Effects of Shiatsu Treatment for a Patient with Spinal Stenosis: A Case Report
Eisuke Nitta
Abstract : The cause of spinal stenosis has not yet been ascertained, and there is no generally accepted definition for the disease. This report examines the case of a 70-year-old male patient diagnosed with spinal canal stenosis by three orthopedic surgeons, who received full-body shiatsu therapy. Following treatment, the pain disappeared and walking stability was improved. Following the second treatment, the patient could walk for about twice as long as before, and a maximum of over 14 times longer over the course of treatments. This suggests that full-body shiatsu therapy may be effective to ease symptoms of spinal stenosis.
Keywords:Spinal canal stenosis, back pain, pain, numbness, muscle weakness, intermittent claudication
I.はじめに
脊柱管狭窄症は腰椎の椎間板と椎間関節の変性を基盤として神経の通路である脊柱管や椎間孔が狭小化することで、臀部から下肢への疼痛やしびれ、下肢筋力の低下、間欠跛行等の症状を呈する症候群である。
現在のところ明確な原因は不明であり、定義に関しても統一された見解は存在しない。1)
本症例の患者は2015年の春ごろ、3つの整形外科で脊柱管狭窄症と診断され、整形外科でリハビリを2年行ったが、症状に何の変化もない状況が続いていた。
そのような中、全身指圧療法を中心とした施術を試みたところ、症状の改善がみられたため報告する。
Ⅱ.対象及び方法
場所:
指圧Livin
期間:
2017年7月6日~2019年6月12日
以降もメンテナンスとして徐々に治療間隔をあけながら定期的に来院。
施術対象:
70代男性(身長168.5cm、体重約72kg)
既往歴:
18〜65歳に材木の卸会社で勤務しており、材木を担いで運ぶ等の力仕事で身体に負担が掛かることがあり、腰痛などを起こしていた。
現病歴:
65〜68歳、材木を運ぶ運送の手伝いをしていたころから、歩行すると段々と左下肢に痺れ、痛みが発症し、長くは歩けず一度座って休まないと歩けない状態に悪化した(間欠跛行)。
歩行可能時間は日によって違いがあり、5〜10分の歩行が限界であった。
68歳のとき2016年11月~2017年3月にかけて3カ所の整形外科を受診し、いずれの病院でも脊柱菅狭窄症と診断された。その後、2年間で計2カ所の整形外科に通院し、機器を使用した10分ほどの腰痛のリハビリを受け、指導された自宅でのストレッチを行ったにもかかわらず、症状に変化はなかった。
脊柱管狭窄症の症状が出たころから、左下肢筋力の低下、歩行時に強く意識しないと身体が左に段々とよれてしまうようになった。
自覚所見:
・左下肢筋力低下
・左大腿が右大腿より細い
・10分以上歩行ができず、左下肢に痛みと痺れが出る
・歩行時、身体にふらつきがあり意識しないと身体が左に行ってしまう
他覚所見:
・全体的に筋肉の硬結が強い
・頚の回旋可動域に制限がある
・左肩甲骨が脊柱に寄っている
・左下肢ショートレグ
・うつ伏せ時、左腰が浮いている姿勢
・うつ伏せ時、左下肢がひらいている
・左大腿が右よりも細い
・歩行時にふらつきがある
・図1のストレッチをした時、手が床から30~40cm浮いている
施術方法:
施術時間90分、全身指圧療法、腰部伸展法2)、下肢牽引、腰部ストレッチ、大腿屈曲、伸展、股関節外転、内転、伸展の抵抗運動、肩の運動療法。
評価:
問診での施術後の歩行時の痛み、歩行時間の変化。
図1.初回治療時(2017年7月6日)の所見
Ⅲ.結果(経過)
第1回(2017年7月6日)
自覚所見:
指圧後、全身スッキリとした。
他覚所見:
・全体的に筋肉の硬結が強い。特に左腰から臀部にかけてが一番硬い
・頚の回旋可動域に制限がある
・左肩甲骨が脊柱に寄っている
・左下肢ショートレグ
・うつ伏せ時、左腰が浮いている姿勢
・図1のストレッチをしたとき、手が床から30~40cm浮いている
・左大腿が右よりも細い
・歩行時にふらつきがある
第3回(同年7月20日)
自覚所見:
左腰から臀部が辛い。2回目の施術後、1日最大10分の歩行時間だったのが18分歩行できた。
他覚所見:
左腰から臀部が硬い。左肩、頚の動きが硬い。
第5回(同年8月2日)
自覚所見:
4回目の施術後、1日あたり20分歩いて出かけられたが、帰り道は15 分の歩行が限界。
他覚所見:
うつ伏せでの下肢のひらきが治ってきた。
第6回(同年8月9日)
自覚所見:
5回目の施術後は1日あたり、痛みに耐えて無理をすれば30 分歩いて出かけられたが、帰り道は10~15分の歩行が限界だった。
他覚所見:
身体のゆがみが取れてきたが、腰の筋の緊張と臀部が硬い。
第12回(同年9月20日)
自覚所見:
11回目施術後、1日に25分まで痛みなく歩くことができた。
他覚所見:
歩く際の身体のふらつきが強かったが、改善してきた。左大腿筋膜張筋、左腰も段々ゆるみが出てきた。左腰から臀部を指圧すると、左肩もゆるむ。
第14回(同年10月2日)
自覚所見:
13回目の施術後、1日35~40分歩けるようになった。
他覚所見:
・うつ伏せ時、左ショートレグ約7mm。指圧後は下肢の長さがそろう
・腰の硬さは以前よりも大分改善した。右腰と比べると4割ほど左腰が硬い
・右大胸筋が硬くなりやすい。今回は右大腿筋膜張筋がよく効いた
・うつ伏せから横向きにする段階で腰のゆるみが出るようになった
第17回(同年10月26日)
自覚所見:
16回目の施術後、1日に40分余裕を持って歩けた。45分まで歩けそうだったが、悪天候のため試せていない。
他覚所見:
・うつ伏せ時、ヤコビー線の左右差がなくなった
・指圧後、下肢の長さが整う
・大腿筋膜張筋の硬さ、臀部の硬さが出なくなってきた
・指圧後に抵抗運動を入れることで大腿前面の筋の硬さが正常になってきた
第19回(同年11月22日)
自覚所見:
18回目の施術後、1日に45分歩けた。50分も歩けそうだったが、トイレに行きたくなり、試せていない。
他覚所見:
18回目のときは仰向けで両膝を胸に近づけると左右でずれがあったが、前回よりも改善した。
第20回(同年12月6日)
自覚所見:
19回目の施術後、1日に53分歩けた。もっと歩けたが、TVが見たくてやめた。その翌日から調子が落ちて、35分までしか歩けなくなった。
他覚所見:
仰向けで胸に膝を近づける動きをすると右が硬く、臀部のストレッチも右が硬い。
第22回(2018年1月10日)
自覚所見:
指導された大腿内転、外転トレーニングもするようになり、身体のふらつきは指摘されるまで気づいていなかった。
他覚所見:
前回から約3週間あき、左臀部から左大腿外側、前面が硬い。仰向けで膝を胸に近づける動きも左右バラバラになってしまった。
第26回(同年2月7日)
自覚所見:
20回目以降あまり調子が上がらず、30分までしか歩けない状態が続いた。
第27回(同年2月14日)
自覚所見:
26回目の施術後、1日40分歩けた。
他覚所見:
仰向けで膝を胸に近づける動きが左右同じように動くようになった。
第33回(同年3月28日)
自覚所見:
32回目の施術後、1日50分以降は痛みに耐えながら72 分まで歩けた。
日が経つと40 分までに低下してしまった。
他覚所見:
前回よりもゆるみが出ていたが脊柱起立筋の腰椎5番がまだ少し硬い。
第50回(同年10月22日)
自覚所見:
42回目よりゴムチューブを使って1日10回肩のストレッチを追加したところ、体がつりやすいのが治った。良い状態がキープできているので、46回目以降、約3週間に一度のペースにしたが、歩ける時間は30~40分程度で安定していた。
だが、10月20日に四男の引っ越しを手伝った日から腰を痛め、あまり歩けなくなった。
他覚所見:
圧痛はないが傾いて歩いている。アイシングをして指圧。
第51回(同年11月5日)
自覚所見:
50回目の翌日には腰の痛みが取れて、今まで時間が経つにつれて徐々に出ていた痛みが一切出なくなり、40分歩いても痛みはなかった。1時間でも痛みなく歩けそうな気がする。
第54回(2019年3月4日)
自覚所見:
前回施術から47日。50回目以降徐々に期間をあけているが、その間一度も痛みが出ることなく、30分歩きストレッチをしてまた30分歩けている。痺れが少しあるだけで、痛みを感じることがなくなり日常生活に一切問題がなくなった。
第56回(同年6月12日)
自覚所見:
前回施術から50日後、50分歩いたが、痛みなく歩けた。痺れが少しあるだけで何の問題もない。
最初の頃よりも痺れの強さも減った。
他覚所見:
触診によるゆがみはない。抵抗運動での左下肢筋力の右下肢との差がなくなってきた。
Ⅳ.考察
腰痛症の85%は原因不明の非特異性腰痛である。3)
腰部脊柱管狭窄症においても画像だけでは症状の有無を判別できず、しかも狭窄の程度と臨床症状の重症度とは必ずしも相関しない。4)
本症例においても整形外科での2017年3月15日(指圧治療前)と2019年3月25日(指圧治療開始後)X線所見にて、画像における変化はないと医師に診断を受けている。しかし、歩行時間は最短5 分であったものが、指圧治療開始後は最長72分と、14倍以上の歩行が可能になった。画像所見による変化は認められないにも関わらず、歩行時間が延びるにつれて、疼痛は消失し、他覚所見にて観察された全体的な筋硬結にも改善がみられた。治療期間終了後は左下肢に痺れが少し残るのみとなり、日常生活に一切問題がなくなるまでになった。
筋の収縮は、活動電位により筋小胞体の終末槽からCa2 +が細胞質中に放出され、筋漿膜内のCa2 +濃度が上昇しアクチンフィラメントがミオシンフィラメントに滑り込むことで出現する。しかし、筋小胞体損傷でCa2 +が損傷部から放出し、また筋細胞膜損傷で細胞外のCa2 +が細胞内へ流入すると、筋漿膜内のCa2 +濃度上昇に伴う、局所的なアクチンとミオシンの膠着が出現する。
膠着解除のためATP が必要となり代謝は亢進するが、アクチンとミオシンの膠着による局所循環障害は、酸素欠乏と栄養低下によるエネルギー欠乏を招き5)、過敏性物質(内因性発痛物質)が筋細胞外に放出され、Ⅳ群神経終末や自律神経終末を刺激して痛みを引き起こす。さらに筋からの痛覚線維のインパルスが交感神経の反射活動を高めて局所的な虚血をもたらす。また、筋内の局所に交感神経節後線維から反射活動によって放出されるノルアドレナリンが、痛覚受容器の過敏化にも寄与する。6)これらのことにより、さらに膠着が持続し筋硬結が形成される。
筋硬結を改善するためには、アクチンとミオシンの膠着を解除する必要がある。解除方法として、①物理的な伸張、②血流改善によるATP産生促進、③代謝低下による発痛物質の産生抑制、④痛覚線維の興奮性抑制などがあげられる。5)
指圧療法では母指、手根による筋の圧迫をするので、①の方法に該当する。
また指圧による血流改善7)の報告がされており②の方法も該当する。
また、骨自体に関節を動かす力はなく、人が身体を動かすときには必ず筋肉を使う。
ひとつの動作を行うとき、主動筋が働くときには、それに対する拮抗筋が自動的に弛緩することで、動作をスムーズに行うことができる(相反神経支配)ことから、筋硬結により主動筋と拮抗筋のバランス、筋肉の収縮と弛緩のバランスが崩れれば、動作をスムーズには行えないということになる。
シェリントンの相反神経支配によると,短縮や緊張した筋は,その拮抗筋を抑制することから、筋の不均衡を改善するためには筋力低下を起こした筋より、緊張・短縮した筋にアプローチをすることが臨床的には適切であることが指摘されている。8)
厚生労働省は、“ 人の身体には、地球の重力から姿勢を保つために働く抗重力筋があり、本来抗重力筋が正しい状態にあると、抗重力筋全体がバランスを取り合い身体の歪みが修正される。日常生活で身体に癖がつくと、抗重力筋は癖のある悪い姿勢を記憶して身体の歪みを作り、慢性の肩こりや腰痛を引き起こす。9)” としており、これらのことから、X 線所見において変化がみられないにも関わらず、明らかな症状の改善がみられるのは、X 線には映らない指圧治療による筋肉の状態の変化が大きく影響したと推測される。
その機序として、指圧療法では血流の改善7)筋の硬さの改善10)11)関節可動域の拡大12)13)14)が報告されており、全身指圧療法を行ったことにより抗重力筋のバランスが整い、疼痛、脊柱管狭窄症状の改善に寄与したものと推測される。
実際に、当院ではX 線では何の異常も認められないと診断された患者が複数名来院したが、指圧により疼痛の改善がみられている。
今回、脊柱管狭窄症の疼痛の消失、歩行時間の改善、身体のふらつきが改善したことから、保存療法として指圧療法を取り入れていくことは十分価値あることだと思われる。
Ⅴ.結語
脊柱管狭窄症に対して全身指圧療法を中心とした施術を試みたところ、疼痛の消失、歩行時間の改善、身体のふらつきの改善が認められた。日常生活において何の支障もきたさない状態に至った。
指圧治療開始前と後の脊柱管狭窄症改善後でのX 線所見における画像変化は認められず、脊柱管の狭窄と臨床症状との相関性は認められなかった。
脊柱管狭窄症に対して全身の指圧療法を中心とした施術が有効であることが示唆された。
参考文献
1)日本整形外科学会,日本脊椎脊髄病学会編:腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2011,南江堂,東京,p.1-2,2011
2)厚生省医務局医事課編:指圧の理論と実技,医歯薬出版,東京,1957
3)大川淳 編:しびれ・痛みに対する整形外科診療の進歩,別冊整形外科No.74;p.47,2018
4)日本整形外科学会,日本脊柱脊髄病学会編:前掲註1),p.27
5)黒田幸雄,篠原英記 他編;理学療法MOOK5 物理療法,三輪書店,東京,2000
6)竹井仁:姿勢の教科書,ナツメ社,東京,p.88-89,2017
7)蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.13-17,2013
8)葛原憲治:筋の不均衡を改善するためのパートナーストレッチング,日本保健医療行動科学会雑誌28(2);p.44,2014
9)厚生労働省ウェブサイト
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-093.html
10)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.19-22,2013
11)菅田直記 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),指圧研究会論文集Ⅱ;p.23-26,2013
12)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),指圧研究会論文集Ⅱ;p.27-30,2013
13)田附正光 他:指圧刺激による脊柱の可動性及び筋の硬さに対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.31-34,2013
14)宮地愛美 他:腹部指圧刺激による脊柱の可動性に対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.35-38,2013
【要旨】
脊柱管狭窄症に対する指圧療法を中心とした治療効果
新田 英輔
脊柱管狭窄症は現在のところ明確な原因は不明であり、定義に関しても統一された見解は存在しない。
整形外科3 カ所で脊柱管狭窄症と診断され、2年間リハビリを行ったが効果が全くなかった70代の男性患者に対して、全身指圧療法を中心とする施術を試みたところ、疼痛の消失、歩行時間が指圧治療開始後2回目で約2倍に、最大14倍以上に延長し、歩行時の身体のふらつきの改善が認められた。
脊柱管狭窄症に対して全身の指圧療法を中心とした施術が有効であることが示唆されたため、その症例を報告する。
キーワード:脊柱管狭窄症、腰痛、疼痛、痺れ、筋力低下、間欠跛行