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押圧操作と運動操作の併用により姿勢矯正が認められた一例:新倉玄太

新倉玄太
げんた治療院 院長

A case of posture correction by a combination of pressure application and exercise therapy

Genta Niikura

Abstract : Many people with subjective symptoms such as stiff shoulder or low back pain are encountered in clinical practice. Here we report a case where shiatsu therapy helped the patient achieve symptom relief and better posture. Shiatsu therapy not only released the muscle tension but also adjusted the joints. Shiatsu therapy involves a combination of pressure application and exercise therapy, and it is possible that this combination had effects on both muscles and joints and helped achieve the favorable outcomes in the present case.

Keywords: shiatsu therapy, pressure application, exercise therapy, posture correction


I.はじめに

 指圧治療において、筋、軟部組織への押圧操作だけで筋緊張を緩めることができても、数日後または数週間後に同様の症状に悩まされてしまう患者が臨床現場で多く見られる。そのような症例に対し継続的に姿勢矯正、関節の調整も並行して行うことにより治療効果を向上させることができるのではないかと考えた。

 今回、押圧操作と運動操作を同時にまたは併用して行うことにより、関節の調整をし、姿勢矯正することで高い治療効果を上げることができた症例を報告する。

Ⅱ.対象および方法

施術対象

 30代女性 保育士

場所

 当院

期間

 2014年3月30日~4月12日

主訴

 かがんでの作業が多いため腰痛、猫背で肩こりがひどい、職場の人に姿勢が悪いと言われ気にしている

治療法

 全身指圧1)および肩関節、股関節、仙腸関節の運動操作

  • 円背に対して
    伏臥位にて脊柱掌圧、棘突起調整
  • 肩関節過内旋に対して
    横臥位にて
    肩甲骨上角、鎖骨下、烏口突起に押圧操作
    プラス、肩甲骨の調整操作
  • 腰椎後弯に対して
    仰臥位にて、腹部掌圧・鼠径部掌圧
    腹臥位にて、股関節・仙腸関節調整
  • 骨盤後傾に対して
    仰臥位にて、腹部・鼠径部掌圧
    伏臥位にて、股関節・仙腸関節調整

III.結果

第1回(平成26年3月30日)
[術前所見]

  • 自覚症状:かがんでの作業が多いため腰痛、猫背で肩こりがひどい。
    職場の人に姿勢が悪いと言われ気にしている。
  • 他覚所見:骨盤過後傾、円背、肩関節過内旋がみられる(図1)。

[術後所見]

  • 自覚所見:肩こりや腰痛を感じにくくなった。
    同じ姿勢を続けても、仕事中辛さを感じにくくなった。
  • 他覚所見:骨盤が前傾位になり腰椎が前弯したため腰部の筋の緊張が緩和された。
    肩甲骨の位置が改善されたため肩関節の内旋が改善された(図2)。

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第2回(平成26年4月12日)
[術前所見]

  • 自覚所見:周りの方から姿勢が改善されたと言われた。
    腰痛が緩和している。
  • 他覚所見:骨盤の前傾が保たれている。
    肩関節過内旋の所見が見られる(図3)。

[術後所見]

  • 自覚所見:肩こり腰痛の症状が軽減された。
    同じ姿勢を続けても痛みを感じにくくなった。
  • 他覚所見:肩関節過内旋が改善されている(図4)。
    関節の位置の調整を行ったことで筋肉の緊張も緩和されている。

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IV.考察

 厚生労働省の国民生活基礎調査2)によれば、日本国民が普段感じている自覚症状の1位、2位が男女とも肩こり腰痛という結果が出ている。その状況は現在でも大きくは変わっておらず、当院に来院する患者の主訴も肩こりや腰痛が比較的多い。

 臨床の現場において、経験上ではあるが肩こりや腰痛を緩和させるためには、筋の過緊張を取り除くと同時に、関節の調整を行うことでより効果が持続する感覚を持っている。
その理由として、二足歩行である人体は常に重力に抗して姿勢を維持しており、姿勢を維持するために抗重力筋である伸筋や体幹の筋肉が常時収縮していなければならないことや、姿勢が崩されるときには姿勢反射が働き姿勢を維持しようとする3)ことなどから円滑な日常生活を行う上での正しい骨格、姿勢が崩れると、より筋肉に負荷がかかることが考えられる。そのため慢性的に崩れてしまった骨格、姿勢を調整することが肩こりや腰痛の改善につながると考えられる。

 本症例は、初診時には重心線の崩れが非常に大きく(図1)、そのため大胸筋をはじめとする肩関節内旋筋の過緊張および抗重力筋の緊張低下が引き起こされていたものと考えられる。また大殿筋およびハムストリングスが過緊張することで骨盤後傾がみられたものと考える。

 初回の治療において、大殿筋およびハムストリングスの過緊張が改善され、また腰方形筋、脊柱起立筋の過伸展が改善されたことにより骨盤後傾及び腰椎の後弯の改善がみとめられたものと考える。また肩関節に関しては、大胸筋、広背筋、肩甲下筋などの上腕を内旋させる筋の過緊張が改善されたことで肩甲骨の位置が変わったと推測する(図2)。

 第2回目の術前では、若干の肩関節内旋の所見は見られるものの第1回の術後から重心線が大きく崩れている様子は見受けられない(図2、図3)。第2回の治療において、さらに過緊張した筋の柔軟性が向上し、過伸展された筋とのバランスがとれたことにより、肩関節および上腕骨の位置に変化が生じたことで僧帽筋、胸鎖乳突筋などの頸部の筋肉の緊張が緩和され頭位の変化まで認められたものと推測する。

 円滑な日常生活を行う上での姿勢の崩れが筋の過緊張や緊張低下に始まり起こるのか、関節の位置の異常にはじまり起こるのかという点に関してはどちらともいえない側面があるが、少なくとも指圧刺激が筋の柔軟性に及ぼす効果についての報告が複数存在する4~6)ことから、本症例においては姿勢を崩す原因となっている筋の過緊張が押圧操作により改善されたこと、また運動操作により関節の位置が改善されたことにより症状の改善が見られたものと考える。

V.結論

 指圧治療において押圧操作と運動操作を併用し、筋の過緊張を取り除き、関節の位置を改善させることにより肩こり腰痛が改善される傾向にあると考えられる。しかし今回は1例のみの報告であるため、さらに症例を重ね検討していきたいと考える。

VI.参考文献

1) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,国際医学出版,2008
2) 厚生労働省:国民生活基礎調査.2013,http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21.html
3) 東洋療法学校協会:生理学,医歯薬出版株式会社,1990
4) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,(社)東洋療法学校協会学会誌(25),p.125-129,2001
5) 菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),(社)東洋療法学校協会学会誌(26),p.35-39,2002
6) 衛藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),(社)東洋療法学校協会学会誌(27),p.97-100,2003


【要旨】

押圧操作と運動操作の併用により姿勢矯正が認められた一例
新倉 玄太

 臨床現場において、多くの方が肩こり・腰痛の自覚症状を持っている。指圧治療において筋の緊張を 取り除くことだけではなく、姿勢や関節の調整を行うことで症状を改善させることができた。指圧治療の押圧操作と運動操作を併用することで筋・関節の両方に影響を与え効果を得られたものと考える。

キーワード:指圧治療、押圧操作、運動操作、姿勢矯正


下肢のしびれに対する指圧療法の効果:金子泰隆

金子 泰隆
MTA指圧治療院
院長
日本指圧専門学校教員

Effectiveness of Shiatsu Treatment Against Numbness of the Lower Extremities

Yasutaka Kaneko

 

Abstract : Patients with a diagnosis of lumbar disc hernia often visit shiatsu clinics, and they experience reduction in symptoms after a several shiatsu sessions in many cases. The lumbar disc hernia diagnosed by imaging findings does not always relate to the symptoms. This is a case report of a patient diagnosed with lumbar spinal canal stenosis and serious lumbar disc hernia became mostly asymptomatic after three shiatsu sessions although the imaging showed little changes. Since muscle tightness and / or blood circulation disorder of the lower extremities may be neurologically causing the symptom, shiatsu treatment is worth trying for even a patient diagnosed with lumber disc hernia to ease the symptom.


I.はじめに

 臨床現場において腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けて来院する患者は少なくない。しかし、数回の施術でその症状が改善するケースも多く、必ずしも画像所見におけるヘルニアが症状の発現に関与しているとは限らない。今回、腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた患者に3回の施術を行い症状がほぼ消失したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:学校法人浪越学園 日本指圧専門学校 臨床実習室
期間:平成25年11月27日~12月11日(治療回数3回)

[症例]

 36歳男性

[現病歴]

 25~26歳頃から慢性的な腰痛を自覚していた。特に大きな症状の悪化もなかったためそのままにしておいたところ、2013年11月20日頃から腰痛と左殿部~足先にかけてのしびれが出現した。今まで経験したことの無い症状の強さであったため、整形外科を受診したところ、腰部脊柱管狭窄症と重度のヘルニアであるとの診断を受け手術も考慮した方が良いとのことであった。できるだけ手術は避けたいとの思いから、保存療法で症状を軽減させるべく指圧療法を受診するに至った。

[既往歴]

 右前腕血管腫の既往あり
 アレルギー(卵・ハウスダスト)あり

[治療法]

  • 横臥位を除く浪越式基本指圧1)(両下肢に重点を置く)
  • 仰臥位における頚部操作 ・左仙腸関節矯正のための中殿筋の押圧回旋操作

[評価]

  • 問診での術前術後の所見の変化の聴取。
  • 10段階のVAS(Visual Analogue Scale )を用いてしびれの評価を行った。

III.結果

11月27日(第1回)

[術前所見]

 自覚所見:

  • 自発痛・夜間痛なし。
  • 左下肢にしびれ感あり。
  • 間欠跛行なし。
  • 足を引きずるように歩く。
  • 咳やくしゃみでの痛みの増強なし。
  • 膀胱直腸障害なし。
  • 排便時に会陰部の激しい痛みがある。

 他覚所見:

  • 大腿動脈及び足背動脈の拍動は正常。
  • 疼痛回避のための側弯がみられる。
  • 左母趾底背屈に減弱がみられ、思うように動かせない。
  • SLRテスト45°で足背、足底、下腿後面にしびれ出現。
  • 右腰部圧痛あり、左腰部圧痛なし。
  • 左上後腸骨棘が下方に変位している。
  • MRI画像にて L4/5間にヘルニアを認める。(図1、図2)

図1.本症例におけるMRI画像所見図1.本症例におけるMRI画像所見

図2 医療機関報告書(一部抜粋)図2 医療機関報告書(一部抜粋)

[術後所見]

  • SLRテスト45°(+)→70°(-)
  • 術前VAS10→術後VAS1
  • 血流が改善してきた感覚があり、知覚鈍麻が改善した。
  • 歩行時の重だるさがなくなった。

12月4日(第2回)

[術前所見]

 自覚所見:

  • 左足背のみしびれを感じる。
  • 左母趾底背屈に減弱がみられ、思うように動かせない。
  • 排便痛が消失した。

 他覚所見:

  • SLR 80°(-)脹痛を感じる。
  • 第1回治療から1週間で体重が108㎏ →104kgに減少

[術後所見]

  • 左母趾の感覚が出てきた。
  • SLR 90°(-)脹痛が消失した。
  • 術前VAS3→術後VAS2

12月11日(第3回)

[術前所見]

 自覚所見:

  • 左母趾の違和感がある。

 他覚所見:

  • 片足立ちのバランスが不安定。
  • 左母趾背屈が可能になった。
  • SLR 90°(-)心地よい脹痛を感じる。

[術後所見]

  • 片足立ちがスムーズにできるようになった。
  • 階段がスムーズに昇れるようになった。
  • 睡眠の質が改善した。
  • 術前VAS2→術後VAS1  

 ほぼ症状が寛解したため、治療を終了した。

IV.考察

 腰椎椎間板ヘルニアは、髄核を取り囲んでいる線維輪の後方部分が断裂し、変性した髄核が断裂部から後方に逸脱することにより神経根、馬尾が圧迫されて発症する病態と考えられている。しかし、椎間板症や腰部脊柱管狭窄症との鑑別が十分になされていない現状が認められたため、腰椎椎間板ヘルニアガイドライン策定委員会により診断基準が提唱されるに至った2)。提唱された診断基準(図3)である。

図3 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会提唱の診断基準図3 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会提唱の診断基準

 上記診断基準に本症例を照らし合わせると、基準1、基準3、基準5で一致がみられるが、基準2および4では一致がみられていない。そのため、医療機関における診断はL4/5椎間板ヘルニアであったが、椎間板ヘルニア以外の要因により諸々の症状が出現しているということも念頭に置き診察、治療にあたった。  本症例は、腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの合併という診断を受けており、画像所見からはその状態が観察される(図1)。しかしながら、自覚所見の聴取では間欠跛行などの所見はみられなかった。そのため、腰部脊柱管狭窄症での症状出現の可能性は低いと判断した。また、SLRやしびれの出現領域、母趾背屈力の低下など腰椎椎間板ヘルニアを疑う所見は充分にあったが、安静時の症状がないことなどから下肢の筋緊張による血流障害により症状が出現している可能性もあると判断した。

 診察所見として、左上後腸骨棘の下方への変位が観察されたため、左仙腸関節の後方下方変位により、左下肢の筋緊張が亢進した症例であると判断し、左仙腸関節の調整と下肢全体の筋緊張緩和を目的として施術を行った。

 第1回の治療後のVAS値の変化、SLR所見の変化がみられたことから第2回、第3回共に同じ内容の施術を行った。結果、3回の治療でほぼ症状が寛解したため治療を終了した。症状はほぼ寛解したが、術前術後の医療機関用報告書では、画像所見に大きな変化はみられなかった(図2)。そのことを考慮すれば、本症例は左仙腸関節変位による下肢の筋緊張が長引いたことで下肢のしびれと筋力低下を起こしたものと推測するのが妥当であると考える。

 臨床現場で腰椎椎間板ヘルニアの診断を受け来院するケースは比較的多いように思われる。しかしながら、症状と画像所見の一致していないケースも存在するものと思われる。ガイドラインにおいても的確な問診を行うことにより、ヘルニアを疑うことやヘルニアの高位の推定を行うことは高い確率で可能であるため、腰椎椎間板ヘルニアの診断に際して問診や病歴を採取することは極めて重要である2)としている。そのため、問診や病歴の採取と画像所見および神経学的所見などを総合的に判断し、診断、治療を行うことが極めて重要であると考える。  また、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも下肢の筋緊張や血流障害が神経学的所見の原因となっていることも考えられる。指圧刺激が筋の柔軟性を向上させることも報告されている3)4)5)ことから、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合においても、保存療法として指圧療法を試みることには充分価値があるものと考える。

V.結論

 腰椎椎間板ヘルニアの診断を受け患者が来院したケースでも、的確な問診や病歴の聴取、神経学的所見から総合的に判断し、治療を行うことが重要である。また、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも、指圧療法を試みる価値は充分にあると考える。

VI.参考文献

1) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版, 国際医学出版, 東京,2008
2) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会, 腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン改訂第2版,南山堂,東京,2011
3) 浅井宗一ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,(社)東洋療法学校協会学会誌(25),p.125-129,2001
4) 菅田直記ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),(社)東洋療法学校協会学会誌(26),p.35-39,2002
5) 衞藤友親ら:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),(社)東洋療法学校協会学会誌(27),p.97-100,2003


【要旨】

下肢のしびれに対する指圧療法の効果
金子泰隆

 臨床現場において腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けて来院する患者は少なくない。しかし、数回の施術でその症状が改善するケースも多く、必ずしも画像所見におけるヘルニアが症状の発現に関与しているとは限らない。今回、医療機関にて腰部脊柱管狭窄症と重度の腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた症例に指圧療法を行った結果、3回の施術で症状がほとんど消失した。本症例では、症状が消失したにもかかわらず、画像の所見に大きな変化はみられなかった。腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた場合でも下肢の筋緊張や血流障害がしびれなどの神経学的所見の原因となっていることも考えられるため、指圧療法を試みることは充分価値のあるものと考える。

キーワード:下肢の筋緊張、しびれ、指圧療法


鼡径部指圧による歩行能力への影響:小泉浩記

小泉浩記
日本指圧専門学校 
指導教員:金子泰隆
日本指圧専門学校専任教員, MTA指圧治療院 院長

Effects of Inguinal Region Shiatsu Treatment on the Ability to Walk

Hiroki Koizumi / Yasutaka Kaneko

 

Abstract : The effects of inguinal region shiatsu treatment on the ability to walk were verified using the timed up and go test (TUG). The post-treatment time was shorter than the pre-treatment time. This result suggests that shiatsu treatment may improve the ability to walk at least temporarily.

Keywords: Timed Up and Go Test, iliopsoas muscle, inguinal region, shiatsu


I.はじめに

 吉成圭らは鼠径部に対する指圧刺激による立位自動的体幹後屈における股関節伸展および腰椎後屈の可動域の拡大の可能性1)を報告しており、その理由として鼠径部への指圧刺激が腸腰筋の緊張を緩和し、それにより腰椎および股関節の可動域が拡大するためと考察している。しかし、ここではその機能的な変化については言及されていない。今回は比較的簡便であり、歩行能力評価法として信頼性が高いとされているTUGを用いて鼠径部指圧おける歩行能力の変化を観察した。TUGとは、1991年にPodsiadloらにより考案された2)、高齢者を対象に広く用いられている歩行能力の評価指標である。

Ⅱ.対象および方法

場所

 学校法人浪越学園 日本指圧専門学校8階教室

対象

 66歳男性(中枢神経疾患、骨折、筋断裂および変形性関節症などの下肢機能に影響があると思われる疾患の既往はない)

期間

 2015年9月4日、12日、19日、 10月3日(計4回、30日間)

刺激内容

 対象は仰臥位にて四肢をまっすぐに伸ばし、リラックスした状態をつくる。術者は上前腸骨棘の内下方より恥骨外方までの鼡径靭帯上に3点をとり、それを刺激部位とした3)。刺激は①掌圧(母指球による押圧)②術者の両手母指による指圧を1点あたりを約5秒とし、左右各5分ずつ連続して行った。押圧の強さは、刺激において術者の手掌および母指が皮膚および皮下組織に沈み込んだ際に、術者が鼡径靭帯と大腿動脈拍動を触知でき、かつ対象にとって心地良い程度とした。

評価

 TUGを用い、術前・術後の所要時間を比較した。肘掛けなしの椅子を用い、目印として前脚前端より正面前方3メートルの地点に赤色コーンの中心部を配置した。対象が掛け声に従い椅子から立ち上がり、目印を回って再び椅子に腰掛けるまでのタイムをストップウォッチを用いて測定した。一連の動作を刺激の直前および直後に①通常の歩行速度、②最大の歩行速度にて1回ずつ行いタイムを計測し、②最大努力の歩行速度でのタイムを計測値として採用した。

III.結果

 4回すべての刺激において、刺激前に対し刺激後のタイムの短縮がみられた。刺激前および刺激後のタイムにおいて、全期間を通してのタイムの短縮はみられなかった(表1、図1)

表1.TUGタイム(秒)表1.TUGタイム(秒)

vol4_05fig1図1.TUGタイムの変化

IV.考察

 腸腰筋は大腰筋と腸骨筋の2つの筋からなり、これらは骨盤腔内で合して腸腰筋となり、鼠径靭帯下の筋裂孔を通過して、大腿骨の小転子に停止する。鼠径部の指圧においては、鼠径靭帯を押圧の指標とし、上前腸骨棘内側から恥骨の外側にかけてを皮膚表面に対しほぼ垂直に押圧する。したがって、その押圧は腸腰筋に達すると考えられる。

 速度の緩やかな歩行においては、立脚終期の伸展した下肢を振り子のように前方に振り出すことで、腸腰筋を使わずとも足を前へと運ぶことができる。しかし、努力的な歩行において、腸腰筋は遊脚前期から中期にかけて強力に作用し、伸展した股関節を屈曲させ、より積極的に下肢を前方に振り出す4)。そしてAnderssonらの筋電計を用いた研究によれば、歩行におけるこれらの筋の影響は歩行の速度が速くなるほど大きくなる5)という。他にも歩行中の腰部の安定や、バランスを失った際の緊急的な姿勢制御などにおいても腸腰筋の能力は影響しうると想像される。

 衛藤は指圧刺激が筋出力調整力を向上する可能性6)を報告しており、その要因として、速動性および持続性NUMへの影響と局所血液量の増大のふたつの可能性をあげている。本研究における指圧後のタイム短縮もこれに似て、鼠径部の指圧刺激による腸腰筋の状態的な変化が努力的歩行におけるその機能性に影響し、結果として歩行速度は増加し、タイムが短縮したと考える。

 研究期間全体を通してのタイムの短縮が見られなかったことについては、腸腰筋単体の指圧刺激では、筋に対して起こした状態的変化を固定的なものにするには至らなかった為と考える。これがより長期的な変化となるには、大腿直筋や大腿筋膜張筋などの腸腰筋以外の股関節屈筋や、大殿筋やハムストリングスなどの拮抗筋の状態的変化と、それによる腰部および股関節の矢状方向のアライメントの変化が必要であると推測する。
今回は対照を設けなかった為、タイムの短縮に関しては被験者の学習効果の影響を除外できていない。指圧刺激単独の影響を検証するためにも対照を設けた実験手法を今後の検討課題としたい。

V.結論

 鼠径部への指圧により、刺激後TUGタイムが刺激前に比し短縮傾向であった。

VI.参考文献

1) 吉成圭 他:鼠径部指圧刺激が脊柱可動性に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌32号,p.18-22,2008
2) D. Podsiadlo,S. Richardson:The timed “Up & Go”: a test of basic functional mobility for frail elderly persons,Journal of the American geriatrics Society, 39.2, p.142-148, 1991
3) 石塚寛 他:指圧療法学,国際医学出版株式会社,東京,p.102,2008
4) D. A. Neumann,嶋田智明,平田総一郎:筋骨格系のキネシオロジー医歯薬出版,東京,p.573-574,2005
5) E. A. ANDERSSON他:Intramusclar EMG from the hip flexor muscles during human locomotion, Acta Physiologica Scandinavica Vol. 161, Issue 3, p.361-370, 1997
6) 衛藤友親:指圧による底背屈力の変化について,日本指圧学会(2),p.10-12,2013


【要旨】

鼡径部指圧による歩行能力への影響
小泉 浩記/金子 泰隆

 鼠径部への指圧が歩行能力にどのような影響を及ぼすかを、Timed Up and Go test(TUG)を用いて調べた。指圧前と比較して、指圧後のタイムが減少傾向であった。この結果より指圧刺激が短期的に歩行能力を向上させる可能性が示唆される。

キーワード:五十肩、肩関節周囲炎、関節可動域、指圧


浪越式基本指圧腹部操作が短距離走の走行タイムに及ぼす影響:大久保圭祐、中野まほ

大久保 圭祐, 中野 まほ
日本指圧専門学校 
指導教員:石塚洋之
日本指圧専門学校専任教員

Effects of Abdominal Region Shiatsu Based on Namikoshi Shiatsu Therapy’s Standard Procedures on Short-Distance Sprint Performance

Keisuke Okubo, Maho Nakano / Hiroyuki Ishizuka

Abstract : Ahead of the 2020 Tokyo Olympic Games, sports is receiving increasing attention in Japan. The aim of this study was to verify the effects of Namikoshi shiatsu therapy’s standard procedures on sport performance.
After adequate warm-up, five 50-meter sprints separated by five-min-intervals were timed, and images were taken with a fixed camera to analyze its influences on posture. Twenty points on the abdomen, which were based on Namikoshi shiatsu therapy’s standard procedures, were treated three times before the first sprint and during each interval between the sprints. On a different day, splinters performed five 50-meter sprints separated by five-min-intervals in the supine position without shiatsu treatment.
On an average, the shiatsu-treated group had shorter sprint times than the control group. When camera images were compared between the shiatsu-treated and control groups, differences were observed in twisting of the trunk, flexion of the knee joint, and stride length. These results suggest that the 20-point abdominal-region shiatsu based on Namikoshi shiatsu therapy’s standard procedures may have positive effects on the sprint performance.

Keywords: Shiatsu, run, sprint, abdominal region, abdominal pressure, trunk, exercise, time, 50m, track and field, manipulative therapy, angular motion, image, rectus abdominis, obliquus externus abdominis muscle, obliquus internus abdominis muscle, Olympic, length of stride, twist, motion, ROM, range of joint motion, joint, load, track, race, performance, massage, start, dash, run, crouch start, running motion, abdominal region shiatsu based on Namikoshi shiatsu therapy’s standard procedures


I.はじめに

 本実験では、50m全力走行時に、事前に走者に対して浪越式基本指圧腹部操作20点圧1)を施すことにより足関節、膝関節、体幹、肩関節のROM、股関節の屈曲スピード、スタートにおける腰部の位置に及ぼす影響と、これらが歩幅と走行時間にもたらす変化を検証した。

 8月15日は被験者に指圧刺激を与えて計測し、対照としては8月2日は被験者に指圧刺激を与えずに計測を行った。指圧刺激は浪越式基本指圧腹部操作20点圧を3セットとし、最初の走行前と各走行前の5分休憩時に実施し、計5回行った。対照は、最初の走行前と各走行前の計5回、仰臥位で5分間の安静をとらせた。走行前には十分なストレッチを行った2)

Ⅱ.方法

日時

 2015年8月2日、15日

場所

 駒沢オリンピック記念公園 陸上競技場 直線トラック

被験者

 1名 27歳 男性 体重52㎏ 身長161㎝ 
 小学生から大学生までサッカー競技者

道具

 CASIO DIGITAL SPORTS STOP WATCH HS-70W

撮影機材

 SONY HANDYCAM HDR-CX420
 iPhone 6plus

編集アプリケーション

 Adobe premiere pro CC 2015
 Adobe photoshop CC 2015

図1.実験プロトコル図1.実験プロトコル

III.結果

vol4_06fig2

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表1.腹部指圧の有無による時間比較(秒)表1.腹部指圧の有無による時間比較(秒)

vol4_06table2表2

 走行時間による計測、撮影画像の比較から、表1、表2のような結果が得られた。腹部指圧により変化したのは、膝関節(屈曲)、腰部の位置、体幹(捻り動作)、肩関節(伸展)、歩幅、走行時間の短縮である。

 

IV.考察

 短距離の走行周期は次の2つに分けられる。①サポート期(足底が路面に接触している期間)と②リカバリー期(足底が路面から離れている期間)である。さらに、①および②は各3つに分類される。①サポート期は①‐1フットストライク(足底の一部が路面に接地する期間)、①‐2ミッドサポート(足底が路面に接地し、体重を支え、踵が地面から離れる直前までの期間)、①‐3テイクオフ(踵部が路面から離れ、足指が路面を離れるまでの期間)②リカバリー期は②‐1フォロースルー(足底部が路面から離れ、下肢の後方の運動が止まるまでの期間)、②‐2フォワードスウィング(下肢が後方から前方に移動する期間)、②‐3フットディセント(足底部が接地する直前の期間)以上の各々の周期には特異的な筋活動がみられ、走行スピードによっても変化している。1㎞を平均時速12km/hで走行した場合と平均時速16km/hで走行した場合、100mを平均時速36km/hで走行した走行した場合の筋活動では、100mを平均時速36km/hで走行した場合のみ腹筋活動が強くみられている。走行周期では①‐2~②‐2までに腹筋活動が強くみられる3)

 短距離走でのみ腹筋活動がみられる理由として、腕振りと骨盤の強い角運動が考えられる。走行時、骨盤には鉛直軸にまわる回転運動が生じ、鉛直軸周りの角運動量が生じる。この運動による体幹のブレを軽減させる為に腕振りが大切であり、事実、腕振りの角運動は骨盤の角運動により体幹に生じるブレを打ち消している。これは、大きなストライドで走る短距離走での走行に特徴的にみられる4)

 走行には理想的な脚の軌跡があり、スプリント・トレーニングマシンを用いた研究によると、足の運動には骨盤や体幹部の柔軟な捻り動作、回転運動を有効に利用し、かつ、身体バランスを巧みにとることが必要であるとされている。また、重要となるのは、この運動の始点がみぞおち辺り、すなわち上部腰椎から胸椎辺りまでということである5)

 腹部指圧による影響を受けると考えられる筋には、腹圧に関わる筋(横隔膜、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋)が含まれている。これらの腹壁筋に骨盤底筋群が加わり、協調的に収縮することで、腹腔内圧は上昇する。腹腔内圧の上昇は上位腰椎・下位腰椎の椎間板にかかる負荷を大幅に軽減することが知られている6)

 以上のことから本実験において、腹部指圧により腹圧に関わる筋の協調的なパフォーマンスの向上、及び、体幹の安定が生じ走行パフォーマンスが向上し、走行タイムが縮んだことが1つの可能性として考えられる。また、スタートダッシュにおける第1歩までの反応時間も、走行タイム短縮の可能性として考えられるが現段階では分析が難しい。

Ⅴ.結論

 腹部指圧は走行において注目される下肢には直接作用していない。しかし、運動の始点となる体幹部に影響を与え、下肢や上肢がより理想的に運動することに寄与していると考えられる。

 しかしながら、本実験では不明な点が多く、また、腹筋の運動があまりみられない、中・長距離の走行の時間には影響を与えない可能性もある。この先、より専門的な実験、分析が必要である。

 

引用文献

1) 石塚寛:指圧療法学 改訂第一版,国際医学出版株式会社,2008 
2) 杉浦晋:ストレッチング&ウォームアップ部位別テクニックと競技別プログラム,株式会社大泉書店,2008
3) 河野一郎,筑波大学 他 監修:公認アスレティックトレーナー専門科目テキスト 第6刷,株式会社文光堂,2011 
4) 鹿倉二郎 他 編集,河野一郎 他 監修:公認アスレティックトレーナー専門科目テキスト 第7巻アスレティックリハビリテーション,株式会社文光堂,2011
5) 小林寛道:ランニングパフォーマンスを高めるスポーツ動作の創造,杏林書院,p.42,2001
6) 坂井建雄 他 監訳:プロメテウス 解剖学アトラス解剖学総論運動器系 第2版,株式会社医学書院,2013 

参考文献

斎藤宏:運動学,医歯薬出版株式会社,2003

撮影協力:Clothing Valley Digital Studio


【要旨】

浪越式基本指圧腹部操作が短距離走の走行タイムに及ぼす影響
大久保 圭祐, 中野 まほ / 石塚 洋之

 2020年東京オリンピック開催に向け国内ではスポーツ事業に大きな関心が集まりつつある。そこで、「浪越式基本指圧」がスポーツパフォーマンスにどのような影響を及ばすのかを検証することは意義があると考え本実験を行った。
 走行前に十分な準備運動を行い、50メートルの全力走行を5分の休憩を挟んで5回行い、それぞれの走行時間を計測。また、走行時の姿勢の検討の為、定点にカメラを設置し撮影した。腹部指圧を行う場合、最初の走行前とそれぞれの5分休憩の間に腹部指圧20点を3回行い、コントロールは同時間仰臥にて休憩をとった。なお、腹部指圧とコントロールはそれぞれ別日に行った。
 走行タイムは平均して、指圧を行った方が短縮した。また画像比較においても、体幹の捻り動作、膝関節の屈曲動作、歩幅の3点に変化がみられた。浪越式基本操作腹部指圧20点圧が、影響を与えた可能性があると考える。

キーワード:指圧、走行、短距離、腹部、腹圧、体幹、運動、時間、50m、陸上、手技、角運動、画像、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、オリンピック、歩幅、ひねり、動作、ROM、関節可動域、関節、負荷、トラック、競技、タイム、マッサージ、スタート、ダッシュ、走る、クラウチング、走動作、浪越式腹部指圧


顔面神経麻痺(Bell麻痺)に対する指圧治療:石原博司、永井努

石原 博司
石原指圧治療所 院長
永井 努
永井指圧治療院 院長

Shiatsu Treatment for Facial Nerve Paralysis (Bell’s Palsy)

Hiroshi Ishihara, Tsutomu Nagai

 

Abstract : Facial nerve paralysis is a disease caused by various factors, and its definite treatment method is not established yet. It is also one of poor prognostic factors that the age of peak incidence of facial nerve paralysis is forties. This is a case report of a 93-year-old male patient treated with shiatsu and his symptoms was eased in three weeks although he had been diagnosed with facial nerve paralysis (Bell’s Palsy) requiring three months for recovery. The efficacy in terms of the improvement rate of the symptom and the patient safety were confirmed, and therefore shiatsu treatment potentially contributes to treat this disease.


I.はじめに

顔面神経麻痺の原因には様々な要因があるとされているが、患者から単純ヘルペスウイルスⅠ型(HSV-Ⅰ)が検出されることが多く。現代医学では、副腎皮質ホルモン療法を選択されることが多いとされている1)。今回指圧療法により、症状の緩和が見られたので、報告する。

Ⅱ.対象および方法

場所:石原指圧治療所
期間:2013年10月23日~11月6日
施術対象:93歳 男性

[現病歴]

 来院の1週間前ぐらいに、顔が急に動かなくなり、医療機関にて左顔面神経麻痺と診断され、治療期間は3ヶ月と診断された。仕事柄、公けの場に出ることが多く、3ヶ月の治療期間は、仕事に支障をきたすので、短期治療を目的に当院に来院する。

[既往歴]

 特記するべき事項なし。

[家族歴]

 特記するべき事項なし。

[自覚所見]

  • 顔の筋肉が思うように動かせない。

[診察所見]

  • 左側頚部の強度なこり
  • 左肩甲上部の強度なこり
  • 左肩甲間部の強度なこり

[その他]

 当治療院には約30年の通院歴があり、日頃から健康維持の為に、指圧療法を受けていた。1年前に尾骨を骨折し、その間通院を休まれていた。今回顔面神経麻痺が発症し、通院を再開した。

[治療方法]

  1. 仰臥位にて、顔面に両手掌圧を1分間行う
  2. 横臥位にて、左側頚部部に中圧を用いて5分間の指圧操作2)
  3. 横臥位にて、左肩甲上部に中圧を用いて2分間の指圧施術2)
  4. 横臥位にて、左肩甲間部に中圧を用いて5分間の指圧施術2)
  5. 全身の施術を40分行う。再度1~4の操作を行う。

III.結果

[治療経過]

第1回2013年10月23日
第2回2013年10月30日
第3回2013年11月6日

  • 第1回の最初の施術で顔面のこわばりが、8割ぐらいとれ症状の改善が見られた。2回目、3回目の治療で、ほぼ正常な状態に戻る、その後公けの場に出ている姿を確認した時には、全く問題は感じられなかった。その後月1回の頻度で通院を続けている。

IV.考察

 顔面神経麻痺(Bell麻痺)は発症数が多いとされているが、原因が様々な要因が考えられているため、まとまった治療の方針が確立されていなのが現状である。患者から単純ヘルペスウイルスⅠ型(HSV-Ⅰ)が検出されることが多いため、副腎皮質ホルモン療法を選択されることが多いとされている。

 病態として、神経浮腫、炎症細胞の浸潤、脱髄、一部軸索変性との混在が見られ、また神経炎により神経の絞扼と虚血が生じた場合二次的に神経損傷が起こる。 感染部位としては、内耳道遠位部、迷路部 膝部に認められている。

 症状として、健側に比べて麻痺側の額のしわが浅く瞼列が大きく、瞬目が弱く、口角が下がる。また生活動作では、閉眼が不十分によって生じる兎眼、麻痺側の口角からの空気漏れによる、しゃべりにくくなり、液体のものが漏れて食べにくくなる症状がでる。また顔面神経経路により、麻痺側の聴覚過敏により、音が大きく聞こえる、耳介あるいは顔面の痛みやしびれを伴うことがある。また遅発性の症状として、隣接する神経に異所性再生や混信伝導を起こすことにより、病的共同運動が起こる。例えばまばたきをすると、口周囲筋を支配する神経にも活動が伝わり、麻痺側の口角が不随意に動く、あるいは、唾液腺を支配していた副交感神経が大錐体神経へ異所性再生すると、食事の際に涙が出る。また障害部位近くの神経に異所性興奮が起こると麻痺側顔面に不随意な筋痙攣が起こる1)

 今回の症例は、症状として、患者自身が思うようにしゃべる事が出来ない事や、表情がうまく作れない等が主とされる。第2咽頭弓由来の表情筋を支配する顔面神経の中の特殊臓性運動線維(SVE)に原因が求められ、味覚を伝える特殊感覚線維(SVA)、涙腺、唾液腺分泌を促す副交感性節前線維、一般臓性体性線維(GVE)、外耳道、耳介後方の感覚を伝える体性感覚線維(GSE)が含まれる中間神経には影響を及ぼしていないと考えられる。また問題の発生部位として、症状から推測されるのは、顔面神経が側頭骨から出る、茎乳突孔周辺からその先の顔面神経の経路に何かしら障害が生じたものと考えられる3)

 診察所見より、左の側頚部、左肩甲上部、左肩甲間部のこりが非常に強く、それら患部のこりがほぐれる事により症状の改善が見られた。特に側頚部1点目周辺への指圧操作は、本症例において治療効果が高い部位と思われる。浅井4)、菅田5)、衞藤6)らの指圧刺激に対して筋の柔軟性が向上したという報告や、蒲原7)らが指圧刺激に対して末梢の循環の改善が見られたとの報告がされているとおり、本症例も指圧刺激により固まっていた筋膜や筋肉がほぐれ、2次的に血流が良くなり、症状の改善が見られたと思われる。側頚部1点目周辺に関しては、解剖学的に顔面神経が出る茎乳突孔に近接している為に、何らかの要因で顔面神経が圧迫されていたものが、指圧刺激により圧迫感が緩和されたものと推測される。  血流については、左鎖骨下動脈から出る、椎骨動脈→脳底動脈の経路をたどり、顔面神経核のある橋への血流改善、甲状頚動脈→下甲状腺動脈、頚横動脈の経路たどり、頚、肩甲上部、間部の筋肉への血流改善が見られたと推測される3)

 しかしながら、表情と言うものを考えた場合、通常我々が認識する、笑顔や悲しみの微妙な表情は表情筋と顔面神経の他に前頭前野皮質が大きく関わっていると言われている。したがって、本症例は単に筋肉のこりをほぐし、血流改善によってもたらされた他にも症状改善を導く要因があったのではないかと思われる。最近、「脳と心」という主題で、その中で重要語句となる「意識」というものを神経学的観点から研究する事が本格的に始められている8)。意識を考える上で、大事な部位として、先程挙げた前頭前野皮質と情動などに関わる大脳基底核群の関連性が注目されていて、この研究では、何らかの外部刺激により、それら部位で情報交換がされ、最終的に意識の変化が得られるという可能性が指摘されている。本症例を考える時、物理的に顔面の筋肉が動かせないという状態の他に、1ヶ月後には公けの場に出て仕事をしなければならないという時に、医者からは全治3ヶ月という診断をくだされた状況の中で、来院されている。このことから、心理的にはかなり不安定な状態に陥っていた事は容易に想像がつく。先程挙げた何らかの外部刺激が最終的に意識の変化に影響を与えるのであれば、指圧療法による外部刺激が前頭前野皮質や大脳基底核群に働きかけ、不安定な状態を取り除き、意識の変化をもたらし、最終的に前頭前野皮質での微妙な表情筋のコントロールが正常な形に戻ったと考えることができると思われる8)。しかしながら、意識というものに対して、明確な定義がなされていないため、推測の域は出ていない。ただし本症例の著者である石原は指圧療法の治療効果の機序として、指圧の刺激が脳に伝達され、脳から改善の要求命令が出されて、体の状態が良くなっていくと予測している。

 次に治療時間の視点から、本症例を見た場合であるが、3週間に3回の治療で症状の改善が見られている。同じ症状に対しての指圧療法の報告例がないために比較が出来ないので、短期治療効果があったかどうかという事は明確に述べられないが、医者から全治3ヶ月と診断された事や、統計的に見ると、顔面神経麻痺の発症年齢は40歳代がピークであり、予後が不良になる一因に高齢が挙げられている1)。したがって、高齢者にとっては稀な病気であり、まとまった治療方法が確立されていない現状と組み合わせると、高齢者にとって難治な病気の1つと言える。しかし、実際には3分の1以下の期間で治療結果を出しているので、この側面からは短期治療効果の可能性はあったと考えられる。これら短期治療効果に至った可能性の1つは、患者が約30年にわたり指圧療法を受けてきた事に要因があるのではないかと思う。指圧療法を長期に受ける事による、身体に与える影響に関しては、論拠立てた報告を確認出来ていないため、推測の域は出ないが、長期間指圧療法を受ける事により、ホメオスタシスが維持されやすい状態を作り出していると思われる。その状態が基本的に強ければ、本症例の急性的な症状に対しても、短期的に治療効果を出せる可能性はあったと予測される。

 最後に、冒頭に述べた様に顔面神経麻痺は原因が様々考えられ、更に自然治癒の確率も高く、全体的に症例報告数が少ないために治療指針が確立していないのが現状である。しかしながら、その中でもウイルス性のものが報告される場合が多いため、副腎皮質ホルモン療法など薬剤治療が第1選択肢となることが多い。その他治療法としては、星状神経節ブロック、鍼灸、高圧酸素療法、外科治療、ボツリヌス毒素療法、マッサージ、リハビリテーション等があげられる。指圧療法も現状ではこの部類の治療法に含まれることになるが、これらの治療法を選択する場合において、薬剤治療と比較して、改善率、安全性(合併症、副作用など)、簡便性などに優れている事が重要視される1)。本症例の治療の結果はそれら条件を十分満たしていると思われる。これら総合的な面から、顔面神経麻痺の治療に対して指圧療法は貢献出来る可能性が高いと考える。

V.結論

 顔面神経麻痺に対して指圧療法が治療に貢献出来る可能性が示唆された。

VI.参考文献

1) 日本神経治療学会:標準的神経治療,BELL麻痺,神経治療Vol.25 No2,p.173-175,p.182-185,2008
2) 石塚寛:指圧療法学,国際医学出版,東京,2008
3) Richard L, Drake, Wayne Vogl, Adam W,MMitchell(著)塩田浩平、瀬口春道,大谷浩,杉本哲夫(訳):グレイ解剖学原1版,p.789,p.804,p806,p.929,エルゼビア・ジャパン株式会社,東京,2007
4) 浅井宗一他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学会誌(25),p.125-129,2001
5) 菅田直紀他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学会誌(26),p.35-39,2002
6) 衞藤友親他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),東洋療法学会誌(27),p.97-100,2003
7) 蒲原秀明他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学会誌(24),p.51-56,2000
8) 小島比呂氏編者,大谷悟,熊本栄一,中村春和,藤田亜美著:脳とニューロンの生理学,p.196-203,丸善出版,東京,2014


【要旨】

顔面神経麻痺(Bell麻痺)に対する指圧治療
石原博司 , 永井 努

 顔面神経麻痺を発症し、全治3ヶ月と診断を受けた本症例(93歳 男性)では、指圧療法で、3週間で症状の改善が見られた。顔面神経麻痺は、原因が様々な要因が考えられ、まとまった治療方針が確立されていない。また統計的に発症年齢は40歳代がピークで、予後不良の要因の一つに高齢が挙げられている。この様に治療に関しては条件が厳しい中、症状に対する改善率、患者に対しての安全性が確認され、顔面神経麻痺の治療に対して、指圧療法が貢献出来る可能性が見られたので、その症例を報告する。

キーワード:指圧、顔面神経麻痺、Bell麻痺


応用腹部指圧:黒田美稚子

黒田美稚子
日本指圧専門学校専任教員

海外指圧レポート 

学校法人浪越学園 日本指圧専門学校では、日本発祥の指圧療法を海外へ普及すべく、年に一度カナダ(バンクーバー)へ教員を派遣し、技術指導を行っている。  平成27年度は、日本指圧専門学校 常勤教員 黒田美稚子先生が派遣され「応用腹部指圧」というテーマでCanadian College of Shiatsu TherapyのインストラクターおよびJapan Shiatsu Clinicのセラピストに対して指導に当たった。  以下講師を務められた黒田美稚子先生よりご提出いただいたレポートを掲載する。


1.はじめに

 腹部指圧は高い治療効果が期待できる一方で難易度の高い部位でもある。今回は、浪越式腹部基本指圧をベースに西洋医学、東洋医学それぞれにおけるひとつの視点を提示し、腹部指圧を積極的に治療に取り入れていただくきっかけを作ることができたら幸いである。

2.浪越式腹部基本指圧

 浪越式指圧の特徴である腹部指圧は、自律神経への作用として心拍数の減少、血圧の低下、筋血流量の増加、消化管蠕動運動の促進、瞳孔直径の縮小、また、筋骨格への影響としては仙骨傾斜角度の増加が浪越学園指圧研究会の研究により明らかにされている(図1)。

 さらに、腹直筋および大腰筋へのアプローチも可能であることから腰痛治療に非常に効果の高い部位でもある。

図1.腹部指圧基本手順図1.腹部指圧基本手順

3.西洋医学的視点から結果
 ~解剖学的アプローチ~

 前述したように、腹部指圧は自律神経調整、また腰痛治療に高い効果が期待できる。そこで今回は腹部の筋緊張が姿勢に与える影響を考えたい。
図2のように、腹直筋、腸腰筋の過緊張が骨盤の傾斜および腰椎の弯曲に与える影響は大きい。

図2.腹直筋、腸腰筋の過緊張が骨盤の傾斜および腰椎の弯曲に与える影響図2.腹直筋、腸腰筋の過緊張が骨盤の傾斜および腰椎の弯曲に与える影響

 そこで次に、腹部からの大腰筋へのアプローチの仕方を考えたい。腹直筋が浅層にあるのに対し大腰筋は深部に存在する。そのため、起始停止や走行のイメージを明確に持って押圧することが大腰筋へのアプローチの鍵となる。

 腸腰筋(図3)

vol4_07fig3図3.腸腰筋


[起  始] (浅頭)Th12~L5の椎体ならびに椎間板
      (深頭)すべての腰椎の肋骨突起
[停  止] 大腿骨小転子
[支配神経] 大腿神経(L1〜L4)
[作  用] 股関節の屈曲、骨盤の前頚
[検  査] トーマステスト(股関節屈曲拘縮)

腸腰筋の作用(図4)

図4.腸腰筋の作用図4.腸腰筋の作用

①骨盤・腰椎を固定した時
 →股関節屈曲
②大腿骨を固定した時
 →腰椎前弯、骨盤前傾

腹直筋および腸腰筋のイメージ

vol4_07fig5図 5.腹直筋および腸腰筋のイメージ

押圧時の注意点
①受け手の姿勢
 股関節膝関節を屈曲した仰臥位で胸式呼吸
②目的を明確にする
 ・ 腹部20点圧および小腸部において両母指圧で押圧する。
 ・ ターゲットとする筋を明確にし、それに応じた深さで圧を加える。

4.東洋医学的視点から  ~腹診~

腹診とは
お腹を触って、腹壁の硬さや張り具合、押さえた時の抵抗や圧痛、内臓の水の音などの特徴を探って体の状態を調べる診断法。
西洋医学では、腹壁の上から腹部の内臓の様子を探るのが主な目的だが、東洋医学の腹診では、腹部の皮膚や腹筋の張り、硬さ、しこりの有無などから、病気への抵抗力である正気の充実度や気・血・津液の状態を把握し、五臓の不調を推察することを目的とする。

腹診では各部位特有の反応を診る

vol4_07fig6図6.腹診では各部位特有の反応を診る

代表的な反応

vol4_07fig7図7.腹部の代表的な反応

腹診を腹部指圧に取り入れる
①受け手の姿勢
下肢を伸ばした仰臥位で胸式呼吸
②目的をもつ
・ 「の」の字型掌圧時に腹診及び治療
・ 腹部20点圧および小腸部において治療及び反応観察

5.結論

 今回、腹部指圧を用いるきっかけとして腹直筋および腸腰筋への指圧による腰痛治療、また腹診の紹介をしたが、実際患者を診るにはもちろん腹部だけでなく大腿四頭筋やハムストリングスの評価、腹診のほかに聞診、望診、問診を行い総合的に診断する必要がある。
 身体を診るひとつの視点として頭の片隅に置いていただき、患者の状態を把握するための一つの手段にしてほしい。

参考文献

1) 指圧研究会論文集Ⅱ1998-2012,日本指圧専門学校
2) プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系,医学書院
3) 東洋医学 基本としくみ,西東社


指圧による膝動的アライメントテストへの影響:佐々木良

佐々木 良
MTA指圧治療院 
指導教員:石塚洋之
日本指圧専門学校専任教員

Effect of Shiatsu on Dynamic Knee Joint Alignment Test

Ryo Sasaki, Hiroyuki Ishizuka

 

Abstract : According to some studies, many athletes have the impression that pregame shiatsu may cause undesirable muscle relaxation. We therefore studied the effects of shiatsu on muscle function by analyzing dynamic knee joint alignment. For this study, we defined the difference between the two extreme values of the dynamic knee joint alignment test as motion stability.Compared to the non-stimulus group, the stimulus group showed a significant difference in motion stability. This indicates that shiatsu produced effects not only on muscle function but also on the nervous system controlling muscle power output.This study showed just one aspect of the various potential effects that shiatsu possesses, including performance improvement and athletic rehabilitation, and will help to change athletes’ perspectives of shiatsu. 


I.はじめに

 これまでの研究に於いて、指圧による静的アライメントに対する報告は多数散見される。しかし指圧による動的アライメントに対する変化を観察した報告はなされていない。そこで、本研究では指圧により動的アライメントの変化がどのように起こるかを観察した。

Ⅱ.対象および方法

1. 対象

 健康成人男性7名 (膝内側顆間距離が2横指以上の内反膝の者)
 年齢19歳から40歳(平均30歳)

2. 期間

 2014年3月12日から6月14日

3. 場所

 日本指圧専門学校第3実技室

4. 環境

 室温21±5.0℃,湿度41±8%

5. 測定空間

 日本指圧学会2013年冬季学術大会学術講習にて金子らが発表した「症例報告を書くための基礎知識」に基づき測定環境を設定した。壁に垂直線を引き、被験者の前には鉛直線を垂らした。床には壁の垂直線と鉛直線とを結ぶ直線を被験者の立ち位置までテープで引いた。正面には膝の高さにデジタルカメラを三脚でセットした(図1)。

図1. 測定空間図1. 測定空間

6. 測定方法・刺激方法

 藤井ら1)が用いた動的アライメントテスト(図2)の測定方法に基づき実施した。動的アライメントテスト前に、被験者の上前腸骨棘と膝蓋骨中央、母趾爪中央部にシールを貼り、両脚立位の姿勢から測定脚を1歩前に踏み出し、膝を30°屈曲した肢位を約5秒間保持させる。この状態を正面からデジタルカメラにて撮影した(各測定、左右5回)。指圧部位と方法は、浪越式基本指圧で浪越圧点2)中殿筋(図3)を指標とし5秒の押圧で1分間繰り返し行った(左右計2分)。

 指圧をしないもの(以下、無刺激群)と指圧をするもの(以下、刺激群)は測定日を分け、動作学習の影響も考慮し5日から3週間の間隔をあけて測定した。また、研究プロトコルの段階でも動作学習の影響を配慮し、本研究でどのような動きを観察するかは伏せて行った。さらに足の着く位置などは決めずに自然な動作がなされるように配慮した。

図2. 動的アライメントテスト図2. 動的アライメントテスト

図3. 浪越圧点図3. 浪越圧点

7. 測定手順(図4)

(1)無刺激群
 ① 左脚測定(カメラ撮影)
 ② 右脚測定(カメラ撮影)
 ③ 伏臥位安静(2分間)
 ④ 左脚測定(カメラ撮影)
 ⑤ 右脚測定(カメラ撮影)
 ⑥ 伏臥位安静(5分間)
 ⑦ 左脚測定(カメラ撮影)
 ⑧ 右脚測定(カメラ撮影)

(2)刺激群
 ① 左脚測定(カメラ撮影)
 ② 右脚測定(カメラ撮影)
 ③ 浪越圧点部(中殿筋部)指圧(2分間)
 ④ 左脚測定(カメラ撮影)
 ⑤ 右脚測定(カメラ撮影)
 ⑥ 伏臥位安静(5分間)
 ⑦ 左脚測定(カメラ撮影)
 ⑧ 右脚測定(カメラ撮影)

図4. 測定手順図4. 測定手順

8. 解析

 解析は黒澤が発表した方法3)を参考に、測定時と同じ環境で踏み出す足(趾先)の位置にスケールを置いて撮影し、GIMPのグリット線で1メモリ10mmとなるように調節を行った。 測定写真はGIMPにて撮影時に生じたカメラのずれを修正した後、上前腸骨棘と膝蓋骨中央を結んだ延長線から母趾爪中央部との距離を計測し数値化した。

 上前腸骨棘と膝蓋骨中央を結んだ延長線から母趾爪中央部が外にきていればknee in(+)、内にきていればknee out(-)と評価し(図5、図6)、各測定数値の最大値と最小値の差を算出した。これが「動作の安定性」となる。数値が大きければ大きいほど膝動作が不安定であり、数値が小さければ小さいほど膝動作が安定性していると言える。

図5. knee-in(+)図5. knee-in(+)

図6 knee-out(-)図6 knee-out(-)

9. 統計処理

 動的アライメントテストの動作安定性(5回の測定数値の最大値と最小値の差)を安静前と安静後、指圧前と指圧後の左右の変化量について対応あるt検定を行った。有意水準は危険率5%未満とした。

III.結果

 右脚の無刺激群の刺激後5分と刺激群の刺激後5分の変化量に有意差がみられた(P<0.02)(図7)。左脚の無刺激群の刺激後5分と刺激群の刺激後5分の変化量に有意差がみられた(P<0.03)。刺激直後の変化量は両群に有意差はみられなかった。またknee-inに対しての変化にも両群ともに有意差はみられなかった。

 本研究では動作学習による影響を受けることが考えられたが、結果を観察すると動作学習が入った場合、測定回数が増せば増すほど、その動作安定精度は増すはずである。しかし、今回そのような結果は観察されなかった。つまり、本研究期間内での動作学習は影響していないと言える。

図7. 動作安定の変化図7. 動作安定の変化

IV.考察

 今回の研究では被験者7名に対し、膝動的アライメントテストでの膝動作の安定性を観察したところ、安定性の変化に有意差が認められた。

 この研究は当初、中殿筋への指圧が動的アライメントテストでのknee-inにどのような影響を及ぼすかを観察していたが、knee-in改善に対する有意な変化は見られなかった。よって、この結果は膝の安定によるものではなく、中殿筋の作用である股関節外転機能、または下肢を固定した場合の骨盤を水平に保とうとする骨盤安定機能による膝の動作安定が起こったと考えられる。

 この動作安定はバランス能力、または協調性とも言い換えられ、今回の研究では中殿筋への指圧でバランス能力の向上が起こったと考えられる。したがって、指圧刺激には、筋の柔軟性に対する効果4)だけでなく、筋力発揮する際に筋出力の微調整が可能となることが示唆された。

 機序としては、衞藤の研究5)と似るが

①圧刺激が速動性NMUと持続性NMUに何らかの効果を及ぼし筋力発揮の微調整が可能となった可能性6)
②指圧刺激により筋の局所血液量が増大4)した結果、中殿筋内のミオグロビンの酸素含有量が増大し安定した筋力発揮に寄与した可能性。
③前記述の両方。 が挙げられる。

しかし、これは推察の域を出ないので今後の研究課題としたい。

 また、本研究で行った膝動的アライメントテストでは、骨盤の安定性を評価観察することはできないため、骨盤安定による結果とは断定できない。そのため、今後は骨盤安定性によるものであるかを解明するために動的T(Trendelenburg)テストも併用して研究する必要がある。さらに今回の研究方法では左右の中殿筋を指圧したため、どちら側の指圧刺激がどちら側の脚に安定性をもたらしたのかを証明する事が出来ない。今後は左右を分けて研究を行う必要もあると考える。

 これからの研究では動作の安定性に加え、運動前の指圧が競技パフォーマンスを向上させる可能性7)とも併せてスポーツ分野やアスレチックリハビリテーション分野への可能性も探りたい。

V.結論

 O脚を有する成人男性7名を対象とした浪越圧点(中殿筋)への指圧により動的アライメントテストにおける動作安定に有意差が認められた。

VI.参考文献

1) 岡崎昌典他:足関節捻挫後の主観的足部不安感と下肢動的アライメントとの関係:高校生バレーボール選手を対象として,順天堂スポーツ健康科学研究 第2巻 第2号,p55-64,2010
2) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,p92,国際医学出版,東京, 2010
3) 黒澤一弘:フリーウェアを用いた姿勢分析並びに関節可動域測定,日本指圧学会誌,p14-20,2013
4) 浅井宗一他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ,p19-22,2013
5) 衞藤友親:指圧による底背屈力の変化について,日本指圧学会誌,p10-12,2013
6) 真島英信:生理学 第18版,p271-272,文光堂,東京,1990
7) 石塚洋之:ビーチフットボール競技における指圧認知度調査報告,日本指圧学会誌,p24-26,2012


【要旨】

佐々木 良:指圧による膝動的アライメントテストへの影響
佐々木 良

 スポーツ分野では競技前に指圧を受けると筋が弛緩するという印象から拒む者も多いという調査結果がある。そこで筋機能への指圧効果を調査するため、膝動的アライメントへの影響を観察し解析した。膝動的アライメントテストでの膝動作幅を「動作の安定性」と定めて評価した。刺激群は無刺激群に比べて動作安定に有意差が認められた。この安定性は筋出力の微調整であり、神経筋協調性の結果発揮される。したがって指圧には筋機能に及ぼす効果があり、筋出力を微調整する神経系にも及ぶことが示唆された。指圧にはスポーツ分野での競技力向上、またアスレチックリハビリテーションなど様々な可能性があり、競技者が持つ印象にも大きな変化が期待できる。

キーワード:膝動的アライメント、膝安定性、knee in、アスレチックリハビリテーション


ロコモティブシンドローム予防のために〜 運動実践へ向けたトランスセオレティカルモデル(TTM)の活用 〜:黒澤一弘

黒澤一弘
日本指圧専門学校専任教員

Prevention of Locomotive Syndrome
– Trance Theoretical Model (TTM) for Physical Activity in Practice –

Kazuhiro Kurosawa

Abstract : Regular exercise is the most effective way to prevent locomotive syndrome. Here we discuss basic knowledge about locomotive syndrome and a psychological approach which encourages patients to exercise regularly.


I.健康寿命をのばすには

-関節・運動器疾患の予防の重要性-

 2012年の日本人の平均寿命は男女ともに前年より延び、女性は0.51歳延びて86.41歳、男性は0.50歳延びて79.94歳となった(図1)1)。女性は2年ぶりに世界1位の座に返り咲き、男性も過去最高を記録した。

図1.日本人の平均寿命の推移図1.日本人の平均寿命の推移1)

 しかし、日常生活を健康的に制限なく生活できる健康寿命は女性で73.62歳、男性で70.42歳2)であり、平均寿命と健康寿命の差は女性では約12年、男性では約9年以上となっている(図2)。この期間は日常生活に制限のある「不健康な期間」であり、要支援や要介護を必要とする期間が含まれる。

図2.平均寿命と健康寿命の差(2010年)図2.平均寿命と健康寿命の差(2010年)

 また、要支援・要介護となる原因をみた場合、 要介護ではに脳卒中の割合が24.1%と最も多いが、要支援では関節疾患と骨折・転倒を合わせた運動器疾患が32.1%と最も多くなっている。(図3)3)。従って、要支援状態となることを防ぐには運動器疾患の予防が重要となる。

図3.要支援・要介護の原因における 運動器疾患の割合(2010年)図3. 要支援・要介護の原因における運動器疾患の割合(2010年)

Ⅱ.ロコモティブシンドロームの基礎知識

II-1.ロコモティブシンドロームとは

 ロコモティブシンドローム(ロコモ)は運動器症候群とも言われ、加齢に伴う筋力の低下や関節疾患、骨粗鬆症などにより、運動器の機能が低下して、要介護や寝たきりとなるリスクが高い状態を示している4)。予防医学を促進する観点から、2007年に日本整形外科学会が提唱した症候群で、厚生労働省の施策のもと予防啓発が行われている。

II-2.ロコチェックとロコトレ

 ロコモティブシンドロームが提唱された主要コンセプトは、高齢者自らによるセルフチェックとセルフトレーニングである。一般の方々が簡便に日常生活の状況から運動機能を自己評価し、予防・改善の対策をたてるという目的で7つの質問からなる「ロコモーションチェック(ロコチェック)」が設定された5)。ロコチェックの7つの項目すべてが運動器の機能低下を示しており、少なくともひとつ当てはまる項目があった場合に「ロコモ」である可能性がある5)。

図 4. ロコチェック図 4. ロコチェック

 運動機能の低下が認められる高齢者では、下肢筋力が弱く、片足立ち時間が短いという特徴がある。よってロコチェックで陽性となった対象者が行うセルフトレーニングとして片足起立訓練とスクワットを中心とした「ロコモーショントレーニング(ロコトレ)」が推奨されている5)。ロコモパンフレットでは、「ロコトレはたった2つの運動です。毎日続けましょう!」と記載されている。安全性の高い簡便な方法で、高齢者が毎日続けられることを目的としたトレーニングである。

図5.ロコトレ図5.ロコトレ

II-3.ロコモ度テスト

 「(7つの)ロコチェック」は、ロコモの危険性に気付く簡便な自己チェックのツールとして広く活用されてきたが、一方で国民全体の運動器の健康を目指すために、より幅広い年齢層に対して、現在または将来のロコモの危険性を判定するための指針が必要とされ、日本整形外科学会は2013年に新たに20代から70代までの世代ごとのロコモの危険性を判定する方法として、「ロコモ度テスト」5)を策定した。

 ロコモ度テストは、①立ち上がりテスト(下肢筋力)、②2ステップテスト(歩幅)、③ロコモ25(身体状態・生活状況の評価)の3つのテストを行い、その結果を年齢平均値と比較することにより、年齢相応の移動能力を維持しているかを判定する。もし年齢相応の移動能力に達していない場合、将来ロコモになる危険性が高いと考えられる。

①立ち上がりテスト

 片脚または両脚で立ち上がる脚力を測定。

■立ち上がりテストの測定方法

図6.立ち上がりテスト図6.立ち上がりテスト

  1. 10、20、30、40cmの台を用意する。まず40cmの台に両腕を組んで腰かける。このとき両脚は肩幅くらいに広げ、床に対して脛(すね)がおよそ70度(40cmの台の場合)になるようにして、反動をつけずに立ち上がり、そのまま3秒保持する。
  2. 40cmの台から両脚で立ち上がれたら、片脚でテストをする。(1)の姿勢に戻り、左右どちらかの脚を上げる。このとき上げたほうの脚の膝は軽く曲げる。反動をつけずに立ち上がり、そのまま3秒保持する。
  3. (2)で左右ともに片脚で立ち上がることができれば、成功とみなす。
  4. (2)で左右どちらかの脚で立ち上がることができない場合、失敗とみなす。10cmずつ低い台に移り、両脚で立ち上がれるかを測る。

※無理をしないように気をつける。
※膝に痛みが起きそうな場合は中止する。
※反動をつけると、後方に転倒する恐れがある。

■立ち上がりテストの判定方法 

 測定結果を各年代での立ち上がれる台の高さの目安(表1)と比較し、同等もしくはそれより良い場合は年代相応の脚力を維持していると判定する。また立ち上がり能力によるスポーツレベルを図8に示した6)。

表1.各年代での立ち上がれる台の高さの目安表1.各年代での立ち上がれる台の高さの目安

図7.各年代での立ち上がれた台の高さの割合図7.各年代での立ち上がれた台の高さの割合

図8.立ち上がり能力によるスポーツレベル図8.立ち上がり能力によるスポーツレベル

②2ステップテスト 

 歩幅を測定することで、歩行能力を判定する。歩幅は歩行速度に密接に関係しているため、歩幅の現象は歩行速度の低下を意味する。

■2ステップテストの測定方法 

  1. スタートラインを決め、両足のつま先を合わせる。
  2. できる限り大股で2歩歩き、両脚を揃える。(バランスをくずした場合は失敗とする。)
  3. 2歩分の歩幅(最初に立ったラインから、着地点のつま先まで)を測る。
  4. 2回行って、良いほうの記録を採用する。
  5. 以下の計算値で2ステップ値を算出する。2歩幅(cm)÷身長(cm)=2ステップ値

※介助者のもとで行う。
※滑りにくい床で行う。
※準備運動をしてから行う。
※バランスを崩さない範囲で行う。
※ジャンプしてはならない。

図9. 2ステップテスト図9. 2ステップテスト

■2ステップテストの判定方法 

 2ステップ値が世代別平均値(表2)の範囲内かそれより良い場合は年代相応の歩幅を維持しているが、平均値より低下している場合は年齢相応の歩行能力が保たれていない可能性が高い。

表2.2ステップテスト値の世代別平均値表2.2ステップテスト値の世代別平均値

■2ステップテストと日常生活自立度の関係 

 障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準(表3)を以下に示す7)。

表3.障害高齢者の日常生活自立度判定基準表3.障害高齢者の日常生活自立度判定基準

 村永ら8)によれば、2ステップ値と日常生活自立度の関係で、公共交通機関を自立して利用できるJ-1群では2ステップ値は1.26±0.20(n=166)、隣近所の歩行自立のJ-2群では0.76±0.23(n=21)、さらに外出に介助を要するA-1群では0.52±0.20(n=16)となり、2ステップ値の低下が日常生活自立度の低下と有意に結びついていることが示されている。

図10.2ステップ値と日常生活自立度の関係図10.2ステップ値と日常生活自立度の関係

 また2ステップテストの値は10m歩行速度や6分間歩行距離とも有意な正の相関が示されており8)、診療室や在宅といった狭い空間でも歩行能力を簡便に推定できることが確認されている。この評価を用いることで、自立した生活を維持するための指導に役立てることができる。

③ロコモ25 

 ロコモ25は1ヶ月間の間の身体の痛みや日常生活で困難なことを聞く25問よりなる自記式質問表で、原則として本人が記入する。また、普段行っていない事項については、仮に行うとすればどうであるかで回答してもらう。たとえば、電車やバスを全く使用していない場合には、使用した場合を想定した回答を記入してもらうことで、回答の欠損がないように留意する。

図11.ロコモ25図11.ロコモ25

■ロコモ25の判定方法 

 各回答の左端から0点、1点、2点、3点、4点とし、25問の回答結果を単純加算する。障害なし0点−最重症100点となる。ロコモ25の合計点が各年代の平均値(図12)の値に入っている場合、及びそれより良い場合、年代相応の身体の状態、生活状況であると判定する。

 また、16点以上はロコモと判定できるカットオフ値である。このロコモ25の結果は統計解析に使用でき、介入研究の効果判定ツールとしても使用できる。

図12.ロコモ25の年代別平均値図12.ロコモ25の年代別平均値

 以上の3つのロコモ度テストの結果で、1つでも年代相応の平均に達しない場合は、将来ロコモとなる可能性が高いと考えられる。

■ロコモ度テストの参考WEBサイト 

 ①立ち上がりテストや、②2ステップテストの動画や資料などはロコモチャレンジ!推進協議会のサイトで閲覧できる。また③ロコモ25の質問がブラウザでオンラインでチェックでき、すぐに判定できるので簡便に利用できる。

ロコモ25|ロコモチャレンジ! 
https://locomo-joa.jp/check/test/

 また、日本運動器科学会のサイトでは、ロコモ25の質問紙をダウンロードでき、またエクセルによる点数計算表も公開されている。

日本運動器科学会 
http://www.jsmr.org/news.html

III.健康日本21(第二次)と身体活動基準2013に基づいた運動指導について

III-1.健康日本21とは

 厚生労働省は2000年に「21世紀の我が国を、すべての国民が健やかで心豊かに生活できる活力ある社会とする」ことを目的に「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」を作成した。これには「栄養・食生活」、「身体活動・運動」、「休養・こころの健康づくり」、「たばこ」、「アルコール」、「歯の健康」、「糖尿病」、「循環器病」、「がん」について70項目にわたる具体的な数値目標を設定されている。さらに健康日本21を推進していくための法的整備として2002年に「健康増進法」が制定された。この健康日本21の2010年までの成果を評価した上で、厚生労働省は次期健康づくり運動である「健康日本21(第二次)」を2013年4月にスタートさせた。ロコモティブシンドロームの予防の重要性が認知されれば、個々人の行動変容が期待でき、国民全体としての運動器の健康が保たれ、介護が必要となる国民の割合を減少させることが期待できるという観念から、ロコモティブシンドロームを認知している国民の割合を増加させることが「健康日本21(第二次)」の具体的な数値目標として設定された10)。

 また、この「健康日本21(第二次)」を達成するためのツールとして、厚生労働省から2013年3月に「健康づくりのための身体活動基準2013」および「健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)」が発表された11)。身体活動基準2013では身体活動の増加でリスクを低減できるものとして、従来の糖尿病・循環器疾患に加えて、がんやロコモティブシンドローム・認知症が含まれることが明確化されている。また、子供から高齢者までの身体活動の基準が検討され、保健指導で運動指導を安全に推進するために具体的な判断・対応の手順が示されている。

表4.身体活動基準2013の概要表4.身体活動基準2013の概要

III-2.健康づくりのための身体活動基準2013

 将来、生活習慣病や運動器の不調のリスクを低減させるために、個人にとって達成することが望ましい身体活動の基準が定められている(表4)。以下、年齢別にこの数値の具体的な根拠などについて記す12)。

■18〜64歳の基準 

①身体活動量の基準(日常生活で体を動かす量の考え方)

『強度が3メッツ以上の身体活動を23メッツ・時/週行う。 具体的には、歩行又はそれと同等以上の強度の身体活動を毎日60分行う。』

 日本人の身体活動量の平均は概ね15〜20メッツ・時/週であるが、この身体活動量では生活習慣病および生活機能低下のリスク低減の効果は統計学的に確認できなかった。一方、身体活動量が22.5メッツ・時/週より多い者では、生活習慣病および生活機能のリスクが有意に低かった12)。

図14.生活活動のメッツ表図14.生活活動のメッツ表

②運動量の基準(スポーツや体力づくり運動で体を動かす量の考え方)

『強度が3メッツ以上の運動を4メッツ・時/週行う。具体的には、息が弾み汗をかく程度の運動を毎週60分行う。』

 少なくとも2.9メッツ・時/週の運動量があれば、ほぼ運動習慣のない集団と比較して、生活習慣病および生活機能低下のリスクは12%低かった。また10.6メッツ・時/週の運動量ではリスクは14%低下し、31.3メッツ・時/週の運動量ではリスクは18%低下することが示されている12)。

図13.運動のメッツ表図13.運動のメッツ表

③体力(うち全身持久力)の基準

『下表に示す強度での運動を約3分継続できた場合、基準を満たすと評価できる。』

体力(うち全身持久力)の基準表中の()内は酸素摂取量(VO2)を示す

 生活習慣病および生活機能低下のリスクの低減効果を高めるには、身体活動量を増やすだけでなく、適切な運動習慣を確立させ体力を向上させる取り組みが必要である。

 この全身持久力に関する基準値により現在の体力の評価を行うことができる。10.0メッツの強度の運動(ランニングなら10km/時)の速度で3分間以上継続できるのであれば、「少なくとも40〜59歳男性の基準値に相当する全身持久力がある」とい判断できる。

 また、また全身持久力を増加させるためには、基準値の50〜75%の強度の運動を習慣的に(1回30分以上、週2日以上)行うことが効率適である。この基準値を用いることで至適なトレーニング強度の設定が容易となる。例えば、50歳の男性の場合、5メッツ(10.0メッツの50%)を推奨することができる。

※ 最大酸素摂取量(VO2max):全身持久力の体力指標となり、単位時間あたりに生体が酸素を取り込むことができる最大量。この値が大きいほど「全身持久力が優れている」と評価され、単位時間あたり体重1kg当たりの酸素摂取量で評価する。最大酸素摂取量(VO2max)はトレッドミルなどを利用して負荷を上げていき、計測するが。3分程度全力で継続して疲労困ぱいになるような運動中に最大酸素摂取量が観察されることが多いが、あくまで測定上の指標であり、望ましい運動量の目標値でないことに注意する。

※ メッツは安静時における酸素摂取量(3.5ml/kg/分)を1メッツとし、この2倍を2メッツ、3倍を3メッツとする。

■65歳以上の基準

『強度を問わず、身体活動を10メッツ・時/週行う。具体的には横になったままや座ったままにならなければ、どんな動きでもよいので、身体活動を毎日40分行う。』

 65歳以上を対象とした調査で、3メッツ未満も含めて身体活動量が10メッツ・時/週の群では、最も身体活動量の少ない群と比較して、リスクが21%低かった。高齢者がより長く自立した生活を送るためには、運動器の機能を維持する必要がある。高齢者は骨粗鬆症による易骨折性と変形性関節症による関節の障害が合併しやすく、またロコモティブシンドロームやサルコペニア(加齢に伴う筋量・筋力の減少)により要介護状態となるリスクが高まることが指摘されている。これらは加齢を基盤に、身体活動不足が寄与していることから、高齢者においては特に、身体活動不足に至らないように注意する基準が必要として作成された12)。

 なお、本基準は高齢者の身体活動不足を予防することを主眼において設定されたものであるが、可能であれば高齢者においても3メッツ以上の運動を含めた身体活動に取り組み、身体活動量の維持向上を目指すことが望ましい。

3メッツ未満の生活活動・運動の例

  • 皿洗いをする(1.8メッツ)
  • 洗濯をする(2.0メッツ)
  • 立って食事の支度をする(2.0メッツ)
  • こどもと軽く遊ぶ(2.2メッツ)
  • 時々立ち止まりながら買い物や散歩をする(2.0〜3.0メッツ)
  • ストレッチングをする(2.3メッツ)
  • ガーデニングや水やりをする(2.3メッツ)
  • 動物の世話をする(2.3メッツ)
  • 座ってラジオ体操をする(2.8メッツ)
  • ゆっくりと平地を歩く(2.8メッツ)

■全ての世代に共通する方向性 

①身体活動の方向性

『現在の身体活動量を、少しでも増やす。例えば、今より毎日10分ずつ長く歩くようにする。』

 身体活動量と生活習慣病および生活機能低下のリスクとの量反応関係を解析した結果によると、身体活動量が1メッツ・時/週増加するごとに、リスクが0.8%減少することが示唆された。これは1日の身体活動量の2〜3分の増加により0.8%、10分で3.2%のリスク軽減が期待できる。

 身体活動量は個人差が大きく、現在の身体活動量が少ない人に対して、直ちに身体活動量23メッツ・時/週という基準を達成することを求めるのは現実的ではなく、むしろ身体活動に対する消極性を強めてしまう可能性も考えられる。よって科学的根拠に基づく量反応関係を基準として、個人差に配慮し当項目が設定された。特に歩数は日常的に測定評価できる身体活動量の客観的指標であり、歩数の増加が健康日本21(第二次)の目標項目として設定されていることも踏まえ、「今より毎日10分ずつ歩くようにする」と表現された。

②運動の方向性

『運動習慣をもつようにする。具体的には、30分以上の運動を週2回以上行う。』

 運動習慣をもつことで、生活習慣病や生活機能低下のリスク低減効果が高まるのみならず、全身持久力や体力の維持向上、また高齢者においてはロコモティブシンドロームや軽度認知障害の改善が期待できるとの科学的根拠を踏まえて、全ての世代において運動習慣を有することが望ましい。また他の運動実践者を見かける機会が多いと、自らの運動の実践にもつながりやすく、運動習慣を有する者が家族や職場の同僚などを運動の実践に誘うという好ましい影響もある。

III-3.運動指導の可否を判断する際の留意事項

 心臓疾患や脳卒中、腎臓疾患等の重篤な合併症がある患者では、メリットよりもリスクが大きくなる可能性がある。具体的なリスクとしては、過度な血圧上昇、不整脈、低血糖、血糖コントロールの悪化に加え、心不全、脳卒中等の生命に関わる心血管事故が挙げられる12)。

 したがって、生活習慣病患者が積極的に身体活動を行う際には、かかりつけの医師などに相談し、生活習慣の改善に取り組みつつ、必要に応じて薬物療法を受ける必要がある。  ここでは、血糖・血圧・脂質のいずれかについて保健指導判定値以上であったが、すぐには受診を要しないレベル(保健指導レベル)の対象者に対して運動指導を行う際に留意すべき事項とその判断の手順を示す。

【手順1】

 対象者が現在、定期的に医療機関を受診しているかどうかを確認する。受診している場合には、身体活動(生活活動・運動)に際しての注意や望ましい強度などについて、かかりつけの医師に相談するよう促す。

【手順2】

 定期的に受診している医療機関が無い場合、対象者に「身体活動のリスクに関するスクリーニングシート」(図15)に回答してもらい、身体活動に伴うリスクを確認する。対象者がこれらの項目に1項目でも該当した場合は、得られる効果よりも身体活動に伴うリスクが上回る可能性があることを伝え、積極的に身体活動に取り組む前に医療機関を受診するよう促す。

【手順3】

 手順2でスクリーニング項目のどの項目にも該当しない場合、対象者に「運動開始前のセルフチェックシート」(図16)について説明する。

【手順4】

 対象者が注意事項の内容を十分に理解したことを確認できれば、運動指導の実施を決定する。

図15.身体活動のリスクに関するスクリーニングシート図15.身体活動のリスクに関するスクリーニングシート

図16.運動開始前のセルフチェックシート図16.運動開始前のセルフチェックシート

III-4.身体活動を安全に取り組むために

 身体活動は、その取り組み方が適切でなかった場合、様々な傷害を発生したり疾病を発生したりする可能性がある。ここで身体活動を安全に取り組むための留意事項を挙げる。 

①服装や靴の選択

 暑さや寒さは、熱中症などに代表される身体活動に伴う事故の要因となるため、温度調節がしやすい服装が適している。また、動きにくい服装は転倒しかけたときに回避しにくいため適切でない。また膝痛や腰痛を予防するために、緩衝機能にすぐれ、身体活動に適した靴を履くことが望ましい。 

②前後の準備・整理運動の実施方法の指導

 身体活動の特性や、対象者の特性を考慮して計画された準備運動はスポーツ等の運動による傷害や心血管事故の発生を予防する効果がある。また、運動後の整理運動は、疲労を軽減し、蓄積を防ぐ効果などがある。 

③種類・種目や強度の選択

 身体活動の内容は、血圧上昇が小さく、エネルギー消費量が大きく、かつ傷害や事故の危険性が低い有酸素運動が望ましい。また運動器の機能向上を目的とする場合は、筋や骨により強い抵抗や刺激を与えるストレッチングや筋力トレーニングを組み合わせることが望ましい。 

 高齢者や生活習慣病患者などに対して身体活動の取り組みを支援する場合には、3メッツ(散歩)程度で開始する。 

 強度の決定はメッツ値だけでなく、対象者本人にとっての「きつさ」の感覚、すなわち自覚的運動強度(Borg指数)も有用である。高齢者や生活習慣病患者では、「楽である」〜「ややきつい」と感じる程度の強さの身体活動が適切であり、「きつい」と感じるような身体活動は避けたほうが良い。また、Borg指数は年代別の脈拍数で定量化できるので、脈拍数の簡便な測り方とともに、対象者にあらかじめ解説しておくと有用である。ただし年齢別の脈拍数は個人差があること、薬剤によって修飾を受けている可能性があることに留意する。 

表5.Borg指数と脈拍数の目安表5.Borg指数と脈拍数の目安

 

④正しいフォームの指導 

 身体活動は正しいフォームで実践しないと、思わぬ傷害や事故を引き起こす可能性がある。指導者は基本的なフォームを見せたり、留意点を確認させたりする実技を通して指導することが望ましい。 

⑤足腰に痛みがある場合の配慮 

 平成22年の国民生活基礎調査によると「腰痛」と「手足の関節の痛み」は65歳以上の高齢者で男女とも有訴者率の上位3位以内にある。また肥満等によって30〜50歳代からこうした自覚症状を有していることも少なくない。このような対象者に対しては、水中歩行や自転車運動など、体重の負荷が下肢にかかりすぎない身体活動から取り組むと良い。また身体活動によって実際に下肢や腰の痛みを感じた歳の適切な対応(速やかに患部を冷やす等)についても習得した上で、身体活動に取り組めるよう支援する。 

 また痛みのある部位やその周囲を中心にストレッチングや筋力トレーニングを行うことで、痛みが改善することが期待されるため、そうした情報提供を含めて支援することが重要である。 

⑥身体活動中の体調管理 

 身体活動の実施中は「無理をしない。異常を感じたら運動を中止し、周囲に助けを求める」ことを対象者に徹底する。支援者が身体活動の場に立ちあう場合は、身体活動中の対象者の様子や表情などをこまめに観察することが望ましい。 

⑦救急時のための準備 

 支援者は運動指導の現場における身体活動の際の障害や事故の発生に備えて、救急処置のスキルを高めておく必要がある。 

■もしも運動中に人が倒れたら 

 BLSはBasicLifeSupport(一次救命処置)の略称で、急に倒れたり、窒息を起こした人に対して、その場に居合わせた人が、救急隊や医師に引き継ぐまでの間に行う応急手当のこと。脳には酸素を蓄える能力がなく、心臓が止まってから短時間で不可逆的な障害となる。BLSは脳への酸素供給維持を目的としている。2分以内に心肺蘇生が開始された場合の救命率は90%程度あるが、4分では50%、5分では25%程度に減少する。  素早く質の高い応急処置は予後を向上させる。また救命の連鎖(通報、心肺蘇生、除細動、病院で二次救命処置)がつながることが重要である。

図17.BLS(一次救命処置)の手順 特定保健指導における運動指導の安全対策より図17.BLS(一次救命処置)の手順 特定保健指導における運動指導の安全対策より

 

III-5.アクティブガイド(健康づくりのための身体活動指針)

 科学的な研究成果をもとに策定された「健康づくりのための身体活動基準2013」の内容を広く国民に伝えるために、厚生労働省が公表したガイドラインとしてアクティブガイド(健康づくりのための身体活動指針)がある。必要な身体活動量の目標をわかりやすく示すとともに、その達成と普及のために、「今より10分多く、毎日からだを動かす:+10(プラス・テン)する」ことを呼びかけている13)。

図18.+10から始めよう図18.+10から始めよう

 健康づくりのための身体活動基準2013における全ての世代に向けた「現在の身体活動量を、少しでも増やす。例えば、今より毎日10分ずつ長く歩くようにする。」という指針を基本として、各年代での身体活動基準値が分かりやすく表記されている。  また、「あなたは大丈夫?健康のための身体活動チェック」は、アセスメントベース特定健診の標準的質問表をもとに、個々人の状況に合わせたアドバイスがなされている。 

 「健康のための一歩を踏み出そう!1.気づく!2.始める!3.達成する!4.つながる!」の部分は、行動変容理論やソーシャル/キャピタルの考え方を元にしている。

 紙面全体を通して、大変親しみやすい構成となっているので、ロコモティブシンドローム予防のための介入を行う場合に、大変有用であると思われる。

図19.アクティブガイド(健康づくりのための身体活動指針)図19.アクティブガイド(健康づくりのための身体活動指針)図19.アクティブガイド(健康づくりのための身体活動指針)

IV.運動嫌いな人に運動をしてもらうにはどうしたらいいか
-行動変容を促す効果的な心理学的介入についての考察-

 ロコモティブシンドロームの予防、改善には運動をしてもらうことが最も効果的な対策である。では、ロコモ予防のために「運動をしてください」、「さぁ、今すぐやってみましょう」と言っても、ほとんどの人は、行動を変えようとしない。時にクライアントから「そんなこと言われなくても解っている。うるさい。」などと思われることもありうる。 

 すべての人は、現在の行動を変えるにあたって、レディネス(準備性)の水準が異なっている。人々のレディネスの水準を考慮しながら、適切なアドバイスをしていくことが効果的であると思われる。 

IV-1.行動変容のトランスセオレティカル・モデル(TTM)とは

 Prochaskaらにより開発された行動変容のトランスセオレティカルモデル(Transtheoreticalmodel:以下TTM)は変化に対する個人のレディネス(準備性)を評価し、その人に適した介入プログラムを提供する。TTMは行動変容の5つのステージに対して、10の変容プロセス(介入)を用いて働きかけ、意思決定のバランスやセルフエフィカシー(自己効力感)を変化させることで行動変容を起こさせる。そしてそれを持続させるための方法として広く知られている。 

①5つの変容ステージ 

 変容ステージ(表6)はTTMの中心的な構成要素である。これは過去および現在における実際の行動とその行動に対する準備性(レディネス)を合わせ持った概念である16)。

表6.変容ステージ表6.変容ステージ

1.無関心期

『私は現在、運動をしていない。またこれから先(6ヶ月以内)もするつもりはない。』

  • 「無関心期」は、近い将来に行動を変容する意図がない段階である。この段階の人々は、運動不足に対する長期的な結果を認識していないか、考えないようにしていることが多い。 
  • 運動を行うことは不要、あるいは運動を行うことは不可能と感じている場合が多いため、非常に安定的で変容しにくい段階である。

2.関心期

『私は現在、運動をしていない。しかし、これから先(6ヶ月以内)に始めようとは思っている。』

  • 「関心期」の特徴としては、運動をすることの恩恵は気づいているが、運動に伴う負担も大きく感じていることが多い。すなわち、運動を行うことが望ましいと感じているものの、これまでの習慣も捨てがたく躊躇している状態で、実際に運動を始めるかどうかで迷っている段階ととらえられる。 
  • このステージの人は、運動を始めることで自分に起こりえるであろう短期的、および長期的結果について質問し始める傾向が強い。

3.準備期

『私は現在、運動をしている。 しかし、定期的ではない。』

  • 「準備期」は、今すぐ(1ヶ月以内)にも運動を始めようと意図している段階、もしくは、徐々に運動を始めた段階である。 
  • この段階の人々は、運動や身体活動に関する情報を得ようと積極的に努力したり、健康関連のイベントに実際に参加してみようと試みたりするのが特徴である。 
  • しかしながら、健康面での恩恵を得られる水準に達していないため、必ずしも運動に伴う肯定的な結果が得られていない場合も多い。

4.実行期

『私は現在、定期的に運動をしている。 しかし、始めてからまだ間もない(6ヶ月以内)。』

「実行期」では、健康への恩恵を得る水準で運動を行い始めたが、まだ6ヶ月経っていない段階である。この段階では、運動を行うことでの恩恵が負担を上回り、運動に伴う効果を確認しているものの、様々な障害に直面した場合に、運動習慣を中断したり、逆戻りしてしまうことが多い。 

5.維持期

『私は現在、定期的に運動をしている。 また、長期(6ヶ月以上)にわたって継続している。』

  • 「維持期」では、運動を行うことが、個人のライフスタイルの一部として習慣化しているために、健康に対する信念が高くなっている。 
  • 運動を維持していくための様々な障害を克服しており、運動をつづけることができるという自信が高く、運動習慣を中断することが比較的低い。 
  • しかし、まだ逆戻りの危険性はあるので、注意が必要である。 

②10の変容プロセス 

 変容プロセスは、「認知的プロセス」と「行動的プロセス」に大別される(表7)。行動変容のステージに沿った変容プロセスの過程を理解することで、より具体的かつ効果的なアドバイスを提案できる。また、クライアントが現在、どの変容プロセスを重視しているかを得点化する変容プロセス尺度を表8に示した。 

表7.変容プロセス表7.変容プロセス

表8.変容プロセス尺度表8.変容プロセス尺度

 

-認知的プロセス- 

1.意識の高揚

「知識を増やすこと」…ははーん
具体的には、健康行動について新しい情報を探そうと努力したり、より深く理解することに興味を持つこと。

 この変容プロセスを使用している人は、それぞれの行動が、自己と他者に与える影響力をよりよく理解するために、現在の行動についての情報を得ることに興味を示す。その目標は、運動不足が続くと、将来どのようなことが起こるかということについての気づきを増加させることである。例えば、ロコモについて不安を抱いている人は、アクティブガイドに興味を示すだろう。

2.ドラマティックリリーフ 

「リスクを予告すること」…どきり!
行動変容の動機づけとなるような、様々な情動的反応。感情の経験。

 このプロセスは、その人が変化させようとしている行動に対する直接的な情動的反応を通して、変化を行ないやすくするプロセスである。 運動不足が続くと健康に悪いという警告が心に影響を与えて、時に運動不足による弊害の劇的な描写により感情的な反応を示す。例えば、日頃運動不足を感じ、そろそろ運動を何か始めようと思っている人の同僚が運動不足が一つの要因となり心筋梗塞を起こしたことを知るような場合である。このような情動的経験は、定期的な運動習慣を採択しやすくする。 

3.自己再評価 

「恩恵を理解すること」… 自分のイメージ
行動を変容することで、自分にどのような影響が起こり、生活がどのように変化するのか考えること。

 人は、このプロセスを使用して、その行動の影響力について、認知的、あるいは情動的評価を通して変化を起こしていく。例えば、運動を行なっていない人が、運動不足が自分の生命にどのような影響を与え、運動を習慣とした場合に、自分の身体や生活がどのように変化するのかを考え始めるなどである。 

4.環境的再評価 

「他者にとっての重要性へ気づくこと」… 周りはどうなるか?
行動変容を始めることにより、周囲にどのような影響を及ぼすかについて考えること。

 このプロセスは自己再評価と似ているが、その行動について、自分自身ではなく、自分の周りの環境に与える影響を評価し始める。例えば、運動不足が要因となり要介護になった場合に家族に与える影響などを考慮することなどがある。

5. 社会的解放

「健康的な機会を増やすこと」… どこでなにがあるか
行動変容の促進のために、社会がどのように進んでいるのか理解したり、利用について考えること。

 このプロセスは、社会の風潮が、運動不足の影響をなくすように、より健康的なライフスタイルを促進させるように動いていることを認識することである。例えば、国が推進している健康日本21などである。そしてこの変容プロセスを使用する人は、社会の風潮にそった行動変容を行なう理由や利得を理解するであろう。

-行動的プロセス-

6. 反対条件づけ

「代わりを選択すること」… かわりに
不健康な行動や考え方をより健康的なものに置き換えること。

 この変容プロセスを使用している人は、現在の運動不足に代えて、健康的な行動を行なう方法を積極的に模索している。例えば、エレベーターを使う代わりに、階段を使うなどがあげられる。

7. 援助関係

「社会的支援を獲得すること」… 応援して!
行動変容を行っている最中に、気づかってくれる他者のサポートを利用する。

 援助関係は、友人や愛する人、家族、医師、セラピストなどからの気遣いや援助を受け取ることである。

8. 強化マネジメント

「自分自身へ報酬を与えること」… ご褒美
健康行動を促進、あるいは維持するための報酬を利用する。

 強化マネジメントを使用する人は、運動習慣を継続的に強化し、運動不足を減少させる方法を模索する。例えば、1ヶ月運動を続けたら、自分の好きな寿司を食べに行くなどである。自分にとっての報酬により運動に対する動機付けがより強化する。

9. 自己解放

「自分自身へのコミットメントを強める」… 宣言
行動変容させるために行う、その人の選択や言質のことで、誰もが変化できるという信念を含む。

 このプロセスは、運動するということを他人に対して宣言することによって実行できる。この方法により、運動をやめてしまう事に対しての抑止力として役に立つ。

10. 刺激コントロール

「自分自身に思い出させること」… きっかけ
健康行動を変容、維持することを連想させるものを身近に置くこと。

 このプロセスは、反対条件づけと類似しているが、個人の考えや行動よりも、運動習慣に適した環境をが整えられて、運動のためのきっかけを与えることによる。例えば、家の中ですぐに使えるところに運動器具を置いたりすることである。

③意思決定のバランス
~恩恵(プロズ)と負担(コンズ)~

 変容ステージが低い段階にある人は、運動を行なうことに対しての恩恵(プロズ)を低くみており、運動にかかる時間や手間、金銭などの負担(コンズ)を高く考えている。行動変容を起こすためには、この意思のバランスが変化していくことが必要で、運動をすることの価値を感じることが重要である。また意思決定のバランス尺度(表10)を以下に示した。

恩恵 (プロズ)  −  負担 (コンズ)  =  意思のバランス

表9.プロズとコンズの構成要素表9.プロズとコンズの構成要素

表10.意思決定のバランス尺度表10.意思決定のバランス尺度

④セルフエフィカシー(自己効力感)
~自分にもできるという見込み感~

 セルフエフィカシー(自己効力感)はBandura(1977)の社会的認知理論によって提唱された概念で、「ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまく行うことができるかという個人の確信」を差す17)。運動セルフエフィカシー尺度(表11)を以下に示した。運動を続ける為には、自分にもできるという自信が必要であり、セルフエフィカシーは、個人の選択や思考、情動的反応、行動パフォーマンスに影響を及ぼす。セルフエフィカシーは主に以下の4つの源泉から向上する。

表11.運動セルフエフィカシー尺度表11.運動セルフエフィカシー尺度

IV-2.TTMを用いた身体活動増加を目的とした介入の例

1. 無関心期の人へのアプローチ

 無関心期に属する人は、問題が存在するという事実に抵抗をしめしたり、否認したりするという特徴を持つ。また自身の行動を合理化する傾向があり、時に運動を行なわない原因を他人や環境にのせいにしてしまうこともある。一方的で理屈っぽい知識の提供は逆効果となりがちなので注意が必要。クライアントが知っていそうなことから話を始めて、運動と健康の関係を徐々に知らせていくと良い。

 無関心期の人は、運動不足についての一般的情報を得ること(意識の高揚)、親しい友人、家族やセラピストからの激励を受けること(援助関係)、運動不足に起因する社会的な問題や、運動習慣を促進させるために社会的風潮の流れを知ること(社会的解放)から多くの恩恵を受けとる。

具体的アドバイス:

自分の将来の健康状態をイメージしてみませんか?

  • 身体を動かすことについて、その負担ばかり目を向けていませんか?まずはわかりやすい効果をイメージしてみてください。病気になりにくい、体重が減る、階段を上がっても息が切れない、などの効果です。(意識の高揚、自己再評価)
  • このまま身体活動量が低い状態が続くと、あなたの身体は将来どうなるのでしょうか。その時、周囲の人に与える影響はどのようなものか想像してみましょう。今、わずかに何かを行なうことで、あなたの将来は今よりずっと良くなっていきます。活発に身体を動かし、元気になったあなたを想像してみましょう。(環境的再評価、意識の高揚)
  • メタボの次はロコモとここ近年よく耳にします。運動不足などにより筋肉や関節などが衰えて、将来的に介護状態となる危険性が高い状態をロコモといいます。要介護状態となる人々を減らすために国が推進している運動です。(社会的解放)
  • 運動が嫌い、不得意、行う自信がない、時間がないという場合でも、階段を使う、近場には歩いていくなどの生活の場に運動を取り入れることでも効果があります。(反対条件づけ)

何もやらないよりは、わずかでも身体を動かしましょう。まずはできることから。

  • まずは、目の前のできることから始めましょう。何もやらないよりは、わずかなことでもできることから何かをやったほうがいいです。まずは、普段着でもできるストレッチや散歩、階段上りにチャレンジしてみましょう。(反対条件づけ)
  • あなたに合った運動の仕方や生活活動の増やし方について、私と一緒に考えていきませんか。きっとよいアドバイスができると思います。(援助関係)

2. 関心期の人へのアプローチ

 関心期に属する人は、運動の恩恵と負担の知覚を特に強化すべきである。いま現在のライフスタイルの批判は避けるべきである。関心期にいる人たちは、準備期に移るために、意識の高揚、自己再評価、およびドラマティックリリーフをより多く使用する傾向がある。そのため、クライアントにその運動不足が人々の生命に影響を与えている過程をより深く気づかせようとする気づきの技術が有効である。また、運動を始めたいと思っている意思を積極的に支援して、温かい言葉をかけることも大切である。

具体的アドバイス:

生活活動量を増やすことから始めましょう。

  • あなたは、近々なにか運動を始めたいと思っています。これは素晴らしいことです。まずは、実現に向かって一歩を踏み出しましょう。(セルフエフィカシーの増加)
  • 心筋梗塞や脳卒中などは動脈硬化が主な原因です。運動は、脂肪を燃焼させ、コレステロール、血糖値、血圧全てを改善の方向に導きます。(意識の高揚)
  • 最近あなたの周りで運動不足のために糖尿病や心疾患を患った人、体力がおちて調子の悪い人はいませんか。(ドラマティックリリーフ)
  • 日々の生活のなかに、楽しく運動を取り入れることにより、ストレス解消にもなり、生活習慣病の予防にもなります。さらに身体も元気になり、活力もでてきます。(自己再評価)
  • 運動でなくても、日常生活で活発に身体を動かすことによって健康の維持、増進は可能です。健康づくりのためにあなたにお勧めする1日の生活活動量は、歩数にして、8,000歩から10,000歩程度です。いきなり、このような歩数を目標としなくても、まずはわずかでもできる範囲の量を増やすことから始めましょう。(反対条件づけ)
  • まずは、1,000歩だけ増やして、慣れてきたら徐々に歩数を増やしていくといった方法はどうでしょうか。10分歩くと約1,000歩になります。(反対条件づけ)
  • 歩数にこだわらなくても、散歩、通勤による歩行、床掃除、庭仕事、洗車、子供と遊ぶことなどの活動を毎日60分程度行うことを目指しましょう。特別に時間をとらなくても、家事を行いながらの「ながら」体操も実施できます。(反対条件づけ)

行ってみた感想はどうですか?

  • 生活活動を増やすためにこの程度ならできるというものが意外に多いことに気づくことでしょう。きっとできますよ。自信を持ちましょう。(自己再評価、セルフエフィカシーの増加)
  • 一日の歩数を増やすことができたなら、次はわずかな運動、例えば週末に1回程度、30分くらいでかまいません。まずは、新しくチャレンジできそうな運動をわずかでも行ってみましょう。(セルフエフィカシーの増加)

3. 準備期の人へのアプローチ

 準備期の人へのアプローチは介入の効果が最も大きい。このステージの人へのアプローチは、主にセルフエフィカシーを強化することに焦点を当てるべきである。クライアントは、このステージで変化を起こす準備ができている。このステーシでは、引き続き自己再評価を行い続けさせること、また、援助を求め続けさせることが、この行動変容プロセスの援助としてよい方略である。自己解放の時期は手近にある。また定期的な活動を達成した場合に自分に報酬を与えるような強化マネジメントのスキルを学習させることが効果的だと考えられる。

具体的アドバイス:

週1回程度の運動から始め、継続できる楽しみをみつけましょう。

  • あなたは、今まで、たとえ「時々」にしても、生活活動を増やしたり、運動を行おうと心がけてこられました。これは素晴らしいことです。なかなかできることではありません。自分に自信をもってください。今後行うべきあなたの課題は、「時々」を「定期的」に変えて行くことです。(セルフエフィカシーの増加)
  • 最近、ウォーキングをしたり、意識して階段をあがったりする人が増えています。一駅分歩く「一駅族」など、そういう人があなたの周りにいるかどうか観察してみてください。(社会的解放)
  • 健康づくりのために、あなたにおすすめする活動は、週1回1時間程度の運動です。楽しく続けられるものが良いと思います。速歩、自転車、ダンス、エアロビクス、水泳、テニスなども良いですし、私のお勧めは太極拳です。とてもいいですよ。

継続させるための工夫を行いましょう。

  • 冷蔵庫に目標とする運動内容(例えば歩数)を貼っておく、玄関の目立つ所にウォーキングシューズをおく、部屋にトレーニングウェアを飾るなど、実践のためのきっかけや合図になるものを身の回りにちりばめましょう。(刺激コントロール)
  • ある期間を継続できたら、良くがんばった自分にご褒美をあげましょう。ご褒美の内容は、旅行に行く、おいしい料理を食べるなどはどうでしょう。(強化マネジメント)
  • 具体的で実行可能な小目標をたてていくとい効果的です。現在の活動状況を把握して、いつ、どこで、どれくらい運動をできるのかの計画をたててみるとよいと思います。
  • 家族やお友達の方に応援してもらったり、一緒に運動を行えるように頼んでみましょう。彼らの前で「運動するぞ!」と宣言してみるのもいいです。(援助関係、自己解放)

4. 実行期の人へのアプローチ

 実行期の人へのアプローチは、周囲の人の理解とサポートををうまく利用できるように働きかけ、活動的なライフスタイルが習慣として根付くようにさせるとよい。しばしば運動の中止などの逆戻りがみられるので、運動を妨げる要因についての克服法について共に話し合っておくと良い。実行期の人は、運動を始めたがまだ6ヶ月以内であり、もとの生活に戻ってしまう危険性が高い。まずはクライアントが運動を行っているということを評価し、セルフエフィカシーの増加を図る言葉かけが大切である。また、運動習慣を維持するための、自己解放、刺激コントロール、強化マネジメント、および反対条件づけは有効な変容プロセスである。

素晴らしいことです。このまま現在の習慣をキープできる工夫をしましょう。

具体的アドバイス:

  • あなたは今まで生活活動を増やし、運動を実践してこられました。なんてすばらしいことでしょう。今後は、どのようにその習慣をキープするのかを考えましょう。(セルフエフィカシーの増加)
  • 振り返ってみましょう。今までに途中でやめたくなる気持ちが起こる事もしばしば、また残業や家族の世話で継続できない状況に対して、あなたはうまく打ち勝ってきました。続けてきた、そのことに自信をもってください。(セルフエフィカシーの増加)

身体の調子はいかがですか。

  • 疲れにくくなった、楽に階段が上がれるようになった、ウエストサイズが減少して服が着やすくなった、肩こりがなくなったなど、生活の中で感じる効果も自覚できていることと思います。もう一度、それらの効果を確認してみましょう。(自己再評価)
  • 現在の習慣を妨げる要因にうまく対処しましょう。例えば悪天候で運動できない日には、なにか室内で行う代わりの活動を考えておく。突然の仕事が入ったら、他の日に少し多めに行って1週間単位での目標運動量を確保する、倦怠感が生じたら、運動内容を変えてみるのもよい方法です。(反対条件づけ)
  • 手帳やカレンダーに運動を行う日をあらかじめ記入するようにしましょう。(刺激コントロール)
  • 運動したくないと感じる時が必ずあります。そういうときは、とりあえず運動する場所に行ってみる、先に着替えを行ってしまうなどの対策が有効です。(反対条件づけ)
  • 運動を始めたことを家族やお友達の方にお話してみましたか。是非話してみてください。(自己解放)
  • もしかしたら同じように運動を始めたいと思っている人もいるかもしれません。ぜひ運動仲間を見つけてみてください。(援助関係)
  • きっと運動を始めてから、日常生活にも活力がでてきたのではないでしょうか。ご家族の方々もきっと喜んでいると思います。(環境的再評価)
  • 運動を行うにあたっての疑問点や、身体の調子、使い方など相談がありましたら、いつでもいらしてください。(援助関係)

5. 維持期の人へのアプローチ

 このステージに属する人は、少なくとも6ヶ月以上の間、活動的なライフスタイルを継続している。運動にともなう恩恵や、家族や知人への影響を再評価させ、援助関係で得た信頼を保ち続けることが大切である。このステージの人へは積極的に地域の活動に参加するように促すと良い。運動を休みたいという誘惑はいまだ存在するものの、行動変容を上手く行ってきた時間が増加してきたので、概して誘惑は弱く、発生頻度も少ない。維持期にいる期間が増えていくにつれ、運動習慣が定着し、刺激コントロール、強化マネジメント、反対条件づけのプロセスの必要性は減少していく。

継続できたことに自信を持ちましょう。 家族や友人も誘ってあげてください。

  • 幾多の誘惑、困難にもかかわらず、継続されてきたことはなんてすばらしいことでしょうか。自分を褒めてあげて下さい。(セルフエフィカシーの増加)
  • 疲れにくくなった、楽に階段が上がれるようになった、ウエストサイズが減少して服が着やすくなった、肩こりがなくなったなど、生活の中で感じる効果を再認識しましょう。(自己再評価)
  • きっと運動を継続してきたおかげで、身体の調子もよくなり、心の活力もでてきたのではないでしょうか。日常生活にも自信が沸き、笑顔でいられる時間も増えたと思います。ぜひご家族も一緒に運動できるように勧めてあげてください。(環境的再評価、援助関係)

IV-3.TTMを用いた身体活動増加を目的とした介入の例

 クライアントの変容ステージに応じた身体活動増加を目的とした介入の例をあげたが、これはあくまでも例にしか過ぎないので、実際の事例においてはそれぞれの事例に応じて柔軟に変容プロセスを組み合わせて適応させていくことが望ましい。以下に岡らによる行動変容のトランスセオレティカル・ モデルに基づく運動アドヒレンス研究の動向 17)より行動変容の TTM に基づく身体活動促進のための介入を行う際に必要な情報のまとめを載せた。

表12.行動変容のTTMに基づく身体活動促進のための介入を行う際に必要な情報17)表12.行動変容のTTMに基づく身体活動促進のための介入を行う際に必要な情報17)

V. 結語

 ロコモティブシンドロームの基礎知識から初めて、各世代の運動指導の目安と注意点、そして行動変容のトランスセオレティカル・モデルを用いた心理学的介入について検討を行った。僭越ながら、最後に伝えたいことは、理論より大切なことは治療家として患者さんが心と身体の調和がとれた生活を送れるよう心より応援する姿勢であると思う。知識・技術・人間性の全てを磨いていくことが患者さんからの信頼を得るために必要であり、信頼関係が無ければTTMにおける介入の効果も低くなる。我々あん摩マッサージ指圧師は治療を行いながら患者さんとじっくり話ができる時間がある。ただ漫然と施術するのではなく、一人一人の患者さんの真の健康を願い、そのために自分は何ができるのかを熟考していくことが大切だと思う。

 ロコモ25の質問紙や、変容プロセス尺度、意思決定のバランス尺度、運動セルフエフィカシー尺度などは科学的根拠に基づいたもので、数値化したデータを蓄積していくことで、学術的な症例報告論文にも応用できる。医師はもちろんのこと、鍼灸師や理学療法士などは多くの学術論文を世に発表し、科学的根拠を積み重ねていっているが、指圧師の世界では論文の蓄積はまだ少数である。今回多くの情報を書物とインターネットより検索した学術論文より得てこの資料を作成した。Googleの学術論文専門の検索システムであるGoogle Scholarで調べると、たくさんの世に発表された学術論文を読むことができる。指圧が医療の世界でより認められて国民に貢献していくために、一人でも多くの指圧師が学術論文を読み、そして論文を発表していくことを願っている。

 この情報がきっかけとなり、一人でも多くの指圧師とその患者さんの人生に少しでも良い影響を与えることができたら、なによりの喜びである。

 

VI.参考文献

1) 厚生労働省:日本人の平均余命 平成21年簡易生命表: http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life09/sankou02.html
2) 平均寿命と健康寿命をみる|厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/chiiki-gyousei_03_02.pdf
3) 平成22年国民生活基礎調査の概況|厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/4-2.html
4) 佐悦男:ロコモティブシンドローム:運動器疾患を取り囲む新たな概念―ロコモ予防とリハビリテーション―,リハビリテーション医学(50),p.48-54,2013
5) ロコモチャレンジ!推進協議会:ロコモパンフレット2014年度版
https://locomo-joa.jp/check/pdf/locomo_pf2014.pdf
6) 山本利春:測定と評価(改訂・増補版),p.142,ブックハウス・エイチディ,2004
7) 「障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準」作成検討会報告書 http://www.ipss.go.jp/publication/j/shiryou/no.13/data/shiryou/syakaifukushi/429.pdf
8) 村永信吾:2ステップテストを用いた簡便な歩行能力推定法の開発,昭和医学会誌63(3),p.301-308,2003
9) 「ロコモ25」「ロコモ5」の使い方|日本運動器学会 http://www.jsmr.org/documents/locomo_25.pdf
10) 厚生労働省:健康日本21(第二次)の推進に関する参考資料 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/kenkounippon21_02.pdf
11) 澤田亨他:健康日本21(第二次)・身体活動基準2013およびアクティブガイド,日本食生活学会誌24(3),p.139-142,2013
12) 運動施策の推進健康づくりのための身体活動基準2013|厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/undou/index.html
13) 「健康づくりのための身体活動基準2013」及び「健康づくりのための身体活動指針」について|厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple.html
14) 事故事例から学ぶ特定保健指導における運動指導の安全対策 http://www.ahv.pref.aichi.jp/ct/other000001700/undo_anzentaisaku.pdf
15) 宮地元彦:新しい身体活動基準2013身体活動指に基づいた保健指導 http://www.niph.go.jp/soshiki/jinzai/koroshoshiryo/
tokutei25/keikaku/program/K2-2.pdf
16) PartriciaM.Brubank著,竹中晃二約:高齢者の運動と行動変容-トランスセオレティカル・モデルを用いた介入,ブックハウス・エイチディ,2005
17) 岡 浩一郎:行動変容のトランスセオレティカル・モデルに基づく運動アドヒレンス研究の動向,体育学研究45,p.543-561,2000


【要旨】

ロコモティブシンドローム予防のために
〜 運動実践へ向けたトランスセオレティカルモデル(TTM)の活用 〜
黒澤一弘

 ロコモティブシンドロームの最も効果的な予防法は定期的な運動である。ここではロコモの基礎知識を正しく知り、患者が定期的な運動を実践していくための心理的なアプローチ法について考察する。

キーワード:ロコモティブシンドローム、行動変容、TTM


随筆:いのちを救う押圧~指圧師が遭遇した救急救命の現場~:衞藤友親

1.はじめに

日本指圧専門学校のホームページに、卒業後の進路のひとつとしてスポーツトレーナーが紹介されています。

 私の場合は一般的にイメージされるスポーツトレーナーとは若干ニュアンスが異なりますが、一応トレーナーのはしくれとして生計を立てております。平成13年当時、すでにトレーナーとして体育実技の授業補助業務を担当していた私は、業務内容を充実すべく(そしてあわよくば学内で開業できないかとたくらみつつ)日本指圧専門学校に入学しました。卒業および資格取得後も学内の体育館にて授業補助を主とした業務を担当しています。業務内容は、体力測定の実施、結果集計、還元、解説、トレーニング指導、器具の使用法説明など様々です。指圧の技術が活きていないようにも見えますが、大学の仕事が今ほど忙しくなかった時には業務終了後に訪問治療を行っていたこともありました。また、各運動部の学生を対象に肩や腰の調子を指圧で整えたりもしています。

 そのような日々を過ごす中で、押圧操作を修練することで獲得した身体動作および知識が人命救助に繋がった事故の例を報告いたします。命の危機に瀕している人にそもそも遭遇しないことが平穏無事な人生ではありますが、万が一の事態に居合わせた時の参考にでもして頂ければ幸いです。

2.事故発生状況

 平成25年10月某日、16時過ぎからの授業に於いてある事故が発生しました。その日もごく普通に体力測定の授業補助業務を遂行し、受講者を数班に分けて反復横跳びの計測をしていました。反復横跳びは、1メートル間隔で引かれた3本のラインを20秒間で何回踏み越すもしくは踏むことができるかを計測する敏捷性のテストです。

 試技終了を告げる電子タイマーのブザー音と同時に学生がひとり倒れました。直前まで元気にステップしていたので、その勢いのまま受け身もとらず、まるで急に電源が切れたかのように身体が床に打ちつけられました。私は学生の後方に位置しタイマーの操作をしていました。(主観ではスローモーションのように)倒れていく学生を見ながら、過去に授業中にてんかん発作によって転倒した学生のことを思い出しました。今回もきっとそのような症状だろうと見込みながらその学生に近づきました。万が一気を失っていたとしても、転倒の衝撃によるものだろうとも見込みながら。この想定が結局は大はずれだったのですが、結果的には落ち着いて対処できる要因にも繋がったとも思えます。

3.当該学生の症状と救助時の心境

 呼びかけても返事をしないし、四肢は泥酔時のようにぐったりとしている。様子を観察すると同時並行の自然な流れで橈骨動脈を触診していました。
指圧師は指先の感覚が鋭敏であると思っています。また、人様の身体に触れ、脈をとるスキルにも長けていると思います。当該学生の脈は浅く速く弱く、理性では「脈あり」と判断していましたが、指先から伝わる違和感に突き動かされるように次の行動を起こしていました。

 訓練では心停止している患者に対してはすぐさま119番通報とAED(Automated External Defibrillator自動体外式除細動器)の手配を依頼するのですが、この時の私は半信半疑で、同僚のトレーナーA氏に対して119番通報ではなくAEDを持ってくるように指示を出しました。指示の出し方も訓練時の叫ぶような口調ではなく、「とりあえずAED持って来ましょうか?」的なのんきなものでした。幸いだったのは、たまたまシフトの都合でもう1名いた別のトレーナーB氏が「AED」の単語だけですべてを理解し迅速に行動して頂けたことです。結果的には直接指示を出していない(出し忘れた)119番通報までして頂けたので非常に助かりました。

 理性では「脈あり」、指先では「異常」を感じたままAEDの到着を待ち、当該学生を注意深く観察しました。理性では「AEDを装着しさえすれば、異常なしの音声が流れるはずだ」と固く信じていました。しかし、当該学生の顔色は徐々に蒼白となり、脈も徐々に弱まっていくように感じられました。単なる気絶でも重篤な心停止でもどちらに転んでもいいように、とりあえず片手での胸骨圧迫(心臓マッサージ)を開始しました。以前に講習にて、胸骨圧迫を正確に行った場合の心拍出量は約20ccであることを学んでいたので、およそ20cc以下程度の弱い押圧で胸骨圧迫をやってみようと半ば無意識に手が動いていました。あとから冷静に考察すると、胸骨、肋骨、心臓その他臓器を極力傷つけずに血中の酸素だけを脳と心臓に送りたかった心境が投影されての圧だったと思います。

 やがてAEDが到着し、訓練やマニュアルの手順とは異なり二人で手分けして電極パッドを装着し、自動解析がはじまりました。単なる失神であるとこの期に及んでも強く信じていたのでただひたすら「ショックの必要はありません」の音声を待ちました。そう告げてくれれば救助している我々にとっても当該学生にとっても平穏な日常が戻って来る、と祈りながら。

 ところがAEDからの音声指示は、訓練で聞きなれた「電気ショックが必要です」でした。その音声を聞いて、遅ればせながらこの時はじめて「絶対にこの学生を助けなければならない!」という強い意志へスイッチが切り替わりました。そこからはマニュアルに従い訓練通りの動きを意識的に行いました。電気ショックの後、最低5cm毎分120回のリズムで垂直に押す胸骨圧迫と人口呼吸を併用しました。その処置が1~2分経過したころ、死戦期呼吸のような反応がみられました。一応死戦期呼吸と判断して胸骨圧迫と人口呼吸を続け、正常な呼吸に近づきつつあると判断した時点で回復体位に体位変換しました。

 体位変換後も、俗に「三途の川を渡りかけている時は呼べばこちらの世界に返って来る」と言いますが、当該学生の耳元で頑張れとか呼吸しろとか、叫ぶように励まし続けていました。

4.救急隊到着から搬送

 119番通報をお願いしたトレーナーと体育事務室および守衛所の連携が円滑に行われ、救急隊が到着したのは学生が倒れてから7分以内であったのを覚えています。

 救急隊は3名ずつ都合2隊到着しました。先発隊の判断から後発隊が要請されたのか否かは明瞭には覚えていません。先発隊の処置を横目に見ながら、AEDの使用や状況の詳細を隊員に説明しました。後発隊の酸素吸入が開始されると、当該学生が不明瞭ながら声を発するようになり、状況からとりあえず危機的事態は脱したように感じ取れました。しかし、現場で当該学生の意識がしっかりと戻るのは確認できぬまま搬送されました。

 事故発生から搬送までの時間はおよそ20分弱くらいでした。その間、授業担当の先生には当該学生以外の受講生の対応などをしていただき、当該学生の付添もしていただきました。私を含めたトレーナー3名はトレーニング場を開放する通常業務に復旧すべく原状回復などを行いました。

 通常の開放業務を行いつつ、搬送先の病院からの連絡を待ちました。自分自身人生初の心肺蘇生法の実践がとりあえず蘇生の帰結を見たのには安堵していました。しかし、少し落ち着いてから冷静に顧みると、片手による圧迫は充分だったか?胸骨圧迫開始までの時間がかかりすぎていなかった?など、不安に思うことが増えていきました。

 事故発生から約90分後、病院に付き添った先生から当該学生の意識が回復し、簡単な会話ができるようになったとの電話連絡がありました。国家試験に合格した時以来の安堵感を覚えました。意識回復の連絡を受けて、その日は通常よりも2時間強遅く帰宅しました。

5.後日の顛末

 使用したAEDは病院で詳細に解析されたらしいです。加えて、メーカーによる電池残量の点検などを経て事故発生から6日後に返ってきました。平常を取り戻しつつも、当該学生のその後の様子や原因が気がかりでした。心のもやもや感を解消すべく、AEDによって命をとりとめた実例をまとめた書籍を読んだり、インターネット上の情報にあたったりしながら日々を過ごしました。

 事故発生から約50日後の11月下旬、倒れた学生本人が挨拶に来てくれました。倒れた時は当然体育の授業中で運動着姿でしたので、私服でしっかりとした足取りで来られた時は一瞬誰だったか思い出せませんでした。30分弱話をする中で、事故発生前後の記憶が曖昧であること、精密検査のため退院が遅れかつ転院したこと、本人も気づかなかった遺伝的な疾患が原因であったこと、などを丁寧に教えてくれました。

 もし街中で人命救助をしていたら、本人からこちらを訪ねて来て頂いて詳細に説明してくれはしないのではないか?と考えると、改めていろいろな不幸中の幸いに恵まれたのだな、と感じました。

 本人から無事に学生生活に復帰できそうだとの報告を受けて、関係各所にしかるべき連絡をいたしました。事故発生から約70日後の12月下旬に消防署長から、更にそれから20日後の1月上旬に学長から、それぞれ感謝状を賜りました。ここに至ってしっかり、はっきりと心の中の整理が決着した気がしました。

6.考察および指圧師として

 日本で一般市民によるAEDの使用が認められたのが平成16年7月です。私はその年の4月にあマ指師免許を取得しました。その2年後の平成18年6月に当時住んでいた平塚市で普通救命講習を受講しました。当時はそんなに意識していませんでしたが、AEDの一般使用が認められてから比較的早い段階で救命講習を受けていたことになります。実技講習の中で印象に残っているのが、ご指導いただいた消防署員から胸骨圧迫を褒められたことです。休憩中、その方との雑談の中で「僕は指圧師なので垂直に圧すコツはつかんでいます。」とお話しさせていただいたのは今でもはっきり覚えています。指圧界の言葉に訳すと、膝で下半身の体重を支え、重ね掌圧で肘を伸ばし、上半身の体重を上手に使いながらリズミカルに圧す、とでも言えましょうか。または、胸骨体に対する重ね掌圧による手掌基部を用いた流れない流動圧法、とも(無理矢理)言えなくもないでしょうか。

 手技療法士は他人様の身体に触れることが業務の大前提です。主観ですが、中でもとりわけ指圧師は「垂直に圧す」ことに関しては一番敏感であると思います。心肺蘇生法の胸骨圧迫は、垂直に圧さなければ有効に酸素(血液)が送れないのと同時に、肋骨・胸骨損傷のリスクがあるとされています。「垂直に圧す」ことを学び、習得していて良かったとその当時も思いましたし、実際に人を助けることができた今も思っています。

 先にも述べた通り、脈をとるスキルも指圧師は長けていると思います。基本指圧において腋窩を圧す時、ポイントをきちんと押さえられているか否かを確かめる手段として橈骨動脈を触診します。何回も繰り返し行えば、たくさんの人の様々な脈の様子が指先にカルテのように蓄積されていきます。異常な脈だと判断できたのもこのおかげだと思っています。

 日々の業務に追われて忙しいあマ指師の方々も多いとは存じますが、ぜひお近くの消防署や日本赤十字社が主催する救急法講習会を受講することを強くお勧めします。確率はかなり低いかもしれませんが、救急救命の現場に居合わせた時に慌てなくて済みますし、指圧師のスキルの応用としては親和性がかなり高いとお気づきになるはずでしょう。

 ちなみに講習で使われる人形は、胸骨圧迫の感触が実際の人間を圧迫したときの感触と驚くほど似ています。開発者の努力に頭が下がります。

7.おわりに

 事故発生から約1年後、生涯3度目となる救急法の講習を受講しました。人を助けたからといって決して驕っていたわけではないのですが、電極パッドを貼る位置などのズレをご指摘いただきました。救急法のスキルも指圧のスキルも、日々勉強してブラッシュアップしていく必要性を感じました。
 また、想像の範疇を超えませんが、精神的にも物理的にも人様と接触する指圧師のスキルは、介護や保育や生活の様々な場面で応用可能なはずです。いずれはそちら方面の研究もしてみたいです。


参考文献 

1) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,国際医学出版,2008
2) 島崎修次 監修,田中秀治 編:AED 街角の奇跡,ダイヤモンド・ビジネス企画,2010
3) 日本赤十字社 編:赤十字救急法基礎講習,日赤サービス,2012 


糖尿病、高脂血症、高血圧症に 合併した浮腫に対する指圧の効果:満留伸行

満留 伸行
指圧マッサージ 指愈 -Yubiyu- 院長

Effectiveness of shiatsu against concomitant edema with diabetes,
hyperlipidemia and hypertension: a case report

Nobuyuki Mitudome*

Abstract :The number of elder patients with diabetes, hyperlipidemia and hypertension has been demonstrating an upward trend especially in recent years. This case, a 81 year old female patient, was diagnosed with diabetes, hyperlipidemia and hypertension, and she has been on medication since then. These diseases have been stabilized by medication. Meanwhile, edema of lower extremities was gradually getting prominent. Aiming at ease of the edema, she has been continuously treated by shiatsu since July, 2011. As a result, the treatment has been providing symptomatic relief. This is a case report indicating that continuous shiatsu treatment may contribute to ease and prevent edema.


 

I.はじめに

 浮腫とは、毛細血管内腔から皮下組織内に間質液が過剰に貯留した状態のことをいい、おもに全身性浮腫と局所性浮腫に大別される。

 全身性浮腫は、おもに心臓、腎臓、肝臓などの内臓疾患や甲状腺ホルモンの分泌異常、その他リウマチや膠原病、アレルギー、薬剤などによって生じ、左右対称にむくみが出現する。局所性浮腫は、おもに静脈およびリンパ管の輸送経路に障害が起きるために生じ、左右非対称に出現する。

 現代医学的アプローチとして、全身性疾患(心臓、腎臓、肝臓など)が原因であれば、専門の医師による原因疾患の治療を優先することが必要であり、浮腫が残る場合などに、圧迫療法が用いられている。

 また局所性リンパ浮腫は、圧迫療法や徒手的リンパドレナージを中心とする複合的理学療法(スキンケア、圧迫下での運動療法などが含まれる)が用いられている1)

 今回の女性患者は、糖尿病、脂質異常症(高脂血症)、高血圧の薬剤治療を始めた頃と同時期より、下肢に浮腫が表れはじめた。顔面や腹部など、全身に浮腫がみられるが、特に両下肢に強い浮腫が出ている。

 今回、指圧療法を行ったことで、浮腫症状の軽減が確認できたため、その症例を報告する。

 

II.対象及び方法

場所:指圧マッサージ 指愈 −Yubiyu−

期間:2011年7月25日〜2012年6月29日
(1週間〜10日に1回の間隔で定期的に施術)

2012年7月以降は、月1〜2回の間隔(不定期)で施術。

施術対象:81歳 女性

[現病歴]

 2005年頃より、糖尿病、脂質異常症(高脂血症)、高血圧と診断され、当時より薬物療法を続けている。投薬により各疾患の状態は安定しているが、服用を開始した頃より、徐々に下肢に強い浮腫が出現するようになった。投薬後の浮腫出現について、医師は承知をしているが、これまでに浮腫に対する治療は行っていない。現在は、整形外科通院による週一回程度の運動療法を行っているが、浮腫症状に変化はみられない。

 何年も、サンダルと大きいサイズの靴しか履けていないため、下駄箱に長い期間置いてある靴が、また履けるようになりたいとの理由により、当院にて指圧療法を受けることになった。

[既往歴]

  • 変形性膝関節症との診断を受けており、歩行痛や動作開始痛がある。
  • 心窩部に不快感があり、逆流性食道炎がある。

[使用薬](現在も処方)

  • アマリール錠
    (スルホニルウレア系経口血糖降下剤)
  • アクトス錠
    (インスリン抵抗性改善剤)
  • ジャヌビア錠
    (選択的DPP-4阻害剤, 糖尿病用剤)
  • カデュエット配合錠
    (持続性Ca拮抗薬, HMG-CoA還元酵素阻害剤)
  • ブロプレス錠
    (持続性アンジオテンシンII受容体拮抗剤)
  • リピトール錠
    (HMG-CoA還元酵素阻害剤)
  • パリエット錠
    (プロトンポンプ阻害剤)

[家族歴]

  • 特記すべき事項なし

[自覚所見]

  • 下肢がむくむ。
  • 膝の痛み(変形性膝関節による歩行痛や動作開始痛がある)。
  • 心窩部に不快感あり(逆流性食道炎がある)。
  • 腹部膨満感がある。

[診察所見]

  • 下肢(特に下腿)に強い浮腫がみられる。また顔面や腹部などにも軽度の浮腫がみられる。
  • 下腿皮膚に硬さを強く感じる。
  • 圧痕性テスト(下腿)(+)。
  • 下肢押圧時につねられたような、また皮膚をひっぱられるような痛み(チクチク)が出る。
  • 大腿骨内側顆付近に大腿骨外旋時に膝の痛みが出る。
    (変形性膝関節による膝の痛み(左 < 右))
  • 両鼡径部に硬さがみられる。

[その他]

  • 食習慣(自炊はあまりせず、購入や外食が多い)。
  • 日常的にあまり歩かずに椅子に座っていることが多い。

[治療方法]

 横臥位および仰臥位における浪越式基本指圧点2)(伏臥位での施術は息苦しくなるため行わなかった)。全身の指圧操作を60分。そのうち下肢への指圧操作を約30分程度行う。

 下肢の施術は、押圧操作時に痛みを感じる部位を重点的に、母指圧、対立圧、掌圧を用いて、患者の反応を見ながら、やや軽めの圧によるゆったりとしたリズム(持続圧を含む)にて施術を行った。

 特に鼡径部、大腿内側部、膝関節周囲部、膝窩部、下腿外側部、下腿後側部、下腿内側部、足関節部、足背部、足趾部の押圧操作時に痛みを感じた。

※ 下腿内側部は浪越式指圧の基本圧点ではないが、圧痛が認められたこと、ならびに後脛骨動静脈などの走行を考慮し治療点として加えた。

 

図1.下肢の基本圧点分布図

図1.下肢の基本圧点分布図
(但し下腿内側部は、◎圧痛点 として記載)

III.結果

[治療経過]

■第1回目(2011年7月25日)

■第2回目(2011年8月3日)

 第1回、第2回の施術は、患者の希望により、下肢のみを30分間施術。

  • 自覚症状の変化:効果はほとんどみられず。
  • 他覚症状の変化:下腿の浮腫及び皮膚の硬さの変化はほとんどみられず。

■第3回目(2011年8月12日)【図2】

 今回より全身指圧の有効性を説明の上、全身60分の浪越式基本指圧に切り替える。

  • 自覚症状の変化:効果はほとんどみられず。
  • 他覚症状の変化:下腿の浮腫及び皮膚の硬さの変化はほとんどみられず。
     (第10回頃まで、施術後の変化はあまりみられず)
図2.2011年8月12日(第3回施術後)/(全身指圧に切り替え1回目) 下腿、足関節、足背、足趾部全体に浮腫、足趾部にしわがみられる。

図2.2011年8月12日(第3回施術後)/(全身指圧に切り替え1回目)
下腿、足関節、足背、足趾部全体に浮腫、足趾部にしわがみられる。

■第11回目(2011年10月26日)

  • 自覚症状の変化:効果はほとんどみられず。
  • 他覚症状の変化:これまでより、足関節にわずかながら浮腫及び皮膚の硬さの改善がみられた。

■第16回目(2011年12月12日)【図3】

  • 自覚症状の変化:これまでに比べ浮腫の改善がはっきりみられるようになった。
  • 他覚症状の変化:足関節、足背、足趾部に浮腫の改善(特に右に)がみられる。皮膚表面にすべすべとした感じがある。
     (その後の施術も同様の状況を繰り返すものの、軽減後の浮腫への戻りが早い)

 

図3.2011年12月12日(第16回施術後) 右足関節、足背部、足趾部に 浮腫の軽減がみられ、皮膚表面にすべすべとした感じが出てきた。

図3.2011年12月12日(第16回施術後) 右足関節、足背部、足趾部に
浮腫の軽減がみられ、皮膚表面にすべすべとした感じが出てきた。

■第25回目(2012年2月24日)

  • 自覚症状の変化:夕方になると強く浮腫が出ることがある。以前に比べて施術時の痛み(チクチクした痛み)が軽減されてきている。
  • 他覚症状の変化:これまでと同様に施術前と施術後に浮腫の改善がはっきりみられる。
    (日によって浮腫症状が以前のように強くみられることがあり、安定しないとのこと)

■第34回目(2012年5月14日)

  • 自覚症状の変化:これまで以上に足がすっきりしている。施術時の痛み(チクチクした痛み)がかなり軽減された。浮腫軽減後から、再出現するまでの時間も以前に比べ長くなっている。
  • 他覚症状の変化:浮腫の改善及び、下腿皮膚の硬さが軽減された。下肢のみでなく、顔面、腹部の浮腫も改善されてきた。

■第38回目(2012年6月29日)【図4】

  • 自覚症状の変化:施術後の浮腫の改善が著しくみられるようになった。しばらく履くことができなかった靴が履けるようになった。
  • 他覚症状の変化:今までよりあきらかに、浮腫の症状が軽減されている。皮膚の硬さが改善され、柔らかくなっている。膝の痛み(大腿骨内側顆付近)も軽減されている。
     (今回にて継続的な施術(約1週間〜10日に1回の施術)は終了)
図4.2012年6月29日(第38回施術後) 左右の下腿、足関節、足背、足趾部ともに 浮腫の軽減がみられ、足趾部のしわも改善。見た目の浮腫が気にならなくなった。

図4.2012年6月29日(第38回施術後) 左右の下腿、足関節、足背、足趾部ともに
浮腫の軽減がみられ、足趾部のしわも改善。見た目の浮腫が気にならなくなった。

□第45回目(2012年10月17日)【図5〜7】

 2012 年7 月以降は、不定期(月1〜 2 回の施術)間隔にて来院。前回施術時(第44 回目(2012 年9 月21 日))より約1ヶ月後に来院された際、最近の中では浮腫が強く出てしまった。

足関節、足背、足趾に浮腫がみられ、足趾部のしわも強く出ている。圧痕性テスト(+)(写真参照)。皮膚の状態は柔らかく、水っぽい(来院当初の硬さとは異なる)。

 一度の指圧施術にて、施術前、施術後の違いがあきらかにみられた(浮腫変化の評価に用いる下肢周囲径の計測は行っていない)。

図5.施術前:下腿、足関節、足背、足趾部に浮腫が強くみられる。

図5.施術前:下腿、足関節、足背、足趾部に浮腫が強くみられる。

図6.施術前:下腿外足部  圧痕性テスト(+)

図6.施術前:下腿外足部  圧痕性テスト(+)

図7.施術後:下腿、足関節、足背、足趾部ともに浮腫の改善がみられた。

図7.施術後:下腿、足関節、足背、足趾部ともに浮腫の改善がみられた。

IV.考察

 浮腫に対する指圧施術により、浮腫が軽減され、また施術時の痛みも軽減することを確認できた。また、浮腫の軽減によって、しばらくの間履いていなかった靴が履けるようになり、見た目を気にせずに歩くことができるようになった。

 本症例における浮腫の原因の一つとして、浮腫発生時期と同時期より、糖尿病、高脂血症、高血圧の治療で継続的に処方されている薬剤そのものによる浮腫が考えられる3)。服用している糖尿病、高脂血症、高血圧の治療薬には、副作用の一つとして浮腫症状が挙げられている4)5)

 また、変形性膝関節症に伴う歩行痛や動作開始痛により、日常的に十分な歩行ができずに下腿の筋力が低下し、血液を心臓に送り返している筋ポンプ機能の低下によって、静脈、リンパ還流障害の一つである廃用性浮腫が生じたことも推察される。あわせて食習慣における食塩の摂取過多により、浮腫を悪化させていることも考えられる。そのため、今回のケースは一つの原因ではなく、複数の原因が重複することによって症状の発現がみられた症例であると推測する。

 現在、超高齢化社会の日本においては、特に高齢者の糖尿病、高脂血症、高血圧患者は増加傾向6)7)を示しており、今回のような様々な原因が複合して生じる浮腫形成が行われる可能性は十分に考えられ、それに伴い患者のQOLが低下することは予測可能である。

 本症例では、初診および2回目の治療は、下肢への局所施術で対応したが、原因が多岐にわたることが考えられるため、全身調整を行うことが効果的であるとの判断から、浪越式指圧療法を基本とした全身指圧に切り替えた。これは末梢循環が局所の柔軟性だけではなく、自律神経系の調整を受けていることを反映させたためである。

 今回、経過を追う中で15回目の施術までは顕著な効果が確認できなかった。これは下腿の皮膚に強い硬さがみられたことから推測すると、浮腫症状が長期間続いたことにより、皮膚での物質代謝が滞り、組織の線維化によって硬化が生じていたためであると  考えられる。

 16回目以降の施術により、自覚的にも他覚的にも症状が改善されてきたことは、硬化した皮膚の柔軟性が向上し、それに伴って末梢循環が改善されたことがその一因になると考えられる。

 しかし、浮腫軽減が表れはじめた後にも、浮腫の戻りが早い期間が続いたこと、また日によって浮腫症状が強くみられるなど不安定な期間が続いたことは、薬物療法の継続的な処方により浮腫の出現が続いていること、あるいは指圧による直後効果が長期間続かないことを示していると考えることができる。

 その点を考えると、継続した指圧療法を受ける意味が少ないと思われるかもしれないが、34回目以降、回を重ねるごとにさらに浮腫が軽減していることや、軽減後に浮腫が再出現するまでにかかった時間が徐々に長くなっていったこと、そして第45回目の来院時に出現した強い浮腫が一回の施術で軽減した点などを考えると、継続した指圧施術が十分に継続効果を期待できる治療法であることを示唆している。

 本症例で浮腫が改善したこと、ならびに膝の痛みが軽減したことは確認できたが、その作用機序は不明な点も多い。しかしながら、蒲原ら8)が、指圧刺激が交感神経活動抑制に作用し筋血液量増大が起こったことならびに浅井ら9)、菅田ら10)、衛藤ら11)が指圧刺激によって筋の柔軟性が向上したことなどを報告していることから、自律神経系の調整作用による血流改善や筋の柔軟性向上などにより末梢循環が改善されたことで浮腫が軽減したことが考えられる。

 そのため、指圧刺激を全身に加える指圧療法において、本症例のような複数の原因が重複して生じた浮腫に対してもその効果が発揮されていることが考えられ、患者のQOLに対しても貢献できる可能性があると考えられる。さらに、糖尿病、高脂血症、高血圧などの薬物療法における副作用軽減の観点から、これらの疾患の治療に指圧療法が貢献できる可能性も示している。

V.結論

 指圧療法によって浮腫症状の軽減に効果を上げる事が確認できた。また浮腫症状の軽減後も継続的な指圧療法が症状の予防に有効である可能性があることが確認できた。

VI.参考文献

1) 小川佳宏:むくみで困ったときに読む本p.34-36, 84-88 保険同人社,東京,2010
2) 石塚 寛:指圧療法学 -改定第1版- p.160, 162,164,172-173,178,182,国際医学出版,東京,2010
3) 日本臨床検査医学会:臨床検査のガイドライン(JSLM2012) ,p.85(図2浮腫の確定診断の進め方),東京,2012
4) 医薬制度研究会:大改訂 医者からもらった薬がわかる本 第28版, p.670, 828, 993, 1000,東京,2012
5) 小林輝明 監修:くすり事典2013年版 成美堂出版,p.420, 504, 957, 989,東京,2012
6) 厚生労働統計協会:厚生の指標 増刊 国民衛生の動向(2012/2013 vol.59  NO.9),p.84-87,東京,2012
7) 厚生労働統計協会:平成23年度 厚生統計要覧, p.142,143,東京,2012
8) 蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学会協会学会誌,(24),p.51-56 ,2000
9) 浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学会協会学会誌,(25)p.125-129 ,2001
10) 菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学会協会学会誌,(26), p.35-39 ,2002
11) 衛藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),東洋療法学会協会学会誌,(27), p.97-100 ,2003


【要旨】

糖尿病、高脂血症、高血圧症に合併した浮腫に対する指圧の効果
満留 伸行

 近年、特に高齢者の糖尿病、高脂血症、高血圧患者は増加傾向を示している。本症例(81歳、女性)では、2005年頃より、糖尿病、高脂血症、高血圧と診断され、当時より薬物療法を続けている。投薬にて各疾患の状態は安定しているが、服用を開始した頃より、徐々に下肢に強い浮腫が出現するようになった。2011年7月以降から、浮腫症状の軽減を目的に、継続的に指圧療法を行ったところ、症状の軽減が認められた。継続的な指圧療法が、浮腫症状の軽減および予防に貢献できる可能性が確認できたので、その症例を報告する。

キーワード:浮腫、糖尿病、高脂血症、高血圧、薬物療法、指圧