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全身指圧操作法による肩関節可動域改善の1症例:岡本 京子

岡本 京子
柿の木のある指圧治療院

Improvement in Shoulder Joint Range of Motion Following Full-Body Shiatsu Treatment

Kyoko Okamoto

 

Abstract :  This report examines improvement in shoulder joint range of motion in the case of a patient whose chief complaint was hypothyroidism-related symptoms accompanied by restricted range of motion of the shoulder joint. Following two shiatsu treatments, improvement in the range of motion of the shoulder joint was observed.
 It is suggested that full-body shiatsu therapy released tension in the neck muscles and improved flexibility of the muscles involved in movement of the shoulder joint. Although the relationship between hypothyroidism and shoulder joint disease is unknown, it is possible that the hypothyroidismrelated symptoms were also eased by relieving the stress caused by restriction in shoulder joint movement.

Keywords:Namikoshi standard shiatsu, hypothyroidism, frozen shoulder, shoulder joint range of motion


I.はじめに

 器質的な原因が明らかでなく発症する一次性肩関節拘縮を狭義の五十肩(凍結肩)と呼ぶ。
 五十肩は明らかなきっかけがなく、肩関節の疼痛に引き続いて関節可動域の制限をきたす疾患であり、夜間痛と関節可動域制限の強い炎症期から、疼痛が軽減し拘縮だけが残る拘縮期を経て、治癒に向かう。1)
 日本指圧専門学校では、在学中の3年間、横臥位、伏臥位、仰臥位からなる全身指圧操作法を修得する。この基本指圧である全身指圧操作法を施術したところ、肩関節可動域制限に対し改善を認めたので、報告する。

Ⅱ.対象及び方法

期間:

 平成28年12月7日(1回目)

 平成28年12月19日(2回目)

対象:

 61歳 主婦

治療方法:

 浪越式基本指圧全身操作2)(表1)。

 対象者に畳の上の布団に臥床してもらい、90分施術した。

 全身指圧操作の順序は表2の通り。

主訴:

 1.足のだるさとむくみ

 2.肩の挙上困難、挙上時痛

現病歴:

 甲状腺機能低下症。5年前に健康診断により頸部の腫れを指摘され専門医を受診。頸部の腫瘍が大きくなれば手術の可能性もあるが現在は、定期検査のみ。服薬無し。

自覚所見:

 1.慢性的な足のだるさとむくみがある。食べないのに、体重が増加しやすい。意欲の低下。便秘。

 2.2年前から右肩が痛み、腕が上がらなくなった。発症時は、痛みで不眠になった。特に上腕から肘にかけて痛みがあった。冬場の痛みが強かったと思う。日中でも波打つような痛みがあった。患部を上にしての横向きで眠ることはできなかった。現在は、痛みも軽くなり眠れないことはない。腕も以前より上がるようになった。

他覚所見:

 1.ソックスのゴムのあとが残る程度の足のむくみ。仰臥位で足首をもち挙上するとずっしりと重たさを感じる。左右の下腿に筋緊張がある。頸部の腫瘍は目立たないが少しシコリを感じる。

 2.患者への問診より、いわゆる五十肩の拘縮期と推測。

 安静時痛・夜間痛:陰性

 結帯動作障害/ 結髪動作障害:陽性

表1.全身指圧操作の内容
表1.全身指圧操作の内容

表2.施術部位及び順序
表2.施術部位及び順序

Ⅲ.結果

治療第1回目(図1)

自覚所見:

足のだるさとむくみ→足が軽い、むくみ感軽減

他覚所見:

右肩関節外転可動域(自動)
0°〜110°→0°〜170°

結帯動作障害(+)→(-)

結髪動作障害(+)→(-)

頸部の筋緊張→緩和

治療第2回目(図2)

自覚所見:

足のだるさ→足が軽い

他覚所見:

右肩関節外転可動域(自動)
0°〜170°→0°〜175°

結帯動作障害(-)→(-)

結髪動作障害(-)→(-)

頸部の筋緊張→軽減

ヤーガソンテスト(-)→(-)

ストレッチテスト(-)→(-)

ダウバーン徴候(-)→(-)

ドロップアームテスト(-)→(-)

図1.治療第1回目の所見
図1.治療第1回目の所見

図2.治療第2回目の所見
図2.治療第2回目の所見

Ⅳ.考察

 指圧治療後、患者の自動運動による疼痛のない自然な右上肢の挙上が可能となった。このことから浪越式基本指圧が、肩関節の可動域改善および疼痛軽減に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

 本患者は、下肢のむくみ、だるさのため来院した。よって、指圧治療は、関節疾患に狙いを絞ったものでなく、全身指圧による甲状腺機能低下症に伴う諸症状改善を治療方針とした。ところが、肩関節可動域制限に予想外に効果を得られた。それは全身指圧の構成力が大きく関与したと思われる。肩の運動は肩関節と肩甲帯の統合運動である。肩関節のみの運動は限られているが、肩甲帯の運動が加わることにより、広範囲で多方向の運動が可能になる。3)この統合運動にかかわる筋に対する全身指圧操作の対応箇所を表3 にまとめる。

 浪越式基本指圧が肩関節に関連する筋を網羅していることが、確認できる。ただし、前鋸筋、大円筋、棘上筋、棘下筋、小円筋は、教科書的には施術の指標となる筋となっていない。臨床的に、筋のイメージ、状態を把握し、適圧を加えるなど指圧師の創意工夫がもとめられる部分であろう。表3より肩甲帯、肩関節の動作に関連する神経根はC2からTh1であり、頸部の指圧も重要なポイントであると考えられる。本患者は頸部に若干のしこりが認められた。手術の有無、悪性腫瘍になる可能性、他人からの視線などでストレスを感じているようであった。このストレスによる頸部の硬さは、腕神経叢に影響を与えると考えられる。全身指圧には、前頸部、側頸部、後頸部、延髄部の押圧操作がある。頸部の緊張緩和が、腕神経叢を通して関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたと推察する。

 肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)は、症状により3期(痙縮期、拘縮期、回復期)に分けられ予後はおおむね良好で1年ないし1年半で日常生活に支障がなくなることが多い。腰痛、膝痛の発生頻度と比べると、肩痛は加齢とともに有症状率が横ばい、もしくは減少している。よって、自然に治る傾向が強いといえるかもしれない。6)

 本患者によれば、すでに発症から2年が経過しており、夜間、日中の疼痛も消失している。横臥位の姿勢も違和感なくとることができた。このことからすでに回復期に入っていると推察する。押圧が、患者の自然治癒力の促進を助長したのではないかと考える。

 甲状腺機能低下症と3年後に発症した肩関節疾患の関連は不明であるが、肩関節可動域の改善は、ストレスを軽減し、本患者のホメオスタシス(神経系、内分泌系、免疫系)によい影響を与え6)、甲状腺機能低下症による諸症状軽減に寄与すると考える。

表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根
表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根

Ⅴ.結語

 全身指圧操作法により肩関節可動域制限の症状を改善した。

参考文献

1)松岡光明:日常診療に活かす診療ガイドラインUPTO-DATE 2018-2019,メディカルレビュー社,大阪,p.581,2018
2)石塚寛:指圧療法学,東京,p.77-126,2008
3)山口典孝,左明 他:動作でわかる筋肉の基本としくみ,マイナビ,東京,p.28-29,2013
4)石塚寛:前掲書,p.136,137
5)Kendall,McCreary,Provance;筋 機能とテスト―姿勢と痛み—,西村書店,東京,p.394,2006
6)菅谷啓之:実践 肩のこり・痛みの診かた治し方,全日本病院出版会,東京,p.26,2008


【要旨】

全身指圧操作法による肩関節可動域改善の1症例
岡本 京子

 本症例では、甲状腺機能低下症の諸症状を主訴とし、肩関節可動域の制限を併発している患者に対し、指圧治療を行った。2回の指圧治療の結果、肩関節可動域制限の改善がみられた。

 これは、全身操作法が頸部の緊張緩和、肩関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたためと推察する。甲状腺機能低下症と肩関節疾患の関連は不明であるが、肩の挙上運動ができないというストレスの緩和により、甲状腺機能低下症の諸症状にも変化が及ぼされた可能性がある。

キーワード:浪越式基本指圧全身操作、甲状腺機能低下症、五十肩、肩関節可動域


80代女性 開腹手術後の円背矯正:作田 早苗

作田 早苗
りんでんマニピ指圧治療院 院長

Shiatsu Treatment for Kyphosis; A case report of a female patient in her eighties who underwent laparotomy

Sanae Sakuta

 

Abstract :  This report examines the case of a female patient who underwent laparotomy for colorectal cancer in 2017 and received shiatsu treatments for kyphosis and back pain. At the end of a course of 15 shiatsu treatments, posture improved and frequency of complaining of pain decreased. We concluded that shiatsu treatments released muscle tension and helped to ease the patient’s symptoms in this case.Since kyphosis occurs frequently among elderly people and it is associated with various motor function disorders, shiatsu may contribute in its care and prevention.

Keywords:shiatsu, kyphosis, posture, care and prevention


I.はじめに

 近年、我が国の高齢化は急速に進行しており、要介護認定者数も介護保険創立当初は218万人であったものが現在では633 万人もの人数に増加している1)。要介護状態の予防のためにも健康寿命の延伸が非常に重要な取り組みといえるが、介護が必要になった原因を要介護度別にみると、要介護者では第1位が「認知症」、第2位が「脳血管疾患」であるのに対し、要支援者は第1位が「関節疾患」、第2位が「高齢による衰弱」となっている2)。要支援者はいわば要介護予備群であり、要支援となった主な原因が関節疾患や筋力の低下などの廃用症候群であることは、高齢者の運動機能の維持が介護予防の重要な要素であることを物語っている。
 高齢者は骨量減少に伴う変形、筋力低下により脊柱変形を呈すことが多いが、特に脊柱後湾、いわゆる円背は臨床上見かけられることが多い。円背は高齢者のさまざまな機能障害を引き起こすため、その予防が運動機能維持に重要となる。すでに生じた姿勢の変形を正すとなると、「姿勢矯正」ということになるが、姿勢矯正というと一般的には若年者を対象としたもので、高齢者は対象にならないと思われているケースが多い。しかし、高齢者であっても筋の柔軟性を高めたり、運動習慣を身につけることで、年齢に関係なく姿勢の改善は十分可能であると筆者は考える。今回、指圧治療で筋の緊張を緩和することにより、円背が改善され患部の痛みも緩和された症例を得られたので、報告する。

Ⅱ.対象及び方法

施術対象:

 84 歳 女性

場所:

 当院

期間:

  平成29年12月29日~平成30 年2月21日(全15回 治療継続中)

主訴:

 前日から突然右側の首、肩、腕に激痛をおぼえ、首を動かすことも、体を少しでも動かすこともつらくなった。寝ていても痛むため、横にもなれない。痛みのNRS値は10。

他覚所見:

 首が前方に突出、円背、右側弯による右肋骨の突出。歩行時に足が上がらず、すり足になる。

既往歴:

• 大腸癌、平成29 年7 月ステージⅡ開腹手術

• 4 歳の時に背中を手術したが、疾患名は覚えていない

• 現在薬の服用はなし

治療方針:

 患部に触れたり、身体を動かすだけでも強い痛みを訴えるため、ベッドに臥床することが困難である。よって、坐位にて患部から離れた箇所より施術を行う。

 痛みの原因は、円背により頭部が前方に偏位しているため、頭部の重さにより、背部、頸部、腰部の筋の過緊張が誘発されているためと考えられる。まずは、痛みを取ることを第一目的とし、円背の改善を第二目的とする。

 円背の原因は、加齢を素因とするものに加え、大腸がん開腹手術の手術痕の引き攣れにより、上体を伸展することが苦痛であるためと考えられる。また、右肋骨が突出して体幹がねじれているのは、右手で杖をつくことが原因で生じた側弯症と考えられる。

Ⅲ.治療及び結果

1回目(平成29年12月29日)

術前所見

(自覚)右側の頸部、肩、上肢の激痛、首が動かない

(他覚)円背、右側弯気味、O 脚、首の前方突出、頸部の過緊張(特に後頸部)、背腰部の硬結(特に右背部、左腰部)上肢、下肢の過緊張

治療:

 坐位(椅子にて)で上肢、下肢の指圧、背部、頭部の指圧。直接患部に触ることができず、患部より離れた箇所へ施術する。

結果:

 痛みのNRS 値は9.5。痛みは少し改善。首の可動性が向上する。

備考:

 翌日から休みに入ってしまうため、内臓疾患も考慮し痛みが治まらなければ、病院に行くことを勧める。

2回目(平成30年1月4日)

術前所見

(自覚)痛みのNRS 値は9.5。病院に行き薬を服用したが、痛みはあまり変わらない。

(他覚)頸部の可動域は初回術後とほぼ同じ状態。姿勢ほか変化無し。

治療:

 伏臥、仰臥位にはなれず、横臥位で施術。上肢、肩甲骨周辺、大胸筋、背部、下肢、頸部の基本指圧を中心に行う。

結果:

 移動体位変換には時間が必要で、ベッドへの移乗も足が上がらないため時間を要した。痛みは、来院時より楽になり、NRS値は8.5。

備考:

 病院で診てもらったが問題はないと言われた。今回は、最後に患部への施術ができた。

3回目(平成30年1月8日)

術前所見

(自覚)痛みのNRS値は8。痛みは軽くなってきた。

(他覚)円背の改善はされてきたが、O脚のため、下肢外側の緊張が強く、足関節の動きが悪い。歩行時に足が上がっていなくすり足になっている。

治療:

 横臥位=2回目と同じ。

 仰臥位=頸部、大胸筋、腹部、下肢全般

結果:

 左右の諸関節の動きは前回よりは良くなってきたが、首を起こすことがまだむずかしい。後頸部の過緊張が強く、顎が上がっている状態。痛みは少しずつ軽減してきている。術後、付き添いのお子さんに姿勢を見て頂き、改善されてきているのを確認してもらう。

5回目(平成30年1月15日)

術前所見

(自覚)痛みがなくなってきた。痛みのNRS値は7。前回施術後、帰る時は前が見やすくなっていた。

(他覚)前回来院時より目線が少し上がっていた。

治療:

伏臥位=後頸部、肩甲骨周辺、背腰部、臀部、下肢後側指圧

仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 術前より体位移動がスムーズになった。

備考:

 今までは階段を上がるのが辛く、前回までは付き添いのお子さんと階段を上がってきたが、本日は、一人で昇れた。伏臥位も今回初めてとることができた。

6回目(平成30年1月17日)

術前所見

(自覚)首の痛い日と痛くない日がある。いつも施術後に帰る時は前が良く見えるが2~3日すると下を向いてきてしまう。

(他覚)初回の頃から比べると上体が伸展してきた。右肩が下がり、頸が前方に出ている(図1)。後頸部の硬結が特に目立つ。

治療:

伏臥位=頭部、頸部、肩甲骨周辺、脊柱起立筋の指圧

横臥位=5回目と同じ

仰臥位= 上肢、頸部、胸部、指圧、肋骨調整

結果:

 少しではあるが、円背が改善し、目線が上がってきている(図2)。ベッドへの移乗にかかる時間が少し短くなってきた。

図1.1月17日 施術前
図1.1月17日 施術前

図2.1月17日 施術後
図2.1月17日 施術後

7回目(平成30年1月21日)

術前所見

(自覚)痛みはかなり軽くなってきており、痛む頻度も減った。痛みのNRS値は3。

(他覚)頸部が少しずつ緩んできたので、首に触れやすくなってきた。後頸部はまだ硬い。腰はしっかり伸びているが、背部が丸く、首が持ち上げられない。足関節の動きが悪い、歩行時に足が上がっていなくすり足になる。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 上体がより起きてきた。

備考:

 腹圧が弱いので、呼吸による腹筋の運動を紹介した。

10回目(平成30年2月5日)

術前所見

(自覚)痛みはない。痛みのNRS 値は0。

(他覚):頸部、背腰部の筋に柔軟性が出てきた。円背も改善し、O 脚も改善しつつある。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

側臥位= 頸部、大胸筋、下肢内側指圧

仰臥位= 上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 右肩は下がっているが、体幹の安定性が出てきた。

12回目(平成30年2月12日)

術前所見

(自覚)痛みはないが、日数が経つと目線が下を向いてしまう。

(他覚)円背、O脚が改善してきている。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位= 上肢、頸部、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

横臥位= 大胸筋、小円筋、前鋸筋の指圧

座位= 頸部に負荷をかけた筋力トレーニングを開始

14回目(平成30年2月18日)

術前所見

(自覚)痛みはない。

(他覚)会話をしているときなどは背筋が伸びているが、気を抜くと姿勢が悪く、下を見てしまう(図3)。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=12回目と同じ

横臥位=12回目と同じ

座位=12回目と同じ

結果:

 術前より姿勢が改善した(図4)。

図3.2月18日 施術前
図3.2月18日 施術前

図4.2月18日 施術後
図4.2月18日 施術後

15回目(平成30年2月21日)

術前所見

(自覚)痛みはない。術後2 ~ 3 日は顔を正面に上げた姿勢でいられる。

(他覚)痛み、姿勢は改善されてきたが、内転筋と臀部の筋力低下は残っている。依然として来院時には下をみて円背になっている。歩行時のすり足は改善された。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=12回目と同じ

横臥位=12回目と同じ

座位=12回目と同じ

備考:

 常に姿勢を意識すること、自宅で内転筋を鍛えるトレーニングを紹介した。

Ⅳ.考察

 円背に伴う腰椎後湾は骨盤を後傾させ、股関節伸展、膝関節屈曲、足関節背屈という代償動作を生じ、歩行時の筋活動の低下を招くと推測される。本患者においても治療開始当初は歩行時にすり足がみられるほか、ベッドへの移乗に時間がかかるなど歩行能力の低下が生じていた。しかし、治療5回目には一人で階段を登れるようになり、治療6回目にはベッドへの移乗がスムーズになるなど、治療の継続とともに歩行能力に改善がみられた。これは腰背部、下肢への指圧施術により腰椎の前彎が促され、骨盤が前傾することで下肢の代償動作が解消し、歩行時の筋活動が正常化したことで生じたと推測する。

 さらに、円背では胸椎後弯が増大しており、代償的に頸椎の前弯を増強するため3)、後頸部の筋の緊張が常態化すると考えられる。本患者の後頸部の緊張もそういったメカニズムから生じたもので、前述のように指圧施術により腰椎の前彎が促されるとともに、胸椎の後弯が改善し、代償的な頸椎前彎が正常化することで緊張が緩和したものと推測される。施術後の「前が見やすくなった」というコメントも、胸椎後弯、頸椎前彎の改善による頭部ポジションの正常化から生じたものと考えられる。

 また、今回は本人に姿勢の状態を自覚してもらうために施術前後で姿勢を撮影し、変化を確認してもらった。そのため、徐々にではあるものの姿勢の改善がされていることが本人にも伝わったため、治療に対するモチベーション向上に役立ったと思われる。

 高齢化に伴って運動機能低下をきたす運動器疾患により、バランス能力及び移動歩行能力の低下が生じ、閉じこもり、転倒リスクが高まった状態は「運動器不安定症」として定義づけられている4)。この運動器不安定症の診断基準に含まれる、運動機能低下をきたす運動器疾患には、脊椎圧迫骨折及び各種脊柱変形として亀背(円背)が挙げられている4)。高齢者の円背姿勢は頻繁にみられ、古戸らの調査では山間部在住の高齢者291人の20.6%に円背がみられたと報告している5)。円背はバランス低下による転倒リスクの増加や、活動量やADLの低下に加え6)、自己効力感とQOLの低下も生じることが報告されている5)。さらに円背と整形疾患、骨粗鬆症の関連も指摘されており7)、円背の予防改善は健康寿命の延長に重要な位置を占めることが推察される。そういった面から今回、指圧のような手技療法により円背改善に貢献できる可能性が示唆されたことは大変意義深いことであると考える。

Ⅴ.結語

 あんまマッサージ指圧師という立場ゆえ、円背に対して様々なアプローチをすることが出来るため、すでに成立した脊柱変形の治療だけでなく、良好な姿勢を維持することを目的とした施術ということもでき、予防的効果も十分に期待される。今回は1 例のみの報告であるため、さらに症例を重ね施術の方法論を検討したいと考えている。

参考文献

1)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2018/2019,厚生の指標8 月増刊65(9);p.257,2018
2)厚生労働省HP:平成28 年国民生活基礎調査の概況,2017
3)高井逸史 他:加齢による姿勢変化と姿勢制御,日本生理人類学会誌6(2);p.11-16,2001
4)整形外科学会HP:運動器不安定症とは,https://www.joa.or.jp/public/locomo/mads.html
5)古戸順子 他:山間部在住円背高齢者における日常生活活動に対する自己効力感,社会交流活動,及び健康関連QOL,厚生の指標60(4);p.1-7,2013
6)森諭史:骨粗鬆症患者の錐体圧迫骨折、脊柱変形とADL 低下の関連,日本腰痛会誌8(1);p.58-63,2002
7)柳田眞有 他:高齢者の介護予防に有用な簡易姿勢評価法の検討,The KITAKANTO Medical Journal 65;p.141-147,2015


【要旨】

80代女性 開腹手術後の円背矯正
作田 早苗

 今回、平成29 年に大腸癌の開腹手術を受けた女性に対し、全15 回の指圧治療を施し自覚症状の経過を追った。治療開始当初は円背と背部の痛みが目立ったが、治療終盤には姿勢も改善し、痛みを訴える頻度も減少した。これは指圧により筋緊張が緩和したために生じたものと推測される。高齢者の円背は高頻度で発生し、様々な運動機能障害に関連するため、介護予防の場面で指圧が貢献できる可能性が考えられる。

キーワード:指圧、円背、姿勢、介護予防


富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告 第2報:本多 剛,大木 慎平

本多 剛,大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu in Nanto City, Toyama Prefecture (2nd Report): Survey Report

Takeshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : During the period from December 20, 2017 to December 21, 2017, volunteer shiatsu therapists treated residents of Nanto City, Toyama Prefecture at Taira Gyosei Center. Participants completed a survey in which they described the areas where they felt fatigue or pain and where they were suffering the most, and how their level of general fatigue and regional pain and suffering changed following shiatsu treatment. Of the 43 participants, 27 valid responses were obtained. The most common areas where people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower back, the neck, and the shoulders. Twenty-six out of 27 people reported a decrease in general fatigue, and all of the 27 people reported a decrease in regional pain and suffering.

Keywords:shiatsu, volunteer, survey, Toyama, winter


I.はじめに

 平成29年12月20日(水)、21日(木)の2日間で、富山県南砺市にあるロッジ峰と平行政センターの二施設内の一室をお借りして指圧ボランティアを行った。
 本活動は平成29 年8 月に同市で行われたボランティア指圧を受けた南砺市一般市民の方々からの、冬季も開催して欲しいという声を受けて長期休暇を利用して行われた。平成29年8月の活動は日本指圧学会誌第6号にて報告している1)。今回も指圧ボランティアの活動に合わせ、日本指圧学会が作成したアンケート用紙の運用試験として施術前後にアンケートを行った。その結果を集計したのでここに報告する。

Ⅱ.対象及び方法

日時:

 平成29年12月20日(水)、21日(木)

場所:

 ロッジ峰(富山県南砺市梨谷313-6)
 南砺市平行政センター(富山県南砺市梨下2240)

施術者:

 日本指圧専門学校3年生
(すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作2)を習得している)

対象:

 南砺市在住の一般市民で今回の指圧施術を受け、かつアンケートに回答した者(43名)

評価方法:

 使用したアンケート用紙は、指圧学会誌第6号で大木3)により報告されたものから、ボランティア活動時に煩雑にならないよう質問項目を削減した改訂版を用いた(図1)。

方法:

 指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明しアンケートの設問1~4までを回答してもらった。その後、対象が不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を1時間程度行い、その直後にアンケートの設問5~6を回答してもらった。施術前後の問2〜問5と問4〜問6の結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。

図1. 今回使用したアンケート用紙
図1. 今回使用したアンケート用紙

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した43名のうち、有効回答数は27名だった。

問1…疲労や痛みを感じる部位や症状

 疲労及び痛む部位・症状で最も多い回答は、第1位が腰(21.4%)、第2位が肩(18.0%)、第3位が首(10.7%)となった。また、問1は複数回答を可能としたため合計回答数は84箇所となった(表1)。

問2、問5…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのNRS(Numerical Rating Scale)は、減少が26名、変化なしが1名だった(図2)。平均は施術前が5.89±1.93、施術後は2.41±1.97(mean±SD)で(図3)、施術前後で優位な低下が認められた(p<0.01)。

問3…現在最も苦痛を感じる部位

 最も苦痛を感じる部位として回答されたのは、第1位が腰(18.5%)、第2位が首(14.8%)、第3位が肩(11.1%) となった(表2)。

問4、問6…最も苦痛を感じる部位の苦痛度

 最も苦痛を感じる部位の苦痛度では、27名全員のNRS が減少を示した(図4)。平均は施術前7.00±1.89、施術後が2.67±1.81(mean±SD)で(図5)、施術前後で有意な低下が認められた(P<0.01)。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図2.全身の疲労度合いー施術前後のNRSの変化
図2.全身の疲労度合いー施術前後のNRSの変化

図3.全身の疲労度合い―施術前後のNRSの平均
図3.全身の疲労度合い―施術前後のNRSの平均

表2.最も苦痛を感じる部位別件数
表2.最も苦痛を感じる部位別件数

図4.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの変化
図4.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの変化

図5.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの平均
図5.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの平均

Ⅳ.考察

 疲労及び痛む部位の回答の多くは腰と肩であった。この結果は大木らの報告1)と同様に、厚生労働省が行う国民生活基礎調査の有訴者率4)で上位を占めるものと一致しており、一般市民の腰背部の有訴率の高さが伺える。

 最も苦痛を感じる部位としては前回と同様に腰が最多であった。前回の報告1)では被験者の加齢に伴う不良姿勢により腰痛が助長されていると考察したが、今回は季節性に生じる疲労が加わっているとも考えられる。というのも、今回ボランティアを行った時期は冬季であり、豪雪地帯である南砺市の住民にとっては日常的な雪掻き作業が必須であるため、それに伴う腰背部の疲労が生じているのは想像に難くない。須田の報告5)でも雪掻き作業時の脊柱起立筋の筋活動と、それに伴う腰部への負荷が指摘されている。また、今回は疲労・痛みを自覚する部位と最も苦痛を感じる部位において首の回答が目立った。これは雪かきの作業特性によるもの、冬季で外出頻度が減ったことによる身体活動の低下によるもの、はたまたアンケートの様式により誘導されたものなどさまざまな要因が想像されるものの、いずれも憶測の域を超えないため今回は考察を見送りたい。

 施術前後の変化については全身の疲労度、最も苦痛を感じる部位の苦痛度ともに改善がみられた。今回の施術は苦痛を感じる部位に応じた施術であったが、いずれの被験者においても指圧が筋の緊張やアライメント不整を是正することにより、症状の改善につながったものと考えられる。また、自覚症状として目の疲れが回答件数全体の約6%あり、前回の調査1)でも全体の約4%が報告されており、こちらの改善は前述の機序とは多少異なることが予想される。難波ら6)は眼周囲部の温熱刺激により調節機能の回復が早まることを報告しているほか、大木7)は顔面部への指圧刺激により調節近点距離の短縮が生じたことを報告している。これらのことは副交感神経系の働きが優位になったことにより生じたものと推察されるが、瞳孔計を用いた調査8)9)10)で前頸部、下腿部、仙骨部、頭部への指圧刺激で縮瞳が生じたと報告されていることからも、指圧による副交感神経系への働きかけがあり、眼の調節機能の改善に効果がみられたと考える。

 次にアンケートの運用について述べる。前回の報告1)では全回答数43名のうち有効回答数が39名であったのに対し、アンケートの様式を変更した今回の調査では全回答数43名のうち有効回答数は27名である。単純に3割ほど有効回答が減少してしまう結果となったが、これは問3の回答方法により生じたものであると考える。本アンケートの問1、問3に関してはイラストにマーキングをするという回答方法であるがゆえに、回答者によっては複数の関節を跨いだ丸をつけたり、背中全体を大きく丸で囲うといった回答になることも多い。そうであっても問1であれば複数回答可なため、丸で囲まれた箇所を全てカウントすれば済む話だが、問3に関しては問題である。問3は「1つだけ」マーキングをするという択一の設問であるため、複数箇所をまたぐマーキングは必然的に集計から除外せざるを得ない。今回の調査の無効回答はこの問3の回答ミスが大半を占めるため、事前の記入方法の説明が十分に理解されなかった可能性は高い。今回の結果が「ブレ」によるものかは定かではないが、回答様式の変更や説明書の作成など検討課題とすべきであろう。

Ⅴ.結語

 富山県南砺市在住の一般市民に対して、指圧施術とアンケートを行い43名中27名から有効回答が得られた。27名中26名に施術前後の全身の疲労度合いのNRSに改善がみられ、27名全員に苦痛を感じる部位のNRSに改善がみられた。疲労及び痛みを感じる部位では腰が、最も苦痛を感じる部位で腰に次いで首という回答が多くみられた。

Ⅵ.謝意

 本調査に協力していただいたあんま同好会の学生の皆様、集計にあたり多大な尽力をしてくださった藤堂はるか氏に心より感謝します。

参考文献

1)本多剛,大木慎平:富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌6;p.19-22,2017
2)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,国際医学出版,東京,p.78-126,2016
3)大木慎平,本多剛:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2 報),日本指圧学会誌6;p.9-14,2017
4)厚生労働省HP:平成28 年度国民生活基礎調査の概況,2016
5)須田力:除雪作業と体力,北海道大学教育学部紀要57;p.141-183,1992
6)難波哲子 他:Visual Display Terminal(VDT)作業による自然視調節機能の低下と眼周囲温熱療法による回復効果,川崎医療福祉学会誌17(2);p.363-371,2008
7)大木慎平:顔面部への指圧刺激による調節筋点距離の変化,日本指圧学会誌3;p.20-22,2014
8)横田真弥 他:前頸部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(35);p.77-80,2011
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(36);p.15-19,2012
10)田高隼 他:頭部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(37);p.154-158,2013


【要旨】

富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告 第2報
本多 剛,大木 慎平

 平成29年12月20日~21日に富山県南砺市のロッジ峰、南砺市平行政センターにて指圧ボランティアを行い、南砺市在住の一般市民に対し、疲労や痛みを感じる部位と全身の疲労度合い、最も苦痛を感じる部位とその苦痛度といった内容のアンケート調査を指圧施術前後に実施した。アンケートに回答した43名のうち、有効回答は27 名だった。疲労や痛みを感じる部位では腰、肩、首の順に多く、最も苦痛を感じる部位では腰、首、肩の順に多かった。全身の疲労度合いでは27名中26名に、苦痛を感じる部位の苦痛度では27名全員に施術前後で改善が見られた。

キーワード:指圧、ボランティア、アンケート、富山、冬季


骨盤位(逆子)に対する指圧と胸膝位を併用した治療:宮下 雅俊

宮下 雅俊
株式会社日本指圧研究所、世田谷指圧治療院てのひら 院長

Treatment for Breech Presentation Using Shiatsu and Breast-Knee Positioning

Masatoshi Miyashita

 

Abstract : This report examines a case of a 28-year-old patient presenting with a fetus in the breech position, who was treated with a combination of shiatsu therapy and breast-knee positioning. The patient reported that she felt a change in fetal movement during shiatsu treatment, and it was observed by ultrasound in the week following the shiatsu treatment that the breech presentation was corrected.

Keywords:breech presentation, shiatsu, pregnant woman, breast-knee position, pressing, uterine contraction, Eastern medicine


I.はじめに

 一般的に、子宮内で胎児の姿勢が逆になっているものを逆子と呼ぶが、医学用語では骨盤位が正式名称である。骨盤位は分娩時に先進する部位に応じて、殿位、膝位、足位に分類される。殿位はさらに、両下肢を上にあげ伸展して殿部だけが先進する単殿位と、殿部と下肢が同時に先進する複殿位にわけることができる。いずれの場合も、児背が母体の左側にあるものを第一骨盤位、右側にあるものを第二骨盤位という。また、児背が母体の前方に偏する場合を第一分類、後方に偏する場合を第二分類という。満期妊婦では5%、妊娠8ヵ月では30%において骨盤位がみとめられる1)
 筆者は、自身の長男、長女の骨盤位(逆子)の調整を指圧施術で行った経験から、臨床の現場でたびたび骨盤位矯正の治療依頼を受けるようになった。
 今回、妊娠25 週目と28 週目の妊婦健診時の超音波診断により、逆子と診断された妊婦から逆子治療の依頼を受けた。そして妊娠29週目に指圧治療を行い、翌週の妊婦健診で逆子が改善したと報告があり、超音波診断の画像提供を受けたのでここに報告する。

Ⅱ.対象及び方法

施術対象:

 28歳、経営者、女性、初産婦

主訴:

 逆子(骨盤位)

現病歴:

 妊娠25週目と28週目の妊婦健診時の超音波診断により逆子と診断を受ける。骨盤位への影響が考えられる前置胎盤、子宮筋腫などの異常は見つかっていない。患者は医師より逆子とだけ伝えられ、骨盤位の分類に関しては確認が取れていない。

既往歴:

 なし

家族歴:

 特記すべき事項なし

術前所見:

 2016年9月1日、超音波診断画像(図1)より逆子と診断を受ける。

(自覚所見)
・お腹に張りを感じる
・立っている時にお腹が重く感じる
・大きな胎動(胎児が子宮を蹴っているような動きであると推察する)を下腹部に感じる

(他覚所見)
・触診により、腹部と背部に緊張を感じる

場所:

 世田谷指圧治療院てのひら

期間:

 2016年9月10日(計1回)

治療法:

 仰臥位、横臥位での基本指圧と胸膝位(膝胸位:knee-chest positioning:KCP)(図2)を併用した。
①仰臥位で両下肢立て膝にして腹部の触診
②仰臥位で両下肢伸展の姿勢で両足小指を交互に押圧
③仰臥位による左上肢の上腕内側部、肘部、前腕内側部、手掌部、手指(指節間関節)部への押圧
④左横臥位による、左前頸部、左側頸部、延髄部、左後頸部、左肩甲上部、左肩甲間部、左肩甲下部、左殿部、仙骨部への押圧
⑤左横臥位による、右下肢下腿後側部、右足底部、右足指部への押圧
⑥胸膝位を3~5分保持
⑦仰臥位で3分安静
⑧仰臥位で両足立て膝にして腹部の触診
⑨仰臥位で両下肢伸展の姿勢で両足小指を交互に押圧
⑩仰臥位による右上肢の上腕内側部、肘部、前腕内側部、手掌部、手指(指節間関節)部への押圧
⑪右横臥位による、右前頸部、右側頸部、延髄部、右後頸部、右肩甲上部、右肩甲間部、右肩甲下部、右殿部、仙骨部への押圧
⑫右横臥位による、左下肢下腿後側部、左足底部、左足指部への押圧
⑬胸膝位を3~5分保持
⑭仰臥位で3分安静

 全体の治療時間は安静時間も含め50 分程度とした。

• 手指操作法の種類は、母指圧(片手母指圧、両手母指圧)、掌圧(片手掌圧、両手掌圧)を中心に使用

• 圧法の種類は、通常圧法、緩圧法、持続圧法、吸引圧法、流動圧法、振動圧法、手掌刺激圧法を適宜使用

• 圧操作の強弱は、触診には触圧、治療圧として軽圧を中心に押圧操作を行った

評価:

• 腹部触診時と患者の自覚所見での大きな胎動(胎児が蹴っているような動き)を感じる部位の変化

• 妊婦健診時の超音波画像による診断

図1.2016年9月1日 超音波診断画像
図1.2016年9月1日 超音波診断画像

図2.指圧治療と併用した胸膝位(膝胸位:kneechest positioning:KCP)の参考画像
図2.指圧治療と併用した胸膝位(膝胸位:kneechest positioning:KCP)の参考画像

Ⅲ.結果

術後所見:

(自覚所見)
• 腹部の張り感が消失
• 立っている時にお腹がかるく感じ呼吸が楽に感じる
• 大きな胎動を感じる場所に変化があった

(他覚所見)
• 腹部と背部の緊張が和らいだ

治療経過:

 2016年9月15日、超音波診断画像(図3)より正常位と診断を受ける。

図3.2016年9月15日 超音波診断画像
図3.2016年9月15日 超音波診断画像

Ⅳ.考察

 帝王切開手術を受ける主な要因は骨盤位である。厚生省の1984〜2014年の医療施設の動向によると、分娩件数は減少傾向である一方、一般病棟における帝王切開手術の割合は増加傾向にあると報告されている2)

 逆子に対する処置として、西洋医学的手法では帝王切開手術を避けるために外回転術、胸膝位による胎位矯正が行われている。東洋医学の鍼灸療法では、昭和25 年に石野信安が、それまでは妊産婦には禁忌穴とされていた三陰交施灸を実施し、異常胎位に対する効果を報告して以降3)、至陰穴、三陰交穴などを用いて骨盤位の矯正を行う鍼灸師の報告が多く寄せられている。特に林田和郎4)が医療の現場で骨盤位治療の実績を残している。東洋医学の手技療法では、江戸時代の医家太田晋斎の「按腹図解」に孕婦按腹図解として妊婦への施術法、また胎児の動きが記載されている5)

 指圧による逆子の治療法は、1965年に発行された、「指圧療法臨床」に、下腹部を掌圧しながら他方の手で足の小指に交互に持続圧を行う治療法が記されている6)。足の小指に対する持続圧であることから、鍼灸の古典に記述されている難産の鍼灸治療法として多用されてきた至陰穴7)、それを指圧療法に応用したものと考えられる。

 前述のように、骨盤位は妊娠8ヵ月の妊婦では30%、満期妊婦では5% に認められる1)。この数字からすると、妊娠8ヵ月で認められる骨盤位の大部分は妊娠満期までに自然矯正される計算になる。高橋らの調査8)でも、胎位異常があった妊婦のうち80% が妊娠28〜32週(8ヵ月)までに自然矯正されたことが報告されており、本症例における指圧と胸膝位の併用による胎位矯正の効果を断定的に論じることはできない。しかし、足の小指の指圧、前腕部の指圧、横臥位による頸部、肩甲間部、肩甲下部、殿部の指圧により、自覚、他覚所見ともに腹部の張りが解消したことを確認できた。これは指圧刺激が筋の柔軟性に及ぼす効果についての報告が複数存在9)10)11)することから、腹直筋、内腹斜筋、外腹斜筋などの筋緊張が緩和したことによるものと考えられる。

 また今回、指圧施術中、胸膝位の最中に胎動が起き、徐々に大きな胎動(胎児が蹴っているような動き)を感じる部位に変化が生じたことに加え、指圧治療の翌週の画像検診で胎児が正常位に戻っていることがわかった。これは、鍼灸における林田和郎の考察4)と同様の効果を指圧刺激が与えたとするならば、指圧刺激が子宮血流、子宮壁に何らかの影響を与え胎児の自己回転を促したことによるものと考えられる。

Ⅴ.結語

 指圧療法により、妊産婦の子宮収縮、腹部の張りの緩和に効果が期待される。また、超音波診断により骨盤位が正常位に改善されたことを確認できたことからも、指圧療法が28週以降の骨盤位の矯正に効果を有する可能性が示唆された。

参考文献

1)藤田勝治:最新医学大辞典 第2 版,医歯薬出版,東京,p.586,2003
2)厚生労働省「平成28 年我が国の保健統計(業務・加工統計)」,p.27
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/130-28_2.pdf
3)石野信安:異常体位に対する三陰交施灸の影響,日本東洋医学会誌3(1);p.7,1950
4)林田和郎:東洋医学的方法による胎位矯正法,東邦医会34(2);p.196-206,1987
5)井沢正:按腹図解と指圧療法,東京書館,口絵,1954
6)山口久吉,加藤普佐次郎:指圧療法臨床,第一出版,東京,p.297,1965
7)形井秀一:逆子の鍼灸治療 第2 版,医歯薬出版,東京,p.22-23,2017
8)髙橋佳代 他:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について, 東女医大誌65(10);p.801-807,1995
9)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
10)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果 第2 報,東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
11)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果 第3 報,東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2001


【要旨】

骨盤位(逆子)に対する指圧と胸膝位を併用した治療
宮下 雅俊

 妊婦健診時の超音波診断により、逆子と診断された28 歳妊娠女性に対して、指圧療法と胸膝位を併用した逆子治療を目的とした施術を行った。指圧治療中に胎動に変化があると訴えがあり、翌週の超音波検診により逆子が改善していたと報告があった。

キーワード:骨盤位、逆子、指圧、妊婦、胸膝位、押圧、子宮収縮、東洋医学


オリエンタリズムから読む指圧研究の壁:衞藤 友親

衞藤 友親
明治大学体力トレーナー

本稿執筆のきっかけ

 2017年9月10日、株式会社読売巨人軍所属のS投手の当該シーズンにおける不調の原因が、同年2月27日に球団トレーナーによって施術された鍼治療が原因であるとされ、球団がS選手に謝罪したとの記事が報道された。1)

 これに対し、公益社団法人 全日本鍼灸学会、公益社団法人 日本鍼灸師会、日本伝統鍼灸学会、公益社団法人 日本あん摩マッサージ指圧師会、公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会、社会福祉法人 日本盲人会連合、公益社団法人 全国病院理学療法協会、日本理療科教員連盟、公益社団法人 東洋療法学校協会は9月21日付で球団に対し連名で「はり治療を原因とした理由(因果関係)と他の原因を除外した理由」等を問う内容の質問状1)を送付。これに対し球団は11 月7日付の文書2)にて“(複数の)いずれの医師も、選手の症状等から長胸神経の不全麻痺であり、それに伴う前鋸筋の機能低下であるとの診断に変わりはないと話されています。また、発症時期や当該選手の問診等から、長胸神経の麻痺は、当球団のトレーナーが行った鍼治療が原因となった可能性が考えられると答えられました。ただし、鍼治療以外にも、強い力がかかる他の外的要因によって長胸神経の麻痺が生じた可能性もあるとの意見も出ました。”と回答した。回答書の後段には“当該選手の長胸神経麻痺はすでに回復しております。また、当該選手を施術したトレーナーは、現在も当球団のトレーナーとして勤務しています。当球団は鍼治療が有効であることを十分認識しており、現在も多くの選手やスタッフに対して鍼治療が行われています。今後も引き続き鍼治療を活用していく方針に変わりはありません。”1)とあり、玉虫色の回答で丸く収めたい意思が透けて見える内容であった。

 さらに同球団と鍼治療の関係をさかのぼって調べると、1987年にはE投手が引退会見にて「野球生命が絶たれることを覚悟で打ってはいけない右肩のツボに鍼を打ち続けた」と発言した事例が、1996年にはM投手が肺気胸で入院に至った原因が、球団トレーナーの施術する電気鍼だったとして球団が選手に謝罪した事例3)がある。

 指圧治療より科学的研究の進んでいる鍼灸治療であっても、西洋医学の医師(だけに限らないが)からは「不確かな治療」や「怪しい治療」であると認識されている感じが否めない。ましてや指圧をや、である。

 日本指圧学会設立以来、筆者は微力ながら指圧の科学的究明に尽力してきたつもりであるが、科学的究明を地道に続けたとしても越えられない壁のような存在も近頃感じ始めた。この壁について、西洋文化と東洋文化の差異について考察および問題提起されたサイードの著作『オリエンタリズム』と、日本におけるオリエンタリズムを参考にして、自然科学系とは異なった観点から考察することとした。尚、論を展開するにあたり既知の事象の透写に過ぎないと感ずる方があるかもしれないが、当たり前のことであっても改めて記録に残すことにより、新しい知見や共通認識が生まれることを期待して論ずることとする。

オリエンタリズム

 オリエンタリズムとは用語の用法や文脈によってニュアンスが異なる語である。エドワード・W・サイードが著書『オリエンタリズム』で指摘したのは、東洋の文化、風土、風習、政治などへの西洋人からの視点を批判的に捉えた批評ないし問題提起である。サイードの出自はパレスチナ系アメリカ人である。ひとつの文化圏のど真ん中で生活すると、他の文化圏との差異には気付きにくいものであると考える。例えば、ある島に生まれて一生を島で暮らす者はその地が「島」だとは気づかないはずである。別の島、あるいは大陸と比較して初めて「島」という概念が生まれる。

 和訳版巻末の杉田による論評4)でも触れられているが、サイードのように文化圏と文化圏の境界に生きる人物は、相互の文化的差異の中に生きるしかなかったため、意識的にその差異について批評可能であったのだと推察する。彼が採った手法は、西洋人の手によって記された小説などの膨大な文献中に見られる東洋に関する記述を収集し、その表現に於ける傾向を分析する方法であった。西洋諸国は近代以降その進んだ科学力、技術力を背景に植民地を拡大していった。その中で無意識に西洋文化>東洋文化の思想や図式が醸し出されていったのは想像に難くなく、実際に歴史が証明しているものと考える。彼の著述以前に用いられていたオリエンタリズムは、純粋に無批判に無意識に東洋文化を吸収または利用する立場であったと想像するが、サイードの指摘以降は東洋文化を西洋文化の優位的立場から見下そうとする差別的感性への批判的視点から不可避になったように思われる。

 よってこれらの前提を踏まえて本稿では広義のオリエンタリズムを、東洋文化への憧れや畏怖、と、東洋文化を言語化する過程で生じる差別や相対化、のどちらも含むものと解釈する立場を採ることとする。サイードの記述に於いても、ナポレオンによる『エジプト史』編纂をめぐる文脈の中で“近代ヨーロッパ科学の中に登場した新しいオリエントは(中略)「ヨーロッパ諸国民の風習との顕著な対比」を示す役割を担い、それによって東洋人の「奇妙な享楽性」が西洋の風習の生まじめさと合理性とをことさらきわ立たせることになる。” 5)などの箇所が見られる。

 先述のように、サイードの手法はすでに書き記された文献から西洋から東洋に対する視点を詳らかにするものであるが故に、西洋=書く人、東洋=書かれる人、の図式が固定化されてしまっている。これはもう一歩踏み込んで“ 東洋人は固定化された不動のもの、調査を必要とし、自己に関する知識すら必要とする人間として提示される。” 6)と表現されている。筆者はこの一文に触れ、西洋医学から見た東洋医学に対する見方や発言全般が集約されているように直感した。東洋医学は経験医学として固定化され、その作用機序の知識すら外部(西洋医学)から必要とする医療として提示される宿命である、と。

日本におけるオリエンタリズム

 訳者あとがき7)のなかで今沢は“ 主体=観る側としての西洋と客体=観られる側としての非西洋世界とが対立するオリエンタリズムの構図に対して、近代日本はきわめて特異な関わり方をしている” として評している。また“ 日本は西洋の東洋観をも摂取して、オリエンタリズムの主体=観る側に立ったのである。したがって西洋オリエンタリズムに向けられた批判は実は日本のオリエンタリズムに向けられた批判であると言うべきなのである” とも指摘している。また杉田8)は“「日本のオリエンタリズム」の問題は、日本と東アジア(とくに中国・朝鮮)との歴史的関係を辿るときにも同様に現れてくる” と述べている。また“ 日本と中東のあいだでは、さまざまのレヴェルで日本人の「オリエンタリズム」を問題にすることが可能” であるとし“ 商社マンのあいだでよく問題にされる「アラブのIBM」-イン・シャー・アッラー(神が望み給えば、多分)、ボクラ(明日にしよう)、マーレーシュ(気にするな)-というアラブ社会を揶揄した合言葉” を例に挙げている。

 この問題提起に対して、筆者にとって多少経験上の造詣が深い沖縄文化を当てはめて考えてみたい。観る側が非沖縄県在住者「大和人」(やまとんちゅ)若しくは「内地人」(ないちゃ)であり、観られる側が沖縄県在住者「沖縄人」(うちなんちゅ)という図式である。先のアラブのボクラ(明日にしよう)、マーレーシュ(気にするな)はそのまま沖縄人の「島時間」の概念及び「沖縄口」(うちなーぐち、沖縄方言)の「なんくるないさー」に置き換え可能である。我々大和人が沖縄人は時間にルーズであることを指して「島時間だから仕方がない」と発言するときには、軽い侮蔑の感情が入るのと同時に、時間に急かされないおおらかな雰囲気の中で仕事がしたい、という憧れにも似た感情を同時に抱いているのを完全には否定できない。この心的現象はあくまでもイメージであって、実際には多数の沖縄人が時間に正確である。そうでなければゆいレールや航空機の定時運行は不可能なはずである(関東圏の朝の電車の方が定時運行率は低いように思われる)。そもそも浦島太郎の竜宮城のように、大和人は海の向こうに時間の流れを超越したパラダイスがあるとのイメージを共有しているように感じる。沖縄はこのイメージを具現化するのに丁度良い地理的環境を有していると考える。もっともその沖縄においてもニライカナイ信仰という沖縄人共通のイメージが存在し、沖縄本島にとっての久高島や宮古島にとっての大神島は神事を行ういわゆる「神の島」としてそのイメージに近いのかもしれない。

 大和人が抱く憧憬が沖縄であり、沖縄が抱く憧憬がニライカナイであるとするならば、オリエンタリズムの持つ差別的視覚をも沖縄は持っていることになる。それが端的に現れているのが人類館事件だと考える。あらましは“1903年(明治36 年)3月、大阪で政府主催の第5回内国勧業博覧会が開かれた。会場周辺には営利目的の見せ物小屋が立ち並んだ。その一角に、「学術人類館」と称する施設がたてられ、アイヌ・台湾の先住民族・琉球人(2人の女性)・朝鮮人・中国人・インド人・ハワイ人などが「陳列」されて見せ物にされた。これに対し、韓国・中国の留学生から抗議の声があがり、『琉球新報』の太田朝敷も「隣国の体面をはずかしめるものである」として中止を求めた。しかし、太田は同時に「琉球人が生蕃(台湾先住民族)やアイヌと同一視され、劣等種族とみなされるのは侮辱」であると述べ、沖縄のゆがんだ日本への同化思想をあらわにした。沖縄からの抗議で、琉球女性の展示は取り止めになったが、他の民族の展覧は最後まで続いた。” 9)とのことである。大日本帝国への同化思想が背景にあったとは言え、沖縄人が台湾先住民やアイヌの人々を下に観ていた事実が浮かび上がってくる。観られる側がその不条理を訴えた事例が、サイードの指摘を待つまでもなく行われていたことになる。逆説的にサイードの問題提起が一般的、普遍的であることも示しているように思える。

 さらに狭小な例では、与那国島の民話「イヌガン」10)のなかにも、他の島(文化圏)への憧憬とも侮蔑とも読み取れる表現がある。要約すると、イヌガンとは与那国島内の地名であり、そこに久米島から漂着した女と犬が暮らしていた。そこへ小浜島から新たに漂着した釣り人が現れ、久米女の知らない所で犬を殺害し埋めてしまう。小浜男は小浜島に妻がありながらも久米女との間に子どもを作り与那国島にて暮らすが、ある日犬の埋葬場所を久米女に話すと、翌朝にはその場所で久米女が犬の骨を抱きながら死んでいた。久米女と小浜男の子どもたちが与那国島に村を作った。という話である。原罪の暗喩のようでもありながら、はっきりと久米島と小浜島と言った固有の島名が登場するのが印象的である。島の固有名詞の代わりに「ある島」などを当てても「くにはじめ」の物語としては成立しそうだが、与那国、久米、小浜の固有名詞がでてくるのは各島の間で起こった何らかのやりとりが元ネタになっているだろうということは想像に難くない。

 さらに卑近な例では、大阪は東京をライバル視するが東京は大阪をそもそもライバルとすら思っていない、とか、でもお笑いやユーモアのセンスは大阪の方が東京よりも上だ、など、罵り合いと称え合いの紙一重は各地で観られる現象であることが観察される。杉田11)は“ 安易な一般化と「上からの演繹」を戒めることが何より必要とされているのであり、一旦作られたレッテル(言説)がいかに強大な力を揮うようになるかという点にこそ,『オリエンタリズム』が、私たちに強く警告している問題の一つはあったのである。” と述べている。

 このようにある文化圏からある文化圏への憧れや侮蔑は、その文化圏の広狭や構成人員の多寡にかかわらず存在する、或いは存在せざるを得ない。これは人間の本能のようなものであると筆者は考える。

東洋医学を取り巻くオリエンタリズム

 西洋医学は文字通り、数値化、言語化、統計と実証の科学的な西洋文化を体現している、日本における非西洋医学はそれこそ沖縄の島々のように様々な療法が存在し、雑多でありながらも西洋側からある種のイメージの固定化を許している。さらに各療法間には憧憬や侮蔑が入り混じったマウンティングにも似た観念や言動が半ば本能的に存在する。資格の有無、エビデンスの有無を問わず、である。

 ここまで考察してきたように、西洋医学から東洋医学への眼差しには、実際の厳密な科学的検証とは別系統として、臆見や観念が先行する形での「上からの演繹」が無意識的に含まれてしまう。この感覚こそが東洋医学をいつまでも胡散臭さの檻に閉じ込めている正体のように思われる。西洋医学を修めた医師が、S投手の不調の原因を東洋療法(のせい)に求める図式が世間に違和感なく受け入れられてしまう主因はここにあると考える。対象を数値化、言語化する西洋発祥の科学的作法に従って東洋医学を研究したところで、西洋によって東洋に貼られたレッテルがある限りは胡散臭さがつきまとってしまうのではなかろうか。

 またさらに、オリエンタリズムを踏まえても踏まえなくても、東洋人が西洋人を相手に東洋らしさをセールスポイントに掲げる事例が存在することにより、問題を一層複雑化せしめている。青木12)は“ オリエンタリズムは西欧の「偏見」にはちがいないとしても、アジアもまたその形成に協力したといってもよい。フジヤマ、ゲイシャもまた然り、異文化をめぐるイメージの売りと買いとの競合が、常に異国情緒を創り出してきた。” と述べている。これはかなり突き刺さる指摘に感じる。東洋医学はそもそも意識的に「東洋の神秘」「得体の知れなさ」を売り文句にしているのではないのか?と筆者には読み取れてしまうのである。二度目の東京オリンピックに向けた胎動を感じる今般、確かに例えばインバウンド客層対策として東洋の神秘をキャッチコピーに掲げたジャパニーズ・ヒーリングとしての指圧を売り出せばまあまあ人気にはなりそうだが、やはりどこか腑に落ちない気分も残るだろう。指圧の科学的探究の壁は自己の中にも存在し得る、ということである。

レッテルは剥がせるのか?

 結論から申せば「剥がせない」と考える。いままで見てきたように、相対する文化自身の中にも相対する文化があり、箱根細工の入れ子のような構造が観察できる。最終的には文化圏を構成する集団の最小単位である個人の中にもアンビバレントな感情や逆にレッテルを利用してやろうとする計算が働く心理が読み取れる。このことから「上からの演繹」によるレッテル貼りは人間の本能のようなものであり、貼ってしまう思考自体については禁じない方がスマートな態度であるように思える。その思考を隠蔽しない分むしろ自然で欺瞞的な態度に陥らなくて済むような気がしてならないからである。思考実験として人間を原始状況に巻き戻して推察すると、風上、風下や川上、川下などを感覚から読み取る能力を人間は獲得していて、その拡大的応用として文化の優劣をも直感する能力があり、生存上優位に立ち続けるための情報を欲するからこそ常に「観る側= 上位」にいたいのではないだろうかと考える。

 しかし、この仮説が正しいとしても、今回のように既存のレッテルを利用するような形で身体の不調、障害の精確な検証をすることなく世間に公表してしまうことは避けなければならない。少なからず風評を含む実害を被る人や傷つく人を生み、異文化間の対立の先鋭化を招いてしまうからである。

 では、この難問にどう対処すればよいのか。

 サイードの『オリエンタリズム』発表から四十余年、沖縄の本土復帰から四十余年、この間に世界の情報伝達技術は発達、さらにまた広く普及し、異文化間の情報交換の頻度は飛躍的に増大した。この恩恵にあずかり、いまやインターネットに接続した大画面を通して異国の路地や市場の風景および動画を再生し、世界旅行の疑似体験が居室にて可能となっている。また歴史上の各文化圏の資料などが偏見や臆見なしに直接閲覧できるようにもなった。これらにより、西洋による東洋への「気づき」の深化、高度化も起こっているように思われる。東洋医学における好例がキーオンによるファッシア論13)ではないだろうか。東洋医学的には既知であった心包や三焦を結合組織や発生学の観点から検証しているこの論理については、科学的であるがゆえに論理の精確性についてはこれからさらに検証されていく必要性を感じるが、キーオン曰く“ 経絡や「氣」を現代の言葉で通訳したにすぎない” のだそうである。一見すると『オリエンタリズム』の西洋による記名の延長にも思えるが、訳したにすぎないという謙虚な言葉を純粋に信じて論の再検証と強化の経緯を見守りたい。

 そして西洋医学側からの批判的でない友和的なアプローチを、我々東洋医学側は黙って待っている訳にはいかない。訳されるべき時に向けて準備することが山のようにあるはずである。西洋の科学の作法に則った研究を深化していくことは、先に挙げた意識的な東洋らしさをセールスポイントにしている者からは理解が得られないかもしれない。しかし情報化社会が高度に深化進行すれば、文化圏間の相対化がさらに加速し、観る側と観られる側、表記する側と表記される側は日々刻々と逆転を繰り返していく可能性が否めない。すでにSNSなどで「言った者勝ち」のような状況が散見される。ある事象に対してある人が「こうだ!」と言い、その言説のみが正義、真理として通用してしまうとその事象に対しては誰も反論ができなくなってしまう。一方、エビデンスに裏付けられた事象は、報告された手順に従いさえすれば誰もが等しく再検証や反証が可能である。例え同一の結果が得られなかったとしても、その検証を次の再々検証に繋げていくことができる。この一連の流れを通じることによって多くの合意の形成や相互理解を生むのである。エビデンスなき放言ではこの流れを生むことはできない。異なる文化圏間または異なる手技療法間で共通認識を醸成する妥当な方法が科学的手法だとすれば、一見国家資格の有無は問われないようにも取れる。しかし、一定の治療実績および科学的証明による知の集積、エビデンスがあるからこその国家資格とも言える。無資格の手技療法はエビデンスを示して国家による承認を得るように活動すべきである。また、有資格の手技であってもエビデンスの集積に努めるべきであると考える。

 東西文化圏の分け隔てなく、さらに小さい各文化圏も差別なく、良いところを集積し悪いところを淘汰したようなコスモポリタニズム文化圏のようなものが確立されれば本能的な「上からの演繹」のような差別的記名および思考は、無くならずとも先鋭的意識を持たずに済むところまでは行けるように考える。

 壁は乗り越えなくとも自然と消えてくれるのが一番平和なのではなかろうか。

おわりに

 異なる文化間の差異を観察する時、無意識に優劣の偏見で観てしまう。この先も西洋医学側から東洋医学側に対しての偏見に起因するトラブルが想定される。しかし、相手の文化へのリスペクト精神に基づき、異文化同士相互の共通認識の了解方法から確認する丁寧な対処を心がければ、差異をフラットに捉えようとする方法を模索し得る。避けるべきは真正面から反論する方法で、新たなマウンティングを生じさせることである。合意に基づく共通の方法(科学的手法)を用いて検証、再検証に耐える立証を通じながらより広く新たな合意形成を目指していく包括的な動きが合理的で経済的なのではないかと考える。

 都合の良い抗弁の隠れ蓑に東洋医学を使われないように、多くの人が検証、立証に参加し平等に議論できる土台づくりを進めなければならない。

参考文献

1)【緊急報告】読売巨人軍・澤村投手への施術報道の検証,医道の日本 第76 巻 第11 号(通巻890号),p.27-32,2017
2)鍼灸団体, 沢村のはり施術ミス疑いで巨人回答書公開, 日刊スポーツ2017年11月9日
https://www.nikkansports.com/baseball/news/201711090000537.html
3)巨人・澤村の鍼トラブル 被害者なのに同情されない理由, 週刊ポスト2017年9月29日号
https://www.news-postseven.com/archives/20170918_613856.html
4)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:オリエンタリズム(下)第1版18刷,平凡社,東京,p.345,1993
5)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:オリエンタリズム(上)第1版26刷,平凡社,東京,p.203,1993
6)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.244
7)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.393
8)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.364
9)新庄俊昭:教養講座 琉球・沖縄史,東洋企画,沖縄,p.267,2014
10)池間榮三:与那国の歴史 第7 版,琉球新報社,沖縄,p.70,1999
11)エドワード・W・サイード著,板垣雄三・杉田英明監修,今沢紀子訳:前掲註4),p.369
12)青木保:逆光のオリエンタリズム 第1 版2 刷,岩波書店,東京,p.3-4,1998
13)【 巻頭企画】筋膜と発生学の新知識でわかった! 経絡経穴ファッシア論―鍼灸はなぜ効くのか―,医道の日本 第77 巻 第6 号(通巻897 号);p.29-35,2018


成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果:菅谷 愛

菅谷 愛
日本指圧専門学校 指圧科

Physiological and Psychological Effects of Abdominal Shiatsu Treatment for Adult Female

Ai Sugaya

 

Abstract : This report studies the physiological and psychological effects of abdominal shiatsu treatment (20 points) on an adult female. Salivary amylase and circulatory dynamics (blood pressure and pulse rate) were used as indices for physiological evaluation. A subjective symptom questionnaire prepared by the Working Group for Occupational Fatigue was used as an index for psychological evaluation. No physiological or psychological changes due to shiatsu were observed in this study. Since the results may have been affected by fluctuations in sex hormones, in future studies a detailed analysis that takes sex hormone fluctuations into account would be desireable.

Keywords: abdominal shiatsu treatment,salivary amylase,heart rate,blood pressure,subjective symptom questionnaire ,adult female


I.はじめに

 近年、女性の生活は、多様な変化を遂げ、家庭環境及び職場環境において多くの女性が様々なストレスに曝されながら生活をしており1)、ストレス因子が与える生理的、心理的な影響による健康被害が懸念されている2)
 このような背景から、ストレスケアを目的として補完代替医療である手技療法への関心が高まっている3)。女性のストレスケアを目的とした手技療法の有効性は、フットマッサージ4)、ハンドマッサージ5)6)を用いた例などで複数報告されている。
 指圧療法においては、全身指圧により心理的指標が改善した例が報告されているが7)、今回は女性の多様な生活スタイルに取り入れやすいように配慮し、時間的制約及びセルフケアの観点などから、短時間で実施でき、自己施術も容易な腹部指圧20点の有効性について検討を行ったので報告する。

Ⅱ.方法

1.対象

 健康成人女性10名

 平均年齢35.6±13.8歳(±SD)

 無作為割り付けを行い、A班5名、B班5名に振り分けた。

2.場所・期間・環境

 場所:日本指圧専門学校指圧研究室

 期間:2017年7月12日~7月31日
 唾液アミラーゼ活性の日内変動を考慮して8)、実験実施時間は13時30分から15時30分の間と設定した。

 環境:平均気温25.00±0.76℃(±SD)

 平均湿度66.86±4.67% (±SD)

3.評価項目

(1)生理的評価
 唾液アミラーゼ活性を唾液アミラーゼモニター(NIPRO CM-3.1)を用いて測定した。
 血圧、脈拍数をデジタル自動血圧計(OMRON HEM-762)を用いて測定した。

(2)心理的評価
 日本産業衛生学会・産業疲労研究会作成の自覚症しらべ9)を用いて測定した。
 自覚症しらべは25の質問項目からなり、「Ⅰ群:ねむけ感」、「Ⅱ群:不安定感」、「Ⅲ群:不快感」、「Ⅳ群:だるさ感」、「Ⅴ群:ぼやけ感」の5因子構造を持つ。25項目それぞれに、1:まったくあてはまらない、2:わずかにあてはまる、3:すこしあてはまる、4:かなりあてはまる、5:非常によくあてはまる、までのいずれか1つに〇をつける5段階評価方式である。合計スコアが高いほど、疲労感が高いことを示す10)

4.実験方法

 被験者にはあらかじめ実験について十分な説明を行い、同意を得て実験を行った。

(1)実験手順
 指圧刺激による介入を行う場合(以下、刺激群)、被験者に水でうがいをさせ、5分間仰臥位閉眼安静後、1回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測1回目)。次に、指圧施術を3分間行った直後、2回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測2回目)。その後、5分間仰臥位閉眼安静後、3回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測3回目)。
 指圧刺激による介入を行わない場合(以下、無刺激群)、被験者に水でうがいをさせ、5分間仰臥位閉眼安静後、1回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測1回目)。次に、3分間仰臥位閉眼安静後、2回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測2回目)。その後、5分間仰臥位閉眼安静後、3回目の唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数測定、自覚症しらべを実施した(計測3回目)。
 暴露順の影響を除外するために、刺激群と無刺激群の順番を逆にしたクロスオーバー試験とした。A班は刺激群、無刺激群、B班は無刺激群、刺激群の順番で実施した。繰り返し効果を除外するために刺激群と無刺激群の実施においては1週間以上の間隔を設けた。

(2)刺激方法
 仰臥位にて、浪越式基本指圧の腹部20点を両母指圧にて刺激した。刺激時間は腹部20点を1点圧3秒で3分間繰り返し行った。圧刺激は通常圧法(漸増、持続、漸減)にて、快圧で行った11)

5.解析方法

 刺激群、無刺激群それぞれで、計測1回目、計測2回目、計測3回目のデータ各間で対応あるt検定(Bonferroni 補正)を行った。
 有意水準は危険率5%未満(p<0.05)とした。

表1.生理的項目計測値一覧
表1.生理的項目計測値一覧

図1.生理的変化
図1.生理的変化

Ⅲ.結果

1.生理的変化

 生理的変化を表1、図1に示した。
刺激群、無刺激群ともに、唾液アミラーゼ、血圧、脈拍数に有意な変化は見られなかった。

2.心理的変化

 心理的変化を表2、図2に示した。
 刺激群、無刺激群ともに、有意な変化は見られなかった。

表2.心理的項目計測値一覧
表2.心理的項目計測値一覧

図2.心理的変化
図2.心理的変化

Ⅳ.考察

1.生理的変化

(1) 唾液アミラーゼ
 唾液アミラーゼは、HPA(視床下部―脳下垂体―副腎系)、あるいはSAM(交感神経―副腎髄質系)の活性化に伴って分泌が増加するため、ストレス負荷に対するバイオマーカーとして用いられる12)
 これまでに健常成人を対象とした前頸部指圧によって唾液アミラーゼが指圧5分後に有意に減少することが報告されており13)、この結果から、前頸部指圧は抗ストレス作用を有することが示唆される。
 本調査では、同じ指圧療法による腹部指圧(20点)の有効性について調査を行ったが、同様の結果を示すことができなかった。理由としては、今回、対象者が女性であったため、女性ホルモンが唾液アミラーゼ活性に影響を与えた可能性が推察される。唾液アミラーゼは副交感神経が優位になる卵胞期と比較して、交感神経が優位になる黄体期に活性が高まることが報告されており14)、女性ホルモン分泌は、加齢とともに個体差が大きくなり、全体的に減少傾向を示す15)。本調査においては、対象者の月経周期並びに年齢的要素において、区分けを行わなかったため、これらの因子が影響し、唾液アミラーゼ活性に変化がみられなかった可能性が考えられる。

(2)循環動態
 これまでに健常成人を対象とした腹部指圧によって、血圧及び脈拍数が有意に減少することが報告されている16)17)。この結果から、腹部指圧による全身的な影響として、延髄の心臓中枢を介した上脊髄性の反射による心臓副交感神経亢進作用並びに心臓交感神経抑制作用の両方またはどちらか一方の作用が示唆される。
 しかし、本調査では同様の結果を示すことができなかった。今回、対象者が女性であったため、唾液アミラーゼ活性と同様に、女性ホルモンが循環動態に影響を与えた可能性が推察される。女性ホルモンによる循環動態への影響として、エストロゲンには血管拡張による血圧低下作用、プロゲステロンには心拍数の増加作用並びに血管収縮による血圧上昇作用があることが知られている18)。よって、本調査においては月経周期の影響により、循環動態に変化がみられなかった可能性が考えられる。

2.心理的変化

 女性ホルモンとストレス反応について、女性ホルモンであるエストロゲンには、ストレス負荷によって交感神経系が活性化された際に分泌されるノルアドレナリンの最終産物であるMHPG(3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol)を低下させる作用、並びにHPA(視床下部―下垂体―副腎皮質系)の反応抑制作用を有することが報告されている19)。月経周期別の疲労感は、副交感神経が優位になる卵胞期と比較して、交感神経が優位になる黄体期に感じやすい傾向であることが報告されている20)
 これらのことから女性のストレス反応は、エストロゲンの作用により男性と比較して低い傾向にあること、並びに月経周期により影響を受けることが示唆される。よって、本調査においては対象者の性別特性及び月経周期の影響により、心理的変化がみられなかった可能性が考えられる。
 また、実験手順において、安静閉眼後に行うアンケート調査の介入が、心理的障壁となり、結果に影響を与えた可能性も推察される。
 今後は対象者の性ホルモン動態並びに実験手順を考慮した詳細な検討をする必要があると考える。

Ⅴ.結語

 成人女性を対象とした腹部指圧(20点)の効果について以下のことが明らかになった。

 1.生理的変化はみられなかった。

 2.心理的変化はみられなかった。

 実験結果には性ホルモン動態の影響が推察されるため、今後は対象者の特性に考慮した詳細な検討が望まれる。

Ⅵ.謝辞

 本調査に対してご指導いただいた金子泰隆先生、大木慎平先生をはじめご助言をくださった先生方、実験にご協力いただきました本校学生の皆様に心より感謝いたします。

参考文献

1)厚生労働省HP:平成28年度版 働く女性の実情,http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/16.html
2)女性労働協会HP:働く女性の健康に関する実態調査結果:http://www.jaaww.or.jp/about/pdf/document_pdf/health_research.pdf
3)今西二郎:医療従事者のための補完・代替医療,金芳堂,2009
4)米山美智代 他:生理的、心理的ストレス指標からみた健康な成人女性に対するフットマッサージの効果,日本看護技術学会誌8(3);p.16-24,2009
5)佐藤都也子:健康な成人女性におけるハンドマッサージの自律神経活動および気分への影響,山梨大学看護学会誌4(2);p.25-32,2006
6)大川百合子 他:健康な成人女性に対するハンドマッサージの生理的・心理的反応の検討,南九州看護研究誌9(1);p.31-37,2011
7)大木慎平:全身指圧による心理的影響を測定した一例,日本指圧学会誌4;p.7-10,2015
8)山口昌樹 他:唾液アミラーゼ式交感神経モニタの基礎的性能,生体医工学45(2);p.161-168,2007
9)産業疲労研究会HP:自覚症しらべ
10)瀬尾興彦:新版「自覚症しらべ」調査票の利用にあたって,労働の科学57(5);p.45-46,2002
11)石塚寛著:指圧療法学,国際医学出版,2010
12)井澤修平 他:唾液を用いたストレス評価―採取及び測定手順と各唾液中物質の特徴―,日本補完代替医療学会誌4(3);p.91-101,2007
13)衞藤友親:前頸部指圧による抗ストレス作用―唾液アミラーゼ変化より考察―,日本指圧学会誌5;p.19-23,2016
14)喜多村尚 他:女子大生の月経周期における唾液分泌反応の日内変動,日本栄養・食糧学会誌63(2);p.79-85,2010
15)内田さえ 他:生理学 第3版,医歯薬出版
16)小谷田作夫 他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について,東洋療法学校協会学会誌22;p.40-45,1998
17)井出ゆかり 他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果,東洋療法学校協会学会誌23;p.77-82,1999
18)山本真千子 他:正常性周期における自律神経活動の変化,日本不整脈心電図学会誌22(6);p.626-632,2002
19)山田茂人:ストレス反応の男女差,精神神経学雑誌112(5);p.516-520,2010
20)大平肇子 他:卵胞期・黄体期における疲労感および精神負担感,人間工学52;p.156-157,2016


【要旨】

成人女性における腹部指圧の生理的・心理的効果
菅谷 愛

 本研究では成人女性における腹部指圧(20点)が与える生理的・心理的効果について調査を行った。生理的評価には唾液アミラーゼ及び循環動態(血圧、脈拍数)を指標に用いた。心理的評価には自覚症しらべ(産業疲労研究会作成)を指標に用いた。

 実験の結果、指圧による生理的・心理的変化はみられなかった。結果には性ホルモン動態の影響が推察されるため、今後は、性ホルモン動態を考慮した詳細な検討が望まれる。

キーワード:腹部指圧、唾液アミラーゼ、心拍数、血圧、自覚症しらべ、成人女性


礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報):大木 慎平,本多 剛

大木 慎平,本多 剛
日本指圧専門学校 専任教員

Second Report on Volunteer Shiatsu at Rekisen Marathon: Survey Report

Shinpei Oki, Tsuyoshi Honda

 

Abstract : On November 27th, 2016, volunteer shiatsu therapists treated 40 runners at the Forty-Second Rekisen Marathon. Thirty-eight of the runners answered a post-race survey asking them about the areas where they felt fatigue or pain and how their level of general fatigue changed before and after shiatsu treatment.
The most common areas that people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower legs, the thighs, and the shoulders. Thirty-six out of 38 runners reported a decrease in general fatigue.

Keywords: shiatsu, sports, volunteer, survey, marathon


I.はじめに

 文京区青少年対策礫川地区委員会主催の第42回礫川マラソンが平成28年11月27日に開催された。
 日本指圧専門学校は、地域に根づいた学校としてこの大会に協賛し、レースを終えたランナーに対して本校学生が指圧施術をするボランティアを毎年行っている。
 前年に小松ら1)によりランナーのレース後の不調部位や、指圧によりどの程度改善するかなどのアンケート調査が行われているが、本年も引き続きレース後の礫川マラソン出場者に対し、アンケート調査を実施した。
 本年は新たに日本指圧学会によって作成されたアンケートを用い、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化を調査したので報告する。

Ⅱ.方法

 日時 :平成28年11月27日(日)

 場所 :日本指圧専門学校 第三実技室

 施術者:日本指圧専門学校学生1~3年生
 (すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作2)を習得している)

 対象 :第42回礫川マラソン参加者中、競技終了後にボランティア指圧を受け、かつアンケートに回答した者(40名)
 使用したアンケート用紙は平成28年度日本指圧学会冬季学術講習会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを用いた(図1、2)。指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明し、アンケートの設問1~5までを回答してもらった。その後、ランナーの不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を15~30分の時間内に施術し、その直後にアンケートの設問6~7までを回答してもらった。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。
 なお、今回のアンケート結果の解析は、設問2、4、5、7で有効回答が十分に得られなかったため、設問1、3、6でのみ行った。

図1.アンケート 説明用紙
図1.アンケート 説明用紙

図2.アンケート 記入用紙
図2.アンケート 記入用紙

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した40名のうち、設問1、3、6の有効回答数は38名だった。

・設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労及び痛む部位で最も多い回答は第1位が下腿(15.8%)、第2位が大腿(13.9%)、第3位が肩(12.7%)、第4位が腰・背中(8.9%)、第5位が殿部(7.6%)となった(表1、図3)。また、設問1は複数回答可のため、合計回答数は158箇所だった。

・設問3、6…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのVASは、減少が36名、増加が1名、変化なしが1名だった(図4)。平均は、施術前が62.18±19.88(mean±SD)、施術後が23.21±17.83で(図5)、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図3.疲労・痛みを自覚する部位別件数
図3.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図4.施術前後のVASの変化
図4.施術前後のVASの変化

図5.施術前後のVASの平均
図5.施術前後のVASの平均

Ⅳ.考察

・疲労や痛みを自覚する部位について

 前年の小松らの調査1)では疲労及び痛む部位で多かった回答は大腿・下腿が上位を占めたが、本年においても下腿が1位、大腿が2位と同様の傾向を示した。前住らは市民マラソン中に沿道で救護対象となったランナーの症状は、膝の関節痛、筋肉痛、こむら返りといった下肢痛や下肢痙攣が最も多かったことを報告しており3)4)、長距離走では足部や膝関節に繰り返し掛かる衝撃により下腿・大腿部の筋にストレスが蓄積し、障害へとつながっていくものと推察される。本大会には小中学生から中高年まで様々な年齢層の市民が参加しており、マラソンの練度にも幅があったためこれらの報告と同様の傾向を示したものと考えられる。
 目を引くのは3~4位を肩・腰・背中と体幹部が占めた点だが、2011年と2012年の東京夢舞マラソンで行われた衞藤らの同様の調査5)6)でも、腰痛の有訴率は3位と比較的高い割合を占めており、マラソンと腰痛の関連性を窺わせる結果となっている。マラソンによる腰痛の原因は様々あると思われるが、下肢の筋緊張が先行することで、ハムストリングスや大殿筋などの股関節伸筋群の過緊張により生じる骨盤前傾制限や、大腿四頭筋・腸腰筋・大腿筋膜張筋などの股関節屈筋群の過緊張により生じる骨盤後傾制限なども一つの要因として考えられる。また、厚生労働省は有訴者率の多い症状として、腰痛が男性で1位、女性で2位、肩こりが女性で1位、男性で2位であることを報告している7)。そのため、そもそも我が国においては腰痛や肩こりを有する割合が非常に高く、もともと腰痛・肩こりを日常的に有していたか、長距離のマラソンにより、素因として有していたそれらの症状がより増強され、今回のアンケートの結果に反映されたのではないかと推察される。

・全身の疲労度合いについて

 指圧施術前後の疲労度は、前年の小松らの報告1)とほぼ同様に約95%の被験者で改善がみられた。この結果は、競技直後のマラソンランナーに対する指圧によるケアの有用性を支持するものと考える。ただし、有害事象として1名においてVASの数値の増加がみられた。これはレース直後の疲労した筋に対して指圧が過剰刺激となってしまい、いわゆる「もみ返し」が生じてしまったケースと推察される。有害事象の発現を防ぐためにも、コンディショニングに際しては競技者の反応を十分に観察し、刺激量について細心の注意を払う必要があると考える。

・アンケートの運用について

 今回は、日本指圧学会作成のアンケート用紙を使用した初めての調査となったが、現場での運用から様々な問題点が表出する結果となった。まず、人体図に印をつける設問1、2だが、印を文字につけるのか絵につけるのかわかりづらいとの声が多く聞かれたほか、字が細かすぎて判読できない、設問2があることにそもそも気づかないというケースも多くみられた。これらは設問2の有効回答の少なさに反映されていると推察されるので、一目で判別できるように図の簡略化、フォントサイズの調整などが望まれる。また、一般に想像される治療院などでの臨床現場では、既存のアンケートでも有効な回答が得られると予想されるが、競技終了直後の興奮・疲労状態にある選手に対しては記入方法の説明が十分に理解されなかったり、設問が細かすぎる可能性がある。そのため、ボランティアやスポーツ現場など、慌ただしい環境で使用するアンケートについては別に設ける必要性も考えられる。
 上記の点を改善点とし、より有用なアンケートの作成を次回の課題としたい。

Ⅴ.結論

 第42回礫川マラソン出場ランナーに対して指圧施術とアンケートを行い、40名中38名で有効回答が得られた。38名中、36名で施術前後の疲労及び痛みのVASに改善がみられた。また、疲労及び痛みを感じる部位で最も多い回答は下腿だった。

参考文献

1)小松京介,本多剛,大木慎平 他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌5,p.24-27,2016
2)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,p.78-126,国際医学出版,東京,2016
3)前住智也,田中秀治,徳永尊彦 他:市民マラソンにおける沿道での要救護者の傾向と体制整備の条件,日臨救医誌11,p.224
4)前住智也,田中秀治:マラソンにおける脱水時の経口補水液(OS-1®)の効果に関する検討,国士舘大学体育研究所報28,p.65-69,2009
5)衞藤友親,宮下雅俊,石塚洋之 他:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌1,p.31-34,2012
6)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌2,p.37-40,2013
7)厚生労働省HP:平成25年国民生活基礎調査の概況,2013


【要旨】

礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報)
大木 慎平,本多 剛

 平成28年11月27日開催の第42回礫川マラソンに指圧ボランティアとして参加し、レースを終えたランナーに対し、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化をアンケート用紙を用いて調査した。指圧を受けた40名のうち、アンケートの有効回答数は38名だった。
 その結果、痛みや疲労を感じる部位で最も多かったのは下腿、大腿、肩の順となった。また、全身の疲労度合いは38名中36名で改善がみられた。

キーワード:指圧、スポーツ、ボランティア、アンケート、マラソン


線維筋痛症に対する指圧治療:作田 早苗

作田 早苗
りんでんマニピ指圧治療院

Shiatsu Treatment for Fibromyalgia: a Case Report

Sanae Sakuta

 

Abstract : This report examines the progress of subjective symptoms in the case of a 50-year-old female patient diagnosed with fibromyalgia. Following 163 shiatsu treatments between March 2015 and January 2017, the unbearable pain she had been experiencing throughout her body had been reduced to the extent that she sometimes forgot it was there. This suggests that the full body shiatsu therapy treatment resulted in increased muscle pliability and improved autonomic nervous function.

Keywords: shiatsu, fibromyalgia


I.はじめに

 線維筋痛症は発症年齢の多くが30~50代で、日本における男女比は男性16.8%:女性83.2%であり、いわゆる働き盛りの女性に多いのが特徴である。長期間にわたる激しい痛みの為、生活の質(QOL)が著しく低下し、社会的にも大きな問題を招いているにもかかわらず、進行例が多いことや、臨床像の複雑さもあり、原因がわからずドクターショッピングを繰り返している患者も多い1)。線維筋痛症は米国リウマチ学会(ACR)で1990年に定義が成立した歴史の浅い疾患であり2)、我が国においても厚生労働省により調査研究が開始されたのは2000年代に入ってからのことである3)
 症状としては、原因不明の全身の疼痛を主症状とし、不眠、うつ病などの精神神経症状、過敏性腸症候群、逆流性食道炎、過活動性膀胱などの自律性神経症状を随伴症状とする病気である。また、ドライマウス、ドライアイなどの粘膜等の障害が高頻度に合併することがわかってきている。疼痛は、腱付着部炎や筋肉、関節などに及び、四肢から身体全体に激しい疼痛が拡散する。この疼痛発生機序の一つには下行性疼痛覚制御経路障害があると考えられている1)
 発症要因は、外傷・手術・ウイルス感染などの外的要因や、離婚・死別・別居・解雇・経済的困窮などの生活環境のストレスに伴う内的要因に大別される。これらの要因により慢性ストレスが生じ、神経・内分泌・免疫系の異常が引き起こされることで、疼痛シグナル伝達制御のシステムが著しく撹乱され、さらに多様な精神症状、疼痛異常が招かれると考えられている1)
 今回、線維筋痛症と診断された患者に対する指圧治療を約2年間(計163回)続けたところ、自覚症状の安定と軽快がみられたので報告する。

Ⅱ.対象および方法

 場所  :当治療院

 期間  :平成27年3月~平成29年1月(表1)

 施術対象:50代女性

 現病歴 :線維筋痛症(平成15年に診断)
 平成29年2月の病院での受診では、臨床症状重症度分類1)のステージⅢと判定された(表2)。痛みが強いときには整体院で強い圧の施 術を受けることで、痛みをごまかすような対処をしてきた。

 既往歴 :バセドウ病、慢性膵炎

 自覚症状:身体の内側から痛みが出てくるような感じ。全身の痛みに耐えられない。便秘気味。

 他覚所見:全身の筋硬直。話しながら常に体をさすり、「痛い。痛い。」と言っている。

 服薬  :

  • デパス®(エチゾラム):精神安定薬
  • マグミット®錠(酸化マグネシウム錠):制酸・暖下薬
  • カモスタット®(カモスタットメシル酸塩):膵疾患治療薬
  • リパクレオン®(パンクレリパーゼ):膵疾患治療薬
  • ポラプレジンク:消化性潰瘍治療薬
  • ガスコン®(ジメチコン):腸疾患治療薬
  • ファモチジン:消化性潰瘍治療薬
 (12年前の診断当初、リリカ®[プレガバリン]:鎮痛薬などを処方されたが、効果が十分でなく現在服用していない)

 治療法 :刺激部位、手順は浪越式基本指圧の全身操作に従ったが、頭部・腹部は母指圧、頭部・腹部以外は掌圧にて施術した。日常生活では、調子が良いときは軽いストレッチをし、入浴などで体を温めることを指導した。

表1.各月ごとの施術回数
表1.各月ごとの施術回数

表2.線維筋痛症の重症度分類(厚生労働省特別研究班)
表2.線維筋痛症の重症度分類(厚生労働省特別研究班)

Ⅲ.結果

 治療開始当初は背部を母指で軽く押していたが、頸部の緊張が緩和すると背部の緊張が強まったり、あるいはその逆の経過もみられた。それを受け、背部刺激を掌圧に変えたのちは、それらの変化はみられなくなった。

 また、発作時の痛む部位と硬結部位は一致しておらず、むしろ痛みのある部位は緊張していなくて、刺激を加えるとこわばってくることすらあった。そういったときは頭部・顔面(眼の周囲)を軽く掌圧したり、腹部の施術を行うことで痛みが緩和する傾向にあった。

 VAS(Visual Analog Scale)値は初診のH27年3月が10だったが、H28年12月には調子が良いときで5.5になった(図1)。初回来院時は筋硬直とかなりの痛みが常にあり、発作がひどいときには痛みで二、三日は動けなくなり、寝たきりの状態になることもあった。しかし、治療を開始して2回目から、家に帰った後に身体が楽になっているのを自覚するようになった。

 現在は、調子が良いときには痛みを忘れていることもあり、また、発作時の痛みも、歩いて来院できる程度になっている。治療開始当初は同じ姿勢でいられるのは伏臥位では20分、仰臥位では5分が限度であったが、現在では仰臥位も20分位までなら耐えられるようになった。

 また、以前は湯船で体を温めても症状が緩和するということはなかったが、現在は入浴すると楽になるという。便秘にも改善がみられた。

 患者曰く、症状の強さについては日内変動が激しく、季節の変わり目、気圧の変化によってもかなり大きな影響を受けているが、全体を通しては改善の方向に向かっているという。

図1.施術期間中のVASの経過
図1.施術期間中のVASの経過

Ⅳ.考察

 患者は線維筋痛症の診断を受けて以降、今まで病院や整骨院などに通っていたが症状の改善がみられず、整体などで強い圧により施術される痛みで元々の痛みを誤魔化すようにしてきたため、筋硬直が慢性的に生じることで痛みの常態化を引き起こしていたものと推測される。今回、指圧の軽い圧により全身施術を続けることで、筋の柔軟性が出てきた4)5)6)ことに加え、自律神経機能も改善されて7)8)9)血行が良くなり、痛みが少しずつやわらいでいったと考えられる。

 線維筋痛症は我が国においては人口の1.7%、推定患者数200万人以上と他のリウマチ性疾患と比較しても頻度の高い疾患であるにも関わらず、病態解明ならびに診療体制の整備も遅れている。さらには医師をはじめ、医療従事者にも本疾患に対する正しい情報が著しく欠落しているのが実情である1)。治療については痛みへの対応はもとより、心身両面に現れている不定愁訴への対応が重要である。線維筋痛症の症状も軽症のうちは温熱療法、マッサージなどの理学的治療法が比較的奏効する時期があり10)、指圧により同様の効果を得ることも十分可能であると考えられる。また、慢性化・重症化した例では薬物治療のみでは十分な治療効果が得られず、精神的ストレス緩和やリラクゼーションを目的とした生活指導など、心理社会的要因に対するアプローチが有効となるケースも多い10)。指圧療法においては、坐位指圧により緊張、抑うつ、怒り、疲労、混乱などのネガティブな感情の緩和や、活気などのポジティブな感情が励起されることが報告されており11)、指圧の身体面に対する効果だけでなく、心理的な面からの効果も期待される。

Ⅴ.結語

 線維筋痛症患者に対する約2年間の指圧治療により、症状の緩和がみられた。

参考文献

1)日本線維筋痛症学会:線維筋痛症ガイドライン2013,日本医事新報社,東京,2013
2)Wolfe, F, et al:The American College of Rheumatology 1990 Criteria for the Classification of Fibromyalgia,Arthritis and Rheumatis 33(2); p.160-172,1990
3)松本美富士,前田伸治,玉腰暁子,西岡久寿樹:本邦線維筋痛症の臨床疫学像(全国疫学調査の結果から),臨床リウマチ18(1);p.87-92,2006
4)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
5)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
6)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2003
7)栗原耕二郎 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34;p.129-132,2010
8)横田真弥 他:前頸部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌35;p.77-80,2011
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌36;p.15-19,2012
10)村上正人、武井正美、松川吉博、澤田滋正 他:線維筋痛症に対する心身医学的アプローチ,臨床リウマチ18;p.81-86,2006
11)Shinpei Oki, et al:Physical and Psychological Effects of the Shiatsu Stimulation in the Sitting Position,Health 9(8),2017


【要旨】

線維筋痛症に対する指圧治療
作田 早苗

 今回、平成15年に線維筋痛症の診断を受けた50代女性に対し、平成27年3月から平成29年1月にかけて計163回の指圧治療を施し、自覚症状の経過を追った。結果、全身の痛みに耐えられないほどであった状態が、痛みを忘れている時がある程度にまで軽快した。これは、指圧の全身施術により、筋の柔軟性が向上し、自律神経機能の改善が生じたためであると考えられる。

キーワード:指圧、線維筋痛症


富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告:本多 剛,大木 慎平

本多 剛,大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu in Nanto City, Toyama Prefecture: Survey Report

Tsuyoshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : On Saturday, August 5th, 2017, volunteer shiatsu therapists treated 43 residents of Nanto City, Toyama Prefecture at Gassho Zukuri Cottage, located in the Historic Village of Gokayama. Participants completed a survey in which they described the areas where they felt fatigue or pain and how their level of general fatigue changed following shiatsu treatment. Of the 43 participants, 39 valid responses were obtained. The most common areas that people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower back, the shoulders and the knees. Thirty-eight out of 39 people reported a decrease in general fatigue.

Keywords: shiatsu, volunteer, survey, middle-aged and elderly, National Livelihood Survey


I.はじめに

 平成29年8月5日(土)、富山県南砺市にある五箇山合掌の里「合掌造りコテージ」で指圧ボランティアを行った。本活動は、同市で訪問マッサージ業を営む55期卒業生の計らいで実現した。これまで、衞藤ら1)2)や小松ら3)は対象をマラソン大会出場者に限定した指圧施術効果のアンケート調査結果を報告しているが、今回は日常生活において活発な運動習慣のない一般市民を対象としたアンケート調査である。

Ⅱ.方法

 日時 :平成29年8月5日(土)

 場所 :五箇山合掌の里 「合掌造りコテージ」 羽馬家

 施術者:日本指圧専門学校2~3年生
     (すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作4)を習得している)

 対象 :富山県南砺市在住の一般市民で指圧施術を受け、かつアンケートに回答した者(43名)

 使用したアンケート用紙は平成28年度日本指圧学会冬季学術講習会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを用いた。

 指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明し、アンケートの設問1~5までを回答してもらった。その後、対象が不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を1時間程度行い、その直後にアンケートの設問6~7を回答してもらった。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図1.疲労、痛みを自覚する部位別件数
図1.疲労、痛みを自覚する部位別件数

図2.最も気になっている部位別件数
図2.最も気になっている部位別件数

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した43名のうち、有効回答数は39名だった。

・設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労及び痛む部位で最も多い回答は第1位が腰(20.4%)、第2位が肩(16.7%)、第3位が膝(7.7%)、第4位が背中(6.3%)、第5位が疲れ(5.0%)となった(表1、図1)。また、設問1は複数回答可のため、合計回答数は221箇所だった。

・設問2…設問1で回答したうち、最も気になっている部位

 最も気になっている部位の回答は腰が15名(38.5%)、肩が13名(33.3%)と大半を占め、次いで多かったのは膝の5名(12.8%)だった(図2)。

・設問3、6…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのVAS(Visual Analog Scale)は、減少が38名、変化なしが1名だった(図3)。平均は、施術前が49.05±23.23(mean±SD)、施術後が12.95±12.06で、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)(図4)。

・設問4、7…最も気になる部位の不満度

 最も気になる部位の不満度のVASは、減少が38名、増加が1名だった(図5)。平均は、施術前が56.49±25.86、施術後が11.95±13.10で、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)(図6)。

・設問5…最も気になる部位による日常動作の不自由度

 最も気になる部位による日常動作の不自由度の平均は、51.36±27.34だった。

図3.全身の疲労度合いー施術前後のVASの変化
図3.全身の疲労度合いー施術前後のVASの変化

図4.全身の疲労度合いー施術前後のVASの平均
図4.全身の疲労度合いー施術前後のVASの平均

図5.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの変化
図5.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの変化

図6.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの平均
図6.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの平均

Ⅳ.考察

 疲労及び痛む部位の回答で多かったのは腰と肩だった。この結果は、厚生労働省が行う国民生活基礎調査5)の有訴者率が高いものと一致しており、一般市民の大半が腰や肩に何らかの症状を有していることがうかがえる。今回の対象は中高年者が多く、加齢に伴う脊椎間の弾力性低下、運動不足による筋力低下等が不良姿勢を招き、腰痛や肩こりを助長していると考えられる。全身の疲労度合と最も気になる部位のVASは、対象の97%で改善が見られた。このことから、浪越式基本指圧の全身操作が不良姿勢による筋の緊張を緩和し、症状の改善につなげたものと推察される。白木原らは高齢者の腰背部痛は年齢、膝痛、骨塩量、圧迫骨折椎体数、腰椎前弯角、腰仙角、ADL、QOLと関連があることを報告しており6)、指圧治療での腰痛症状の改善により、高齢者のQOLの向上に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

 しかしながら、最も気になる部位のVASは、対象のうちで1名改善が見られなかった。これを単に有害事象として判断できるかは疑問だが、考えられる理由として、南砺市では指圧施術を受けられる場が少なく、日常生活において指圧を受ける機会がないことから刺激過多となってしまったことがあげられる。今回の施術時間は1時間ということもあり、初めて指圧を受ける者には長めであった。今後は対象の受療経験の有無を踏まえ、施術時間を随時変更することも必要であると考えられる。

 尚、今回は単回施術の報告であり、経過を追跡することが難しい。そのため、設問5についての考察は見送ることにする。

Ⅴ.結語

 富山県南砺市在住の一般市民に対して指圧施術とアンケートを行い、43名中39名で有効回答が得られた。39名中、38名で施術前後の疲労及び痛みのVASに改善が見られた。また、疲労及び痛みを感じる部位で最も多い回答は腰だった。

参考文献

1)衞藤友親,宮下雅俊,石塚洋之 他:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌1;p.31-34,2012
2)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌2;p.37-40,2013
3)小松京介,本多剛,大木慎平 他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌5;p.24-27,2016
4)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,国際医学出版,東京,p.78-126,2016
5)厚生労働省HP:平成25年国民生活基礎調査の概況,2013
6)白木原憲明,岩谷力,飛松好子 他:高齢者の腰背部痛と身体,生活および生活の質との関連,日本腰痛学会雑誌;p.65-72,2001


【要旨】

富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告
本多 剛,大木 慎平

 平成29年8月5日(土)、富山県南砺市の五箇山合掌の里「合掌造りコテージ」にて指圧ボランティアを行い、南砺市在住の一般市民に対し、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化をアンケート用紙を用いて調査した。指圧を受けた43名のうち、アンケートの有効回答数は39名だった。その結果、痛みや疲労を感じる部位で最も多かったのは腰、肩、膝の順となった。また、全身の疲労度合いは39名中38名で改善がみられた。

キーワード:指指圧、ボランティア、アンケート、中高年、国民生活基礎調査


平成29年日本大学陸上競技部沖縄合宿指圧ボランティアアンケート報告:石塚 洋之

石塚 洋之
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu at 2017 Nihon University Track and Field Club
Training Camp in Okinawa: Survey Report

Tsuyoshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : The survey was conducted at Nihon University Track and Field Club Training Camp, held March 15-18, 2017 in Okinawa. Before and after receiving shiatsu, athletes were asked to complete a questionnaire printed on both sides of an A4-sized sheet of paper, in which they circled the areas on a body diagram where they felt fatigue or pain and described their general fatigue level and symptom complaint level on a 100mm (=100 point) Visual Analog Scale (VAS). Data was compiled for each event category. All 15 throwing event athletes showed post-treatment improvement in general fatigue levels as measured on the VAS. Of 32 running event athletes, 29 showed improvement in their general fatigue levels. Of 14 jumping event athletes, 13 showed improvement in their general fatigue levels.All 15 throwing event athletes showed improvement in symptom complaint level, as measured on the VAS. Of 32 running event athletes, 27 showed improvement in symptom complaint level. Of 14 jumping event athletes, 12 showed improvement in symptom complaint level.
Concerning the body area where the athletes felt fatigue or pain, the top reply among throwing event athletes was the lower back (equal left and right), followed by the upper and middle back (equal left and right). For the running event athletes, the top reply was the right posterior thigh, followed by the right posterior lower leg. For the jumping event athletes, the top reply was the left posterior thigh, followed by the posterior lower leg (equal left and right).

Keywords: sport shiatsu, Namikoshi shiatsu, Visual Analog Scale, survey, track and field


I.はじめに

 2017年3月15日から18日に行われた日本大学陸上競技部沖縄合宿において、競技者が練習後、身体のどの部位に痛みを生じるのか、また全身の疲労度と症状の不満度が指圧によってどの程度改善されたのかを調査するためのアンケート調査を行った。その結果を競技別に集計したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

 日  時:2017年3月15日~18日

 場  所:沖縄県沖縄市(奥武山総合運動場、沖縄県総合運動公園陸上競技場)

 対  象: 日本大学陸上競技部沖縄合宿参加者(18~24歳の男女)の練習前、練習後指圧を受けアンケートで有効回答が得られた64名

 評価方法:
 使用したアンケート用紙は、平成28年日本指圧学会冬季学術大会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを一部改変して用いた(図1、図2)。改変した箇所は症状の項目(人体図右)で、この内容をオーバートレーニング症候群の徴候1)に変更した。
 施術前と施術後の全身の疲労度と症状の不満度を100㎜(=100ポイント)の長さのVAS(visual analog scale)にて計測した。また疲労および痛みの部位を、身体イラストに○印で記入するよう指示した。陸上競技には多種多様な種目があるため、これらを3つのカテゴリーに分け、投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)、走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)、跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)とに分けて集計を行った。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%未満(P<0.05)に設定した。

 施術方法:日本指圧専門学校スポーツ指圧トレーナー部課外実習参加者が、競技者の主訴に応じて15~30分の間で浪越式基本指圧2)を行った。

図1. アンケート説明用紙
図1. アンケート説明用紙

図2. アンケート記入用紙
図2. アンケート記入用紙

Ⅲ.結果

 アンケートの回答数は64例のうち、設問1の有効回答数は64例、設問3、6と設問4、7の有効回答数は61例だった。(調査期間の3日間で同一人物による回答もあったため、延べ回答数である)

設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

◆投てき種目(表1)
 腰部(左右同率)、次いで背中(左右同率)であった。

◆走種目(表2)
 右大腿後側、次いで左大腿後側であった。

◆跳躍種目(表3)
 左大腿後側、次いで右大腿後側であった。

設問3、6…全身の疲労度合い変化

◆投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)(図3)
 15例中15例に減少がみられた(100%)。増加した者、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は66.9ポイントで術後平均は31.8ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)

◆走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)(図4)
 32例中29例に減少がみられた(91%)。増加した者は32例中3例(9%)であり、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は72.7ポイントで術後平均は37ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は55.6ポイントで術後平均は73.6ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

◆跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)(図5)
 14例中13例に減少がみられた(93%)。増加した者は14例中1例(7%)、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は70.1ポイントで術後平均は42ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は66ポイントで術後平均は76ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

設問4、7…症状の不満度変化

◆投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)(図6)
 15例中15例に減少がみられた(100%)。増加した者、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は71ポイントで術後平均は34.7ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。

◆走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)(図7)
 32例中27例に減少がみられた(84%)。増加した者は32例中5例(16%)であり、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は71.8ポイントで術後平均は32.4ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は60.2ポイントで術後平均は75.6ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

◆跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)(図8)
 14例中12例に減少がみられた(86%)。増加した者は14例中2例(14%)、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は68.9ポイントで術後平均は36.4ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は42ポイントで術後平均は52.5ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

表1. 左右の疲労や痛み部位(投てき種目)
表1. 左右の疲労や痛み部位(投てき種目)

表2. 左右の疲労や痛み部位(走種目)
表2. 左右の疲労や痛み部位(走種目)

表3. 左右の疲労や痛み部位(跳躍種目)
表3. 左右の疲労や痛み部位(跳躍種目)

図3. 疲労度の施術前後VASの平均(投てき種目)
図3. 疲労度の施術前後VASの平均(投てき種目)

図4. 疲労度の施術前後VASの平均(走種目)
図4. 疲労度の施術前後VASの平均(走種目)

図5. 疲労度の施術前後VASの平均(跳躍種目)
図5. 疲労度の施術前後VASの平均(跳躍種目)

図6. 症状の不満度VASの平均(投てき種目)
図6. 症状の不満度VASの平均(投てき種目)

図7. 症状の不満度VASの平均(走種目)
図7. 症状の不満度VASの平均(走種目)

図8. 症状の不満度VASの平均(跳躍種目)
図8. 症状の不満度VASの平均(跳躍種目)

Ⅳ.考察

設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労や痛み部位の考察は競技動作のバイオメカニクスとも照らし合わせて深い解析が必要であり、ここでは推測の域を出ないため、今後の研究課題とさせていただきたい。しかし、今回の調査では、各種目を3つのカテゴリーに分け、各カテゴリーを比較して考えられることを述べる。また、今回の調査時期は陸上競技においてはシーズンイン直前であり、練習も競技動作を中心に行っており、この疲労や痛み部位の結果は純粋な競技動作によるものと考える。

◆投てき種目(表1)
 走種目、跳躍種目では下肢の症状が多いのに対して、投てき種目では体幹部での症状を訴える者が多いことから、体幹へのストレスが大きいことが言える。また、上肢の痛み疲労を訴える者が投てき種目では8例あった。これは跳躍種目での上肢症状を訴える者(表3)が全て棒高跳競技者であったことから、道具を扱うことが上肢への症状へと結びついているのではないかと推察できる。

◆走種目(表2)
 走種目、跳躍種目はともに走る動作が共通しているため、下肢への症状が多かったと考えられる。また、跳躍には殿部の痛みを訴える者が全くいなかったのに対して走種目には15%いたことが、跳躍との大きな違いである。

◆跳躍種目(表3)
 走速度が跳躍力に影響することが知られており3)、そのため走種目に似る結果になったと考えられる。

設問3、6…全身の疲労度合い変化

 過去のマラソン競技での衞藤ら4)、小松ら5)の報告でも、全身の疲労度合いは施術前後で改善の傾向を示している。浅井らの報告6)では指圧により筋の柔軟性の向上が認められており、15~30分の施術においても同様の効果が得られたと推察される。ただし、有害事象として4例においてVAS値の増加がみられた。これには、様々な理由が考えられるが、15~30分という時間では疲労が取りきれなかった。あるいは術者の刺激量が足りなかった等の術者側の問題と、疲労の回復に用いる手段の選択も視野に入れて考える必要がある。
 疲労回復に用いる手段という点から考えれば、その方法にはアクティブリカバリーとパッシブリカバリーがあり、指圧はパッシブリカバリーに分類される。疲労による筋の緊張には、前述の浅井らの報告でも効果が認められているが、筋肉中に溜まった乳酸に関してはアクティブリカバリーのような、有酸素運動を行う事での疲労回復がより直接的であると考えられ7)、競技者のコンディショニングに際しては施術者も疲労の度合い、練習の内容を十分に考慮したうえで判断することが重要であると考える。

設問4、7…症状の不満度変化

 衞藤ら4)、小松ら5)は、マラソン後のランナーに対する15~30分の指圧施術で疲労度の改善が生じることを報告しており、今回の調査においても同様の効果が得られたと推察される。ただし有害事象として7例においてVAS値の増加がみられた。このうち、2例は疲労度の変化も増加がみられている。残り5例は疲労度の変化は減少している。これらに関しては症状が急性外傷であるのか慢性障害であるのかなどを含めた、問診なども含めて考える必要があり今回の調査では「症状部位」としか聴取をしていなかったため、今後アンケートに施術者が評価し把握し得た情報を明記する必要もあると感じた。アンケートの改善点として次回の課題としたい。

 今回の報告と併せても、マラソンだけでなく陸上競技の疲労回復のケア、症状の緩和の手法としての指圧の有効性を啓発していく価値はあるものと考える。また、これまでの研究は市民マラソンでの報告でありスポーツ愛好家に対しての効果であるが、今回は陸上の専門競技者に行った調査であるため、指圧の上述の効果は専門競技者においても効果があると言える。よって競技レベルによる指圧効果の大きな差はないと推察される。

参考文献

1)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト4 健康管理とスポーツ医学,p.62,財団法人日本体育協会,東京,2011
2)石塚寛:指圧療法学,p.78-126,国際医学出版、東京、2008
3)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト5 検査測定と評価,p.145,財団法人日本体育協会,東京,2011
4)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌(2);p.37-40,2013
5)小松京介,本多剛,大木慎平他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌(5);p.24-27,2016
6)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌(25);p125-129,2001
7)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト6 予防とコンディショニング,p.277,財団法人日本体育協会,東京,2011


【要旨】

平成29年日本大学陸上競技部沖縄合宿指圧
ボランティアアンケート報告
石塚 洋之

 2017年3月15日から18日に行われた、日本大学陸上競技部沖縄合宿にてA4判両面印刷のアンケート用紙を用い指圧施術前と施術後の全身の疲労度と症状の不満度を100㎜(=100ポイント)の長さのVAS(visual analog scale)にて回答いただいた。
 また疲労および痛みの部位をイラストに記入する形式で回答いただいた。集計は競技種目ごとに分けて行った。
 その結果、全身疲労度のVASにて、投てき種目では15例中15例に減少がみられた。走種目では32例中29例に全身の疲労度の減少がみられた。跳躍種目では14例中13例に全身の疲労度の減少がみられた。
 また、症状の不満度のVASにて、投てき種目では15例中15例に減少がみられた。走種目では32例中27例に減少がみられた。跳躍種目では14例中12例に減少がみられた。
 疲労および痛み発生部位で最も多かったのは、投てき種目では腰部(左右同率)、次いで背中(左右同率)であった。走種目では、右大腿後側、次いで右下腿後側であった。跳躍種目では左大腿後側、次いで下腿後側(左右同率)であった。

キーワード:スポーツ指圧・浪越指圧・VAS・アンケート・陸上競技