カテゴリー別アーカイブ: 症例報告

湿疹に対する指圧治療:新田 英輔

新田 英輔
指圧Livin 院長

Shiatsu Therapy for Eczema

Eisuke Nitta

 

Abstract :  This report examines the case of a patient with eczema who was treated with full-body shiatsu therapy focusing on the cervical and abdominal regions. After 5 treatments, redness and pruritus were eased. This suggests that shiatsu therapy could be effective for eczema.

Keywords:rash, eczema, shiatsu therapy, pruritus, improvement of skin condition


I.はじめに

 アトピー性皮膚炎に対する指圧療法では、金子1)、千葉ら2)が症状の改善を報告している。筆者は、アトピー性皮膚炎に指圧が効果を発揮するのであれば、突発性の発疹や湿疹に対しても同様の効果がみられるのではないかと考えていた。
 そのような中、アトピー性皮膚炎でない患者に突然の発疹、湿疹症状が出現している症例と遭遇し、指圧療法を試みたところ、症状の改善がみられたため報告する。

Ⅱ.症例

期間:

 2017年11月11日~ 2018年1月11日(計5回)

対象:

 43歳女性 既婚 3歳児の母親

社会歴:

 外資系メーカー勤務

現病歴:

 10月の初めごろに、突然背中、腕、足に発疹が発症した。皮膚科を受診したところ、ストレスによる発疹と診断され、湿疹症状に対し保湿剤兼ステロイド塗り薬、抗アレルギー薬のアレグラを処方されるも、2週間経過後も身体の痒み、赤みが全く変化しない状況が続いていた。
 6月に新居を購入し、引っ越し、育児、仕事の不満等、ストレスが続いていたことが原因ではないかと本人は分析している。

自覚所見:

 ・背中、腕、足に痒みがある
 ・とくに背中、腕に強い痒みを感じる
 ・9月、11月と仕事中に突然の動悸が起こるようになった

他覚所見:

 ・背部の赤みが強い
 ・頚部から肩甲間部に硬結
 ・健康な人の腹部は豆腐のような柔らかさだが、腹部が鉄のように硬くなっている
 ・2010年7月28日から通院している患者だが、運動療法で肩を牽引した際の肩関節の可動域が以前よりも硬くなっている

評価:

 写真による皮膚症状の変化

施術法:

 1.仰臥位で頚部、腹部に重点を置く浪越指圧療法を30分
 2.伏臥位または横臥位での全身指圧35〜40分
 3.横臥位での肩の運動療法0〜5分
 ※金子1)のアトピー性皮膚炎のポイントとなっている指圧療法を行った

Ⅲ.結果(経過)

第1回(2017年11月11日、図1)

他覚所見:

 ・腹部が全体的に硬い
 ・施術後の痒み、赤みに変化なし
 ・全身の施術により身体の爽快感、疲労が取れた感じはする

図1.第1回(2017年11月11日)治療後の所見

図1.第1回(2017年11月11日)治療後の所見

第2回(同年11月23日、図2)

自覚所見:

 ・痒みはまだあるが背中の赤みは軽減した

他覚所見:

 ・前回よりも頚部、肩背部、腹部の硬結が軽減したが、腹部中央部分から上の硬さが強い

図2.第2回(2017年11月23日)治療後の所見

図2.第2回(2017年11月23日)治療後の所見

第3回(同年12月9日、図3)

自覚所見:

 ・痒み、赤み、発疹の跡は前回より減っている

他覚所見:

 ・頚部の硬さは戻りやすいが、腹部の柔らかさは毎回柔らかくなってきている

図3.第3回(2017年12月9日)治療後の所見

図3.第3回(2017年12月9日)治療後の所見

第4回(同年12月22日、図4)

自覚所見:

 ・風邪を引いていたため咳がひどい
 ・引き続き痒みも改善し、ほとんど気にならない状態

他覚所見:

 ・頚部、腹部の筋肉の柔軟性が定着してきた

図4.第4回(2017年12月22日)治療後の所見

図4.第4回(2017年12月22日)治療後の所見

第5回(2018年1月11日、図5)

自覚所見:

 ・痒みは完全に取れて、背中の色素沈着も毎回改善してきている
 ・心臓の動悸に悩まされてきたが、それも治った

他覚所見:

 ・毎回来院するごとに筋肉の硬結は減っている
 ・肌の状態は完全ではないが、本人の悩みは解消したため、2週間に1度のペースは終了し、身体が辛くなったらまた来てもらうことにした

図5.第5回(2018年1月11日)治療後の所見

図5.第5回(2018年1月11日)治療後の所見

Ⅳ.考察

 湿疹は皮膚に痒みが出て、皮膚が赤くなったり(紅斑)、皮がむけたり、水疱ができたりする皮膚の炎症である。

 今回の患者はアレルギー検査の結果、アトピー性皮膚炎ではなく発疹と診断を受けている。身体にストレスが溜まると、自律神経が乱れ、肥満細胞からヒスタミンが分泌されることで痒みが起きることがあり3)、今回の患者では湿疹症状が出る1カ月前の新居への引っ越し、仕事、育児などの度重なるストレスが発症に関与していたと推測される。

 2008年に治療院を開業して以来、当院に来院する患者の大半は、頚や肩のこり、腰痛などを主訴としている。そのため、治療法として腹部以外の全身の指圧療法を行っていた。その中には主訴ではないものの発疹症状を持つ患者もいたが、症状の改善はみられなかった。

 しかし、今回の症例に対して、腹部指圧を入れた全身指圧を施したところ、症状の改善がみられた。腹部指圧により、消化管蠕動が亢進されること4)、瞳孔直径が変化すること5)が報告されていることから、今回の症例では腹部指圧により自律神経が調節され、結果として、ホルモン分泌等の免疫機能が改善され、発疹症状の治癒を早めたと推察される。

Ⅴ.結語

 腹部、頚部に重点を置いた全身指圧療法を行うことによって、心臓の動悸、湿疹症状の赤み、痒みに改善がみられた。

参考文献

1)金子泰隆:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療,日本指圧学会誌1,p.2-5,2012
2)千葉優一:アトピー性皮膚炎に対する指圧治療,日本指圧学会誌2,p.22-25,2013
3)戸倉新樹,藤本学,椛島健治:臨床力がアップする! 皮膚免疫アレルギーハンドブック,南江堂,東京,p.110,2018
4)黒澤一弘 他:腹部指圧刺激による胃電図の変化,東洋療法学校協会学会誌31,p.55-58,2007
5)栗原耕二朗 他:腹部指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34,p.129-132,2010


【要旨】

湿疹に対する指圧治療
新田 英輔

 発疹による湿疹症状を訴える患者に対して、頚部、腹部に重点を置いた全身指圧療法を全5回行った。その結果、湿疹症状の赤み、痒みの改善が認められた。このことから、指圧療法が発疹に対して有効であることが推察される。

キーワード:発疹、湿疹、指圧療法、掻痒の軽減、皮膚症状の改善


脊柱管狭窄症に対する指圧療法を中心とした治療効果:新田 英輔

新田 英輔
指圧Livin 院長

Effects of Shiatsu Treatment for a Patient with Spinal Stenosis: A Case Report

Eisuke Nitta

 

Abstract :  The cause of spinal stenosis has not yet been ascertained, and there is no generally accepted definition for the disease. This report examines the case of a 70-year-old male patient diagnosed with spinal canal stenosis by three orthopedic surgeons, who received full-body shiatsu therapy. Following treatment, the pain disappeared and walking stability was improved. Following the second treatment, the patient could walk for about twice as long as before, and a maximum of over 14 times longer over the course of treatments. This suggests that full-body shiatsu therapy may be effective to ease symptoms of spinal stenosis.

Keywords:Spinal canal stenosis, back pain, pain, numbness, muscle weakness, intermittent claudication


I.はじめに

 脊柱管狭窄症は腰椎の椎間板と椎間関節の変性を基盤として神経の通路である脊柱管や椎間孔が狭小化することで、臀部から下肢への疼痛やしびれ、下肢筋力の低下、間欠跛行等の症状を呈する症候群である。
 現在のところ明確な原因は不明であり、定義に関しても統一された見解は存在しない。1)
 本症例の患者は2015年の春ごろ、3つの整形外科で脊柱管狭窄症と診断され、整形外科でリハビリを2年行ったが、症状に何の変化もない状況が続いていた。
 そのような中、全身指圧療法を中心とした施術を試みたところ、症状の改善がみられたため報告する。

Ⅱ.対象及び方法

場所:

 指圧Livin

期間:

 2017年7月6日~2019年6月12日
 以降もメンテナンスとして徐々に治療間隔をあけながら定期的に来院。

施術対象:

 70代男性(身長168.5cm、体重約72kg)

既往歴:

 18〜65歳に材木の卸会社で勤務しており、材木を担いで運ぶ等の力仕事で身体に負担が掛かることがあり、腰痛などを起こしていた。

現病歴:

 65〜68歳、材木を運ぶ運送の手伝いをしていたころから、歩行すると段々と左下肢に痺れ、痛みが発症し、長くは歩けず一度座って休まないと歩けない状態に悪化した(間欠跛行)。
 歩行可能時間は日によって違いがあり、5〜10分の歩行が限界であった。
 68歳のとき2016年11月~2017年3月にかけて3カ所の整形外科を受診し、いずれの病院でも脊柱菅狭窄症と診断された。その後、2年間で計2カ所の整形外科に通院し、機器を使用した10分ほどの腰痛のリハビリを受け、指導された自宅でのストレッチを行ったにもかかわらず、症状に変化はなかった。
 脊柱管狭窄症の症状が出たころから、左下肢筋力の低下、歩行時に強く意識しないと身体が左に段々とよれてしまうようになった。

自覚所見:

 ・左下肢筋力低下
 ・左大腿が右大腿より細い
 ・10分以上歩行ができず、左下肢に痛みと痺れが出る
 ・歩行時、身体にふらつきがあり意識しないと身体が左に行ってしまう

他覚所見:

 ・全体的に筋肉の硬結が強い
 ・頚の回旋可動域に制限がある
 ・左肩甲骨が脊柱に寄っている
 ・左下肢ショートレグ
 ・うつ伏せ時、左腰が浮いている姿勢
 ・うつ伏せ時、左下肢がひらいている
 ・左大腿が右よりも細い
 ・歩行時にふらつきがある
 ・図1のストレッチをした時、手が床から30~40cm浮いている

施術方法:

 施術時間90分、全身指圧療法、腰部伸展法2)、下肢牽引、腰部ストレッチ、大腿屈曲、伸展、股関節外転、内転、伸展の抵抗運動、肩の運動療法。

評価:

問診での施術後の歩行時の痛み、歩行時間の変化。

図1.初回治療時(2017年7月6日)の所見

図1.初回治療時(2017年7月6日)の所見

Ⅲ.結果(経過)

第1回(2017年7月6日)

自覚所見:

 指圧後、全身スッキリとした。

他覚所見:

 ・全体的に筋肉の硬結が強い。特に左腰から臀部にかけてが一番硬い
 ・頚の回旋可動域に制限がある
 ・左肩甲骨が脊柱に寄っている
 ・左下肢ショートレグ
 ・うつ伏せ時、左腰が浮いている姿勢
 ・図1のストレッチをしたとき、手が床から30~40cm浮いている
 ・左大腿が右よりも細い
 ・歩行時にふらつきがある

第3回(同年7月20日)

自覚所見:

 左腰から臀部が辛い。2回目の施術後、1日最大10分の歩行時間だったのが18分歩行できた。

他覚所見:

 左腰から臀部が硬い。左肩、頚の動きが硬い。

第5回(同年8月2日)

自覚所見:

 4回目の施術後、1日あたり20分歩いて出かけられたが、帰り道は15 分の歩行が限界。

他覚所見:

 うつ伏せでの下肢のひらきが治ってきた。

第6回(同年8月9日)

自覚所見:

 5回目の施術後は1日あたり、痛みに耐えて無理をすれば30 分歩いて出かけられたが、帰り道は10~15分の歩行が限界だった。

他覚所見:

 身体のゆがみが取れてきたが、腰の筋の緊張と臀部が硬い。

第12回(同年9月20日)

自覚所見:

 11回目施術後、1日に25分まで痛みなく歩くことができた。

他覚所見:

 歩く際の身体のふらつきが強かったが、改善してきた。左大腿筋膜張筋、左腰も段々ゆるみが出てきた。左腰から臀部を指圧すると、左肩もゆるむ。

第14回(同年10月2日)

自覚所見:

 13回目の施術後、1日35~40分歩けるようになった。

他覚所見:

 ・うつ伏せ時、左ショートレグ約7mm。指圧後は下肢の長さがそろう
 ・腰の硬さは以前よりも大分改善した。右腰と比べると4割ほど左腰が硬い
 ・右大胸筋が硬くなりやすい。今回は右大腿筋膜張筋がよく効いた
 ・うつ伏せから横向きにする段階で腰のゆるみが出るようになった

第17回(同年10月26日)

自覚所見:

 16回目の施術後、1日に40分余裕を持って歩けた。45分まで歩けそうだったが、悪天候のため試せていない。

他覚所見:

 ・うつ伏せ時、ヤコビー線の左右差がなくなった
 ・指圧後、下肢の長さが整う
 ・大腿筋膜張筋の硬さ、臀部の硬さが出なくなってきた
 ・指圧後に抵抗運動を入れることで大腿前面の筋の硬さが正常になってきた

第19回(同年11月22日)

自覚所見:

 18回目の施術後、1日に45分歩けた。50分も歩けそうだったが、トイレに行きたくなり、試せていない。

他覚所見:

 18回目のときは仰向けで両膝を胸に近づけると左右でずれがあったが、前回よりも改善した。

第20回(同年12月6日)

自覚所見:

 19回目の施術後、1日に53分歩けた。もっと歩けたが、TVが見たくてやめた。その翌日から調子が落ちて、35分までしか歩けなくなった。

他覚所見:

 仰向けで胸に膝を近づける動きをすると右が硬く、臀部のストレッチも右が硬い。

第22回(2018年1月10日)

自覚所見:

 指導された大腿内転、外転トレーニングもするようになり、身体のふらつきは指摘されるまで気づいていなかった。

他覚所見:

 前回から約3週間あき、左臀部から左大腿外側、前面が硬い。仰向けで膝を胸に近づける動きも左右バラバラになってしまった。

第26回(同年2月7日)

自覚所見:

 20回目以降あまり調子が上がらず、30分までしか歩けない状態が続いた。

第27回(同年2月14日)

自覚所見:

 26回目の施術後、1日40分歩けた。

他覚所見:

 仰向けで膝を胸に近づける動きが左右同じように動くようになった。

第33回(同年3月28日)

自覚所見:

 32回目の施術後、1日50分以降は痛みに耐えながら72 分まで歩けた。
 日が経つと40 分までに低下してしまった。

他覚所見:

 前回よりもゆるみが出ていたが脊柱起立筋の腰椎5番がまだ少し硬い。

第50回(同年10月22日)

自覚所見:

 42回目よりゴムチューブを使って1日10回肩のストレッチを追加したところ、体がつりやすいのが治った。良い状態がキープできているので、46回目以降、約3週間に一度のペースにしたが、歩ける時間は30~40分程度で安定していた。
 だが、10月20日に四男の引っ越しを手伝った日から腰を痛め、あまり歩けなくなった。

他覚所見:

 圧痛はないが傾いて歩いている。アイシングをして指圧。

第51回(同年11月5日)

自覚所見:

 50回目の翌日には腰の痛みが取れて、今まで時間が経つにつれて徐々に出ていた痛みが一切出なくなり、40分歩いても痛みはなかった。1時間でも痛みなく歩けそうな気がする。

第54回(2019年3月4日)

自覚所見:

 前回施術から47日。50回目以降徐々に期間をあけているが、その間一度も痛みが出ることなく、30分歩きストレッチをしてまた30分歩けている。痺れが少しあるだけで、痛みを感じることがなくなり日常生活に一切問題がなくなった。

第56回(同年6月12日)

自覚所見:

 前回施術から50日後、50分歩いたが、痛みなく歩けた。痺れが少しあるだけで何の問題もない。

 最初の頃よりも痺れの強さも減った。

他覚所見:

 触診によるゆがみはない。抵抗運動での左下肢筋力の右下肢との差がなくなってきた。

Ⅳ.考察

 腰痛症の85%は原因不明の非特異性腰痛である。3)

 腰部脊柱管狭窄症においても画像だけでは症状の有無を判別できず、しかも狭窄の程度と臨床症状の重症度とは必ずしも相関しない。4)

 本症例においても整形外科での2017年3月15日(指圧治療前)と2019年3月25日(指圧治療開始後)X線所見にて、画像における変化はないと医師に診断を受けている。しかし、歩行時間は最短5 分であったものが、指圧治療開始後は最長72分と、14倍以上の歩行が可能になった。画像所見による変化は認められないにも関わらず、歩行時間が延びるにつれて、疼痛は消失し、他覚所見にて観察された全体的な筋硬結にも改善がみられた。治療期間終了後は左下肢に痺れが少し残るのみとなり、日常生活に一切問題がなくなるまでになった。

 筋の収縮は、活動電位により筋小胞体の終末槽からCa2 +が細胞質中に放出され、筋漿膜内のCa2 +濃度が上昇しアクチンフィラメントがミオシンフィラメントに滑り込むことで出現する。しかし、筋小胞体損傷でCa2 +が損傷部から放出し、また筋細胞膜損傷で細胞外のCa2 +が細胞内へ流入すると、筋漿膜内のCa2 +濃度上昇に伴う、局所的なアクチンとミオシンの膠着が出現する。

 膠着解除のためATP が必要となり代謝は亢進するが、アクチンとミオシンの膠着による局所循環障害は、酸素欠乏と栄養低下によるエネルギー欠乏を招き5)、過敏性物質(内因性発痛物質)が筋細胞外に放出され、Ⅳ群神経終末や自律神経終末を刺激して痛みを引き起こす。さらに筋からの痛覚線維のインパルスが交感神経の反射活動を高めて局所的な虚血をもたらす。また、筋内の局所に交感神経節後線維から反射活動によって放出されるノルアドレナリンが、痛覚受容器の過敏化にも寄与する。6)これらのことにより、さらに膠着が持続し筋硬結が形成される。

 筋硬結を改善するためには、アクチンとミオシンの膠着を解除する必要がある。解除方法として、①物理的な伸張、②血流改善によるATP産生促進、③代謝低下による発痛物質の産生抑制、④痛覚線維の興奮性抑制などがあげられる。5)

 指圧療法では母指、手根による筋の圧迫をするので、①の方法に該当する。

 また指圧による血流改善7)の報告がされており②の方法も該当する。

 また、骨自体に関節を動かす力はなく、人が身体を動かすときには必ず筋肉を使う。

 ひとつの動作を行うとき、主動筋が働くときには、それに対する拮抗筋が自動的に弛緩することで、動作をスムーズに行うことができる(相反神経支配)ことから、筋硬結により主動筋と拮抗筋のバランス、筋肉の収縮と弛緩のバランスが崩れれば、動作をスムーズには行えないということになる。

 シェリントンの相反神経支配によると,短縮や緊張した筋は,その拮抗筋を抑制することから、筋の不均衡を改善するためには筋力低下を起こした筋より、緊張・短縮した筋にアプローチをすることが臨床的には適切であることが指摘されている。8)

 厚生労働省は、“ 人の身体には、地球の重力から姿勢を保つために働く抗重力筋があり、本来抗重力筋が正しい状態にあると、抗重力筋全体がバランスを取り合い身体の歪みが修正される。日常生活で身体に癖がつくと、抗重力筋は癖のある悪い姿勢を記憶して身体の歪みを作り、慢性の肩こりや腰痛を引き起こす。9)” としており、これらのことから、X 線所見において変化がみられないにも関わらず、明らかな症状の改善がみられるのは、X 線には映らない指圧治療による筋肉の状態の変化が大きく影響したと推測される。

 その機序として、指圧療法では血流の改善7)筋の硬さの改善10)11)関節可動域の拡大12)13)14)が報告されており、全身指圧療法を行ったことにより抗重力筋のバランスが整い、疼痛、脊柱管狭窄症状の改善に寄与したものと推測される。

 実際に、当院ではX 線では何の異常も認められないと診断された患者が複数名来院したが、指圧により疼痛の改善がみられている。

 今回、脊柱管狭窄症の疼痛の消失、歩行時間の改善、身体のふらつきが改善したことから、保存療法として指圧療法を取り入れていくことは十分価値あることだと思われる。

Ⅴ.結語

 脊柱管狭窄症に対して全身指圧療法を中心とした施術を試みたところ、疼痛の消失、歩行時間の改善、身体のふらつきの改善が認められた。日常生活において何の支障もきたさない状態に至った。

 指圧治療開始前と後の脊柱管狭窄症改善後でのX 線所見における画像変化は認められず、脊柱管の狭窄と臨床症状との相関性は認められなかった。

 脊柱管狭窄症に対して全身の指圧療法を中心とした施術が有効であることが示唆された。

参考文献

1)日本整形外科学会,日本脊椎脊髄病学会編:腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2011,南江堂,東京,p.1-2,2011
2)厚生省医務局医事課編:指圧の理論と実技,医歯薬出版,東京,1957
3)大川淳 編:しびれ・痛みに対する整形外科診療の進歩,別冊整形外科No.74;p.47,2018
4)日本整形外科学会,日本脊柱脊髄病学会編:前掲註1),p.27
5)黒田幸雄,篠原英記 他編;理学療法MOOK5 物理療法,三輪書店,東京,2000
6)竹井仁:姿勢の教科書,ナツメ社,東京,p.88-89,2017
7)蒲原秀明 他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.13-17,2013
8)葛原憲治:筋の不均衡を改善するためのパートナーストレッチング,日本保健医療行動科学会雑誌28(2);p.44,2014
9)厚生労働省ウェブサイト
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-093.html
10)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.19-22,2013
11)菅田直記 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),指圧研究会論文集Ⅱ;p.23-26,2013
12)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),指圧研究会論文集Ⅱ;p.27-30,2013
13)田附正光 他:指圧刺激による脊柱の可動性及び筋の硬さに対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.31-34,2013
14)宮地愛美 他:腹部指圧刺激による脊柱の可動性に対する効果,指圧研究会論文集Ⅱ;p.35-38,2013


【要旨】

脊柱管狭窄症に対する指圧療法を中心とした治療効果
新田 英輔

 脊柱管狭窄症は現在のところ明確な原因は不明であり、定義に関しても統一された見解は存在しない。

 整形外科3 カ所で脊柱管狭窄症と診断され、2年間リハビリを行ったが効果が全くなかった70代の男性患者に対して、全身指圧療法を中心とする施術を試みたところ、疼痛の消失、歩行時間が指圧治療開始後2回目で約2倍に、最大14倍以上に延長し、歩行時の身体のふらつきの改善が認められた。

 脊柱管狭窄症に対して全身の指圧療法を中心とした施術が有効であることが示唆されたため、その症例を報告する。

キーワード:脊柱管狭窄症、腰痛、疼痛、痺れ、筋力低下、間欠跛行


乳がん術後の患者に対する疼痛と肩関節可動域制限への指圧治療:中盛 祐貴子

中盛 祐貴子
祐泉指圧治療院 院長

Shiatsu Treatment for a Patient with Shoulder Joint Pain and Decreased Range of Motion Due to Breast Cancer Surgery

Yukiko Nakamori

 

Abstract :  This report examines the case of a patient undergoing pectoral muscle-preserving mastectomy for cancer of the left breast, who was treated for the alleviation of shoulder joint pain and decreased range of motion using shiatsu therapy. After treatment, pain was alleviated and the range of motion of the shoulder joint was increased, which contributed to improving the patient’s quality of life. This suggests that shiatsu treatment combining finger pressure and joint mobilization was effective in improving the flexibility of the skin, subcutaneous tissue, and shoulder joint.

Keywords:breast cancer, mastectomy, pain, shoulder joint range of motion, strain, post-mastectomy neural pain, shiatsu, massage


I.はじめに

 乳がん手術後の主な後遺症としては、リンパ浮腫や手術後の恒常的な痛みなどがある。手術を受けたことによる胸部から腋窩、上腕にかけての痛み、違和感やしびれなどの知覚異常は、多くの場合、術後数カ月で和らぐとされている1)が、和らぐまでの間は患者が痛みに悩まされることになる。また、乳がん術後の患者においては、患側肩関節可動域が制限されやすく、更衣や整容などの日常生活動作の制限となる2)とされており、日常で不便さを感じる患者が多くいるといえる。
 今回、乳がんに対する左側胸筋温存乳房切除術後の患者に対し、全身指圧を施した。左胸部の疼痛と突っ張り感、左側肩関節を含む左側上肢各関節の可動域の制限を主に訴えており、筋、皮下組織及び皮膚の柔軟性と伸張性を改善することを主目的に施術を行ったところ、疼痛の緩和と肩関節可動域の変化を確認したのでここに報告する。

Ⅱ.対象および方法

施術対象:

 44歳 女性 自営業

施術日:

 令和1年8月27日

主訴:(患者の表現をそのまま記述):

 手術後、左胸あたりの痛み、突っ張り感がある。脇の下あたりも違和感がある。左腕が上がりにくいし、肘もしっかり伸ばせなくて、不便だし不快。左腕が上がりにくくなることは手術前に説明を受けているから理解はしているが、洗髪や髪を乾かす動作が思うように行えないのが苦しい。着替えの動作にも支障が出て、着られる服が制限されてしまい、毎朝の服選びに苦労している。疼痛により動きが阻害されることもストレス。早期の社会復帰に向けて、少しでも痛みが減り、身体が動きやすくなってほしい。

現病歴:

 令和1年7月30日、乳がんにより左側胸筋温存乳房切除術を受けてから、左胸部、腋窩部、上腕部に疼痛が出現。左側肩関節の可動域制限(主に前方挙上、側方挙上)も現れた。

既往歴:

 34 歳 卵巣嚢腫 腹腔鏡下手術

施術方法:

 1.仰臥位にて、腹部への指圧を行う
 2.仰臥位にて左胸部への軽圧での流動圧法や手掌刺激圧法を主に用いた指圧を行う。創傷部周辺(図1)は解離を起こさないように触圧と微圧にて慎重に行う
 3.仰臥位にて左上肢への指圧と運動操作を行う
 その後は全身調整として、
 4.側臥位にて、左側の頚部、背部、腰部および臀部への指圧を行う
 5.伏臥位にて、背部、腰部、臀部、両側下肢への指圧を行う
 宮下3)による乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の疼痛とそれに伴う肩関節可動域の制限に対する指圧療法の一例報告や指圧療法学4)も参考に施術を行った。

評価:

 ・問診での施術前後の所見、感覚の変化を聴取した
 ・目盛りのない直線100mm Visual Analogue Scale(VAS)を施術前後に記入してもらい、疼痛と突っ張り感を評価した
 ・角度計を用いて術前術後の肩関節可動域(前方挙上と側方挙上)を計測した

図1. 患者の乳房切除術後の創傷部

図1. 患者の乳房切除術後の創傷部

Ⅲ.結果

[術前所見]

自覚所見

 ・左胸部の疼痛および動作時痛
 ・左胸部、腋窩部の突っ張り感や違和感
 ・肩関節可動域制限(前方挙上、側方挙上)
 ・肩こりや背中の張りなどがあり、全身に倦怠感や疲労感がある

他覚所見

 ・肩関節の自動運動と他動運動時に左胸部に痛みを訴える
 ・触診により左胸部の皮膚の柔軟性と伸張性の低下を感じる
 ・左側肩関節の挙上動作の可動域制限あり(図2)
 ・両上肢の周囲径に顕著な左右差はみられない

図2.指圧施術前

図2.指圧施術前

図3.指圧施術後

図3.指圧施術後

[術後所見]

VAS 痛みの程度:

50 → 25

突っ張り感の程度:

48 → 22

肩関節の可動域:

前方挙上135°→ 145°、側方挙上:85°→ 95°

上腕周囲径(肘頭より上方10cm):

左28.5cm → 28.0cm、右28.9cm → 27.4cm

自覚所見

 ・左胸部の疼痛及び動作時痛が軽減した
 ・左胸部、腋窩部の突っ張り感や違和感が軽減した
 ・肩関節の可動域(前方挙上、側方挙上)が拡大した
 ・肩こりや背中の張りが軽減した

他覚所見

 ・触診により左胸部の皮膚の柔軟性と伸張性が向上した
 ・左側肩関節の可動域が拡大した(図3)

Ⅳ.考察

 本症例では、左側胸筋温存乳房切除術後4週後に指圧治療を行った。手術後から左胸部の疼痛、突っ張り感があるとのことだった。また、左側上肢を動かすと痛みが増強し、肩関節の可動域制限もみられ、QOL の低下を訴えていた。これらの症状は、『上腕後面、腋窩や前胸壁部などにおける、感覚低下を伴う締め付け感や灼熱感などが多い』『しばしば上肢運動によって痛みが増強するため、有痛性肩拘縮症となる』『術直後~半年までに発症することが多い』などの乳房切除術後疼痛症候群の特徴5)と重なる部分が多い。乳房切除術後疼痛症候群は乳房手術患者における手術操作による肋間上腕神経(第1 ~ 2 胸椎の皮枝)の神経障害が主な原因と考えられており、特徴があるとされている。本患者は乳房切除術後疼痛症候群を発症していたのではないかと考えられる。

 それに加えて今回、本患者は手術後の病理検査の結果待ちの状況にあり、「悪性度の高いがんだったら、と不安だ」などの発言を繰り返している様子からもストレスがかかった状態であったと推察される。そのため、ストレス=心の痛みが身体の痛みを増強させる6)ことから、痛みや不安の軽減を考慮する必要があった。指圧を含むマッサージは、エビデンスは示されていないものの、がん患者の痛みや不安などの苦痛症状を軽減するために主に緩和ケア病棟などで活用されている7)。指圧療法では、交感神経の興奮を抑制し、副交感神経活動を優位にする効果が示されている8)9)。今回、この指圧の効果によって、患者の交感神経の興奮、ストレスなどが緩和され、痛みを軽減できたと推察される。

 施術前と施術後の比較では、痛みの程度のVAS が50 → 25 に、突っ張り感の程度のVASが48 → 22 に変化した。不快な痛みや突っ張り感を緩和することは患者にとって有益であり、患者のQOL を向上させることに貢献できたといえる。

 本患者は、手術後11日間にわたりドレーン留置で過ごした。その期間、左側上肢を肩関節90°以上に挙上しないようにとの説明を受けていた。とはいえ、90°まで上げようとしても痛みや違和感が強く、ドレーン留置期間中は60°程度までしか上げられなかったとのことから、左側上肢の活動量が低下していたといえる。それに伴い、筋力低下、筋柔軟性の低下、筋の動きに関連する皮下組織や皮膚の柔軟性の低下が生じていたと推察される。指圧療法では筋柔軟性に対する効果が示されているほか10)11)12)、宮下3)は指圧療法が皮膚の柔軟性、伸張性を改善できる可能性を示唆する報告をしている。今回、これらの指圧の効果によって、肩関節の可動域に変化が起きたと推察される。

 施術前と施術後の画像(図2、3)を比較したところ、膝関節屈曲や骨盤後傾の改善がみられる。施術前には肩こりや背中の張りの訴えと倦怠感や疲労感の訴えがあり、上肢や胸部だけではなく背腰部や下肢などの筋にも過緊張が引き起こされていたと考えられる。新倉13)や作田14)は指圧療法が筋緊張を緩和させ姿勢を改善できる可能性を示唆する報告をしている。今回の症例においても、指圧の効果によって、姿勢が改善したと推察される。結果として、より上方へ手が届くようになり、日常生活動作の改善につながることが期待できる。

 施術1週間後に本患者から施術後経過の連絡があった。「施術後から動作時の痛みが減り、イライラすることがかなり減った。前屈みにならずに洗髪ができるようになり、着替えも楽になり服の選択肢が増えて快適。動きやすくなったことで運動への意欲が向上し、自主的リハビリテーションをより一層積極的に取り組めるようになった」との報告から、QOLが向上したといえる。

 早期の社会復帰を望む本患者は、乳房切除術後翌日から手指や手関節を動かすなどの自主的リハビリテーションにも取り組んでいた。生活指導および肩関節可動域訓練や上肢筋力増強訓練などの包括的リハビリテーションは、患側肩関節可動域の改善、上肢機能の改善がみられるので、実施が強く勧められている2)。しかしながら、入院期間の短縮化とともに、後遺症や合併症を有したまま退院する症例も多くみられ、術後がん患者の自宅生活におけるQOLを損なう大きな問題となっている15)。退院したあとの外来がんリハビリテーションに関しては、十分に行われていないのが現状である16)ため、指圧師が包括的なリハビリテーションや機能訓練の知識を学び、それに対応できる施術技術を持つことで、医療機関を退院後または外来リハビリテーションの終了後の乳がん術後の患者に対して、その役割を補完できると考えられる。

Ⅴ.結論

 指圧療法により、乳がんに対する胸筋温存乳房切除術後の疼痛を緩和させ、上肢の動作時痛を軽減できる可能性がある。また、指圧の押圧操作と運動操作を併用することで、肩関節可動域制限の改善がはかられ、乳がん手術後の患者のQOLを向上できる可能性があると考えられる。今回は1例のみの報告であるため、今後も症例を重ねて検討していきたい。

参考文献

1)日本乳癌学会:患者さんのための乳がん診療ガイドライン2019年版,p.100,金原出版, 東京,2019
2)日本リハビリテーション医学会:がんのリハビリテーションガイドライン,p.54,金原出版,東京,2013
3)宮下雅俊:乳がんに対する左乳房切除術(全摘手術)後の疼痛とそれに伴う肩関節可動域の制限に対する指圧療法の一例報告,日本指圧学会誌5;p.32-36,2016
4)石塚寛:指圧療法学 改訂第1 版,国際医学出版,東京,2008
5)日本緩和医療学会:がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2010年版,https://www.jspm.ne.jp/guidelines/pain/2010/chapter02/02_01_03.php
6)仙波惠美子:ストレスにより痛みが増強する脳メカニズム,日本緩和医療薬学雑誌3(3);p.73-84,2010
7)日本緩和医療学会:がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス2016 年版,p.27-33,金原出版,東京,2016
8)栗原耕二朗 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34;p.129-132,2010
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌36;p.15-19,2012
10)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
11)菅田直記 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
12)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3 報),東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2003
13)新倉玄太:押圧操作と運動操作の併用により姿勢矯正が認められた一例,日本指圧学会誌4;p.15-18,2015
14)作田早苗:80 代女性 開腹手術後の円背矯正,日本指圧学会誌7;p.9-14,2018
15)日本医療研究開発機構:外来がんリハビリテーションプログラムの開発に関する研究,目的(2020年2月時点),http://www.jascc-cancer-reha.com/contents/c002.html
16)日本医療研究開発機構:外来がんリハビリテーションプログラムの開発に関する研究,トップページ(2020年2月時点),http://www.jascc-cancerreha.com/index.html


【要旨】

乳がん術後の患者に対する疼痛と肩関節可動域制限への指圧治療
中盛 祐貴子

 本症例では、乳がんに対する左側胸筋温存乳房切除術後の疼痛と肩関節可動域の制限がある患者に対して、指圧治療を行った。その結果、疼痛の緩和と肩関節可動域の拡大が見られ、患者のQOLの向上に貢献することができた。本症例の改善は、指圧により皮膚や皮下組織の柔軟性が向上し、肩関節に対して押圧操作と運動操作を施すことで、効果が得られたものと推察する。

キーワード:乳がん、乳房切除術、疼痛、肩関節可動域、痛み、突っ張り感、乳房切除後神経性疼痛、指圧、マッサージ


多嚢胞性卵巣(PCO)への指圧の治療効果:徳元 大輔

徳元 大輔
きりん堂指圧治療院 院長

Effects of Shiatsu Treatment for a Patient with Polycystic Ovary (PCO) : A Case Report

Daisuke Tokumoto

 

Abstract :  This report examines the case of a 31-year-old female patient complaining of constipation and menstrual pain and diagnosed with polycystic ovary (anovulatory menstruation), who received shiatsu treatments. The patient began to have regular bowel movements and the menstrual pain was eased as of the day following the first treatment. Six months later, she recovered from polycystic ovaries. Eight months later, she became pregnant. This case suggests that shiatsu treatment may contribute to the improvement of various gynecological diseases, including polycystic ovaries.

Keywords:shiatsu, polycystic ovary, anovulatory menstruation, infertility, menstrual cramps, constipation, Oriental medicine


I.はじめに

 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS:Polycystic Ovarian Syndrome)とは、排卵障害に伴う月経異常、卵巣の多嚢胞性変化、内分泌学的異常を主徴とする疾患であり、生殖年齢の5~8%に認められ1)、排卵障害の原因の一つといわれている。
 日本産科婦人科学会の診断基準2)によると、月経異常・多嚢胞性卵巣(ネックレスサイン)・内分泌学的異常(血中男性ホルモン高値、またはLH[黄体形成ホルモン]値が高値かつFSH[卵胞刺激ホルモン]値正常)などの診断基準を満たしたものが多嚢胞性卵巣と診断される。
 発症要因は、視床下部のドーパミン活性低下により下垂体からのLH 分泌が亢進することが第1に考えられている。また、近年はインスリン抵抗性もPCOS の病態形成に関与していることが明らかになり、様々な因子により発症すると考えられている1)。また、欧米では男性化兆候を伴うことが多いといわれているが、日本では必ずしもあてはまらない。3)
 本疾患のほとんどは軽度で、排卵が起こったり起こらなかったりする多嚢胞性卵巣症候群もどきといわれる多嚢胞性卵巣(PCO体質)も多い。今回取り上げる症例においても、患者は多嚢胞性卵巣症候群の診断基準を満たしていないため、多嚢胞性卵巣に該当する。この患者の生理痛と便秘の愁訴に対し指圧治療を行ったところ、症状の改善と多嚢胞性卵巣の正常化がみられたので報告する。

Ⅱ.対象及び方法

対象者

 31歳女性 主婦

主訴

 生理痛、便秘

自覚初見

 生理痛が強い、便通は2〜3日に1回ほど、肩こり、冷え性

他覚初見

 内臓と胸郭の下垂(やや扁平胸郭・打診音で胃下垂を認める)、下腹部の張り頚部および肩背部の筋緊張、骨盤の後屈および左短下肢、やや多毛

現病歴

 2017年6月5日、無排卵月経(多嚢胞性卵巣)と診断を受ける。

現病歴

 2017年6月5日、無排卵月経(多嚢胞性卵巣)と診断を受ける。
 漢方薬(温経湯)を処方されたが、初日で吐き気をもよおし服用をやめる。

既往歴

 なし

家族歴

 特記すべき事項なし

治療方針

     ・全身への指圧による筋緊張の緩和と運動操作による姿勢矯正および、胸郭と内臓下垂の改善
     ・普段の姿勢とストレッチの指導
     ・食事の傾向として炭水化物や糖質の摂取が多いため、糖質の摂取を控え、ミネラル(主にマグネシウム)を多く摂取するように食事指導

    治療方法とその手順

     1)腹部へ基本指圧
     2)下肢後面を除く両下肢へ、股関節部周辺から足趾へ以下の経絡に沿って流動圧法
     胃経4)、腎経5)、脾経6)、肝経7)、胆経8)
     3)下肢および足関節の運動操作9)
     4)両上肢へ肩関節周辺部から指先へ、経絡に沿って流動圧法
     肺経10)、心包経11)、心経12)、大腸経13)、三焦経14)、小腸経15)
     5)手関節の基本指圧
     6)臀部から両下肢後面を足趾へ、経絡に沿って流動圧法16)
     7)後頭部から背部を臀部まで、経絡に沿って流動圧法16)
     8)腰部伸展法17)
     9)左側にて、腰椎矯正法18)
     10)左前頚部を指圧
     11)左肩甲骨の挙上法19)
     12)右側にて、腰椎矯正法18)
     13)右前頚部を指圧
     14)右肩甲骨の挙上法19)
     15)頭部顔面への基本指圧
     16)腹部へ基本指圧
     17)上肢牽引法20)
     18)胸郭拡張法21)
     19)上肢反転法22)

    治療期間

     2017年6月〜2018年2月まで、計18回実施。
     2017年6月7日、21日/7月5日、18日/8月8日、25日/9月10日、30日/10月14日、25日/11月8日、22日/12月6日、20日
     2018年1月11日、14日/2月8日、20日

    Ⅲ.結果

    〈2017年6〜11月の治療経過〉

     ・血液検査でのホルモン値の異常は認められなかったが、超音波検査では多嚢胞性卵巣が認められた(図1)

    図1.6月5日の超音波検診結果

    図1.6月5日の超音波検診結果

     ・6月7日の治療後、翌日から毎日便通がある
     ・ストレッチは毎日ではないが実施している
     ・食事には全く気をつけていないとのこと
     ・7月13日の超音波検査では、卵巣の数が若干減って見える(図2)

    図2.7月13日の超音波検診結果

    図2.7月13日の超音波検診結果

     ・9月からは、月経痛が以前に比べてかなり軽減した
     ・12月14日の受診で、超音波検査では多嚢胞性卵巣は認められず、医師からいつでも妊娠できる状態だといわれる
     ・便通も毎日あり、生理痛も以前よりかなり軽減した
     ・2018 年2 月に妊娠検査薬で陽性反応が出たため、産婦人科を受診。妊娠2カ月ほどと診断された(図3)

    図3.2月13日の超音波検診結果

    図3.2月13日の超音波検診結果

     ・2018年9月に無事、男児を出産

    Ⅳ.考察

     多嚢胞性卵巣および、多嚢胞性卵巣症候群は原因がはっきりと分かっていない病気である。そのため、本症例において多嚢胞性卵巣の原因への直接的なアプローチは難しかったため、患者の体質、姿勢改善を主眼に置いた治療を行った。本患者においては、内臓下垂による血流不全と、腹部内臓の圧迫、食事の内容から糖質の摂取過多が疑われた。

     全身指圧は気血の流れを促進する目的で、四肢と背部の経絡に沿って流動圧法を実施した。加えて運動操作を行うことで、骨格矯正効果による内臓下垂の改善、神経伝達の促進がなされ、腹部内臓および骨盤神経に反射作用が生じ、卵子の成長、発育が正常化したものと考えられる。

     また、多嚢胞性卵巣症候群の主な症状に、肥満、ニキビ、糖代謝異常などが挙げられることから、慢性的なミネラル不足と、糖質摂取の量が多いことも可能性として考えられ、インスリン抵抗性もこれらの症状の発現に関与していると推察される。マグネシウムの摂取量低下はインスリン抵抗性や糖尿病と関連することが報告されており23)、多嚢胞性卵巣症候群の改善には糖質の摂取制限とマグネシウムの摂取が有効ではないかと考えられる24)

     しかし、今回は食事指導をしたにも関わらず、患者は全く気をつけていなかったことから、本症例では内臓下垂による代謝異常が主な原因であったと推察される。

    Ⅴ.結語

     施術開始翌日から便秘が改善し、生理痛も徐々に改善、その後約半年で多嚢胞性卵巣が完治した。これらのことから、指圧治療が多嚢胞性卵巣のみならず、様々な婦人科系疾患の改善に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

    参考文献

    1)佐藤幸保:多嚢胞性卵巣症候群(PCOS),日本産科婦人科学会雑誌64(8)p.1841-1844,2012
    2)水沼英樹,苛原稔,久具宏司 他:生殖・内分泌委員会報告 本邦における多嚢胞性卵巣症候群の新しい診断基準の設定に関する小委員会(平成17年度〜平成18 年度)検討結果報告,日本産科婦人科学会雑誌59(3);p.868-886,2007
    3)岡庭豊:病気がみえるvol.9 婦人科・乳腺外科 第2版,p.36-37,図書印刷,東京,2009
    4)井沢正:図解による経絡経穴と指圧療法,p.71,日本指圧協会,東京,1972
    5)井沢正:前掲註4),p.115
    6)井沢正:前掲註4),p.83
    7)井沢正:前掲註4),p.151
    8)井沢正:前掲註4),p.139
    9)栗山三郎,浪越徳次郎:指圧療法全書,p.64,東京書館,東京,1967
    10)井沢正:前掲註4),p.55
    11)井沢正:前掲註4),p.123
    12)井沢正:前掲註4),p.91
    13)井沢正:前掲註4),p.63
    14)井沢正:前掲註4),p.129
    15)井沢正:前掲註4),p.95
    16)井沢正:前掲註4),p.103
    17)芹澤勝助:指圧の理論と実技,p.40,医歯薬出版,東京,1899
    18)栗山三郎,浪越徳次郎:前掲註9),p.64 実技写真64-65
    19)芹澤勝助:前掲註17),p.61-62
    20)栗山三郎,浪越徳次郎:前掲註9),p.71
    21)芹澤勝助:東洋医学の接点に立つ マッサージ・指圧法の実際,p.143-144,創元社,大阪,1970
    22)芹澤勝助:前掲註17),p.65-66
    23)Dong JY, et al.: Magnesium intake and risk of type2 diabetes: meta-analysis of prospective cohort studies,; Diabetes Care34; p.2116-2122, 2011
    24)池田康将,土屋浩一郎,玉置俊晃:見直される糖尿病の食事療法 5. 糖尿病と食事由来金属元素,糖尿病56(12);p.919-921,2013


    【要旨】

    多嚢胞性卵巣(PCO)への指圧の治療効果
    徳元 大輔

     本症例では、便秘、生理痛を訴える、多嚢胞性卵巣(無排卵月経)と診断された31歳の女性に対し、指圧治療を行った。その結果、治療開始翌日から便通があり、生理痛も軽減し、半年後には多嚢胞性卵巣が完治した。また、その8カ月後に当患者が妊娠したので、治療の経過をここに報告する。

     本症例から、指圧治療が多嚢胞性卵巣のみならず、さまざまな婦人科系疾患の改善に寄与できる可能性が考えられる。

    キーワード:指圧、多嚢胞性卵巣、無排卵月経、不妊症、生理痛、便秘、東洋医学


全身指圧操作法による肩関節可動域改善の1症例:岡本 京子

岡本 京子
柿の木のある指圧治療院

Improvement in Shoulder Joint Range of Motion Following Full-Body Shiatsu Treatment

Kyoko Okamoto

 

Abstract :  This report examines improvement in shoulder joint range of motion in the case of a patient whose chief complaint was hypothyroidism-related symptoms accompanied by restricted range of motion of the shoulder joint. Following two shiatsu treatments, improvement in the range of motion of the shoulder joint was observed.
 It is suggested that full-body shiatsu therapy released tension in the neck muscles and improved flexibility of the muscles involved in movement of the shoulder joint. Although the relationship between hypothyroidism and shoulder joint disease is unknown, it is possible that the hypothyroidismrelated symptoms were also eased by relieving the stress caused by restriction in shoulder joint movement.

Keywords:Namikoshi standard shiatsu, hypothyroidism, frozen shoulder, shoulder joint range of motion


I.はじめに

 器質的な原因が明らかでなく発症する一次性肩関節拘縮を狭義の五十肩(凍結肩)と呼ぶ。
 五十肩は明らかなきっかけがなく、肩関節の疼痛に引き続いて関節可動域の制限をきたす疾患であり、夜間痛と関節可動域制限の強い炎症期から、疼痛が軽減し拘縮だけが残る拘縮期を経て、治癒に向かう。1)
 日本指圧専門学校では、在学中の3年間、横臥位、伏臥位、仰臥位からなる全身指圧操作法を修得する。この基本指圧である全身指圧操作法を施術したところ、肩関節可動域制限に対し改善を認めたので、報告する。

Ⅱ.対象及び方法

期間:

 平成28年12月7日(1回目)

 平成28年12月19日(2回目)

対象:

 61歳 主婦

治療方法:

 浪越式基本指圧全身操作2)(表1)。

 対象者に畳の上の布団に臥床してもらい、90分施術した。

 全身指圧操作の順序は表2の通り。

主訴:

 1.足のだるさとむくみ

 2.肩の挙上困難、挙上時痛

現病歴:

 甲状腺機能低下症。5年前に健康診断により頸部の腫れを指摘され専門医を受診。頸部の腫瘍が大きくなれば手術の可能性もあるが現在は、定期検査のみ。服薬無し。

自覚所見:

 1.慢性的な足のだるさとむくみがある。食べないのに、体重が増加しやすい。意欲の低下。便秘。

 2.2年前から右肩が痛み、腕が上がらなくなった。発症時は、痛みで不眠になった。特に上腕から肘にかけて痛みがあった。冬場の痛みが強かったと思う。日中でも波打つような痛みがあった。患部を上にしての横向きで眠ることはできなかった。現在は、痛みも軽くなり眠れないことはない。腕も以前より上がるようになった。

他覚所見:

 1.ソックスのゴムのあとが残る程度の足のむくみ。仰臥位で足首をもち挙上するとずっしりと重たさを感じる。左右の下腿に筋緊張がある。頸部の腫瘍は目立たないが少しシコリを感じる。

 2.患者への問診より、いわゆる五十肩の拘縮期と推測。

 安静時痛・夜間痛:陰性

 結帯動作障害/ 結髪動作障害:陽性

表1.全身指圧操作の内容
表1.全身指圧操作の内容

表2.施術部位及び順序
表2.施術部位及び順序

Ⅲ.結果

治療第1回目(図1)

自覚所見:

足のだるさとむくみ→足が軽い、むくみ感軽減

他覚所見:

右肩関節外転可動域(自動)
0°〜110°→0°〜170°

結帯動作障害(+)→(-)

結髪動作障害(+)→(-)

頸部の筋緊張→緩和

治療第2回目(図2)

自覚所見:

足のだるさ→足が軽い

他覚所見:

右肩関節外転可動域(自動)
0°〜170°→0°〜175°

結帯動作障害(-)→(-)

結髪動作障害(-)→(-)

頸部の筋緊張→軽減

ヤーガソンテスト(-)→(-)

ストレッチテスト(-)→(-)

ダウバーン徴候(-)→(-)

ドロップアームテスト(-)→(-)

図1.治療第1回目の所見
図1.治療第1回目の所見

図2.治療第2回目の所見
図2.治療第2回目の所見

Ⅳ.考察

 指圧治療後、患者の自動運動による疼痛のない自然な右上肢の挙上が可能となった。このことから浪越式基本指圧が、肩関節の可動域改善および疼痛軽減に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

 本患者は、下肢のむくみ、だるさのため来院した。よって、指圧治療は、関節疾患に狙いを絞ったものでなく、全身指圧による甲状腺機能低下症に伴う諸症状改善を治療方針とした。ところが、肩関節可動域制限に予想外に効果を得られた。それは全身指圧の構成力が大きく関与したと思われる。肩の運動は肩関節と肩甲帯の統合運動である。肩関節のみの運動は限られているが、肩甲帯の運動が加わることにより、広範囲で多方向の運動が可能になる。3)この統合運動にかかわる筋に対する全身指圧操作の対応箇所を表3 にまとめる。

 浪越式基本指圧が肩関節に関連する筋を網羅していることが、確認できる。ただし、前鋸筋、大円筋、棘上筋、棘下筋、小円筋は、教科書的には施術の指標となる筋となっていない。臨床的に、筋のイメージ、状態を把握し、適圧を加えるなど指圧師の創意工夫がもとめられる部分であろう。表3より肩甲帯、肩関節の動作に関連する神経根はC2からTh1であり、頸部の指圧も重要なポイントであると考えられる。本患者は頸部に若干のしこりが認められた。手術の有無、悪性腫瘍になる可能性、他人からの視線などでストレスを感じているようであった。このストレスによる頸部の硬さは、腕神経叢に影響を与えると考えられる。全身指圧には、前頸部、側頸部、後頸部、延髄部の押圧操作がある。頸部の緊張緩和が、腕神経叢を通して関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたと推察する。

 肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)は、症状により3期(痙縮期、拘縮期、回復期)に分けられ予後はおおむね良好で1年ないし1年半で日常生活に支障がなくなることが多い。腰痛、膝痛の発生頻度と比べると、肩痛は加齢とともに有症状率が横ばい、もしくは減少している。よって、自然に治る傾向が強いといえるかもしれない。6)

 本患者によれば、すでに発症から2年が経過しており、夜間、日中の疼痛も消失している。横臥位の姿勢も違和感なくとることができた。このことからすでに回復期に入っていると推察する。押圧が、患者の自然治癒力の促進を助長したのではないかと考える。

 甲状腺機能低下症と3年後に発症した肩関節疾患の関連は不明であるが、肩関節可動域の改善は、ストレスを軽減し、本患者のホメオスタシス(神経系、内分泌系、免疫系)によい影響を与え6)、甲状腺機能低下症による諸症状軽減に寄与すると考える。

表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根
表3.肩の統合運動にかかわる筋 作用と全身指圧操作のアプローチ箇所および神経根

Ⅴ.結語

 全身指圧操作法により肩関節可動域制限の症状を改善した。

参考文献

1)松岡光明:日常診療に活かす診療ガイドラインUPTO-DATE 2018-2019,メディカルレビュー社,大阪,p.581,2018
2)石塚寛:指圧療法学,東京,p.77-126,2008
3)山口典孝,左明 他:動作でわかる筋肉の基本としくみ,マイナビ,東京,p.28-29,2013
4)石塚寛:前掲書,p.136,137
5)Kendall,McCreary,Provance;筋 機能とテスト―姿勢と痛み—,西村書店,東京,p.394,2006
6)菅谷啓之:実践 肩のこり・痛みの診かた治し方,全日本病院出版会,東京,p.26,2008


【要旨】

全身指圧操作法による肩関節可動域改善の1症例
岡本 京子

 本症例では、甲状腺機能低下症の諸症状を主訴とし、肩関節可動域の制限を併発している患者に対し、指圧治療を行った。2回の指圧治療の結果、肩関節可動域制限の改善がみられた。

 これは、全身操作法が頸部の緊張緩和、肩関節可動にかかわる筋の柔軟性を高めたためと推察する。甲状腺機能低下症と肩関節疾患の関連は不明であるが、肩の挙上運動ができないというストレスの緩和により、甲状腺機能低下症の諸症状にも変化が及ぼされた可能性がある。

キーワード:浪越式基本指圧全身操作、甲状腺機能低下症、五十肩、肩関節可動域


80代女性 開腹手術後の円背矯正:作田 早苗

作田 早苗
りんでんマニピ指圧治療院 院長

Shiatsu Treatment for Kyphosis; A case report of a female patient in her eighties who underwent laparotomy

Sanae Sakuta

 

Abstract :  This report examines the case of a female patient who underwent laparotomy for colorectal cancer in 2017 and received shiatsu treatments for kyphosis and back pain. At the end of a course of 15 shiatsu treatments, posture improved and frequency of complaining of pain decreased. We concluded that shiatsu treatments released muscle tension and helped to ease the patient’s symptoms in this case.Since kyphosis occurs frequently among elderly people and it is associated with various motor function disorders, shiatsu may contribute in its care and prevention.

Keywords:shiatsu, kyphosis, posture, care and prevention


I.はじめに

 近年、我が国の高齢化は急速に進行しており、要介護認定者数も介護保険創立当初は218万人であったものが現在では633 万人もの人数に増加している1)。要介護状態の予防のためにも健康寿命の延伸が非常に重要な取り組みといえるが、介護が必要になった原因を要介護度別にみると、要介護者では第1位が「認知症」、第2位が「脳血管疾患」であるのに対し、要支援者は第1位が「関節疾患」、第2位が「高齢による衰弱」となっている2)。要支援者はいわば要介護予備群であり、要支援となった主な原因が関節疾患や筋力の低下などの廃用症候群であることは、高齢者の運動機能の維持が介護予防の重要な要素であることを物語っている。
 高齢者は骨量減少に伴う変形、筋力低下により脊柱変形を呈すことが多いが、特に脊柱後湾、いわゆる円背は臨床上見かけられることが多い。円背は高齢者のさまざまな機能障害を引き起こすため、その予防が運動機能維持に重要となる。すでに生じた姿勢の変形を正すとなると、「姿勢矯正」ということになるが、姿勢矯正というと一般的には若年者を対象としたもので、高齢者は対象にならないと思われているケースが多い。しかし、高齢者であっても筋の柔軟性を高めたり、運動習慣を身につけることで、年齢に関係なく姿勢の改善は十分可能であると筆者は考える。今回、指圧治療で筋の緊張を緩和することにより、円背が改善され患部の痛みも緩和された症例を得られたので、報告する。

Ⅱ.対象及び方法

施術対象:

 84 歳 女性

場所:

 当院

期間:

  平成29年12月29日~平成30 年2月21日(全15回 治療継続中)

主訴:

 前日から突然右側の首、肩、腕に激痛をおぼえ、首を動かすことも、体を少しでも動かすこともつらくなった。寝ていても痛むため、横にもなれない。痛みのNRS値は10。

他覚所見:

 首が前方に突出、円背、右側弯による右肋骨の突出。歩行時に足が上がらず、すり足になる。

既往歴:

• 大腸癌、平成29 年7 月ステージⅡ開腹手術

• 4 歳の時に背中を手術したが、疾患名は覚えていない

• 現在薬の服用はなし

治療方針:

 患部に触れたり、身体を動かすだけでも強い痛みを訴えるため、ベッドに臥床することが困難である。よって、坐位にて患部から離れた箇所より施術を行う。

 痛みの原因は、円背により頭部が前方に偏位しているため、頭部の重さにより、背部、頸部、腰部の筋の過緊張が誘発されているためと考えられる。まずは、痛みを取ることを第一目的とし、円背の改善を第二目的とする。

 円背の原因は、加齢を素因とするものに加え、大腸がん開腹手術の手術痕の引き攣れにより、上体を伸展することが苦痛であるためと考えられる。また、右肋骨が突出して体幹がねじれているのは、右手で杖をつくことが原因で生じた側弯症と考えられる。

Ⅲ.治療及び結果

1回目(平成29年12月29日)

術前所見

(自覚)右側の頸部、肩、上肢の激痛、首が動かない

(他覚)円背、右側弯気味、O 脚、首の前方突出、頸部の過緊張(特に後頸部)、背腰部の硬結(特に右背部、左腰部)上肢、下肢の過緊張

治療:

 坐位(椅子にて)で上肢、下肢の指圧、背部、頭部の指圧。直接患部に触ることができず、患部より離れた箇所へ施術する。

結果:

 痛みのNRS 値は9.5。痛みは少し改善。首の可動性が向上する。

備考:

 翌日から休みに入ってしまうため、内臓疾患も考慮し痛みが治まらなければ、病院に行くことを勧める。

2回目(平成30年1月4日)

術前所見

(自覚)痛みのNRS 値は9.5。病院に行き薬を服用したが、痛みはあまり変わらない。

(他覚)頸部の可動域は初回術後とほぼ同じ状態。姿勢ほか変化無し。

治療:

 伏臥、仰臥位にはなれず、横臥位で施術。上肢、肩甲骨周辺、大胸筋、背部、下肢、頸部の基本指圧を中心に行う。

結果:

 移動体位変換には時間が必要で、ベッドへの移乗も足が上がらないため時間を要した。痛みは、来院時より楽になり、NRS値は8.5。

備考:

 病院で診てもらったが問題はないと言われた。今回は、最後に患部への施術ができた。

3回目(平成30年1月8日)

術前所見

(自覚)痛みのNRS値は8。痛みは軽くなってきた。

(他覚)円背の改善はされてきたが、O脚のため、下肢外側の緊張が強く、足関節の動きが悪い。歩行時に足が上がっていなくすり足になっている。

治療:

 横臥位=2回目と同じ。

 仰臥位=頸部、大胸筋、腹部、下肢全般

結果:

 左右の諸関節の動きは前回よりは良くなってきたが、首を起こすことがまだむずかしい。後頸部の過緊張が強く、顎が上がっている状態。痛みは少しずつ軽減してきている。術後、付き添いのお子さんに姿勢を見て頂き、改善されてきているのを確認してもらう。

5回目(平成30年1月15日)

術前所見

(自覚)痛みがなくなってきた。痛みのNRS値は7。前回施術後、帰る時は前が見やすくなっていた。

(他覚)前回来院時より目線が少し上がっていた。

治療:

伏臥位=後頸部、肩甲骨周辺、背腰部、臀部、下肢後側指圧

仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 術前より体位移動がスムーズになった。

備考:

 今までは階段を上がるのが辛く、前回までは付き添いのお子さんと階段を上がってきたが、本日は、一人で昇れた。伏臥位も今回初めてとることができた。

6回目(平成30年1月17日)

術前所見

(自覚)首の痛い日と痛くない日がある。いつも施術後に帰る時は前が良く見えるが2~3日すると下を向いてきてしまう。

(他覚)初回の頃から比べると上体が伸展してきた。右肩が下がり、頸が前方に出ている(図1)。後頸部の硬結が特に目立つ。

治療:

伏臥位=頭部、頸部、肩甲骨周辺、脊柱起立筋の指圧

横臥位=5回目と同じ

仰臥位= 上肢、頸部、胸部、指圧、肋骨調整

結果:

 少しではあるが、円背が改善し、目線が上がってきている(図2)。ベッドへの移乗にかかる時間が少し短くなってきた。

図1.1月17日 施術前
図1.1月17日 施術前

図2.1月17日 施術後
図2.1月17日 施術後

7回目(平成30年1月21日)

術前所見

(自覚)痛みはかなり軽くなってきており、痛む頻度も減った。痛みのNRS値は3。

(他覚)頸部が少しずつ緩んできたので、首に触れやすくなってきた。後頸部はまだ硬い。腰はしっかり伸びているが、背部が丸く、首が持ち上げられない。足関節の動きが悪い、歩行時に足が上がっていなくすり足になる。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 上体がより起きてきた。

備考:

 腹圧が弱いので、呼吸による腹筋の運動を紹介した。

10回目(平成30年2月5日)

術前所見

(自覚)痛みはない。痛みのNRS 値は0。

(他覚):頸部、背腰部の筋に柔軟性が出てきた。円背も改善し、O 脚も改善しつつある。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

側臥位= 頸部、大胸筋、下肢内側指圧

仰臥位= 上肢、頸部、胸部指圧、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

結果:

 右肩は下がっているが、体幹の安定性が出てきた。

12回目(平成30年2月12日)

術前所見

(自覚)痛みはないが、日数が経つと目線が下を向いてしまう。

(他覚)円背、O脚が改善してきている。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位= 上肢、頸部、肋骨調整、下肢外側、足関節指圧

横臥位= 大胸筋、小円筋、前鋸筋の指圧

座位= 頸部に負荷をかけた筋力トレーニングを開始

14回目(平成30年2月18日)

術前所見

(自覚)痛みはない。

(他覚)会話をしているときなどは背筋が伸びているが、気を抜くと姿勢が悪く、下を見てしまう(図3)。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=12回目と同じ

横臥位=12回目と同じ

座位=12回目と同じ

結果:

 術前より姿勢が改善した(図4)。

図3.2月18日 施術前
図3.2月18日 施術前

図4.2月18日 施術後
図4.2月18日 施術後

15回目(平成30年2月21日)

術前所見

(自覚)痛みはない。術後2 ~ 3 日は顔を正面に上げた姿勢でいられる。

(他覚)痛み、姿勢は改善されてきたが、内転筋と臀部の筋力低下は残っている。依然として来院時には下をみて円背になっている。歩行時のすり足は改善された。

治療:

伏臥位=6回目と同じ。下肢の指圧

仰臥位=12回目と同じ

横臥位=12回目と同じ

座位=12回目と同じ

備考:

 常に姿勢を意識すること、自宅で内転筋を鍛えるトレーニングを紹介した。

Ⅳ.考察

 円背に伴う腰椎後湾は骨盤を後傾させ、股関節伸展、膝関節屈曲、足関節背屈という代償動作を生じ、歩行時の筋活動の低下を招くと推測される。本患者においても治療開始当初は歩行時にすり足がみられるほか、ベッドへの移乗に時間がかかるなど歩行能力の低下が生じていた。しかし、治療5回目には一人で階段を登れるようになり、治療6回目にはベッドへの移乗がスムーズになるなど、治療の継続とともに歩行能力に改善がみられた。これは腰背部、下肢への指圧施術により腰椎の前彎が促され、骨盤が前傾することで下肢の代償動作が解消し、歩行時の筋活動が正常化したことで生じたと推測する。

 さらに、円背では胸椎後弯が増大しており、代償的に頸椎の前弯を増強するため3)、後頸部の筋の緊張が常態化すると考えられる。本患者の後頸部の緊張もそういったメカニズムから生じたもので、前述のように指圧施術により腰椎の前彎が促されるとともに、胸椎の後弯が改善し、代償的な頸椎前彎が正常化することで緊張が緩和したものと推測される。施術後の「前が見やすくなった」というコメントも、胸椎後弯、頸椎前彎の改善による頭部ポジションの正常化から生じたものと考えられる。

 また、今回は本人に姿勢の状態を自覚してもらうために施術前後で姿勢を撮影し、変化を確認してもらった。そのため、徐々にではあるものの姿勢の改善がされていることが本人にも伝わったため、治療に対するモチベーション向上に役立ったと思われる。

 高齢化に伴って運動機能低下をきたす運動器疾患により、バランス能力及び移動歩行能力の低下が生じ、閉じこもり、転倒リスクが高まった状態は「運動器不安定症」として定義づけられている4)。この運動器不安定症の診断基準に含まれる、運動機能低下をきたす運動器疾患には、脊椎圧迫骨折及び各種脊柱変形として亀背(円背)が挙げられている4)。高齢者の円背姿勢は頻繁にみられ、古戸らの調査では山間部在住の高齢者291人の20.6%に円背がみられたと報告している5)。円背はバランス低下による転倒リスクの増加や、活動量やADLの低下に加え6)、自己効力感とQOLの低下も生じることが報告されている5)。さらに円背と整形疾患、骨粗鬆症の関連も指摘されており7)、円背の予防改善は健康寿命の延長に重要な位置を占めることが推察される。そういった面から今回、指圧のような手技療法により円背改善に貢献できる可能性が示唆されたことは大変意義深いことであると考える。

Ⅴ.結語

 あんまマッサージ指圧師という立場ゆえ、円背に対して様々なアプローチをすることが出来るため、すでに成立した脊柱変形の治療だけでなく、良好な姿勢を維持することを目的とした施術ということもでき、予防的効果も十分に期待される。今回は1 例のみの報告であるため、さらに症例を重ね施術の方法論を検討したいと考えている。

参考文献

1)厚生労働統計協会:国民衛生の動向2018/2019,厚生の指標8 月増刊65(9);p.257,2018
2)厚生労働省HP:平成28 年国民生活基礎調査の概況,2017
3)高井逸史 他:加齢による姿勢変化と姿勢制御,日本生理人類学会誌6(2);p.11-16,2001
4)整形外科学会HP:運動器不安定症とは,https://www.joa.or.jp/public/locomo/mads.html
5)古戸順子 他:山間部在住円背高齢者における日常生活活動に対する自己効力感,社会交流活動,及び健康関連QOL,厚生の指標60(4);p.1-7,2013
6)森諭史:骨粗鬆症患者の錐体圧迫骨折、脊柱変形とADL 低下の関連,日本腰痛会誌8(1);p.58-63,2002
7)柳田眞有 他:高齢者の介護予防に有用な簡易姿勢評価法の検討,The KITAKANTO Medical Journal 65;p.141-147,2015


【要旨】

80代女性 開腹手術後の円背矯正
作田 早苗

 今回、平成29 年に大腸癌の開腹手術を受けた女性に対し、全15 回の指圧治療を施し自覚症状の経過を追った。治療開始当初は円背と背部の痛みが目立ったが、治療終盤には姿勢も改善し、痛みを訴える頻度も減少した。これは指圧により筋緊張が緩和したために生じたものと推測される。高齢者の円背は高頻度で発生し、様々な運動機能障害に関連するため、介護予防の場面で指圧が貢献できる可能性が考えられる。

キーワード:指圧、円背、姿勢、介護予防


骨盤位(逆子)に対する指圧と胸膝位を併用した治療:宮下 雅俊

宮下 雅俊
株式会社日本指圧研究所、世田谷指圧治療院てのひら 院長

Treatment for Breech Presentation Using Shiatsu and Breast-Knee Positioning

Masatoshi Miyashita

 

Abstract : This report examines a case of a 28-year-old patient presenting with a fetus in the breech position, who was treated with a combination of shiatsu therapy and breast-knee positioning. The patient reported that she felt a change in fetal movement during shiatsu treatment, and it was observed by ultrasound in the week following the shiatsu treatment that the breech presentation was corrected.

Keywords:breech presentation, shiatsu, pregnant woman, breast-knee position, pressing, uterine contraction, Eastern medicine


I.はじめに

 一般的に、子宮内で胎児の姿勢が逆になっているものを逆子と呼ぶが、医学用語では骨盤位が正式名称である。骨盤位は分娩時に先進する部位に応じて、殿位、膝位、足位に分類される。殿位はさらに、両下肢を上にあげ伸展して殿部だけが先進する単殿位と、殿部と下肢が同時に先進する複殿位にわけることができる。いずれの場合も、児背が母体の左側にあるものを第一骨盤位、右側にあるものを第二骨盤位という。また、児背が母体の前方に偏する場合を第一分類、後方に偏する場合を第二分類という。満期妊婦では5%、妊娠8ヵ月では30%において骨盤位がみとめられる1)
 筆者は、自身の長男、長女の骨盤位(逆子)の調整を指圧施術で行った経験から、臨床の現場でたびたび骨盤位矯正の治療依頼を受けるようになった。
 今回、妊娠25 週目と28 週目の妊婦健診時の超音波診断により、逆子と診断された妊婦から逆子治療の依頼を受けた。そして妊娠29週目に指圧治療を行い、翌週の妊婦健診で逆子が改善したと報告があり、超音波診断の画像提供を受けたのでここに報告する。

Ⅱ.対象及び方法

施術対象:

 28歳、経営者、女性、初産婦

主訴:

 逆子(骨盤位)

現病歴:

 妊娠25週目と28週目の妊婦健診時の超音波診断により逆子と診断を受ける。骨盤位への影響が考えられる前置胎盤、子宮筋腫などの異常は見つかっていない。患者は医師より逆子とだけ伝えられ、骨盤位の分類に関しては確認が取れていない。

既往歴:

 なし

家族歴:

 特記すべき事項なし

術前所見:

 2016年9月1日、超音波診断画像(図1)より逆子と診断を受ける。

(自覚所見)
・お腹に張りを感じる
・立っている時にお腹が重く感じる
・大きな胎動(胎児が子宮を蹴っているような動きであると推察する)を下腹部に感じる

(他覚所見)
・触診により、腹部と背部に緊張を感じる

場所:

 世田谷指圧治療院てのひら

期間:

 2016年9月10日(計1回)

治療法:

 仰臥位、横臥位での基本指圧と胸膝位(膝胸位:knee-chest positioning:KCP)(図2)を併用した。
①仰臥位で両下肢立て膝にして腹部の触診
②仰臥位で両下肢伸展の姿勢で両足小指を交互に押圧
③仰臥位による左上肢の上腕内側部、肘部、前腕内側部、手掌部、手指(指節間関節)部への押圧
④左横臥位による、左前頸部、左側頸部、延髄部、左後頸部、左肩甲上部、左肩甲間部、左肩甲下部、左殿部、仙骨部への押圧
⑤左横臥位による、右下肢下腿後側部、右足底部、右足指部への押圧
⑥胸膝位を3~5分保持
⑦仰臥位で3分安静
⑧仰臥位で両足立て膝にして腹部の触診
⑨仰臥位で両下肢伸展の姿勢で両足小指を交互に押圧
⑩仰臥位による右上肢の上腕内側部、肘部、前腕内側部、手掌部、手指(指節間関節)部への押圧
⑪右横臥位による、右前頸部、右側頸部、延髄部、右後頸部、右肩甲上部、右肩甲間部、右肩甲下部、右殿部、仙骨部への押圧
⑫右横臥位による、左下肢下腿後側部、左足底部、左足指部への押圧
⑬胸膝位を3~5分保持
⑭仰臥位で3分安静

 全体の治療時間は安静時間も含め50 分程度とした。

• 手指操作法の種類は、母指圧(片手母指圧、両手母指圧)、掌圧(片手掌圧、両手掌圧)を中心に使用

• 圧法の種類は、通常圧法、緩圧法、持続圧法、吸引圧法、流動圧法、振動圧法、手掌刺激圧法を適宜使用

• 圧操作の強弱は、触診には触圧、治療圧として軽圧を中心に押圧操作を行った

評価:

• 腹部触診時と患者の自覚所見での大きな胎動(胎児が蹴っているような動き)を感じる部位の変化

• 妊婦健診時の超音波画像による診断

図1.2016年9月1日 超音波診断画像
図1.2016年9月1日 超音波診断画像

図2.指圧治療と併用した胸膝位(膝胸位:kneechest positioning:KCP)の参考画像
図2.指圧治療と併用した胸膝位(膝胸位:kneechest positioning:KCP)の参考画像

Ⅲ.結果

術後所見:

(自覚所見)
• 腹部の張り感が消失
• 立っている時にお腹がかるく感じ呼吸が楽に感じる
• 大きな胎動を感じる場所に変化があった

(他覚所見)
• 腹部と背部の緊張が和らいだ

治療経過:

 2016年9月15日、超音波診断画像(図3)より正常位と診断を受ける。

図3.2016年9月15日 超音波診断画像
図3.2016年9月15日 超音波診断画像

Ⅳ.考察

 帝王切開手術を受ける主な要因は骨盤位である。厚生省の1984〜2014年の医療施設の動向によると、分娩件数は減少傾向である一方、一般病棟における帝王切開手術の割合は増加傾向にあると報告されている2)

 逆子に対する処置として、西洋医学的手法では帝王切開手術を避けるために外回転術、胸膝位による胎位矯正が行われている。東洋医学の鍼灸療法では、昭和25 年に石野信安が、それまでは妊産婦には禁忌穴とされていた三陰交施灸を実施し、異常胎位に対する効果を報告して以降3)、至陰穴、三陰交穴などを用いて骨盤位の矯正を行う鍼灸師の報告が多く寄せられている。特に林田和郎4)が医療の現場で骨盤位治療の実績を残している。東洋医学の手技療法では、江戸時代の医家太田晋斎の「按腹図解」に孕婦按腹図解として妊婦への施術法、また胎児の動きが記載されている5)

 指圧による逆子の治療法は、1965年に発行された、「指圧療法臨床」に、下腹部を掌圧しながら他方の手で足の小指に交互に持続圧を行う治療法が記されている6)。足の小指に対する持続圧であることから、鍼灸の古典に記述されている難産の鍼灸治療法として多用されてきた至陰穴7)、それを指圧療法に応用したものと考えられる。

 前述のように、骨盤位は妊娠8ヵ月の妊婦では30%、満期妊婦では5% に認められる1)。この数字からすると、妊娠8ヵ月で認められる骨盤位の大部分は妊娠満期までに自然矯正される計算になる。高橋らの調査8)でも、胎位異常があった妊婦のうち80% が妊娠28〜32週(8ヵ月)までに自然矯正されたことが報告されており、本症例における指圧と胸膝位の併用による胎位矯正の効果を断定的に論じることはできない。しかし、足の小指の指圧、前腕部の指圧、横臥位による頸部、肩甲間部、肩甲下部、殿部の指圧により、自覚、他覚所見ともに腹部の張りが解消したことを確認できた。これは指圧刺激が筋の柔軟性に及ぼす効果についての報告が複数存在9)10)11)することから、腹直筋、内腹斜筋、外腹斜筋などの筋緊張が緩和したことによるものと考えられる。

 また今回、指圧施術中、胸膝位の最中に胎動が起き、徐々に大きな胎動(胎児が蹴っているような動き)を感じる部位に変化が生じたことに加え、指圧治療の翌週の画像検診で胎児が正常位に戻っていることがわかった。これは、鍼灸における林田和郎の考察4)と同様の効果を指圧刺激が与えたとするならば、指圧刺激が子宮血流、子宮壁に何らかの影響を与え胎児の自己回転を促したことによるものと考えられる。

Ⅴ.結語

 指圧療法により、妊産婦の子宮収縮、腹部の張りの緩和に効果が期待される。また、超音波診断により骨盤位が正常位に改善されたことを確認できたことからも、指圧療法が28週以降の骨盤位の矯正に効果を有する可能性が示唆された。

参考文献

1)藤田勝治:最新医学大辞典 第2 版,医歯薬出版,東京,p.586,2003
2)厚生労働省「平成28 年我が国の保健統計(業務・加工統計)」,p.27
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/130-28_2.pdf
3)石野信安:異常体位に対する三陰交施灸の影響,日本東洋医学会誌3(1);p.7,1950
4)林田和郎:東洋医学的方法による胎位矯正法,東邦医会34(2);p.196-206,1987
5)井沢正:按腹図解と指圧療法,東京書館,口絵,1954
6)山口久吉,加藤普佐次郎:指圧療法臨床,第一出版,東京,p.297,1965
7)形井秀一:逆子の鍼灸治療 第2 版,医歯薬出版,東京,p.22-23,2017
8)髙橋佳代 他:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について, 東女医大誌65(10);p.801-807,1995
9)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
10)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果 第2 報,東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
11)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果 第3 報,東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2001


【要旨】

骨盤位(逆子)に対する指圧と胸膝位を併用した治療
宮下 雅俊

 妊婦健診時の超音波診断により、逆子と診断された28 歳妊娠女性に対して、指圧療法と胸膝位を併用した逆子治療を目的とした施術を行った。指圧治療中に胎動に変化があると訴えがあり、翌週の超音波検診により逆子が改善していたと報告があった。

キーワード:骨盤位、逆子、指圧、妊婦、胸膝位、押圧、子宮収縮、東洋医学


線維筋痛症に対する指圧治療:作田 早苗

作田 早苗
りんでんマニピ指圧治療院

Shiatsu Treatment for Fibromyalgia: a Case Report

Sanae Sakuta

 

Abstract : This report examines the progress of subjective symptoms in the case of a 50-year-old female patient diagnosed with fibromyalgia. Following 163 shiatsu treatments between March 2015 and January 2017, the unbearable pain she had been experiencing throughout her body had been reduced to the extent that she sometimes forgot it was there. This suggests that the full body shiatsu therapy treatment resulted in increased muscle pliability and improved autonomic nervous function.

Keywords: shiatsu, fibromyalgia


I.はじめに

 線維筋痛症は発症年齢の多くが30~50代で、日本における男女比は男性16.8%:女性83.2%であり、いわゆる働き盛りの女性に多いのが特徴である。長期間にわたる激しい痛みの為、生活の質(QOL)が著しく低下し、社会的にも大きな問題を招いているにもかかわらず、進行例が多いことや、臨床像の複雑さもあり、原因がわからずドクターショッピングを繰り返している患者も多い1)。線維筋痛症は米国リウマチ学会(ACR)で1990年に定義が成立した歴史の浅い疾患であり2)、我が国においても厚生労働省により調査研究が開始されたのは2000年代に入ってからのことである3)
 症状としては、原因不明の全身の疼痛を主症状とし、不眠、うつ病などの精神神経症状、過敏性腸症候群、逆流性食道炎、過活動性膀胱などの自律性神経症状を随伴症状とする病気である。また、ドライマウス、ドライアイなどの粘膜等の障害が高頻度に合併することがわかってきている。疼痛は、腱付着部炎や筋肉、関節などに及び、四肢から身体全体に激しい疼痛が拡散する。この疼痛発生機序の一つには下行性疼痛覚制御経路障害があると考えられている1)
 発症要因は、外傷・手術・ウイルス感染などの外的要因や、離婚・死別・別居・解雇・経済的困窮などの生活環境のストレスに伴う内的要因に大別される。これらの要因により慢性ストレスが生じ、神経・内分泌・免疫系の異常が引き起こされることで、疼痛シグナル伝達制御のシステムが著しく撹乱され、さらに多様な精神症状、疼痛異常が招かれると考えられている1)
 今回、線維筋痛症と診断された患者に対する指圧治療を約2年間(計163回)続けたところ、自覚症状の安定と軽快がみられたので報告する。

Ⅱ.対象および方法

 場所  :当治療院

 期間  :平成27年3月~平成29年1月(表1)

 施術対象:50代女性

 現病歴 :線維筋痛症(平成15年に診断)
 平成29年2月の病院での受診では、臨床症状重症度分類1)のステージⅢと判定された(表2)。痛みが強いときには整体院で強い圧の施 術を受けることで、痛みをごまかすような対処をしてきた。

 既往歴 :バセドウ病、慢性膵炎

 自覚症状:身体の内側から痛みが出てくるような感じ。全身の痛みに耐えられない。便秘気味。

 他覚所見:全身の筋硬直。話しながら常に体をさすり、「痛い。痛い。」と言っている。

 服薬  :

  • デパス®(エチゾラム):精神安定薬
  • マグミット®錠(酸化マグネシウム錠):制酸・暖下薬
  • カモスタット®(カモスタットメシル酸塩):膵疾患治療薬
  • リパクレオン®(パンクレリパーゼ):膵疾患治療薬
  • ポラプレジンク:消化性潰瘍治療薬
  • ガスコン®(ジメチコン):腸疾患治療薬
  • ファモチジン:消化性潰瘍治療薬
 (12年前の診断当初、リリカ®[プレガバリン]:鎮痛薬などを処方されたが、効果が十分でなく現在服用していない)

 治療法 :刺激部位、手順は浪越式基本指圧の全身操作に従ったが、頭部・腹部は母指圧、頭部・腹部以外は掌圧にて施術した。日常生活では、調子が良いときは軽いストレッチをし、入浴などで体を温めることを指導した。

表1.各月ごとの施術回数
表1.各月ごとの施術回数

表2.線維筋痛症の重症度分類(厚生労働省特別研究班)
表2.線維筋痛症の重症度分類(厚生労働省特別研究班)

Ⅲ.結果

 治療開始当初は背部を母指で軽く押していたが、頸部の緊張が緩和すると背部の緊張が強まったり、あるいはその逆の経過もみられた。それを受け、背部刺激を掌圧に変えたのちは、それらの変化はみられなくなった。

 また、発作時の痛む部位と硬結部位は一致しておらず、むしろ痛みのある部位は緊張していなくて、刺激を加えるとこわばってくることすらあった。そういったときは頭部・顔面(眼の周囲)を軽く掌圧したり、腹部の施術を行うことで痛みが緩和する傾向にあった。

 VAS(Visual Analog Scale)値は初診のH27年3月が10だったが、H28年12月には調子が良いときで5.5になった(図1)。初回来院時は筋硬直とかなりの痛みが常にあり、発作がひどいときには痛みで二、三日は動けなくなり、寝たきりの状態になることもあった。しかし、治療を開始して2回目から、家に帰った後に身体が楽になっているのを自覚するようになった。

 現在は、調子が良いときには痛みを忘れていることもあり、また、発作時の痛みも、歩いて来院できる程度になっている。治療開始当初は同じ姿勢でいられるのは伏臥位では20分、仰臥位では5分が限度であったが、現在では仰臥位も20分位までなら耐えられるようになった。

 また、以前は湯船で体を温めても症状が緩和するということはなかったが、現在は入浴すると楽になるという。便秘にも改善がみられた。

 患者曰く、症状の強さについては日内変動が激しく、季節の変わり目、気圧の変化によってもかなり大きな影響を受けているが、全体を通しては改善の方向に向かっているという。

図1.施術期間中のVASの経過
図1.施術期間中のVASの経過

Ⅳ.考察

 患者は線維筋痛症の診断を受けて以降、今まで病院や整骨院などに通っていたが症状の改善がみられず、整体などで強い圧により施術される痛みで元々の痛みを誤魔化すようにしてきたため、筋硬直が慢性的に生じることで痛みの常態化を引き起こしていたものと推測される。今回、指圧の軽い圧により全身施術を続けることで、筋の柔軟性が出てきた4)5)6)ことに加え、自律神経機能も改善されて7)8)9)血行が良くなり、痛みが少しずつやわらいでいったと考えられる。

 線維筋痛症は我が国においては人口の1.7%、推定患者数200万人以上と他のリウマチ性疾患と比較しても頻度の高い疾患であるにも関わらず、病態解明ならびに診療体制の整備も遅れている。さらには医師をはじめ、医療従事者にも本疾患に対する正しい情報が著しく欠落しているのが実情である1)。治療については痛みへの対応はもとより、心身両面に現れている不定愁訴への対応が重要である。線維筋痛症の症状も軽症のうちは温熱療法、マッサージなどの理学的治療法が比較的奏効する時期があり10)、指圧により同様の効果を得ることも十分可能であると考えられる。また、慢性化・重症化した例では薬物治療のみでは十分な治療効果が得られず、精神的ストレス緩和やリラクゼーションを目的とした生活指導など、心理社会的要因に対するアプローチが有効となるケースも多い10)。指圧療法においては、坐位指圧により緊張、抑うつ、怒り、疲労、混乱などのネガティブな感情の緩和や、活気などのポジティブな感情が励起されることが報告されており11)、指圧の身体面に対する効果だけでなく、心理的な面からの効果も期待される。

Ⅴ.結語

 線維筋痛症患者に対する約2年間の指圧治療により、症状の緩和がみられた。

参考文献

1)日本線維筋痛症学会:線維筋痛症ガイドライン2013,日本医事新報社,東京,2013
2)Wolfe, F, et al:The American College of Rheumatology 1990 Criteria for the Classification of Fibromyalgia,Arthritis and Rheumatis 33(2); p.160-172,1990
3)松本美富士,前田伸治,玉腰暁子,西岡久寿樹:本邦線維筋痛症の臨床疫学像(全国疫学調査の結果から),臨床リウマチ18(1);p.87-92,2006
4)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌25;p.125-129,2001
5)菅田直紀 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第2報),東洋療法学校協会学会誌26;p.35-39,2002
6)衞藤友親 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果(第3報),東洋療法学校協会学会誌27;p.97-100,2003
7)栗原耕二郎 他:腹部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌34;p.129-132,2010
8)横田真弥 他:前頸部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌35;p.77-80,2011
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌36;p.15-19,2012
10)村上正人、武井正美、松川吉博、澤田滋正 他:線維筋痛症に対する心身医学的アプローチ,臨床リウマチ18;p.81-86,2006
11)Shinpei Oki, et al:Physical and Psychological Effects of the Shiatsu Stimulation in the Sitting Position,Health 9(8),2017


【要旨】

線維筋痛症に対する指圧治療
作田 早苗

 今回、平成15年に線維筋痛症の診断を受けた50代女性に対し、平成27年3月から平成29年1月にかけて計163回の指圧治療を施し、自覚症状の経過を追った。結果、全身の痛みに耐えられないほどであった状態が、痛みを忘れている時がある程度にまで軽快した。これは、指圧の全身施術により、筋の柔軟性が向上し、自律神経機能の改善が生じたためであると考えられる。

キーワード:指圧、線維筋痛症


腰椎椎間板ヘルニアに対する指圧療法の効果:佐々木良

佐々木 良
MTA指圧治療院

Effects of Shiatsu Therapy on Lumbar Disc Herniation

Ryo Sasaki

 

Abstract : With the exception of some cases that may require surgery due to severity of the symptoms, conservative medical treatment is the usual approach used for lumbar disc herniation. However, not many conservative medical treatments are evidence-based.

Here we report on a case of lumbar disc herniation with severe symptoms that was treated with prescription analgesics and shiatsu therapy. Treatment resulted in a major improvement as measured on the Visual Analogue Scale and contributed to improving the patient’s quality of life.

Shiatsu therapy may control factors that amplify the pain of lumbar disc herniation, including reflex muscle tonus, sympathetic nervous system agitation, and psychological stress, which are exacerbated by severe acute-stage pain. This case suggests that shiatsu therapy may be a valuable treatment option among conservative medical treatments.

Keywords: lumbar disc herniation, pain, numbness, shiatsu, acute-stage shiatsu, conservative medical treatment for herniation


I.はじめに

 腰椎椎間板ヘルニアは、女性に比べ男性患者が 2~ 3倍多く、好発年齢は 20~ 40歳代であり、発症直後は腰部、殿部、下肢に疼痛やしびれなどの症状が強く、安静時にもみられることが特徴である1)

 強い症状により手術を検討する場合を除いては、保存治療が基本であるがエビデンスを持つ保存治療は多くない。

 今回、腰椎椎間板ヘルニアの患者に対し、発症から手術までの期間、指圧治療を行い記録したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

期間:2016年5月9日~7月 21日(計 12回)

[症例]

21歳男性 会社員 身長 175cm

[現病歴]

2016年4月、腰部に衝撃が加わり、強い腰痛を自覚するようになる。それ以降、右は殿部から股関節周囲部、大腿部の順にしびれを感じ、左は母趾にしびれを感じるようになり、同年5月6日整形外科を受診し、L3/4、L4/5の中心性(やや右より)の腰椎椎間板ヘルニアと診断を受ける(図1、2)。手術も考えられる状態ではあったが1ヶ月は経過観察するということで鎮痛薬(ロブ錠:ロキソプロフェンナトリウム)を処方される。その期間少しでも状態の改善、痛みの緩和ができればとの思いで受診するに至った。

図1.MRI診断画像
図1.MRI診断画像

図2.MRI診断画像
図2.MRI診断画像

[服用薬]

鎮痛薬:ロブ錠1回 60mgを 1日 3回(1回 60~120mg 1日最大180mg)2)

[既往歴]

 右足関節 三角骨障害の既往あり(17歳)

[治療法]

 全身の指圧を行う中で、その時の状態に合わせて疼痛部位や、関係する神経の走行に沿った指圧療法を取り入れた。疼痛、しびれは主にデルマトームL3,L4領域に出ていたが、中心性ヘルニアのためか L4以下の神経症状もみられた。(部位、筋では大腿筋膜張筋・大腿四頭筋・縫工筋・腸脛靭帯・膝蓋骨周囲部・前脛骨筋、神経では大腿神経・上殿神経・総腓骨神経・脛骨神経などの走行を考慮し指圧治療を行った。また、腰部の押圧方向は患者と相談しながら行った。)

 金子による下肢のしびれに対する指圧療法の効果3)や指圧療法学4)も参考に施術を行った。

[評価]

 問診での術前術後の所見、感覚の変化を聴取した(患者の表現をそのまま記述している)。

 目盛りの無い直線100mmのVisual Analogue Scale(VAS)を術前術後に記入してもらい疼痛、しびれを評価した。

Ⅲ.結果

5月9日(第 1回目)

[術前所見]

自覚所見

  • 自発痛あり
  • 股関節周囲部痛
  • 間欠破行あり(右足を引きずるように歩く)
  • 排便時痛(腹圧上昇時)
  • 排便リズムの乱れ
  • 大腿部前面の感覚異常
  • 左母趾しびれ 鈍い感覚
  • 今は鎮痛薬の効果で痛みは少ない

他覚所見

  • 背部筋群の隆起に差がある
  • 下肢筋過緊張(大腿四頭筋、ハムストリングス)
  • デルマトームL3,L4領域 圧痛あり
  • SLRテスト 左(-)右(-)殿部に違和感
  • ケンプテスト 左(-)右(+)

[術後所見]

  • 脚が軽い感じがする
  • VAS 34mm → 15mm

5月 16日(第2回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬の効果が切れ始めている(服用5時間後)
  • 歩くスピードが早いと右スネに痛みのようなものを感じる
  • 排便リズムは改善した
  • 右 SLRテストでは殿部がつまっているような感じ

他覚所見

  • 腰部、下肢は疼痛による筋緊張が強い
  • 右大腿外側 強い圧痛

[術後所見]

  • 下肢がすっきりした。
  • VAS 61mm → 40mm

5月 23日(第3回)

[術前所見]

自覚所見

  • 症状に波がある
  • 腰を後ろに反るのがつらい
  • 鎮痛薬の効果が弱くなってきた気がする
  • 仕事後両足とも踏み込むと冷たい感覚
  • 右脛骨のしびれ(ここは鎮痛薬が効かない)
  • 5月21日は鎮痛薬が効かないほど不調だった
  • 鎮痛薬を飲まなくても痛みがおさまることがある
  • 右股関節動作時痛

他覚所見

  • ケンプテスト 左(弱+)右(+)
  • 両側殿部 ハムストリングスの過緊張
  • 左大腿外側部 強い圧痛(筋性防御)
  • 疼痛しびれの症状はデルマトームL3、L4領域が主

[術後所見]

  • 股関節周囲部 動きやすくなった
  • VAS 66mm→ 30mm

5月 30日(第4回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右股関節周囲の痛み(動作時のしびれ)
  • 右下肢は全体的に触れられると鈍い感覚
  • 左母趾の鈍い感覚は改善してきている
  • 背中の張り 疲れ

他覚所見

  • 下肢筋の強い張り
  • 腰背部の緊張
  • 左骨盤前方上方回旋

[術後所見]

  • 全身の状態が良い
  • 右股関節周囲の違和感取れた
  • 左母趾の感覚戻ってきた
  • VAS 71mm → 26mm

6月2日(第5回)

[術前所見]

自覚所見

  • 背中の張り
  • 右下肢のしびれ、腰を反ると症状強くなる(L5領域)
  • 右殿部痛
  • 排便リズムが完全に戻った

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(+)
  • 左僧帽筋下部の凝り

[術後所見]

  • 身体がすっきりする
  • 背中の張り弱まった
  • VAS 70mm → 29mm

6月9日(第6回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右大腿部股関節付近の痛み
  • 仕事後は右下肢全体がしびれる
  • 朝起き上がるのがつらい

他覚所見

  • 左殿部の張り
  • 大腿筋膜張筋の押圧で脛骨までしびれが生じる

[術後所見]

  • 痛みしびれはほとんどない
  • VAS 72mm → 24mm

6月 16日(第7回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右すねのしびれ
  • 右母趾 底背屈で痛み
  • 股関節周囲の痛みなし(動作痛もなし)

他覚所見

  • 大腿筋膜張筋の過緊張
  • 下肢筋の張り

[術後所見]

  • 大腿部のしびれ取れる
  • 右すねのしびれは残る
  • 大腿筋膜張筋部ジーンとする
  • VAS 83mm → 37mm

6月 30日(第8回)

[術前所見]

自覚所見

  • 右大腿部前面のしびれ
  • ひどい時は右下肢全体しびれている
  • 最近、鎮痛薬の効きが悪い
  • うつ伏せになれない

他覚所見

  • 股関節動作時痛あり
  • 大腿四頭筋MMT3(FAIR)→ ×
  • 表情から痛みしびれの症状が強い様子

[術後所見]

  • 大腿部前面のしびれは取れる
  • 膝関節にしびれが残る
  • VAS 92mm → 42mm

7月7日(第9回)

[術前所見]

自覚所見

  • 自己判断で昼食後の鎮痛薬の服用を1錠(60mg)から 2錠(120mg)に増やした(寝る前や休みの日は飲まないこともある)。
  • 前脛骨筋部のしびれ
  • 左足底部の違和感
  • 鎮痛薬の量を増やしたためか いつもより状態良い

他覚所見

  • 右ハムストリングスの張り
  • 右背部の張り

[術後所見]

  • 右前脛骨筋部のしびれ減弱
  • 左足底の違和感消失
  • 背中がすっきりした
  • VAS 46mm→9mm

7月 11日(第 10回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬を飲み忘れた
  • 腰、殿部(右側)の痛み
  • 前脛骨筋のしびれ
  • 体幹側屈に痛みがある

他覚所見

  • ケンプテスト 左(右下肢にしびれ)右(+)

[術後所見]

  • 腰、殿部の痛みは取れた
  • 股関節の弱い痛み
  • 前脛骨筋の違和感残る(術前より和らいだ)
  • VAS 85mm→ 39mm

7月 14日(第 11回)

[術前所見]

自覚所見

  • 昼食後に鎮痛薬2錠(120mg)飲んだ(7時間前)
  • 右前脛骨筋の痛み>しびれ
  • 右股関節周り 少し気になる

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(+)

[術後所見]

  • 全体的に楽になった
  • 右前脛骨筋チクチクした痛み
  • VAS 58mm → 17mm

7月 21日(第 12回)

[術前所見]

自覚所見

  • 鎮痛薬を飲んでから8時間経過しても以前のような強い痛みはなくなった。この時の服用は 1回1錠(60mg)
  • 状態は良い
  • 前脛骨筋のしびれ

他覚所見

  • ケンプテスト 左(-)右(弱+)
  • 体幹の前・後屈できる
  • 脊柱の回旋運動できる

[術後所見]

  • 前脛骨筋のしびれ消失
  • VAS 52mm→ 23mm
  • 73kg(2016年3月)→61kg(同年7月)

Ⅳ.考察

 腰椎椎間板ヘルニアを発症した場合、多くは自然軽快するために治療の基本は保存治療である。しかし6週以降も患者にとって強い疼痛や神経症状が継続する場合には、手術治療が選択されるべきである5)。今回の症例では病院で診断を受けた時点で手術が考慮されていたため、指圧療法では手術までの期間、急性期の激しい疼痛を緩和して患者の生活の質(QOL)を向上させることに目標を設定し治療を開始した。

 結果として手術を回避するには至らなかったが、術前・術後の VASの変化(図3)には非常に良い成果をあげることができた。激しい痛みを緩和することは患者にとって非常に有益であり、手術を受けるまでの期間、患者の QOLを向上させることに大きく貢献した。

 急性期に強い痛みを放置することは痛みを長期化させる可能性があり、激しい痛みが持続することによる心理的ストレス、反射性の筋緊張や軸索反射、交感神経反射など、痛みの慢性化メカニズム(図4)を促進することが考えられる6)

 このメカニズムに対し、指圧療法では筋の柔軟性に対する効果7)や交感神経の興奮を抑制し、副交感神経活動を優位にする効果8)9)が発表されている。今回、この指圧の効果によって、患者の反射性筋収縮や交感神経の興奮、心理的ストレスなどの悪循環の要因が緩和され、痛みの増幅を抑制できたと推察される。

 腰椎椎間板ヘルニアは予後を予測することが難しい疾患であり、強い症状により早期の手術を検討される場合を除いて、まずは保存治療から開始することが基本とされている。保存治療の目的には疼痛緩和、活動性維持などがあるが、エビデンスを持つ保存治療は多くない6)。今後、指圧療法による症例が増えることで、根拠に基づく医療(EBM)に基づいた指圧療法が増えていくと考える。

 腰椎椎間板ヘルニアを契機に慢性腰痛に悩まされる可能性10)や遺残疼痛、再発予防など保存治療の領域は広く、患者を快方に導くことで保存治療における指圧療法の立場や可能性が、広がっていくものと確信している。

図3.術前・術後のVAS 変化
図3.術前・術後のVAS 変化

図4:痛みの慢性化メカニズム
図4:痛みの慢性化メカニズム

腰椎椎間板ヘルニアにより1次求心性ニューロン(神経根・馬尾神経)が興奮し、脊髄後角へと痛み情報を伝える。痛み情報が脳に伝わることにより、痛みとして知覚される。痛み刺激により交感神経の興奮、軸索反射、反射性筋収縮などを引き起こし、さらなる痛みの増幅が起こる。また、痛みが継続することによる心理的ストレスが、痛みの抑制系である下行性抑制系を抑制する結果となる。このようなメカニズムにより、患者の痛みが継続していること自体が痛みの増幅・悪循環につながる可能性がある6)

Ⅴ.結論

 腰椎椎間板ヘルニアの患者に対し指圧療法は、疼痛部位、筋、神経を判断し治療にあたることで、痛みを緩和することができた。腰椎椎間板ヘルニアと診断された急性期でも保存治療に指圧療法を加えることによって痛みの増幅を抑え、患者の QOLを上げることができると考える。

VI.参考文献

1) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会,腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン改訂第2版,南江堂,東京,2011
2) 高久史麿 他:治療薬ハンドブック 2016薬剤選択と処方のポイント,株式会社じほう,p.1115-1116
3) 金子泰隆:下肢のしびれに対する指圧療法の効果,日本指圧学会誌 第3号,p.23-27,2014
4) 石塚寛:指圧療法学 改訂第1版,国際医学出版,東京,2008
5) 波呂浩孝:腰椎椎間板ヘルニアの診断と今後の治療体系,山梨医科学誌27(4);p.117-124,2013
6) 青木保親 他:保存療法でなおす運動器疾患・腰椎椎間板ヘルニア,Orthopaedics 28(10);p.52-60, 2015
7) 浅井宗一 他:指圧刺激が筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌 25号;p.125-129,2001
8) 加藤良 他:前頸部指圧刺激が自律神経機能に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 32号;p.75-79, 2008
9) 渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数・血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌 36号;p.15-19,2012
10) 大鳥精司 他:慢性疼痛疾患(神経障害性疼痛):腰椎椎間板ヘルニアの疼痛発生機序,Bone Joint Nerve 2;p.325-331,2012


【要旨】

腰椎椎間板ヘルニアに対する指圧療法の効果
佐々木 良

 腰椎椎間板ヘルニアは強い症状により手術を検討する場合を除いては保存治療が基本とされているが、エビデンスを持つ保存治療は多くない。

 今回、腰椎椎間板ヘルニアと診断され、強い症状を訴える患者に対し、処方された鎮痛薬と併せて指圧治療を行った。VASの評価で大きな改善がみられ、患者の QOLの向上に大きく貢献した。

 指圧療法は腰椎椎間板ヘルニア急性期の激しい痛みによる反射性筋緊張、交感神経の興奮、心理的ストレスを緩和し、痛みの増幅を抑制できると考えられるため、数ある保存治療の中で指圧療法を試みる価値は充分あると考える。

キーワード:腰椎椎間板ヘルニア、痛み、しびれ、指圧、急性期指圧、ヘルニア保存療法

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大後頭神経痛と推測される症例に対する指圧治療:大木慎平

大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Shiatsu Therapy for a Patient with Inferred Greater Occipital Neuralgia

Shinpei Oki

 

Abstract : This report examines the case of a patient who received shiatsu treatments for inferred greater occipital neuralgia, complaining of pain across the left occipital, parietal, and frontal areas of his head. Following 18 shiatsu treatments focusing mainly on the cervical and upper extremity regions, the symptoms were relieved. This result is significant considering the expected increase in patients suffering from greater occipital neuralgia.

Keywords: shiatsu, greater occipital neuralgia


Ⅰ.はじめに

 本症例は左後頭部から前頭部にかけての疼痛を訴えて来院した患者である。頭痛の性質、疼痛発生部位、所見から大後頭神経痛であると推測した。この症例に対し、主に頸部、上肢を対象とした指圧治療を行うことで症状の緩和を認めたのでここに報告する。

Ⅱ.対象および方法

対  象:50代女性、会社員

期  間:2015年 2月 18日~ 2015年 7月

22日(全 18回)

治療方法:

  1. 上腕内側筋間中隔、三角筋を対象に指圧。
  2. 前腕前面と後面、手掌から手指にかけて指圧
  3. 手関節を離開する。
  4. 頸部の筋緊張がみられる箇所に持続圧を施す
  5. 頸椎棘突起の両傍にある硬結に持続圧を施す
  6. 頭半棘筋停止部(風池穴相当部位)の硬結に対し、患者の同側の眼球方向へ向けた持続圧を施す

Ⅲ.結果

[主訴]

 左後頭部から頭頂部、前頭部にかけての疼痛

[現病歴]

 仕事で PC機器を使用することが多いため、以前より頸、肩こりを自覚していた。疲労が蓄積してくると頸、肩の運動に違和感を感じ、それに伴い、ときたま左の後頭部から頭頂部の皮膚表面に痺れるような痛みが出現し、ピリッと電気が走るような瞬間的な痛みも出る。当該の症状に関して受診歴はなし。

 頸椎については主治医からストレートネックと言われており、慢性的につらさを感じる。

[既往歴]

・乳がん…保存療法として放射線治療を継続中。それに伴う痛みのためか、左肩の上げづらさを感じる

[家族歴]

 特記すべき事項なし。

[初診時所見]

  • 血圧:134/67mmHg 脈拍:85回 /分
  • 頭部皮膚感覚異常はなし。頭痛の性状は拍動性でも締め付けるような痛みでもなく、皮膚領域に限局した痛みである
  • 意識は清明で悪心、嘔吐、閃輝暗点はなし。バレー徴候陰性でろれつは正常。日常生活動作や頭部を振ることによる頭痛の増悪はなし
  • ジャクソンテスト、スパーリングテスト共に陰性
  • 頸の運動範囲に疼痛制限あり
     回旋は右 50°左 40°、側屈は右 45°左 30°で左右どちらに運動しても左後頸部に突っ張った痛みがある。 前屈は 50°で痛みはないが、後屈は 25°で後頸部にひっかかるような痛みがある。
  • 第2頸椎左回旋。頸椎前弯の減少がみられる。顎が前方に出る頭部前方位姿勢(Forward Head Posture)で、第7頸椎を通る垂線と外後頭隆起の間におよそ 3cm距離がある
  • 頭板状筋、前中後斜角筋、僧帽筋上部線維の緊張が強い。左の頭半棘筋停止部(風池穴相当部位)に著明な硬結があり、圧迫すると患者の主訴と一致する部位に放散痛が出現する。
  • 利き眼は右である

[病態予測]

 患者の訴えによると頭痛に発作はなく、痛みは片側性だが非拍動性で日常生活に支障をきたすほどではない。これらのことは片頭痛、緊張型頭痛のいずれの診断基準1)も満たすものでないため、両疾患の可能性は低いものと判断した。疼痛は皮膚表層に限局し、左頭半棘筋停止部の圧迫で再現することから筋や結合組織による神経絞扼性のものと判断し、また、後頭部から頭頂部にかけての疼痛発生領域から大後頭神経痛であると推測した。

[治療第 1回(2015年 2月 18日)]

  • 頸部可動域の改善がみられ(左回旋 40°⇒50°、後屈 25° ⇒40°)、左後頸部の突っ張ったような痛みが軽減した

[治療第 2回(2015年 2月 25日)]

  • 治療後一週間は痛みの軽減がみられた
  • 触診では右上腕三頭筋、棘下筋の緊張が高度だった
  • 前述の治療に加え、側臥位にて三角筋、上腕三頭筋、回旋筋腱板に対して指圧を行った

[治療第 5回(2015年 4月 8日)]

  • 治療後、頸の調子は良いが、1週間経つと元に戻るとの訴えあり
  • 昨日、一昨日は左後頭部に刺すような痛みがあった
  • 頸左回旋で僧帽筋上部線維前縁(肩井穴相当部位)に疼痛がある
  • 斜角筋、頸板状筋に硬結を確認。胸鎖乳突筋停止部前縁(翳風穴相当部位)に圧痛
  • 頸部後屈に可動域制限(後屈10°)
  • 前述の治療に加え、僧帽筋前縁、翳風穴に指圧。仰臥位にて四指圧で頸椎前弯を誘導する
  • 治療後、頸部後屈は 35°に改善した

[治療第 8回(2015年 5月 13日)]

  • 本日は頭部の症状はないが、仕事が忙しくなると出てくるとの訴えあり
  • 左右どちらに回旋しても左肩井相当部位が痛む。頸部回旋は右50°、左 40°
  • 前述の治療に加え、天柱~風池~寛骨のラインに入念な持続圧を施す

[治療第 12回(2015年 6月 10日)]

  • 頸部の肩こりはかなり感じるが、頭部の痛みの症状はない
  • 右頭板状筋、斜角筋群の緊張が強く、下項線に著明な硬結がある
  • 頭部前方位姿勢が強調されており、C7棘突起を通る垂線と外後頭隆起間の距離は 3cmほどだった
  • 前述の治療に加え、天柱~風池~寛骨ラインの硬結に対して持続圧を施す
  • 術後、頭部前方位姿勢はほぼ改善した

[治療第 18回(2015年 7月 22日)]

  • 治療後の頸の調子はすこぶる良い。仕事が忙しくなると頸の運動がしづらくなるが、頭部の症状を自覚することは減ってきた
     第18回の治療以降、頭部の疼痛が主訴となることはほぼみられなくなった。

Ⅳ.考察

 大後頭神経は第2頸髄神経後枝から分枝し、後頭下筋群、頭板状筋や僧帽筋、後頭筋膜を貫いて後頭部の皮下に達する2)。本症例においては、大後頭神経貫通部(風池穴相当部位)に著明な硬結が認められ、また、その硬結の押圧により再現する疼痛発生部位がデルマトーム上のC2領域と一致することからも、大後頭神経痛の典型例であると推察される。

 本患者の頸・肩こりの主たる原因は PC操作などの VDT作業によるものであると推察されるが、本患者においてはモニターを見る際、効き目である右眼を前方に偏位させるため、頭部をやや左回旋させた姿勢をとることが考えられる。その際、頸椎と後頭骨に大後頭神経が挟まれることに加え、左の頭半棘筋や後頭下筋群が収縮を続けることで血行不良により硬結が生じ、大後頭神経が絞扼されることで疼痛が発生したと推測される。また、本患者は基本姿勢で頸椎前弯が減少しているストレートネックであり、顎を前方に突き出す頭部前方位姿勢が常態化していたために、頸椎と後頭骨による大後頭神経の圧迫がより強まったものと考えられる。

 大後頭神経痛の症例としては、松本3)が鍼灸による治療例を報告している。松本は後頭下筋群、その他頸部の筋肉、後頭筋膜の緊張緩和を目的に天柱へ直刺、上天柱へ斜刺を行い 10分間の置鍼を加え、症状の緩和を認めたことを報告している。松本の症例は治療目的、施術箇所の点において本症例とほぼ同一であり、今回の治療の妥当性を支持するものであると考えられる。

 また、中川ら4)は眼精疲労を訴える患者のうち、大後頭神経出口部(風池)に圧痛を認めたものを対象に、風池に 15分間の置鍼を加えることで眼精疲労の症状が消失あるいは軽快したことを報告しており、眼精疲労と大後頭神経痛には密接な関係があることを示唆している。現代のデスクワークはほぼ PCを使用することに加え、携帯ゲームやスマートフォンの普及により、液晶モニターを凝視する時間も増加しつつある。そのことにより、眼精疲労を訴える患者も今後ますます増加し、それに随伴して大後頭神経痛の患者の増加が予想される。そのため、指圧のような手技療法により、大後頭神経痛と思われる症例の改善が示唆されたことは、今後予想される治療機会の増加において意義深いものであると考える。

Ⅴ.結論

 大後頭神経痛と思われる患者に対し、主に頸部と上肢を対象とした指圧治療を施すことで、症状の改善がみとめられた。

参考文献

1)日本頭痛学会:慢性頭痛の診療ガイドライン, 79-82,192-193,医学書院,東京,2013
2)坂井建雄 ,河田光博:プロメテウス解剖学アトラス 頭部 /神経解剖 第 1版,94-95,医学書院,東京, 2009
3)松本弘巳:大後頭神経痛及び緊張型頭痛への鍼灸治療,医道の日本68(6);29-33,2009
4)中川成美,竹田眞:大後頭神経痛による眼精疲労に対するハリ治療,臨床眼科42(10);1130-1132, 1988


【要旨】

大後頭神経痛と推測される症例に対する指圧治療
大木 慎平

 本症例では、左後頭部から頭頂部、前頭部にかけての疼痛を主訴とした、大後頭神経痛と推測される患者に対して指圧治療を行った。頸部と上肢を中心とした施術を全 18回行った結果、症状の緩和が認められた。指圧治療により大後頭神経痛と推測される症例の改善が示唆されたことは、今後予想される治療機会の増加においても意義深いものと考える。

キーワード:指圧、大後頭神経痛