カテゴリー別アーカイブ: 症例報告

全身指圧操作法による肩関節可動域改善の1症例:岡本 京子

岡本 京子
柿の木のある指圧治療院

Improvement in Shoulder Joint Range of Motion Following Full-Body Shiatsu Treatment

Kyoko Okamoto

 

Abstract :  This report examines improvement in shoulder joint range of motion in the case of a patient whose chief complaint was hypothyroidism-related symptoms accompanied by restricted range of motion of the shoulder joint. Following two shiatsu treatments, improvement in the range of motion of the shoulder joint was observed.
 It is suggested that full-body shiatsu therapy released tension in the neck muscles and improved flexibility of the muscles involved in movement of the shoulder joint. Although the relationship between hypothyroidism and shoulder joint disease is unknown, it is possible that the hypothyroidismrelated symptoms were also eased by relieving the stress caused by restriction in shoulder joint movement.

Keywords:Namikoshi standard shiatsu, hypothyroidism, frozen shoulder, shoulder joint range of motion


I.はじめに

 器質的な原因が明らかでなく発症する一次性肩関節拘縮を狭義の五十肩(凍結肩)と呼ぶ。
 五十肩は明らかなきっかけがなく、肩関節の疼痛に引き続いて関節可動域の制限をきたす疾患であり、夜間痛と関節可動域制限の強い炎症期から、疼痛が軽減し拘縮だけが残る拘縮期を経て、治癒に向かう。1)
 日本指圧専門学校では、在学中の3年間、横臥位、伏臥位、仰臥位からなる全身指圧操作法を修得する。この基本指圧である全身指圧操作法を施術したところ、肩関節可動域制限に対し改善を認めたので、報告する。

Ⅱ.対象及び方法

期間:

 平成28年12月7日(1回目)

 平成28年12月19日(2回目)

対象:

 61歳 主婦

治療方法:

 浪越式基本指圧全身操作2)(表1)。

 対象者に畳の上の布団に臥床してもらい、90分施術した。

 全身指圧操作の順序は表2の通り。

主訴:

 1.足のだるさとむくみ

 2.肩の挙上困難、挙上時痛

現病歴:

 甲状腺機能低下症。5年前に健康診断により頸部の腫れを指摘され専門医を受診。頸部の腫瘍が大きくなれば手術の可能性もあるが現在は、定期検査のみ。服薬無し。

自覚所見:

 1.慢性的な足のだるさとむくみがある。食べないのに、体重が増加しやすい。意欲の低下。便秘。

 2.2年前から右肩が痛み、腕が上がらなくなった。発症時は、痛みで不眠になった。特に上腕から肘にかけて痛みがあった。冬場の痛みが強かったと思う。日中でも波打つような痛みがあった。患部を上にしての横向きで眠ることはできなかった。現在は、痛みも軽くなり眠れないことはない。腕も以前より上がるようになった。

他覚所見:

 1.ソックスのゴムのあとが残る程度の足のむくみ。仰臥位で足首をもち挙上するとずっしりと重たさを感じる。左右の下腿に筋緊張がある。頸部の腫瘍は目立たないが少しシコリを感じる。

 2.患者への問診より、いわゆる五十肩の拘縮期と推測。

 安静時痛・夜間痛:陰性

 結帯動作障害/ 結髪動作障害:陽性

表1.全身指圧操作の内容
表1.全身指圧操作の内容

表2.施術部位及び順序
表2.施術部位及び順序

Ⅲ.結果

治療第1回目(図1)

自覚所見:

足のだるさとむくみ→足が軽い、むくみ感軽減

他覚所見:

右肩関節外転可動域(自動)
0°〜110°→0°〜170°

結帯動作障害(+)→(-)

結髪動作障害(+)→(-)

頸部の筋緊張→緩和

治療第2回目(図2)

自覚所見:

足のだるさ→足が軽い

他覚所見:

右肩関節外転可動域(自動)
0°〜170°→0°〜175°

結帯動作障害(-)→(-)

結髪動作障害(-)→(-)

頸部の筋緊張→軽減

ヤーガソンテスト(-)→(-)

ストレッチテスト(-)→(-)

ダウバーン徴候(-)→(-)

ドロップアームテスト(-)→(-)

図1.治療第1回目の所見
図1.治療第1回目の所見

図2.治療第2回目の所見
図2.治療第2回目の所見

Ⅳ.考察

 指圧治療後、患者の自動運動による疼痛のない自然な右上肢の挙上が可能となった。このことから浪越式基本指圧が、肩関節の可動域改善および疼痛軽減に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

 本患者は、下肢のむくみ、だるさのため来院した。よって、指圧治療は、関節疾患に狙いを絞ったものでなく、全身指圧による甲状腺機能低下症に伴う諸症状改善を治療方針とした。ところが、肩関節可動域制限に予想外に効果を得られた。それは全身指圧の構成力が大きく関与したと思われる。肩の運動は肩関節と肩甲帯の統合運動である。肩関節のみの運動は限られているが、肩甲帯の運動が加わることにより、広範囲で多方向の運動が可能になる。3)この統合運動にかかわる筋に対する全身指圧操作の対応箇所を表3 にまとめる。

 浪越式基本指圧が肩関節に関連する筋を網羅していることが、確認できる。ただし、前鋸筋、大円筋、棘上筋、棘下筋、小円筋は、教科書的には施術の指標となる筋となっていない。臨床的に、筋のイメージ、状態を把握し、適圧を加えるなど指圧師の創意工夫がもとめられる部分であろう。表3より肩甲帯、肩関節の動作に関連する神経根はC2からTh1であり、頸部の指圧も重要なポイントであると考えられる。本患者は頸部に若干のしこりが認められた。手術の有無、悪性腫瘍になる可能性、他人からの視線などでストレスを感じているようであった。このストレスによる頸部の硬さは、腕神経叢に影響を与えると考えられる。全身指圧には、前頸部、側頸部、後頸部、延髄部の押圧操作がある。頸部の緊張緩和が、腕神経叢を通して関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたと推察する。

 肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)は、症状により3期(痙縮期、拘縮期、回復期)に分けられ予後はおおむね良好で1年ないし1年半で日常生活に支障がなくなることが多い。腰痛、膝痛の発生頻度と比べると、肩痛は加齢とともに有症状率が横ばい、もしくは減少している。よって、自然に治る傾向が強いといえるかもしれない。6)

 本患者によれば、すでに発症から2年が経過しており、夜間、日中の疼痛も消失している。横臥位の姿勢も違和感なくとることができた。このことからすでに回復期に入っていると推察する。押圧が、患者の自然治癒力の促進を助長したのではないかと考える。

 甲状腺機能低下症と3年後に発症した肩関節疾患の関連は不明であるが、肩関節可動域の改善は、ストレスを軽減し、本患者のホメオスタシス(神経系、内分泌系、免疫系)によい影響を与え6)、甲状腺機能低下症による諸症状軽減に寄与すると考える。

表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根
表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根

Ⅴ.結語

 全身指圧操作法により肩関節可動域制限の症状を改善した。

参考文献

1)松岡光明:日常診療に活かす診療ガイドラインUPTO-DATE 2018-2019,メディカルレビュー社,大阪,p.581,2018
2)石塚寛:指圧療法学,東京,p.77-126,2008
3)山口典孝,左明 他:動作でわかる筋肉の基本としくみ,マイナビ,東京,p.28-29,2013
4)石塚寛:前掲書,p.136,137
5)Kendall,McCreary,Provance;筋 機能とテスト―姿勢と痛み—,西村書店,東京,p.394,2006
6)菅谷啓之:実践 肩のこり・痛みの診かた治し方,全日本病院出版会,東京,p.26,2008


【要旨】

全身指圧操作法による肩関節可動域改善の1症例
岡本 京子

 本症例では、甲状腺機能低下症の諸症状を主訴とし、肩関節可動域の制限を併発している患者に対し、指圧治療を行った。2回の指圧治療の結果、肩関節可動域制限の改善がみられた。

 これは、全身操作法が頸部の緊張緩和、肩関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたためと推察する。甲状腺機能低下症と肩関節疾患の関連は不明であるが、肩の挙上運動ができないというストレスの緩和により、甲状腺機能低下症の諸症状にも変化が及ぼされた可能性がある。

キーワード:浪越式基本指圧全身操作、甲状腺機能低下症、五十肩、肩関節可動域


80代女性 開腹手術後の円背矯正:作田 早苗

作田 早苗
りんでんマニピ指圧治療院 院長

Shiatsu Treatment for Kyphosis; A case report of a female patient in her eighties who underwent laparotomy

Sanae Sakuta

 

Abstract :  This report examines the case of a female patient who underwent laparotomy for colorectal cancer in 2017 and received shiatsu treatments for kyphosis and back pain. At the end of a course of 15 shiatsu treatments, posture improved and frequency of complaining of pain decreased. We concluded that shiatsu treatments released muscle tension and helped to ease the patient’s symptoms in this case.Since kyphosis occurs frequently among elderly people and it is associated with various motor function disorders, shiatsu may contribute in its care and prevention.

Keywords:shiatsu, kyphosis, posture, care and prevention


I.はじめに

 近年、我が国の高齢化は急速に進行しており、要介護認定者数も介護保険創立当初は218万人であったものが現在では633 万人もの人数に増加している1)。要介護状態の予防のためにも健康寿命の延伸が非常に重要な取り組みといえるが、介護が必要になった原因を要介護度別にみると、要介護者では第1位が「認知症」、第2位が「脳血管疾患」であるのに対し、要支援者は第1位が「関節疾患」、第2位が「高齢による衰弱」となっている2)。要支援者はいわば要介護予備群であり、要支援となった主な原因が関節疾患や筋力の低下などの廃用症候群であることは、高齢者の運動機能の維持が介護予防の重要な要素であることを物語っている。
 高齢者は骨量減少に伴う変形、筋力低下により脊柱変形を呈すことが多いが、特に脊柱後湾、いわゆる円背は臨床上見かけられることが多い。円背は高齢者のさまざまな機能障害を引き起こすため、その予防が運動機能維持に重要となる。すでに生じた姿勢の変形を正すとなると、「姿勢矯正」ということになるが、姿勢矯正というと一般的には若年者を対象としたもので、高齢者は対象にならないと思われているケースが多い。しかし、高齢者であっても筋の柔軟性を高めたり、運動習慣を身につけることで、年齢に関係なく姿勢の改善は十分可能であると筆者は考える。今回、指圧治療で筋の緊張を緩和することにより、円背が改善され患部の痛みも緩和された症例を得られたので、報告する。

Ⅱ.対象及び方法

施術対象:

 84 歳 女性

場所:

 当院

期間:

  平成29年12月29日~平成30 年2月21日(全15回 治療継続中)

主訴:

 前日から突然右側の首、肩、腕に激痛をおぼえ、首を動かすことも、体を少しでも動かすこともつらくなった。寝ていても痛むため、横にもなれない。痛みのNRS値は10。

他覚所見:

 首が前方に突出、円背、右側弯による右肋骨の突出。歩行時に足が上がらず、すり足になる。

既往歴:

• 大腸癌、平成29 年7 月ステージⅡ開腹手術

• 4 歳の時に背中を手術したが、疾患名は覚えていない

• 現在薬の服用はなし

治療方針:

 患部に触れたり、身体を動かすだけでも強い痛みを訴えるため、ベッドに臥床することが困難である。よって、坐位にて患部から離れた箇所より施術を行う。

 痛みの原因は、円背により頭部が前方に偏位しているため、頭部の重さにより、背部、頸部、腰部の筋の過緊張が誘発されているためと考えられる。まずは、痛みを取ることを第一目的とし、円背の改善を第二目的とする。

 円背の原因は、加齢を素因とするものに加え、大腸がん開腹手術の手術痕の引き攣れにより、上体を伸展することが苦痛であるためと考えられる。また、右肋骨が突出して体幹がねじれているのは、右手で杖をつくことが原因で生じた側弯症と考えられる。

Ⅲ.治療及び結果

1回目(平成29年12月29日)

術前所見

(自覚)右側の頸部、肩、上肢の激痛、首が動かない

(他覚)円背、右側弯気味、O 脚、首の前方突出、頸部の過緊張(特に後頸部)、背腰部の硬結(特に右背部、左腰部)上肢、下肢の過緊張

治療:

 坐位(椅子にて)で上肢、下肢の指圧、背部、頭部の指圧。直接患部に触ることができず、患部より離れた箇所へ施術する。

結果:

 痛みのNRS 値は9.5。痛みは少し改善。首の可動性が向上する。

備考:

 翌日から休みに入ってしまうため、内臓疾患も考慮し痛みが治まらなければ、病院に行くことを勧める。

2回目(平成30年1月4日)

術前所見

(自覚)痛みのNRS 値は9.5。病院に行き薬を服用したが、痛みはあまり変わらない。

(他覚)頸部の可動域は初回術後とほぼ同じ状態。姿勢ほか変化無し。

治療:

 伏臥、仰臥位にはなれず、横臥位で施術。上肢、肩甲骨周辺、大胸筋、背部、下肢、頸部の基本指圧を中心に行う。

結果:

 移動体位変換には時間が必要で、ベッドへの移乗も足が上がらないため時間を要した。痛みは、来院時より楽になり、NRS値は8.5。

備考:

 病院で診てもらったが問題はないと言われた。今回は、最後に患部への施術ができた。

3回目(平成30年1月8日)

術前所見

(自覚)痛みのNRS値は8。痛みは軽くなってきた。

(他覚)円背の改善はされてきたが、O脚のため、下肢外側の緊張が強く、足関節の動きが悪い。歩行時に足が上がっていなくすり足になっている。

治療:

 横臥位=2回目と同じ。

 仰臥位=頸部、大胸筋、腹部、下肢全般

結果:

 左右の諸関節の動きは前回よりは良くなってきたが、首を起こすことがまだむずかしい。後頸部の過緊張が強く、顎が上がっている状態。痛みは少しずつ軽減してきている。術後、付き添いのお子さんに姿勢を見て頂き、改善されてきているのを確認してもらう。

5回目(平成30年1月15日)

術前所見

(自覚)痛みがなくなってきた。痛みのNRS値は7。前回施術後、帰る時は前が見やすくなっていた。

(他覚)前回来院時より目線が少し上がっていた。

治療:

伏臥位=後頸部、肩甲骨周辺、背腰部、臀部、下肢後側指圧

仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 術前より体位移動がスムーズになった。

備考:

 今までは階段を上がるのが辛く、前回までは付き添いのお子さんと階段を上がってきたが、本日は、一人で昇れた。伏臥位も今回初めてとることができた。

6回目(平成30年1月17日)

術前所見

(自覚)首の痛い日と痛くない日がある。いつも施術後に帰る時は前が良く見えるが2~3日すると下を向いてきてしまう。

(他覚)初回の頃から比べると上体が伸展してきた。右肩が下がり、頸が前方に出ている(図1)。後頸部の硬結が特に目立つ。

治療:

伏臥位=頭部、頸部、肩甲骨周辺、脊柱起立筋の指圧

横臥位=5回目と同じ

仰臥位= 上肢、頸部、胸部、指圧、肋骨調整

結果:

 少しではあるが、円背が改善し、目線が上がってきている(図2)。ベッドへの移乗にかかる時間が少し短くなってきた。

図1.1月17日 施術前
図1.1月17日 施術前

図2.1月17日 施術後
図2.1月17日 施術後

7回目(平成30年1月21日)

術前所見

(自覚)痛みはかなり軽くなってきており、痛む頻度も減った。痛みのNRS値は3。

(他覚)頸部が少しずつ緩んできたので、首に触れやすくなってきた。後頸部はまだ硬い。腰はしっかり伸びているが、背部が丸く、首が持ち上げられない。足関節の動きが悪い、歩行時に足が上がっていなくすり足になる。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 上体がより起きてきた。

備考:

 腹圧が弱いので、呼吸による腹筋の運動を紹介した。

10回目(平成30年2月5日)

術前所見

(自覚)痛みはない。痛みのNRS 値は0。

(他覚):頸部、背腰部の筋に柔軟性が出てきた。円背も改善し、O 脚も改善しつつある。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

側臥位= 頸部、大胸筋、下肢内側指圧

仰臥位= 上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 右肩は下がっているが、体幹の安定性が出てきた。

12回目(平成30年2月12日)

術前所見

(自覚)痛みはないが、日数が経つと目線が下を向いてしまう。

(他覚)円背、O脚が改善してきている。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位= 上肢、頸部、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

横臥位= 大胸筋、小円筋、前鋸筋の指圧

座位= 頸部に負荷をかけた筋力トレーニングを開始

14回目(平成30年2月18日)

術前所見

(自覚)痛みはない。

(他覚)会話をしているときなどは背筋が伸びているが、気を抜くと姿勢が悪く、下を見てしまう(図3)。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=12回目と同じ

横臥位=12回目と同じ

座位=12回目と同じ

結果:

 術前より姿勢が改善した(図4)。

図3.2月18日 施術前
図3.2月18日 施術前

図4.2月18日 施術後
図4.2月18日 施術後

15回目(平成30年2月21日)

術前所見

(自覚)痛みはない。術後2 ~ 3 日は顔を正面に上げた姿勢でいられる。

(他覚)痛み、姿勢は改善されてきたが、内転筋と臀部の筋力低下は残っている。依然として来院時には下をみて円背になっている。歩行時のすり足は改善された。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=12回目と同じ

横臥位=12回目と同じ

座位=12回目と同じ

備考:

 常に姿勢を意識すること、自宅で内転筋を鍛えるトレーニングを紹介した。

Ⅳ.考察

 円背に伴う腰椎後湾は骨盤を後傾させ、股関節伸展、膝関節屈曲、足関節背屈という代償動作を生じ、歩行時の筋活動の低下を招くと推測される。本患者においても治療開始当初は歩行時にすり足がみられるほか、ベッドへの移乗に時間がかかるなど歩行能力の低下が生じていた。しかし、治療5回目には一人で階段を登れるようになり、治療6回目にはベッドへの移乗がスムーズになるなど、治療の継続とともに歩行能力に改善がみられた。これは腰背部、下肢への指圧施術により腰椎の前彎が促され、骨盤が前傾することで下肢の代償動作が解消し、歩行時の筋活動が正常化したことで生じたと推測する。

 さらに、円背では胸椎後弯が増大しており、代償的に頸椎の前弯を増強するため3)、後頸部の筋の緊張が常態化すると考えられる。本患者の後頸部の緊張もそういったメカニズムから生じたもので、前述のように指圧施術により腰椎の前彎が促されるとともに、胸椎の後弯が改善し、代償的な頸椎前彎が正常化することで緊張が緩和したものと推測される。施術後の「前が見やすくなった」というコメントも、胸椎後弯、頸椎前彎の改善による頭部ポジションの正常化から生じたものと考えられる。

 また、今回は本人に姿勢の状態を自覚してもらうために施術前後で姿勢を撮影し、変化を確認してもらった。そのため、徐々にではあるものの姿勢の改善がされていることが本人にも伝わったため、治療に対するモチベーション向上に役立ったと思われる。

 高齢化に伴って運動機能低下をきたす運動器疾患により、バランス能力及び移動歩行能力の低下が生じ、閉じこもり、転倒リスクが高まった状態は「運動器不安定症」として定義づけられている4)。この運動器不安定症の診断基準に含まれる、運動機能低下をきたす運動器疾患には、脊椎圧迫骨折及び各種脊柱変形として亀背(円背)が挙げられている4)。高齢者の円背姿勢は頻繁にみられ、古戸らの調査では山間部在住の高齢者291人の20.6%に円背がみられたと報告している5)。円背はバランス低下による転倒リスクの増加や、活動量やADLの低下に加え6)、自己効力感とQOLの低下も生じることが報告されている5)。さらに円背と整形疾患、骨粗鬆症の関連も指摘されており7)、円背の予防改善は健康寿命の延長に重要な位置を占めることが推察される。そういった面から今回、指圧のような手技療法により円背改善に貢献できる可能性が示唆されたことは大変意義深いことであると考える。

Ⅴ.結語

 あんまマッサージ指圧師という立場ゆえ、円背に対して様々なアプローチをすることが出来るため、すでに成立した脊柱変形の治療だけでなく、良好な姿勢を維持することを目的とした施術ということもでき、予防的効果も十分に期待される。今回は1 例のみの報告であるため、さらに症例を重ね施術の方法論を検討したいと考えている。

参考文献

1)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2018/2019,厚生の指標8 月増刊65(9);p.257,2018
2)厚生労働省HP:平成28 年国民生活基礎調査の概況,2017
3)高井逸史 他:加齢による姿勢変化と姿勢制御,日本生理人類学会誌6(2);p.11-16,2001
4)整形外科学会HP:運動器不安定症とは,https://www.joa.or.jp/public/locomo/mads.html
5)古戸順子 他:山間部在住円背高齢者における日常生活活動に対する自己効力感,社会交流活動,及び健康関連QOL,厚生の指標60(4);p.1-7,2013
6)森諭史:骨粗鬆症患者の錐体圧迫骨折、脊柱変形とADL 低下の関連,日本腰痛会誌8(1);p.58-63,2002
7)柳田眞有 他:高齢者の介護予防に有用な簡易姿勢評価法の検討,The KITAKANTO Medical Journal 65;p.141-147,2015


【要旨】

80代女性 開腹手術後の円背矯正
作田 早苗

 今回、平成29 年に大腸癌の開腹手術を受けた女性に対し、全15 回の指圧治療を施し自覚症状の経過を追った。治療開始当初は円背と背部の痛みが目立ったが、治療終盤には姿勢も改善し、痛みを訴える頻度も減少した。これは指圧により筋緊張が緩和したために生じたものと推測される。高齢者の円背は高頻度で発生し、様々な運動機能障害に関連するため、介護予防の場面で指圧が貢献できる可能性が考えられる。

キーワード:指圧、円背、姿勢、介護予防


骨盤位(逆子)に対する指圧と胸膝位を併用した治療:宮下 雅俊

宮下 雅俊
株式会社日本指圧研究所、世田谷指圧治療院てのひら 院長

Treatment for Breech Presentation Using Shiatsu and Breast-Knee Positioning

Masatoshi Miyashita

 

Abstract : This report examines a case of a 28-year-old patient presenting with a fetus in the breech position, who was treated with a combination of shiatsu therapy and breast-knee positioning. The patient reported that she felt a change in fetal movement during shiatsu treatment, and it was observed by ultrasound in the week following the shiatsu treatment that the breech presentation was corrected.

Keywords:breech presentation, shiatsu, pregnant woman, breast-knee position, pressing, uterine contraction, Eastern medicine


I.はじめに

 一般的に、子宮内で胎児の姿勢が逆になっているものを逆子と呼ぶが、医学用語では骨盤位が正式名称である。骨盤位は分娩時に先進する部位に応じて、殿位、膝位、足位に分類される。殿位はさらに、両下肢を上にあげ伸展して殿部だけが先進する単殿位と、殿部と下肢が同時に先進する複殿位にわけることができる。いずれの場合も、児背が母体の左側にあるものを第一骨盤位、右側にあるものを第二骨盤位という。また、児背が母体の前方に偏する場合を第一分類、後方に偏する場合を第二分類という。満期妊婦では5%、妊娠8ヵ月では30%において骨盤位がみとめられる1)
 筆者は、自身の長男、長女の骨盤位(逆子)の調整を指圧施術で行った経験から、臨床の現場でたびたび骨盤位矯正の治療依頼を受けるようになった。
 今回、妊娠25 週目と28 週目の妊婦健診時の超音波診断により、逆子と診断された妊婦から逆子治療の依頼を受けた。そして妊娠29週目に指圧治療を行い、翌週の妊婦健診で逆子が改善したと報告があり、超音波診断の画像提供を受けたのでここに報告する。

Ⅱ.対象及び方法

施術対象:

 28歳、経営者、女性、初産婦

主訴:

 逆子(骨盤位)

現病歴:

 妊娠25週目と28週目の妊婦健診時の超音波診断により逆子と診断を受ける。骨盤位への影響が考えられる前置胎盤、子宮筋腫などの異常は見つかっていない。患者は医師より逆子とだけ伝えられ、骨盤位の分類に関しては確認が取れていない。

既往歴:

 なし

家族歴:

 特記すべき事項なし

術前所見:

 2016年9月1日、超音波診断画像(図1)より逆子と診断を受ける。

(自覚所見)
・お腹に張りを感じる
・立っている時にお腹が重く感じる
・大きな胎動(胎児が子宮を蹴っているような動きであると推察する)を下腹部に感じる

(他覚所見)
・触診により、腹部と背部に緊張を感じる

場所:

 世田谷指圧治療院てのひら

期間:

 2016年9月10日(計1回)

治療法:

 仰臥位、横臥位での基本指圧と胸膝位(膝胸位:knee-chest positioning:KCP)(図2)を併用した。
①仰臥位で両下肢立て膝にして腹部の触診
②仰臥位で両下肢伸展の姿勢で両足小指を交互に押圧
③仰臥位による左上肢の上腕内側部、肘部、前腕内側部、手掌部、手指(指節間関節)部への押圧
④左横臥位による、左前頸部、左側頸部、延髄部、左後頸部、左肩甲上部、左肩甲間部、左肩甲下部、左殿部、仙骨部への押圧
⑤左横臥位による、右下肢下腿後側部、右足底部、右足指部への押圧
⑥胸膝位を3~5分保持
⑦仰臥位で3分安静
⑧仰臥位で両足立て膝にして腹部の触診
⑨仰臥位で両下肢伸展の姿勢で両足小指を交互に押圧
⑩仰臥位による右上肢の上腕内側部、肘部、前腕内側部、手掌部、手指(指節間関節)部への押圧
⑪右横臥位による、右前頸部、右側頸部、延髄部、右後頸部、右肩甲上部、右肩甲間部、右肩甲下部、右殿部、仙骨部への押圧
⑫右横臥位による、左下肢下腿後側部、左足底部、左足指部への押圧
⑬胸膝位を3~5分保持
⑭仰臥位で3分安静

 全体の治療時間は安静時間も含め50 分程度とした。

• 手指操作法の種類は、母指圧(片手母指圧、両手母指圧)、掌圧(片手掌圧、両手掌圧)を中心に使用

• 圧法の種類は、通常圧法、緩圧法、持続圧法、吸引圧法、流動圧法、振動圧法、手掌刺激圧法を適宜使用

• 圧操作の強弱は、触診には触圧、治療圧として軽圧を中心に押圧操作を行った

評価:

• 腹部触診時と患者の自覚所見での大きな胎動(胎児が蹴っているような動き)を感じる部位の変化

• 妊婦健診時の超音波画像による診断

図1.2016年9月1日 超音波診断画像
図1.2016年9月1日 超音波診断画像

図2.指圧治療と併用した胸膝位(膝胸位:kneechest positioning:KCP)の参考画像
図2.指圧治療と併用した胸膝位(膝胸位:kneechest positioning:KCP)の参考画像

Ⅲ.結果

術後所見:

(自覚所見)
• 腹部の張り感が消失
• 立っている時にお腹がかるく感じ呼吸が楽に感じる
• 大きな胎動を感じる場所に変化があった

(他覚所見)
• 腹部と背部の緊張が和らいだ

治療経過:

 2016年9月15日、超音波診断画像(図3)より正常位と診断を受ける。

図3.2016年9月15日 超音波診断画像
図3.2016年9月15日 超音波診断画像

Ⅳ.考察

 帝王切開手術を受ける主な要因は骨盤位である。厚生省の1984〜2014年の医療施設の動向によると、分娩件数は減少傾向である一方、一般病棟における帝王切開手術の割合は増加傾向にあると報告されている2)

 逆子に対する処置として、西洋医学的手法では帝王切開手術を避けるために外回転術、胸膝位による胎位矯正が行われている。東洋医学の鍼灸療法では、昭和25 年に石野信安が、それまでは妊産婦には禁忌穴とされていた三陰交施灸を実施し、異常胎位に対する効果を報告して以降3)、至陰穴、三陰交穴などを用いて骨盤位の矯正を行う鍼灸師の報告が多く寄せられている。特に林田和郎4)が医療の現場で骨盤位治療の実績を残している。東洋医学の手技療法では、江戸時代の医家太田晋斎の「按腹図解」に孕婦按腹図解として妊婦への施術法、また胎児の動きが記載されている5)

 指圧による逆子の治療法は、1965年に発行された、「指圧療法臨床」に、下腹部を掌圧しながら他方の手で足の小指に交互に持続圧を行う治療法が記されている6)。足の小指に対する持続圧であることから、鍼灸の古典に記述されている難産の鍼灸治療法として多用されてきた至陰穴7)、それを指圧療法に応用したものと考えられる。

 前述のように、骨盤位は妊娠8ヵ月の妊婦では30%、満期妊婦では5% に認められる1)。この数字からすると、妊娠8ヵ月で認められる骨盤位の大部分は妊娠満期までに自然矯正される計算になる。高橋らの調査8)でも、胎位異常があった妊婦のうち80% が妊娠28〜32週(8ヵ月)までに自然矯正されたことが報告されており、本症例における指圧と胸膝位の併用による胎位矯正の効果を断定的に論じることはできない。しかし、足の小指の指圧、前腕部の指圧、横臥位による頸部、肩甲間部、肩甲下部、殿部の指圧により、自覚、他覚所見ともに腹部の張りが解消したことを確認できた。これは指圧刺激が筋の柔軟性に及ぼす効果についての報告が複数存在9)10)11)することから、腹直筋、内腹斜筋、外腹斜筋などの筋緊張が緩和したことによるものと考えられる。

 また今回、指圧施術中、胸膝位の最中に胎動が起き、徐々に大きな胎動(胎児が蹴っているような動き)を感じる部位に変化が生じたことに加え、指圧治療の翌週の画像検診で胎児が正常位に戻っていることがわかった。これは、鍼灸における林田和郎の考察4)と同様の効果を指圧刺激が与えたとするならば、指圧刺激が子宮血流、子宮壁に何らかの影響を与え胎児の自己回転を促したことによるものと考えられる。

Ⅴ.結語

 指圧療法により、妊産婦の子宮収縮、腹部の張りの緩和に効果が期待される。また、超音波診断により骨盤位が正常位に改善されたことを確認できたことからも、指圧療法が28週以降の骨盤位の矯正に効果を有する可能性が示唆された。

参考文献

1)藤田勝治:最新医学大辞典 第2 版,医歯薬出版,東京,p.586,2003
2)厚生労働省「平成28 年我が国の保健統計(業務・加工統計)」,p.27
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/130-28_2.pdf
3)石野信安:異常体位に対する三陰交施灸の影響,日本東洋医学会誌3(1);p.7,1950
4)林田和郎:東洋医学的方法による胎位矯正法,東邦医会34(2);p.196-206,1987
5)井沢正:按腹図解と指圧療法,東京書館,口絵,1954
6)山口久吉,加藤普佐次郎:指圧療法臨床,第一出版,東京,p.297,1965
7)形井秀一:逆子の鍼灸治療 第2 版,医歯薬出版,東京,p.22-23,2017
8)髙橋佳代 他:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について, 東女医大誌65(10);p.801-807,1995
9)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
10)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果 第2 報,東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
11)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果 第3 報,東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2001


【要旨】

骨盤位(逆子)に対する指圧と胸膝位を併用した治療
宮下 雅俊

 妊婦健診時の超音波診断により、逆子と診断された28 歳妊娠女性に対して、指圧療法と胸膝位を併用した逆子治療を目的とした施術を行った。指圧治療中に胎動に変化があると訴えがあり、翌週の超音波検診により逆子が改善していたと報告があった。

キーワード:骨盤位、逆子、指圧、妊婦、胸膝位、押圧、子宮収縮、東洋医学


線維筋痛症に対する指圧治療:作田 早苗

作田 早苗
りんでんマニピ指圧治療院

Shiatsu Treatment for Fibromyalgia: a Case Report

Sanae Sakuta

 

Abstract : This report examines the progress of subjective symptoms in the case of a 50-year-old female patient diagnosed with fibromyalgia. Following 163 shiatsu treatments between March 2015 and January 2017, the unbearable pain she had been experiencing throughout her body had been reduced to the extent that she sometimes forgot it was there. This suggests that the full body shiatsu therapy treatment resulted in increased muscle pliability and improved autonomic nervous function.

Keywords: shiatsu, fibromyalgia


I.はじめに

 線維筋痛症は発症年齢の多くが30~50代で、日本における男女比は男性16.8%:女性83.2%であり、いわゆる働き盛りの女性に多いのが特徴である。長期間にわたる激しい痛みの為、生活の質(QOL)が著しく低下し、社会的にも大きな問題を招いているにもかかわらず、進行例が多いことや、臨床像の複雑さもあり、原因がわからずドクターショッピングを繰り返している患者も多い1)。線維筋痛症は米国リウマチ学会(ACR)で1990年に定義が成立した歴史の浅い疾患であり2)、我が国においても厚生労働省により調査研究が開始されたのは2000年代に入ってからのことである3)
 症状としては、原因不明の全身の疼痛を主症状とし、不眠、うつ病などの精神神経症状、過敏性腸症候群、逆流性食道炎、過活動性膀胱などの自律性神経症状を随伴症状とする病気である。また、ドライマウス、ドライアイなどの粘膜等の障害が高頻度に合併することがわかってきている。疼痛は、腱付着部炎や筋肉、関節などに及び、四肢から身体全体に激しい疼痛が拡散する。この疼痛発生機序の一つには下行性疼痛覚制御経路障害があると考えられている1)
 発症要因は、外傷・手術・ウイルス感染などの外的要因や、離婚・死別・別居・解雇・経済的困窮などの生活環境のストレスに伴う内的要因に大別される。これらの要因により慢性ストレスが生じ、神経・内分泌・免疫系の異常が引き起こされることで、疼痛シグナル伝達制御のシステムが著しく撹乱され、さらに多様な精神症状、疼痛異常が招かれると考えられている1)
 今回、線維筋痛症と診断された患者に対する指圧治療を約2年間(計163回)続けたところ、自覚症状の安定と軽快がみられたので報告する。

Ⅱ.対象および方法

 場所  :当治療院

 期間  :平成27年3月~平成29年1月(表1)

 施術対象:50代女性

 現病歴 :線維筋痛症(平成15年に診断)
 平成29年2月の病院での受診では、臨床症状重症度分類1)のステージⅢと判定された(表2)。痛みが強いときには整体院で強い圧の施 術を受けることで、痛みをごまかすような対処をしてきた。

 既往歴 :バセドウ病、慢性膵炎

 自覚症状:身体の内側から痛みが出てくるような感じ。全身の痛みに耐えられない。便秘気味。

 他覚所見:全身の筋硬直。話しながら常に体をさすり、「痛い。痛い。」と言っている。

 服薬  :

  • デパス®(エチゾラム):精神安定薬
  • マグミット®錠(酸化マグネシウム錠):制酸・暖下薬
  • カモスタット®(カモスタットメシル酸塩):膵疾患治療薬
  • リパクレオン®(パンクレリパーゼ):膵疾患治療薬
  • ポラプレジンク:消化性潰瘍治療薬
  • ガスコン®(ジメチコン):腸疾患治療薬
  • ファモチジン:消化性潰瘍治療薬
 (12年前の診断当初、リリカ®[プレガバリン]:鎮痛薬などを処方されたが、効果が十分でなく現在服用していない)

 治療法 :刺激部位、手順は浪越式基本指圧の全身操作に従ったが、頭部・腹部は母指圧、頭部・腹部以外は掌圧にて施術した。日常生活では、調子が良いときは軽いストレッチをし、入浴などで体を温めることを指導した。

表1.各月ごとの施術回数
表1.各月ごとの施術回数

表2.線維筋痛症の重症度分類(厚生労働省特別研究班)
表2.線維筋痛症の重症度分類(厚生労働省特別研究班)

Ⅲ.結果

 治療開始当初は背部を母指で軽く押していたが、頸部の緊張が緩和すると背部の緊張が強まったり、あるいはその逆の経過もみられた。それを受け、背部刺激を掌圧に変えたのちは、それらの変化はみられなくなった。

 また、発作時の痛む部位と硬結部位は一致しておらず、むしろ痛みのある部位は緊張していなくて、刺激を加えるとこわばってくることすらあった。そういったときは頭部・顔面(眼の周囲)を軽く掌圧したり、腹部の施術を行うことで痛みが緩和する傾向にあった。

 VAS(Visual Analog Scale)値は初診のH27年3月が10だったが、H28年12月には調子が良いときで5.5になった(図1)。初回来院時は筋硬直とかなりの痛みが常にあり、発作がひどいときには痛みで二、三日は動けなくなり、寝たきりの状態になることもあった。しかし、治療を開始して2回目から、家に帰った後に身体が楽になっているのを自覚するようになった。

 現在は、調子が良いときには痛みを忘れていることもあり、また、発作時の痛みも、歩いて来院できる程度になっている。治療開始当初は同じ姿勢でいられるのは伏臥位では20分、仰臥位では5分が限度であったが、現在では仰臥位も20分位までなら耐えられるようになった。

 また、以前は湯船で体を温めても症状が緩和するということはなかったが、現在は入浴すると楽になるという。便秘にも改善がみられた。

 患者曰く、症状の強さについては日内変動が激しく、季節の変わり目、気圧の変化によってもかなり大きな影響を受けているが、全体を通しては改善の方向に向かっているという。

図1.施術期間中のVASの経過
図1.施術期間中のVASの経過

Ⅳ.考察

 患者は線維筋痛症の診断を受けて以降、今まで病院や整骨院などに通っていたが症状の改善がみられず、整体などで強い圧により施術される痛みで元々の痛みを誤魔化すようにしてきたため、筋硬直が慢性的に生じることで痛みの常態化を引き起こしていたものと推測される。今回、指圧の軽い圧により全身施術を続けることで、筋の柔軟性が出てきた4)5)6)ことに加え、自律神経機能も改善されて7)8)9)血行が良くなり、痛みが少しずつやわらいでいったと考えられる。

 線維筋痛症は我が国においては人口の1.7%、推定患者数200万人以上と他のリウマチ性疾患と比較しても頻度の高い疾患であるにも関わらず、病態解明ならびに診療体制の整備も遅れている。さらには医師をはじめ、医療従事者にも本疾患に対する正しい情報が著しく欠落しているのが実情である1)。治療については痛みへの対応はもとより、心身両面に現れている不定愁訴への対応が重要である。線維筋痛症の症状も軽症のうちは温熱療法、マッサージなどの理学的治療法が比較的奏効する時期があり10)、指圧により同様の効果を得ることも十分可能であると考えられる。また、慢性化・重症化した例では薬物治療のみでは十分な治療効果が得られず、精神的ストレス緩和やリラクゼーションを目的とした生活指導など、心理社会的要因に対するアプローチが有効となるケースも多い10)。指圧療法においては、坐位指圧により緊張、抑うつ、怒り、疲労、混乱などのネガティブな感情の緩和や、活気などのポジティブな感情が励起されることが報告されており11)、指圧の身体面に対する効果だけでなく、心理的な面からの効果も期待される。

Ⅴ.結語

 線維筋痛症患者に対する約2年間の指圧治療により、症状の緩和がみられた。

参考文献

1)日本線維筋痛症学会:線維筋痛症ガイドライン2013,日本医事新報社,東京,2013
2)Wolfe, F, et al:The American College of Rheumatology 1990 Criteria for the Classification of Fibromyalgia,Arthritis and Rheumatis 33(2); p.160-172,1990
3)松本美富士,前田伸治,玉腰暁子,西岡久寿樹:本邦線維筋痛症の臨床疫学像(全国疫学調査の結果から),臨床リウマチ18(1);p.87-92,2006
4)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
5)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
6)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2003
7)栗原耕二郎 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34;p.129-132,2010
8)横田真弥 他:前頸部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌35;p.77-80,2011
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌36;p.15-19,2012
10)村上正人、武井正美、松川吉博、澤田滋正 他:線維筋痛症に対する心身医学的アプローチ,臨床リウマチ18;p.81-86,2006
11)Shinpei Oki, et al:Physical and Psychological Effects of the Shiatsu Stimulation in the Sitting Position,Health 9(8),2017


【要旨】

線維筋痛症に対する指圧治療
作田 早苗

 今回、平成15年に線維筋痛症の診断を受けた50代女性に対し、平成27年3月から平成29年1月にかけて計163回の指圧治療を施し、自覚症状の経過を追った。結果、全身の痛みに耐えられないほどであった状態が、痛みを忘れている時がある程度にまで軽快した。これは、指圧の全身施術により、筋の柔軟性が向上し、自律神経機能の改善が生じたためであると考えられる。

キーワード:指圧、線維筋痛症


腰椎椎間板ヘルニアに対する指圧療法の効果:佐々木良

佐々木 良
MTA指圧治療院

Effects of Shiatsu Therapy on Lumbar Disc Herniation

Ryo Sasaki

 

Abstract : With the exception of some cases that may require surgery due to severity of the symptoms, conservative medical treatment is the usual approach used for lumbar disc herniation. However, not many conservative medical treatments are evidence-based.

Here we report on a case of lumbar disc herniation with severe symptoms that was treated with prescription analgesics and shiatsu therapy. Treatment resulted in a major improvement as measured on the Visual Analogue Scale and contributed to improving the patient’s quality of life.

Shiatsu therapy may control factors that amplify the pain of lumbar disc herniation, including reflex muscle tonus, sympathetic nervous system agitation, and psychological stress, which are exacerbated by severe acute-stage pain. This case suggests that shiatsu therapy may be a valuable treatment option among conservative medical treatments.

Keywords: lumbar disc herniation, pain, numbness, shiatsu, acute-stage shiatsu, conservative medical treatment for herniation


I.はじめに

 腰椎椎間板ヘルニアは、女性に比べ男性患者が 2~ 3倍多く、好発年齢は 20~ 40歳代であり、発症直後は腰部、殿部、下肢に疼痛やしびれなどの症状が強く、安静時にもみられることが特徴である1)

 強い症状により手術を検討する場合を除いては、保存治療が基本であるがエビデンスを持つ保存治療は多くない。

 今回、腰椎椎間板ヘルニアの患者に対し、発症から手術までの期間、指圧治療を行い記録したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

期間:2016年5月9日~7月 21日(計 12回)

[症例]

21歳男性 会社員 身長 175cm

[現病歴]

2016年4月、腰部に衝撃が加わり、強い腰痛を自覚するようになる。それ以降、右は殿部から股関節周囲部、大腿部の順にしびれを感じ、左は母趾にしびれを感じるようになり、同年5月6日整形外科を受診し、L3/4、L4/5の中心性(やや右より)の腰椎椎間板ヘルニアと診断を受ける(図1、2)。手術も考えられる状態ではあったが1ヶ月は経過観察するということで鎮痛薬(ロブ錠:ロキソプロフェンナトリウム)を処方される。その期間少しでも状態の改善、痛みの緩和ができればとの思いで受診するに至った。

図1.MRI診断画像
図1.MRI診断画像

図2.MRI診断画像
図2.MRI診断画像

[服用薬]

鎮痛薬:ロブ錠1回 60mgを 1日 3回(1回 60~120mg 1日最大180mg)2)

[既往歴]

 右足関節 三角骨障害の既往あり(17歳)

[治療法]

 全身の指圧を行う中で、その時の状態に合わせて疼痛部位や、関係する神経の走行に沿った指圧療法を取り入れた。疼痛、しびれは主にデルマトームL3,L4領域に出ていたが、中心性ヘルニアのためか L4以下の神経症状もみられた。(部位、筋では大腿筋膜張筋・大腿四頭筋・縫工筋・腸脛靭帯・膝蓋骨周囲部・前脛骨筋、神経では大腿神経・上殿神経・総腓骨神経・脛骨神経などの走行を考慮し指圧治療を行った。また、腰部の押圧方向は患者と相談しながら行った。)

 金子による下肢のしびれに対する指圧療法の効果3)や指圧療法学4)も参考に施術を行った。

[評価]

 問診での術前術後の所見、感覚の変化を聴取した(患者の表現をそのまま記述している)。

 目盛りの無い直線100mmのVisual Analogue Scale(VAS)を術前術後に記入してもらい疼痛、しびれを評価した。

Ⅲ.結果

5月9日(第 1回目)

[術前所見]

自覚所見

  • 自発痛あり
  • 股関節周囲部痛
  • 間欠破行あり(右足を引きずるように歩く)
  • 排便時痛(腹圧上昇時)
  • 排便リズムの乱れ
  • 大腿部前面の感覚異常
  • 左母趾しびれ 鈍い感覚
  • 今は鎮痛薬の効果で痛みは少ない

他覚所見

  • 背部筋群の隆起に差がある
  • 下肢筋過緊張(大腿四頭筋、ハムストリングス)
  • デルマトームL3,L4領域 圧痛あり
  • SLRテスト 左(-)右(-)殿部に違和感
  • ケンプテスト 左(-)右(+)

[術後所見]

  • 脚が軽い感じがする
  • VAS 34mm → 15mm

5月 16日(第2回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬の効果が切れ始めている(服用5時間後)
  • 歩くスピードが早いと右スネに痛みのようなものを感じる
  • 排便リズムは改善した
  • 右 SLRテストでは殿部がつまっているような感じ

他覚所見

  • 腰部、下肢は疼痛による筋緊張が強い
  • 右大腿外側 強い圧痛

[術後所見]

  • 下肢がすっきりした。
  • VAS 61mm → 40mm

5月 23日(第3回)

[術前所見]

自覚所見

  • 症状に波がある
  • 腰を後ろに反るのがつらい
  • 鎮痛薬の効果が弱くなってきた気がする
  • 仕事後両足とも踏み込むと冷たい感覚
  • 右脛骨のしびれ(ここは鎮痛薬が効かない)
  • 5月21日は鎮痛薬が効かないほど不調だった
  • 鎮痛薬を飲まなくても痛みがおさまることがある
  • 右股関節動作時痛

他覚所見

  • ケンプテスト 左(弱+)右(+)
  • 両側殿部 ハムストリングスの過緊張
  • 左大腿外側部 強い圧痛(筋性防御)
  • 疼痛しびれの症状はデルマトームL3、L4領域が主

[術後所見]

  • 股関節周囲部 動きやすくなった
  • VAS 66mm→ 30mm

5月 30日(第4回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右股関節周囲の痛み(動作時のしびれ)
  • 右下肢は全体的に触れられると鈍い感覚
  • 左母趾の鈍い感覚は改善してきている
  • 背中の張り 疲れ

他覚所見

  • 下肢筋の強い張り
  • 腰背部の緊張
  • 左骨盤前方上方回旋

[術後所見]

  • 全身の状態が良い
  • 右股関節周囲の違和感取れた
  • 左母趾の感覚戻ってきた
  • VAS 71mm → 26mm

6月2日(第5回)

[術前所見]

自覚所見

  • 背中の張り
  • 右下肢のしびれ、腰を反ると症状強くなる(L5領域)
  • 右殿部痛
  • 排便リズムが完全に戻った

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(+)
  • 左僧帽筋下部の凝り

[術後所見]

  • 身体がすっきりする
  • 背中の張り弱まった
  • VAS 70mm → 29mm

6月9日(第6回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右大腿部股関節付近の痛み
  • 仕事後は右下肢全体がしびれる
  • 朝起き上がるのがつらい

他覚所見

  • 左殿部の張り
  • 大腿筋膜張筋の押圧で脛骨までしびれが生じる

[術後所見]

  • 痛みしびれはほとんどない
  • VAS 72mm → 24mm

6月 16日(第7回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右すねのしびれ
  • 右母趾 底背屈で痛み
  • 股関節周囲の痛みなし(動作痛もなし)

他覚所見

  • 大腿筋膜張筋の過緊張
  • 下肢筋の張り

[術後所見]

  • 大腿部のしびれ取れる
  • 右すねのしびれは残る
  • 大腿筋膜張筋部ジーンとする
  • VAS 83mm → 37mm

6月 30日(第8回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右大腿部前面のしびれ
  • ひどい時は右下肢全体しびれている
  • 最近、鎮痛薬の効きが悪い
  • うつ伏せになれない

他覚所見

  • 股関節動作時痛あり
  • 大腿四頭筋MMT3(FAIR)→ ×
  • 表情から痛みしびれの症状が強い様子

[術後所見]

  • 大腿部前面のしびれは取れる
  • 膝関節にしびれが残る
  • VAS 92mm → 42mm

7月7日(第9回)

[術前所見]

自覚所見

  • 自己判断で昼食後の鎮痛薬の服用を1錠(60mg)から 2錠(120mg)に増やした(寝る前や休みの日は飲まないこともある)。
  • 前脛骨筋部のしびれ
  • 左足底部の違和感
  • 鎮痛薬の量を増やしたためか いつもより状態良い

他覚所見

  • 右ハムストリングスの張り
  • 右背部の張り

[術後所見]

  • 右前脛骨筋部のしびれ減弱
  • 左足底の違和感消失
  • 背中がすっきりした
  • VAS 46mm→9mm

7月 11日(第 10回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬を飲み忘れた
  • 腰、殿部(右側)の痛み
  • 前脛骨筋のしびれ
  • 体幹側屈に痛みがある

他覚所見

  • ケンプテスト 左(右下肢にしびれ)右(+)

[術後所見]

  • 腰、殿部の痛みは取れた
  • 股関節の弱い痛み
  • 前脛骨筋の違和感残る(術前より和らいだ)
  • VAS 85mm→ 39mm

7月 14日(第 11回)

[術前所見]

自覚所見

  • 昼食後に鎮痛薬2錠(120mg)飲んだ(7時間前)
  • 右前脛骨筋の痛み>しびれ
  • 右股関節周り 少し気になる

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(+)

[術後所見]

  • 全体的に楽になった
  • 右前脛骨筋チクチクした痛み
  • VAS 58mm → 17mm

7月 21日(第 12回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬を飲んでから8時間経過しても以前のような強い痛みはなくなった。この時の服用は 1回1錠(60mg)
  • 状態は良い
  • 前脛骨筋のしびれ

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(弱+)
  • 体幹の前・後屈できる
  • 脊柱の回旋運動できる

[術後所見]

  • 前脛骨筋のしびれ消失
  • VAS 52mm→ 23mm
  • 73kg(2016年3月)→61kg(同年7月)

Ⅳ.考察

 腰椎椎間板ヘルニアを発症した場合、多くは自然軽快するために治療の基本は保存治療である。しかし6週以降も患者にとって強い疼痛や神経症状が継続する場合には、手術治療が選択されるべきである5)。今回の症例では病院で診断を受けた時点で手術が考慮されていたため、指圧療法では手術までの期間、急性期の激しい疼痛を緩和して患者の生活の質(QOL)を向上させることに目標を設定し治療を開始した。

 結果として手術を回避するには至らなかったが、術前・術後の VASの変化(図3)には非常に良い成果をあげることができた。激しい痛みを緩和することは患者にとって非常に有益であり、手術を受けるまでの期間、患者の QOLを向上させることに大きく貢献した。

 急性期に強い痛みを放置することは痛みを長期化させる可能性があり、激しい痛みが持続することによる心理的ストレス、反射性の筋緊張や軸索反射、交感神経反射など、痛みの慢性化メカニズム(図4)を促進することが考えられる6)

 このメカニズムに対し、指圧療法では筋の柔軟性に対する効果7)や交感神経の興奮を抑制し、副交感神経活動を優位にする効果8)9)が発表されている。今回、この指圧の効果によって、患者の反射性筋収縮や交感神経の興奮、心理的ストレスなどの悪循環の要因が緩和され、痛みの増幅を抑制できたと推察される。

 腰椎椎間板ヘルニアは予後を予測することが難しい疾患であり、強い症状により早期の手術を検討される場合を除いて、まずは保存治療から開始することが基本とされている。保存治療の目的には疼痛緩和、活動性維持などがあるが、エビデンスを持つ保存治療は多くない6)。今後、指圧療法による症例が増えることで、根拠に基づく医療(EBM)に基づいた指圧療法が増えていくと考える。

 腰椎椎間板ヘルニアを契機に慢性腰痛に悩まされる可能性10)や遺残疼痛、再発予防など保存治療の領域は広く、患者を快方に導くことで保存治療における指圧療法の立場や可能性が、広がっていくものと確信している。

図3.術前・術後のVAS 変化
図3.術前・術後のVAS 変化

図4:痛みの慢性化メカニズム
図4:痛みの慢性化メカニズム

腰椎椎間板ヘルニアにより1次求心性ニューロン(神経根・馬尾神経)が興奮し、脊髄後角へと痛み情報を伝える。痛み情報が脳に伝わることにより、痛みとして知覚される。痛み刺激により交感神経の興奮、軸索反射、反射性筋収縮などを引き起こし、さらなる痛みの増幅が起こる。また、痛みが継続することによる心理的ストレスが、痛みの抑制系である下行性抑制系を抑制する結果となる。このようなメカニズムにより、患者の痛みが継続していること自体が痛みの増幅・悪循環につながる可能性がある6)

Ⅴ.結論

 腰椎椎間板ヘルニアの患者に対し指圧療法は、疼痛部位、筋、神経を判断し治療にあたることで、痛みを緩和することができた。腰椎椎間板ヘルニアと診断された急性期でも保存治療に指圧療法を加えることによって痛みの増幅を抑え、患者の QOLを上げることができると考える。

VI.参考文献

1) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会,腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン改訂第2版,南江堂,東京,2011
2) 高久史麿 他:治療薬ハンドブック 2016薬剤選択と処方のポイント,株式会社じほう,p.1115-1116
3) 金子泰隆:下肢のしびれに対する指圧療法の効果,日本指圧学会誌 第3号,p.23-27,2014
4) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,国際医学出版,東京,2008
5) 波呂浩孝:腰椎椎間板ヘルニアの診断と今後の治療体系,山梨医科学誌27(4);p.117-124,2013
6) 青木保親 他:保存療法でなおす運動器疾患・腰椎椎間板ヘルニア,Orthopaedics 28(10);p.52-60, 2015
7) 浅井宗一 他:指圧刺激が筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌 25号;p.125-129,2001
8) 加藤良 他:前頸部指圧刺激が自律神経機能に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 32号;p.75-79, 2008
9) 渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 36号;p.15-19,2012
10) 大鳥精司 他:慢性疼痛疾患(神経障害性疼痛):腰椎椎間板ヘルニアの疼痛発生機序,Bone Joint Nerve 2;p.325-331,2012


【要旨】

腰椎椎間板ヘルニアに対する指圧療法の効果
佐々木 良

 腰椎椎間板ヘルニアは強い症状により手術を検討する場合を除いては保存治療が基本とされているが、エビデンスを持つ保存治療は多くない。

 今回、腰椎椎間板ヘルニアと診断され、強い症状を訴える患者に対し、処方された鎮痛薬と併せて指圧治療を行った。VASの評価で大きな改善がみられ、患者の QOLの向上に大きく貢献した。

 指圧療法は腰椎椎間板ヘルニア急性期の激しい痛みによる反射性筋緊張、交感神経の興奮、心理的ストレスを緩和し、痛みの増幅を抑制できると考えられるため、数ある保存治療の中で指圧療法を試みる価値は充分あると考える。

キーワード:腰椎椎間板ヘルニア、痛み、しびれ、指圧、急性期指圧、ヘルニア保存療法

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大後頭神経痛と推測される症例に対する指圧治療:大木慎平

大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Shiatsu Therapy for a Patient with Inferred Greater Occipital Neuralgia

Shinpei Oki

 

Abstract : This report examines the case of a patient who received shiatsu treatments for inferred greater occipital neuralgia, complaining of pain across the left occipital, parietal, and frontal areas of his head. Following 18 shiatsu treatments focusing mainly on the cervical and upper extremity regions, the symptoms were relieved. This result is significant considering the expected increase in patients suffering from greater occipital neuralgia.

Keywords: shiatsu, greater occipital neuralgia


Ⅰ.はじめに

 本症例は左後頭部から前頭部にかけての疼痛を訴えて来院した患者である。頭痛の性質、疼痛発生部位、所見から大後頭神経痛であると推測した。この症例に対し、主に頸部、上肢を対象とした指圧治療を行うことで症状の緩和を認めたのでここに報告する。

Ⅱ.対象および方法

対  象:50代女性、会社員

期  間:2015年 2月 18日~ 2015年 7月

22日(全 18回)

治療方法:

  1. 上腕内側筋間中隔、三角筋を対象に指圧。
  2. 前腕前面と後面、手掌から手指にかけて指圧
  3. 手関節を離開する。
  4. 頸部の筋緊張がみられる箇所に持続圧を施す
  5. 頸椎棘突起の両傍にある硬結に持続圧を施す
  6. 頭半棘筋停止部(風池穴相当部位)の硬結に対し、患者の同側の眼球方向へ向けた持続圧を施す

Ⅲ.結果

[主訴]

 左後頭部から頭頂部、前頭部にかけての疼痛

[現病歴]

 仕事で PC機器を使用することが多いため、以前より頸、肩こりを自覚していた。疲労が蓄積してくると頸、肩の運動に違和感を感じ、それに伴い、ときたま左の後頭部から頭頂部の皮膚表面に痺れるような痛みが出現し、ピリッと電気が走るような瞬間的な痛みも出る。当該の症状に関して受診歴はなし。

 頸椎については主治医からストレートネックと言われており、慢性的につらさを感じる。

[既往歴]

・乳がん…保存療法として放射線治療を継続中。それに伴う痛みのためか、左肩の上げづらさを感じる

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[初診時所見]

  • 血圧:134/67mmHg 脈拍:85回 /分
  • 頭部皮膚感覚異常はなし。頭痛の性状は拍動性でも締め付けるような痛みでもなく、皮膚領域に限局した痛みである
  • 意識は清明で悪心、嘔吐、閃輝暗点はなし。バレー徴候陰性でろれつは正常。日常生活動作や頭部を振ることによる頭痛の増悪はなし
  • ジャクソンテスト、スパーリングテスト共に陰性
  • 頸の運動範囲に疼痛制限あり
     回旋は右 50°左 40°、側屈は右 45°左 30°で左右どちらに運動しても左後頸部に突っ張った痛みがある。 前屈は 50°で痛みはないが、後屈は 25°で後頸部にひっかかるような痛みがある。
  • 第2頸椎左回旋。頸椎前弯の減少がみられる。顎が前方に出る頭部前方位姿勢(Forward Head Posture)で、第7頸椎を通る垂線と外後頭隆起の間におよそ 3cm距離がある
  • 頭板状筋、前中後斜角筋、僧帽筋上部線維の緊張が強い。左の頭半棘筋停止部(風池穴相当部位)に著明な硬結があり、圧迫すると患者の主訴と一致する部位に放散痛が出現する。
  • 利き眼は右である

[病態予測]

 患者の訴えによると頭痛に発作はなく、痛みは片側性だが非拍動性で日常生活に支障をきたすほどではない。これらのことは片頭痛、緊張型頭痛のいずれの診断基準1)も満たすものでないため、両疾患の可能性は低いものと判断した。疼痛は皮膚表層に限局し、左頭半棘筋停止部の圧迫で再現することから筋や結合組織による神経絞扼性のものと判断し、また、後頭部から頭頂部にかけての疼痛発生領域から大後頭神経痛であると推測した。

[治療第 1回(2015年 2月 18日)]

  • 頸部可動域の改善がみられ(左回旋 40°⇒50°、後屈 25° ⇒40°)、左後頸部の突っ張ったような痛みが軽減した

[治療第 2回(2015年 2月 25日)]

  • 治療後一週間は痛みの軽減がみられた
  • 触診では右上腕三頭筋、棘下筋の緊張が高度だった
  • 前述の治療に加え、側臥位にて三角筋、上腕三頭筋、回旋筋腱板に対して指圧を行った

[治療第 5回(2015年 4月 8日)]

  • 治療後、頸の調子は良いが、1週間経つと元に戻るとの訴えあり
  • 昨日、一昨日は左後頭部に刺すような痛みがあった
  • 頸左回旋で僧帽筋上部線維前縁(肩井穴相当部位)に疼痛がある
  • 斜角筋、頸板状筋に硬結を確認。胸鎖乳突筋停止部前縁(翳風穴相当部位)に圧痛
  • 頸部後屈に可動域制限(後屈10°)
  • 前述の治療に加え、僧帽筋前縁、翳風穴に指圧。仰臥位にて四指圧で頸椎前弯を誘導する
  • 治療後、頸部後屈は 35°に改善した

[治療第 8回(2015年 5月 13日)]

  • 本日は頭部の症状はないが、仕事が忙しくなると出てくるとの訴えあり
  • 左右どちらに回旋しても左肩井相当部位が痛む。頸部回旋は右50°、左 40°
  • 前述の治療に加え、天柱~風池~寛骨のラインに入念な持続圧を施す

[治療第 12回(2015年 6月 10日)]

  • 頸部の肩こりはかなり感じるが、頭部の痛みの症状はない
  • 右頭板状筋、斜角筋群の緊張が強く、下項線に著明な硬結がある
  • 頭部前方位姿勢が強調されており、C7棘突起を通る垂線と外後頭隆起間の距離は 3cmほどだった
  • 前述の治療に加え、天柱~風池~寛骨ラインの硬結に対して持続圧を施す
  • 術後、頭部前方位姿勢はほぼ改善した

[治療第 18回(2015年 7月 22日)]

  • 治療後の頸の調子はすこぶる良い。仕事が忙しくなると頸の運動がしづらくなるが、頭部の症状を自覚することは減ってきた
     第18回の治療以降、頭部の疼痛が主訴となることはほぼみられなくなった。

Ⅳ.考察

 大後頭神経は第2頸髄神経後枝から分枝し、後頭下筋群、頭板状筋や僧帽筋、後頭筋膜を貫いて後頭部の皮下に達する2)。本症例においては、大後頭神経貫通部(風池穴相当部位)に著明な硬結が認められ、また、その硬結の押圧により再現する疼痛発生部位がデルマトーム上のC2領域と一致することからも、大後頭神経痛の典型例であると推察される。

 本患者の頸・肩こりの主たる原因は PC操作などの VDT作業によるものであると推察されるが、本患者においてはモニターを見る際、効き目である右眼を前方に偏位させるため、頭部をやや左回旋させた姿勢をとることが考えられる。その際、頸椎と後頭骨に大後頭神経が挟まれることに加え、左の頭半棘筋や後頭下筋群が収縮を続けることで血行不良により硬結が生じ、大後頭神経が絞扼されることで疼痛が発生したと推測される。また、本患者は基本姿勢で頸椎前弯が減少しているストレートネックであり、顎を前方に突き出す頭部前方位姿勢が常態化していたために、頸椎と後頭骨による大後頭神経の圧迫がより強まったものと考えられる。

 大後頭神経痛の症例としては、松本3)が鍼灸による治療例を報告している。松本は後頭下筋群、その他頸部の筋肉、後頭筋膜の緊張緩和を目的に天柱へ直刺、上天柱へ斜刺を行い 10分間の置鍼を加え、症状の緩和を認めたことを報告している。松本の症例は治療目的、施術箇所の点において本症例とほぼ同一であり、今回の治療の妥当性を支持するものであると考えられる。

 また、中川ら4)は眼精疲労を訴える患者のうち、大後頭神経出口部(風池)に圧痛を認めたものを対象に、風池に 15分間の置鍼を加えることで眼精疲労の症状が消失あるいは軽快したことを報告しており、眼精疲労と大後頭神経痛には密接な関係があることを示唆している。現代のデスクワークはほぼ PCを使用することに加え、携帯ゲームやスマートフォンの普及により、液晶モニターを凝視する時間も増加しつつある。そのことにより、眼精疲労を訴える患者も今後ますます増加し、それに随伴して大後頭神経痛の患者の増加が予想される。そのため、指圧のような手技療法により、大後頭神経痛と思われる症例の改善が示唆されたことは、今後予想される治療機会の増加において意義深いものであると考える。

Ⅴ.結論

 大後頭神経痛と思われる患者に対し、主に頸部と上肢を対象とした指圧治療を施すことで、症状の改善がみとめられた。

参考文献

1)日本頭痛学会:慢性頭痛の診療ガイドライン, 79-82,192-193,医学書院,東京,2013
2)坂井建雄 ,河田光博:プロメテウス解剖学アトラス 頭部 /神経解剖 第 1版,94-95,医学書院,東京, 2009
3)松本弘巳:大後頭神経痛及び緊張型頭痛への鍼灸治療,医道の日本68(6);29-33,2009
4)中川成美,竹田眞:大後頭神経痛による眼精疲労に対するハリ治療,臨床眼科42(10);1130-1132, 1988


【要旨】

大後頭神経痛と推測される症例に対する指圧治療
大木 慎平

 本症例では、左後頭部から頭頂部、前頭部にかけての疼痛を主訴とした、大後頭神経痛と推測される患者に対して指圧治療を行った。頸部と上肢を中心とした施術を全 18回行った結果、症状の緩和が認められた。指圧治療により大後頭神経痛と推測される症例の改善が示唆されたことは、今後予想される治療機会の増加においても意義深いものと考える。

キーワード:指圧、大後頭神経痛


2型糖尿病患者に対する基本指圧―全身操作の効果について―:本多剛

本多 剛
日本指圧専門学校専任教員

Shiatsu on a Patient with Type 2 Diabetes―Effect of Namikoshi Standard Full Body―

Tsuyoshi Honda

 

Abstract : Type 2 diabetes is classified as a lifestyle-related disease, and the number of diabetic and pre-diabetic patients has been increasing in recent years. This report examines the case of a patient diagnosed with type 2 diabetes seven years previously, who received ongoing Namikoshistandard full body shiatsu treatments. After 20 treatments, the patient’s hemoglobin A1c level (National Glycohemoglobin Standardization Program) decreased by 0.5 percent compared to the first treatment. Further shiatsu treatment and monitoring is required for this case.

Keywords: Type 2 diabetes, hemoglobin A1c (National Glycohemoglobin Standardization Program), Namikoshi standard full body shiatsu


Ⅰ.はじめに

 糖尿病患者数は、厚生労働省の平成 26年患者調査によると 317万人となり1)、前回(平成 23年)調査の 270万から 47万人増えて、過去最高となっている。また、生活習慣病患者数で比較すると、高血圧性疾患が 1,011万人と圧倒的だが、糖尿病はそれに次ぐ多さである。一方、厚生労働省の平成 26年国民健康・栄養調査によると、糖尿病患者予備群を含めた糖尿病有病率は男性で15.5%、女性で 9.8%であり2)、このデータから 3,000万人以上の国民が糖尿病患者、あるいはその予備群であると推計される。この国民病とも言える糖尿病を指圧治療で改善できれば、国民の健康の保持・増進に大きく貢献できることになる。また、鍼灸治療が糖尿病患者にもたらす効果についての報告はあるが、指圧治療の効果に関するものはない。そこで今回、浪越式基本指圧の全身操作が、糖尿病患者に対しどの様な効果を与えるか、実際の患者の血液検査値を用い、その推移を考察した。

Ⅱ.対象

[症例]

対 象:40歳 男性

初 診:平成28年4月13日

主 訴:頸と肩がこる、頭痛がする

[現病歴]

 7年前に会社の健康診断を受診し、血糖値が高かったことから再検査となる。O病院にて精密検査を受けたところ、2型糖尿病と診断され、3週間の入院治療を受ける。退院後は、O病院より糖尿病の専門外来医療機関のTクリニックを紹介され、月1回の診察を受け、処方された薬を 1日 1回服用し、経過を観察しながら現在に至る。尚、現在の HbA1c(NGSP)は概ね 8以下であり、糖尿病に由来する合併症の出現はない。職業は衛生関連の建設作業管理で、設計図面を作成することが多く、慢性的に頸と肩がこり、頭痛を伴うことがある。仕事柄、竣工前の繁忙期では週に1度も帰宅できないということもあり、そのため食事時間が不規則で、外食中心、接待も多い。また、多忙によるストレスから暴飲暴食に走ることもある。定期的に運動する時間的・精神的余裕はない。

[服用薬]

  • テネリア錠20mg(テネリグリプチン臭化水素酸塩水和物錠・糖尿病治療薬)
  • リバロOD錠 1mg(ピタバスタチンカルシウム水和物・高コレステロール血症治療薬)
  • メトグルコ錠 250mg(メトホルミン塩酸塩錠・糖尿病治療薬)

[既往歴]

 13年前、下腿外傷で入院治療を受ける。

[家族歴]

 実母が胆石症による胆嚢摘出術を受ける(2~3年前)。

[初診時所見]

自覚所見

 頸と肩がこる、頭痛がする。

他覚所見

 右側頸部、右背部、右下腿前面に強い筋緊張がある。全身にむくみ感がある。

Ⅲ.方法

 対象に浪越式基本指圧の全身操作3)を行い、施術前後の自覚症状の変化を VAS(VisualAnalogueScale)で評価した。また、対象が通院しているTクリニックで概ね月1回採取した血液検査の結果のうち、HbA1c(NGSP)の推移を評価した。

Ⅳ.結果

治療期間

平成28年4月13日から同8月30日 (全20回)

主要経過

第2回 平成 28年4月20日

  • 全身のむくみ感が軽減した。
  • 週に1度もないことがあった便通が週 1.5回程度になった。

第3回 平成 28年4月29日

  • 便通が週2回程度になった。
  • 体調も良く、久しぶりにスポーツジムで軽く運動をした。

第5回 平成 28年5月11日

  • 体調の良さに伴い食欲が亢進して体重が増加した。
  • 便通は週2回程度で安定している。

第6回 平成 28年5月18日

  • 体調が良いことから、増加した体重をコントロールしてみようと思うようになる。

第11回 平成 28年6月22日

  • 体調が良く、食欲の亢進をなかなか抑えることができない。

第14回 平成 28年7月20日

  • 胃の痛みを感じ医療機関を受診。ピロリ菌の感染が確認され薬物治療を受ける。

第15回 平成 28年7月 27日

  • 胃の痛みが改善する。

第16回 平成 28年8月4日

  • 花粉症 (ブタクサ)を発症して医療機関を受診。薬物治療を受ける。
  • 第 19回 平成 28年8月24日

    • 仕事による疲労が蓄積しており、頸部に強い筋緊張がみられる。

    ①VAS

     自覚症状で多かったのは頸と肩の筋緊張による頭痛と右足つけ根の痛みである。VASの術前と術後の変化から、浪越式基本指圧の全身操作により自覚症状の改善がみられた。(表1)

    表1.施術前後のVAS 値
    表1.施術前後のVAS 値

    ②HbA1c(NGSP)

     HbA1c(NGSP)は過去1~2ヶ月の血糖の推移を反映したものである4)。対象の初診日が平成 28年4月 13日であることから、基準となる値を平成 28年 5月7日の数値とし、平成28年9月7日までの数値の変化を評価したところ、0.5%の減少がみられた。(図1)

    図1.HbA1c(NGSP)の経過
    図1.HbA1c(NGSP)の経過

    Ⅴ. 考 察

     施術前と比較して、施術後の VASの値が大きく減少していることから、浪越式基本指圧の全身操作が対象の自覚症状と体調の改善に寄与したと考えられる。

     衞藤 他の報告によると5)、浪越式基本指圧の前頸部施術を受けた者に呼吸商の優位な低下がみられており、絹田 他の症例報告によると6)、薬物治療を中止した2型糖尿病患者のHbA1c(NGSP)を鍼灸治療によって安定させたという事例がある。このことから、浪越式基本指圧の全身操作により対象の代謝量が増加し、糖利用が促進されたと考えられる。また、副交感神経の興奮は、膵臓のランゲルハンス島B細胞からのインスリンの分泌を亢進する7)。横田 他は8)前頸部および下腿外側部で、渡辺 他は9)仙骨部で、田高 他は10)頭部での浪越式基本指圧で、それぞれ縮瞳反応が生じることを報告しており、この反応は指圧により被験者に交感神経の抑制、あるいは副交感神経の興奮がみられたために起きたものであると示唆される。前に述べたが、インスリンの分泌亢進は副交感神経の興奮により起こる。このことから、浪越式基本指圧の全身操作により副交感神経の興奮がみられた結果、膵臓からのインスリン分泌が亢進し、糖利用の促進がなされたと考えられる。更に、定期的に指圧治療を行うことで、不規則な対象の生活に一定のリズムが生じ、睡眠時間の確保や運動習慣の意識づけがなされたことも関与していると考えられる。以上のことから、浪越式基本指圧の全身操作が、HbA1c(NGSP)の改善に寄与したと考えられる。

     主要経過で述べたが、平成 28年5月中旬から同6月にかけて対象の食欲が亢進し、体重も増加している。これが平成 28年8月9日のHbA1c(NGSP)の前回値より 0.2%上昇に関与していると考えられる。体重は初診時から増加傾向のままであるが、平成 28年9月7日の検査では HbA1c(NGSP)が前回値より0.6%減少した。この結果については対象の主治医も明確な理由を明らかにできていない。また、対象はインスリンの分泌を促進する薬を服用しており、6月以降、当該薬物の投与量増加もはかられている。このことから、指圧治療単独の効果と言える確証を得るには至っていないが、更に指圧治療を継続し、糖尿病治療薬の投与量とHbA1c(NGSP)の持続的な減少をみることができれば指圧治療の効果の確証につながるものと考えられる。

     日本糖尿病学会の糖尿病診療ガイドライン2016によると11)、合併症予防のための目標としてHbA1c(NGSP)を 7.0%未満と定めている(図2)。対象の健康管理の観点から鑑みると、この目標を達成することが当面の課題である。今後も指圧治療を継続し、経過を観察していきたい。

    図2.日本糖尿病学会の血糖コントロール目標
    図2.日本糖尿病学会の血糖コントロール目標

    Ⅵ. 結 語

     対象に全 20回の浪越式基本指圧の全身操作を行い、以下の結果を得た。

    • 自覚症状が大幅に軽減した。
    • HbA1c(NGSP)が0.5%減少した。

    参考文献

    1)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2016/2017,p.94,厚生労働統計協会,東京,2016
    2)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2016/2017,p.94-95,厚生労働統計協会 ,東京,2016
    3)石塚寛:指圧療法学 -改定第1版 -,p.77-126,国際医学出版 ,東京,2010
    4)奈良信雄 他:臨床医学各論 -第2版 -,p.113,医歯薬出版,東京,2013
    5)衞藤友親,桑森真介:前頚部指圧による呼吸商の変化 ,日本指圧学会誌(1);p.11-13,2012
    6)絹田章,中村弘典 他:糖尿病に対する鍼治療の一症例 ,全日本鍼灸学会雑誌 49巻(2);p.299-304, 1999
    7)本郷利憲 他:標準生理学 -第6版-,p.935,医学書院,東京,2005
    8)横田真弥 他:前頸部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌(35);p.77-80,2011
    9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌 (36);p.15-19,2012
    10)田高隼 他:頭部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果 ,東洋療法学校協会学会誌 (37);p.154-158,2013
    11)日本糖尿病学会:糖尿病診療ガイドライン2016,p.27,南江堂,東京,2016


    【要旨】

    2型糖尿病患者に対する基本指圧―全身操作の効果について―
    本多 剛

     生活習慣病に含まれる2型糖尿病の患者は、その予備軍も合わせて近年増加している。今回、2型糖尿病を発症して7年間経過した患者に対して指圧治療を施す機会を得た。指圧治療法は浪越式基本 指圧の全身操作とし、全 20回の治療を行ったところ、患者のHbA1c(NGSP)値が指圧治療開始時と比較して 0.5%の減少をみた。今後も指圧治療を継続し、経過を観察していきたい。

    キーワード:2型糖尿病、HbA1c(NGSP)、浪越式基本指圧全身操作


    乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の疼痛とそれに伴う肩関節可動域の制限に対する指圧治療の一例報告:宮下雅俊

    宮下 雅俊
    株式会社日本指圧研究所世田谷指圧治療院てのひら 院長

    Shiatsu Therapy for a Patient with Post-mastectomy Pain and Limited Shoulder Joint Range of Motion Caused by Total Mastectomy

    Masatoshi Miyashita

     

    Abstract : This report examines the case of a patient who received shiatsu treatments following total mastectomy of the left breast in the treatment of breast cancer. Following treatment, relief of postsurgical pain and improvement in the shoulder joint’s range of motion were observed. Pain was treated using standard Namikoshi shiatsu techniques such as fluid pressure and suction pressure applied to the skin, and the shoulder joint was treated using a combination of pressure applications and mobilizations. We conclude that in this patient, these shiatsu techniques helped to relieve postsurgical pain and improve the shoulder joint’s range of motion.

    Keywords: breast cancer, skin, scar, shoulder joint range of motion, mastectomy, post-mastectomy neurogenic pain, shiatsu, mobilization


    Ⅰ.はじめに

     国立がん研究センターの「2015年のがん罹患数、死亡数予測」の統計データによると1)、わが国では女性の癌の中で一番患者数が多いのが乳がんである。乳がんの患者は年々増加傾向にあり、罹患数が増加するのに比例して死亡数も増加しているのが現状である。

     今回、乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の左胸部の疼痛と、処置部位の瘢痕拘縮が原因と考えられる肩関節可動域の制限が現れている患者に対し、まず左胸部の指圧は皮膚の柔軟性、伸張性を改善することを重点において施術、それから全身指圧を施した。

     指圧療法は、世間一般的には、筋肉にアプローチするものとイメージされていることが多い。しかし、指圧は筋肉、神経、血管、骨、腱、内臓、皮下組織など、身体のあらゆる箇所を対象に、皮膚の上から押圧または運動操作を施し、人体のあらゆる反射を利用する手技療法と言える。

     皮膚は身体の全表面を覆い、内部の諸器官を外部からの刺激、衝撃から保護するとともに、独自の生理機能を持って身体全体の調和に関係している器官である。皮膚は薄いながらも表面積が広いので、その重さは体重の約8%にもあたり、内臓の中で最も重い肝臓の約3倍になる。いわば、皮膚は身体の最大の器官ということができる2)

     マイスナー小体やパチニ小体といった、皮膚の感覚受容器に働きかける指圧療法は、皮膚とは密接な関係にあるが、皮膚の柔軟性、伸張性に着目した指圧の症例報告は少ないので、この度は、乳房切除術後の患者に対し、特に胸部、腹部、肩周囲の皮膚の柔軟性、伸張性を改善するよう指圧してから全身の指圧施術をし、その前後で写真撮影を行い、肩関節前方挙上(肩関節屈曲)可動域の変化を確認したのでここに報告する。

    Ⅱ .対象

    施術対象:44歳 女性 個人事業主

    場  所:世田谷指圧治療院てのひら

    期  間:平成 27年9月 11日

    主  訴:乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の左胸部瘢痕(図1)の疼痛と左上肢の動作痛、またそれに伴う関節可動域の制限

    治 療 法:基本指圧を応用し、仰臥位で瘢痕の創傷部離解が起きないように、瘢痕に直接片手掌圧を加えて皮膚移動を抑えながら、もう片方の手で瘢痕の周りを片手掌圧し、瘢痕を中心とした八方の遠位方向に、流動圧法を加える二点圧を使用した。左胸部の瘢痕への指圧は、瘢痕周辺の皮膚の柔軟性、伸張性を向上させることを目的に指圧を行った。

     その後、全身の調整として、仰臥位にて、胸部、腹部、肩周囲部、上肢帯、頸部、頭部の指圧を行った。

     横臥位にて、頸部、肩上部、肩甲間部、肩甲下部、上肢帯への指圧と肩関節、肘関節の運動操作を行った。

     伏臥位にて、仙骨部掌圧・股関節伸展操作による骨盤調整を行い、臀部、大腿後側部、下腿後側部、足底部の指圧を行った。

     圧法の種類は、通常圧法、持続圧法、吸引圧法、流動圧法、振動圧法を適宜に使い分けた3)

    図1 患者の乳がん乳房切除術後の瘢痕
    図1 患者の乳がん乳房切除術後の瘢痕

    Ⅲ .結果

    [現病歴]

     平成 27年8月 19日、乳がんにより左乳房切除(全摘手術)を行ってから、左胸部の疼痛と動作痛が現れた。それに伴い、肩関節前方挙上(肩関節屈曲)可動域の制限も現れた。

    [既往歴]

    27歳 局所性左乳がん発症 ステージⅠ

    温存手術 +化学療法 +放射線治療を受けた

    [家族歴]

    なし

    [術前所見]

    自覚所見

    • 乳房切除術後からある肩こり
    • 乳房切除術後からある背中の張り
    • 乳房切除術後の左胸部(瘢痕)の疼痛
    • 乳房切除術後からある左胸部(瘢痕)の上肢の動作痛
    • 乳房切除術後からある肩関節の前方挙上(肩関節屈曲)可動域の制限
    • 乳房切除術後からある胸部の皮膚の突っ張り感(瘢痕拘縮と考えられる)
    • 便秘
    • 倦怠感

    他覚所見

    • 発汗
    • 両上肢の周径に顕著な左右差は見られない
    • 肩関節の前方挙上(肩関節屈曲)の可動域の制限あり(図2)
    • 触診により胸部の皮膚の柔軟性、伸張性の低下を感じる
    • 仰臥位時に肩関節の自動運動、他動運動をすると左胸部(瘢痕)に痛みを訴える
    • 瘢痕に直接片手掌圧を加え、瘢痕の移動を抑えながら肩関節の他動運動、自動運動をすると痛みが減少することを確認した

    [術後所見]

    自覚所見

    • 肩こりが軽減した
    • 背中の張りが軽減した
    • 術後の瘢痕の疼痛が軽減した
    • 術後からある瘢痕部の上肢動作痛が軽減した
    • 術後からある肩関節前方挙上(肩関節屈曲)の可動域が向上した
    • 胸部の皮膚の突っ張り感が軽減した(瘢痕拘縮と考えられる)

    他覚所見

    • 肩関節前方挙上(肩関節屈曲)の可動域が向上した(図3)
    • 触診により胸部の皮膚の柔軟性、伸張性が向上した
    • 肩関節の運動痛が軽減した

    図2 指圧施術前
    図2 指圧施術前

    図3 指圧施術後
    図3 指圧施術後

    Ⅳ .考察

     本症例の施術前後の画像(図2、3)を比較したところ、指圧による押圧操作と運動操作により、肩関節前方挙上(肩関節屈曲)の関節可動域が改善したのを確認できた。これは、福井4)が提唱する皮膚運動の5つの原則と照らし合わせると、瘢痕の影響により肩関節挙上運動に生じていた制限が、指圧による瘢痕周囲の皮膚の柔軟性、伸張性の向上により改善され、肩関節の可動域に変化が起きたためと考えられる。

     また、今回治療で使用した、流動圧法、吸引圧法、また基本指圧にもある撫で下ろしなどの圧法は、筆者の臨床上の経験から、皮膚を誘導する方法として非常に効果の高い手技であると考えている。福井4)は、皮膚を適切な方向に誘導することで関節運動が楽に行えるように感じるのは、浅筋膜で隔てられた浅層部と深層部が、互いに反対方向に移動する滑走状態を作り上げているからではないかと推測しており、上記の手技はこれと同じ効果を出しているとも考えられる。

     もちろん、指圧刺激が筋の柔軟性に及ぼす効果についての報告が複数存在する5~7)ことからも、皮膚、筋、両方の相乗効果とも推察できる。また、指圧施術後に、胸部の皮膚の突っ張り感の軽減と、瘢痕の疼痛が軽減したとの患者の報告から、左乳房切除術後の神経障害性疼痛と思われる症状にも効果があったと推察される。

     乳癌術後の症例として真っ先に頭に浮かぶのはリンパ浮腫であろう。2006年日本乳癌学会研究班の北村らによるリンパ浮腫の発症率の調査によれば、1379例の一側性乳癌術後のうち、平均術後観察年数は 3.9年、全体のリンパ浮腫発症率は50.9%、うち重症が 46.6%と報告されている8)

     本症例では、左乳房切除術後 23日後に指圧治療を行った。その際の所見では、両上肢の周径に大きな左右差は見られなかったが、術後から左胸部の疼痛、皮膚の突っ張り感があり、術後の左胸部は感覚低下があるとのことだった。また、左上肢を自動・他動運動で動かすと痛みが増強し、肩関節の可動域制限もみられ、QOLの低下を訴えていた。これらの症状は、日本緩和医療学会が発表している、がん疼痛の薬物療法のガイドライン 2010年版9)の乳房切除後疼痛症候群(post-mastectomy pain syndrome:PMPS)の特徴である。『上腕後面、腋窩や前胸壁部などにおける、感覚低下を伴う締め付け感や灼熱感などが多い』、『術後痛の強さや腋窩郭清が発現率に関連する』、『しばしば上肢運動によって痛みが増強するため、有痛性肩拘縮症となる』、『術直後~半年までに発症することが多い』と重なる部分が多く、本患者は乳房切除後疼痛症候群を発症していたのではないかと考えられる。乳房切除後疼痛症候群は、手術、放射線療法、化学療法による肋間上腕神経障害が関与すると言われており10)、約 20%の患者は術後 10年経過しても症状が残存するとの報告もある11)。今回は一症例のみの紹介であるが、本症例における症状の改善は、指圧治療が乳房切除後疼痛症候群に有効である可能性を示唆するものと考える。

     日本リハビリテーション医学会の発行する、がんのリハビリテーションガイドラインでは、肩関節可動域の改善、上肢機能の改善、リンパ浮腫の発症リスクを減少させるなどの目的で、包括的リハビリテーションを行うように強くすすめられている12)

     しかしながら、根岸ら13)が近年、乳がん術後の入院日数が短縮傾向にあり、リハビリテーションとその指導が十分に行われないままに退院する患者が増加していることを挙げており、指圧師が包括的なリハビリテーションの知識と、それに対応しうる施術技術を持つことで、医療機関を退院した乳がん術後の患者に対してその役割を十分果たせると考えられる。

     今回疼痛の程度を評価していなかったため、今後の課題としてNRS(Numerical Rating Scale)や、VAS(Visual Analogue Scale)などの評価スケールを用いた、乳房切除術後の痛みの程度の変化も評価検討したい。

    Ⅴ .結論

     指圧治療により、乳がんに対する乳房切除術(全摘手術)後の患者に対し、指圧の押圧操作と運動操作を併用することで、肩関節可動域の制限が改善できる可能性がある。また、乳がんに対する乳房切除術(全摘手術)後の疼痛を緩和させ、上肢の動作痛も軽減される可能性がある。しかし、今回は1例のみの報告であるため、さらに症例を重ね検討したいと考えている。

    参考文献

    1)国立がん研究センター:2015年のがん罹患数、死亡数予測,http://www.ncc.go.jp/jp/information/ press_release_20150428.html
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    3)浪越徹:完全図解指圧療法,日貿出版社,p.58-59, 1979
    4)福井勉:皮膚運動学 ,三和書店,2010
    5)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に体する効果,(社)東洋療法学校協会学会誌(25);p.125-129,2001
    6)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に体する効果(第2報),(社)東洋療法学校協会学会誌(26);p.35-39,2002
    7)衛藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に体する効果(第3報),(社)東洋療法学校協会学会誌(27);p.97-100,2001
    8)北村薫 他:乳癌術後のリンパ浮腫に関する他施設実態調査と今後の課題 ,日本脈管学会機関誌50;P.715-720,2010
    9)日本緩和医療学会:がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 2010年版,http://www.jspm.ne.jp/ guidelines/pain/2010/chapter02/02_01_03. php#top
    10)Vecht CJ et al: Post-axillary dissection pain in breast cancer due to a lesion of the intercostobrachial nerve, Pain 38(2) ; p.171-176, 1989
    11)Macdonald L et al: Long-term follow-up of breast cancer survivors with post-mastectomy pain syndrome, Br J Cancer 92(2); p.225-230, 2005
    12)日本リハビリテーション医学会:がんのリハビリテーションガイドライン,金原出版,p.54-75, 2013
    13)根岸智美 他:乳癌術後リハビリテーションにおける肩関節可動域運動の開始時期の検討,理学療法学第 13巻第1号,p.18-21,2016


    【要旨】

    乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の疼痛とそれに伴う肩関節可動域の制限に対する指圧治療の一例報告
    宮下 雅俊

     本症例では、乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の左胸部疼痛と、肩関節可動域の制限がある患者に対し、指圧治療を行い、疼痛の緩和、肩関節可動域の改善が見られた。疼痛に対するアプローチとしては、皮膚に対して流動圧法、吸引圧法などの基本指圧の応用操作を行い、肩関節に対しては押圧操作と運動操作を併用して治療することで、効果を得られたものと推察する。

    キーワード:乳がん、皮膚、瘢痕、肩関節可動域、乳房切除術、乳房切除後神経性疼痛、指圧、運動操作


    20代女性の側弯症に対する指圧治療によるCobb角の変化:作田早苗

    作田 早苗
    りんでんマニピ指圧治療院

    Effects of Shiatsu Therapy on the Cobb Angle of a Female Patient in Her Twenties with Scoliosis

    Sanae Sakuta

     

    Abstract : This report examines the case of a female patient in her twenties diagnosed with lumbar idiopathic levoscoliosis who received 93 shiatsu treatments between 2013 and 2016. Following treatment, the Cobb angle was improved from 69.6. to 62.3.Relief of subjective symptoms such as back pain and severe menstrual cramps was also observed. We concluded that reducing muscle tension with shiatsu treatment resulted in improved spinal mobility leading to correction of leg length difference, asymmetric pelvis, tilted ribs, and unaligned spine.

    Keywords: shiatsu, scoliosis, Cobb angle, spine


    Ⅰ.はじめに

     側弯症とは、脊柱がねじれを伴って左右に曲がってしまう症状であり、それに伴い胸郭の変形、肩甲骨の出っ張りに加え、前屈時の高さ、肩の高さ、骨盤の高さの左右差などが生じる。また、肺などの臓器の圧迫や位置のズレに伴う背腰部痛、生理痛、胃腸障害が生じたり、好きな服が着られない、水着になれないなどの外見上の問題による精神的ストレスを受けるなど、心身ともに影響が及ぼされるといわれる1)

     側弯症の分類はおおまかに機能性側弯症と構築性側弯症があり、構築性側弯症に分類される特発性側弯症が側弯症全体の 70~ 80%を占める2)。特発性側弯症の原因はわかっておらず、思春期側弯症が最も多く、症例の 85%が女性と言われている3)。予防法は未だ確立されていないが、早期発見が手術適用のリスクを軽減するため、現在は学校での検診が行われている1)

     側弯の程度を表すための方法としては、立位でのレントゲン写真から測定する Cobb法 (脊柱の前後から見て、最も傾いた椎体間の角度を計測する方法 )が用いられている2)(図1)。

     日本側弯症学会によると、側弯症に対する手技療法では、痛みの緩和はあっても症状の改善には効果がないとされてきた1)。しかし、今回、指圧施術により患者の Cobb角に改善がみられた症例が得られたので、ここに報告する。

    図1.Cobb角の計測法
    図1.Cobb角の計測法
    X線において、脊柱カーブの上下端で水平面に対して最も傾いている頭側終椎の上縁と、尾側終椎の下縁を結ぶ線のなす角度を Cobb角とする。

    Ⅱ.対象および方法

    日時及び回数:

    2013年2月 28日~ 2016年3月 24日 全93回(表1)

    対象:20歳 女性 身長 162.8cm

    現病歴:11歳の時に歯ぎしりがひどく、顎関節を治すために行った整体院で脊柱の側弯を指摘された。その時点では自覚症状はなかったが、その後 13歳のときから背腰部痛が発生するようになり、15歳で側弯症専門の整形外科を受診し腰部左凸の特発性側弯症と診断される。手術を勧められたが、なるべく手術はしたくないという考えもあり体操や装具などで改善を図りつつ、現在に至る。装具は着けているのが辛く、ほとんど使用していない。

    自覚所見:

    • 背腰部痛…痛みのため、椅子に座っていることができず、在宅時は寝転びながら勉強をする
    • 生理痛…重症時は痛み止めを服用する。痛みのため学校を休むことも多い
    • 軟便傾向である
    • 開口時、顎関節がズレる

    他覚所見:

    • 視診
       静止時の姿勢では、反り腰、体幹の右回旋、腰部の左回旋がみられる。右肋骨は張り出し、左肩が上がった状態である。右の肩甲骨は挙上し、内縁は胸郭から浮いている。下肢長は右のほうが長い。
    • 触診
       右肩甲骨周り、右鼠径部、左背腰部に顕著な硬結がみられる。右腸腰筋の短縮が認められる。両下肢外側に張りがある。右腰部は筋量が少ない。

    施術方法:

     石塚4)、田之倉5)を参考に、以下のような施術を行った。

    • 2013年~ 2014年
       顔面部・頭部・背部・腰部・殿部・腹部・下肢への指圧
    • 2015年~
       顔面部・頭部・頸部・背部・腹部・殿部・腹部・下肢への指圧・棘突起調整・座骨掌圧・背部調整・下肢長の調整・肋間筋への指圧

    Ⅲ.結果

    ・Cobb角について

     整形外科で撮影されたレントゲン写真からTh10~ L3の Cobb角を計測した。2012年Cobb角は 69.6°だったが、2016年には 62.3°まで改善された(表2)。

    ・自覚症状について

     2013.3.7 腰の痛みが緩和した。

     4.24 座っていても、背腰部が痛くなくなってきた。

     6.23 生理痛はあったが、寝込むほどではなくなった。

     10.13 開口時の顎関節のズレが改善した。

     12.16 生理痛があり、薬を飲むほど痛かった。

     2015.5 生理痛が緩和した。これ以降、本人の自覚症状の訴えは出ていない。

    表1.各月ごとの施術回数
    表1.各月ごとの施術回数

    表2.施術期間中のTh10 ~ L3 のCobb 角
    表2.施術期間中のTh10 ~ L3 のCobb 角

    Ⅳ.考察

     本患者の診察所見では、右腰部の筋量低下がみられたため、立位において左腰部筋力とのアンバランスが生じ、側弯が増強されていたと考えられる。藤川6)は手技療法による Cobb角の改善を成人で4例報告しており、脊椎アライメントの調整と筋硬直の解消の重要性を示唆している。田附ら7)、宮地ら8)は指圧により脊柱可動性が向上することを報告しており、本症例において Cobb角の改善がみられたのは、指圧により筋硬直が改善し脊柱の可動性が高まり、それに伴い下肢長、骨盤、肋骨の高さ、脊柱のアライメントが矯正されたことによるものと推察する。今後は今の可動性を保ちながら、筋肉を増強させることが更なる改善に重要であると考える。また、2013~ 2014年にかけて Cobb角の変化に停滞がみられたが、これは患者の受験期間などと重なることで、施術頻度がやや減少したことに起因すると推察される。また、受験等のストレスにより筋の柔軟性が低下し、脊柱のアライメントの不整につながった可能性も考えられる。大木9)は定期的な指圧施術で患者の精神的ストレスが改善された症例を報告しており、なるべく間隔をあけず定期的に施術を行うことが治療において重要であると考える。

     日本側弯症学会1)によると、手技療法は側弯に伴う痛みなどの緩和には効果が期待されても、改善、進行を防ぐ効果はないとされ、経過観察、運動療法、装具着用、手術が推奨されており、16歳以降の側弯の改善は難しいとされてきた。しかし、本症例により、成人における指圧療法による改善の可能性が示唆されたと考える。また、医療関係者と連携し、装具療法や運動療法を併用して治療を始め、早期から姿勢、筋バランスを整えることがより良い治療効果を得るために重要であると考える。

    Ⅴ.結語

     側弯症患者に対する全 93回の指圧治療により、Cobb角の改善がみられた。

    参考文献

    1)日本側弯症学会:知っておきたい脊柱側弯症,p.1-63,インテルナ出版,東京,2003
    2)奈良信雄 他:臨床医学各論 第 2版,p.151-154,医歯薬出版株式会社,東京,2004
    3)国分正一,鳥巣岳彦:標準整形外科学 第 10版,医学書院,東京,2008
    4)石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,国際医学出版,東京,2008
    5)田野倉快泉:無薬医術指圧療法復刻,p.50,八幡書店,東京 ,2002
    6)藤川勝正:脊柱側弯症の保存療法,整形外科と災害外科39(1);p.349-358,1990
    7)田附正光 他:指圧刺激による脊柱の可動性及び筋の硬さに対する効果,東洋療法学校協会学会誌(28);p.29-32,2005
    8)宮地愛美 他:腹部指圧刺激による脊柱の可動性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌(29);p.60-64,2006
    9)大木慎平:全身指圧による心理的影響を測定した一例,日本指圧学会誌(4);p.7-10,2015


    【要旨】

    20代女性の側弯症に対する指圧治療によるCobb角の変化
    作田 早苗

     今回、専門医により腰部左凸の特発性側弯症と診断された 20代女性に対し、2013年~ 2016年まで計 93回の指圧治療を行った。その結果、初診時点では69.6°であった Cobb角が、62.3°まで改善した。また、背腰部痛や重い生理痛などの自覚症状にも改善がみられた。本症例の改善は、指圧により筋硬直が解消して脊柱可動性が向上し、下肢長、骨盤、肋骨の高さ、脊柱のアライメントが矯正されたことにより生じたと推察する。

    キーワード:指圧、側弯症、Cobb角、脊柱


    Measurement of the Psychological Effect of Full Body Shiatsu Therapy: a Case Report

    Shinpei Oki
    Representative, Nekonote Shiatsu

    Abstract : This report examines the case of a female patient in her 20s who received three full body shiatsu treatments between May 24 and June 7 2015, with the objective of reducing psychological stress. The psychological effect was evaluated using the Profile of Mood States (POMS) index. Following treatment, improvements in the t-scores of all six POMS factors were observed. This suggests that full body shiatsu therapy has a stress-relief effect, which may be verified through further studies.

    Keywords: shiatsu, stress, POMS


    I.Introduction

     So many people are feeling the effects of psychological stress in modern society that stress can be considered endemic 1. In Japan, many people look to alternative therapies, including anma, massage, and shiatsu, for treatment of stress.

     Multiple studies have been conducted into the effects of manual therapy on stress relief 2~5, confirming its effectiveness. Research has also been conducted into the use of shiatsu for treating stress 6, but insufficient data exists on the effects of general shiatsu carried out by a therapist on a patient. In this paper, we report on a case in which full body shiatsu used to alleviate stress with psychological stress measured using a mood profile, which will serve as a springboard for future investigation.

    Ⅱ.Methods

    Test subject

     Female office worker in her 20s

    Period

     May 24 to June 7, 2015 (3 sessions)

    Location

     Patient’s home

    Treatment method

     Namikoshi-style full body shiatsu, starting in lateral position

    Evaluation method

     In order to evaluate psychological effects, a Japanese-language POMS™ test (Kaneko Shobo) was administered immediately before and after treatment. POMS is a mood profile test developed by McNair et al in the U.S., which employs answers to 65 questions to enable simultaneous measurement of six factors: tension-anxiety, depression, anger-hostility, vigor, fatigue, and confusion 7. The POMS results for this report were converted from raw data to t-scores and totaled. POMS has been implemented on large groups of healthy adult males and females and standardized, with t-scores calculated for mean value and standard deviation by age and sex. The t-score is calculated as 50 + 10 x (raw score – average score) / standard deviation. If the raw score is equal to the average score, the t-score will be 50. The lower the t-score, the lower the tension-anxiety, depression, anger-hostility, vigor, fatigue, or confusion. Thus, for vigor, a higher t-score indicates a more favorable condition 7.

     The goal and measurement procedure for POMS was fully explained to the patient and her consent obtained.

    Ⅲ.Results

    History of present illness

     The patient was transferred to a new department at work in April 2015 and, still unaccustomed to the new workplace and job responsibilities, was experiencing high daily stress levels. Work mainly involved VDT (video display terminal) operation, with over 7 hours per day spent engaging in computer input.

    Medical history

     Inguinal hernia (surgery completed in 2013)

    Family history

     No relevant items

    Subjective findings

    • Sleep disorder
      On some days, the patient had difficulty getting to sleep because she was unable to relax emotionally. The harder she tried to sleep, the more difficult it would become.
    • Neck, shoulder, and lumbar pain
      The patient experienced chronic neck and shoulder stiffness. Perhaps because she assumed the same posture for extended periods, she experienced a grinding pain when she extended her back.

    Examination findings

    • Observation
      The patient’s complexion was poor, with bags under her eyes and numerous pimples around her jaw. Head-forward poster with exaggerated lumbar kyphosis was observed.
    • Palpation
      Cervical region: Hypertonus was confirmed in anterior and middle scalenus, splenius capitis, rectus capitis posterior major and minor, and semispinalis capitis. Misalignment of the lower cervical vertebrae was also observed.
      Shoulder, dorsal, and lumbar regions: Hypertonus was confirmed in the upper trapezius, levator scapulae, and quadratus lumborum.
      Abdomen: The lower abdomen was flaccid and induration was observed in the descending colon region (left umbilical region).

    Treatment #1 (May 24, 2015)

    • Rigidity in the dorsal region was alleviated.
    • Post-treatment, the patient reported fullbody relaxation and mild drowsiness.

    Treatment #2 (May 30, 2015)

    • Patient reported that she slept well after the previous treatment and that she awoke the next morning with no feelings of lethargy.
    • She also stated that her neck and shoulders felt lighter than usual.

    Treatment #3 (June 7, 2015)

    • Patient reported that she slept well for several days after treatment and that she felt comparatively fresh on waking.
    • She still felt stiffness in the neck and shoulders, but it was not severe. Her lumbar region was still slightly stiff, but not painfully so.
    • She felt that her stress level was lower as well.

     Table 1 shows the POMS t-scores measured before and after all three treatments. Aside from the anxiety factor on May 24 and the vigor factor on May 30, the values for all factors showed improvement posttreatment, with a general trend toward improvement as the treatments progressed (Fig. 1).

    Table 1. T-scores for six POMS factors
    Table 1. T-scores for six POMS factors

    Fig. 1. Changes in t-scores for six POMS factors
    Fig. 1. Changes in t-scores for six POMS factors

    Ⅳ.Discussion

     In the case presented in this report, the patient showed improvement in all six POMS factors over the course of three treatments. Kamohara et al and Asai et al demonstrated the possibility for suppression of sympathetic nervous system activity using shiatsu to the abdominal region and the dorsal region, respectively 8-9. Also, Yokota, Watanabe, and Tadaka et al reported miotic (pupil contraction) response to shiatsu to the anterior cervical, lower leg, sacral, and head regions, respectively, possibly due to either suppression of the sympathetic nervous system or stimulation of the parasympathetic nervous system 10~12. The patient in this case report received full body shiatsu, including comprehensive shiatsu stimulation to all of the above-mentioned regions, so it is probable that a relaxation effect was achieved due to both suppression of the sympathetic nervous system and stimulation of the parasympathetic nervous system. In addition, Kato reported that, in restraint-stressed rats, acupuncture electrostimulation lead to normalization of secretion of monamines including dopamine and serotonin in all areas of the brain 13, so one might consider the possibility that a similar mechanism occurs with shiatsu stimulation as well.

     A single case such as this is insufficient evidence to argue for the effectiveness of shiatsu therapy for treatment of stress. Verification of the effectiveness of shiatsu as a means of stress alleviation will require a study employing statistical methodology, which I hope to pursue as a research topic in the future.

    Ⅴ.Conclusion

     Improvement was observed in all six POMS factors over the course of three full body shiatsu treatments.

    References

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    5. Sakai K et al: Kenko na josei ni taisuru takutiru kea no seiriteki • shinriteki koka. Nippon kango kenkyu gakkaishi 35(1): 145-152, 2012 (in Japanese)
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    7. Yokoyama K: Nihongoban POMS tebiki, 1-7. Kaneko Shobo, Tokyo, 1994 (in Japanese)
    8. Kamohara H et al: Effects of Shiatsu Stimulation on Peripheral Circulation. Toyo ryoho gakko kyokaishi(24): 51-56, 2002 (in Japanese)
    9. Asai S et al: Effects of Shiatsu StimuIation on Muscle PIiability. Toyo ryoho gakko kyokaishi (25): 125-129, 2001 (in Japanese)
    10. Yokota M et al: Effect on Pupil Diameter of Shiatsu Stimulation to the Anterior Cervical and Lateral Crural Regions. Toyo ryoho gakko kyokaishi (35): 77-80, 2011 (in Japanese)
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    12. Tadaka S et al: Tobu he no shiatsu shigeki ga doko chokkei • myakuhakusu• ketsuatsu ni oyobosu koka. Toyo ryoho gakko kyokaishi (37): 154-158, 2013 (in Japanese)
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