カテゴリー別アーカイブ: 調査・報告

月経前症候群(PMS)と月経痛に対する指圧の効果について 第1報:PMS と月経痛に対するアンケート調査:硴田 雅子

硴田 雅子
千指圧治療院 院長

Effects of Shiatsu Therapy on Premenstrual Syndrome (PMS) and Menstrual Pain
1st Report: Survey by questionnaire on premenstrual syndrome (PMS) and menstrual pain

Masako Kakita

 

Abstract :  A survey was conducted in the form of a questionnaire on premenstrual syndrome (PMS) and menstrual pain, a general malaise specific to women, then shiatsu was performed on female subjects complaining of PMS and menstrual pain to examine the effects. This first report examines the results of the survey on PMS and menstrual pain conducted at a Japanese Shiatsu College and a medical and welfare school prior to the shiatsu treatments.

Keywords:Premenstrual Syndrome(PMS), Anma, Massage, Shiatsu, Questionnaire


I.はじめに

 近年、社会進出している女性の数が増えている中で、女性特有の不定愁訴を訴える数も増加傾向にあり、医療分野では女性外来の増設も数多くみられる。月経前症候群(Premenstrual Syndrome、以下PMS)も女性特有の症状であるが、PMSとは「月経前3~10日の間に続く身体的あるいは精神的症状で、月経が始まるとともに減退または消失するものをいう」と定義されている1)。PMSの身体的症状は、乳房痛、下腹部痛、過剰な睡眠欲、にきび、頭痛などがあり、精神的症状は、怒りやすい(イライラする)、憂うつ、疲れやすい、集中力低下、判断力の低下など広範囲にわたっている2)
 月経痛は激しい痛みと月経時随伴症状を引き起こし、重度な場合、寝込むなど日常生活に支障をきたすことがある。本研究では第1報としてアンケート調査の結果、第2報では指圧施術の効果について検討した。

Ⅱ.方法

1.対象

 日本指圧専門学校指圧科(以下、指圧学校)の女子学生91 名と、某医療福祉系学校(以下、福祉系学校)の女子学生81名に対し、PMSと月経痛についてアンケート調査を行った。なお、福祉系学校では鍼灸あん摩マッサージ指圧科(以下、本科)と介護福祉科の学生を対象とした。

 

2.アンケート期間

 令和元年6月6日~7月1日

3.アンケート内容

  PMSのアンケートは身体的症状と精神的症状について、月経痛および随伴症状のアンケートは鎮痛剤服用の有無や月経時の内容についてを表1、2の用紙を用いて聴取した。

4.集計方法

 PMSのアンケートは症状に3項目以上および5項目以上該当する人数の割合、月経痛および随伴症状のアンケートは自覚症状のある人数の割合を集計した。

表1.PMSアンケート

表1.PMSアンケート

表2.月経痛および随伴症状アンケート

表2.月経痛および随伴症状アンケート

Ⅲ.結果(経過)

1.アンケート回答率

 指圧学校は66 名(回答率72.5%)、福祉系学校は本科23 名、介護福祉科39 名の計62名(回答率76.5%)から回答を得られた。

2.年齢分布

 指圧学校では40歳以上は49%、24 歳以下は17%、35歳~39歳は15%であった。福祉系学校では24歳以下は82%、40歳以上は13%であった(図1)。

図1.年齢分布

図1.年齢分布

3.PMSアンケートについて

 PMSの身体的症状について3項目以上該当するのは指圧学校70%、福祉系学校71%であった。5項目以上該当するのは指圧学校39%、福祉系学校で44%であった。PMSの精神的症状について3項目以上該当するのは指圧学校36%、福祉系学校53%であった。5項目以上該当するのは指圧学校17%、福祉系学校で38%であった(図2、図3)。
 回答数の多い身体的症状の上位5項目は、指圧学校では、乳房痛51.5%、食欲亢進43.9%、過剰な睡眠欲39.3%、頭痛36.3%、下痢あるいは便秘34.8%であった。福祉系学校では、腰痛56.1%、乳房痛51.6%、下痢あるいは便秘40.9%、むくみ38.7%、頭痛33.8%であった(表3)。
 精神的症状の5項目以上の該当率については、指圧学校と福祉系学校で倍以上の差があったため、福祉系学校をさらに本科と介護福祉科に分類して結果を分析することにした。その結果、精神的症状の5項目以上に該当するのは本科30%、介護福祉科46%であった(図4)。
 回答数の多い精神的症状の上位5項目は、指圧学校では憂うつ46.9%、怒りやすい42.4%、疲れやすい42.4%、集中力低下31.8%、無気力24.2%であった。福祉系学校本科では怒りやすい47.8%、憂うつ34.7%、疲れやすい30.1%、無気力26.1%、涙もろくなる26.0%であった。福祉系学校介護福祉科では疲れやすい58.9%、怒りやすい53.8%、無気力53.8%、憂うつ51.2%、集中力低下33.3%であった(表4)。

図2.PMSの症状に3項目以上該当する人の割合

図2.PMSの症状に3項目以上該当する人の割合

図3.PMSの症状に5項目以上該当する人の割合

図3.PMSの症状に5項目以上該当する人の割合

表3.PMSの身体的症状 上位5項目

図4.PMS の症状に5項目以上該当する人の割合(本科と介護福祉科を分類)

図4.PMS の症状に5項目以上該当する人の割合(本科と介護福祉科を分類)

表4.PMSの精神的症状 上位5項目

表4.PMSの精神的症状 上位5項目

4.月経痛および随伴症状アンケートについて

 月経痛ありと回答したのは指圧学校68%、福祉系学校77%であった。月経痛があると回答した者のうち、鎮痛剤の服薬ありと回答したのは指圧学校58%、福祉系学校53%であった(図5)。

図5.月経痛の有無と服薬状況の回答結果

図5.月経痛の有無と服薬状況の回答結果

5.月経時随伴症状について

 月経時随伴症状については、問診票15項目中、特に多く該当した症状は下肢や全身のだるさ、眠気、イライラ、冷えであった(表5)。

表5.月経時随伴症状のうち該当率の高かった項目

表5.月経時随伴症状のうち該当率の高かった項目

Ⅳ.考察

 年齢分布については、指圧学校では40 歳以上が49%と約半数を占めており、24歳以下は17%だったのに対し、福祉系学校では40歳以上が13%、24歳以下は82%という、年齢分布に異なる特徴がみられた。

 PMSの身体的症状について指圧学校、福祉系学校とも約7割が症状を感じていることが分かった。症状の項目については指圧学校、福祉系学校では腰痛以外あまり差はみられなかった。

 PMSの精神的症状については憂うつ、怒りやすい、疲れやすい、無気力、集中力低下などが高い回答率を得ていることが分かった。5項目以上該当する率では、指圧学校、福祉系学校本科、福祉系学校介護福祉科で17%、30%、46%の順に多くなるという結果がみられた。これは、授業内で学生相互が手技の施術を行っているかどうかが影響を及ぼしていると推測される。指圧学校ではあん摩マッサージ指圧師の資格取得に向け、授業のカリキュラムの中で相互のあん摩マッサージ指圧施術を行っている。また、福祉系学校本科ではそれに鍼灸施術も加わる。それに対し、福祉系学校介護福祉科は、介護福祉士の資格取得を目指したカリキュラムのため、手技に類する施術は行われていない。つまり、指圧学校、福祉系学校本科では、日常的に授業の中で学生同士の施術が行われており、それが精神的ケアにつながり、精神的症状の該当率に差があらわれた可能性がある。しかし、身体的症状では両校で大きな差はなかった点や、学生相互の年齢分布に大きな差がある点などはこの考察ではカバーしきれていないため、今後の研究に繋げていく必要があると考える。

 月経痛については、指圧学校の68%、福祉系学校の77%で月経痛があるとの回答があった。また、月経痛がある者の半数以上が鎮痛剤を服用していると回答していた。月経時随伴症状については約7割に下肢や全身など、身体のいずれかの部位にだるさがあり、約6割に眠気、イライラ等の症状があるとの回答があった。

 今回のアンケート調査の対象では、半数以上に女性特有の不定愁訴であるPMSおよび月経痛、月経時随伴症状が現れていることがわかった。

 女性は思春期から閉経までに約400個排卵し3)、ほぼ毎月、月経を迎える。この期間は女性が社会と関わり、活躍を担う時期であることから、毎月起きる体調の変調は社会生活上、負担になっていると考えられる。月経に伴う体調の変化に対する治療法は様々であるが、PMSでは低用量ピル4)、月経痛では鎮痛剤が一般的な対処法とされている。しかしながら、瞬発力を要するアスリートや繊細な集中力を要する職業等、女性の活躍する場面は多岐にわたり、必ずしもすべての場面で薬剤処方がベストな選択になるとは限らない。そこで、薬剤以外の処方として、患者(重篤な基礎疾患のない)に対して手技である指圧施術を行い、その経過を観察した症例を得たため、第2報にて報告する予定である。

Ⅴ.結語

 今回のアンケート調査の結果において下記の知見を得た。

 1. PMSの身体的症状について、指圧学校、福祉系学校ともに3つ以上の症状に該当する回答者、5つ以上の症状に該当する回答者に大きな差はみられなかった

 2. PMSの精神的症状について、3つ以上の症状に該当する回答者の割合は福祉系学校より指圧学校の方が低かった。特に、指圧学校では5つ以上の症状に該当する回答者の割合は低かった

 3. 指圧学校の約7割、福祉系学校の約8割に月経痛の症状があり、月経痛のある者の約半数は服薬していることが分かった

Ⅵ.謝意

 本研究に協力いただいた教務の先生方とアンケートに協力いただいた皆様に心より感謝いたします。

参考文献

1)日本産科婦人科学会編:産科婦人科用語集第2版,p.34 金原出版,東京,1997
2)鈴木由紀子 他:PMS・PMDD と鍼灸治療,医道の日本66(7);27-51,2007
3)佐藤優子 他:生理学第二版,医歯薬出版,東京,150-152,2003
4)楠原浩二:低用量ピルの応用・子宮内膜症・PMS,臨床と薬物療法21;764-768,2002

その他 参考資料

1)武谷雄二:月経異常,日本医師会雑誌130(5);733-737,2003
2)光田大輔:別冊「ノーナプキンへの道」月経痛・PMS・PMDD 編—至福の月経を目指して—,木の香治療院,横浜,5-16,2009
3)石渡尚子 他:月経前症候群におよぼす大豆イソフラボンの影響(第2報),大豆たんぱく質研究7:157-160,2004


【要旨】

月経前症候群(PMS)と月経痛に対する指圧の効果について
第1報:PMS と月経痛に対するアンケート調査
硴田 雅子

 今回の研究では女性特有の不定愁訴である月経前症候群(PMS)と月経痛についてアンケート調査を行い、さらにPMSと月経痛を訴えている女性被験者に指圧施術を行い、その効果について検討した。本報告は第1報として、施術に先立ち日本指圧専門学校および某医療福祉系学校の女子学生を対象に、PMSと月経痛に関するアンケート調査を行った結果を報告する。

キーワード:月経前症候群(PMS)、あん摩マッサージ指圧、アンケート


富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告 第2報:本多 剛,大木 慎平

本多 剛,大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu in Nanto City, Toyama Prefecture (2nd Report): Survey Report

Takeshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : During the period from December 20, 2017 to December 21, 2017, volunteer shiatsu therapists treated residents of Nanto City, Toyama Prefecture at Taira Gyosei Center. Participants completed a survey in which they described the areas where they felt fatigue or pain and where they were suffering the most, and how their level of general fatigue and regional pain and suffering changed following shiatsu treatment. Of the 43 participants, 27 valid responses were obtained. The most common areas where people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower back, the neck, and the shoulders. Twenty-six out of 27 people reported a decrease in general fatigue, and all of the 27 people reported a decrease in regional pain and suffering.

Keywords:shiatsu, volunteer, survey, Toyama, winter


I.はじめに

 平成29年12月20日(水)、21日(木)の2日間で、富山県南砺市にあるロッジ峰と平行政センターの二施設内の一室をお借りして指圧ボランティアを行った。
 本活動は平成29 年8 月に同市で行われたボランティア指圧を受けた南砺市一般市民の方々からの、冬季も開催して欲しいという声を受けて長期休暇を利用して行われた。平成29年8月の活動は日本指圧学会誌第6号にて報告している1)。今回も指圧ボランティアの活動に合わせ、日本指圧学会が作成したアンケート用紙の運用試験として施術前後にアンケートを行った。その結果を集計したのでここに報告する。

Ⅱ.対象及び方法

日時:

 平成29年12月20日(水)、21日(木)

場所:

 ロッジ峰(富山県南砺市梨谷313-6)
 南砺市平行政センター(富山県南砺市梨下2240)

施術者:

 日本指圧専門学校3年生
(すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作2)を習得している)

対象:

 南砺市在住の一般市民で今回の指圧施術を受け、かつアンケートに回答した者(43名)

評価方法:

 使用したアンケート用紙は、指圧学会誌第6号で大木3)により報告されたものから、ボランティア活動時に煩雑にならないよう質問項目を削減した改訂版を用いた(図1)。

方法:

 指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明しアンケートの設問1~4までを回答してもらった。その後、対象が不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を1時間程度行い、その直後にアンケートの設問5~6を回答してもらった。施術前後の問2〜問5と問4〜問6の結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。

図1. 今回使用したアンケート用紙
図1. 今回使用したアンケート用紙

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した43名のうち、有効回答数は27名だった。

問1…疲労や痛みを感じる部位や症状

 疲労及び痛む部位・症状で最も多い回答は、第1位が腰(21.4%)、第2位が肩(18.0%)、第3位が首(10.7%)となった。また、問1は複数回答を可能としたため合計回答数は84箇所となった(表1)。

問2、問5…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのNRS(Numerical Rating Scale)は、減少が26名、変化なしが1名だった(図2)。平均は施術前が5.89±1.93、施術後は2.41±1.97(mean±SD)で(図3)、施術前後で優位な低下が認められた(p<0.01)。

問3…現在最も苦痛を感じる部位

 最も苦痛を感じる部位として回答されたのは、第1位が腰(18.5%)、第2位が首(14.8%)、第3位が肩(11.1%) となった(表2)。

問4、問6…最も苦痛を感じる部位の苦痛度

 最も苦痛を感じる部位の苦痛度では、27名全員のNRS が減少を示した(図4)。平均は施術前7.00±1.89、施術後が2.67±1.81(mean±SD)で(図5)、施術前後で有意な低下が認められた(P<0.01)。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図2.全身の疲労度合いー施術前後のNRSの変化
図2.全身の疲労度合いー施術前後のNRSの変化

図3.全身の疲労度合い―施術前後のNRSの平均
図3.全身の疲労度合い―施術前後のNRSの平均

表2.最も苦痛を感じる部位別件数
表2.最も苦痛を感じる部位別件数

図4.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの変化
図4.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの変化

図5.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの平均
図5.最も苦痛を感じる部位の苦痛度-施術前後のNRSの平均

Ⅳ.考察

 疲労及び痛む部位の回答の多くは腰と肩であった。この結果は大木らの報告1)と同様に、厚生労働省が行う国民生活基礎調査の有訴者率4)で上位を占めるものと一致しており、一般市民の腰背部の有訴率の高さが伺える。

 最も苦痛を感じる部位としては前回と同様に腰が最多であった。前回の報告1)では被験者の加齢に伴う不良姿勢により腰痛が助長されていると考察したが、今回は季節性に生じる疲労が加わっているとも考えられる。というのも、今回ボランティアを行った時期は冬季であり、豪雪地帯である南砺市の住民にとっては日常的な雪掻き作業が必須であるため、それに伴う腰背部の疲労が生じているのは想像に難くない。須田の報告5)でも雪掻き作業時の脊柱起立筋の筋活動と、それに伴う腰部への負荷が指摘されている。また、今回は疲労・痛みを自覚する部位と最も苦痛を感じる部位において首の回答が目立った。これは雪かきの作業特性によるもの、冬季で外出頻度が減ったことによる身体活動の低下によるもの、はたまたアンケートの様式により誘導されたものなどさまざまな要因が想像されるものの、いずれも憶測の域を超えないため今回は考察を見送りたい。

 施術前後の変化については全身の疲労度、最も苦痛を感じる部位の苦痛度ともに改善がみられた。今回の施術は苦痛を感じる部位に応じた施術であったが、いずれの被験者においても指圧が筋の緊張やアライメント不整を是正することにより、症状の改善につながったものと考えられる。また、自覚症状として目の疲れが回答件数全体の約6%あり、前回の調査1)でも全体の約4%が報告されており、こちらの改善は前述の機序とは多少異なることが予想される。難波ら6)は眼周囲部の温熱刺激により調節機能の回復が早まることを報告しているほか、大木7)は顔面部への指圧刺激により調節近点距離の短縮が生じたことを報告している。これらのことは副交感神経系の働きが優位になったことにより生じたものと推察されるが、瞳孔計を用いた調査8)9)10)で前頸部、下腿部、仙骨部、頭部への指圧刺激で縮瞳が生じたと報告されていることからも、指圧による副交感神経系への働きかけがあり、眼の調節機能の改善に効果がみられたと考える。

 次にアンケートの運用について述べる。前回の報告1)では全回答数43名のうち有効回答数が39名であったのに対し、アンケートの様式を変更した今回の調査では全回答数43名のうち有効回答数は27名である。単純に3割ほど有効回答が減少してしまう結果となったが、これは問3の回答方法により生じたものであると考える。本アンケートの問1、問3に関してはイラストにマーキングをするという回答方法であるがゆえに、回答者によっては複数の関節を跨いだ丸をつけたり、背中全体を大きく丸で囲うといった回答になることも多い。そうであっても問1であれば複数回答可なため、丸で囲まれた箇所を全てカウントすれば済む話だが、問3に関しては問題である。問3は「1つだけ」マーキングをするという択一の設問であるため、複数箇所をまたぐマーキングは必然的に集計から除外せざるを得ない。今回の調査の無効回答はこの問3の回答ミスが大半を占めるため、事前の記入方法の説明が十分に理解されなかった可能性は高い。今回の結果が「ブレ」によるものかは定かではないが、回答様式の変更や説明書の作成など検討課題とすべきであろう。

Ⅴ.結語

 富山県南砺市在住の一般市民に対して、指圧施術とアンケートを行い43名中27名から有効回答が得られた。27名中26名に施術前後の全身の疲労度合いのNRSに改善がみられ、27名全員に苦痛を感じる部位のNRSに改善がみられた。疲労及び痛みを感じる部位では腰が、最も苦痛を感じる部位で腰に次いで首という回答が多くみられた。

Ⅵ.謝意

 本調査に協力していただいたあんま同好会の学生の皆様、集計にあたり多大な尽力をしてくださった藤堂はるか氏に心より感謝します。

参考文献

1)本多剛,大木慎平:富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌6;p.19-22,2017
2)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,国際医学出版,東京,p.78-126,2016
3)大木慎平,本多剛:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2 報),日本指圧学会誌6;p.9-14,2017
4)厚生労働省HP:平成28 年度国民生活基礎調査の概況,2016
5)須田力:除雪作業と体力,北海道大学教育学部紀要57;p.141-183,1992
6)難波哲子 他:Visual Display Terminal(VDT)作業による自然視調節機能の低下と眼周囲温熱療法による回復効果,川崎医療福祉学会誌17(2);p.363-371,2008
7)大木慎平:顔面部への指圧刺激による調節筋点距離の変化,日本指圧学会誌3;p.20-22,2014
8)横田真弥 他:前頸部および下腿外側部の指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(35);p.77-80,2011
9)渡辺貴之 他:仙骨部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(36);p.15-19,2012
10)田高隼 他:頭部への指圧刺激が瞳孔直径・脈拍数• 血圧に及ぼす効果,東洋療法学校協会学会誌(37);p.154-158,2013


【要旨】

富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告 第2報
本多 剛,大木 慎平

 平成29年12月20日~21日に富山県南砺市のロッジ峰、南砺市平行政センターにて指圧ボランティアを行い、南砺市在住の一般市民に対し、疲労や痛みを感じる部位と全身の疲労度合い、最も苦痛を感じる部位とその苦痛度といった内容のアンケート調査を指圧施術前後に実施した。アンケートに回答した43名のうち、有効回答は27 名だった。疲労や痛みを感じる部位では腰、肩、首の順に多く、最も苦痛を感じる部位では腰、首、肩の順に多かった。全身の疲労度合いでは27名中26名に、苦痛を感じる部位の苦痛度では27名全員に施術前後で改善が見られた。

キーワード:指圧、ボランティア、アンケート、富山、冬季


礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報):大木 慎平,本多 剛

大木 慎平,本多 剛
日本指圧専門学校 専任教員

Second Report on Volunteer Shiatsu at Rekisen Marathon: Survey Report

Shinpei Oki, Tsuyoshi Honda

 

Abstract : On November 27th, 2016, volunteer shiatsu therapists treated 40 runners at the Forty-Second Rekisen Marathon. Thirty-eight of the runners answered a post-race survey asking them about the areas where they felt fatigue or pain and how their level of general fatigue changed before and after shiatsu treatment.
The most common areas that people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower legs, the thighs, and the shoulders. Thirty-six out of 38 runners reported a decrease in general fatigue.

Keywords: shiatsu, sports, volunteer, survey, marathon


I.はじめに

 文京区青少年対策礫川地区委員会主催の第42回礫川マラソンが平成28年11月27日に開催された。
 日本指圧専門学校は、地域に根づいた学校としてこの大会に協賛し、レースを終えたランナーに対して本校学生が指圧施術をするボランティアを毎年行っている。
 前年に小松ら1)によりランナーのレース後の不調部位や、指圧によりどの程度改善するかなどのアンケート調査が行われているが、本年も引き続きレース後の礫川マラソン出場者に対し、アンケート調査を実施した。
 本年は新たに日本指圧学会によって作成されたアンケートを用い、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化を調査したので報告する。

Ⅱ.方法

 日時 :平成28年11月27日(日)

 場所 :日本指圧専門学校 第三実技室

 施術者:日本指圧専門学校学生1~3年生
 (すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作2)を習得している)

 対象 :第42回礫川マラソン参加者中、競技終了後にボランティア指圧を受け、かつアンケートに回答した者(40名)
 使用したアンケート用紙は平成28年度日本指圧学会冬季学術講習会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを用いた(図1、2)。指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明し、アンケートの設問1~5までを回答してもらった。その後、ランナーの不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を15~30分の時間内に施術し、その直後にアンケートの設問6~7までを回答してもらった。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。
 なお、今回のアンケート結果の解析は、設問2、4、5、7で有効回答が十分に得られなかったため、設問1、3、6でのみ行った。

図1.アンケート 説明用紙
図1.アンケート 説明用紙

図2.アンケート 記入用紙
図2.アンケート 記入用紙

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した40名のうち、設問1、3、6の有効回答数は38名だった。

・設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労及び痛む部位で最も多い回答は第1位が下腿(15.8%)、第2位が大腿(13.9%)、第3位が肩(12.7%)、第4位が腰・背中(8.9%)、第5位が殿部(7.6%)となった(表1、図3)。また、設問1は複数回答可のため、合計回答数は158箇所だった。

・設問3、6…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのVASは、減少が36名、増加が1名、変化なしが1名だった(図4)。平均は、施術前が62.18±19.88(mean±SD)、施術後が23.21±17.83で(図5)、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図3.疲労・痛みを自覚する部位別件数
図3.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図4.施術前後のVASの変化
図4.施術前後のVASの変化

図5.施術前後のVASの平均
図5.施術前後のVASの平均

Ⅳ.考察

・疲労や痛みを自覚する部位について

 前年の小松らの調査1)では疲労及び痛む部位で多かった回答は大腿・下腿が上位を占めたが、本年においても下腿が1位、大腿が2位と同様の傾向を示した。前住らは市民マラソン中に沿道で救護対象となったランナーの症状は、膝の関節痛、筋肉痛、こむら返りといった下肢痛や下肢痙攣が最も多かったことを報告しており3)4)、長距離走では足部や膝関節に繰り返し掛かる衝撃により下腿・大腿部の筋にストレスが蓄積し、障害へとつながっていくものと推察される。本大会には小中学生から中高年まで様々な年齢層の市民が参加しており、マラソンの練度にも幅があったためこれらの報告と同様の傾向を示したものと考えられる。
 目を引くのは3~4位を肩・腰・背中と体幹部が占めた点だが、2011年と2012年の東京夢舞マラソンで行われた衞藤らの同様の調査5)6)でも、腰痛の有訴率は3位と比較的高い割合を占めており、マラソンと腰痛の関連性を窺わせる結果となっている。マラソンによる腰痛の原因は様々あると思われるが、下肢の筋緊張が先行することで、ハムストリングスや大殿筋などの股関節伸筋群の過緊張により生じる骨盤前傾制限や、大腿四頭筋・腸腰筋・大腿筋膜張筋などの股関節屈筋群の過緊張により生じる骨盤後傾制限なども一つの要因として考えられる。また、厚生労働省は有訴者率の多い症状として、腰痛が男性で1位、女性で2位、肩こりが女性で1位、男性で2位であることを報告している7)。そのため、そもそも我が国においては腰痛や肩こりを有する割合が非常に高く、もともと腰痛・肩こりを日常的に有していたか、長距離のマラソンにより、素因として有していたそれらの症状がより増強され、今回のアンケートの結果に反映されたのではないかと推察される。

・全身の疲労度合いについて

 指圧施術前後の疲労度は、前年の小松らの報告1)とほぼ同様に約95%の被験者で改善がみられた。この結果は、競技直後のマラソンランナーに対する指圧によるケアの有用性を支持するものと考える。ただし、有害事象として1名においてVASの数値の増加がみられた。これはレース直後の疲労した筋に対して指圧が過剰刺激となってしまい、いわゆる「もみ返し」が生じてしまったケースと推察される。有害事象の発現を防ぐためにも、コンディショニングに際しては競技者の反応を十分に観察し、刺激量について細心の注意を払う必要があると考える。

・アンケートの運用について

 今回は、日本指圧学会作成のアンケート用紙を使用した初めての調査となったが、現場での運用から様々な問題点が表出する結果となった。まず、人体図に印をつける設問1、2だが、印を文字につけるのか絵につけるのかわかりづらいとの声が多く聞かれたほか、字が細かすぎて判読できない、設問2があることにそもそも気づかないというケースも多くみられた。これらは設問2の有効回答の少なさに反映されていると推察されるので、一目で判別できるように図の簡略化、フォントサイズの調整などが望まれる。また、一般に想像される治療院などでの臨床現場では、既存のアンケートでも有効な回答が得られると予想されるが、競技終了直後の興奮・疲労状態にある選手に対しては記入方法の説明が十分に理解されなかったり、設問が細かすぎる可能性がある。そのため、ボランティアやスポーツ現場など、慌ただしい環境で使用するアンケートについては別に設ける必要性も考えられる。
 上記の点を改善点とし、より有用なアンケートの作成を次回の課題としたい。

Ⅴ.結論

 第42回礫川マラソン出場ランナーに対して指圧施術とアンケートを行い、40名中38名で有効回答が得られた。38名中、36名で施術前後の疲労及び痛みのVASに改善がみられた。また、疲労及び痛みを感じる部位で最も多い回答は下腿だった。

参考文献

1)小松京介,本多剛,大木慎平 他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌5,p.24-27,2016
2)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,p.78-126,国際医学出版,東京,2016
3)前住智也,田中秀治,徳永尊彦 他:市民マラソンにおける沿道での要救護者の傾向と体制整備の条件,日臨救医誌11,p.224
4)前住智也,田中秀治:マラソンにおける脱水時の経口補水液(OS-1®)の効果に関する検討,国士舘大学体育研究所報28,p.65-69,2009
5)衞藤友親,宮下雅俊,石塚洋之 他:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌1,p.31-34,2012
6)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌2,p.37-40,2013
7)厚生労働省HP:平成25年国民生活基礎調査の概況,2013


【要旨】

礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報)
大木 慎平,本多 剛

 平成28年11月27日開催の第42回礫川マラソンに指圧ボランティアとして参加し、レースを終えたランナーに対し、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化をアンケート用紙を用いて調査した。指圧を受けた40名のうち、アンケートの有効回答数は38名だった。
 その結果、痛みや疲労を感じる部位で最も多かったのは下腿、大腿、肩の順となった。また、全身の疲労度合いは38名中36名で改善がみられた。

キーワード:指圧、スポーツ、ボランティア、アンケート、マラソン


富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告:本多 剛,大木 慎平

本多 剛,大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu in Nanto City, Toyama Prefecture: Survey Report

Tsuyoshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : On Saturday, August 5th, 2017, volunteer shiatsu therapists treated 43 residents of Nanto City, Toyama Prefecture at Gassho Zukuri Cottage, located in the Historic Village of Gokayama. Participants completed a survey in which they described the areas where they felt fatigue or pain and how their level of general fatigue changed following shiatsu treatment. Of the 43 participants, 39 valid responses were obtained. The most common areas that people complained of fatigue or pain were, in descending order, the lower back, the shoulders and the knees. Thirty-eight out of 39 people reported a decrease in general fatigue.

Keywords: shiatsu, volunteer, survey, middle-aged and elderly, National Livelihood Survey


I.はじめに

 平成29年8月5日(土)、富山県南砺市にある五箇山合掌の里「合掌造りコテージ」で指圧ボランティアを行った。本活動は、同市で訪問マッサージ業を営む55期卒業生の計らいで実現した。これまで、衞藤ら1)2)や小松ら3)は対象をマラソン大会出場者に限定した指圧施術効果のアンケート調査結果を報告しているが、今回は日常生活において活発な運動習慣のない一般市民を対象としたアンケート調査である。

Ⅱ.方法

 日時 :平成29年8月5日(土)

 場所 :五箇山合掌の里 「合掌造りコテージ」 羽馬家

 施術者:日本指圧専門学校2~3年生
     (すべての施術者は浪越式基本指圧の全身操作4)を習得している)

 対象 :富山県南砺市在住の一般市民で指圧施術を受け、かつアンケートに回答した者(43名)

 使用したアンケート用紙は平成28年度日本指圧学会冬季学術講習会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを用いた。

 指圧施術前に施術者より対象へアンケートの記入方法を説明し、アンケートの設問1~5までを回答してもらった。その後、対象が不調を訴える部位に応じた浪越式基本指圧を1時間程度行い、その直後にアンケートの設問6~7を回答してもらった。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%に設定した。

表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数
表1.疲労・痛みを自覚する部位別件数

図1.疲労、痛みを自覚する部位別件数
図1.疲労、痛みを自覚する部位別件数

図2.最も気になっている部位別件数
図2.最も気になっている部位別件数

Ⅲ.結果

 アンケートに回答した43名のうち、有効回答数は39名だった。

・設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労及び痛む部位で最も多い回答は第1位が腰(20.4%)、第2位が肩(16.7%)、第3位が膝(7.7%)、第4位が背中(6.3%)、第5位が疲れ(5.0%)となった(表1、図1)。また、設問1は複数回答可のため、合計回答数は221箇所だった。

・設問2…設問1で回答したうち、最も気になっている部位

 最も気になっている部位の回答は腰が15名(38.5%)、肩が13名(33.3%)と大半を占め、次いで多かったのは膝の5名(12.8%)だった(図2)。

・設問3、6…全身の疲労度合い

 全身の疲労度合いのVAS(Visual Analog Scale)は、減少が38名、変化なしが1名だった(図3)。平均は、施術前が49.05±23.23(mean±SD)、施術後が12.95±12.06で、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)(図4)。

・設問4、7…最も気になる部位の不満度

 最も気になる部位の不満度のVASは、減少が38名、増加が1名だった(図5)。平均は、施術前が56.49±25.86、施術後が11.95±13.10で、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)(図6)。

・設問5…最も気になる部位による日常動作の不自由度

 最も気になる部位による日常動作の不自由度の平均は、51.36±27.34だった。

図3.全身の疲労度合いー施術前後のVASの変化
図3.全身の疲労度合いー施術前後のVASの変化

図4.全身の疲労度合いー施術前後のVASの平均
図4.全身の疲労度合いー施術前後のVASの平均

図5.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの変化
図5.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの変化

図6.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの平均
図6.最も気になる部位の不満度ー施術前後のVASの平均

Ⅳ.考察

 疲労及び痛む部位の回答で多かったのは腰と肩だった。この結果は、厚生労働省が行う国民生活基礎調査5)の有訴者率が高いものと一致しており、一般市民の大半が腰や肩に何らかの症状を有していることがうかがえる。今回の対象は中高年者が多く、加齢に伴う脊椎間の弾力性低下、運動不足による筋力低下等が不良姿勢を招き、腰痛や肩こりを助長していると考えられる。全身の疲労度合と最も気になる部位のVASは、対象の97%で改善が見られた。このことから、浪越式基本指圧の全身操作が不良姿勢による筋の緊張を緩和し、症状の改善につなげたものと推察される。白木原らは高齢者の腰背部痛は年齢、膝痛、骨塩量、圧迫骨折椎体数、腰椎前弯角、腰仙角、ADL、QOLと関連があることを報告しており6)、指圧治療での腰痛症状の改善により、高齢者のQOLの向上に寄与できる可能性を示唆するものと考えられる。

 しかしながら、最も気になる部位のVASは、対象のうちで1名改善が見られなかった。これを単に有害事象として判断できるかは疑問だが、考えられる理由として、南砺市では指圧施術を受けられる場が少なく、日常生活において指圧を受ける機会がないことから刺激過多となってしまったことがあげられる。今回の施術時間は1時間ということもあり、初めて指圧を受ける者には長めであった。今後は対象の受療経験の有無を踏まえ、施術時間を随時変更することも必要であると考えられる。

 尚、今回は単回施術の報告であり、経過を追跡することが難しい。そのため、設問5についての考察は見送ることにする。

Ⅴ.結語

 富山県南砺市在住の一般市民に対して指圧施術とアンケートを行い、43名中39名で有効回答が得られた。39名中、38名で施術前後の疲労及び痛みのVASに改善が見られた。また、疲労及び痛みを感じる部位で最も多い回答は腰だった。

参考文献

1)衞藤友親,宮下雅俊,石塚洋之 他:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌1;p.31-34,2012
2)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌2;p.37-40,2013
3)小松京介,本多剛,大木慎平 他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌5;p.24-27,2016
4)石塚寛:指圧療法学改訂第1版②,国際医学出版,東京,p.78-126,2016
5)厚生労働省HP:平成25年国民生活基礎調査の概況,2013
6)白木原憲明,岩谷力,飛松好子 他:高齢者の腰背部痛と身体,生活および生活の質との関連,日本腰痛学会雑誌;p.65-72,2001


【要旨】

富山県南砺市指圧ボランティアアンケート報告
本多 剛,大木 慎平

 平成29年8月5日(土)、富山県南砺市の五箇山合掌の里「合掌造りコテージ」にて指圧ボランティアを行い、南砺市在住の一般市民に対し、痛みや疲労を感じる部位と、全身の疲労度合いの指圧施術前後の変化をアンケート用紙を用いて調査した。指圧を受けた43名のうち、アンケートの有効回答数は39名だった。その結果、痛みや疲労を感じる部位で最も多かったのは腰、肩、膝の順となった。また、全身の疲労度合いは39名中38名で改善がみられた。

キーワード:指指圧、ボランティア、アンケート、中高年、国民生活基礎調査


平成29年日本大学陸上競技部沖縄合宿指圧ボランティアアンケート報告:石塚 洋之

石塚 洋之
日本指圧専門学校専任教員

Volunteer Shiatsu at 2017 Nihon University Track and Field Club
Training Camp in Okinawa: Survey Report

Tsuyoshi Honda, Shinpei Oki

 

Abstract : The survey was conducted at Nihon University Track and Field Club Training Camp, held March 15-18, 2017 in Okinawa. Before and after receiving shiatsu, athletes were asked to complete a questionnaire printed on both sides of an A4-sized sheet of paper, in which they circled the areas on a body diagram where they felt fatigue or pain and described their general fatigue level and symptom complaint level on a 100mm (=100 point) Visual Analog Scale (VAS). Data was compiled for each event category. All 15 throwing event athletes showed post-treatment improvement in general fatigue levels as measured on the VAS. Of 32 running event athletes, 29 showed improvement in their general fatigue levels. Of 14 jumping event athletes, 13 showed improvement in their general fatigue levels.All 15 throwing event athletes showed improvement in symptom complaint level, as measured on the VAS. Of 32 running event athletes, 27 showed improvement in symptom complaint level. Of 14 jumping event athletes, 12 showed improvement in symptom complaint level.
Concerning the body area where the athletes felt fatigue or pain, the top reply among throwing event athletes was the lower back (equal left and right), followed by the upper and middle back (equal left and right). For the running event athletes, the top reply was the right posterior thigh, followed by the right posterior lower leg. For the jumping event athletes, the top reply was the left posterior thigh, followed by the posterior lower leg (equal left and right).

Keywords: sport shiatsu, Namikoshi shiatsu, Visual Analog Scale, survey, track and field


I.はじめに

 2017年3月15日から18日に行われた日本大学陸上競技部沖縄合宿において、競技者が練習後、身体のどの部位に痛みを生じるのか、また全身の疲労度と症状の不満度が指圧によってどの程度改善されたのかを調査するためのアンケート調査を行った。その結果を競技別に集計したので報告する。

Ⅱ.対象および方法

 日  時:2017年3月15日~18日

 場  所:沖縄県沖縄市(奥武山総合運動場、沖縄県総合運動公園陸上競技場)

 対  象: 日本大学陸上競技部沖縄合宿参加者(18~24歳の男女)の練習前、練習後指圧を受けアンケートで有効回答が得られた64名

 評価方法:
 使用したアンケート用紙は、平成28年日本指圧学会冬季学術大会の「日本指圧学会作成の評価表に関する報告(日本指圧専門学校教員大木慎平)」で発表されたものを一部改変して用いた(図1、図2)。改変した箇所は症状の項目(人体図右)で、この内容をオーバートレーニング症候群の徴候1)に変更した。
 施術前と施術後の全身の疲労度と症状の不満度を100㎜(=100ポイント)の長さのVAS(visual analog scale)にて計測した。また疲労および痛みの部位を、身体イラストに○印で記入するよう指示した。陸上競技には多種多様な種目があるため、これらを3つのカテゴリーに分け、投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)、走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)、跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)とに分けて集計を行った。施術前後のVASの結果の比較は対応のあるt検定を行い、危険率は5%未満(P<0.05)に設定した。

 施術方法:日本指圧専門学校スポーツ指圧トレーナー部課外実習参加者が、競技者の主訴に応じて15~30分の間で浪越式基本指圧2)を行った。

図1. アンケート説明用紙
図1. アンケート説明用紙

図2. アンケート記入用紙
図2. アンケート記入用紙

Ⅲ.結果

 アンケートの回答数は64例のうち、設問1の有効回答数は64例、設問3、6と設問4、7の有効回答数は61例だった。(調査期間の3日間で同一人物による回答もあったため、延べ回答数である)

設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

◆投てき種目(表1)
 腰部(左右同率)、次いで背中(左右同率)であった。

◆走種目(表2)
 右大腿後側、次いで左大腿後側であった。

◆跳躍種目(表3)
 左大腿後側、次いで右大腿後側であった。

設問3、6…全身の疲労度合い変化

◆投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)(図3)
 15例中15例に減少がみられた(100%)。増加した者、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は66.9ポイントで術後平均は31.8ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)

◆走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)(図4)
 32例中29例に減少がみられた(91%)。増加した者は32例中3例(9%)であり、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は72.7ポイントで術後平均は37ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は55.6ポイントで術後平均は73.6ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

◆跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)(図5)
 14例中13例に減少がみられた(93%)。増加した者は14例中1例(7%)、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は70.1ポイントで術後平均は42ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は66ポイントで術後平均は76ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

設問4、7…症状の不満度変化

◆投てき種目(砲丸投げ、やり投げ、円盤投げ)(図6)
 15例中15例に減少がみられた(100%)。増加した者、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は71ポイントで術後平均は34.7ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。

◆走種目(100~800m走、110mハードル、400mハードル)(図7)
 32例中27例に減少がみられた(84%)。増加した者は32例中5例(16%)であり、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は71.8ポイントで術後平均は32.4ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は60.2ポイントで術後平均は75.6ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

◆跳躍種目(走幅跳、走高跳、棒高跳)(図8)
 14例中12例に減少がみられた(86%)。増加した者は14例中2例(14%)、変化がなかった者はいなかった。減少例の術前平均は68.9ポイントで術後平均は36.4ポイントであり、施術前後で有意な低下が認められた(p<0.01)。増加例の術前平均は42ポイントで術後平均は52.5ポイントであり、施術前後で有意差は認められなかった。

表1. 左右の疲労や痛み部位(投てき種目)
表1. 左右の疲労や痛み部位(投てき種目)

表2. 左右の疲労や痛み部位(走種目)
表2. 左右の疲労や痛み部位(走種目)

表3. 左右の疲労や痛み部位(跳躍種目)
表3. 左右の疲労や痛み部位(跳躍種目)

図3. 疲労度の施術前後VASの平均(投てき種目)
図3. 疲労度の施術前後VASの平均(投てき種目)

図4. 疲労度の施術前後VASの平均(走種目)
図4. 疲労度の施術前後VASの平均(走種目)

図5. 疲労度の施術前後VASの平均(跳躍種目)
図5. 疲労度の施術前後VASの平均(跳躍種目)

図6. 症状の不満度VASの平均(投てき種目)
図6. 症状の不満度VASの平均(投てき種目)

図7. 症状の不満度VASの平均(走種目)
図7. 症状の不満度VASの平均(走種目)

図8. 症状の不満度VASの平均(跳躍種目)
図8. 症状の不満度VASの平均(跳躍種目)

Ⅳ.考察

設問1…疲労や痛みで気になっている身体の部位、気になっている症状

 疲労や痛み部位の考察は競技動作のバイオメカニクスとも照らし合わせて深い解析が必要であり、ここでは推測の域を出ないため、今後の研究課題とさせていただきたい。しかし、今回の調査では、各種目を3つのカテゴリーに分け、各カテゴリーを比較して考えられることを述べる。また、今回の調査時期は陸上競技においてはシーズンイン直前であり、練習も競技動作を中心に行っており、この疲労や痛み部位の結果は純粋な競技動作によるものと考える。

◆投てき種目(表1)
 走種目、跳躍種目では下肢の症状が多いのに対して、投てき種目では体幹部での症状を訴える者が多いことから、体幹へのストレスが大きいことが言える。また、上肢の痛み疲労を訴える者が投てき種目では8例あった。これは跳躍種目での上肢症状を訴える者(表3)が全て棒高跳競技者であったことから、道具を扱うことが上肢への症状へと結びついているのではないかと推察できる。

◆走種目(表2)
 走種目、跳躍種目はともに走る動作が共通しているため、下肢への症状が多かったと考えられる。また、跳躍には殿部の痛みを訴える者が全くいなかったのに対して走種目には15%いたことが、跳躍との大きな違いである。

◆跳躍種目(表3)
 走速度が跳躍力に影響することが知られており3)、そのため走種目に似る結果になったと考えられる。

設問3、6…全身の疲労度合い変化

 過去のマラソン競技での衞藤ら4)、小松ら5)の報告でも、全身の疲労度合いは施術前後で改善の傾向を示している。浅井らの報告6)では指圧により筋の柔軟性の向上が認められており、15~30分の施術においても同様の効果が得られたと推察される。ただし、有害事象として4例においてVAS値の増加がみられた。これには、様々な理由が考えられるが、15~30分という時間では疲労が取りきれなかった。あるいは術者の刺激量が足りなかった等の術者側の問題と、疲労の回復に用いる手段の選択も視野に入れて考える必要がある。
 疲労回復に用いる手段という点から考えれば、その方法にはアクティブリカバリーとパッシブリカバリーがあり、指圧はパッシブリカバリーに分類される。疲労による筋の緊張には、前述の浅井らの報告でも効果が認められているが、筋肉中に溜まった乳酸に関してはアクティブリカバリーのような、有酸素運動を行う事での疲労回復がより直接的であると考えられ7)、競技者のコンディショニングに際しては施術者も疲労の度合い、練習の内容を十分に考慮したうえで判断することが重要であると考える。

設問4、7…症状の不満度変化

 衞藤ら4)、小松ら5)は、マラソン後のランナーに対する15~30分の指圧施術で疲労度の改善が生じることを報告しており、今回の調査においても同様の効果が得られたと推察される。ただし有害事象として7例においてVAS値の増加がみられた。このうち、2例は疲労度の変化も増加がみられている。残り5例は疲労度の変化は減少している。これらに関しては症状が急性外傷であるのか慢性障害であるのかなどを含めた、問診なども含めて考える必要があり今回の調査では「症状部位」としか聴取をしていなかったため、今後アンケートに施術者が評価し把握し得た情報を明記する必要もあると感じた。アンケートの改善点として次回の課題としたい。

 今回の報告と併せても、マラソンだけでなく陸上競技の疲労回復のケア、症状の緩和の手法としての指圧の有効性を啓発していく価値はあるものと考える。また、これまでの研究は市民マラソンでの報告でありスポーツ愛好家に対しての効果であるが、今回は陸上の専門競技者に行った調査であるため、指圧の上述の効果は専門競技者においても効果があると言える。よって競技レベルによる指圧効果の大きな差はないと推察される。

参考文献

1)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト4 健康管理とスポーツ医学,p.62,財団法人日本体育協会,東京,2011
2)石塚寛:指圧療法学,p.78-126,国際医学出版、東京、2008
3)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト5 検査測定と評価,p.145,財団法人日本体育協会,東京,2011
4)衞藤友親,永井努,石塚洋之:東京夢舞マラソン指圧ボランティアアンケート報告(第2報),日本指圧学会誌(2);p.37-40,2013
5)小松京介,本多剛,大木慎平他:礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告,日本指圧学会誌(5);p.24-27,2016
6)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌(25);p125-129,2001
7)公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト6 予防とコンディショニング,p.277,財団法人日本体育協会,東京,2011


【要旨】

平成29年日本大学陸上競技部沖縄合宿指圧
ボランティアアンケート報告
石塚 洋之

 2017年3月15日から18日に行われた、日本大学陸上競技部沖縄合宿にてA4判両面印刷のアンケート用紙を用い指圧施術前と施術後の全身の疲労度と症状の不満度を100㎜(=100ポイント)の長さのVAS(visual analog scale)にて回答いただいた。
 また疲労および痛みの部位をイラストに記入する形式で回答いただいた。集計は競技種目ごとに分けて行った。
 その結果、全身疲労度のVASにて、投てき種目では15例中15例に減少がみられた。走種目では32例中29例に全身の疲労度の減少がみられた。跳躍種目では14例中13例に全身の疲労度の減少がみられた。
 また、症状の不満度のVASにて、投てき種目では15例中15例に減少がみられた。走種目では32例中27例に減少がみられた。跳躍種目では14例中12例に減少がみられた。
 疲労および痛み発生部位で最も多かったのは、投てき種目では腰部(左右同率)、次いで背中(左右同率)であった。走種目では、右大腿後側、次いで右下腿後側であった。跳躍種目では左大腿後側、次いで下腿後側(左右同率)であった。

キーワード:スポーツ指圧・浪越指圧・VAS・アンケート・陸上競技


礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告:小松京介

小松 京介
日本指圧専門学校 指圧科
本多 剛
指導教員(日本指圧専門学校 専任教員)
金子 泰隆
指導教員(日本指圧専門学校 専任教員)
大木 慎平
指導教員(日本指圧専門学校 専任教員)

Volunteer Shiatsu at Rekisen Marathon : Survey Report

Kyosuke Komatsu / Tsuyoshi Honda, Yasutaka Kaneko, Shinpei Oki

 

Abstract :  The Forty-First Rekisen Marathon was held on November 29th, 2015 at Koishikawa, Bunkyo Ward. We participated as volunteer shiatsu therapists and surveyed 31 runners (24 males and 7 females) before and after treatment. The runners were asked to describe their level of fatigue and pain on a 100mm Visual Analog Scale (VAS) and circle the areas on abody diagram where they felt fatigue or pain. Volunteers from Japan Shiatsu College treated the runners with Namikoshi Standard Shiatsu for between 15 and 30 minutes depending on their chief complaint. All runners showed post-treatment improvement as measured by the Visual Analog Scale. Concerning the body area that the runners felt fatigue or pain, the top reply was the posterior region of the left thigh, and the second was the posterior region of the left lower leg. VAS improvement may have been due to increased muscle flexibility following shiatsu treatment.

Keywords: marathon, runner, survey, Visual Analog Scale, shiatsu


I.はじめに

 平成 27年 11月 29日に文京区青少年対策礫川地区委員会主催、第 41回礫川マラソンが文京区小石川において開催された。この催しには、本校も礫川地域に根づいた学校として協賛し、ランナーにレース後、指圧を受けていただくボランティアを毎年行っている。そこで今回、ランナーがレース後、身体のどの部位に痛みを生じるのか、また、その症状は指圧によってどの程度改善されたのかなどを調査するためのアンケートを併せて行った。その結果を集計したので報告する。

II. 対象および方法

日  時:2015年 11月 29日(日)

場  所:学校法人浪越学園日本指圧専門学校第3実技室

対  象:第 41回 礫川マラソン参加者中、指圧を受けかつアンケートで有効回答が得られた 10代~50代の男女(男性 23名、女性 7名)

評価方法:

 使用したアンケート用紙は、衞藤ら1)が第13回東京夢舞いマラソンボランティアアンケート報告で使用したものを用いた(図1、図競技終了後2)。A4版両面印刷のアンケート用紙を用い、施術前と施術後の疲労および痛みの度合いを 100mm(= 100ポイント)の長さの VAS(visual analogue scale)にて計測した。また、疲労を感じる部位並びに痛みを感じる部位を、身体イラストに丸印を記入するよう指示した。

施術方法:

 指圧は日本指圧専門学校学生有志が、ランナーの主訴に応じて 15~30分の間で浪越式基本指圧2)を行った。

図1.施術前アンケート用紙
図1.施術前アンケート用紙

図2.施術後アンケート用紙
図2.施術後アンケート用紙

III. 結果

 アンケートを集計した結果、VASにて疲労および痛みの度合いが減少したのは 30名中 30名(100%)であった。疲労および痛みの度合いが減少した平均ポイントは 40.9ポイントで、男性では 39.8ポイント、女性では 44.6ポイントであった。疲労および痛む部位でもっとも多かった回答は左大腿後面、次いで左下腿後面であった。尚、部位の回答は複数回答可のため、延べ 144箇所であった(表1)。

表1.左右の部位別主訴の件数
表1.左右の部位別主訴の件数

IV. 考察

 今回の疲労を感じる部位並びに痛みを感じる部位の結果は、衞藤ら1)の報告同様、右側と比較して左側に多かった。浅見ら3)は中・長距離の選手の脚力はほとんど左右差が認められないことを報告しており、加えて村田ら4)は、下肢では明らかな一側優位性が認められず、評価や治療の際、下肢の利き足を考慮する必要性が少ないことを示唆している。このことから、今回、左側の痛みを訴える件数が多かったのは、脚力の左右差や利き足の影響に由来するものとは考えづらい。しかし、本大会のマラソンコースは左回りであったことなど、左足に負荷をかける要素が見受けられたこともあり、それにより右側に比べて左側に疲労や痛みが多く出現した可能性が考えられる。

 また、今回すべての対象の自覚症状において改善が認められた。浅井ら5)の報告では、指圧により筋柔軟性の向上が認められており、15~ 30分の施術においても同様の効果が得られたと推察される。

 今回のボランティアにおいて、アンケート調査の重要性を再認識した。今後もさまざまな活動を通じて、アンケート調査を実施していきたい。また、アンケートの内容については今後、指圧学会において共通して使用できるものの作成を検討してはどうかと考える。

V. 結語

 第 41回礫川マラソン出場ランナーの 30名に対して指圧施術を行い、30名全てで疲労及び痛みの VASに改善が見られた。アンケートの結果、疲労及び痛みを感じる部位は左大腿後面が最も多かった。

参考文献

1)衞藤友親 他:東京夢舞いマラソン指圧ボランティア報告 ,日本指圧学会誌(1);p.31-34,2012
2)石塚寛:指圧療法学,p.78-126,国際医学出版,東京, 2008
3)浅見高明 他:スポーツ選手の一側優位性(左右差)の比較検討,筑波大学体育科学系紀要(4);p.99-109,1981
4)村田伸 他:上下肢の一側優位性に関する研究,西九州リハビリテーション研究(1);p.11-14, 2008
5)浅井宗一 他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果,東洋療法学校協会学会誌(25);p.125-129, 2001


【要旨】

礫川マラソン指圧ボランティアアンケート報告
小松 京介/本多 剛,金子 泰隆,大木 慎平

  平成 27年 11月 29日に文京区小石川で第 41回礫川マラソンが開催された。我々は本大会において、出場した 31名 (男性 24名、女性7名)のランナーに対しボランティアとして指圧施術をし、施術前後にアンケートを実施した。アンケートの内容は、疲労及び痛みの度合い を 100mmの長さの VASに記入し、疲労及び痛みを感じる部位に身体イラスト上で印をつける形式で設定した。施術方法は日本指圧専門学校学生有志がランナーの主訴に応じて 15〜 30分の間で浪越式基本指圧を行った。その結果、全てのランナーにおいて、疲労及び痛みの度合いを示す VASが施術後に改善した。また、疲労及び痛みを感じる部位で最も多かった回答は左大腿後面、次いで左下腿後面だった。VASの改善は、指圧による筋柔軟性の向上によるものであると推察される。

キーワード:マラソン、ランナー、アンケート、VAS、指圧


指圧治療の患者立脚型評価法について:大木慎平

大木 慎平
日本指圧専門学校専任教員

Patient-based Assessment for Shiatsu Treatment

Shinpei Oki

 

Abstract : Patient-based assessment, which evaluates subjective complaints in daily life, is useful for evaluating the effects of shiatsu treatment. Various organizations and associations are offering such evaluation tools, an d this report examines practical evaluation tools for clinical practice among the free resources available.

Keywords: shiatsu, subjective evaluation, patient-based assessment


I.はじめに

 日々の臨床で行われる治療効果の評価法としては、画像による姿勢などの評価や、関節可動域の測定1)など様々であるが、患者の自覚症状を評価する方法として患者立脚型評価法が挙げられる。患者の自覚症状の評価法としてはVisual Analog Scale(以下 VAS)がよく知られている。これは左端を「全くなし」、右端を「想像できる最高の程度」と設定した長さ 10cmの線上に、患者がどの程度の痛みや不快度を抱えているかを示してもらうという評価法である。また、VASに類似したものとして Numerical Rating Scale(NRS)というものもあり、こちらは症状の程度を0~ 10の 11段階で回答してもらう手法をとる2)。患者立脚型評価法はこれらの評価法を応用したもので、患者の自覚症状について回答してもらうという点で共通であるが、主に日常生活に関する質問項目で構成されているのが特徴である。  今回、実際の臨床で遭遇するケースが多いと思われる症例について適用可能な評価票を、簡略な解説・ダウンロード方法と併せて紹介していく。今回取り上げる評価票については、運用の利便性を考え無料で使用できるものに限った。これにより、本学会への症例報告のきっかけが生じれば幸いである。  なお、監修団体により「評価表」「評価法」などの表記の異同があるが、各団体 HPの表記に従った。

Ⅱ.方法

Ⅰ.運動器系評価尺度

A.患者立脚上肢障害評価表

DL:日本手外科学会HP(http://www.jssh.or.jp/)⇒医療関係者の皆様⇒出版物・お知らせ⇒患者立脚型機能評価質問表

 日本手外科学会監修の、上肢(腕、肩、手)の ADLにおける不自由度と疼痛の評価票である。「ビンのフタを開ける」「背中を洗う」などの ADLや、「腕・肩・手に痛みがある」「腕・肩・手にこわばり感がある」などの疼痛・機能に関する質問の 30項目からなり、追加項目にスポーツ・演奏など芸術活動に関する質問もある。短縮版に Quick-DASHもあり、そちらは11項目の質問で構成される。

B.患者立脚手関節評価表(PRWE-J)

DL:日本手外科学会 HP⇒医療関係者の皆様⇒出版物・お知らせ⇒患者立脚型機能評価質問表

 日本手外科学会監修の、手関節の痛み、機能、ADLなどに関する評価票である。「休んでいる時の痛み」「重いものを持ち上げる時の痛み」などの痛みに関する質問や、「ワイシャツのボタンをかける」などの機能・「ドアの取手を回す」動作に関する質問の全 15項目からなる。

C.患者立脚肘関節評価法(PREE-J)

DL:日本肘関節学会HP(http://www.elbow-jp.org/)⇒機能評価⇒患者立脚肘関節評価法のご案内

 MacDermid JCが開発した Patient-Rated Elbow Evaluation(PREE)3)を基に、日本肘関節学会・機能評価委員会が日本語版として作成した、肘の 痛み、機能、ADLに関する評価表である。質問項目は 20項目で PRWE-Jと共通のものも多いが、機能の項目に「重いものを引っ張る」「テニスボールのような小さなものを投げる」などが追加されている。

D.患者立脚肩関節評価法(Shoulder 36)

DL:日本肩関節学会 HP(http://www.j-shoulder-s.jp/)⇒各種機能評価法ダウンロード

日本整形外科学会及び日本肩関節学会監修の、肩関節の評価票である。「エプロンのひもを後ろで結ぶ」「患側の手でバスや電車のつり革につかまる」などの ADLを主とした 36項目の質問で構成され、肩関節の疼痛、可動域、筋力、健康感、ADL、スポーツ能力という6因子を評価できる。

E.日本整形外科学会股関節疾患質問票(JHEQ)

DL:日本股関節学会HP(http://hip-society.jp/)⇒ JHEQ日本整形外科学会股関節疾患評価質問票

 日本整形外科学会監修4)の股関節の評価表である。股関節機能の不満度、痛みに関するVASに加え、「椅子に座っている時に股関節に痛みがある」「動き出すときに股関節に痛みがある」などの疼痛誘発動作や、「浴槽の出入りが困難である」「靴下をはくことが困難である」などの ADLの困難度、さらに「股関節の病気のために、イライラしたり、神経質になることがある」「自分の健康状態に股関節は深く関与していると感じる」などの精神面に関する質問の全 20項目で構成される。

F.変形性膝関節症患者機能評価尺度(JKOM)

DL:日本運動器科学会HP(http://www.jsmr.org/)⇒関連情報⇒ JKOM質問紙

 日本整形外科学会、日本運動器リハビリテーション学会、日本臨床整形外科学会が開発した膝関節の評価票である5)。変形性膝関節症患者の膝の痛みに関する VASに加え、「朝起きて動き出すとき膝がこわばりますか」「日用品の買い物はどの程度困難ですか」などの ADLに関する質問や、「膝の痛みのため、普段のお稽古ごとや友達付き合いを控えましたか」「ご自分の健康状態は人並に良いと思いますか」といった社会参加への不安感、精神面に関する質問の全 25項目で構成される。

G.患者立脚型慢性腰痛症患者機能評価尺度(JLEQ)

DL:日本運動器科学会 HP ⇒関連情報⇒ JLEQ質問紙

 日本運動器科学会、日本整形外科学会、日本臨床整形外科学会が開発した評価票である6)。腰痛症患者の腰の痛みに関する VASに加え、「あお向けで寝ているとき腰が痛みますか」「前かがみになるとき腰が痛みますか」などの増悪動作や、「寝返りはどの程度困難ですか」「椅子や洋式トイレからの立ち上がりはどの程度困難ですか」などの ADLの障害度に加え、「この数日間、腰痛のため横になって休みたいと思いましたか」「腰痛はあなたの精神状態に悪く影響していると思いますか」などの精神面に関する質問の全 30項目で構成される。

H.ロコモ25、ロコモ5

DL:日本運動器科学会 HP⇒関連情報⇒ロコモ判定ツール「ロコモ25」「ロコモ5」長寿科学総合研究事業により策定された、ロコモティブシンドローム診断ツールである。

 「背中・腰・おしりのどこかに痛みがありますか」「下肢のどこかに痛みがありますか」といった身体の疼痛や、「家の中を歩くのはどの程度困難ですか」「シャツを着たり脱いだりするのはどの程度困難ですか」などの ADLの困難度、「親しい人や友人とのおつき合いを控えていますか」「先行き歩けなくなるのではないかと不安ですか」などの社会参加への精神的な不安に関する質問の全 25項目の質問で構成される。

 患者立脚型評価法は患者自身による回答が原則だが、ロコモ 25は質問表の特性上、対象が高齢者に限られるため、25問の回答が完遂できないケースも考えられる。そのため、質問項目を5問まで絞った簡易版としてロコモ5が用意されている。

Ⅱ.不定愁訴系評価尺度

A.自覚症しらべ

DL:産業疲労研究会HP(http://square.umin.ac.jp/of/)⇒調査票ダウンロード⇒自覚症しらべ

 産業疲労研究会監修の疲労状況の測定指標である7)。質問内容は非常に簡素で、「ねむい」「あくびが出る」などのねむけ感、「不安な感じがする」といった不安定感、「考えがまとまらない」「頭がおもい」「気分が悪い」などの不快感、「腕がだるい」「足がだるい」などのだるさ感、「目がしょぼつく」「目がかわく」などのぼやけ感の計5因子が測定できる全 25項目で構成される。

B.起床時睡眠感調査票(OSA-MA)

DL:日本睡眠改善協議会HP(http://www.jobs.gr.jp/)⇒インフォメーション⇒ OSA睡眠調査票 MA版

 睡眠改善協議会監修の起床時の睡眠内省を評価する心理尺度である8)。「集中力がある」「頭がはっきりしている」などの起床時眠気、「寝付きがよかった」「睡眠中に目が覚めなかった」などの入眠と睡眠維持、「悪夢が多かった」「しょっちゅう夢を見た」などの夢み、「疲れが残っている」「身体がだるい」などの疲労回復に加え、睡眠時間の5因子が測定できる全 16項目の質問で構成される。スコアの算出には付属の睡眠内省特典変換用 MS-Excelシートを使用する。

C.ドライアイ QOL問診票(DEQS)

DL:ドライアイ研究会HP(http://www.dryeye.ne.jp/)⇒医師・医療従事者の方⇒研究⇒ドライアイ QOL問診票

 ドライアイ研究会と参天製薬株式会社により共同開発された質問票である9)。「目がゴロゴロする(異物感)」「目を開けているのがつらい」「目の症状のため気分が晴れない」など全 15項目の質問で構成され、ドライアイの症状、日常生活への影響、精神面を含めた QOLが評価可能である。

D.日本語版便秘評価尺度(CAS)

 様式はダウンロード出来る形式にないので、引用文献を参考にしていただきたい。

 これは、McMillanらが開発した便秘評価尺度10)をもとに、日本語版として深井らが作成した便秘評価尺度である11)。腹部膨満感、排ガス量、排便痛、便の量など8つの質問に0~2点の3段階で回答する形式になっており、16点満点で、点数が高いほど便秘傾向が強いことを示す。

Ⅲ.結語

 今回は入手が容易なものに限定して紹介したため、対象疾患によっては上述の評価票以外のものも無数に存在する。また、今回紹介した評価票は学術目的の使用は基本的に無料だが、制作者の許諾や引用文献の記載が必要となる場合もあるので、使用に際しては必ず手引や説明書を参照されたい。

 理学療法診療ガイドライン12)によると、運動器系の疾患では患者立脚型評価は高い推奨グレードが示されており、疼痛評価や健康関連QOLの指標として有効であることが示されている。日々の臨床では他覚的評価と自覚的評価の変動は必ずしも相関するとは限らず、角度計を用いた機能検査や、画像を用いたアライメント検査などの他覚的評価では拾いきれない、疼痛性状や ADLなど患者の自覚的評価の改善を認知できる患者立脚型評価法は、非常に有用であると考える。

 また、治療データを数値化して残しておくことができ、症状の変化が視覚的にわかりやすくなるのも大きな利点である。私見ではあるが、臨床で蓄積したデータを元に、一人でも多くの指圧師が症例報告を発表していけるようになればと願うばかりである。

参考文献

1)黒澤一弘:フリーウェアを用いた姿勢分析並びに関節可動域測定 ,日本指圧学会誌(1);14-20,2012
2)日本ペインクリニック学会HP:痛みの評価法 http://www.jspc.gr.jp/gakusei/gakusei_rank.html
3) MacDermid JC:Outcome evaluation in patients with elbow pathology: Issues in instrument development and evaluation, J Hand Ther(14), p.105-114, 2001
4) Tadami Matsumoto, Ayumi Kaneuji, Yoshimitsu Hiejima, etal:Japanese Orthopaedic Association Hip -Disease Evaluation Questionnaire(JHEQ): a patient-based evaluation tool for hip-joint disease. The Subcommittee on Hip Disease Evaluation of the Clinical Outcome Committee of the Japanese Orthopaedic Association, J Orthop Sci 17(1), p.25-38, 2012
5)赤居正美、岩谷力、黒澤尚 他:疾患特異的・患者立脚型変形性膝関節症患者機能評価尺度:JKOM(Japanese Knee Osteoarthritis Measure),日本整形外科学会誌(80),p.307-315,2006
6)白土修,土肥徳秀,赤居正美 他:疾患特異的・患者立脚型慢性腰痛症患者機能評価尺度;JLEQ(Japan Low back pain Evaluation Questionnaire),日本腰痛会13,p.225-235, 2007
7)酒井一博:日本産業衛生学会産業疲労研究会撰「自覚症しらべ」の改訂作業2002,労働の科学(57),p.295-298,2002
8)山本由華吏, 田中秀樹 , 高瀬美紀 他 :中高年・高齢者を対象とした OSA睡眠感調査票(MA版)の開発と標準化 ,脳と精神の医学(10),p.401-409, 1999
9) Yuri Sakane, Masahiko Yamaguchi, Norihiko Yokoi, et al:JAMA Ophthalmol,131(10), p.1331-1338, 2013
10)McMillan, et al:Validity and reliability of the constipation assessment scale, Cancer Nursing, 12(3),p.183-188, 1989
11)深井喜代子 他:日本語版便秘評価尺度の検討 ,看護研究28(3),p.209-216,199512)日本理学療法士協会:理学療法診療ガイドライン第1版(2011),p.38-45,p.296-298  http://jspt.japanpt.or.jp/upload/jspt/obj/files/ guideline/00_ver_all.pdf


【要旨】

指圧治療の患者立脚型評価法について
大木 慎平

 治療効果の評価法として、日常生活上での自覚症状を評価する患者立脚型評価法がある。評価に用いる尺度は様々な団体から提供されているが、ここでは無料で使用できるものに限定し、日々の臨床に応用可能と思われるものを紹介する。

キーワード:指圧、自覚的評価、患者立脚型評価法


Applied Abdominal Shiatsu

Michiko Kuroda
Japan Shiatsu CollegeShiatsu instructor

Report on Shiatsu Overseas

In order to promote the international spread of shiatsu, a therapy developed in Japan, the Namikoshi Academy • Japan Shiatsu College sends instructors to Vancouver, Canada once a year to provide practical guidance. In 2015, Japan Shiatsu College instructor Michiko Kuroda delivered a presentation to instructors of the Canadian College of Shiatsu Therapy and therapists at the Japan Shiatsu Clinic on the theme of applied abdominal shiatsu. Below is the report submitted by Ms. Kuroda on her presentation.


 On September 26, 2015 I delivered a lecture to the staff of the Japan Shiatsu Clinic. At the Japan Shiatsu Clinic, operated by Japan Shiatsu College graduate Kiyoshi Ikenaga, many students of different nationalities engage in study of anatomy, physiology, and the fundamentals of Namikoshi shiatsu. Although I attended as an instructor, I myself learned much from the experience. Following is the content of the lecture I delivered.

1.Introduction

 The abdomen is a region for which significant therapeutic effect can be expected from shiatsu, but which can be challenging to treat.

 Here, using standard Namikoshi abdominal shiatsu as a base, I would like to examine the topic from the perspective of both Western and Eastern medicine, with the hope of encouraging you to more actively employ abdominal shiatsu in your treatments.

2.Standard Namikoshi abdominal shiatsu

 Research by the Shiatsu Therapy Research Lab at the Namikoshi Institute has shown that abdominal shiatsu, a distinguishing characteristic of Namikoshi shiatsu, affects the autonomic nervous system to slow cardiac pulse, lower blood pressure, increase muscular blood flow, stimulate gastrointestinal peristalsis, and reduce pupil diameter, as well as having an effect on the musculoskeletal system (Fig. 1).

 In addition, the rectus abdominis and iliopsoas muscles can also be treated, making the abdominal region an extremely important area for treating lumbar pain.

Fig 1. Standard order of abdominal shiatsu
Fig 1. Standard order of abdominal shiatsu

Fig. 2. Effect of rectus abdominis and iliopsoas hypertonus on pelvic angle and lumbar spinal curvature
Fig. 2. Effect of rectus abdominis and iliopsoas hypertonus on pelvic angle and lumbar spinal curvature

3.Western medical perspective: an anatomical approach

 As mentioned previously, abdominal shiatsu can be highly effective for both regulating the autonomic nervous system and treating lumbar pain. Now let’s examine the effect of tension in the abdominal muscles on posture.

 As shown in Fig. 2, hypertonus in the rectus abdominis and iliopsoas has a significant effect on pelvic angle and lumbar spinal curvature.

 Next, I would like to consider how to approach the psoas major from the abdominal region. Whereas the rectus abdominis is a superficial muscle, the psoas major is deep. Therefore the key to treating the psoas major muscle is to have a clear image of its origin, insertion, and path.

Iliopsoas (Fig. 3)


Origin:
 Vertebral bodies and intervertebral discs, Th12-L5 (superficial head)
 Transverse processes of all lumbar vertebrae (deep head)
Insertion:Lesser trochanter of the femur
Innervation: Femoral nerve (L1~L4)
Actions: flexion of hip joint; anterior pelvic tilt
Test: Thomas test (flexion contracture of hip joint)

Fig. 3. Iliopsoas
Fig. 3. Iliopsoas

Actions of the iliopsoas (Fig. 4)

(1) When pelvis and lumbar vertebrae are fixed
 → Flexion of hip joint
(2) When femur is fixed
 → Lumbar lordosis; anterior pelvic tilt

Fig. 4. Actions of the iliopsoas
Fig. 4. Actions of the iliopsoas

Illustration of rectus abdominis and iliopsoas

Illustration of rectus abdominis and iliopsoas

Factors to consider during pressure application
(1) Recipient’s posture

  • Recipient’s hip and knee joints should be flexed, with thoracic breathing
  • (2) Have a clear objective

  • Apply shiatsu to 20 points and small intestine points using 2-thumb pressure
  • Have clear image of location of targeted muscles and adjust depth of pressure accordingly
  • 4.Eastern medical perspective: abdominal diagnosis

    What is abdominal diagnosis?
    Abdominal diagnosis involves assessing the patient’s physical condition through palpation of the abdomen to detect stiffness or tension in the abdominal wall, resistance or pain when pressure is applied, watery sounds in the organs, and so on.
    In Western medicine, the main objective of abdominal palpation is to determine the condition of the organs from outside the abdominal wall; but in Eastern medicine, abdominal diagnosis is used to determine the quantity of healthy ki, which provides resistance to disease, along with the qualities of ki, blood, and body fluids, based on tension, stiffness, and indurations in the abdominal skin and muscles.

    In abdominal diagnosis, responses specific to each area are examined

    In abdominal diagnosis, responses specific to each area are examined

    Typical responses

    Typical responses

    Incorporating abdominal diagnosis into abdominal shiatsu
    (1) Recipient’s posture

  • Recipient’s lower limbs should be extended, with abdominal breathing
  • (2) Objective

  • Perform abdominal diagnosis and treatment during the palm pressure series
  • Perform treatment and observe reactions while treating 20 points and small intestine points
  • 5.Conclusion

     For this lecture, my motivation for addressing abdominal shiatsu was to focus on treatment of lumbar pain via shiatsu to the rectus abdominis and psoas major muscles and also to introduce abdominal diagnosis. Of course, when treating an actual patient, it is necessary to evaluate not just the abdominal region, but the quadriceps femoris, hamstrings, and other muscles as well, and conduct a thorough diagnosis that includes listening, observation, and interview techniques in addition to abdominal diagnosis.
     It is my hope that you will keep these techniques in mind as another perspective from which you can assess your patients and as a means of understanding their condition.

    References

    1. Collected Reports of The Shiatsu Therapy Research Lab 1998-2012, Japan Shiatsu College (in Japanese)
    2. Purometeus kaibogaku atorasu kaibogaku soron undokikei. Igaku shoin (in Japanese)
    3. Toyoigaku kihonto shikumi. Seitosha (in Japanese)


    応用腹部指圧:黒田美稚子

    黒田美稚子
    日本指圧専門学校専任教員

    海外指圧レポート 

    学校法人浪越学園 日本指圧専門学校では、日本発祥の指圧療法を海外へ普及すべく、年に一度カナダ(バンクーバー)へ教員を派遣し、技術指導を行っている。  平成27年度は、日本指圧専門学校 常勤教員 黒田美稚子先生が派遣され「応用腹部指圧」というテーマでCanadian College of Shiatsu TherapyのインストラクターおよびJapan Shiatsu Clinicのセラピストに対して指導に当たった。  以下講師を務められた黒田美稚子先生よりご提出いただいたレポートを掲載する。


    1.はじめに

     腹部指圧は高い治療効果が期待できる一方で難易度の高い部位でもある。今回は、浪越式腹部基本指圧をベースに西洋医学、東洋医学それぞれにおけるひとつの視点を提示し、腹部指圧を積極的に治療に取り入れていただくきっかけを作ることができたら幸いである。

    2.浪越式腹部基本指圧

     浪越式指圧の特徴である腹部指圧は、自律神経への作用として心拍数の減少、血圧の低下、筋血流量の増加、消化管蠕動運動の促進、瞳孔直径の縮小、また、筋骨格への影響としては仙骨傾斜角度の増加が浪越学園指圧研究会の研究により明らかにされている(図1)。

     さらに、腹直筋および大腰筋へのアプローチも可能であることから腰痛治療に非常に効果の高い部位でもある。

    図1.腹部指圧基本手順図1.腹部指圧基本手順

    3.西洋医学的視点から結果
     ~解剖学的アプローチ~

     前述したように、腹部指圧は自律神経調整、また腰痛治療に高い効果が期待できる。そこで今回は腹部の筋緊張が姿勢に与える影響を考えたい。
    図2のように、腹直筋、腸腰筋の過緊張が骨盤の傾斜および腰椎の弯曲に与える影響は大きい。

    図2.腹直筋、腸腰筋の過緊張が骨盤の傾斜および腰椎の弯曲に与える影響図2.腹直筋、腸腰筋の過緊張が骨盤の傾斜および腰椎の弯曲に与える影響

     そこで次に、腹部からの大腰筋へのアプローチの仕方を考えたい。腹直筋が浅層にあるのに対し大腰筋は深部に存在する。そのため、起始停止や走行のイメージを明確に持って押圧することが大腰筋へのアプローチの鍵となる。

     腸腰筋(図3)

    vol4_07fig3図3.腸腰筋


    [起  始] (浅頭)Th12~L5の椎体ならびに椎間板
          (深頭)すべての腰椎の肋骨突起
    [停  止] 大腿骨小転子
    [支配神経] 大腿神経(L1〜L4)
    [作  用] 股関節の屈曲、骨盤の前頚
    [検  査] トーマステスト(股関節屈曲拘縮)

    腸腰筋の作用(図4)

    図4.腸腰筋の作用図4.腸腰筋の作用

    ①骨盤・腰椎を固定した時
     →股関節屈曲
    ②大腿骨を固定した時
     →腰椎前弯、骨盤前傾

    腹直筋および腸腰筋のイメージ

    vol4_07fig5図 5.腹直筋および腸腰筋のイメージ

    押圧時の注意点
    ①受け手の姿勢
     股関節膝関節を屈曲した仰臥位で胸式呼吸
    ②目的を明確にする
     ・ 腹部20点圧および小腸部において両母指圧で押圧する。
     ・ ターゲットとする筋を明確にし、それに応じた深さで圧を加える。

    4.東洋医学的視点から  ~腹診~

    腹診とは
    お腹を触って、腹壁の硬さや張り具合、押さえた時の抵抗や圧痛、内臓の水の音などの特徴を探って体の状態を調べる診断法。
    西洋医学では、腹壁の上から腹部の内臓の様子を探るのが主な目的だが、東洋医学の腹診では、腹部の皮膚や腹筋の張り、硬さ、しこりの有無などから、病気への抵抗力である正気の充実度や気・血・津液の状態を把握し、五臓の不調を推察することを目的とする。

    腹診では各部位特有の反応を診る

    vol4_07fig6図6.腹診では各部位特有の反応を診る

    代表的な反応

    vol4_07fig7図7.腹部の代表的な反応

    腹診を腹部指圧に取り入れる
    ①受け手の姿勢
    下肢を伸ばした仰臥位で胸式呼吸
    ②目的をもつ
    ・ 「の」の字型掌圧時に腹診及び治療
    ・ 腹部20点圧および小腸部において治療及び反応観察

    5.結論

     今回、腹部指圧を用いるきっかけとして腹直筋および腸腰筋への指圧による腰痛治療、また腹診の紹介をしたが、実際患者を診るにはもちろん腹部だけでなく大腿四頭筋やハムストリングスの評価、腹診のほかに聞診、望診、問診を行い総合的に診断する必要がある。
     身体を診るひとつの視点として頭の片隅に置いていただき、患者の状態を把握するための一つの手段にしてほしい。

    参考文献

    1) 指圧研究会論文集Ⅱ1998-2012,日本指圧専門学校
    2) プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系,医学書院
    3) 東洋医学 基本としくみ,西東社


    ロコモティブシンドローム予防のために〜 運動実践へ向けたトランスセオレティカルモデル(TTM)の活用 〜:黒澤一弘

    黒澤一弘
    日本指圧専門学校専任教員

    Prevention of Locomotive Syndrome
    – Trance Theoretical Model (TTM) for Physical Activity in Practice –

    Kazuhiro Kurosawa

    Abstract : Regular exercise is the most effective way to prevent locomotive syndrome. Here we discuss basic knowledge about locomotive syndrome and a psychological approach which encourages patients to exercise regularly.


    I.健康寿命をのばすには

    -関節・運動器疾患の予防の重要性-

     2012年の日本人の平均寿命は男女ともに前年より延び、女性は0.51歳延びて86.41歳、男性は0.50歳延びて79.94歳となった(図1)1)。女性は2年ぶりに世界1位の座に返り咲き、男性も過去最高を記録した。

    図1.日本人の平均寿命の推移図1.日本人の平均寿命の推移1)

     しかし、日常生活を健康的に制限なく生活できる健康寿命は女性で73.62歳、男性で70.42歳2)であり、平均寿命と健康寿命の差は女性では約12年、男性では約9年以上となっている(図2)。この期間は日常生活に制限のある「不健康な期間」であり、要支援や要介護を必要とする期間が含まれる。

    図2.平均寿命と健康寿命の差(2010年)図2.平均寿命と健康寿命の差(2010年)

     また、要支援・要介護となる原因をみた場合、 要介護ではに脳卒中の割合が24.1%と最も多いが、要支援では関節疾患と骨折・転倒を合わせた運動器疾患が32.1%と最も多くなっている。(図3)3)。従って、要支援状態となることを防ぐには運動器疾患の予防が重要となる。

    図3.要支援・要介護の原因における 運動器疾患の割合(2010年)図3. 要支援・要介護の原因における運動器疾患の割合(2010年)

    Ⅱ.ロコモティブシンドロームの基礎知識

    II-1.ロコモティブシンドロームとは

     ロコモティブシンドローム(ロコモ)は運動器症候群とも言われ、加齢に伴う筋力の低下や関節疾患、骨粗鬆症などにより、運動器の機能が低下して、要介護や寝たきりとなるリスクが高い状態を示している4)。予防医学を促進する観点から、2007年に日本整形外科学会が提唱した症候群で、厚生労働省の施策のもと予防啓発が行われている。

    II-2.ロコチェックとロコトレ

     ロコモティブシンドロームが提唱された主要コンセプトは、高齢者自らによるセルフチェックとセルフトレーニングである。一般の方々が簡便に日常生活の状況から運動機能を自己評価し、予防・改善の対策をたてるという目的で7つの質問からなる「ロコモーションチェック(ロコチェック)」が設定された5)。ロコチェックの7つの項目すべてが運動器の機能低下を示しており、少なくともひとつ当てはまる項目があった場合に「ロコモ」である可能性がある5)。

    図 4. ロコチェック図 4. ロコチェック

     運動機能の低下が認められる高齢者では、下肢筋力が弱く、片足立ち時間が短いという特徴がある。よってロコチェックで陽性となった対象者が行うセルフトレーニングとして片足起立訓練とスクワットを中心とした「ロコモーショントレーニング(ロコトレ)」が推奨されている5)。ロコモパンフレットでは、「ロコトレはたった2つの運動です。毎日続けましょう!」と記載されている。安全性の高い簡便な方法で、高齢者が毎日続けられることを目的としたトレーニングである。

    図5.ロコトレ図5.ロコトレ

    II-3.ロコモ度テスト

     「(7つの)ロコチェック」は、ロコモの危険性に気付く簡便な自己チェックのツールとして広く活用されてきたが、一方で国民全体の運動器の健康を目指すために、より幅広い年齢層に対して、現在または将来のロコモの危険性を判定するための指針が必要とされ、日本整形外科学会は2013年に新たに20代から70代までの世代ごとのロコモの危険性を判定する方法として、「ロコモ度テスト」5)を策定した。

     ロコモ度テストは、①立ち上がりテスト(下肢筋力)、②2ステップテスト(歩幅)、③ロコモ25(身体状態・生活状況の評価)の3つのテストを行い、その結果を年齢平均値と比較することにより、年齢相応の移動能力を維持しているかを判定する。もし年齢相応の移動能力に達していない場合、将来ロコモになる危険性が高いと考えられる。

    ①立ち上がりテスト

     片脚または両脚で立ち上がる脚力を測定。

    ■立ち上がりテストの測定方法

    図6.立ち上がりテスト図6.立ち上がりテスト

    1. 10、20、30、40cmの台を用意する。まず40cmの台に両腕を組んで腰かける。このとき両脚は肩幅くらいに広げ、床に対して脛(すね)がおよそ70度(40cmの台の場合)になるようにして、反動をつけずに立ち上がり、そのまま3秒保持する。
    2. 40cmの台から両脚で立ち上がれたら、片脚でテストをする。(1)の姿勢に戻り、左右どちらかの脚を上げる。このとき上げたほうの脚の膝は軽く曲げる。反動をつけずに立ち上がり、そのまま3秒保持する。
    3. (2)で左右ともに片脚で立ち上がることができれば、成功とみなす。
    4. (2)で左右どちらかの脚で立ち上がることができない場合、失敗とみなす。10cmずつ低い台に移り、両脚で立ち上がれるかを測る。

    ※無理をしないように気をつける。
    ※膝に痛みが起きそうな場合は中止する。
    ※反動をつけると、後方に転倒する恐れがある。

    ■立ち上がりテストの判定方法 

     測定結果を各年代での立ち上がれる台の高さの目安(表1)と比較し、同等もしくはそれより良い場合は年代相応の脚力を維持していると判定する。また立ち上がり能力によるスポーツレベルを図8に示した6)。

    表1.各年代での立ち上がれる台の高さの目安表1.各年代での立ち上がれる台の高さの目安

    図7.各年代での立ち上がれた台の高さの割合図7.各年代での立ち上がれた台の高さの割合

    図8.立ち上がり能力によるスポーツレベル図8.立ち上がり能力によるスポーツレベル

    ②2ステップテスト 

     歩幅を測定することで、歩行能力を判定する。歩幅は歩行速度に密接に関係しているため、歩幅の現象は歩行速度の低下を意味する。

    ■2ステップテストの測定方法 

    1. スタートラインを決め、両足のつま先を合わせる。
    2. できる限り大股で2歩歩き、両脚を揃える。(バランスをくずした場合は失敗とする。)
    3. 2歩分の歩幅(最初に立ったラインから、着地点のつま先まで)を測る。
    4. 2回行って、良いほうの記録を採用する。
    5. 以下の計算値で2ステップ値を算出する。2歩幅(cm)÷身長(cm)=2ステップ値

    ※介助者のもとで行う。
    ※滑りにくい床で行う。
    ※準備運動をしてから行う。
    ※バランスを崩さない範囲で行う。
    ※ジャンプしてはならない。

    図9. 2ステップテスト図9. 2ステップテスト

    ■2ステップテストの判定方法 

     2ステップ値が世代別平均値(表2)の範囲内かそれより良い場合は年代相応の歩幅を維持しているが、平均値より低下している場合は年齢相応の歩行能力が保たれていない可能性が高い。

    表2.2ステップテスト値の世代別平均値表2.2ステップテスト値の世代別平均値

    ■2ステップテストと日常生活自立度の関係 

     障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準(表3)を以下に示す7)。

    表3.障害高齢者の日常生活自立度判定基準表3.障害高齢者の日常生活自立度判定基準

     村永ら8)によれば、2ステップ値と日常生活自立度の関係で、公共交通機関を自立して利用できるJ-1群では2ステップ値は1.26±0.20(n=166)、隣近所の歩行自立のJ-2群では0.76±0.23(n=21)、さらに外出に介助を要するA-1群では0.52±0.20(n=16)となり、2ステップ値の低下が日常生活自立度の低下と有意に結びついていることが示されている。

    図10.2ステップ値と日常生活自立度の関係図10.2ステップ値と日常生活自立度の関係

     また2ステップテストの値は10m歩行速度や6分間歩行距離とも有意な正の相関が示されており8)、診療室や在宅といった狭い空間でも歩行能力を簡便に推定できることが確認されている。この評価を用いることで、自立した生活を維持するための指導に役立てることができる。

    ③ロコモ25 

     ロコモ25は1ヶ月間の間の身体の痛みや日常生活で困難なことを聞く25問よりなる自記式質問表で、原則として本人が記入する。また、普段行っていない事項については、仮に行うとすればどうであるかで回答してもらう。たとえば、電車やバスを全く使用していない場合には、使用した場合を想定した回答を記入してもらうことで、回答の欠損がないように留意する。

    図11.ロコモ25図11.ロコモ25

    ■ロコモ25の判定方法 

     各回答の左端から0点、1点、2点、3点、4点とし、25問の回答結果を単純加算する。障害なし0点−最重症100点となる。ロコモ25の合計点が各年代の平均値(図12)の値に入っている場合、及びそれより良い場合、年代相応の身体の状態、生活状況であると判定する。

     また、16点以上はロコモと判定できるカットオフ値である。このロコモ25の結果は統計解析に使用でき、介入研究の効果判定ツールとしても使用できる。

    図12.ロコモ25の年代別平均値図12.ロコモ25の年代別平均値

     以上の3つのロコモ度テストの結果で、1つでも年代相応の平均に達しない場合は、将来ロコモとなる可能性が高いと考えられる。

    ■ロコモ度テストの参考WEBサイト 

     ①立ち上がりテストや、②2ステップテストの動画や資料などはロコモチャレンジ!推進協議会のサイトで閲覧できる。また③ロコモ25の質問がブラウザでオンラインでチェックでき、すぐに判定できるので簡便に利用できる。

    ロコモ25|ロコモチャレンジ! 
    https://locomo-joa.jp/check/test/

     また、日本運動器科学会のサイトでは、ロコモ25の質問紙をダウンロードでき、またエクセルによる点数計算表も公開されている。

    日本運動器科学会 
    http://www.jsmr.org/news.html

    III.健康日本21(第二次)と身体活動基準2013に基づいた運動指導について

    III-1.健康日本21とは

     厚生労働省は2000年に「21世紀の我が国を、すべての国民が健やかで心豊かに生活できる活力ある社会とする」ことを目的に「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」を作成した。これには「栄養・食生活」、「身体活動・運動」、「休養・こころの健康づくり」、「たばこ」、「アルコール」、「歯の健康」、「糖尿病」、「循環器病」、「がん」について70項目にわたる具体的な数値目標を設定されている。さらに健康日本21を推進していくための法的整備として2002年に「健康増進法」が制定された。この健康日本21の2010年までの成果を評価した上で、厚生労働省は次期健康づくり運動である「健康日本21(第二次)」を2013年4月にスタートさせた。ロコモティブシンドロームの予防の重要性が認知されれば、個々人の行動変容が期待でき、国民全体としての運動器の健康が保たれ、介護が必要となる国民の割合を減少させることが期待できるという観念から、ロコモティブシンドロームを認知している国民の割合を増加させることが「健康日本21(第二次)」の具体的な数値目標として設定された10)。

     また、この「健康日本21(第二次)」を達成するためのツールとして、厚生労働省から2013年3月に「健康づくりのための身体活動基準2013」および「健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)」が発表された11)。身体活動基準2013では身体活動の増加でリスクを低減できるものとして、従来の糖尿病・循環器疾患に加えて、がんやロコモティブシンドローム・認知症が含まれることが明確化されている。また、子供から高齢者までの身体活動の基準が検討され、保健指導で運動指導を安全に推進するために具体的な判断・対応の手順が示されている。

    表4.身体活動基準2013の概要表4.身体活動基準2013の概要

    III-2.健康づくりのための身体活動基準2013

     将来、生活習慣病や運動器の不調のリスクを低減させるために、個人にとって達成することが望ましい身体活動の基準が定められている(表4)。以下、年齢別にこの数値の具体的な根拠などについて記す12)。

    ■18〜64歳の基準 

    ①身体活動量の基準(日常生活で体を動かす量の考え方)

    『強度が3メッツ以上の身体活動を23メッツ・時/週行う。 具体的には、歩行又はそれと同等以上の強度の身体活動を毎日60分行う。』

     日本人の身体活動量の平均は概ね15〜20メッツ・時/週であるが、この身体活動量では生活習慣病および生活機能低下のリスク低減の効果は統計学的に確認できなかった。一方、身体活動量が22.5メッツ・時/週より多い者では、生活習慣病および生活機能のリスクが有意に低かった12)。

    図14.生活活動のメッツ表図14.生活活動のメッツ表

    ②運動量の基準(スポーツや体力づくり運動で体を動かす量の考え方)

    『強度が3メッツ以上の運動を4メッツ・時/週行う。具体的には、息が弾み汗をかく程度の運動を毎週60分行う。』

     少なくとも2.9メッツ・時/週の運動量があれば、ほぼ運動習慣のない集団と比較して、生活習慣病および生活機能低下のリスクは12%低かった。また10.6メッツ・時/週の運動量ではリスクは14%低下し、31.3メッツ・時/週の運動量ではリスクは18%低下することが示されている12)。

    図13.運動のメッツ表図13.運動のメッツ表

    ③体力(うち全身持久力)の基準

    『下表に示す強度での運動を約3分継続できた場合、基準を満たすと評価できる。』

    体力(うち全身持久力)の基準表中の()内は酸素摂取量(VO2)を示す

     生活習慣病および生活機能低下のリスクの低減効果を高めるには、身体活動量を増やすだけでなく、適切な運動習慣を確立させ体力を向上させる取り組みが必要である。

     この全身持久力に関する基準値により現在の体力の評価を行うことができる。10.0メッツの強度の運動(ランニングなら10km/時)の速度で3分間以上継続できるのであれば、「少なくとも40〜59歳男性の基準値に相当する全身持久力がある」とい判断できる。

     また、また全身持久力を増加させるためには、基準値の50〜75%の強度の運動を習慣的に(1回30分以上、週2日以上)行うことが効率適である。この基準値を用いることで至適なトレーニング強度の設定が容易となる。例えば、50歳の男性の場合、5メッツ(10.0メッツの50%)を推奨することができる。

    ※ 最大酸素摂取量(VO2max):全身持久力の体力指標となり、単位時間あたりに生体が酸素を取り込むことができる最大量。この値が大きいほど「全身持久力が優れている」と評価され、単位時間あたり体重1kg当たりの酸素摂取量で評価する。最大酸素摂取量(VO2max)はトレッドミルなどを利用して負荷を上げていき、計測するが。3分程度全力で継続して疲労困ぱいになるような運動中に最大酸素摂取量が観察されることが多いが、あくまで測定上の指標であり、望ましい運動量の目標値でないことに注意する。

    ※ メッツは安静時における酸素摂取量(3.5ml/kg/分)を1メッツとし、この2倍を2メッツ、3倍を3メッツとする。

    ■65歳以上の基準

    『強度を問わず、身体活動を10メッツ・時/週行う。具体的には横になったままや座ったままにならなければ、どんな動きでもよいので、身体活動を毎日40分行う。』

     65歳以上を対象とした調査で、3メッツ未満も含めて身体活動量が10メッツ・時/週の群では、最も身体活動量の少ない群と比較して、リスクが21%低かった。高齢者がより長く自立した生活を送るためには、運動器の機能を維持する必要がある。高齢者は骨粗鬆症による易骨折性と変形性関節症による関節の障害が合併しやすく、またロコモティブシンドロームやサルコペニア(加齢に伴う筋量・筋力の減少)により要介護状態となるリスクが高まることが指摘されている。これらは加齢を基盤に、身体活動不足が寄与していることから、高齢者においては特に、身体活動不足に至らないように注意する基準が必要として作成された12)。

     なお、本基準は高齢者の身体活動不足を予防することを主眼において設定されたものであるが、可能であれば高齢者においても3メッツ以上の運動を含めた身体活動に取り組み、身体活動量の維持向上を目指すことが望ましい。

    3メッツ未満の生活活動・運動の例

    • 皿洗いをする(1.8メッツ)
    • 洗濯をする(2.0メッツ)
    • 立って食事の支度をする(2.0メッツ)
    • こどもと軽く遊ぶ(2.2メッツ)
    • 時々立ち止まりながら買い物や散歩をする(2.0〜3.0メッツ)
    • ストレッチングをする(2.3メッツ)
    • ガーデニングや水やりをする(2.3メッツ)
    • 動物の世話をする(2.3メッツ)
    • 座ってラジオ体操をする(2.8メッツ)
    • ゆっくりと平地を歩く(2.8メッツ)

    ■全ての世代に共通する方向性 

    ①身体活動の方向性

    『現在の身体活動量を、少しでも増やす。例えば、今より毎日10分ずつ長く歩くようにする。』

     身体活動量と生活習慣病および生活機能低下のリスクとの量反応関係を解析した結果によると、身体活動量が1メッツ・時/週増加するごとに、リスクが0.8%減少することが示唆された。これは1日の身体活動量の2〜3分の増加により0.8%、10分で3.2%のリスク軽減が期待できる。

     身体活動量は個人差が大きく、現在の身体活動量が少ない人に対して、直ちに身体活動量23メッツ・時/週という基準を達成することを求めるのは現実的ではなく、むしろ身体活動に対する消極性を強めてしまう可能性も考えられる。よって科学的根拠に基づく量反応関係を基準として、個人差に配慮し当項目が設定された。特に歩数は日常的に測定評価できる身体活動量の客観的指標であり、歩数の増加が健康日本21(第二次)の目標項目として設定されていることも踏まえ、「今より毎日10分ずつ歩くようにする」と表現された。

    ②運動の方向性

    『運動習慣をもつようにする。具体的には、30分以上の運動を週2回以上行う。』

     運動習慣をもつことで、生活習慣病や生活機能低下のリスク低減効果が高まるのみならず、全身持久力や体力の維持向上、また高齢者においてはロコモティブシンドロームや軽度認知障害の改善が期待できるとの科学的根拠を踏まえて、全ての世代において運動習慣を有することが望ましい。また他の運動実践者を見かける機会が多いと、自らの運動の実践にもつながりやすく、運動習慣を有する者が家族や職場の同僚などを運動の実践に誘うという好ましい影響もある。

    III-3.運動指導の可否を判断する際の留意事項

     心臓疾患や脳卒中、腎臓疾患等の重篤な合併症がある患者では、メリットよりもリスクが大きくなる可能性がある。具体的なリスクとしては、過度な血圧上昇、不整脈、低血糖、血糖コントロールの悪化に加え、心不全、脳卒中等の生命に関わる心血管事故が挙げられる12)。

     したがって、生活習慣病患者が積極的に身体活動を行う際には、かかりつけの医師などに相談し、生活習慣の改善に取り組みつつ、必要に応じて薬物療法を受ける必要がある。  ここでは、血糖・血圧・脂質のいずれかについて保健指導判定値以上であったが、すぐには受診を要しないレベル(保健指導レベル)の対象者に対して運動指導を行う際に留意すべき事項とその判断の手順を示す。

    【手順1】

     対象者が現在、定期的に医療機関を受診しているかどうかを確認する。受診している場合には、身体活動(生活活動・運動)に際しての注意や望ましい強度などについて、かかりつけの医師に相談するよう促す。

    【手順2】

     定期的に受診している医療機関が無い場合、対象者に「身体活動のリスクに関するスクリーニングシート」(図15)に回答してもらい、身体活動に伴うリスクを確認する。対象者がこれらの項目に1項目でも該当した場合は、得られる効果よりも身体活動に伴うリスクが上回る可能性があることを伝え、積極的に身体活動に取り組む前に医療機関を受診するよう促す。

    【手順3】

     手順2でスクリーニング項目のどの項目にも該当しない場合、対象者に「運動開始前のセルフチェックシート」(図16)について説明する。

    【手順4】

     対象者が注意事項の内容を十分に理解したことを確認できれば、運動指導の実施を決定する。

    図15.身体活動のリスクに関するスクリーニングシート図15.身体活動のリスクに関するスクリーニングシート

    図16.運動開始前のセルフチェックシート図16.運動開始前のセルフチェックシート

    III-4.身体活動を安全に取り組むために

     身体活動は、その取り組み方が適切でなかった場合、様々な傷害を発生したり疾病を発生したりする可能性がある。ここで身体活動を安全に取り組むための留意事項を挙げる。 

    ①服装や靴の選択

     暑さや寒さは、熱中症などに代表される身体活動に伴う事故の要因となるため、温度調節がしやすい服装が適している。また、動きにくい服装は転倒しかけたときに回避しにくいため適切でない。また膝痛や腰痛を予防するために、緩衝機能にすぐれ、身体活動に適した靴を履くことが望ましい。 

    ②前後の準備・整理運動の実施方法の指導

     身体活動の特性や、対象者の特性を考慮して計画された準備運動はスポーツ等の運動による傷害や心血管事故の発生を予防する効果がある。また、運動後の整理運動は、疲労を軽減し、蓄積を防ぐ効果などがある。 

    ③種類・種目や強度の選択

     身体活動の内容は、血圧上昇が小さく、エネルギー消費量が大きく、かつ傷害や事故の危険性が低い有酸素運動が望ましい。また運動器の機能向上を目的とする場合は、筋や骨により強い抵抗や刺激を与えるストレッチングや筋力トレーニングを組み合わせることが望ましい。 

     高齢者や生活習慣病患者などに対して身体活動の取り組みを支援する場合には、3メッツ(散歩)程度で開始する。 

     強度の決定はメッツ値だけでなく、対象者本人にとっての「きつさ」の感覚、すなわち自覚的運動強度(Borg指数)も有用である。高齢者や生活習慣病患者では、「楽である」〜「ややきつい」と感じる程度の強さの身体活動が適切であり、「きつい」と感じるような身体活動は避けたほうが良い。また、Borg指数は年代別の脈拍数で定量化できるので、脈拍数の簡便な測り方とともに、対象者にあらかじめ解説しておくと有用である。ただし年齢別の脈拍数は個人差があること、薬剤によって修飾を受けている可能性があることに留意する。 

    表5.Borg指数と脈拍数の目安表5.Borg指数と脈拍数の目安

     

    ④正しいフォームの指導 

     身体活動は正しいフォームで実践しないと、思わぬ傷害や事故を引き起こす可能性がある。指導者は基本的なフォームを見せたり、留意点を確認させたりする実技を通して指導することが望ましい。 

    ⑤足腰に痛みがある場合の配慮 

     平成22年の国民生活基礎調査によると「腰痛」と「手足の関節の痛み」は65歳以上の高齢者で男女とも有訴者率の上位3位以内にある。また肥満等によって30〜50歳代からこうした自覚症状を有していることも少なくない。このような対象者に対しては、水中歩行や自転車運動など、体重の負荷が下肢にかかりすぎない身体活動から取り組むと良い。また身体活動によって実際に下肢や腰の痛みを感じた歳の適切な対応(速やかに患部を冷やす等)についても習得した上で、身体活動に取り組めるよう支援する。 

     また痛みのある部位やその周囲を中心にストレッチングや筋力トレーニングを行うことで、痛みが改善することが期待されるため、そうした情報提供を含めて支援することが重要である。 

    ⑥身体活動中の体調管理 

     身体活動の実施中は「無理をしない。異常を感じたら運動を中止し、周囲に助けを求める」ことを対象者に徹底する。支援者が身体活動の場に立ちあう場合は、身体活動中の対象者の様子や表情などをこまめに観察することが望ましい。 

    ⑦救急時のための準備 

     支援者は運動指導の現場における身体活動の際の障害や事故の発生に備えて、救急処置のスキルを高めておく必要がある。 

    ■もしも運動中に人が倒れたら 

     BLSはBasicLifeSupport(一次救命処置)の略称で、急に倒れたり、窒息を起こした人に対して、その場に居合わせた人が、救急隊や医師に引き継ぐまでの間に行う応急手当のこと。脳には酸素を蓄える能力がなく、心臓が止まってから短時間で不可逆的な障害となる。BLSは脳への酸素供給維持を目的としている。2分以内に心肺蘇生が開始された場合の救命率は90%程度あるが、4分では50%、5分では25%程度に減少する。  素早く質の高い応急処置は予後を向上させる。また救命の連鎖(通報、心肺蘇生、除細動、病院で二次救命処置)がつながることが重要である。

    図17.BLS(一次救命処置)の手順 特定保健指導における運動指導の安全対策より図17.BLS(一次救命処置)の手順 特定保健指導における運動指導の安全対策より

     

    III-5.アクティブガイド(健康づくりのための身体活動指針)

     科学的な研究成果をもとに策定された「健康づくりのための身体活動基準2013」の内容を広く国民に伝えるために、厚生労働省が公表したガイドラインとしてアクティブガイド(健康づくりのための身体活動指針)がある。必要な身体活動量の目標をわかりやすく示すとともに、その達成と普及のために、「今より10分多く、毎日からだを動かす:+10(プラス・テン)する」ことを呼びかけている13)。

    図18.+10から始めよう図18.+10から始めよう

     健康づくりのための身体活動基準2013における全ての世代に向けた「現在の身体活動量を、少しでも増やす。例えば、今より毎日10分ずつ長く歩くようにする。」という指針を基本として、各年代での身体活動基準値が分かりやすく表記されている。  また、「あなたは大丈夫?健康のための身体活動チェック」は、アセスメントベース特定健診の標準的質問表をもとに、個々人の状況に合わせたアドバイスがなされている。 

     「健康のための一歩を踏み出そう!1.気づく!2.始める!3.達成する!4.つながる!」の部分は、行動変容理論やソーシャル/キャピタルの考え方を元にしている。

     紙面全体を通して、大変親しみやすい構成となっているので、ロコモティブシンドローム予防のための介入を行う場合に、大変有用であると思われる。

    図19.アクティブガイド(健康づくりのための身体活動指針)図19.アクティブガイド(健康づくりのための身体活動指針)図19.アクティブガイド(健康づくりのための身体活動指針)

    IV.運動嫌いな人に運動をしてもらうにはどうしたらいいか
    -行動変容を促す効果的な心理学的介入についての考察-

     ロコモティブシンドロームの予防、改善には運動をしてもらうことが最も効果的な対策である。では、ロコモ予防のために「運動をしてください」、「さぁ、今すぐやってみましょう」と言っても、ほとんどの人は、行動を変えようとしない。時にクライアントから「そんなこと言われなくても解っている。うるさい。」などと思われることもありうる。 

     すべての人は、現在の行動を変えるにあたって、レディネス(準備性)の水準が異なっている。人々のレディネスの水準を考慮しながら、適切なアドバイスをしていくことが効果的であると思われる。 

    IV-1.行動変容のトランスセオレティカル・モデル(TTM)とは

     Prochaskaらにより開発された行動変容のトランスセオレティカルモデル(Transtheoreticalmodel:以下TTM)は変化に対する個人のレディネス(準備性)を評価し、その人に適した介入プログラムを提供する。TTMは行動変容の5つのステージに対して、10の変容プロセス(介入)を用いて働きかけ、意思決定のバランスやセルフエフィカシー(自己効力感)を変化させることで行動変容を起こさせる。そしてそれを持続させるための方法として広く知られている。 

    ①5つの変容ステージ 

     変容ステージ(表6)はTTMの中心的な構成要素である。これは過去および現在における実際の行動とその行動に対する準備性(レディネス)を合わせ持った概念である16)。

    表6.変容ステージ表6.変容ステージ

    1.無関心期

    『私は現在、運動をしていない。またこれから先(6ヶ月以内)もするつもりはない。』

    • 「無関心期」は、近い将来に行動を変容する意図がない段階である。この段階の人々は、運動不足に対する長期的な結果を認識していないか、考えないようにしていることが多い。 
    • 運動を行うことは不要、あるいは運動を行うことは不可能と感じている場合が多いため、非常に安定的で変容しにくい段階である。

    2.関心期

    『私は現在、運動をしていない。しかし、これから先(6ヶ月以内)に始めようとは思っている。』

    • 「関心期」の特徴としては、運動をすることの恩恵は気づいているが、運動に伴う負担も大きく感じていることが多い。すなわち、運動を行うことが望ましいと感じているものの、これまでの習慣も捨てがたく躊躇している状態で、実際に運動を始めるかどうかで迷っている段階ととらえられる。 
    • このステージの人は、運動を始めることで自分に起こりえるであろう短期的、および長期的結果について質問し始める傾向が強い。

    3.準備期

    『私は現在、運動をしている。 しかし、定期的ではない。』

    • 「準備期」は、今すぐ(1ヶ月以内)にも運動を始めようと意図している段階、もしくは、徐々に運動を始めた段階である。 
    • この段階の人々は、運動や身体活動に関する情報を得ようと積極的に努力したり、健康関連のイベントに実際に参加してみようと試みたりするのが特徴である。 
    • しかしながら、健康面での恩恵を得られる水準に達していないため、必ずしも運動に伴う肯定的な結果が得られていない場合も多い。

    4.実行期

    『私は現在、定期的に運動をしている。 しかし、始めてからまだ間もない(6ヶ月以内)。』

    「実行期」では、健康への恩恵を得る水準で運動を行い始めたが、まだ6ヶ月経っていない段階である。この段階では、運動を行うことでの恩恵が負担を上回り、運動に伴う効果を確認しているものの、様々な障害に直面した場合に、運動習慣を中断したり、逆戻りしてしまうことが多い。 

    5.維持期

    『私は現在、定期的に運動をしている。 また、長期(6ヶ月以上)にわたって継続している。』

    • 「維持期」では、運動を行うことが、個人のライフスタイルの一部として習慣化しているために、健康に対する信念が高くなっている。 
    • 運動を維持していくための様々な障害を克服しており、運動をつづけることができるという自信が高く、運動習慣を中断することが比較的低い。 
    • しかし、まだ逆戻りの危険性はあるので、注意が必要である。 

    ②10の変容プロセス 

     変容プロセスは、「認知的プロセス」と「行動的プロセス」に大別される(表7)。行動変容のステージに沿った変容プロセスの過程を理解することで、より具体的かつ効果的なアドバイスを提案できる。また、クライアントが現在、どの変容プロセスを重視しているかを得点化する変容プロセス尺度を表8に示した。 

    表7.変容プロセス表7.変容プロセス

    表8.変容プロセス尺度表8.変容プロセス尺度

     

    -認知的プロセス- 

    1.意識の高揚

    「知識を増やすこと」…ははーん
    具体的には、健康行動について新しい情報を探そうと努力したり、より深く理解することに興味を持つこと。

     この変容プロセスを使用している人は、それぞれの行動が、自己と他者に与える影響力をよりよく理解するために、現在の行動についての情報を得ることに興味を示す。その目標は、運動不足が続くと、将来どのようなことが起こるかということについての気づきを増加させることである。例えば、ロコモについて不安を抱いている人は、アクティブガイドに興味を示すだろう。

    2.ドラマティックリリーフ 

    「リスクを予告すること」…どきり!
    行動変容の動機づけとなるような、様々な情動的反応。感情の経験。

     このプロセスは、その人が変化させようとしている行動に対する直接的な情動的反応を通して、変化を行ないやすくするプロセスである。 運動不足が続くと健康に悪いという警告が心に影響を与えて、時に運動不足による弊害の劇的な描写により感情的な反応を示す。例えば、日頃運動不足を感じ、そろそろ運動を何か始めようと思っている人の同僚が運動不足が一つの要因となり心筋梗塞を起こしたことを知るような場合である。このような情動的経験は、定期的な運動習慣を採択しやすくする。 

    3.自己再評価 

    「恩恵を理解すること」… 自分のイメージ
    行動を変容することで、自分にどのような影響が起こり、生活がどのように変化するのか考えること。

     人は、このプロセスを使用して、その行動の影響力について、認知的、あるいは情動的評価を通して変化を起こしていく。例えば、運動を行なっていない人が、運動不足が自分の生命にどのような影響を与え、運動を習慣とした場合に、自分の身体や生活がどのように変化するのかを考え始めるなどである。 

    4.環境的再評価 

    「他者にとっての重要性へ気づくこと」… 周りはどうなるか?
    行動変容を始めることにより、周囲にどのような影響を及ぼすかについて考えること。

     このプロセスは自己再評価と似ているが、その行動について、自分自身ではなく、自分の周りの環境に与える影響を評価し始める。例えば、運動不足が要因となり要介護になった場合に家族に与える影響などを考慮することなどがある。

    5. 社会的解放

    「健康的な機会を増やすこと」… どこでなにがあるか
    行動変容の促進のために、社会がどのように進んでいるのか理解したり、利用について考えること。

     このプロセスは、社会の風潮が、運動不足の影響をなくすように、より健康的なライフスタイルを促進させるように動いていることを認識することである。例えば、国が推進している健康日本21などである。そしてこの変容プロセスを使用する人は、社会の風潮にそった行動変容を行なう理由や利得を理解するであろう。

    -行動的プロセス-

    6. 反対条件づけ

    「代わりを選択すること」… かわりに
    不健康な行動や考え方をより健康的なものに置き換えること。

     この変容プロセスを使用している人は、現在の運動不足に代えて、健康的な行動を行なう方法を積極的に模索している。例えば、エレベーターを使う代わりに、階段を使うなどがあげられる。

    7. 援助関係

    「社会的支援を獲得すること」… 応援して!
    行動変容を行っている最中に、気づかってくれる他者のサポートを利用する。

     援助関係は、友人や愛する人、家族、医師、セラピストなどからの気遣いや援助を受け取ることである。

    8. 強化マネジメント

    「自分自身へ報酬を与えること」… ご褒美
    健康行動を促進、あるいは維持するための報酬を利用する。

     強化マネジメントを使用する人は、運動習慣を継続的に強化し、運動不足を減少させる方法を模索する。例えば、1ヶ月運動を続けたら、自分の好きな寿司を食べに行くなどである。自分にとっての報酬により運動に対する動機付けがより強化する。

    9. 自己解放

    「自分自身へのコミットメントを強める」… 宣言
    行動変容させるために行う、その人の選択や言質のことで、誰もが変化できるという信念を含む。

     このプロセスは、運動するということを他人に対して宣言することによって実行できる。この方法により、運動をやめてしまう事に対しての抑止力として役に立つ。

    10. 刺激コントロール

    「自分自身に思い出させること」… きっかけ
    健康行動を変容、維持することを連想させるものを身近に置くこと。

     このプロセスは、反対条件づけと類似しているが、個人の考えや行動よりも、運動習慣に適した環境をが整えられて、運動のためのきっかけを与えることによる。例えば、家の中ですぐに使えるところに運動器具を置いたりすることである。

    ③意思決定のバランス
    ~恩恵(プロズ)と負担(コンズ)~

     変容ステージが低い段階にある人は、運動を行なうことに対しての恩恵(プロズ)を低くみており、運動にかかる時間や手間、金銭などの負担(コンズ)を高く考えている。行動変容を起こすためには、この意思のバランスが変化していくことが必要で、運動をすることの価値を感じることが重要である。また意思決定のバランス尺度(表10)を以下に示した。

    恩恵 (プロズ)  −  負担 (コンズ)  =  意思のバランス

    表9.プロズとコンズの構成要素表9.プロズとコンズの構成要素

    表10.意思決定のバランス尺度表10.意思決定のバランス尺度

    ④セルフエフィカシー(自己効力感)
    ~自分にもできるという見込み感~

     セルフエフィカシー(自己効力感)はBandura(1977)の社会的認知理論によって提唱された概念で、「ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまく行うことができるかという個人の確信」を差す17)。運動セルフエフィカシー尺度(表11)を以下に示した。運動を続ける為には、自分にもできるという自信が必要であり、セルフエフィカシーは、個人の選択や思考、情動的反応、行動パフォーマンスに影響を及ぼす。セルフエフィカシーは主に以下の4つの源泉から向上する。

    表11.運動セルフエフィカシー尺度表11.運動セルフエフィカシー尺度

    IV-2.TTMを用いた身体活動増加を目的とした介入の例

    1. 無関心期の人へのアプローチ

     無関心期に属する人は、問題が存在するという事実に抵抗をしめしたり、否認したりするという特徴を持つ。また自身の行動を合理化する傾向があり、時に運動を行なわない原因を他人や環境にのせいにしてしまうこともある。一方的で理屈っぽい知識の提供は逆効果となりがちなので注意が必要。クライアントが知っていそうなことから話を始めて、運動と健康の関係を徐々に知らせていくと良い。

     無関心期の人は、運動不足についての一般的情報を得ること(意識の高揚)、親しい友人、家族やセラピストからの激励を受けること(援助関係)、運動不足に起因する社会的な問題や、運動習慣を促進させるために社会的風潮の流れを知ること(社会的解放)から多くの恩恵を受けとる。

    具体的アドバイス:

    自分の将来の健康状態をイメージしてみませんか?

    • 身体を動かすことについて、その負担ばかり目を向けていませんか?まずはわかりやすい効果をイメージしてみてください。病気になりにくい、体重が減る、階段を上がっても息が切れない、などの効果です。(意識の高揚、自己再評価)
    • このまま身体活動量が低い状態が続くと、あなたの身体は将来どうなるのでしょうか。その時、周囲の人に与える影響はどのようなものか想像してみましょう。今、わずかに何かを行なうことで、あなたの将来は今よりずっと良くなっていきます。活発に身体を動かし、元気になったあなたを想像してみましょう。(環境的再評価、意識の高揚)
    • メタボの次はロコモとここ近年よく耳にします。運動不足などにより筋肉や関節などが衰えて、将来的に介護状態となる危険性が高い状態をロコモといいます。要介護状態となる人々を減らすために国が推進している運動です。(社会的解放)
    • 運動が嫌い、不得意、行う自信がない、時間がないという場合でも、階段を使う、近場には歩いていくなどの生活の場に運動を取り入れることでも効果があります。(反対条件づけ)

    何もやらないよりは、わずかでも身体を動かしましょう。まずはできることから。

    • まずは、目の前のできることから始めましょう。何もやらないよりは、わずかなことでもできることから何かをやったほうがいいです。まずは、普段着でもできるストレッチや散歩、階段上りにチャレンジしてみましょう。(反対条件づけ)
    • あなたに合った運動の仕方や生活活動の増やし方について、私と一緒に考えていきませんか。きっとよいアドバイスができると思います。(援助関係)

    2. 関心期の人へのアプローチ

     関心期に属する人は、運動の恩恵と負担の知覚を特に強化すべきである。いま現在のライフスタイルの批判は避けるべきである。関心期にいる人たちは、準備期に移るために、意識の高揚、自己再評価、およびドラマティックリリーフをより多く使用する傾向がある。そのため、クライアントにその運動不足が人々の生命に影響を与えている過程をより深く気づかせようとする気づきの技術が有効である。また、運動を始めたいと思っている意思を積極的に支援して、温かい言葉をかけることも大切である。

    具体的アドバイス:

    生活活動量を増やすことから始めましょう。

    • あなたは、近々なにか運動を始めたいと思っています。これは素晴らしいことです。まずは、実現に向かって一歩を踏み出しましょう。(セルフエフィカシーの増加)
    • 心筋梗塞や脳卒中などは動脈硬化が主な原因です。運動は、脂肪を燃焼させ、コレステロール、血糖値、血圧全てを改善の方向に導きます。(意識の高揚)
    • 最近あなたの周りで運動不足のために糖尿病や心疾患を患った人、体力がおちて調子の悪い人はいませんか。(ドラマティックリリーフ)
    • 日々の生活のなかに、楽しく運動を取り入れることにより、ストレス解消にもなり、生活習慣病の予防にもなります。さらに身体も元気になり、活力もでてきます。(自己再評価)
    • 運動でなくても、日常生活で活発に身体を動かすことによって健康の維持、増進は可能です。健康づくりのためにあなたにお勧めする1日の生活活動量は、歩数にして、8,000歩から10,000歩程度です。いきなり、このような歩数を目標としなくても、まずはわずかでもできる範囲の量を増やすことから始めましょう。(反対条件づけ)
    • まずは、1,000歩だけ増やして、慣れてきたら徐々に歩数を増やしていくといった方法はどうでしょうか。10分歩くと約1,000歩になります。(反対条件づけ)
    • 歩数にこだわらなくても、散歩、通勤による歩行、床掃除、庭仕事、洗車、子供と遊ぶことなどの活動を毎日60分程度行うことを目指しましょう。特別に時間をとらなくても、家事を行いながらの「ながら」体操も実施できます。(反対条件づけ)

    行ってみた感想はどうですか?

    • 生活活動を増やすためにこの程度ならできるというものが意外に多いことに気づくことでしょう。きっとできますよ。自信を持ちましょう。(自己再評価、セルフエフィカシーの増加)
    • 一日の歩数を増やすことができたなら、次はわずかな運動、例えば週末に1回程度、30分くらいでかまいません。まずは、新しくチャレンジできそうな運動をわずかでも行ってみましょう。(セルフエフィカシーの増加)

    3. 準備期の人へのアプローチ

     準備期の人へのアプローチは介入の効果が最も大きい。このステージの人へのアプローチは、主にセルフエフィカシーを強化することに焦点を当てるべきである。クライアントは、このステージで変化を起こす準備ができている。このステーシでは、引き続き自己再評価を行い続けさせること、また、援助を求め続けさせることが、この行動変容プロセスの援助としてよい方略である。自己解放の時期は手近にある。また定期的な活動を達成した場合に自分に報酬を与えるような強化マネジメントのスキルを学習させることが効果的だと考えられる。

    具体的アドバイス:

    週1回程度の運動から始め、継続できる楽しみをみつけましょう。

    • あなたは、今まで、たとえ「時々」にしても、生活活動を増やしたり、運動を行おうと心がけてこられました。これは素晴らしいことです。なかなかできることではありません。自分に自信をもってください。今後行うべきあなたの課題は、「時々」を「定期的」に変えて行くことです。(セルフエフィカシーの増加)
    • 最近、ウォーキングをしたり、意識して階段をあがったりする人が増えています。一駅分歩く「一駅族」など、そういう人があなたの周りにいるかどうか観察してみてください。(社会的解放)
    • 健康づくりのために、あなたにおすすめする活動は、週1回1時間程度の運動です。楽しく続けられるものが良いと思います。速歩、自転車、ダンス、エアロビクス、水泳、テニスなども良いですし、私のお勧めは太極拳です。とてもいいですよ。

    継続させるための工夫を行いましょう。

    • 冷蔵庫に目標とする運動内容(例えば歩数)を貼っておく、玄関の目立つ所にウォーキングシューズをおく、部屋にトレーニングウェアを飾るなど、実践のためのきっかけや合図になるものを身の回りにちりばめましょう。(刺激コントロール)
    • ある期間を継続できたら、良くがんばった自分にご褒美をあげましょう。ご褒美の内容は、旅行に行く、おいしい料理を食べるなどはどうでしょう。(強化マネジメント)
    • 具体的で実行可能な小目標をたてていくとい効果的です。現在の活動状況を把握して、いつ、どこで、どれくらい運動をできるのかの計画をたててみるとよいと思います。
    • 家族やお友達の方に応援してもらったり、一緒に運動を行えるように頼んでみましょう。彼らの前で「運動するぞ!」と宣言してみるのもいいです。(援助関係、自己解放)

    4. 実行期の人へのアプローチ

     実行期の人へのアプローチは、周囲の人の理解とサポートををうまく利用できるように働きかけ、活動的なライフスタイルが習慣として根付くようにさせるとよい。しばしば運動の中止などの逆戻りがみられるので、運動を妨げる要因についての克服法について共に話し合っておくと良い。実行期の人は、運動を始めたがまだ6ヶ月以内であり、もとの生活に戻ってしまう危険性が高い。まずはクライアントが運動を行っているということを評価し、セルフエフィカシーの増加を図る言葉かけが大切である。また、運動習慣を維持するための、自己解放、刺激コントロール、強化マネジメント、および反対条件づけは有効な変容プロセスである。

    素晴らしいことです。このまま現在の習慣をキープできる工夫をしましょう。

    具体的アドバイス:

    • あなたは今まで生活活動を増やし、運動を実践してこられました。なんてすばらしいことでしょう。今後は、どのようにその習慣をキープするのかを考えましょう。(セルフエフィカシーの増加)
    • 振り返ってみましょう。今までに途中でやめたくなる気持ちが起こる事もしばしば、また残業や家族の世話で継続できない状況に対して、あなたはうまく打ち勝ってきました。続けてきた、そのことに自信をもってください。(セルフエフィカシーの増加)

    身体の調子はいかがですか。

    • 疲れにくくなった、楽に階段が上がれるようになった、ウエストサイズが減少して服が着やすくなった、肩こりがなくなったなど、生活の中で感じる効果も自覚できていることと思います。もう一度、それらの効果を確認してみましょう。(自己再評価)
    • 現在の習慣を妨げる要因にうまく対処しましょう。例えば悪天候で運動できない日には、なにか室内で行う代わりの活動を考えておく。突然の仕事が入ったら、他の日に少し多めに行って1週間単位での目標運動量を確保する、倦怠感が生じたら、運動内容を変えてみるのもよい方法です。(反対条件づけ)
    • 手帳やカレンダーに運動を行う日をあらかじめ記入するようにしましょう。(刺激コントロール)
    • 運動したくないと感じる時が必ずあります。そういうときは、とりあえず運動する場所に行ってみる、先に着替えを行ってしまうなどの対策が有効です。(反対条件づけ)
    • 運動を始めたことを家族やお友達の方にお話してみましたか。是非話してみてください。(自己解放)
    • もしかしたら同じように運動を始めたいと思っている人もいるかもしれません。ぜひ運動仲間を見つけてみてください。(援助関係)
    • きっと運動を始めてから、日常生活にも活力がでてきたのではないでしょうか。ご家族の方々もきっと喜んでいると思います。(環境的再評価)
    • 運動を行うにあたっての疑問点や、身体の調子、使い方など相談がありましたら、いつでもいらしてください。(援助関係)

    5. 維持期の人へのアプローチ

     このステージに属する人は、少なくとも6ヶ月以上の間、活動的なライフスタイルを継続している。運動にともなう恩恵や、家族や知人への影響を再評価させ、援助関係で得た信頼を保ち続けることが大切である。このステージの人へは積極的に地域の活動に参加するように促すと良い。運動を休みたいという誘惑はいまだ存在するものの、行動変容を上手く行ってきた時間が増加してきたので、概して誘惑は弱く、発生頻度も少ない。維持期にいる期間が増えていくにつれ、運動習慣が定着し、刺激コントロール、強化マネジメント、反対条件づけのプロセスの必要性は減少していく。

    継続できたことに自信を持ちましょう。 家族や友人も誘ってあげてください。

    • 幾多の誘惑、困難にもかかわらず、継続されてきたことはなんてすばらしいことでしょうか。自分を褒めてあげて下さい。(セルフエフィカシーの増加)
    • 疲れにくくなった、楽に階段が上がれるようになった、ウエストサイズが減少して服が着やすくなった、肩こりがなくなったなど、生活の中で感じる効果を再認識しましょう。(自己再評価)
    • きっと運動を継続してきたおかげで、身体の調子もよくなり、心の活力もでてきたのではないでしょうか。日常生活にも自信が沸き、笑顔でいられる時間も増えたと思います。ぜひご家族も一緒に運動できるように勧めてあげてください。(環境的再評価、援助関係)

    IV-3.TTMを用いた身体活動増加を目的とした介入の例

     クライアントの変容ステージに応じた身体活動増加を目的とした介入の例をあげたが、これはあくまでも例にしか過ぎないので、実際の事例においてはそれぞれの事例に応じて柔軟に変容プロセスを組み合わせて適応させていくことが望ましい。以下に岡らによる行動変容のトランスセオレティカル・ モデルに基づく運動アドヒレンス研究の動向 17)より行動変容の TTM に基づく身体活動促進のための介入を行う際に必要な情報のまとめを載せた。

    表12.行動変容のTTMに基づく身体活動促進のための介入を行う際に必要な情報17)表12.行動変容のTTMに基づく身体活動促進のための介入を行う際に必要な情報17)

    V. 結語

     ロコモティブシンドロームの基礎知識から初めて、各世代の運動指導の目安と注意点、そして行動変容のトランスセオレティカル・モデルを用いた心理学的介入について検討を行った。僭越ながら、最後に伝えたいことは、理論より大切なことは治療家として患者さんが心と身体の調和がとれた生活を送れるよう心より応援する姿勢であると思う。知識・技術・人間性の全てを磨いていくことが患者さんからの信頼を得るために必要であり、信頼関係が無ければTTMにおける介入の効果も低くなる。我々あん摩マッサージ指圧師は治療を行いながら患者さんとじっくり話ができる時間がある。ただ漫然と施術するのではなく、一人一人の患者さんの真の健康を願い、そのために自分は何ができるのかを熟考していくことが大切だと思う。

     ロコモ25の質問紙や、変容プロセス尺度、意思決定のバランス尺度、運動セルフエフィカシー尺度などは科学的根拠に基づいたもので、数値化したデータを蓄積していくことで、学術的な症例報告論文にも応用できる。医師はもちろんのこと、鍼灸師や理学療法士などは多くの学術論文を世に発表し、科学的根拠を積み重ねていっているが、指圧師の世界では論文の蓄積はまだ少数である。今回多くの情報を書物とインターネットより検索した学術論文より得てこの資料を作成した。Googleの学術論文専門の検索システムであるGoogle Scholarで調べると、たくさんの世に発表された学術論文を読むことができる。指圧が医療の世界でより認められて国民に貢献していくために、一人でも多くの指圧師が学術論文を読み、そして論文を発表していくことを願っている。

     この情報がきっかけとなり、一人でも多くの指圧師とその患者さんの人生に少しでも良い影響を与えることができたら、なによりの喜びである。

     

    VI.参考文献

    1) 厚生労働省:日本人の平均余命 平成21年簡易生命表: http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life09/sankou02.html
    2) 平均寿命と健康寿命をみる|厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/chiiki-gyousei_03_02.pdf
    3) 平成22年国民生活基礎調査の概況|厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/4-2.html
    4) 佐悦男:ロコモティブシンドローム:運動器疾患を取り囲む新たな概念―ロコモ予防とリハビリテーション―,リハビリテーション医学(50),p.48-54,2013
    5) ロコモチャレンジ!推進協議会:ロコモパンフレット2014年度版
    https://locomo-joa.jp/check/pdf/locomo_pf2014.pdf
    6) 山本利春:測定と評価(改訂・増補版),p.142,ブックハウス・エイチディ,2004
    7) 「障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準」作成検討会報告書 http://www.ipss.go.jp/publication/j/shiryou/no.13/data/shiryou/syakaifukushi/429.pdf
    8) 村永信吾:2ステップテストを用いた簡便な歩行能力推定法の開発,昭和医学会誌63(3),p.301-308,2003
    9) 「ロコモ25」「ロコモ5」の使い方|日本運動器学会 http://www.jsmr.org/documents/locomo_25.pdf
    10) 厚生労働省:健康日本21(第二次)の推進に関する参考資料 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/kenkounippon21_02.pdf
    11) 澤田亨他:健康日本21(第二次)・身体活動基準2013およびアクティブガイド,日本食生活学会誌24(3),p.139-142,2013
    12) 運動施策の推進健康づくりのための身体活動基準2013|厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/undou/index.html
    13) 「健康づくりのための身体活動基準2013」及び「健康づくりのための身体活動指針」について|厚生労働省
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple.html
    14) 事故事例から学ぶ特定保健指導における運動指導の安全対策 http://www.ahv.pref.aichi.jp/ct/other000001700/undo_anzentaisaku.pdf
    15) 宮地元彦:新しい身体活動基準2013身体活動指に基づいた保健指導 http://www.niph.go.jp/soshiki/jinzai/koroshoshiryo/
    tokutei25/keikaku/program/K2-2.pdf
    16) PartriciaM.Brubank著,竹中晃二約:高齢者の運動と行動変容-トランスセオレティカル・モデルを用いた介入,ブックハウス・エイチディ,2005
    17) 岡 浩一郎:行動変容のトランスセオレティカル・モデルに基づく運動アドヒレンス研究の動向,体育学研究45,p.543-561,2000


    【要旨】

    ロコモティブシンドローム予防のために
    〜 運動実践へ向けたトランスセオレティカルモデル(TTM)の活用 〜
    黒澤一弘

     ロコモティブシンドロームの最も効果的な予防法は定期的な運動である。ここではロコモの基礎知識を正しく知り、患者が定期的な運動を実践していくための心理的なアプローチ法について考察する。

    キーワード:ロコモティブシンドローム、行動変容、TTM