育館測定室A

4.環境

 室温24±2.0℃,湿度45±5%

5.測定機器

 メディカ社製筋機能運動解析装置(CYBEX NORM)及び制御解析ソフト(HUMACシステム)

6.手順

 被験者をトレッドミルにて時速4kmで30秒間歩行させ、続けて時速8kmで4分間走行させ、再び時速4kmで30秒間歩行させた。計5分間運動させた。

 運動直後と運動5分後に底背屈力を左足、右足の順で測定した。測定時の体位は仰臥膝90°屈曲とした。7名を、最初の期間には運動後5分間安静にしてから測定した。安静時の体位は下腿指圧時に準じ伏臥3分間、体位変換30秒、仰臥1分30秒の5分間とした。

 次の期間には運動後5分間両下腿部に指圧を施した。指圧部位と方法は浪越式基本指圧で、下腿後側8点3回、下腿大掴み6点3回、下腿前側6点3回2)を1点につき2秒の押圧で行った。7名の両期間(両群)の運動直後から5分後の底背屈力の変化を比較した。

 120deg/secの等速性筋力発揮による底背屈を3往復と180deg/secの等速性筋力発揮による底背屈20往復のピーク値を底屈・背屈各々の左右とも記録し、180deg/secに関しては総仕事量も記録した。

7.解析

 運動後と安静後および運動後と指圧後の各速度・左右の値の変化量について対応あるt検定を行った。有意水準は危険率7%未満(P< 0.07)とした。

III.結果

 120deg/sec底屈および背屈のピーク値と180deg/secの背屈ピーク値並びに底屈および背屈の総仕事量では運動後と5分後の変化量に有意差はみられなかった。(図1,2,4,5,6)

 180deg/sec底屈ピーク値で運動後と5分後の変化量に有意差がみられた。(図3)

図1. 120deg/sec 底屈ピーク値の変化量の比較

図1. 120deg/sec 底屈ピーク値の変化量の比較

図2. 120deg/sec 背屈ピーク値の変化量の比較

図2. 120deg/sec 背屈ピーク値の変化量の比較

図3. 180deg/sec 底屈ピーク値の変化量の比較

図3. 180deg/sec 底屈ピーク値の変化量の比較

図4. 180deg/sec 背屈ピーク値の変化量の比較

図4. 180deg/sec 背屈ピーク値の変化量の比較

図5. 180deg/sec 底屈総仕事量の変化量の比較

図5. 180deg/sec 底屈総仕事量の変化量の比較

図6. 180deg/sec 背屈総仕事量の変化量の比較

図6. 180deg/sec 背屈総仕事量の変化量の比較

IV.考察

 無指圧群と比べて指圧群の運動後の数値が高かった。これは無指圧群の測定を行った期間が指圧群の測定に先行したため、学習効果が表れた可能性が高い。

 よって値そのものの比較は行わず、運動後の数値から無指圧群、指圧群ともに5分後の数値を減じた値を比較することとした。過去の研究例3,4)から指圧後に身体の左右を計測した場合、左右が各々その機能を補完するようにふるまう傾向が観察されているため、今回は数値の変化量そのものを比較した。即ち運動後の値から各々5分後の値を減じた値の絶対値を各群間の変化量として検定した。

 このため本研究では指圧後の変化量の小ささ、即ち運動後の状態をどれだけ保てたかを評価している。問題のある手法であると考えるが、過去の研究データが再評価され得る可能性の観点から敢えて試みた。

 片平は下腿部スポーツ障害経験群と未経験群を比較すると、経験群で底屈力が強い特徴があることを報告5)しているが、本研究では底背屈力のバランスが改善されるような結果は得られなかった。しかし、180deg/secの20反復という低負荷高回数の運動に於いて、指圧群が無指圧群と比較して運動後の筋力発揮を維持するようにふるまう現象が観察された。換言すれば、指圧により比較的小さな筋力発揮を繰り返す動作に於いて安定した出力が得られたこととなる。

 機序として①指圧が、速動性NMUと持続性NMU6)に何らかの効果を及ぼし筋力発揮に差が出た可能性と②指圧により筋の局所血液量が増大7)した結果、ヒラメ筋内のミオグロビンの酸素含有量が増大し、安定した筋力発揮に寄与した可能性と③その両方、が挙げられるが、推察の域を出ないので今後の研究課題としたい。

 また、運動前の指圧が競技パフォーマンスを向上させる可能性8)とも併せてスポーツ指圧の可能性を探りたい。

V.結論

 運動負荷を与えた下腿部への指圧により、運動前後の180deg/sec底屈ピーク値変化量が減少した。

VI.引用文献

1) 衞藤友親他:東京夢舞いマラソン指圧ボランティア報告:日本指圧学会誌(1) ,p.33,2012
2) 浪越徹:普及版完全図解指圧療法第5刷p.78-79, p.90,日貿出版,東京,2001
3) 菅田直記他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報):東洋療法学校協会学会誌,(26), p.35-39, 2002
4) 田附正光他:指圧刺激による脊柱の可動性及び筋の硬さに対する効果,東洋療法学校協会学会誌(28) , p.29-32, 2004
5) 片平誠人:長距離ランナーの下腿部スポーツ障害と内在因子の関係:福岡大学紀要(49)第5分冊p.7-19, 2000
6) 真島英信:生理学第18版,p.271-272, 文光堂, 東京,1990
7) 蒲原秀明他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果:東洋療法学校協会学会誌(24), p.51-56, 2000
8) 石塚洋之:ビーチフットボール競技における指圧認知度調査報告, 日本指圧学会誌(1)p.24-26, 2012


【要旨】

指圧による底背屈力の変化について
衞藤 友親

 運動後の下腿部への指圧により、足底背屈動作の筋力発揮にどのような変化をもたらすのかを等速性筋力測定器を用いて調べた。指圧を行わなかった群と比較して、180deg/sec底屈動作時に運動直後と5分後の筋力変化量が減少した。この結果、指圧により筋出力の調整力が向上されている可能性が示唆される。

キーワード:下腿部指圧、足底背屈、等速性筋収縮



大腿後面への指圧施術による FFDの変化について:星野喬一、日比宗孝、山本恭子

星野 喬一, 日比 宗孝, 山本 恭子
日本指圧専門学校
指導教員:黒澤一弘
日本指圧専門学校教員

Finger-Floor Distance (FFD) changes due to Shiatsu treatment
of the posterior femoral region

Kyoichi Hoshino, Munetaka Hibi, Kyoko Yamamoto, Kazuhiro Kurosawa

Abstract : Standing forward flexion changes due to Shiatsu stimulation of various regions have been verified and reported. Building on the past results, we researched standing forward flexion changes due to shiatsu stimulation of the posterior femoral region. The research was conduced on 29 healthy subjects, and standing forward flexion was significantly improved by shiatsu stimulation of the right and left posterior femoral region for 3’ 30’’ compared to the non-stimulation group. This result indicated that shiatsu stimulation of the posterior femoral region eases tense hamstring muscles and improves flexibility.


I.はじめに

 指圧刺激による立位体前屈値の変化について、これまで様々な部位への刺激検証及び報告が行われている。1) – 6)

 田附らの報告3)は、殿部・下肢後側への指圧刺激によって立位体前屈が優位に改善されている。一方、廣田ら4)は、殿部のみへの指圧刺激によって立位体前屈に優位な変化は見られなかったと報告している。

 これらの報告を踏まえ、今回我々は、指圧刺激部位を大腿後面のみとした場合、立位体前屈値にどういった変化があるかを測定・検討したので、ここに報告する。 

II.実験方法

1.対象

 対象は本校学生及び教職員の健常者29名(男性16名、女性13名、平均30.55±8.71歳)で、事前に十分な実験内容の説明をして同意を得た上で行った。

2.実験期間・場所

 2013年6月17日から7月6日まで、本校の第一実習室で行った。実験環境は室温25.93±0.74℃、湿度54.48±4.94%であった。

3.計測方法

(1)FFD(指床間距離)の計測

 FFD計測用のスケール(ヤガミ社製、1mm刻み)を台座(高さ41cm、幅44.5cm、奥行き90cm)に固定して使用した。

 台座前端のスケール固定位置に母趾趾尖を揃えて直立した状態から立位体前屈を行い、指尖で押し下げられた計測用目盛りを目視にて計測した。

(2)立位体前屈位の撮影(デジタルカメラによる撮影)

 立位体前屈位での姿勢を、デジタルカメラ(富士フィルム社製FinePix F11)により以下の通り撮影した。肩峰突起、大転子にランドマークのシールを貼りマーキングした。天井から鉛円錐のついた紐(以下、鉛直線)を2本たらし、その間にFFD計測の台座を垂直に設置した。台座の右側方から、前後の鉛直線が重なるアングルにデジタルカメラを三脚にて固定、設置して撮影した。

4.刺激方法

(1)刺激部位

 仰臥位にて、浪越式基本圧点の大腿後面10点を重ね母指圧にて刺激した。

 大腿後面10点は坐骨結節直下を1点目とし、膝窩横紋の手前まで10点取る。ハムストリングスや坐骨神経を指標とする。(図1)

(2)刺激時間・方法

 刺激時間は大腿後面10点の1点目を1点圧3秒3回行い、その後、1点圧3秒、10点3通り行い、左右で約3分30秒行った。圧刺激は通常圧法(漸増、持続、漸減)にて快圧(被験者が心地よいと感じる程度の圧)にて実施した。7)

図1. 大腿後面部10点

図1. 大腿後面部10点

5.実験手順

 被験者に対し、事前に実験内容を説明し同意を得た上で、指圧刺激をするもの(以下、刺激群)と、指圧刺激をしないもの(以下、無刺激群)の2種類の実験を、日を変えて行った。

(1)刺激群

 以下の手順で行った。

① 仰臥位にて3分間安息。
②FFD計測用の台座の上で直立姿勢をとり、右側面からカメラ撮影。
③FFDを測定。FFD最大位の姿勢を右側面からカメラ撮影。
④ 指圧刺激。
⑤ 仰臥位にて3分間安息。
⑥FFDを測定。FFD最大位の姿勢を右側面からカメラ撮影。

(2)無刺激群

 以下の手順で行った。

① 仰臥位にて3分間安息。
②FFDを測定。
③ 指圧刺激の代わりに伏臥位にて3分30秒間安息。
④ 仰臥位にて3分間安息。
⑤FFDを測定。

実験手順

6.統計処理

 FFDの改善値(刺激後の計測値から刺激前の計測値を差し引いた数値)について、対応のあるt検定により比較を行った。

III.結果

1.FFDの改善値について(図2)

  無刺激群での改善値0.96±0.27cm(mean±SE)に対して、刺激群での改善値2.37±0.46cmとなり有意差が見られた(p<0.007)。

図2. 無刺激群及び刺激群でのFFD改善値

図2. 無刺激群及び刺激群でのFFD改善値

IV.考察

 本研究は、大腿後面に対する指圧刺激による立位体前屈値の変化を検討するものであった。測定値を分析した結果、刺激群においてFFDの値が無刺激群に比べ優位に改善された。この結果は、浅井ら1)、衛藤ら2)、田附ら3)の研究と同等の結果である事から、再現性の高い現象であると言える。

 本研究の刺激対象部位である大腿後面には、大腿二頭筋、半膜様筋、半腱様筋の3つの筋で構成されるハムストリングスがある。大腿二頭筋長頭、半腱様筋、半膜様筋は坐骨結節を起始部としており、大腿二頭筋短頭のみ大腿骨粗線の下1/2に位置する外側顆稜線から起始している。

 半腱様筋は脛骨の前方内側、半膜様筋は脛骨の前方外側に停止し、大腿二頭筋は脛骨外側顆と腓骨頭に停止している。立位体前屈では股関節屈曲、膝伸展となり、ハムストリングスが伸張されるため、ハムストリングスの柔軟性は立位体前屈の影響因子であると言える。

 ハムストリングスは、立位姿勢の保持や正常な歩行、しゃがみこんで物を取るような動作の際に働いており、日常生活の中でも多く活動している。その為、緊張しやすく柔軟性が失われやすいと考えられる。今回、大腿後面への指圧刺激によってFFDの値が改善したのは、ハムストリングスの緊張が改善され、柔軟性が上昇した為と考えられる。

 今回の研究では大腿後面のみを刺激対象としたが、殿部から下腿後面までを刺激対象とした研究においてFFDの改善が見られていること、殿部のみを刺激対象とした研究4)においてFFDの改善が見られなかったことから、下腿後面のみに指圧刺激を行った場合のFFDの改善の有無を検討する必要がある。

 また、股関節の屈曲筋である腸腰筋や大腿直筋に対するアプローチも今後の検討課題である。

V.結論

 健常者29名を対象とした大腿後面への指圧刺激により、FFDの改善値において、無刺激群と比較して、刺激群で有意な変化が見られた。

VI. 参考文献

1) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果, 東洋療法学校協会学会誌(25), p.125-129, 2001
2) 衛藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報), 東洋療法学校協会学会誌(27), p.97-100, 2003
3) 田附正光 他:指圧刺激による脊柱の可動性及び筋の硬さに対する効果, 東洋療法学校協会学会誌(28), p.29-32, 2004
4) 廣田哲也 他:殿部指圧刺激による骨盤傾斜に及ぼす影響, 東洋療法学校協会学会誌(33), p.104-108, 2009
5) 宮地愛美 他:腹部指圧刺激による脊柱の可動性に対する効果, 東洋療法学校協会学会誌(29), p.60-64, 2005
6) 吉成圭 他:鼠径部指圧刺激が脊柱可動性に及ぼす効果, 東洋療法学校協会学会誌(32), p.18-22, 2008
7) 石塚寛 他:指圧療法学, p.92, 国際医学出版株式会社, 東京, 2008


【要旨】

大腿後面への指圧施術によるFFDの変化について

星野 喬一, 日比 宗孝, 山本 恭子, 黒澤 一弘

 指圧刺激による立位体前屈値の変化について、これまで様々な部位への刺激検証及び報告が行われているが、今回我々は、大腿後面への指圧刺激が立位体前屈値に及ぼす変化について測定した。健常者29名の被験者に左右の大腿後面へ3分30秒の指圧刺激により、無刺激群に比べ立位体前屈値が優位に改善された。よって大腿後面への指圧刺激はハムストリングスの緊張を改善し、柔軟性を向上させることが示唆される。

キーワード:指圧、ハムストリングス、FFD、立位体前屈



前頚部指圧による呼吸商の変化:衞藤友親

衞藤 友親
明治大学体力トレーナー
桑森 真介
明治大学商学部教授

Variation in respiratory quotient by Shiatsu on anterior cervical region

Tomochika Etou, Masasuke Kuwamori

Abstract :To study the effect of Shiatsu therapy on the metabolism, we conducted a trial about variation in respiratory quotient comparing Shiatsu stimulus group versus non-stimulus group using an analysis system of expired gas. The analysis of variance resulted that variation over time was significant in Shiatsu stimulus group. Meanwhile, significant variation was not observed in the control group. The multiple comparison of the experimental group also indicated that the respiratory quotient was significantly decreased at the points of 45 seconds and 60 seconds after Shiatsu, comparing at the point of zero second (before Shiatsu stimulus). As a result, it was observed that the respiratory quotient was significantly decreased by Shiatsu on the anterior cervical region.


I.緒言

 浪越式基本指圧において前頚部指圧(胸鎖乳突筋内縁の総頸動脈の頸動脈洞を1点目、鎖骨の1点上を4点目とし、ほぼ等間隔に4点を1回ずつ全3回押圧する動作1))は他の身体部位に先んじて施術される。

 なぜ前頚部からの押圧操作が被施術者の身体に触れる一点目に定まったのか。これは、基本指圧成立の過程において、他所から始めた場合に比して高い治療効果が得られた、という施術者の経験や感覚に依拠していると推察される。

 他方、これまでの指圧の科学的研究により前頚部指圧が全身に影響を及ぼす事象が報告されている2)3)。しかしその手順・方法は基本指圧ではない。

 そこで今回、基本指圧同様の操作による全身に及ぶ影響をこれまでに試みられていない方法で観測することを目的とし、呼吸商(呼吸交換比=RER)を測定することとした。

II.方法

1.対象

健康成人12名(男性6名・女性6名)

年齢19から58歳(平均29.3歳)

2.実験期間

2012年1月21日から2月18日

3.場所

明治大学和泉総合体育館測定室B

4.環境

室温24±2.0℃,湿度50±5%

5.測定機器

呼気ガス分析装置

(ミナト医科学社製AE−300S)

6.手順

 被検者に測定用マスクを装着させた状態で肘かけ背もたれ付きの椅子にて安静を保った。5分間経過後、前頚部4点3回を左右ともに約1分間(1点約2秒×4点×3回×左右+移動時間≒60秒)指圧した。

 指圧中1分間とその前後1分間の計3分間計測し、15秒毎の呼気ガス解析結果を記録した。 対照群も同様に5分間の安静ののち、指圧をしない安静のまま3分間記録した。

7.解析

 各データを平均値±標準偏差で示した。指圧群と対照群のそれぞれにおいて、繰り返しのある分散分析法(ANOVA)を施した。その結果、時間経過に伴う変化に有意性が確認された場合には,刺激前に比べ刺激何分後に有意な変化が現れたのかを調べる(多重比較)ために、対応のあるt検定(Bonferroni補正)を行った。有意水準は危険率5%未満(P < 0.05)とした。

 

III.結果

 ANOVAの結果、指圧群では時間経過に伴う変化に有意性(F = 4.115,P < 0.01)が認められた。なお、対照群では有意な変化が確認されなかった。そこで、実験群について、多重比較を施したところ、指圧前に比べ指圧45秒後および60秒後では有意(それぞれ、t = 3.934、P < 0.05およびt = 4.412、P < 0.01)に低下していた。

呼吸商の変化

図1. 呼吸商の変化 指圧群

図1. 呼吸商の変化 指圧群

図2. 呼吸商の変化 コントロール群

図2. 呼吸商の変化 コントロール群

IV.考察

 Holm法を採用したとしても、75秒後(指圧終了後15秒)にまだ効果が残っているということでなく、指圧終了後から15秒の間に数値が低かったということである。これは、呼吸組織での酸素摂取と二酸化炭素排泄の結果が、口から外に出てRERとなり反映されるまでに時間的に遅延することも十分に考えられるので、指圧終了後も効果が残存していたということを示すものではない。そのような意味では指圧30秒後(15-30秒)に有意な変化が見られなかったとしても、実際には効果がすでにあらわれており、それがその後の45秒後(30-45秒)の結果として表れた可能性もある。すなわち、刺激後15秒を過ぎてから効果が表れ始め、指圧終了後にはその効果はほとんど消失すると考えるのが妥当ではないかと判断できる。

 あえてこのメカニズムを探るとするならば、ミオグロビンはきわめて酸素結合力がつよく4)比較的深部に存在する筋に多く含まれる5)ので、深部筋の活動が活発になった結果とも考えられる。しかし、その他のメカニズムが関与している可能性も十分あり得るので、今後の検討課題としたい。

V. 結論

 前頸部指圧により呼吸商の低下が認められた。

VI.引用文献

1) 浪越 徹:完全図解指圧療法普及版,日貿出版社,東京,1992
2) 小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌(22); pp.40-45, 1998
3) 加藤 良 他:前頚部指圧刺激が自律神経機能に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(32); pp.75-79, 2008
4) 真島英信:生理学 第18版, p.341,文光堂,東京, 1990
5)真島英信:生理学 第18版, p.274 表9-1, 文光堂,東京,1990


【要旨】

前頚部指圧による呼吸商の変化
衞藤 友親, 桑森 真介

 指圧療法が代謝に及ぼす影響を検討するため、呼気ガス分析装置を用いて指圧刺激群および指圧無刺激群における呼吸商の変化を比較検討した。ANOVAの結果、指圧群では時間経過に伴う変化に有意性が認められた。なお、対照群では有意な変化が確認されなかった。そこで,実験群について多重比較を施したところ、指圧開始0時点(指圧前)に比べ指圧45秒後および60秒後では有意に低下していた。結果として前頚部指圧により呼吸商は有意に低下することが認められた。

キーワード:指圧、前頚部、呼吸商